午前11時34分27秒。火蓋は切って落とされた。
一厘が宙に浮かせていた、最大250万ボルトもの電圧を発生させられる小型スタンガン『DSKA―004』の群れを界刺へ向けて射出する。
同時に、真珠院が触れた木を念動力で地面から引っこ抜いた。宙に浮遊したそれから、慌てて蝉が飛び去って行く。
『物質操作』による精密な軌道を描き、『DSKA―004』が界刺に突き刺さ・・・らない。

それは、『光学装飾』によって作り出された光のコピー。すり抜けていくスタンガンを確認した少女2人は、
不可視状態の界刺が何処に居るのかに神経を尖らせる。主に使うは聴覚。
下は芝生が敷かれており、近くに来ればその足音で多少なりとも位置を捕捉できる。
そう思った少女達を邪魔するのは、周囲から絶え間無く聞こえて来る蝉の鳴き声。その耳につく音が、少女の聴覚を妨げる。



シャン!!



聞こえた。芝生を踏む音が確かに。それにいち早く気付いた一厘が、音の聞こえた方に思わず顔を、視線を向けた・・・その時!!



ピカッ!!



閃光が煌く。だが、思いの外眩しくない。やはり、口ではああ言っておきながら少しは加減をしてくれるのか。そんな“甘い”考えが一厘の脳裏を掠める。
付近に『DSKA―004』を滞空させて、閃光を腕で遮る一厘の視線の先にある閃光が消える。
それに伴い光を遮っていた腕を少し下げ、聴覚に集中しながら閃光のあった場所を見ようとした一厘の顔面に・・・



ドスッ!!



界刺が投射した警棒が突き刺さる。鼻っ柱にクリーンヒットした警棒、そして顔面へのダメージに気を取られた一厘の腹目掛けて・・・



ボコッ!!



不可視状態を解いた界刺の拳が叩き込まれる。吹っ飛ぶ一厘。急に姿を現した界刺に驚きながら、真珠院は宙に浮かせた木による迎撃行動を行おうとする。
一厘程では無いにしろ、高い精度を誇る自身の念動力で界刺を吹っ飛ばそうと操作し・・・



ビュン!!



突如として、瞳に映るのが界刺から建物―後方にある常盤台学生寮―に移り変わる。その突然の事態に硬直してしまった真珠院の顎に・・・



ガッ!!



警棒が振り上げられる。木では無く自分自身が宙に浮き、呆気無く地面に仰向けになって倒れる真珠院。
所要時間18秒。まずは、界刺の圧勝。そして、一厘・真珠院の完敗である。






「ガハッ!!ゴホッ!!」
「ッッッ!!」

一厘は、腹部へのダメージに何度も咳き込む。鼻からは血も流していた。
真珠院も、顎へのダメージと地面に頭から倒れてしまったダメージに苦しむ。何処かを切ったのか、口から血が流していた。

「ま、こんなモンか。・・・戦闘開始から20秒も経ってないんじゃねぇの?“講習”でよかったな、一厘!珊瑚!
これが本当の殺し合いってヤツなら、お前等はもう死んでるぜ?」

界刺が突き付ける現実。それは、自分達が弱いという厳然たる事実。

「もしかしたら、こう思ってるのかな?『半径30m内なら接触する必要無く』15kg以下の物体なら支配下における自分に、何で一切の躊躇も無く警棒を投射できるのか?
『接触さえすれば』重量級の物体を支配下における自分に、何で一切の躊躇も無く警棒を叩き込めるのか?どうかな?」
「「!!?」」

内心を読まれる。物の見事に。この男は、それすらも戦術に組み込んでいるのか。

「それなら、話は簡単だ。俺達能力者は、全て演算によって能力を行使している。つまり、何らかの手段で演算を阻害すれば能力は行使できない。
例えば、『然程眩しくない閃光に油断させ、閃光が消えた瞬間に対象者へ無意識に思考空白を発生させる』とか、
『目の焦点を狂わし対象者に思考硬直を起こさせ、攻撃する時に接触する物体に念動力を行使させないようにする』とか・・・ね」

警棒を宙に投げ、取り、投げ、取りを繰り返しながら語る様は、今の戦闘がお遊び程度であることを意味するのか。

「どうする、一厘?珊瑚?もうやめとくか?お嬢様の矜持(プライド)を損ねるのは、俺の本意じゃ無いしな。んふっ!」

心にも無い声が、表情が、態度が自分達の心を不愉快にさせる。その理由が、他の誰でも無い自分自身にあるからこそ余計に。

「まだ・・・まだ行けます!!」
「この程度のこと・・・試練と呼ぶには軽すぎますわ!!」

少女達は立ち上がる。自分達がこうなるのは、心の何処かでわかっていたこと。みっともない姿を晒す羽目になるのも、承知の上。
それでも尚、掴みたい物があるが故に、一厘鈴音真珠院珊瑚は挑む。

「あっそ。そんじゃ来い。次は、もうちっとマシな姿を見せてくれよ」

そう言って、再び戦闘が始まる。学生寮の庭を賑わす狂騒は、まだ始まったばかりである。






「苧環様・・・!!」
「・・・見ていなさい、月ノ宮。一厘や真珠院が、あの男に挑む姿を」
「界刺・・・!!」

戦闘場所からは少し離れて見学している常盤台生達。彼女達の目に飛び込んでくるのは、自分達と同じ生徒が何度も倒れる姿。それでも立ち上がり、男へ挑んで行く様。
必死。この空間には場違いな空気が、夏の日差しによって湧き上がる熱気と共に色濃くなっていく。

「一厘先輩と珊瑚が・・・圧倒されてる?」
「晴ちゃん・・・」
「なんば圧倒されちょんの、晴天!?今は、あん男の能力ば見極めるチャンスったい!!」
「た、確かに銅街さんの言う通りです。わ、私もしっかりこの目に焼き付けますです!」

今現在はというと、真珠院が念動力で操作していた木を4つに折って挑み、隙あらば界刺に接触しようと果敢に攻めていた。
一厘は、真珠院をサポートするために『DSKA―004』の他にも操れる物体を動員して界刺の行動を阻害しようとする。

「これで、あの殿方も!!」
「いえ、何だか作為的な雰囲気を感じる・・・。これは・・・」
「罠・・・か!?」
「すごい・・・」

だが、それはまたしても光のコピー。少女達の攻撃は、虚しく空を切る。土煙が、盛大に舞い上がる。

「クッ!!」
「界刺さんは何処・・・!?」

少女達は不可視状態に身を置く界刺を探すために聴覚に集中するが、それは自分達の攻撃が起こした音のせいで無意味も同然だった。
一厘は、界刺と1人で相対する“恐怖”に無意識の内に急かされ、真珠院に駆け寄って行く。

「真珠院!ここじゃ、周囲の音が聞き取り難いわ。早くここから・・・」
「そうは問屋が卸さない」
「グハッ!?」

真珠院へ駆け寄る途中に、界刺は待ち構えていた。またしても姿を現した界刺の拳が鳩尾に決まり、一厘は束の間呼吸困難に陥る。

「ガハッ・・・!!」
「一厘先輩!?」
「そして・・・」
「なっ!?」

ダメージによって身動きが取れない一厘を担ぎ上げ、真珠院へ突進する界刺。真珠院は、一厘が居るために攻撃することができない。

「仲良くご一緒に!!」
「クッ!!」

突進を喰らう直前に、真珠院は念動力を己に掛けて宙へ逃れる。自分を浮遊させるそれは、高速的な移動こそできないものの、ある程度は自在に操作できた。

「へぇ。さすがは『念動使い』。自分を浮遊させたか。自力で空を飛べるってのは、気持ちいいんだろうな」
「さぁ、これであなた様の打撃系の攻撃は私には届きません!これで・・・」
「んじゃこうする」
「ガアアァァッ!!!」
「い、一厘先輩!?」

真珠院の視線の先に、界刺の右腕で首を極められ左腕と両足まで使ったホールド技により身動きが取れなくなった一厘の姿があった。

「い、一厘先輩!『物質操作』でスタンガンを・・・!!」
「そんな暇を俺が与えると思う?もし向けて来たら、速攻で一厘を“落とすよ”?真刺の首絞めはこんなモンじゃ無ぇけど、俺もアイツからそれなりに習ったしな」
「ぐううぅぅ!!!」
「なので・・・さっさと降りて来い。お前は、一厘が俺から学ぶ機会を奪うつもりなのか?自分のために先輩を犠牲にする。大した後輩だねぇ」
「・・・!!」

真珠院は、界刺の卑劣な行為に憤怒する。あれは、人質を使った脅しだ。あんな人間の言うことに等、この自分が従うわけには・・・

「・・・成程。お前の考えはよ~くわかった。んじゃ、後輩の犠牲になってね、一厘?それっ!」
「カハッ・・・ガアァ・・・アァ・・・・・・」
「ま、待って!!!・・・わかりました」

いよいよ、一厘は意識が飛びそうになる。その姿を見て・・・真珠院は決断する。それを示すかのように、界刺の前に降りて来た。

「これで・・・よろしいですか?」
「し・・・真珠、院・・・!!」
「あぁ、いいよ。いい後輩を持って、一厘も幸せモンだ。なのによぅ・・・」

真珠院の行動に、顔を歪ませる一厘。その行動に界刺は・・・気を振り向けない。何故なら、自分に迫る危機の存在に気付いていたから。



バオッ!!
スッ!!



土煙から現れたのは、長手袋に包まれた手。その手が自分へ及ぶ前に、界刺は一厘へのホールドを解き、その場から離れる。

「・・・後輩の健気な行動を無駄にするのか?」
「あらあら、あんなものは健気とは言いませんわよ?卑劣極まる貴方の脅迫によって、止む無く取った行動ですわ」
「全く。私が電撃を飛ばしていた方が、あの男が怯む可能性は高かったのに。自分がやるって聞かないんだから」
「津久井浜先輩・・・!!苧環先輩・・・!!」

真珠院と一厘の前に立つは、サングラスを掛けた津久井浜憐憫苧環華憐。2人からは、界刺への敵意に満ち溢れていた。

「あらあら、こんなことなら朝食の際に『発熱爆弾』による制裁を断行するべきでしたわね」
界刺得世。あなたが言う『いわれなき暴力を振るわない強者』とは、まさかこんな卑怯な真似を平気で行う人間のことを指しているわけ?
だとしたら・・・私はあなたのことを思い違いしていたようね。見損なったわ!!」

津久井浜からは熱気が浮かび上がり、苧環からは電流が迸る。その様を見て、界刺はある提案をする。

「あっ!そういえば、1つ言うのを忘れてた。お前等が参戦してもいいって言ったけど、少し条件を付けさせて貰うから」
「はぁ?条件!?」
「そう。苧環!お前は、電磁波による物体感知ってできる?」
「そ、そりゃあできるけ・・・!!まさか・・・!!」
「そう。そのまさか。お前、その能力は使用禁止な」

電磁波による物体感知。これを禁止させられると、苧環は不可視状態の界刺を見付けることが困難になる。

「あなた・・・!!そんな都合のいいことをこの私が受け入れるとでも!?」
「苧環!お前は、こんな卑劣な真似をした俺を・・・まだ信じられるか?」
「えっ・・・?」

界刺が苧環に向ける視線には、一切の曇りも嘲りも無かった。その瞳が、その視線が苧環の瞳を射抜く。

「何で俺がお前にそういう条件を付けるのか・・・。その意味は、今の時点じゃわからないだろうけど。俺も言うつもりは無いしね。
苧環。お前が知る俺っていう人間は・・・自分に都合のいいだけのことをするような人間なのか?」
「・・・!!」

『意味』。界刺が自分の能力の一部を制限する『意味』。
この言葉から連想するのは・・・界刺がただ単に、自分達へ力の差を見せ付けるために動いているわけでは無いということ。
人質を使った脅しという卑劣な真似をしてでも一厘や真珠院を追い込んでいるのには、界刺なりの理由があるということ。
これは・・・『いわれある暴力』。少なくとも、苧環はそう受け取った。故に、苧環は数秒後に決断を下す。

「・・・ふぅ。仕方無いわね。わかったわよ。あなたの言う通り、電磁波による物体感知はしないでいてあげる。但し、それ以外の能力はふんだんに使わせて貰うわよ?」
「どうぞ。お好きなように」

苧環の了承を聞いた界刺は、その場から離れる。仕切り直しというわけだ。

「あらあら、良かったの、苧環さん?あんな卑劣漢の言うことなんか聞き入れてしまって」
「・・・あの男なりの考えがあるみたいだし、卑劣漢かどうかはそれを見極めてからでも遅く無いと思っただけよ」

津久井浜と苧環が会話する中、真珠院は座り込んでいるボロボロな一厘に駆け寄る。

「一厘先輩!大丈夫ですか?」
「な、何とか・・・。やっぱ、界刺さんは容赦無いね。・・・私のことを、女として見ていないのかも(ボソッ)」
「あら、何か仰られましたか?」
「え?ううん、何でも無い。それにしても、あの不可視状態って本当に厄介よね。私達の攻撃が、悉く空振りに終わっちゃう」
「えぇ。苧環先輩の感知能力も禁止されましたし・・・。どうやって得世様の位置を見破るかが最重要課題ですね」

一厘と真珠院は、束の間の休憩時間に頭を働かせる。自分達が大々的に攻撃すれば、その音で不可視状態に居る界刺の足音を消してしまう。これでは、話にならない。

「一厘先輩の能力で、得世様を操作することは・・・ハッ!!」
「・・・私の『物質操作』は15kg以下の物体しか操作できないからさ、人間で操作できるのは赤ちゃんくらいなんだよね」
「そ、そうでしたね・・・。余計な質問をして申し訳ありませんでした」

真珠院は、自分の口から出た“できもしない願望”に歯噛みする。自分は、一厘の能力について事前に説明を受けていた。
なのに、聞いておきながらも出てしまった自分の言葉に、感情に愕然とする。これでは、あの男の言った通りではないか。

「そ、そんなこと無いって!こういう自己分析は大事なん・・・・・・」
「・・・一厘先輩?如何されましたか?」

真珠院は、自分へ向けた言葉を中断させた一厘を疑問に思う。何故なら、一厘の表情が驚愕に満ちていたからだ。


『リンちゃん。君は涙簾ちゃんと組んだこともあったでしょ?あの時、君はどう思ったの?』


「(私は・・・私は、とんでもないことに今まで気付いていなかったんじゃあ!!?)」

一厘は、高速で思考を纏め上げて行く。自分の能力、自分の経験、自分への言葉etc。それ等全てを纏めた後に・・・“試す”。

「ッッ!!!」

それは、確かな手応え。それは、今まで自分が思いもしなかった事実、否、気付いていたのに無意識の内に無視していた事実。しかし、それは紛れも無い現実である。

「一厘先輩・・・?」
「真珠院・・・。不可視状態に居る界刺さんを見破る方法を思い付いたよ」
「ほ、本当ですか!!?」
「うん。これなら・・・きっとイケる。ううん、絶対にイケる!!それに・・・真珠院の能力を活かす方法も思い付いた!!」
「ッッ!!そ、それは・・・?」
「え~とね・・・」

一厘と真珠院は、戦闘再開前まで作戦を練り続けた。何時の間にか、一厘の瞳に輝きが戻っている。彼女は、心の中で固く決意する。
散々自分を痛め付けてくれた借りを、ここで返す。自分を駄目出ししまくった男に、目に物を見せ付けてやる。
そんな一厘の自分へ向けて来る視線に気付いた界刺は・・・口の中だけで笑った。






「そんじゃ、仕切り直しと行こうか?1対4か。中々にしんどくなって来たかな?」
「あらあら、さっきまでの威勢のいい態度は何処へ行ってしまわれたのですか?そして・・・そんなことを言った所で貴方への制裁は止まることはありませんことよ?」
「こんな機会は滅多に無いし。今日は、存分に暴れさせて貰うわよ!!」
「真珠院・・・。段取り通りに。私達は後方でタイミングを探るよ?」
「わかりました」

そう各々が言葉を交わした直後に、戦闘が再開される。初手は、苧環。

「ハッ!!」

苧環の放った高圧電流が界刺を貫くが、これもまた光のコピー。そして、それは苧環の予想通り。

「津久井浜!!」
「あらあら、そんな大声を出して・・・はしたないですわよ?」

そう無駄口を叩きながらも、津久井浜は地面に手を置く。己が能力『発熱爆弾』を発動させるために。



ドゴオオーン!!



急激な発熱による体積の膨張を利用した爆発。角度や温度上昇等を調節して引き起こされた爆発は、方向性を持って広範囲に渡って地面を吹き飛ばす。
しかし、完全には制御できないらしく自分達にも巻き上げられた土が降って来る。

「ちょ、ちょっと!!あなた、何味方も巻き込んでいるのよ!?」
「あらあら、爆発自体には巻き込んでいないのですから、このくらいは大目に見て下さいな。あの卑劣漢への制裁には、このくらいが丁度いいのですよ?」

苧環の文句にも、平然と受け答えする津久井浜。彼女も彼女なりに、界刺に対して警戒している表れか。

「ひっでぇな。後でバカ形製に怒られちゃうじゃないか」
「「!!」」

とそこへ、土を体の所々に被った界刺が姿を現して近付いて来た。遠距離では『発熱爆弾』にいいようにしてやられると判断したからか、界刺は接近戦を仕掛ける。

「接近戦で、私をどうとでもできるなんて思わないでよ!!」
「うおっ!?」

危うく界刺が交わしたそれは、苧環が作り出した砂鉄の剣。生身に喰らえば唯ではすまない切れ味に、鳥肌が立つ界刺。

「あらあら、余所見はいけませんわ?」
「ぬおっ!?」

砂鉄剣に気を取られた界刺に後方から、手を伸ばして来る津久井浜。彼女に触れられれば一巻の終わり。
それがわかっている界刺は、すぐさま横っ飛びによって津久井浜の魔手をかわす。

「そして・・・気を抜いても駄目ですわ」
「!!」

界刺の目に映るのは、津久井浜が地面に手を置いている姿。数秒後にあの爆発が自分を襲う。そう判断したが故に、『光学装飾』による演算の阻害を敢行する。



グルグルグル



「なっ!?」

廻る周る世界が回る。それは、まるで万華鏡。様々な色や形を成す光が像が、反射に次ぐ反射を、屈折に次ぐ屈折を重ねて束ねてグルグル回る。
津久井浜のサングラス越しに―加えて顔とサングラスの隙間から―瞳へ入る可視光線を操作し、界刺は津久井浜の平衡感覚を狂わせる。

「!!・・・ウッ!!」
「津久井浜!?」

平衡感覚を狂わされ急激に気分が悪化した津久井浜は、口に手をやりその場に蹲る。その姿に驚く苧環を狙い、界刺が疾走する。

「このっ!!」

苧環は、界刺に向けて即座に電撃を飛ばそうとするが、その直線上には蹲る津久井浜が居るため躊躇する。もし界刺にかわされれば・・・

「『津久井浜に当たる』ってか?」
「!!」

自分の躊躇を看破された。苧環は焦りのままに砂鉄剣を振るうが、



スカッ!!



「なっ!?残像!?」

砂鉄剣が当ったと思った―そして、空を切った―それは、光の残像。
界刺は、苧環へ突っ込むと見せ掛けて、疾走の途中から光のコピーを走らせていた。自分を不可視状態にして。
残像と入れ替わったタイミングは、苧環にもわからなかった。それ程までに見事な交代劇。これは、穏健派救済委員の1人である啄鴉から習った光の幻惑術(体重移動編)。
コピーを出すタイミングや場所、そこに界刺流のオリジナルを加えた残像を“素通り”して、不可視状態を解いた界刺が今度こそ苧環に突っ込んで行く。

「甘ぇ!!」
「ガハッ!!」

砂鉄剣を避けた界刺が手に持つ、絶縁性付き警棒による突きが苧環の胸の中心へ放たれた。今の界刺の基準は、昨夜戦ったあの殺人鬼の速度である。
それに届かない者に対処することは、今の彼にとっては容易であった。砂鉄剣が、唯の砂鉄に戻る。
吹っ飛び地面に倒れ込みながらも、苧環は電撃を放とうとする。しかし・・・

「きっとだけど、今の状態じゃあそれって当らないぜ?」
「はっ!?」

それは、界刺が看破したもう1つの事実。

「お前等『電撃使い』は、日常的に電撃を放つ訓練をしているわけだろ?ってことはだ・・・電撃を放つ時にどうしても出るんだよなぁ。体に染み付いた癖ってのが」
「癖・・・!?」
「そう。例えば眉間に皺を寄せたりとか、思わず拳を握り込むとか、そんな癖。つまり、体のどこかに力が入るんだよ。そして、それによる僅かな体温変化を俺は見逃さない」
「・・・!!」

サーモグラフィを行使して、対象者の体温変化を見極めることで行動予測を立てる。界刺自身、この方法は今まで余り使って来なかった。理由は疲れるから。
それを日常的に使えるよう訓練するようになったのは、救済委員の1人である雅艶総迩に完敗したあの日の出来事が切欠である。

「逆に、俺はそんな前兆を感じさせる真似は一切見せねぇ。これでも、『光学装飾』で少しは操作してるんだぜ?
お前等に俺の挙動を察知されないように。最低限レベルだけど」
「(!!・・・ということは、さっきの焦ったような顔は・・・)」

自分の砂鉄剣を危うくかわした界刺の焦った顔。あれは、『光学装飾』で作っていたとでもいうのか?

「姿を消していないからって油断するなよ?もし、お前が電磁波による物体感知をしていたとしても、俺は次のペテンを仕掛けるぜ?
それに、幾ら雷の速度っつっても放つのは人間だ。その人間が放つタイミングさえわかれば、避けることもできなくは無いんじゃないか?
ちなみに、俺が光を放つタイミングはわかんねぇだろうけどな。理由はさっき述べた通り。
その上、サングラスをしていても俺の『光学装飾』は防ぎ切れない。ってことで・・・苧環。お前は俺に勝ち目無ぇよ・・・!!」
「(!!ま、まさか・・・本当に・・・?私が初撃で電撃を放った際に、界刺は私の癖や電撃を放つタイミングを看破したって言うの!?)」

界刺のカミングアウトに、苧環は息を飲む。何時の間にか、暑さによる汗では無い何かが背中を流れる。

「(さ~て、苧環さん。さっさと降参してくれ!!確かに癖っつーか体温変化はわかるけど、俺だって実際に電撃をよけたことなんて無ぇし!!
頼むから早く引き下がってくれ!!)」

対する界刺も冷や汗ダラダラ状態である。『光学装飾』を使うことで、そんな素振りは一切見せていないが。
つまり、界刺お得意のペテン―リンリンが言う所の『詐欺話術』―である。

「それにさ、早く津久井浜を看病しなくていいの?あの娘、今もグルグル状態だし」
「くっ・・・。・・・わかったわ。この勝負、私と津久井浜の負けよ」
「そうかい。んふっ、それが賢明だ。(ふぅ~、よかった!!助かった!!!)」

苧環の言葉に、安堵する界刺。俯く苧環が、津久井浜の下へ行くために界刺の脇を横切ろうとする。それが・・・この男にできた唯一の隙。






ガッ!!






「ぐっ!?」
「でも、あの娘達の戦いはまだ終わっていないわよ!!」

苧環からの手助け。界刺が持っていた2つの警棒の内、左手にあった警棒を宙へ飛ばすため、苧環は界刺の左手に右アッパーを繰り出す。

「苧環!!」
「隙を見せたあなたが悪い!それに、電撃や砂鉄みたいに目に見えやすい攻撃に気を取られていたんじゃないの!?」

苧環の一撃を喰らい、警棒が宙に浮く。それを、少女は見逃さない。

「苧環!!ありがとう!!」

一厘鈴音。15kg以下の物体なら接触せずに操作できる念動力系能力者。その彼女が、界刺の持っていた警棒に己の念動力を掛ける。

「くっ!!」
「一厘先輩!!」
「苧環の助けを無駄にしないわよ、真珠院!!さぁ、行くわよ!!」
「はい!!」


界刺に奪い返されないように、即座に自分達の方へ警棒を引き寄せる一厘。真珠院と一緒に考えた作戦が・・・いよいよ敢行される!!

continue!!

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最終更新:2012年12月15日 21:32