チクタクチクタクと部屋に時を刻む音が木霊する。
本選開幕宣言して既に数時間が経過。電脳空間内部では既に午後に至ろうとしている。
ルーラーが目下確認したところ、各参加者はそれぞれ動き出してはいるも半分以上がまだどうするかを決めかねている状況となっている。
正直、正直言って主催側は暇で暇でしょうがない。勇者が飛び出して力を付けて自分の所にやって来るまで長い年月を待ち続けるラスボスはゲームの中だけだ。現実の黒幕はそれほど気長に待てない。
──────なんて退屈。
ルーラーは溜め息をつく。
せっかく分かりやすい悪を設定してアナウンスまでしているのに血眼で探す者もいなければ、関係ないところでドンパチ始める者もいる。
マスターの
オルフィレウスは混沌を求めていると言っていたが、調律されない戦場はルーラーの趣味ではなかった。
サーヴァントとしての制限、令呪の制約、合わない環境と様々な要因によりフラストレーションは加速する。
よって溜まった鬱屈を紛らわせるための対象がマスターへと向かうのは道理だろう。この場にいるのは彼と自分しかいないのだから。
「マスター。確かあんた、科学者だっけ?」
どこから用意したのか、玉座に座ってふんぞり返っているマスターがこちらを向いた。
先程まで参加者の一人に注目していた目が、熱を帯びたままこちらを見ている。
「科学者が神秘や魔法に傾倒しているのはどんな気分なの?」
科学者の格好をした魔法少女が問う。
ルーラーとしてはどんな答えが返ってきても構わない。どうせ答えなんて「これは科学の延長で魔法ではない」とか「複雑な気持ちだ」とかが関の山だろう。
だが、彼が次に吐いた言葉はそのどれでも無かった。
「そもそも、その二つを分ける必要があるかね?」
「へ? いやだって明らかに相反するジャンルでしょ?」
「科学も魔法もどちらも真理へと至るための手段でしかないのにかね?」
「は?」
真理?
なに言ってるんだコイツは。
「科学とは極論的にいえば未知の領域の再現だ。そして君たちの言う魔法や神秘は科学で再現不可能な奇跡の再現だ。
分かるかな。どちらも最終的に目指しているものは同じなのだ。故に分ける必要は無い」
重要なのは真理に至ること。
そして世界を拡げること。
故に科学だ、魔術だ、神秘だと些細なことに心を砕く必要は無いと彼は語る。
「へー」
なるほど徹底的に実利主義だとルーラーは感心する。
仮にここに精密機械が嫌だから効率が遥かに悪い魔術礼装を使うなんて魔術師がいたらこの部屋から追い出されるだろう。
手段を選ばないといえば聞こえは悪いが、手段に固執して進歩がないよりはマシと思うのはルーラーも同意見だった。
「君はどうかね? 手段に魔法だの科学だの拘るかね?」
「あんた、あたしの魔法を忘れたの。拘る拘らない以前の問題でしょ。それにあんたの言う通り、最終的にはそれで何をするかが問題なわけだし」
「然り。力は所詮、結果の出力装置だ。目的では無い。科学者が神秘を? 結構ではないか。それで真理に到達できるならば何を拘る必要がある」
否。拘る必要は無いと彼は締めた。
結局はマスターもそのサーヴァントも似た者同士ということ。
いや、もしかしたら
キークが召喚されたのは電脳空間制御よりも性格的な面が強いのかもしれない。
ルーラーがぼんやりと思慮に耽っていると今度はマスターの方が口を開いた。
* * *
「質問されたから私からも質問するとしよう。“ソレ”はどうするのかね」
彼の目線はルーラーの足元にある電脳空間の地図、その中でも特に被害が大きい海原を指していた。
肉体的にも霊魂的にも猛毒の魔海。
ヘドラと融合した
空母ヲ級に汚染された一帯だ。ヘドラの上空で硫酸ミストを浴びたウミネコの群れが海へ墜落し、そのまま骨の髄まで溶け落ちていく。人間が浴びれば言うまでもない。
キークがルーラーとして運営と管理を任されている以上、こういった人類が存続不可能な事象を可能な限り修復しなくてはならない。
電脳空間であるため世界側からの干渉は無いが、かといって1日目からNPC(じんるい)が生存不可能な環境を見過ごすわけにもいかないだろう。
キークの魔法を使えば一瞬で元の海に戻るに違いない。とオルフィレウスは思っていたが。
「これ、直せないのよ。私の魔法でも」
「君の魔法は電脳においては全能ではなかったのかな」
「これは海に見えるヘドラの肉よ。削除することはサーヴァントそのものの破壊を意味する以上、令呪を解除しない限りは不可能ね」
サーヴァントとして召喚されたキークが魔法で許されている干渉は電脳空間内部の改変だ。しかも令呪で『聖杯戦争の運営に尽力せよ』と命令されている以上、電子的なサーヴァントの削除は許されない。
故にヘドラに対して彼女にできることがない。せいぜい、風を循環させてスモッグが陸地に上がらないようにしつつ、他の組に気づかせるくらいしかやることがない。
だが、手段の有無に限らずヘドラの対処は急を要していた。それは電脳空間に限った話ではない。
* * *
「さっさとどーにかした方がいいんじゃない」
投げやりに言ってルーラーが指を差す。
ルーラーが指を差した先は電脳空間を映す丸窓ではなく天井。
そこにホログラムで立体表示された地球儀があり、赤い点が次々と浮かぶのを見て男は感心の声を出す。
「これは予想外だったな。ヘドラの宝具がここまで汚染するとはな」
「あれはなんでも汚染するわよ。水であればヘドロに、空気であればスモッグや硫酸ミストに、霊脈であれば呪詛に、データであればバグやウイルスにって感じでね」
ヘドラの宝具は既に電脳空間を超えて影響をもたらしていた。
汚染はこの電脳空間を保持している機材を中心にコンセント、LAN回線、果ては電波すらも通じて世界中へ流出し、SF小説に出てくるような未曽有のネットワーククライシスを引き起こしている。
航空管制の麻痺、無人機械(ドローン)の暴走。地球のあらゆる海域で事故が発生してる。核兵器の誤射や原子力潜水艦のメルトダウンといった惨事は未だ起きていないがそれも時間の問題だろう。いや、それもよりも早く「抑止力」なるイレギュラーが介入する可能性が高い。
現実世界で電脳のみが汚染されているのは電脳空間自体が二次元の産物であるからだろう。それでもヘドラをこのまま放置することは現実世界の社会の崩壊を意味していた。
故に令呪の解除をルーラーは期待したが────
「では、現実問題は私が何とかしよう」
ここにどうにかできてしまう男がいた。
一言、二言呟くと数多のコンソールが浮かび上がり、そして虚空に彼が指を繰り出した数瞬で地球儀の赤い点は皮膚病が快癒するように消失する。
一つ残らず、一分足らずでだ。それが意味するところは荒唐無稽を越して一種の滑稽。喜劇の如く世界はこの男に救われてしまったということに他ならない。
「うわぁ」
ドン引きだ。反則にもほどがある。
ゲームで表現するならばチートを使って無敵モードを使っている上にツールアシストで最適行動をとっているような汚さだ。
何よりタチが悪いのはこの空間すら統べているキークですら何をしたのかすらわからないという点だろう。
いかなる手段か、いかなる原理なのかはわからない。彼は先ほど言ったように神秘も科学もこだわらない気質のため予測すらもつけられない。
ただ言えることは彼が理不尽な域の能力の持ち主であるということだろう。聖杯戦争を創造できるくらいに。
「さて、これで現実の憂いはなくなった。引き続き運営を行いたまえ」
電脳空間で科学の皇は静かに笑い、神のごとき魔法少女は引きつった笑いを浮かべた。
オルフィレウスがいる限り、現実世界をどうこうすることはできないだろう。
だが、ヘドラの問題が根本的に解決したわけではない。
(あれ?)
万物を溶解し汚染する宝具。無形の物すら害あるものに変えるヘドラという存在。
故にこの疑問に辿り着くのは必然だろう。というより何故今まで考えなかったのか不思議なくらいだ。
「ヘドラがもしも聖杯に飲み込まれれば────」
「おっと、それは秘密事項だ。いや、杞憂と言うべきかな」
キークの言葉を遮るように彼は宣告した。
オルフィレウスがそう言う以上は絶対なのだろう。少なくてもキークはそれ以上考える必要性を感じなかった。
「あ、そ」
そして、二人は再びK市の
マップを見下ろす。
最高神が神殿から地上を見下ろすように。
科学者が実験動物の様子を眺めるように。
【???/電脳空間のどこか/一日目・午前】
【オルフィレウス@Zero Infinity-Devil of Maxwell- 】
[状態] ???
[令呪] ???
[装備] 時計
[道具] 玉座
[所持金] ???
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の運営
1:まだ戦場を眺める
【キーク@魔法少女育成計画 restart】
[状態] 健康
[装備] 『やがて冬に届く白黒(ファル)』
[道具] ルービック・キューブ
[所持金] ∞
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の運営
1:退屈だわ
最終更新:2016年05月06日 08:37