聖杯戦争とイレギュラーな事態は、切っても切り離せない関係にある。
英霊召喚の範囲を世界線を越えるまで伸ばさなかった場合でも、予定通りに聖杯戦争が進む可能性はごくごく低い。
呼び出す者にも呼び出される者にも知的生命体としての個我があるのだから、それは当然の道理だ。聖杯戦争というシステムそのものに疑問や反感を抱く者も、決して少なくはない。
通常の人類史には存在し得ない英霊さえも呼び出すことが出来る、友より受け継いだこの外法の聖杯戦争では、そのリスクは実に数倍以上にまで跳ね上がっている。
英霊の座に記録されないような者まで呼べるということは、即ち何でもありということだ。
目的を達成するには通常の聖杯戦争では不足な為、召喚範囲の拡大は必要不可欠な措置である。こればかりは、如何ともし難い。
第二次聖杯戦争が開戦してから、早くも半日ほどの時間が経過した。
いや、半日『しか』経っていないというべきだろうか。
まだ一日も経過していないのにも関わらず、K市の盤面は既に相当な混沌とした様相を見せつつある。正直な話、雲行きは既に怪しいと言っていいだろう。
裁定者(
キーク)とも、管理者(
オルフィレウス)とも異なる役割を持つ彼女こそは、一部の聡い参加者が見出しつつある聖杯戦争の黒幕その人だった。
彼女が居なければ、聖杯戦争は起こらなかった。
放棄された電脳世界は永久に時の凍ったまま、二度と日の目を見ることはなかったに違いない。
昏い緋色の双瞳に冷たい光を宿した、黒い軍服の少女であった。
軍服には渇いた血の痕跡が所々に残されており、腰からは砲ではなく軍刀が提げられている。
深海と地上の狭間を生きる彼女の名を語ることは、敢えてしない。
彼女の真名を明かしたところで、今や、その本質はそう呼ばれていた頃とは様変わりしてしまっているからだ。即ち、名前で呼ぶことに意味がない。名前という記号に当て嵌められない特異点存在こそが、今の彼女だ。
彼女の立っている場所は、灯台の真上だ。
普段ならば漁船やマリンボートが最も活発に行き来している筈の時間帯なのにも関わらず、港はおろか、海岸周辺に近付く者も今は殆ど居ない。居たとしても、命知らずの野次馬程度のもの。
そして彼女が立つ灯台の周囲には、見事に人影がなかった。
監視や索敵の使い魔が飛んでいないことも確認済。自分の姿が露見する可能性は存在しない。
冷たい視線が射抜いたのは、遠い洋上に浮かぶ無数の名状し難き汚濁達であった。
マスター名を
空母ヲ級。サーヴァント名を公害生命体、
ヘドラ。しかしヘドラとヲ級は融合を果たしており、俗にデミ・サーヴァントと呼ばれる存在となっている。
禁魔法律家の勢力拡大には、キャスターが直接魂喰いを始めない限りは目を瞑っていると決めた彼女だが、この汚濁の主は看過するわけにはいかなかった。
仮に捨て置けば、聖杯戦争そのものをご破算にしかねない。
彼女が最大限に警戒している、とある最弱の英霊とは違うベクトルでの厄介な相手。
端的に言って、目障りだった。
そこに私怨が存在しないかと問われれば頷くことは出来なかったろうが、聖杯戦争を監督する者としても、ヘドラによる汚染拡大は断じて見過ごせない。
そしてキークによる介入も、汚染区域とヘドラが殆ど同一の存在である以上は期待できない。
サーヴァントを消せと命ずることは簡単だろうが、それにはあのじゃじゃ馬の令呪を解く必要が出てくる。そんな危険を冒す阿呆は居ない。
それ以上に、サーヴァントを自分ら主催側の手で破壊するのは可能な限り避けたい事態だった。
あくまでも、サーヴァント同士が潰し合うことに意味があるのだ。
「艦隊展開」
それなのに、彼女がわざわざ出てきた理由は他でもない。
ヲ級とヘドラにとどめを刺すのは他の主従へ委ねるとして、そのお膳立てをするためだ。
これ以上彼女達の肥大化が進めば、それを討伐できるカードは限られてくる。そうならないように、お痛の報いを一足先に味わってもらう。そういう算段だ。
艦隊展開。
それをコマンドワードとして、吹雪の背後より無数の砲口が覗く。
数は恐らく、三桁に届くだろう。それほどの数の戦艦が、その砲口だけを覗かせている。照準は汚染された海全域だ。
「砲撃開始」
次の瞬間に起こった出来事に目撃者が居たならば、例外なく目を見開いて驚いたに違いない。
無数の砲口が同時に火を噴くまではいい。しかしそれらは、間髪入れずに魔的と称するに相応しいだろう火力を連射していたのだ。
当然、それに残弾が尽きるということはない。
"発射可能"という状態を永遠に維持しているのだ。発射する瞬間、されている瞬間、し終えて以降もずっと。そういう理解不能な不条理が、彼女の駆使する無尽艦隊には存在した。
海より飛び出し、自分へ食い付かんとした駆逐艦の一隻を軍刀の一閃で両断する。
お返しとばかりに放たれた砲弾の殆どは無尽艦隊によって撃ち落とされ、幸運にもその隙を掻い潜って彼女の眼前まで辿り着いたものも、片手で払われる結末に終わった。
「……大分減ったかな」
時間にして三十秒ほどの掃討劇であったが、見える範囲での汚染範囲はそれなりに減少したように見える。後はこれから更に数カ所、汚染の目立った場所で同じことをすれば、手助けとしては十分だろうと彼女は踏んだ。
その姿が、ノイズに包まれて掻き消える。
それから彼女が転移したのは、あろうことか汚染の中心、空母ヲ級の眼前だった。
硫酸のミストと、鼻が曲がるを通り越して壊死するのではないかというような濃密な悪臭に晒されるが、彼女は傷一つ負ってはいない。
ただ、別な世界の宿敵を見つめていた。何か、想いでも馳せるように。
「――■■■■■■」
小さく呟いた言葉は、怨念に呻く深海の軍勢の蠢動音によってかき消された。
その言葉を聞き届けた者が居たとしても、意味を理解できたかは不明であるが、とにかくこの時、彼女は一線を超えかけていた。
それほどまでに、因縁の深い相手なのだ。
彼女の住んでいた世界の空母ヲ級とは別な生命体であることは分かっている。それでも割り切れないものがあったから、無表情のままで右手を虚空へ翳す。
「軍神の(フォトン)――」
◆
「そろそろ来る頃だと思ってたよ」
電脳空間、某所。
第一次聖杯戦争を監督し、失敗した少女が眠っている場所ともまた異なった、真にこの聖杯戦争の中枢とでも言うべき場所。
そこへ戻った少女を出迎えたのは、気だるげにした様子の裁定者・キークであった。
「それで? 要件はあれのことかな」
「そういうこと」
あれ、というのが何を指しているのかは改めて確認するまでもない。
電脳空間を超え、一時は現実にまでその魔手を伸ばした公害英霊・ヘドラ。
結論から言うと、彼女は空母ヲ級を消滅させはしなかった。
愚かな小娘を自称する彼女ではあるが、一時の感情に任せて計画の行く末を妥協せねばならなくなるような行動に出るほど、阿呆でも子供でもない。
これはあくまで聖杯戦争――あれが正当に優勝してしまうというのなら、それも一つの結末なのだ。避けたい未来ではあるが、そうなったなら自分の人選を呪うだけのこと。
「優先度は
ジャック・ザ・リッパーよりも上。報酬は令呪一画で、掃討戦において功績を挙げたと判断した主従全てに進呈する。
直接あのデミ・サーヴァントを殺害した主従には、更に追加で一画」
「ふうん」
キークは、それを過剰とは思わなかった。
もしもキークが聖杯戦争を主催して、彼女の立場に立ったとしても、きっと同じことをする。
あのヘドラというサーヴァントは、それほどの化け物だ。
何より恐ろしいのが、これだけの措置を取って尚、あれを完全に鎮圧できる保証が存在しないことだろう。こればかりは、参加者各位の奮戦に期待するしかない。
「必死だね、あんたもさ」
自分の宝具である、白黒の電子妖精を派遣し、キークは厭味ったらしく笑った。
聖杯戦争を取り仕切るために呼ばれた、謂わばセキュリティプログラムのような存在であるキークに与えられている情報は意外にも多くない。
例えば、オルフィレウスという男のこと。
この、吹雪という少女のこと。
彼女の世界であったこと。
大日本帝国が世界の実権を取った世界の顛末。
第一次聖杯戦争で、何があったのか。
そのすべてを彼女は知らないが、一つ分かることはあった。
「そんなに泥塗れになって、一体何を成したいの?」
「――消すよ、ルーラー」
「やってみなよ、見ててあげるからさ」
きっと、彼女は最初から――
◆
そうして、冬(スノーホワイト)に届く筈の白黒(ファル)が動く。
やりきれないものを溢れさせながら。
いつかの時と同じように、抗えない主命の下、悪に殉ずる。
◆
【???/電脳空間のどこか/一日目・午後】
【吹雪@艦隊これくしょん(ブラウザゲーム版)】
[状態] 健康
[装備] 軍刀
[道具] 『無尽なり、日帝海軍(海色の軍勢)』
[所持金] 必要なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争をつつがなく進行させる
【キーク@魔法少女育成計画 restart】
[状態] 健康
[装備] 『やがて冬に届く白黒(ファル)』
[道具] ルービック・キューブ
[所持金] ∞
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の運営
1:退屈だわ
※ファルが各参加者への討伐令通知に向かいました。
空間転移を使用可能なので物理的距離は関係ありません。
内容は纏めると以下の通りです。
討伐対象:空母ヲ級(ヘドラ)
報酬:働きに応じ令呪一画(止めを刺した主従には二画)
備考:既に発令されている双子とアサシンへの討伐令よりも、優先度は上とする
【C-7/大側/一日目・午後】
【空母ヲ級@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[状態] 無我
[装備] 艦載機
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:艦娘、轟沈
1:艦娘を見つけて沈める
2:宝具で陸地を海に変える。
3:艦隊の建造、補給、遠征の実施。
※主催介入(物理)により、侵食領域が減退しました。しかし、一時的な気休め程度です。
◆
Tips:第一次聖杯戦争(その1)
吹雪の聖杯戦争が勃発したことにより、必然的に第一次の枕詞を付けねばならなくなった、最初の聖杯戦争。睦月という少女が権限を得て主催し、そして失敗した戦い。
その戦争時には、エクストラクラスのサーヴァントは起用されなかった。
通常の七クラスのサーヴァントを均等に四騎ずつ集め、ルーラーを除いた二十八騎のサーヴァントで戦争は開始され、事実上の終了までに五日間を要した。
異なる世界の存在同士を掛け合わせて行う聖杯戦争が長続きすることは稀だが、彼女の聖杯戦争では二十八騎中の二十一騎が二日目終了時点で脱落。
後の三日間の戦いは、残る七騎による熾烈な戦いとなった。
当初順調に進む予定だった聖杯戦争の盤面が狂い始めたのは、初日の夜。
最後の七騎にまで残り、圧倒的な武力で他を圧したアーチャーのサーヴァントが彼女へと挑戦状を叩き付け、聖杯戦争を取り仕切るルーラーを抹殺したのだ。
――それが、混沌の幕開けだった。
最終更新:2016年05月24日 17:00