#スザンヌ_レイシー
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ChatGPT〉スザンヌ・レイシーの公共アートに関する多面的考察
はじめに
スザンヌ・レイシー(Suzanne Lacy, 1945– )は、1970年代以降、フェミニズム、社会的正義、コミュニティ活性化をテーマに、数百人規模の市民参加型パフォーマンスやインスタレーションを制作してきた社会参加型アーティストである。彼女自身は自身の活動を「ニュー・ジャンルの公共アート」(new genre public art)と呼び、従来の公園や広場の彫刻にとどまらず、芸術家が観客と直接関わり、現代の差し迫った社会問題を扱う形式であると位置づけている 。この論考では、レイシーの活動史(1970年代から2010年代以降)を踏まえながら、政治理論、社会運動論、美術史、フェミニズム理論、コミュニティ形成、公共空間などの諸観点からその意義を多面的に検討する。具体的な代表作を挙げ、その背景や制作過程、社会的文脈、影響・評価を詳述することで、レイシーの公共アートの全体像を浮き彫りにする。
政治理論的視点
レイシーの作品は、社会的課題への芸術的介入として政治的インパクトを志向している点が特徴的である。彼女の活動はフェミニズム運動や地域コミュニティの枠を超え、行政や政策決定にもかかわっている。例えば、1995–96年に実施された「No Blood/No Foul and the Oakland Youth Policy」では、青少年と警察によるバスケットボールのパフォーマンスを通じて、市民を巻き込んだ討議とメディア発信を行った。その結果、オークランド市長や市議会メンバーが観覧し、「オークランド青少年政策イニシアティブ」が可決、18万ドルの青年助成金が措置されるに至っている 。このように、レイシーの芸術は単なる表象の枠を超え、公共政策の変革や資源分配をもたらす直接的な政治的効果を生んでいる。また、2013年の英国マンチェスターでの「Cleaning Conditions」では、移民や労働組織のメンバーが美術館で清掃活動をし、マニュフェストのようなビラを床に撒いて再分配し、移民問題や最低賃金、介護労働に関する公開討論を引き起こした 。レイシーは芸術行為を通じて公的空間に介入し、人々を政策議論に巻き込むことで、政治的アジェンダを設定する役割を果たしているといえる。これらの試みは、公共圏理論におけるハーバーマス的公開討論の拡張とも見ることができ、芸術が社会介入の手段となる例と評価できる。さらに、彼女の活動は「美学と政治の融合」を体現しており、芸術史家の評価によれば「数百人規模の大規模な公共アートプロジェクトをしばしば展開しつつ、芸術と社会介入の関係を理論化し、高尚芸術と参加型民衆性の境界を問い続けてきた」 。このように、レイシーのパブリックアートは芸術ジャンルを越えた政治的実践として位置づけられる。
社会運動論的視点
レイシーの作品は、市民運動やフェミニスト運動の流れの中で生み出され、社会意識の向上や変革を目的とした「拡張された公共教育」として機能してきた。1977年の代表作『Three Weeks in May』(「五月の3週間」)では、ロサンゼルス市内の市販地図に日々赤い「RAPE」スタンプを押すというインスタレーション・パフォーマンスを通じて、隠蔽されがちなレイプ被害の実態を可視化した 。この際、レイシーは「反レイプ運動」の背景を持ち、大衆メディアを活用したパフォーマンスを「社会変革の手段として」用いることで、性暴力に関する公共の対話を巻き起こした 。同様に、マンチェスターの「Cleaning Conditions」プロジェクトでは、清掃労働者を模したパフォーマンスをきっかけに移民や労働、ジェンダーの問題を市民に意識づけた。これらは、アートが社会運動の参加型教育(パブリック・ペダゴジー)となり、市民の「意識向上(Consciousness Raising)」を図る手法である。実際、2016年の「School for Revolutionary Girls」では、アーティストとティーンのグループが1916年のアイルランド独立戦争と現代の女性問題をテーマに議論・パフォーマンスを行い、「意識向上」のプロセスを実践した 。レイシーの活動は、第二波フェミニズムや人種・階級の公正を求める運動と連動し、女性や若者を動員して社会課題を共有し、共闘するネットワークを築く役割を担ってきたといえる  。
美術史的視点
レイシーは美術史的にはフェミニスト・パフォーマンスアート、新しい公共アートの系譜に位置づけられる。1970年代のフェミニズム美術運動やコンセプチュアルアートの中で、アラン・キャプロウらの「ハプニング」理論に影響を受けてストリートアートへと展開し、1960–70年代のアート界にはなかった形態を生み出した 。彼女自身が主宰したコンファレンス『Mapping the Terrain: New Genre Public Art』(1995年)で示したように、レイシーは従来の「公園や広場の彫刻」という公共アートの定義を越え、社会課題に直接関わる「新ジャンルの公共アート」を提唱した 。批評家らは、彼女の仕事が「フェミニズム、概念芸術、パフォーマンスアートの発展期を俯瞰するもの」であると評価し 、実践と文章を通じて美術界に「社会参加型アート」の新たな地平を切り開いたとしている。例えば、彼女の活動や作品はフェミニズムのジェーン・ミルレットやジュディ・シカゴらの作品と相前後しながら、ジェンダーやアイデンティティの問題を芸術の中へ組み込んでいった。また、1990年代以降のソーシャリー・エンゲイジド・アート(社会的実践芸術)運動に先駆けて、市民やコミュニティと共同制作を行った点も歴史的意義が大きい。総じてレイシーの活動は、芸術表現の枠組みを拡張する試みとして、美術史における重要な転換点と位置づけられる。
フェミニズム理論的視点
レイシーの作品には、ジェンダーの視点が常に色濃く反映されている。彼女は女性の身体や生活、権利に関する問題を積極的に取り上げ、フェミニズム理論が重視する「個人的なことは政治である」や「交差性(Intersectionality)」の思想を作品に織り込んでいる。例えば『The Crystal Quilt』(1985–87)では、高齢の女性430人を大型パフォーマンスに参加させ、高齢女性が社会から「未活用の潜在力」と見做されている実態を浮き彫りにした 。映像・音声には多数の高齢女性の体験談が組み込まれ、来場者を巻き込んで公開の場で称賛された。この作品は「老い」というジェンダー化された経験にスポットを当てたものであり、フェミニズム批評で言うところの身体政治を前面に出した例である。同様に、2013年ニューヨークの『Between the Door and the Street』では、移民や低賃金労働に従事する女性たちの声を集め、64軒の住宅の玄関前で座談会形式のパフォーマンスを行った。この際、女性たちは黄色いスカーフを身に着けて人種・階級・性別など多様な背景からの問いを語り合い、公開空間で「女性の身体の政治」が社会政策にまで議論される様子を示した 。このようにレイシーのアートは、フェミニズム理論が重視する「権力との関係」「身体の政治」「声を聞くこと」の問題を、パフォーマンスの形式で具現化している。彼女自身も意識的に「意識向上」(consciousness-raising)という言葉を用い、グループディスカッションとパフォーマンスを組み合わせた教育的プロセスを実践した 。この結果、家父長制やメディアのステレオタイプ、ジェンダー規範といった既存の構造に対する批判的な対話が生み出され、参加者や観客のフェミニスト的意識に変容をもたらしている  。
コミュニティ形成の視点
レイシーの公共アートに共通するもう一つの特徴は、多様なコミュニティを結びつけ、新たな連帯を生み出す点にある。彼女は常に地域社会や社会的弱者と協働し、プロジェクトを通じてアート内外にコミュニティを構築してきた。代表例である「The Oakland Projects」(1991–2001)は、オークランドの高校生、教師、警察、行政、市民ら数百人を動員し、ワークショップやパフォーマンスを複数年にわたって展開した。レイシーは「オークランドは政治活動や多文化の歴史があり、90年代に発展する若者文化の拠点だった」という地域性を活かし、多くの若者リーダーと連携して青少年のエンパワーメントやメディア教育を行った 。このプロジェクトは、コミュニティや青少年リーダーシップ、公共政策をビジュアルアートの領域で探求した「最も発展的な事例の一つ」と評される 。また、高齢女性を対象にした「Uncertain Futures: Women, Work and Aging」(2019–)では、マンチェスターの50歳以上の女性コミュニティを研究者と結びつけ、多文化的なアドバイザリー・グループを形成した 。彼女らとの対話を通じて労働や移民問題を分析し、地元美術館で展覧会を開催するなど共同体験を創出した。このほか、ティーンの妊婦を対象にした「Expectations Summer Project」(1997)では、32人の妊娠中・子育て中の女子学生が半年にわたる美術教育プログラムに参加し、修了時には議員や教育長から表彰を受けるまでにコミュニティの絆が深まった 。さらに、ケンタッキー州の炭鉱町エルクホーンシティでは地域住民とともにエコツーリズム計画を作成し、歩道や植生公園を整備するなど地域再生の芸術的ビジョンを具体化した 。こうした取り組みから、レイシーの作品は単なる舞台装置ではなく、共通の問題意識を持つ人々を「共通の場」に集め、協働と対話を促すコミュニティ形成の場となっていることがわかる  。
公共空間の視点
レイシーは日常的な公共空間を巧みに活用し、そこを舞台装置とすることで、日々の暮らしと政治問題を直結させる演出を行ってきた。『Inevitable Associations』(1976)は改装中のロサンゼルス市ホテルロビーで開催され、エレベーター横に仕立てられた「抗議ブース」群や化粧アーティストによるメイクアップなど、ホテル空間を利用したパフォーマンスで高齢化社会を描き出した 。同様に『The Crystal Quilt』では、ミネアポリスのショッピングセンター中央部(クリスタル屋根のある広場)に430人の高齢女性を並べ、センター内を行き交う一般客3,000人が舞台に参加してカラフルな「キルト」を完成させる大規模公開パフォーマンスを行った 。このようにショッピングモールや住宅街の石段、ギャラリーなどが“演劇空間”に転用される事例は他にも多く見られ、『Between the Door and the Street』ではブルックリンの住宅街64軒の玄関前を一日限りのステージとし、通行人たちが観客となるプラットフォームを作り出した 。さらに美術館内部のギャラリーでも、“掃除”という行為を使ってジェンダー化された労働問題を可視化するなど、伝統的な「白箱空間」にも政治的パフォーマンスを持ち込んだ 。レイシーはこのように、あらゆる公共的・半公共的空間を「生きた舞台」として再構築し、人々の生活空間を政治的言説の場へと拡張しているといえる。
まとめ
レイシーの公共アートは、フェミニズム運動や市民社会と連動しながら、アートを公共空間と結びつける実践であり、政治的介入である。『Leaving Art』の評者は、レイシーが「過去半世紀にわたって、観衆や社会を変革し続けてきた多くの女性のうちの一人」であると指摘しており、まさに鑑賞者自身の意識を「変える」体験を創出してきた 。芸術表現の形式と社会への働きかけを両立させたその試みは、公共芸術の可能性を拡張し続けている。今後もレイシーの作品研究は、公共圏やコミュニティ形成、ジェンダー研究など多様な学際領域に新たな示唆を与え続けるであろう。
参考文献
• Lacy, Suzanne, Leaving Art: Writings on Performance, Politics, and Publics, 1974–2007, Duke University Press, 2010.
• Irish, Sharon, Suzanne Lacy: Spaces Between, University of Minnesota Press, 2010.
• Lacy, Suzanne (編), Mapping the Terrain: New Genre Public Art, Bay Press, 1995.
• San Francisco Museum of Modern Art (SFMOMA) (2019), 「Suzanne Lacy: We Are Here」(展覧会情報).
• San Francisco Museum of Modern Art (2019), 「Suzanne Lacy: Women Fight Back」(アーティストインタビュー映像).
• Lacy, Suzanne 公式ウェブサイト, Performance/Installationセクション(The Oakland Projects, Cleaning Conditions, The Crystal Quilt, School for Revolutionary Girls など各プロジェクトページ).
• University of Dundee (2025), Cooper Gallery「Suzanne Lacy: Between the Door and the Street」展覧会ページ. • Wikipedia Contributors, “Three Weeks in May,” Wikipedia, (2025年アクセス).
• Lacy, Suzanne, Leaving Art: Writings on Performance, Politics, and Publics, 1974–2007, Duke University Press, 2010.
• Irish, Sharon, Suzanne Lacy: Spaces Between, University of Minnesota Press, 2010.
• Lacy, Suzanne (編), Mapping the Terrain: New Genre Public Art, Bay Press, 1995.
• San Francisco Museum of Modern Art (SFMOMA) (2019), 「Suzanne Lacy: We Are Here」(展覧会情報).
• San Francisco Museum of Modern Art (2019), 「Suzanne Lacy: Women Fight Back」(アーティストインタビュー映像).
• Lacy, Suzanne 公式ウェブサイト, Performance/Installationセクション(The Oakland Projects, Cleaning Conditions, The Crystal Quilt, School for Revolutionary Girls など各プロジェクトページ).
• University of Dundee (2025), Cooper Gallery「Suzanne Lacy: Between the Door and the Street」展覧会ページ. • Wikipedia Contributors, “Three Weeks in May,” Wikipedia, (2025年アクセス).
〈中断〉
#スザンヌ_レイシー
ChatGPT〉 ソーシャル・エンゲージド・アートの歴史的潮流:スザンヌ・レイシーを軸に
1970年代:フェミニズム・パフォーマンスと公共的介入
1970年代は第二波フェミニズムの高揚期であり、アートも女性の視点から社会問題を可視化しようとする動きが活発化した。とりわけスザンヌ・レイシーは女性への暴力(レイプや家庭内暴力)などを主題に、芸術的パフォーマンスによる社会的介入を試みた。1977年の作品『Three Weeks in May』は、ロサンゼルス市内で連日「RAPE」と書かれた印を地図に押し、レイプ被害の場所を明示するというものであり、ウーマンズ・ビルディングや地域の非暴力団体と協働して制作された 。このプロジェクトは芸術と非芸術的活動を同時進行させる「拡張的公共アート」として計画され、メディアを活用して市民への意識喚起と組織連携を図るものであった  。レイシーはこれを自身の初の大規模パブリック・アートと位置づけており、後の作品にも共通する社会教育的手法の先駆けと評価されている 。同年末にはレイシーとレスリー・ラボビッツによる「In Mourning and In Rage」という公開パフォーマンスが実施され、女性への暴力被害者を悼む長時間の行進・集会が行われた 。また、当時より都市生活の公共性に注目したミアール・ラダーマン・ユケレスは、ニューヨーク市衛生局のアーティスト・イン・レジデンス(1977年就任)としてゴミ収集車に乗り込み、労働者一人一人に礼を述べるパフォーマンスを行った  。こうした作品群は「芸術家による社会への意識喚起」ではなく「社会を変える実践」としてのアートの可能性を示し、人々の日常や仕事に芸術を埋め込む先駆となった  。
1980年代:制度との接続と多様化
1980年代に入ると、社会問題を扱うアートはさらに多様化し、徐々に制度的な場面でも取り上げられるようになる。レイシーは引き続きジェンダーや高齢化を主題とし、1987年の『The Crystal Quilt』では430人もの高齢女性を動員して母の日のパフォーマンスを行い、テレビ放映によって広く視聴者に共有する手法をとった 。これはコミュニティ全体を巻き込む大規模参加型アートの顕著な事例である。一方、レイシー本人も公職に就くなど制度内でも活躍した。彼女はオークランド市長ジェリー・ブラウンの教育担当顧問や文化コミッショナーなどを歴任し、公的政策とアートの橋渡しを試みた 。こうして80年代には、フェミニズムや市民運動の課題を提示するだけでなく、芸術家自身が教育や行政の場に関わることで社会変革に参画する道も拓かれていった。
1990年代:新ジャンル公共アートの理論化と実践の拡大
1990年代には「社会参加型アート」に対する関心が国際的に高まり、理論的枠組みも形成され始める。1995年、レイシーは『Mapping the Terrain: New Genre Public Art』(邦訳『新ジャンル公共アートを描く』)を編集出版し、パフォーマンス・インスタレーションや教育的プログラムを含む公共アートの総体を「New Genre Public Art(新ジャンル公共アート)」として打ち出した 。実際、ヴィヴィアン・グリーン・フリードは、レイシーの1977年作『Three Weeks in May』を社会参加型パフォーマンスの出発点とみなしており、「この作品は大規模公共プロジェクトの先駆であり、彼女以降の作品に見られる手法の源泉である」と指摘している 。この期には、社会問題の課題解決を視野に入れたコミュニティ・アートが続々と誕生した。たとえばヒューストンではリック・ロウが1993年に第三ワード地区でProject Row Housesを開始した。ロウは地元の高校生から「芸術家なら問題に対する解決策を示せないか」と問われたことを契機に、劣悪な状態にあった22軒のショットガンハウス(狭小長屋)を購入して再生に着手した 。この活動は、失業者やシングルマザー向けの住宅やアーティスト・スタジオを備えたコミュニティ・スペースに展開し、ロウ自身が「自分の仕事は社会彫刻である」と語るように、芸術と社会福祉を一体化させるものとなった  。公共空間における対話や教育の場として機能する作品も増えた。アートストーリーによれば、社会参加型アートでは「ポジティブな社会貢献」を旨とし、日常生活・共同体・人間関係を芸術制作の重要な一部とみなすという共通の理念がある 。まさにその時代、社会参加型アートは美術館ではなく公共空間を舞台に展開される社会変革の手段と捉えられるようになっていた  。
2000年代:グローバル化と制度内外での広がり
2000年代には社会参加型アートはさらにグローバル化し、多くの国や都市で発展した。特に米国では大学や美術館が教育プログラムに取り入れ、社会実践の手法が確立された。たとえばカリフォルニア大学バークレー校のカリフォルニア芸術大学(CCA)は2005年に社会実践(Social Practice)専攻のMFAを立ち上げ、2010年にはクイーンズ美術館がクイーンズ大学と連携して同様の学位プログラムを開設するなど、芸術教育機関での専門化が進んだ 。アーティストたちは国際的なアートシーンでも積極的に活動した。スイスのトマス・ヒルシュホルンは、貧困地区や公営住宅を舞台にした大規模インスタレーションで知られ、設置現場で地域住民や活動家を集めた公開プログラムを開催する「ファシリテータ」としての役割を果たした 。彼の『Gramsci Monument』(2013年、ブロンクス)などは、名前にした思想家の書籍や資料を住民が読むためのスペースとワークショップを組み込み、芸術活動そのものを共同のプロジェクトとした例である。ニューヨークの同時代には、コミュニティ・アートの系譜を引くタニア・ブルゲラが移民労働者の権利向上を目的にImmigrant Movement International(2010–2015)を立ち上げた。ブルゲラはクイーンズ区の地区に1年間居住し、地元の社会福祉団体や行政と協働して英語教室や法律相談、育児支援プログラムを運営し、アートと市民支援を連動させた  。また、教育的視点に立つアーティストとしてパブロ・エルゲラが挙げられる。彼は米国各地を巡回するスペイン語書店プロジェクト「Librería Donceles」(2013年開始)を実施し、ラテン系コミュニティに対しスペイン語で書籍を提供しながら朗読会やサロン、チャリティ販売を行った  。これらの活動は、所定のアート空間を越えた市民交流や教育を重視し、成果として実用的・社会的な価値をもたらす点が特徴だった。リック・ロウのProject Row Housesも、この時期までに物件数を数十軒にまで拡大し、アート展やアーティスト・レジデンス、低所得者住宅、子育て支援施設などを併設するコミュニティ開発プロジェクトに成長している 。こうした取り組みの隆盛は、芸術表現が制度外の社会的事業へ組み込まれる前例となり、社会参加型アートは「成果をもたらす実践」としての性格がより明確になっていった  。
2010年代:深化する実践と批評の拡張
2010年代には社会参加型アートは芸術界のみならず一般社会にも浸透し、その多様性がさらに深まった。世界各地の芸術祭や美術館で、まちづくりや社会運動に関わる作品が相次いで発表されるようになった。例えば、ニューヨーク近代美術館(MoMA)ではコミュニティ・アートや市民参加を扱う展覧会が増え、学者のクレア・ビショップはこれらをまとめて批評した著書『Artificial Hells: Participatory Art and Politics of Spectatorship』(2012年)を刊行した。ビショップは、これまで観客受動に終始しがちだった現代美術とは異なり、観客自身の体験や活動そのものを作品とする「参加型」作品群を分析し、それが現代美術の文脈に大きな変化をもたらすと論じている(ビショップ自身の論文ではSocial Practice Artの再解釈を提唱) 。また国際的には、気候変動や難民問題など新たな社会課題に呼応する動きも見られた。デンマークのヒア・コミューンなどはコミュニティと協働する協同組合的取り組みで知られ、欧米では「アート&ソーシャリティ」「アート&エコロジー」など新領域の形成が試みられた。日本でもアートNPOや地域おこし協力隊とアーティストが連携して農村再生や移住促進に関わるプロジェクトが各地で始まっており、民主主義や公共性の実践手段としてアートの可能性が探究されている。2017年には国際美術評論家連盟(AICA)が「社会的関与アート」を国際テーマに採用し、多くの批評がこの潮流に注目した。現場では依然として課題もあるが、社会参加型アートは伝統的な芸術作品の枠を超え、持続的・教育的なプロセスの構築を目指す方向へと進化している。
2020年代:新たな社会問題への応答とデジタル時代の展開
2020年代に入ると、社会参加型アートはグローバルな視点で新たな局面を迎えている。新型コロナウイルスのパンデミックは対面での活動を制限したが、逆にオンラインを介したプロジェクトやデジタル・コミュニティと連携する試みが増えた。例えば芸術大学や国際展ではオンラインワークショップやバーチャル展覧会が行われ、市民参加のハードルが下がった。その一方で、人種差別抗議運動(Black Lives Matter)や気候変動対策などへの芸術的応答も盛んだ。南米やアフリカでは地方のコミュニティアートが、公教育や公衆衛生と密接に結びつき、新しい形の公共性を模索している。日本でも公共空間や行政と協働する社会実践アートの動きが広がりつつあり、例えば被災地支援や環境保全に関するアート・プロジェクトが注目を浴びている。こうした新時代の潮流は、社会参加型アートが必ずしも一過性のパフォーマンスではなく、多様なステークホルダーとの協働を通じて継続的に社会と対話するプロセスであることを示している。
参考文献:
• Lacy, Suzanne編『Mapping the Terrain: New Genre Public Art』(Bay Press, 1995)
• Bishop, Claire『Artificial Hells: Participatory Art and the Politics of Spectatorship』(Verso, 2012)
• Helguera, Pablo『Education for Socially Engaged Art』(New Museum/Routledge, 2011)
• Sholette, Gregory, Chloë Bass 編『Art as Social Action: An Introduction to Principles and Practices of Teaching Social Practice Art』(Chicago Public Art Group, 2020)
• Fryd, Vivien Green, “Suzanne Lacy’s Three Weeks in May: Feminist Activist Performance Art as ‘Expanded Public Pedagogy’,” NWSA Journal 19(1) 2007, pp.23–38.
• Lippard, Lucy 『Get the Message?: A Decade of Art for Social Change』(自由国際社, 1984)
• ブルゲラ, タニア『Arte Útil』(Archive Books, 2008)
• ほか、展覧会カタログおよび各種美術評論。
• Lacy, Suzanne編『Mapping the Terrain: New Genre Public Art』(Bay Press, 1995)
• Bishop, Claire『Artificial Hells: Participatory Art and the Politics of Spectatorship』(Verso, 2012)
• Helguera, Pablo『Education for Socially Engaged Art』(New Museum/Routledge, 2011)
• Sholette, Gregory, Chloë Bass 編『Art as Social Action: An Introduction to Principles and Practices of Teaching Social Practice Art』(Chicago Public Art Group, 2020)
• Fryd, Vivien Green, “Suzanne Lacy’s Three Weeks in May: Feminist Activist Performance Art as ‘Expanded Public Pedagogy’,” NWSA Journal 19(1) 2007, pp.23–38.
• Lippard, Lucy 『Get the Message?: A Decade of Art for Social Change』(自由国際社, 1984)
• ブルゲラ, タニア『Arte Útil』(Archive Books, 2008)
• ほか、展覧会カタログおよび各種美術評論。
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以下に、上記論考で参照した主な情報源を「簡易説明 + URL」という形式で一覧にまとめました。
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主要書籍・論文
1. Mapping the Terrain: New Genre Public Art(1995)
ニュー・ジャンル公共アートを理論化した論集(編:Suzanne Lacy)
URL: https://www.baypress.org/mapping-the-terrain
1. Mapping the Terrain: New Genre Public Art(1995)
ニュー・ジャンル公共アートを理論化した論集(編:Suzanne Lacy)
URL: https://www.baypress.org/mapping-the-terrain
2. Leaving Art: Writings on Performance, Politics, and Publics, 1974–2007(2010)
レイシー自身によるパフォーマンスと社会的実践のエッセイ集
URL: https://www.dukeupress.edu/leaving-art
レイシー自身によるパフォーマンスと社会的実践のエッセイ集
URL: https://www.dukeupress.edu/leaving-art
3. Suzanne Lacy: Spaces Between(2010)
レイシーの作品と社会的実践を分析したモノグラフ(著:Sharon Irish)
URL: https://www.upress.umn.edu/book-division/books/suzanne-lacy
レイシーの作品と社会的実践を分析したモノグラフ(著:Sharon Irish)
URL: https://www.upress.umn.edu/book-division/books/suzanne-lacy
4. Artificial Hells: Participatory Art and the Politics of Spectatorship(2012)
参加型アートを批評的に分析した著作(著:Claire Bishop)
URL: https://www.versobooks.com/books/1462-artificial-hells
参加型アートを批評的に分析した著作(著:Claire Bishop)
URL: https://www.versobooks.com/books/1462-artificial-hells
5. Education for Socially Engaged Art(2011)
ソーシャル・エンゲージド・アートの教育方法論(著:Pablo Helguera)
URL: https://www.routledge.com/Education-for-Socially-Engaged-Art/Helguera/p/book/9780415572436
ソーシャル・エンゲージド・アートの教育方法論(著:Pablo Helguera)
URL: https://www.routledge.com/Education-for-Socially-Engaged-Art/Helguera/p/book/9780415572436
6. Art as Social Action: An Introduction to Principles and Practices of Teaching Social Practice Art(2020)
社会実践アートの教育と実践例をまとめた入門書(編:Gregory Sholette, Chloë Bass)
URL: https://www.chicagopublicartgroup.org/art-as-social-action
社会実践アートの教育と実践例をまとめた入門書(編:Gregory Sholette, Chloë Bass)
URL: https://www.chicagopublicartgroup.org/art-as-social-action
7. “Suzanne Lacy’s Three Weeks in May: Feminist Activist Performance Art as ‘Expanded Public Pedagogy’”(2007)
Lacyの代表作を教育的視点で論じた論文(著:Vivien Green Fryd)
URL: https://www.jstor.org/stable/20459225
Lacyの代表作を教育的視点で論じた論文(著:Vivien Green Fryd)
URL: https://www.jstor.org/stable/20459225
8. Get the Message?: A Decade of Art for Social Change(1984)
社会変革を目指すアートの先駆的事例をまとめたルーシー・リッパードの論考
URL: https://www.press.uchicago.edu/ucp/books/book/chicago/G/bo3637999.html
社会変革を目指すアートの先駆的事例をまとめたルーシー・リッパードの論考
URL: https://www.press.uchicago.edu/ucp/books/book/chicago/G/bo3637999.html
9. Arte Útil(2008)
“Useful Art”の概念を提唱するタニア・ブルゲラのプロジェクト&論考
URL: https://www.archivebooks.org/arte-util
“Useful Art”の概念を提唱するタニア・ブルゲラのプロジェクト&論考
URL: https://www.archivebooks.org/arte-util
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Web リソース・プロジェクトページ
1. Suzanne Lacy 公式サイト – The Oakland Projects
オークランドでの長期プロジェクト解説ページ
URL: https://www.suzannelacy.com/the-oakland-projects
1. Suzanne Lacy 公式サイト – The Oakland Projects
オークランドでの長期プロジェクト解説ページ
URL: https://www.suzannelacy.com/the-oakland-projects
3. Immigrant Movement International(Tania Bruguera)
移民支援を目的とした社会参加型アート団体サイト
URL: https://immigrant-movement.us
移民支援を目的とした社会参加型アート団体サイト
URL: https://immigrant-movement.us
4. Librería Donceles(Pablo Helguera)
移民コミュニティ向け巡回スペイン語書店プロジェクト
URL: https://libreriadonceles.tumblr.com
移民コミュニティ向け巡回スペイン語書店プロジェクト
URL: https://libreriadonceles.tumblr.com
5. MoMA | Participatory Art Exhibitions
ニューヨーク近代美術館の参加型アート展覧会情報
URL: https://www.moma.org/calendar/exhibitions?classification=Participatory+Art
ニューヨーク近代美術館の参加型アート展覧会情報
URL: https://www.moma.org/calendar/exhibitions?classification=Participatory+Art
6. SFMOMA – Suzanne Lacy: We Are Here
サンフランシスコ近代美術館でのレイシー展覧会ページ
URL: https://www.sfmoma.org/exhibition/suzanne-lacy-we-are-here
サンフランシスコ近代美術館でのレイシー展覧会ページ
URL: https://www.sfmoma.org/exhibition/suzanne-lacy-we-are-here
7. University of Dundee – Between the Door and the Street
ブルックリンでのストゥープ・パフォーマンス解説
URL: https://www.dundee.ac.uk/cooper-gallery/exhibitions/between-door-and-street
ブルックリンでのストゥープ・パフォーマンス解説
URL: https://www.dundee.ac.uk/cooper-gallery/exhibitions/between-door-and-street
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以上のリンクを参照いただくことで、論考中の各章・各プロジェクトに関する一次情報や詳細解説をご覧いただけます。
〈中断〉
#スザンヌ_レイシー
ChatGPT〉承知しました!トマス・ヒルシュホルン、タニア・ブルゲラ、パブロ・ヘルゲラ、リック・ロウ、フランシス・アリスといった作家たちを特に掘り下げ、美術史的・社会理論的観点を交えつつ、ソーシャル・エンゲージド・アートの潮流をさらに2万字程度で詳細に展開します。
完成次第お知らせしますので、少々お待ちください!
完成次第お知らせしますので、少々お待ちください!
⚫︎ソーシャル・エンゲージド・アートの潮流: スザンヌ・レイシーを軸に
序論: 近年、芸術が社会変革に果たす役割を重視する「ソーシャル・プラクティス(社会参加型美術)」が、世界各地で注目されている。社会的・政治的な問題をテーマに、市民や地域コミュニティを巻き込んだパフォーマンスやワークショップなどの時間的・参加型の活動を通じて表現を行うこの潮流は、「参加する鑑賞者」を前提とし、従来の物質作品中心の枠組みを超えた新たな芸術実践とされる 。この分野の先駆者の一人に数えられるのが、アメリカのパフォーマンス/公共芸術家スザンヌ・レイシーである 。本稿では、レイシーを軸にしながら、トマス・ヒルシュホルン、タニア・ブルゲラ、パブロ・ヘルゲラ、リック・ロー、フランシス・アリスらを含む各作家の代表的作品や手法、背景、成果と批評を、1970年代以降の美術史的展開および社会理論(ハーバーマスの公共圏理論やナンシー・フレイザーの対抗公共圏論など)を交えつつ論じる。北米・ヨーロッパ・ラテンアメリカという地域的視点も考慮し、日本語で専門論文形式にまとめる。
⚫︎社会理論的枠組み:公共圏と対抗公共圏
本稿における「公共圏」の概念的基盤としては、ユルゲン・ハーバーマスによる理念的モデルを参照するのがふさわしい。ハーバーマスは公共圏を「国家・経済・家庭のいずれにも属さない領域で、私的な市民が集まり、一般的関心事について理性的に討議する場」と定義した 。つまり、公共圏では参加者は政府の行動を含む社会的課題について批判的・合理的な対話を行い、社会の一般意見を形成する。20世紀半ば以降、マスコミや市場経済への依存が進む中で公共圏は変容し、批判と情報共有の場が再編成されたとされる 。
一方、ナンシー・フレイザーは『公共圏の再検討』(1990)で、ハーバーマスの「単一公共圏」の想定を問題視した。彼女は、階層的社会には複数の「対抗公共圏(subaltern counterpublics)」が並存すると論じた 。
対抗公共圏とは、抑圧されてきた社会集団(例:女性、マイノリティ等)が、自らのアイデンティティや要求を表明するために独自の言説場を形成するものである 。複数の公共圏の存在は、社会の多元性を反映し、支配的公共圏との間で発言権を巡る競合・対抗を生む。フレイザーによれば、こうした対抗公共圏の増加は発言権の裾野拡大を意味し、社会的討議を活性化させる好ましい現象でもある 。
ソーシャル・エンゲージド・アートは、アーティストや参加者が特定の社会問題を舞台に公共の場で協働する形式であり、これら公共圏/対抗公共圏の理論的枠組みは、本研究の分析に際し参照される。例えば、ヒルシュホルンの作品が「コミュニティ」ではなく「公共圏」を志向すると評されたように 、アートはしばしば既存の支配的公共圏に対するカウンター・ディスコースを提供しうる。
⚫︎1970~1980年代:フェミニズムと「新ジャンル公共美術」の誕生
1970年代以降の北米では、第二波フェミニズム運動と市民権運動が、芸術実践に大きな影響を及ぼした。特に女性アーティストたちは、個人的/社会的問題をテーマにした大規模なパフォーマンスやプロテスト・アートを実施し、芸術の公共性を拡張した。スザンヌ・レイシー(Suzanne Lacy, b.1945)はこの時期の象徴的存在である。彼女はフェミニスト美術集団に加わり、女性への暴力やメディア表象といった問題を取り上げた。1977年にロサンゼルスで発表された『Three Weeks in May』(三週間の五月)は、257件のレイプ被害情報を市街地に掲示し、被害者や市民たちによる公開討論などを行った大規模パフォーマンスである 。
このプロジェクトは、アート・イン・アメリカ誌の評で「社会が性的暴力を捉える見方を変える運動の最前線」に位置づけられた 。レイシーは、こうした協働型の「市民イベント」を通じて、強姦や家庭内暴力、老後の孤独、メディアにおける女性像など、女性に関わる個人的・政治的課題への意識向上を図ろうとした 。
1978~80年には、レスリー・ラボウィッツと共同で暴力撲滅を訴えるネットワーク「ARIADNE(アリアドネ): A Social Art Network」を立ち上げ、以後も「In Mourning and In Rage」など虐待被害に抗議するパフォーマンスを行った。この時期のレイシーの活動は、市民による自己表現と社会問題の可視化というソーシャルアートの原型と言える 。
⚫︎1990~2000年代:新ジャンル公共芸術と社会彫刻の展開
1990年代になると、「社会的実践」という言説が整備されていく。レイシー自身は90年代に「新ジャンル公共芸術(New Genre Public Art)」という概念を打ち出し、1995年刊行の論集 Mapping the Terrain: New Genre Public Art でこの分野の枠組みを体系化した 。
同書には、彼女が「ソーシャル・プラクティス」という呼称に先立って使用したアイディアがまとめられている 。
レイシーの80~90年代の作品は、フェミニズムだけでなく階級・人種・メディア批評など広範な社会問題に関わり、地方都市や公共空間を舞台に展開された 。
⚫︎スザンヌ・レイシーと社会参加型美術
90年代もレイシーは先導的存在であり続けた。彼女は現場でのアクションのほか、美術界向けに著作や講演を通じて「公共美術」に関する議論を行った。前掲の『Mapping the Terrain』の他、2010年に自著論考集『Leaving Art: Writings on Performance, Politics, and Publics, 1974–2007』を発表し、パフォーマンスと政治的実践の理論的基盤を構築している 。
2013年には米国オティス芸術大学に公共実践の修士課程を創設し、自ら初代ディレクターを務めた(2010年代の章で詳述)。2000年代後半からは都市空間における高齢者の参加など新たなテーマに取り組み、たとえば『Between the Door and the Street』(2006–2017年)は、ニューヨーク市の住宅街で多数の活動家である高齢女性たちを路上に集め、その生活と課題を会話型パフォーマンスで共有するプロジェクトだった 。
この他にも彼女の作品はロンドン・テート・モダン、LA郡美術館、ニューヨーク近代美術館(MoMA)などで展示され、日本やヨーロッパでも高く評価されている 。
レイシーの実践は、単なるアクティヴィズムに留まらず、理論的リーダーシップも発揮して社会参加型美術の基盤形成に寄与した点で特筆される。
⚫︎リック・ローとコミュニティ・アート
90年代前半、リック・ロー(Rick Lowe, b.1960)は南部テキサス州ヒューストンの第三地区(第三ワード)で、社会彫刻の理念を体現するプロジェクト「プロジェクト・ロウ・ハウス(Project Row Houses)」を開始した 。
これは街区に点在する廃屋(ショットガンハウス)22軒を再生し、アーティスト・レジデンスやシングルマザー向け住宅、アートスタジオ、ワークショップ空間などとして活用するものである 。ローはヨーゼフ・ボイスの「社会彫刻(sozialer Plastik)」の思想に影響を受け、「人々を素材とする」芸術=共同体再生の実験を行った。住民やアーティストを巻き込んで共同体の歴史やニーズを見直し、資金助成やフェローシップを通じて低所得層を支援する仕組みを構築した 。
この活動は当初「芸術家として問題を創造的に解決せよ」と呼びかけられた地元の若者の問いから出発し、一介の芸術プロジェクトを超えて約30年にわたる非営利組織へと発展した 。
ロー自身も「芸術家として人生に臨むことができる。創造的な行為ならば何でも可能だ」と述べ、市民のあらゆる営みを創造行為として再定義する理念を示している 。
プロジェクト・ロウ・ハウスは後に国内外で高く評価され、ローには2014年のマッカーサー天才賞受賞などももたらした。
⚫︎トマス・ヒルシュホルンとスイス社会の想像共同体
ヨーロッパに目を転じると、トマス・ヒルシュホルン(Thomas Hirschhorn, b.1957)は90年代以降の社会派美術を牽引する存在である。スイス出身の彼は、パリやドイツなどで学んだ後、1990年代後半から廃材や段ボールを多用した大型インスタレーションを制作し、地域コミュニティを巻き込むプロジェクトを数多く手がけた。代表作に、2002年のドクメンタ11のために制作した「バタイユ・モニュメント」があり、労働者階級のトルコ人住民が多いカッセル郊外を会場に、コミュニティ・ミーティングやワークショップを開催して議論を深めた。研究者は近年、ヒルシュホルンの作品を「コミュニティ」ではなく「公共圏」に着目した試みとみなしている 。
たとえばパリの文化センター内に設置したプロジェクト『Swiss-Swiss Democracy』(2004–05年)では、洞窟のようなセットに新聞や模型を配し、訪問者にスイスというナショナルな想像共同体をパロディ化して問い直す場を提供した 。
またオランダ・アムステルダム郊外ビルメールで開催した『ビルメール=スピノザ・フェスティバル』(2009年)では、公共的な演壇や展示を通じて多様な議論を誘発し、住民の問題意識を集中的に扱った 。
これらの作品は、ヒルシュホルン自身が「公共」を想定し、複数の言説を動員してステレオタイプに抵抗しようとするものである 。
ただし彼は白人中産階級出身の芸術家としての立場を自覚的に保ち、しばしば論争を招く。その点を批判的に分析し、「社会的に取り組まれた地域プロジェクトが、支配的公共圏に対してどのようなカウンター公共圏を構築しうるか」という議論を深める研究も進行している 。
⚫︎2000~2010年代:グローバル化と理論的成熟
2000年代以降、ソーシャル・プラクティスは世界的な広がりを見せるとともに、批評理論の対象としても成熟していった。個々のアーティストはいずれも多国籍展や公共機関との協働プロジェクトを積極的に展開し、その実践は高い注目を集めている。
⚫︎タニア・ブルゲラと「役立つ芸術」
キューバ出身のタニア・ブルゲラ(Tania Bruguera, b.1968)は、社会参加型アートを「人々が未来を再考し、統治のあり方を再定義し、社会の問題解決に向けた新たな連携を生み出す手段」と位置づける 。
彼女は90年代後半から、キューバ国内外で市民参加型のパフォーマンスを多数制作してきた。2010年以降はニューヨークで『移民ムーブメント・インターナショナル(Immigrant Movement International)』という長期プロジェクトを開始し、創造的知識と実践的知識を融合させて政治的知識を生成する場をつくった 。
ここではコミュニティ活動家や学者、市民が集まり、「アーティビスト(芸術+アクティヴィズム)」的な新たな道具を生み出す思考実験が行われた 。このプロジェクトは「公共圏での抗議・抵抗のための新しい言語をつくり出す」ことを自らの目標に掲げており 、彼女が提唱する「アーテ・ウティル(Arte Útil)=役立つ芸術」概念もその枠組みに深く結びついている。
ブルゲラは、アートを社会問題の「解決ツール」として機能させることを理想とし、このプロジェクト内でそれを実践している 。
一方で、キューバ政府との軋轢や国外でのトーク活動、世界各地でのシンポジウム参加など、ブルゲラ自身の活動は国際的な注目を集め、社会実践に関する議論に刺激を与えている。
⚫︎パブロ・ヘルゲラと教育的実践
パブロ・ヘルゲラ(Pablo Helguera, b.1971)は、レイシーと世代は異なるもののその理念を受け継ぐメキシコ系社会派アーティストである。2000年代に入り、彼は教育・人類学・記憶・社会言語学など多彩なテーマを取り扱うアートプロジェクトを展開し、同時に大学での教育や著述活動にも注力した 。
ヘルゲラは社会派アートを実践的に教える書籍『Education for Socially Engaged Art: A Materials and Techniques Handbook』(2011年)を発表し、制作のマニュアルから理論まで体系化した点が注目される 。
また、2012年には米国芸術会議(College Art Association)でレイシーと共同授業を行うなど、アカデミックな領域でソーシャル・プラクティスの普及にも寄与した。作品の一例としては、2006年の「The School of Panamerican Unrest」で自身が旅する教育プログラムを展開したほか、2017年にはメデジン(コロンビア)で地元住民と協働し、干ばつやドラッグ暴力の記憶を展示する「Skin of Memory」などがある(いずれも人々による参加型構造を持つ)。ヘルゲラの実践は公共教育の手法とアートを融合させるものであり、地域共同体への直接的関与と長期的な学習的プロセスを重視している点が特徴である 。
⚫︎フランシス・アリス:詩的行為と政治的寓意
ベルギー生まれでメキシコを拠点とするフランシス・アリス(Francis Alÿs, b.1959)は、何千人もの若者に砂丘をスコップで動かさせたり(『山を動かす500人の若者』2002年)、大きな氷塊を街中で押し歩かせて溶かしたり(『パラドックス・オブ・プラクシス I』1997年)するなど、一見単純だが示唆に富むパフォーマンスで知られる。彼の作品は「記憶、境界、習慣」というテーマを扱い、世界各地の都市や自然環境で実行された 。
アーティスト兼建築家だったアリスは、自らのアクションを写真や映像、絵画といったメディアで記録・発表する。アート・ニューズペーパー誌との対談で評されたように、アリスの行為は「どこにでも、竜巻の中心でさえ起こりうる記憶に残る出来事」であり、そこでは一見平易だが決して単純ではない複雑な歴史・政治的課題が、配置や時間を含む現場構成を通じて浮かび上がる 。
たとえば、パレスチナの分断線に氷を運んで崩した作品では、固定化された国境を揺さぶり連帯を暗示させた。アリスの行為はしばしば寓意的かつ即興的で、アートが社会的現実の物理的・象徴的再解釈の契機となりうることを示している 。
批評家は、アリスのプロジェクトが個々の参加者の直接的なエンパワメントよりも、メディアやオーディエンスに新たな視点を提示する点に特徴があると指摘することがある。
⚫︎2010年代以降:理論的省察と現状
2010年代に入ると、ソーシャル・エンゲージド・アートは美術展覧会や大学プログラム、助成制度に取り込まれつつ、同時にその制度内外で批判的検討の対象ともなった。北米・ヨーロッパでは公共基金を背景にプロジェクトが活発化し、南北アメリカでは草の根的運動と芸術の交差が顕著に見られた。一方で、参加型アートに対する疑問も提起されるようになった。たとえばクレア・ビショップは、市民参加型プロジェクトにおいて、観客や批評家が「社会はすべて搾取的であることを知りながら、それでも芸術家だけは例外であってほしい」と無意識に期待する「幻想的否認(fetishistic disavowal)」を指摘した 。
つまり、プロジェクトが目指す社会性が実際には一部の参画者による実践でしかなく、制度的搾取構造と同じ論理に囚われる危険性を批判している。その他、労働関係や権力構造の可視化といった視点から、参加型アートが部分的に伝統的アート制度の言説に回収されていないかという検証も行われている。
⚫︎アーティストの成果と批評的評価
前述のような批判的視点を踏まえつつ、各アーティストの成果を評価する。レイシーは長年にわたり公共圏への芸術的介入を体現し続け、現代では米大学の教授として後進を育成する立場にもある。ヒルシュホルンは欧米で個展や公共制作を重ね、大規模メディア露出を得たが、一方で地元コミュニティを真に再生させたかは議論の余地がある。ブルゲラは政治的なリスクも伴うプロジェクトを行うことで社会派アートの可能性を拡張し、南北アクティビズムの架け橋となった。ヘルゲラは教育的実践を通じて芸術家という役割の拡張に寄与し、ソーシャル・プラクティスの体系化に貢献した。ローは地域再生モデルとして高く評価されるが、同時に「支援がコミュニティの自律を本当に促したのか」という問いも提示した。アリスはアートの詩的実験として世界的知名度を得たが、参加者の変容というより観衆への思考喚起を主眼とする点が議論された。総じて、社会参加型アートは美術界における位置づけが高まる一方で、芸術と社会福祉との線引き、政治介入と表現のバランスといった問題を抱える領域ともなっている。
⚫︎結論: 以上の歴史的・理論的分析を通して、ソーシャル・エンゲージド・アートは1970年代のフェミニズムやコミュニティ活動を起点に、多様な地域で独自の発展を遂げてきたことが確認できる。スザンヌ・レイシーの仕事はその重心的存在として、アートを通じた社会問題への能動的な介入と理論的枠組みの両面で大きな影響を残した。現代においては、ハーバーマス的公共圏の理念が多層化する対抗公共圏の中で再検討されるなか、参加型アートも新たな可能性と課題を示し続けている 。
アート史的には1970年代以来の流れの延長線上にあるこの潮流は、今後も社会理論の発展とともに変容し続けるであろう。
参考文献: 取り上げた各研究・資料は、ソーシャルプラクティスに関する学術論文、展覧会カタログ、作家自身のインタビュー等から引用した。例えばレイシーの『Three Weeks in May』に関しては、アート・イン・アメリカ誌の記事に「社会が性的暴力を捉える見方を変える運動の最前線」と評されたことが記録されている 。
リック・ローのProject Row Housesについては、Plus Magazineの記事で「社会彫刻」として説明され、低所得者層のためのワークスペースや助成制度を提供するプロジェクトであるとされる 。
ヒルシュホルンについては学術章で「彼の社会参与的作品はコミュニティではなく公共圏に向けられている」と論じられている 。
ブルゲラ自身によるインタビューでは、ソーシャル・プラクティスとは「人々が未来を再考し、ガバナンスを再定義する手段」であると定義されており、彼女のプロジェクトが移民コミュニティ向けの「政治知識生成の場」であることが語られている 。
これら参考文献は学術論文・書籍・公式ウェブサイトからのものであり、本文中の脚注【番号†行数】に対応している。
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