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でりちゃん、相変わらず妄想きつい 2)

2005/ 5/22 14:09[No.32087 / 39216 ]

投稿者 :
ja2047

そもそも、こいつは、南京虐殺の犠牲者を「十数万人」と言っているらしいが、

城内と農村部、一般住民と不法に殺害された兵士を合わせて十数万というのが笠原教授の推定だ。
「ラーベ日記」の記述と矛盾するものではなく、むしろラーベの
「中国側の申し立てによりますと、十万人の民間人が殺されたとのことですが、これはいくらか多すぎるのではないでしょうか。我々外国人はおよそ五万から六万人と見ています。」
に合致するものだ。
妥当な推定かどうかは別にして、矛盾はない。

南京で戦闘が始まった1937年12月13日に20万人以下だった南京の人口が、1ヵ月後に25万人に増えた事実を完全に無視している。


ラーベは「安全区の人口が20万から25万に増えたのは、安全区外にいた人が日本軍による破壊から逃れて安全区に逃げ込んできたからだ。」と推定している。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835559&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb&sid=1835559&mid=6996

あえて、安全区委員の人口推移に関しての推定を読みとるなら、スマイスの
「市の陥落当時(12月12~13日)の人口は20万から25万であった。我々が3月に行った抽出調査で報告された人員を50倍すれば、すぐさま市部調査で表示されている22万1150人という人口数が得られる。」
から見て、彼らが、南京城内の人口が何万人も変動したという認識を持っていなかった、という事実を重視するべきだろう。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835559&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb&sid=1835559&mid=7018

したがって、でりちゃんの「20万人以下だった南京の人口が、1ヵ月後に25万人に増えた事実」は 単 な る 妄 想 であり、記録の裏付けはない。

これに対して笠原教授の説は、あくまで「城内と農村部、一般住民と不法に殺害された兵士を合わせて十数万」だ。安全区委員達の記録との矛盾はないよ。



これは メッセージ 32086 ja2047 さんに対する返信です

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