アットウィキロゴ
ja2047 memorial @wiki
掲示板 掲示板 ページ検索 ページ検索 メニュー メニュー

ja2047 memorial @wiki

39216

最終更新:

ja2047_memorial

- view
メンバー限定 登録/ログイン

さて、でりちゃんだ (^◇^

2005/ 6/ 2 6:16 [ No.32291 /39216]

投稿者 :
ja2047



あたま、大丈夫ですの?

あらあら、あなたこそ、爆弾の密造に失敗したみたいなあたまして、なにをおっしゃいますの?


昭和46(1971)年一年間で12件あったのと比べて明らかに少ないだろ。

1971年という年がどういう年か考えてごらんよ。
ニクソン訪中・日中国交回復の前年で、中国に対する関心が爆発的に高まった年だよ。
だからこそ、本多勝一だけじゃあなくて、これまでの日中関係史に言及した記事が、
一挙に吹き出すように掲載されたのだよ。
「南京事件記事/日中関係史記事」で見てこそ、データとしての意味を持つ。
これが示されていない以上、「南京事件」記事の多少だけ取り上げて、「データ」というのは
単なるデータの悪用だよ。

ではその日本人とは誰か? 
「朝日新聞」である。

と書いてるが、1971年に南京事件を取り上げたのは、朝日新聞だけじゃあない。
同時多発的に南京事件の記事が掲載されて、たまたま、現地取材による本多記事が
当時はもっとも信憑性が高いと考えられたから目立つと言うだけのことだ。
小林の記述は、ここで事実とは異なる一つの印象操作をしている。

さらに、 「そしてその後は昭和46年の1月まで14年近くもの間、1件の該当記事もない。」
と書いているが、リストから漏れたからと言って、「1件の該当記事もない。」は悪質な印象操作だな。
文章構造としては単に「リストにはない」と言ってるだけなのだが、読者は、「1件の該当記事もない。」
という言葉だけを頭に刷り込まれてしまうわけだ。

「大宅壮一文庫」 の、その大宅壮一自身が、

「入城前後、入城までの過程において相当の大虐殺があったことは事実だと思う。
三十万とか、建物の三分の一とか、数字はちょっと信用できないけどね。
まあ相当の大規模の虐殺があったということは、私も目撃者として十分いえるね。」

と発言したのは、
「1件の該当記事もない。」はずの時期に当たる 1966年10月20日号の「サンデー毎日」臨時増刊 
なんだよね (^^




これは メッセージ 32288deliciousicecoffeeさんに対する返信です

最近更新されたスレッド
ウィキ募集バナー