スマちゃんとの対話(2)
2006/7/2310:14[No.37128/39215]
投稿者 :
ja2047
投稿者 :
ja2047
1937年日本軍の南京攻略時に、正規兵(戦闘員)は、銃を持って敵と対峙した時だけ「一般文民との区別」が求められ、それが捕虜の資格の一つであった、という証明です。
それが私の言ってることに近いのですね。それを証明しようとしているのですか? そうではないように見えますが。
これを裏返せば、武器も持たず、軍服を脱ぎ捨て、害敵意思もない、戦闘行為をしていない便衣の兵には、捕虜の資格が認められるという主張にもなります。
この場合、一時的に交戦者身分の表示を欠くだけで、交戦者身分を隠して戦闘を行うことを目的としての行為であることが明かでないのなら、「戦闘員」という身分にしたがって処遇されるわけです。
「武器も持たず、軍服を脱ぎ捨て、害敵意思もない、戦闘行為をしていない」ということ以て交戦者資格がない状態、すなわち交戦者の身分を離脱した状態であると見なすのなら、これは一般市民に帰ったのだということになりますから、捕虜とする理由はありません。
ただja2047氏は、便衣の兵を掴まえた日本軍の行為を適法とされていますので、「戦闘」の定義をもう少し広いものと考えられているのではとの推測は可能です。
占領軍の権限として、拘束することは適法でしょう。
「国際法違反」に該当するかどうかは、拘束後に判断すればよいわけです。
「国際法違反」に該当するかどうかは、拘束後に判断すればよいわけです。
実際に生起したこととしては、この判断がなされたという記録が残っていないわけですね。拘束したものを兵士と認定したことだけで殺害しているわけですから、交戦法規違反者を法に従って処刑したというよりも、拘束下にある無抵抗の敵兵士を殺害したとしか言いようがありません。
当時の国際法学者の主張は如何なものだったのでしょうか。これに対してja2047氏からの回答はまったくありません。
「南京事件」自体についての1930年代の国際法学者の主張というものは目にしたことがありませんので、引用のしようがありません。
事件が初めて司法の場に引き出された東京裁判において、「便衣兵処刑合法論」が主張されなかったことは、以前にも指摘したところです。
東京裁判については、「敗戦国に対する懲罰」を目的として臨時の法廷を設置したたものであって、完備した法制度に基づくものではありませんので、手続き的に疑問を挟む人が多いのは無理からぬことですが、それでもなお法廷の形式を踏み、弁護人を付けての弁論が行われているわけです。
「便衣兵処刑合法論」がこの時点で実行者や戦時国際法の専門家の念頭にあれば、主張されなくてはおかしいのですが、起訴され、弁護側は「裁判をしたはず」という反論を行っています。
今日主張されるような「合法論」が当時の法学者の常識には存在しなかったことの表れと考えることが、もっとも自然な理解でしょうね。
正規軍兵士が身分を偽ること自体が犯罪であるのか、身分を偽って戦闘行動を行うことが犯罪であるのかについては、オットー・スコルツェニー事件という実例がありますので、当時の戦時国際法の理解がどの辺にあったかと言うことは、事実として明確なわけです。
『新版 国際人道法』 有信堂 藤田久一著 P125
OttoSkorzeny事件では、敵の制服や国旗の使用は国際法違反ではなく、ただ戦闘開始前に自国の制服を着用し国旗を掲げなければならない、とされた。この事件で、アメリカ占領地域軍事裁判所は、ドイツ軍構成員であった被告はフランスのアルデンヌ(Arudennes)攻撃の際、アメリカの制服を着用していたという起訴につき、彼がその制服を着用して武器を取ったいう証明がなされなかった為、彼に無罪を言い渡した。
偽装行為自体は戦時国際法上適法な行為であり、これを「偽装しての戦闘」の準備行為として逮捕し、裁くことはできるでしょうが、偽装自体を以て違法戦闘の現行犯で殺害しても適法であるというのは、全く無理な主張です。
返信
これは メッセージ 37127 ja2047 さんに対する返信です
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