「私の名は
藍染惣右介。君の名前を教えてくれないか?」
「…キルア」
「キルア君か、良い名だ。」
ここは岡山県。
石崎了を殺害し山に入った
藍染惣右介は、ゴンを探すために近場の都市に向かっていたキルアと遭遇した。
「私はこのゲームに乗る気なんてさらさら無い。その気になれば今すぐにでも脱出できる。
だが…このゲームの支給品というものは実に興味深い。」
「…!!!あんた、この世界から脱出できるのか?」
キルアは藍染の言葉に耳を疑う。ゲームから脱出できる。そんなことが出来るなんて。
それが奴の支給品の力なのか、奴が持っている能力なのかは分からない。
しかし、奴は確実にその術を持っている。奴の自信に溢れたその顔を見ればすぐに理解できる。
だが…
「ああ、そうだ。私にとって、この隔離された世界は小さな柵で囲まれたようなものだ。いつでも乗り越えられる。」
藍染は話を続ける。
「だが、今の私はそんなことに興味は無い。今の私の関心を引くのはこの支給品という存在だけだ。
私に支給されたものは、ただの本なのだが、これが実に興味深い。」
彼がデイバッグから取り出した書物…キルアには分からないが、それはアバンの書と呼ばれる物だった。
「我々が全く異なる世界から集められたのは服装を見れば容易に想像がつくが、集められたのは人だけじゃないらしい」
このゲームには様々な物が支給されている。
一般の民家にあるような極普通のものや、専門家じゃなければ扱いの難しい科学薬品、各種武器防具、
その世界にしか存在しない摩訶不思議な物まで。
「この書物はどうやら私の知らない異世界の物らしくてね。実に興味深いことばかり書いてある。」
アバンの書。それは異世界の勇者が己の全ての知識を書き連ねたこの世に一冊しか存在しない貴重な物。
この書物を読破すればアバンの世界、つまりはダイのいた世界のことはほとんど理解できるだろう。
「その中に書いてあった、二つの項目。神の涙、破邪の洞窟」
神の涙…所有者の願いを叶えるという伝説のアイテム。
破邪の洞窟…最深部に近づくにつれて、より強大な力を得ることが出来る洞窟。
この二つを有効に使えば…「虚の死神化」はおろか、自分が天に立つことが可能!
「まぁ君に言っても無駄なのだがね。要約するとこの書物があった世界に行きたいわけなのだよ。
しかし、私はこの世界からは脱出できても、あちらの世界へ行き来は出来ない。
…そこでこの書物に書かれているキメラの翼、というものを探しているのだよ」
キメラの翼…本人が望むところに行ける魔法のアイテム。
藍染はこれを使い、脱出したあとにダイの世界に向かおうとしているのだ。
だが、藍染は知らない。このキメラの翼には一つの
ルールが存在することを。
それは、一度行ったことのある町にしか行けないこと。そのことはアバンの書には書かれていない。
キメラの翼はダイの世界では極一般的なもので、その
ルールは誰もが理解している。
ゆえにアバンの書にはその説明が省かれていたのだろう。
「さて、本題に入ろうか。君の持っている支給品をこちらに渡してもらいたい。
たとえ私が望んでいる品じゃなくとも、この書物のように素晴らしいアイテムである可能性があるからな」
「…」
キルアにはほとんどの話が聞こえていなかった。
彼の頭にあるのは藍染が言った、脱出、という言葉だけだった。
(脱出できる方法があるんだ…俺とゴンはこのゲームから脱出できる…!
だが…あいつは決して協力してくれないだろう。雰囲気で分かる…だとすれば方法は一つ。
あいつを倒し、拷問をしかけ、無理矢理にでも脱出の方法を吐かせる!!!)
そう考えた瞬間、キルアは藍染の前から姿を消した。否、高速で移動したのだ。
「…ほう」
藍染は感心した表情だ。予想以上の身体能力。これは思ったより手を焼きそうだ。
だが、試すにはちょうど良い…藍染はどす黒く笑った。
「奴の背後を取れば…!!!」
キルアは手にオーラを溜め、電気に変えた。
スタンガンのように藍染に押し付け、一気に戦闘能力を奪い、そのまま拷問へ移行しようとしたのだ。
しかし、それは不可能だった。キルアが目にも留まらぬ速さで藍染の横を曲線状に通過しようとしたとき、藍染から衝撃波が飛んできた。
(やばい、速い!避けなければ! )
キルアは瞬時に止まり、後方に跳び、なんとか避けれた。
「あれがあいつの技か。剣技を使うなら接近戦は避けたほうが良いな…」
キルアは冷静に判断する。剣を使うなら離れて戦えばなんとかなるはず。
そこらへんの小石でもキルアがオーラを込めて連続して投げれば、そのうちダメージを与えられる。
だが、キルアは一つだけ間違っていた。
(これが海波斬か…中々のスピード、射程距離は中距離程度…使えるな。)
藍染が使用した技、それはアバンの書に載っていたアバン流刀殺法…海波斬。
海波斬は猛スピードの剣圧で炎や敵の呪文を切り裂く剣技。
藍染は本に書かれてあるコツを読んだだけで海波斬を繰り出したのだ。
そして彼が持つ武器…海賊狩りロロノア・ゾロが愛用している「雪走」。
良業物と呼ばれる優れた和刀で、軽く、斬るもの全てがなめらかに斬れてしまう。
彼ら死神と呼ばれる者たちが使っていた刀と体系が同じであることから、藍染にとってはとても喜ばしい支給品だった。
(次は…この呪文を使ってみるか)
キルアは素早く小石を拾うと、近くの林に身を隠していた。
藍染が近づいてくる…今だ!キルアはオーラを込め、連続で石を投げつけると瞬時に場所を移動する。
居場所を悟られては駄目だ。奴は剣の他にも力を持っているかもしれない。この闇夜の森林に身を隠せば見つかることも無い。
一番のベストは見つかることなく勝つこと…!
「メラ」
藍染は超高速で近づいてくる小石群に向かって唱える…が、発動しない。
失敗したことを悟ると藍染は瞬時に頭を切り替え、自らの技を繰り出す。
「破道の三十一 赤火砲」
本来、破道と呼ばれる呪文は詠唱が必要なのだが、
上級の力を持つ者なら詠唱破棄という呪文の句を読み上げないで破道を行うことが出来る。
その分威力は減少してしまうが。
藍染の指先から炎が繰り出される。石崎を殺害した炎。人一人を燃やし尽くすほどの威力だ。
が、キルアのオーラが込められた小石を焼き尽くすにはいささか力が足りなかったようだ。
小石群は炎を突き抜けると藍染に向かって突き進んだ。藍染は刀でいくつかを切り捨てるが、一発だけ被弾する。
「ぐ…やるな。この私に怪我を負わせるとは中々だ。」
藍染は脇腹を負傷した。おそらく脇腹の一本、骨にひびが入っただろう。
「…馬鹿な、なんであんな軽症で済むんだ。俺はオーラを込めて投げたんだぞ…それに奴は念でガードもしていない」
「キルア君、君は気づいていないようだが、この世界、強い力を持つ者は多少力が制限されるみたいなのだよ」
キルアは舌打ちをする。そうだったのか。力が制限されているのならそれを数で補わないといけないのに…くそ!
(しかし剣技を習得できても、呪文体系の違う魔法を扱うのは今しばらくかかりそうだな…一番扱いやすいメラでさえこの様か)
藍染は無表情でそう考える。急ぐことはない、時間はある。もともと違う世界のものだ。そう簡単にはいくまい。
この書物の世界の呪文を習得すれば、より天に近づくであろう。焦るな。確実に天は近づいてきている。
「キルア君、君と戦えて色々よかった。だが、もう終わりにしよう。」
(なんだと…奴に居場所はばれていない…どうするつもりだ!?)
藍染は袴の袖から黒い球体を取り出した。刀をしまうと両手でそれを持ち、力を込め始めた。
(一番試したかったのはこれなのだよ…キルア君、存分に味わってくれたまえ)
(…あいつは何をしているんだ?黒い球体のようなものを持って、何かをしているようだが…)
おそらく広範囲に攻撃が可能な武器だろう。ならば心配ない。
この闇夜の森林にいる限り、盾となる木々はたくさんある。それに超人的な足を持つ自分ならなんなく切り抜けれるはずだ。
いざとなれば「硬」を木に行って強靭な盾にすればいい。
(これは持っているだけで力を消費してしまう強力な武器…今の私でどれほど使いこなせるか)
藍染が持っている球体が分裂を始めた。異様な光景である。黒い球体はいまや両手で覆いきれないほどの大きさになっており、
その周りにはコポコポと音を立てながら小さく黒い球体が生成され始めている。
「あの球で攻撃するつもりか…もしかしたら自動追尾かもしれないな…ここは足で避けるか」
キルアは音を立てないようにして歩き出す…が、足取りが重い。何故だ。疲労は全く無い。
それなのに何故だ…体が重い。まさかもう攻撃が始まっているのか!?
「キルア君…喰らい給え。これこそがスーパー宝貝と呼ばれる『盤古幡』の力だ!!!」
…!!!重い、なんだこの重さは!…何かが圧し掛かっているような重さではなく…自分自身が…重い!
駄目だ、このままでは自分自身の体重によって押し潰される。なんとかしなければ…!
「今、君にかかっているのは普段の15倍の重力だ。歩くだけで骨が砕けかねないぞ」
オ、オーラを全身の骨にまわす…そうすれば体を動かせるはず…!
キルアは全身全霊でオーラを練り、全身の骨に行き渡らせる。そして歩き出した。
「ほう…君の能力も実に興味を引かれる…この世界は私にとって宝の山だよ」
もう少しだ…もう少しであいつを攻撃できる距離に…
キルアは残ったオーラで電気を練っていた…一撃で奴を失神させる。そうすればこの重力も収まる!
「だが、キルア君、私もこれを使用するのに力を使うのでね…一気に決めさせてもらうよ」
…重力50倍!
「…ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
オーラで補強した骨ですら耐え切れない。そう悟ったキルアは地面に倒れた。
「恐ろしい道具だ…使用者には一切重力の刃がかからず、対象とその周辺のみ重力を変化させるとは」
(…ゴン、ごめん…俺もう駄目かもしれない…友達のお前を守れなくてごめんな…)
キルアはゴンとの楽しかった日々を思い出していた。
いつも頑固で、一度決めたら人の意見も聞かないでずっと突っ走るゴン。
(あいつはこのゲームでも同じだろう…俺がいなかったらどうなるんだよあいつ…
駄目だ…あいつじゃこのゲームで生き残れない…ゴンを守るために俺はここで死ぬわけにはいかない…!!!)
キルアは必死に考える。50倍もの重力を加えられた頭で必死に。考えるだけで酷く頭痛がする。
細胞一つ一つにも50倍もの重力が加えられているのだろうか、とくだらないことを考えながら。
「た、助けてくれ…」
キルアは命乞いをした。もちろんそれは本心からの命乞いではない。
しかし、プライドの高いキルアにとってそれは屈辱そのものである…彼は唯一の友達、ゴンを守るためにプライドさえ捨てた。
「あんたの命令に従う…俺の力の秘密も教える…俺はこのゲームから脱出したいだけなんだ。
あんたからその方法を聞き出せれば、脱出できると思ったんだ…頼む」
50倍もの重力がかかっている今、言葉を口にすることすら命懸けである。
そんな中で発したこの言葉。キルアはこんな状況でさえ冷静に分析していた。
(あいつがあの本を手にし、異世界のことを語ったことから、あいつは俺が知らない未知の情報、能力を手にしたいらしい。
あいつはこのゲームから脱出する術を持っている。俺とゴンがこの世界から脱出するにはあいつの力が必要不可欠。
まずはあいつが欲しがっている能力をちらつかせ、その後俺が脱出するためにはあいつの力が絶対必要ということを説明し、
明らかにすることであいつに俺より絶対上位にいることを再認識させる。
…俺が逆らえないことを知れば、あいつは能力の秘密を知るために俺を利用するだろう。)
「…良いだろう」
…重力が通常に戻った。助かった。だが、同時にそれは藍染の軍門に下ったことを意味する。
「キルア君、まず君に聞きたいのは、君の支給品、それとこの名簿の中から君と能力体系が同じ者を教えなさい」
「俺の支給品はこの符、爆砕符っていうやつだよ…この名簿で俺と同じ能力を使えるのは、ヒソカとクロロだけだ」
ゴンの名は出さなかった。出せば必ずゴンも狙うだろう。それだけは防がなければならない。
キルア、彼の目的はゴンを守ることなのだから。
(今に見ていろよおっさん…隙を見つけて必ず締め上げて吐かせてやる…脱出の方法を!)