0062:不死身と不運と慢心と
戸愚呂は歯噛みしていた。目の前に現れたこの男(数度の交錯の後、C・ブラボーと名乗った)。
このふざけた名前の男(ざっと目を通した名簿に
ラーメンマンだとかキン肉マンだとかいう名前があるような世界では、
存外普通の名前なのかもしれない)に苦戦しているという事実、
そして自分の再生という力が予想以上に弱体化しているという現実に。
「直撃!ブラボー拳!」
男、C・ブラボーが裂帛の気合いと共に拳を突き出す。戸愚呂はそれを後方へ跳ぶことで回避する。
C・ブラボーも、他の異能力者と同様、手刀で海を割れるほどの人間離れした身体能力は制限されている。
故にそれは、普段であれば回避ついでに体中から針を噴射し、カウンターで串刺しにできる程度の一撃。だが。
(忌々しい!再生を上手く制御できん!)
出会い頭の一撃。頭上から強襲してきたときに砕かれた左頭蓋。
外見上は完璧に再生しているものの、内部の状態はお世辞にも良好とはいえない。
とてもそこまでの大掛かりな反撃に回せる力は残っていない。この男、弱くない。
全身に浅い傷を負わせる程度のことはできたものの、押されているのは自分の方だ。
頭部の再生に力を割かねば遠からず自分は死ぬが、力を割いた状態で殺せる相手とも思えない。
万全の状態なら無類の生命力を誇る戸愚呂だが、再生能力が著しく制限されているこのゲームでは十全に自分の真価を発揮できない。
彼はスピードやパワーではなく、異能としか呼びようの無いタフネスとトリッキーさを身上にするタイプだからだ。
それに対峙者であるC・ブラボーはその制限された身体能力を、オリハルコンでできた武器である程度補完できているというのも大きい。
徐々に、だが確実に、戸愚呂は押されていった。
戸愚呂は苛立つ。本当なら今、自分はあの女(
北大路さつき)で楽しんでいるはずであったのに、と。
それなのに、現実では。女は未だ五体満足な状態で震えており、逆に自分が闖入者によって追い詰められている。
そして、認める。一対一では目の前の男に勝てない―――ならば!!
ヒュッ―――
残された力を振り絞り、両手の指を鞭状に変化させ、闖入者たる男と、その背後にいる獲物として見定めた女を共に薙いでやる。
(ククク……どうする?避けてもいいが、女は死ぬぞ!)
その一撃をブラボーはトンファーで受け、力の方向を変えて受け流そうとする。が、この攻撃は直線ではなく、曲線。
流れのままに戸愚呂の指はトンファーに絡みつき、その武器の自由を奪う。
そして、そのままブラボーの心の臓を突き破らんとする一撃へと軌道を変えた。
男、C・ブラボーは抵抗することなく武器を胸元に引きつけると、無造作に武器から手を離し―――
「両断!ブラボチョップ!」
心臓にその指が到達する寸前、手刀で武器に絡みついた戸愚呂の指を切断。
制限下では肉体から離れた指を操ることもできず、切り離された指は単なる肉片と化す。
その交錯の間で戸愚呂は、速さでは相手が自分を圧倒しているということ、
この状況下においては、自分に勝ち目が薄いということ確信する。
故に、自分の支給品の内の一つ、攻撃用の呪文カード、左遷(レルゲイト:対象者をどこかに飛ばす)を使うよう頭を切り替える。
これはもう少し温存したかった。自分の弟に匹敵する実力者と出会ったときのために。
現在の自分では勝てないと認めざるを得ないという事実は屈辱以外のなにものでもない。
が、こんなところで無様な屍を晒すよりは余程いい。
自分はしぶとい。逃げるのもいいが、この場は乱入者を排除し、ゆっくりとこの女を手遊び殺してやる。
邪魔者は確実に追いやる、もしくは絶対の安全を確保して逃げ去る。これは、それを可能にする支給品なのだから。
そして体力を回復させ、万全の状態となった後で、ブラボーとかいう人を食った名前の男の息の根を止めてやる。
一呼吸の間をおいて、戸愚呂は、一枚のカードを取り出し、宣言する。
「左遷(レルゲイト)、使用!対象、『キャプテン・ブラボー』!!」
――戸愚呂のミスは逃走用の漂流(ドリフト)ではなく、攻撃用の左遷(レルゲイト)を選んでしまったということ。
戸愚呂はもう分かっていたからだ。このカードは、逃走用の漂流(ドリフト)と違い、相手が複数の時には使いづらいということを。
ならば、一対一のこの状況で使う。今なら、美味しそうな獲物を独占できるというおまけ付きだ。
――戸愚呂の不幸は、呪文カードが「対象者の名前を指定しないと発動しない」という性質を持っていたこと。
本来、呪文カードが存在するグリードアイランドで対象者の名前を特定するために使われるバインダーが、支給されなかったこと。
そして、C・ブラボーの本名が
防人衛であることを知らなかったこと、の三つ。
そして、何よりも不運だったのは、それらが全て不可抗力であったということ。
……結果として、呪文カードは発動しなかった。
そして、それが致命的な時間を相手に与えてしまい……
「粉砕!ブラボラッシュ!」
掛け声と共に放たれた怒涛の連撃は、戸愚呂の身体を、急所か否かに関係なく名の通り、粉に還すような勢いで蹂躙した。
遺されたのは元が人間であったのかどうかも怪しい肉塊の山。
それはかつて、男、ブラボーが持つトンファーが、人狼を欠片に滅した情景の再現の如く。
不死の力、再生を奪われた異能者は。吸血鬼が塵に還るという伝承のように、血霞の中、その命を手放した。
【福井県/黎明】
【防人衛(C・ブラボー)@武装錬金】
[状態]:体力消耗大(完全回復には数時間が必要)
全身に軽度の裂傷
[装備]:ディオスクロイ@BLACK CAT
[道具]:荷物一式
[思考]:1.一人でも多くの命を守る
2.上記の思考の結論として、ゲームを中断させる。
【北大路さつき@いちご100%】
[状態]:放心状態
[装備]:なし
[道具]:荷物一式、支給品不明(本人も未確認)
[思考]:不明
【グリードアイランドのスペルカード@HUNTER×HUNTER 】
衝突(コリジョン):使用者をこのゲーム中で会ったことのない参加者の元へ飛ばす ×1
漂流(ドリフト) :使用者を行ったことのない場所(このゲームでは県単位で区切る)に飛ばす ×1
左遷(レルゲイト):対象者を舞台上のランダムな位置に飛ばす ×1
は、発動しなかったため、スカアイテムと思われ戸愚呂の死体と共に放置してあります。
【戸愚呂兄@幽遊白書 死亡確認】
【残り118人】
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最終更新:2024年08月15日 07:40