0096:呪文 ◆z.M0DbQt/Q





“殺し合い”の場に放り込まれてから数時間。
緋村剣心は九州の山中を足早に歩き続けていた。
剣心の思考を占めるのは、自分の過去も現在も未来も受け入れてくれた、たった一人の少女のこと。
(薫殿……)
斎藤は強い。
彼はきっとこの状況でも迷い無く自分の信念を貫くだろう。
だが、彼女は。
「薫殿……」
早く見つけなければ。
彼女はしっかりしているし剣術の心得もある。
だが、この死合の場においてはそれもどこまで通用するかわからない。
なにより優しく勇敢な彼女のことだ。
力無き者が襲われているところに出くわすようなことがあれば、間違いなく自ら危険に飛び込むだろう。
そうなる前に早く、早く、見つけなければ。
いつもと違う刀の重心を意識の外に追いやり、剣心は足を早める。

――――先程から……何度と無く嫌な光景が脳裏を掠めている。

雪代縁との戦いで一度目の当たりにした――――薫の亡骸。
結局それは偽物だったのだが、あの時の衝撃は一生忘れないだろう。
ドクリと心臓が嫌な音を立て、汗が背中を伝う。
もし、もう一度あのようなことがあったら……自分で自分がどうなってしまうのか想像もできない。
――――否。
想像したくない、の間違いだ。
もし薫が誰かの手にかかるようなことがあれば、きっと自分は――――……




「薫殿……」

無意識に名を呟く。
早く、早く。
自分の中の人斬りの血が動く前に、早く。

「薫殿……」

早く、早く。
自分が“人斬り抜刀斉”ではなく“緋村剣心”であることを確認するためにも、早く。

「薫殿……」

早く、早く。
自分が人を斬り……堕ちてしまう前に、早く。

「薫殿……」

要は、自分の為なのだとわかっている。
彼女の無事を祈る気持ちに偽りなどはないが、それと同時に自分の心の安定のためでもあるのだ。
彼女に会えさえすれば、きっと、この不安定な心の方向が定まるはずだ。

「薫殿……」

早く、早く――――会いたい。
揺れる心を誤魔化す呪文のように、剣心は呟き続ける。
愛しい、たった一人の少女の名を。





【鹿児島県と宮崎県の境/黎明】

【緋村剣心@るろうに剣心】
【状態】健康、精神はやや不安定
【装備】日本刀@るろうに剣心
【道具】荷物一式
【思考】1.薫、斎藤を探す
     2.人を斬らない


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031:呪縛 緋村剣心 113:北へ南へ

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最終更新:2024年08月16日 20:43