(ここは…)
藍染は意識を取り戻し、静かに面を上げるとそこでは数人の男女が話し合っていた。
先程まで戦闘していた者たちと、見知らぬ者たち。
そうか、この者たちがキルア君たちの助太刀をしたのか。
藍染は意識がはっきりしないながらも冷静に推測をしていた。そして、自分が拘束されていることも。
「おい
太公望よ、どうやら起きたみたいだぜ」
太公望たちは体を休めながら、情報交換をしていた。
自分の仲間でゲームに乗る者、乗らない者、太公望たちはゲームから脱出するために能力者を探していること、
ハーデスを倒すには自らの、アテナの血を浴びたペガサスの聖衣が必要なことを。
両津勘吉は金にうるさい、等等。
そして…藍染が目覚めたのだった。
その場にいた全員がある一点に視線を集中させる。同時に流れる耐え難い緊張感。
誰もが沈黙し、その状況を享受していたが、一人の男によって沈黙は破られた。
「おぬしの名前は
藍染惣右介。そうだな?」
「そうだ。私は藍染惣右介。よかったら君の名前を教えてくれないか?」
太公望とは対照的に藍染の表情は自信と余裕で満ちている。
曲がりなりに戦闘で敗北を喫し、その四肢を拘束され、場合によってはその命を奪われかねないこの状況下で。
「わしは太公望。おぬしに一つ聞きたい」
「何かな?」
太公望は厳しい顔つきのまま、藍染に質問を投げかける。藍染も余裕の表情を崩さない。
「何故石崎という男を殺した?」
「石崎…?あぁ、彼のことか」
ピクッ。石崎、その名を藍染が口にした瞬間、星矢は僅かながらに動揺した。
出来れば今すぐにもあの男を倒して石崎の仇を討ちたい。石崎の未来を奪ったあの男が許せない。
星矢の心の中で様々な葛藤が起こっていた。しかし星矢はそれを抑えると目の前のやりとりに視線を戻した。
「別に彼を殺すのが目的だった訳じゃない。私が彼に接触したのは彼の支給品に興味があっただけだからね」
藍染は淡々と語る。自らの行為にまるで非がないかのように。
「結局彼は私に支給品を譲る意思が無いようだったので鬼道、まぁつまりは軽く火を放って彼を脅したんだが、
思いの外、彼が脆弱でね。力を抜いた私の鬼道すら避け切れず、あんなことに」
藍染は話を続ける。
「残念なことをしたよ。彼を利用してそこの星矢君にも色々話を伺おうとしたのに。
やはり蟻を殺さないように踏むのは無理だったようだ」
「………藍染!!!!」
その言葉を聞いて星矢の怒りが頂点に達した。人を人と思わないその口ぶりにどうしても我慢できなかったのだ。
激しい怒りを携え、静かに藍染に歩み寄るがその前を富樫が遮った。
「…許せねえのはお前だけじゃねえぜ。周りを見てみな」
星矢は言われた通り周りを見渡す…皆険しい顔をしている。そしてその身から怒りの感情が迸っていた。
…特に太公望からは殺気とも思える怒りを感じ取れた。
「…ひとまずあいつに任せようぜ。なぁ」
「…分かったよ」
星矢は静かに頷くと元いた場所に戻った。
「…おぬしの目的はなんだ?」
「そうだな。平たく言えば、参加者の支給品とその能力だ。
より高みを求めている私にとって、このゲームはとても魅力的なのでね。」
「……そんなことのために一人の命を奪ったのか」
太公望は藍染から妲己と同じ匂いを感じ取っていた。
この男は妲己と同じだ。自分の一族、羌族を己が悦楽のために滅ぼした妲己と同じ。
己以外の者は全て自分に利用される道具。そういう考えの持つ男、太公望は藍染をそういう男だと悟った。
「…最後の質問だ。おぬしは脱出方法を知っているようだが、それを教えて欲しい」
「教えてもいいが、それには条件がある。君たちの支給品と能力を教えてくれないか?」
藍染は平然と言ってのける。まるで今の状況を意にしていないようだ。
「先程も言ったが、支給品とその能力の秘密を知りたいんだ。君たちのもね」
「断る」
太公望は即答する。藍染の目的は相手の情報、ならばそれを必要以上に与えるの危険だと判断したためである。
更に太公望はこの藍染の質問からある一つのことを導き出していた。
「どうやらおぬしが持つ脱出の術というのは、わしらには出来んことのようだのう」
「…失言だったようだ。太公望といったか?君を少々侮っていたようだ」
藍染はここにきて初めて表情を曇らせた。そして同時に一層場の緊張感が増した。
が、会話は続けられる。藍染は先程までの余裕のある話し方ではなくなっていた。
何より違うのは、その身から溢れ出る霊力と殺気。
「おい、太公望のやつ何言ってんだ?」
「私にもさっぱり分からないわ…」
後方で富樫と麗子はさっぱり訳が分からず呟く。
「つまり、藍染ってやつの言う脱出方法はあいつだけが使えて、他のやつじゃ使えないってことだよ」
見かねてキルアが答える。だが、富樫は更に問い詰める。
「なんであの質問だけでそんなことが分かるんだよ」
「あのなおっさん、この状況でさえあいつが俺たちより有利な立場にいられるのはなんでだと思う?
脱出の方法を持ち合わせているからなんだよ。」
「いまいち分からねえぜ…」
「あー!!!もう!!!つまりそれを俺たちに話したら、手放したのと同じなんだよ。
だから普通ならそれを話すわけ無いんだよ。だけど、それを餌にして情報を求めたってことは…」
「教えてもデメリットが無い。つまり私たちには無理で、彼にしか使えないってことね…」
「あぁ、そうなると俺たちは現状のままあいつに手出しできない。いや、現状より酷くなるね」
あーなるほど、と富樫は手をポンッと打ち、納得した様子である。ちなみに麗子は富樫より先に理解していた。
…このような会話中にも関わらず星矢だけは未だ藍染を睨み付けていた。
(さて…どうしたものか。この私を拘束しているロープは鬼道で焼き切れるが、それだけでは捕まってしまう。
…ならばこの世界から脱出するのも一つの手だな。『大虚』どもを呼び寄せればいつでも脱出できる。
この首輪も大虚が同族を助けるときに使う『反膜』の光に包まれれば何も問題ない)
大虚。それは藍染達死神の天敵であり、恐るべき力を持つ化け物。
彼らは一度、敵対する死神の世界、尸魂界の空間ごと切り裂き侵入し、藍染達を救った。
反膜。それは大虚が放つ藍染達に向けて放った光。
あの光に包まれたが最後、光の内と外は干渉不可能な完全に隔絶されたとなる。
そう、反膜の光が降り注いだ瞬間からその者には最早触れることすら不可能になる。
(しかし、この世界にはまだまだ魅力がある。それを考えると元の世界に帰るのは早計だな。
…あの手を使ってみるか)
藍染は意識を集中し、ある呪文をイメージし出した。
鬼道ではなく、最も己自身が得意とするあれと似たような呪文を。
「藍染、おぬし何を始めるつもりだ。この状況で逃げられると思ってか」
太公望は藍染から放たれる、今まで体験したことのないエネルギーを感じ、問うた。
「逃げられるよ。この私と、これから唱える呪文さえあれば」
周辺一体が濃い霧に包まれだし、そして……呪文を唱えた。
「マヌーサ」