0115:少女の道標 ◆jYa6lM.CCA
―――城之内が死んだ。
「そんな…嘘…」
杏子はショックのあまりその場に座り込んだ。
(死んだ?城之内が?そんな、そんなの、嘘に決まってる!
だって城之内の悪運ときたら人一倍で、殺しても死なないような奴だもん。
だから…だからあんな放送、嘘に決まってる…!)
それは嘘だった。杏子自身すら騙せない嘘だった。
脳裏にこびりついて剥がれないでいる、最初の大男が殺される映像。
このゲームは人が死ぬ。
死んだのだ。彼は、確かに。
(…城之内……)
杏子は俯く。きつく閉じた瞳から、静かに涙が零れ落ちた。
しばらく泣き、少し落ち着いてから、一番に思い浮かんだのは遊戯のことだった。
(…行かなくちゃ。泣いてる場合じゃない。)
力の入らない足を無理矢理動かし立ち上がる。手の甲で涙を強く拭った。
遊戯たちにとって城之内は親友だ。どんなに辛い時も、彼らはいつも支え合っていた。
そして強くなった。仲間と共に、仲間のために。
そんな仲間を失ったのだ。遊戯たちの悲しみは計り知れない。
(逢いたい。逢わなくちゃ。)
逢って遊戯を支えたい。いや、逢えたところで何もできないかもしれない。それでも逢いたい。
自分にとって仲間で、幼馴染みで、大切な人だから…
ますます強くなった想いを胸に、杏子は歩き出した。
―――しばらくの後。
杏子は再び座り込んでいた。わなわなと体を震わせ、思わず叫ぶ。
「どろぼーーーっ!!」
その泥棒――
ニコ・ロビンはあっという間に走り去ってしまっていた。
(何よ、何なのあの人!?)
今の叫び声で人が来てしまうかもしれないことに気付き、杏子は慌てて陰に隠れる。
ただし、腰が抜けたような状態だったため、移動する姿はかなりみっともないものだったが。
ロビンは信用できる人間に見えた。
見た目普通の女性で、丸腰だったし、会話だって普通にできて、杏子と同じく仲間を探していたからだ。
(仲間になれるかもしれないと思ったのに…)
最初に出会えた人は泥棒で、しかも荷物を全部取られてしまった。
杏子はがっくりと項垂れる。
恐怖、驚き、落胆、怒り、悲しみ。幾つもの感情が胸で渦を巻く。
結局のところ、このゲームでは誰も――遊戯以外を信じてはいけないのでは?
海馬はどうだろう?確かに同じ世界からの仲間だし、遊戯を助けてくれたことも何度かあった。
けれど遊戯たちを殺そうとしたこともあったし、いつも人を見下したような態度を取っている。
果たして海馬のことは信じてもいいのだろうか?
『脱落者の中には、その『仲間』に裏切られて命を落とした者もいるのだぞ?』
(海馬君は絶対に裏切らないって、言い切れる?)
自問自答する。
今の杏子には言い切れなかった。
いつもの、数時間前までの杏子なら、海馬を疑うことすらしなかったかもしれない。
色々なことがありすぎたせいで、杏子は疑心暗鬼に陥っていたのだった。
しかし、少し落ち着いてくると、一つの疑問が湧いてきた。
(…どうしてあの人は、私を殺さなかったんだろう?)
考えてみれば不思議なことだ。
あの無数に生えた手で首を圧し折ることもできた。千年ロッドの仕込み刃で刺すことだってできた。
自分がどれだけ死に近かったかを認識し、改めて杏子の背筋は凍りついた。
そう。杏子はいとも容易く、確実に殺される状況だった。なのに殺されなかったのだ。
(もしかしたらあの人は、このゲームに乗ってない…?)
そういえば彼女は言っていた。
『口だけの仲間ってのが信用できないの、この島じゃ特にね』
けれど逃げる時、彼女は誰かに呼びかけていた。
仲間がいたのだ。『口だけ』じゃない仲間が。信頼に値する、自分にとっての遊戯や城之内のような仲間が。
(…城之内……)
『人を、信じてぇじゃねぇか!!』
会ったばかりの獏良のことや、見ず知らずの少年のことを直ぐに信用して。
結局騙されて酷い目にあったって、後悔なんて少しもしないで、また誰かを信用して。
馬鹿だ。城之内は、そんな馬鹿だった。
(……もう一度、彼女に会ってみたい。)
自分と同じような仲間を持つ人。あの人も放送のせいで、疑心暗鬼に陥っていただけかもしれない。
だったらもう一度会ってみたい。落ち着いて話し合えば、きっとわかりあえるはずだ。
もう一度信じてみたい。
あの人のことも、そして海馬のことも。
海馬が本当は弟思いな人だと、優しいところもある人だと、自分は知っているはずだ。きっと大丈夫。
(本当に信じられる?)
再び自問自答する。
答えは出なかった。けれど信じたかった。
仲間を信じ続けてきたからこそ、杏子はここまでこれたのだから。
『脱落者の中には、その『仲間』に裏切られて命を落とした者もいるのだぞ?』
『人を信じられなくなったらよ…自分の未来だって、信じられねぇじゃねぇか!』
主催者バーンの言葉と、城之内の言葉。
(あんな奴らより、私は城之内を信じる!仲間は、裏切らない!)
杏子は少しよろめきながらも立ち上がると、ロビンが去っていった方へ向かって歩き出した。
遊戯がどこにいるかはわからない。街を探そうにもどのあたりにあるかわからない。
そんな杏子にとって、ロビンは初めて出来た道標でもあった。
その道標の先に遊戯がいることを信じるしかない。自分の未来を信じて。
この決断がどんな結末を招くのか……それは誰にもわからない。
【茨城県/朝~午前】
【真崎杏子@遊戯王】
[状態]:健康、精神的ショックで少し不安定
[装備]:無し
[道具]:無し
[思考]:1.ロビンを追いながら遊戯を捜す。
2.海馬と合流。
3.ゲームを脱出。
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最終更新:2023年12月14日 04:03