0133:黒き盟約 ◆Wv7hRKzBHM
脇腹を抱えながら一人の少女が朝空の下隠れるようにして駆けていく。
そのスピード自体は逃げ出した時のそれと比べると格段に落ちてはいたが、自分を負傷させた男から距離を取るのには十分な時間が経っていた。
「奇襲するにも蛭魔くんみたいに上手くはいかないものね……」
舌をペロッと出して失敗、失敗と呟いた。
最初の男の人を殺せたのも恐らく運が良かっただけの事だったのだろう。
自分の命を平気に投げ出しても相手を思いやる人間。
この島に、いやこの島で少しの間でもこの空気を味わった人間に、その様な人が一体あと何人いるのであろうか?
鯨が0.1mgで動けなくなる毒ですら死ななかった人や、幾ら素人のとはいえ奇襲の銃撃を避けた人がいたのだ。
放送で名前がなかったことからすると、あの
ヤムチャという男ですら毒で死ななかったらしい。
――となると一番の武器はこの姿なのかも。
一見するとただの女子高生。
少なくても相手は猜疑心は抱いても恐怖心は抱かないだろう。
口裏だけ合わせて、相手が気を許した瞬間にブスッ。
相手がそれで死ななくても動きさえ奪えれば何とかやりようはある。
それが今の自分にお似合いな立ち回りの様な気がした。
「待っててねセナ。そしてゴメンね……」
今一番会いたくないのは自分以外の無差別に殺し回っている人でもなく、自分なんかより圧倒的に強い人でもない。
一番助けたくて、一番好きな
小早川瀬那その人だった。
知られた瞬間に怒って悲しむだろう。
そして――嫌われるだろう。
もう戻れない道に駆け出してしまった。
後はその道を走りきって寂しく果てるだけ。
死ぬことよりも、多分自分を捜してくれているであろうセナに顔を見せられないという事実の方が怖かった。
「――私は警察官……だから罪人を断罪しなくてはいけない……
そして自分も罪人だから少しでも汚れを払って贖罪した後に、後を追わなくてはいけない……」
それは無意識に自分に言い聞かせている催眠術。
目をかっと見開きながらそう呟いて
野上冴子は彷徨っていた。
目を閉じればあのビデオが瞼に浮かぶ。
汚れきったニンゲンとその世界が。
その姿を一見すると薬でもキメているかの様にも見えるが、彼女の思考は非常にクリアだった。
全てのニンゲンを殺す、唯それだけの目的しか頭に無かったが。
片手に毒牙の鎖を構えつつ辺りの気配を常に窺っている。
先に見つかってしまっては汚いニンゲンの事だ、自分なんて直ぐに殺されるに決まっている。
贖罪を続けるためにも自分が先に発見して殺してあげなくてはいけない。
それが自分の為にも、相手の為にも、果てには汚れきった世界の為になるのだから。
それが警察官としての自分の勤めなのだ。
そんなピリピリと張りつめた空気の中二人の女性は出会った。
相手の気配に気がついたのはほぼ同時。
お互いに身を隠しつつ相手の出方を窺う。
お互いに相手の出方を窺って、まずは自分が殺されないようにしなくてはいけない。
そのまま暫し時間が経ったか経たなかったかの膠着状態時に、片一方が動きを見せた。
「あの、私は姉崎まもりといいます。今、暴漢から水も食料も取られ命からがらで逃げてきました。
お願いですが少し分けて貰えないでしょうか?」
自ら姿を晒し、両手を上げてはいるがあの少女を信用しても良いのだろうか?
確かにニンゲンなら水や食料を自分が生き延びるために平気で奪う生き物だ。
だが、生かす気はないが鵜呑みにしてしまっても良いのだろうか?
否、ニンゲンなんて信用できるわけがない。
あの女もまたニンゲンなのだ。
あれがあの女にとっての作戦なのだろう。
冴子は返事を返さずに相手の次の出方を窺った。
暫し待ったが応答はない。
が、人の気配が去った様子がない事から相手はまだ自分のことを窺っているのだろう。
「あのっ、この島にいきなり連れてこられて殺し合いをしろと急に言われ、戸惑いながらも何とか生き延びてきたんです」
相手も一人なのだ。
ならなんとか同情心で少しでも隙が出来れば……
「一人でいるより二人でいた方が心強いですし、人捜しでも何でも手伝いますから……」
――人捜し、か。
私が捜すのは世界の汚れ。
確かにこの島のニンゲンを捜していると言えば捜している。
言われてみればその現状が可笑しくも思えた。
「私はね、この島のニンゲンを全て殺して贖罪しなくてはいけないの」
要らない存在を必死に捜しているというその行為が。
鎖を手にしながら此方も姿を現す。
「勿論、貴方も例外じゃないわよ」
笑いながらじりじりと距離を詰める。
つい堪えられずに喋ってしまったが、いつ何処にどんな罠が仕掛けられているが解ったもんじゃない。
「そして、最後に私自身が消えて――誰もいなくなって贖罪は終わるのよ」
慎重に相手に近寄っていった。
殺すと言われたときは内心また失敗したかとも思った。
だが、動機は違っても結局は自分と一緒なのだ。
しかも自分が生き残る気は更々無いときている。
ならば……
「実は、私もこの島の人を全員殺そうとしていました」
まるで魔法の言葉のように相手の動きがぴくっと止まった。
「そして、その後自殺しようとも考えていました」
まもりは今だとばかりに口を捲し立てた。
落ち着いて、相手の武器は見え見えで自分の武器は隠している。
失敗しても不意打ちが出来る有利な状況なのだと自分に言い聞かせながら。
「そこで一つ提案なんですけど、一緒に手を組みませんか?」
相手は動きを止めて聞いてはいるが、今一此方の言う事を飲み込めていないと見える。
「最初に死んだ人もそうですけど、この島には私達のような普通の人間じゃ歯が立たない人が多いみたいですので」
解りやすい様に、口からなにか光るエネルギーを出しながらも簡単に死んでいった
ナッパを例えに出す。
あの攻撃がどんな物かは解らないが、自分達が喰らえば簡単に死んで更にお釣りが来ることも予想が出来る。
「そこで1人よりは2人。全員殺すのにはまず自分が死ぬ可能性を低くしないといけないと思います」
「――そんな誘惑は地獄の閻魔様にでもして頂戴。全員殺すのが目的と言い切った人間を誰が信用するとでも?」
相手が再びじゃらりと鎖を構え直した。
「ではお互い唯一の
ルールとして、利用できるまで相手を生かしておくって事でどうです?」
そう、これが本当に自分が出したかった交渉のカード。
「全員殺すのが難しいというのは事実ですし、そのルールなら信用して貰えるでしょうか?」
裏を返すと利用するだけ利用して相手を途中で裏切るのもお互いに認めるといった契約。
「なら、私が今此処で貴方を要らないと判断して殺しても良いって事ね」
「えぇ、それもOKです。ただ強い人が沢山いますし、利用できるなら利用した方が賢い選択だとは思いますけど」
にこりといつも通り笑ってそう言い返した。
「あ、勿論私もこの島の人を全滅させたとき以外に、殺されそうになったら抵抗しますよ」
暫くそのまま時間は流れていく。
言葉もそれ以上は紡がれず、お互い下手な動きも出来ない。
その時の中で二人は互いの意図とその後のパターンを何通りにも読み合っていた。
「――貴方は本当に汚れきったニンゲンね」
一層強く睨んだ目とは対照に、相手に取っていた構えを解いた。
「そして、私も結局は汚いニンゲンよ。貴方を好きに利用させて貰うわ」
「宜しくお願いしますね」
まもりは相手に気付かれないように心の中で溜息を付いて安堵した。
実はこのカードには隠れた1つの思惑と1つの嘘が含まれている。
1つの思惑というのは、なるべくセナを殺す可能性がある殺人鬼を目の届く場所に置きたかったからだ。
いざ目の前の女性がセナに出会っても、差し違えてでもセナを護る覚悟はある。
そして1つの嘘というのはそのセナの存在だ。
全員殺すというのは嘘。
ただ、それがばれたら自分だけこの契約のメリットが多いと気付かれてしまう。
女性二人組という事で相手の警戒心が解きやすくなる上に、手数も多くなり自然に強い相手にでも不意打ちが成功しやすくなる。
さらに、殺人鬼を監視下に置けるし、いざとなったら捨て駒でも盾にでも何でも出来る。
デメリットは爆弾を抱えてしまったような物で常に注意を払っていなくてはいけないが、
それよりメリットの方が1人でも多く殺すためには魅力的だった。
――お手本は蛭魔くん。常に相手の思考の裏の裏まで読んで、自分がお払い箱になるタイミングを先に読まなくちゃ。
【京都府/朝~午前】
【姉崎まもり@アイシールド21】
[状態]腹部に打撲、若干の疲労
[装備]:中期型ベンズナイフ@HUNTER×HUNTER
魔弾銃@ダイの大冒険:空の魔弾×2 メラミ×1 ヒャダルコ×2 イオラ×1 キアリー×2 ベホイミ×2
[道具]無し(身につけていた武器以外は全て失った)
[思考]1セナ以外の全員を殺害し、最後に自害
2取り敢えず目の前の女を利用できるまで利用する
【野上冴子@CITY HUNTER】
[状態]人間に絶望(難しいが説得は一応可能?)
[装備]毒牙の鎖@ダイの大冒険(一かすりしただけでも死に至る猛毒が回るアクセサリー型武器)
[道具]荷物一式、食料二人分
[思考]1人間を全て殺す。
2取り敢えず目の前の女を利用できるまで利用する
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最終更新:2023年12月14日 23:16