「助けてください。お願いします。私、ただの学生なのにいきなりこんな所に連れてこられて…」
必死にそう言う目の前のまもりに、
趙公明は如意棒を突きつけた。
「ふふふ…君はまずまずの演技力だけど、後ろのオトモダチが一目で分かるほどの殺気を放っていてね…」
それを聞いたまもりは、一瞬だけ後ろを振り返る。
まもりの後ろにじっと佇んでいる冴子は、確かに暗い表情でこちらを見ている。
自分が敵の油断を誘うと言って出てきたのは良かったが、まさか冴子がここまで非協力的だとは思わなかった。
(まさか、いきなり私を見捨てるつもりかしら…いえ、さすがにそこまでは……っ!!)
まもりが我に帰ると、如意棒が首筋まで伸ばされていた。
「君からも…そう、何か決意を秘めた様子が見て取れるね。決して追われるウサギのそれではない目をしているよ」
(このままでは冴子に捨て駒にされてしまうわ…なんとか彼女を利用しないと……!)
だが、
趙公明は不意に如意棒を縮めて手元に戻した。
そして懐から菓子パンを取り出した。
「君たち、お腹は空いていないかな?」
「…え?」
「僕の食料は中々美味なものが多くてね。この餡子が詰まったパンなど最高だよ。上に散りばめられたゴマがなんとも言えない」
「……」
「………」
まもりと冴子は、なんとなく言われるままに
趙公明の後について行ってしまった。
目の前の相手を殺さなくてはならないという決意と、しかし隙が無くて手を出せない状態ゆえだ。
誰もいない茶店の席に着くと、それぞれジャムパンとクリームパンを手渡されるが、二人とも手に持つだけで口にしようとしない。
「おや、どうして食べないのかな?毒など入っていないよ。さぁ、食べたまえ」
「……どうかしらね。ニンゲンは人を騙すためなら何でもするわ…」
冴子はクリームパンの袋を破ると、
趙公明の口元に突き返した。
「あなた…これを食べられる?」
「いらないのかい?じゃあ遠慮なく」
「…!?」
ムシャムシャとクリームパンを食べる
趙公明に、冴子は当てが外れたような顔をする。
見るからに美味しそうな表情でクリームパンを食べ尽くすと、手についたクリームをハンカチで拭き取る。
「まだ、わからないかな。君たちを殺すつもりならいつでもできるんだ。でも敢えてそうしない。わかるかな?」
二人とも黙っている。
他の参加者を全員殺すことを目的としている二人には見当もつかないようだ。
「僕の目的は、ゴージャスでエレガントな戦いを楽しむことだ。君たちがそれにふさわしい実力の持ち主なら、喜んでその殺気に応えよう。
だが、残念ながら君たちの実力は僕に遠く及ばない…相手をするまでもないということさ。
実はさっき城之内くんという少年と戦ったんだが…彼は少々物足りなくてね。次の相手は、もっとふさわしい相手と決めているんだよ。
だから君たちは殺さない」
残念ながら、この派手な男の言うとおりだとまもりは思った。
仮に自分ひとりだったとしても、この男の隙を突いて殺すことは不可能だっただろう。
…実力が違いすぎる。
「……わかりました。行きましょう、冴子さん」
「…………そうね、少なくとも今の私たちでは勝てない」
冴子も納得したのか、椅子から立ち上がる……と見せかけて、毒牙の鎖を振るう。いや、性格には振るおうとした。
その瞬間、腕を掴まれてひねり倒されてしまう。
「君がどうしても戦いたいと言うなら、僕としても応えてあげるつもりだがね…どうする?」
「…わ、わかったわ。私の負けよ…」
全てのニンゲンを消すためには、ここで死ぬわけにはいかない。
この男は、誰か他の強敵と潰し合ってくれることを願うしかない。
冴子はそう結論づけ、
趙公明のことは諦めることにした。
「ところで、どうしてパンなんてくれるんですか?」
ジャムパンを見つめながらのまもりの問いかけに、
趙公明はにこりと笑う。
「僕は貴族でね。見たところ君は荷物を失っているようだ。そんな君に施しをするのも勤めというわけさ。
もっと欲しければ差し上げるが、どうかね?」
「…い、いえ結構です。(変な人…こんなゲームに参加させられてるっていうのに…)」
さすがに少し呆れるまもりであった。
その後二人が茶店の前から離れかけたところで、まもりはジャムパンのお礼を言っていなかったことに気づいた。
趙公明の方を振り返り、声をかけようとするが、既に彼の姿はなかった。
「ではさようなら、レディたち。次に会う時までにせいぜい強くなってくれたまえ!」
頭上から声が響く。
見上げると、如意棒にまたがった
趙公明が、棒を伸ばしながら彼方へと飛んで行くところだった。
それを見送りながらまもりは思う。
今回は運良く見逃してもらえた。
でも次もそうとは限らない。
ひょっとしたら、自分の作戦が通用する相手なんてほとんどいないのかもしれない。
「だとしたら……」
「何か言った?」
「ううん…こっちのことよ、こっちの」
やっぱり、この人を囮にするしかない。確実に。