0340:大型殲滅兵器“ジーニアス”による被害報告 ◆saLB77XmnM
五十パーセントといったところか。
六時間、体力の回復に努めた
フレイザードのHPである。
あの忌々しいゴム人間――ルフィにやられた傷跡は決して消えることはないが、どうにか動けるまでには回復した。
砕けた岩石の肉片は、いつか果たす怨念の証。今度会った時こそ、あのゴム人間を殺す。
決意を胸に秘めたフレイザードは、なおも力を蓄える。
炎と氷、決して相容れぬこの二つの魔力を使いこなすために。
生きるためへの執念というのは凄いものである。この六時間、ひたすらに努力した結果は着々と実を結ぼうとしていた。
こちらの完成度はまだ三十パーセントといったところだろうか。
「基礎はできてるんだ……あとは安定さえすれば……あん?」
洞窟内で一人黙々と氷炎を繰るフレイザードの耳に、人の声が聞こえてきた。
近くに誰かいる。それを知らせるには、大きすぎる声量で騒いでいる輩が。
フレイザードは洞窟内から顔を出し、周囲を確認する。
洞窟の周りは深い木々で覆われていたためこちらから見つかることまずないだろうが、
もしかしたら、声の主はカモになるかもしれない。
体力の半分は回復しているのだ。やってやれないことはない。
もちろん
ピッコロクラスの化け物を相手にするのは無理だが、もしも雑魚だったら、軽く殺して支給品を奪うくらいは……
「な!?」
その存在を視界に入れたフレイザードは、驚愕した。
「だぁーかぁーらぁー! いつまでもウォンチューウォンチューうるせぇんだよ! 俺の名前は
ボンチューだと何度言やぁ……」
大声の主である三人組の一人目は、見知らぬ若造だった。
「ふん、ならばまた助平と呼んでやろうか? 私だけでなくイヴにまで働いた狼藉、忘れてはおるまいな?」
大声の主である三人組の二人目は、北海道で殺したはずの小娘だった。
(あの小娘……生きてやがったのか!?)
「二人ともよさないか。この近くには
真崎杏子という少女を殺した輩がいる可能性がある。視界が悪い場所ではあまり騒ぐな」
大声の主である三人組の三人目は、鎧を身に纏った男だった。
(あいつぁたしか……ピッコロと戦ってた野郎じゃねぇか!? あいつまで生きてやがったのか!?)
ルキアと
世直しマンが共にいることにも驚くべきだが、
それよりもまず、死んだと完全に思い込んでいた二人が生きていたことに驚いた。
ルキアについては確かに生死は確認しなかったが、世直しマンのほうはピッコロが確かに倒したはずだ。
こちらも確認こそしなかったものの、ピッコロが自分以外の参加者に負けるとも思えない。
その証拠に、ピッコロはまだ生きている。第四放送でも、その名前は呼ばれていない。
ということは、
(ピッコロの奴はあいつと引き分けた……
それも、あの鎧野郎のほうは見る限りピンピンしてやがる! あいつのほうが優勢だったってことか!?)
だとすれば、今のピッコロは満身創痍の疲弊状態である可能性が高い。
あれほどまでに自分に煮え湯を飲ませた、あのピッコロが。
(こりゃあチャンスだぜ……ピッコロは今でも合流地点で身を休めてるに違いねぇ……
だとすれば、奴を出し抜くのは疲弊している今しかねぇ……いや、まてよ)
一瞬の間に、フレイザードは妙案を考え付く。
今は、自分とて負傷の身だ。
ダメージを負っているとはいえ、『前世の実』を隠し持っているピッコロに自分が立ち向かうのは危険。ならば、
(あの野郎にピッコロの潜んでいる場所を教えて……
野郎はヒーローとかぬかしてたからな。是が非でもピッコロに止めをさしたがってるはずだ)
悪者らしい思考は、さらに加速する。
(問題は交渉が成立するかだな……当然俺も見逃しちゃぁもらえねぇだろうし……いっそあの二人を人質に取るってのも手か……)
「楽しそうに何を考えているんだ? フレイザード」
「――!?」
ほくそ笑みながら悪知恵を働かせるフレイザードの名を、誰かが呼んだ。
その偉そうな口調から一瞬ピッコロの顔が浮かんだが、それはありえない。この場にいるのは、フレイザードと、
「そこに隠れているのは分かっている。隠れていないで出て来い」
世直しマン――!!
気づかれた。フレイザードは身を潜めていたことを気づかれた事実より、なぜ自分の考えていることがバレたのかに疑問を持った。
だがその疑問も一瞬、フレイザードは瞬く間に立たされた窮地を自覚し、その場を立ち去る。
本当ならこの場で全員八つ裂きにしてやりたいが、今は無茶は禁物だ。
「世直しマン、フレイザードとは……」
「ルキアを襲った、炎と氷のバケモンか!?」
「ああ、間違いなく陰から私たちを監視していた。読心マシーンで読み取った思考からしても、まず間違いないだろう」
宿敵の一人が、すぐ近くに。ルキアとボンチューは、この事実に身体と心を震わせる。
「見つけてしまっては、逃す理由もないだろう……奴とて満身創痍のはず。今度こそ、とどめを刺す!」
「おお!」「うむ!」
三人は、決意を改めフレイザードを追撃する。
ふははははは~好調好調、絶好調!
――ついに宿敵、
江田島平八を倒した。
――この手で倒せなかったのは残念だったが、あれはこの天才の策略により齎された死。言うならば、作戦勝ち。
――
天才の知略が江田島に勝ったと考えれば完全勝利も同意!
江田島平八、そしては目の上のたんこぶのような存在であった拳王ラオウ。
アミバにとっての邪魔者を、二人まとめて始末することができた。
そして手に入れた新たな支給品、そしてのこのことアミバの後を追ってきた江田島の仲間。
既に奴らを葬る新たな策は考えている。あとはそれを実行するだけ。
「恐るべきは天才の知能! 恐るべきは天才の戦略! 所詮凡人が天才に勝るなど、無理なことなんだよぉ~!!」
笑いながら疾走するアミバは、どこか間抜けな姿だった。
だからだろうか。辺りが木の生い茂った森林地帯でも、簡単に見つけることが出来た。
「おい、そこのおまえ」
「――ん?」
突然、声をかけられた。
「んな!?」
振り返り、その姿を見て唖然とした。
そこにいたのは、ある意味拳王や江田島よりも威圧的な姿……身体を縦真っ二つに仕切り、炎と氷で構成された人型の化け物だった。
「な、ななななななんだ貴様はァァ!? こ、この天才になんの用だ!!?」
初めて見るモンスターの姿に戸惑いを隠せないアミバ。
それもそのはず、アミバとフレイザードの住む世界では、あまりに環境が違いすぎる。
人間が覇権を争う世界に住むアミバにとって、魔物の存在など受け入れられるはずがない。
「おおっと、あんまりビビるんじゃねぇよ。見たところてめぇも誰かに追われているようだが、ちょっくら俺様に協力してくれねぇか?」
「きょ、協力だとぉ~?」
あまりにも唐突だった。
突然現れた異形の怪物、何者かは知らないが、その形相からして只者ではあるまい。
天才とはいえ、少なからず身の危険を察知したアミバは、ある妙案を思いつく。
「……う、うむ。おもしろい。どうやらおまえも誰かに追われているようだな。
この天才に力を借りたいというのなら、喜んで協力しようじゃないか」
天才たるもの、常に臨機応変に。
アミバはとりあえず、フレイザードの話を聞いてみることにした。
この化け物、戦闘能力は高そうだが、頭の方は悪そうである。ならば、この天才が遅れをとることはない。
未だ笑みを浮かべながら、アミバはフレイザードと共に並走していく。
「ド畜生!! どこに行きやがったあの野郎ォ!?」
「撒かれちゃったのかなぁ……足はかなり速いみたいだね」
アミバを追っていた二人、桑原と翼は、標的の姿を見失ったことに怒り狂っていた。
もっとも、翼の胸中はほのかな期待感が占めていたようだが。
「熱くなりすぎだ二人とも。もっと冷静になって対処しなければ、見えるはずの敵も見えなくなるぞ」
そして、もう一人。ほぼ二人のお守り役として同行してきた、
空条承太郎である。
「奴がこの近くにいることは間違いない。だとすれば、どこかで俺たちを狙い撃とうと画策しているかもしれない」
「へっ、っつっても奴の持ってた銃は弾切れだぜ。俺たちから逃げたのも、もう打つ手がねぇからだろうが」
「忘れたのか和真? 奴は江田島平八塾長の荷物を持ち去った。あの中には、高性能爆弾であるジャスタウェイが入っているはずだ。
それに弾切れの銃にしても、まだ予備の弾丸を隠し持っている可能性がある」
ホットな二人とは対照的に、唯一承太郎だけは、クールな立ち回りを見せていた。
あの手の謀略を廻らせるタイプには、冷静な対応が必要だ。この二人だけに任せては、そのうち怪我をしかねない。
いや、このゲームにおいての油断は怪我を通り越して死を招く……二人が熱ければ熱いほど、承太郎は冷静でいる必要があった。
「しかしよぉ、この暗闇じゃあ奴がどこに潜んでいるかなんて分かったもんじゃねぇぜ。
それとも、奴を追うのは諦めてここから尻尾巻いて逃げろとでも言うつもりかよ?」
三人の周囲は、現在多くの針葉樹によって覆われている。頭上あたりに位置する枝からは、梟らしき鳥類の鳴き声も聞こえる。
それに加え深夜という時間帯。深く高く聳える木々は月光を覆い隠し、視界を無力化させるほどの闇を形成していた。
正に闇討ちにはもってこいの環境といえる。そんな状況での深追いは危険だと感じつつも、桑原の気持ちは治まらなかった。
「止めても無駄だぜ、空条。俺ぁ、この手であの下衆ヤローをぶっ飛ばしてやらなきゃ気がすまねぇんだ。翼、てめぇもそうだろ?」
「うん、監督の荷物を泥棒したのはいけないことだけど……でも、彼ならきっといい選手になれると思うんだ!
健脚もさることながら、あの攻撃的なダッシュ力はフィジカル面からしてみても……」
「おめぇ……今がいったいどういう状況か分かってんのか?」
桑原と翼の会話は、微妙に噛み合っていなかった。
と、桑原が翼の言動に呆れかえっている間際。承太郎は、迫る三つの気配を察知した。
「そこにいる奴ら、俺らに用があるならとっとと出てきな」
承太郎のこの言葉で、残りの二人も一斉に顔を向ける。
集まった視線の先はやはり闇で覆い隠され、一瞥しただけでは何者なのかが判別できない。
が、今回は相手の方から積極的に接触してきたため、襲撃者であるかもしれないという心配は早々に晴らされた。
「警戒する必要はない。私たちは"ゲームに乗っていない者"だ。おまえもそうだろう?」
闇の草むらから姿を現したのは、鎧姿の男。その後方に、まだ若い男女二人が付き従うような形でこちらを警戒している。
世直しマン、ボンチュー、ルキア。承太郎、桑原、翼。
それぞれ異なった敵を追う三組は、深夜の森にて接触した。
余談だが、この時翼は警戒よりも先に、初めて見る鎧姿の男にピッタリなポジションを考えるのに悩んだという。
夜空に浮かぶ月と、それの眼下に佇む広大な植物地帯。すなわち、森である。
そこから一点、突出して盛り上がった丘が見える。
周囲に聳える木の全長を微かに上回る丘の頂上は物陰に邪魔されることなく、月から放射される光を一身に受け止めていた。
そこに、立つ姿が二つ。
「あそこにいやがるだろう? あれが俺様を追い回しやがった連中さ」
炎と氷、二つの自然物質を司る魔人――フレイザードと、
「ほう。一緒にいる残り三人はこちらに見覚えがあるぞ。思惑通り、のこのことこの天才を追ってきたようだなぁ……ククク」
世紀末に生まれし天才――アミバだった。
数分前に接触を交わしたこの二人は、フレイザードから持ちかけた同盟の話を元に、互いの標的を付け狙っていた。
両者とも追われる身であり、両者共に相手を利用してやろうという思惑があったため、こういう形になったのである。
(ふふふ……この怪物、どうやらなにか企んでいるようだが……
この天才を出し抜こうなど笑止!あの拳王をすら手駒とした我が知略に、狂いなどない!)
自ら天才を名乗るアミバは、追ってきた三人の凡才、
さらにはフレイザードとその追撃者三名をも一遍に葬り去ろうと思考をめぐらせていた。
武器ならある。策もある。だが、駒が足りない。だから、フレイザードの存在は実に都合がよかった。
この頭の悪そうな怪物を使い、皆殺しを敢行しよう。
そう考え付いたアミバだからこそ、フレイザードの協力要請にも瞬時に答えを出したのだ。
決して、決してフレイザードの異形に圧倒されたからではない。
「おまえさんの気に入らねぇ奴と、俺の敵が一緒にいるってことか。そいつぁ都合がいい。
アミバとか言ったな。ここは一つ、俺様の作戦に付き合わねぇか?」
「なに?」
二人が立つ高台の丘からは、世直しマンら六人が一同に集っている姿が確認できる。
闇を恐れたのだろう。周囲の木々を何本か切り倒し、月光を受け入れやすいよう環境を整えた場が形成されている。
その分、木よりも高地に位置するここからは丸見え。フレイザードが高台の丘に移動したのは、そういう狙いがあった。
「俺様の支給品を使えば、奴らを一網打尽にできるのよぉ……どうだ?俺に任せて協力してみねぇか?」
「……ふん、いいだろう。おまえの言う作戦とやらに乗ってやろうじゃないか」
怪物が浅知恵を……フレイザードが何かを企んでいるということは十分に感づいていたが、アミバはそれでも余裕を保っていた。
所詮、誰であろうと天才を出し抜くことは出来ないのだ。
「で、具体的にどうするというのだ?」
「こいつを使うのよぉ――」
両者共に己の内側は見せず、フレイザードは一枚のカードを取り出す。
元は
大原大次郎に支給されたマジック&ウィザーズのカード、その最後の一枚である。
「――なるほど。全て合点がいった。確かにあんたらはゲームには乗っていないようだ」
世直しマンから借りた読心マシーンを返し、承太郎は一人納得した表情を浮かべる。
先刻、闇夜の森で接触を果たした三人二組。
世直しマン側は読心マシーンがあったため、相手が人畜無害な集団であるということがすぐに分かった。
しかし、承太郎側は違う。ただでさえ油断がならないこの状況、例え相手が友好的でも、警戒は必須。
その確認のためにも、承太郎は世直しマンの持つ読心マシーンを試させてもらった。
結果として、承太郎の心配は杞憂に終わったようである。
双方、敵意がないことを確認した後、揃って情報交換が行われた。
世直しマン達が追う、フレイザードなる怪人。
承太郎達が追う、アミバなる外道。
ニコ・ロビンという名の探し人。
世直しマンが、桑原の知る
友情マンの仲間であるということ。
数多のキーワードから、両サイドの情報を纏めにかかる。
「しっかし、フレイザードねぇ……ピッコロの野郎、友情マンの仲間を殺しただけでなく、そんな野郎ともつるんでやがったのか」
「だが桑原の話によれば、友情マンもピッコロを追っている可能性があるな。それだけでも希望が持てた」
桑原の齎した情報によると、友情マンはピッコロと一度接触したらしい。
さしもの大魔王も、ヒーロー二人から目を付けられているとなれば、大っぴらな行動は控えるだろう。
「フレイザードもそうだが、承太郎達の話を加えると、この周囲には二人のゲームに乗った者がいることになるな」
マーダーがもう一人……この事実に、ルキアが難しい顔で唸る。
「アミバって野郎は大したことねぇさ。野郎は陰からチマチマ狙ってくるような腰抜けだ。今度見つけたら俺が直々にぶっとばして……」
「忘れたのか和真?奴は塾長の爆弾を持っていったと言っているだろう。油断は禁物だ」
味方と呼べる人間に出会ったせいだろうか。未だ敵への認識を改めない桑原に、承太郎が諭すように言った。
「けっ、へぇへぇそりゃ分かってるよ。
それでも、俺は野郎を放っとくような真似はしないぜ。もちろんそのフレイザードとかいう奴もだ」
承太郎がクールでいる一方、桑原の感情はまだまだホットだった。
ただでさえ情に厚く、気に入らない奴にはとことんまで喧嘩を売るような性格の桑原。その執念も頑なだった。
(やれやれ、ブチャラティといいこいつといい、どうにも熱い。なかなかクールな奴が揃わないな……)
心中で吐き捨てると共に、クールな仲間が欲しい承太郎は世直しマンの方に視線を向ける。
宇宙を舞台に、悪の手から人々を守るヒーロー。
肩書きは妙だが、少なくとも承太郎が今までに出会ったどの人物よりも冷静な判断が出来そうな人間に見えた。
「ったく、そうなってくるとまだまだ身体は休めそうにねぇぜ。
アミバにしてもフレイザードにしても、一体全体どこに逃げやがったんだ?」
ちょうど椅子くらいの長さに切られた切り株に腰を下ろし、桑原は愚痴をこぼす。
ちなみにこの切り株、桑原が自慢の『霊剣』で切断したもので、周囲にはその残骸と思わしき枝付きの丸太が錯乱していた。
情報を交換するなら、少しでも明るくしようと思っての配慮だった。
が、これが原因でフレイザードたちに居場所を知らせるようになったことを、桑原は知らない。
だが承太郎は違う。木を切り倒した際に起こる轟音、不自然に明るくなった一部分。
相手が馬鹿でもない限り、そこに人がいるであろうと思うのは道理。
そこが狙い。追うのではなく、今度はこちらが"誘き寄せる"。
このまま追いかけ逃げてのいたちごっこを繰り返していても埒が明かないし、
なによりあのアミバという輩は、今までの行動パターンからして既になんらかの罠を張っている可能性もある。
もちろん、相手が誘いに乗ってこないのであればそれはそれでいい。
ここにいる全員、体力的にも満足といえる状況ではないし、避けられる戦闘は避けるべきだ。
現に、休息を取りながら談笑しているように見える今でも、承太郎は警戒を解いたりなどはしていない。
それは世直しマンも同様で、さりげなく周囲の気配を探っていた。
(ざっと周囲を見渡してみたが、やはり近くにそれらしき影はないな。
俺の考えていることはちゃんと伝わっているか? 伝わっているなら、眼で合図してくれ)
声には出さず、心中で思う承太郎に対して、
(……そうか。私から見ても、なんら他者の気配は感じられない)
読心マシーンで承太郎の思考を読み取り、世直しマンはアイコンタクトを取る。
もし、近場で誰かがこの状況を見張っているとするなら、会話で作戦の打ち合わせをしては相手に警戒されてしまう。
それを危惧しての、世直しマンと承太郎だけによる読心マシーンを応用しての作戦だった。
しかし敵もこの大人数に臆したのか、なかなか気配を見せない。もしかしたら、既にこの場を離れたのだろうか。
ひとまずの安全を得た一行は、このまま情報を交換しつつしばしの休息を取ることにした。
とはいっても、近くにマーダーが潜んでいる恐れがある以上、そう易々と緊張を解けるものではない。
中でも一番ピリピリしていた桑原に翼が、
「桑原君」
「あん? なんだ翼」
「さっき木を切ったそれ、霊剣だっけ? すごいねそれ」
「お、分かるのか。この桑原様ご自慢の霊剣の凄さが……」
「でもさ」
「?」
「それ、サッカーじゃ使っちゃいけないよ。ルール違反になるから」
「…………あ、ああ」
そんなことを言いながら、翼は新たなメンバーのポジションに悩んでいた。
そういえば、これでメンバーの総数は8人。翼の目指す11人まで、いつの間にかあと3人となっていた。
(やったね。これで世直しマンたちの仲間も入れたらちょうど11人。悟空君やアミバ君が加わってくれたら控えも充実する)
膨れるドリームチームへの夢で、翼の胸は一杯になっていた。
「――――召喚」
その名を呼び、フレイザードは一枚のカードから一体のモンスターを呼び出す。
現れたのは、巨大な陸亀。身体の各所を機械で覆った、半機械の陸亀型モンスターだった。
特に背中の甲羅部分が印象的で、そこには何かを射出するための装置のようなものが備え付けられている。
「こいつの名前は大砲亀っていってよぉ」
出てきたモンスターについて、フレイザードがアミバに説明をする。
「背中の甲羅から炎の弾丸を打ち出すことができるのよぉ。その射程といったら相当のもんだ。これでここから狙い撃ちすりゃあ……」
「なるほど。これが貴様の言う作戦というやつか」
度重なる異形の出現に少々驚きながらも、アミバはフレイザードの説明を耳に入れる。
「だが一つ難点があってな。こいつを動かすには、高度な操縦技術と頭脳が必要なんだ。そこで、あんたの出番ってわけだ」
「このアミバ様に、こいつを操縦しろと?」
「天才、なんだろう?」
フレイザードとアミバ。互いが牽制するように笑い合う。
(――なるほど)
その胸中で、天才アミバはフレイザードの狙いを瞬時に解析していた。
(私を利用し、この亀を動かそうという魂胆か。だが、やはり詰めが甘いな)
フレイザードの狙い。それは、アミバを利用し多くの参加者を殺すこと。
(これが天才にしか動かせぬというのなら、俺様以外にこいつを動かせる奴はおらんだろうな
……面白い。ならば天才たる私が、存分に使ってやろうじゃないか)
もちろん、フレイザードの思い通りになるつもりなど微塵もない。
(とくれば、試し撃ちをする必要があるな……ふ、考えるまでもないか。すぐ近くに格好の標的がいるというのに)
天才にしか動かせない大砲亀――その最初の獲物は、既に決まっている。
(やはり、こいつは凡才を通り越してただの馬鹿だな。この天才が、手厚く葬ってやるから安心しろ)
胸中では、早くもフレイザードに向けて手向けの言葉を投げかけていた。
(ふふふ……ふははははははははははははははっはははははははははっはははははははは~~~~~~~)
心の高笑いは、フレイザードには聞こえず。
「それで、こいつはどうやって操縦するんだ?」
「直接背中に乗ってくれ。そこから大砲亀に命令を下せば、とりあえずは反応してくれる」
アミバはフレイザードの言うがままに、大砲亀に跨る。すると
『オオオオオオオオオオオーン』
「うおっ!?」
大砲亀がわずかに首を上げ、静かに唸り声を上げた。
「おお、どうやら大砲亀がおめぇを主として認めたようだぜ。やっぱり天才は違うな」
「ふふふ……この天才の素晴らしさを瞬時に見抜くとは。亀のクセになかなかやるではないか」
ほくそ笑むアミバに、フレイザードがさらなる操作を促す。
「何か命令してみな。天才のおめぇなら、大砲亀はなんでも従うぜェ」
「ほう……なんでも、か。では……」
まずは、初期動作の確認から。
「大砲亀よ、あの連中を狙うのだ!」
試し撃ちの前に、大砲亀の動きを見るために承太郎たちのいる方向を促す。
しかし、大砲亀はアミバの命に反応せず、微動だにせぬまま欠伸をかくだけだった。
「う、うん? どうしたというのだ?」
単純にのろまというわけではなく、本当に1ミリも動かない。
話が違うじゃないか、と不審に思うアミバが顔を振り向けたそこに、
「――――セット」
極上の――気味が悪い――笑顔を浮かべたフレイザードがいた。
「な、な、なんだ!? か、身体が動かん!?」
その瞬間、アミバの身体が固定されたかのように動かなくなった。
否、本当に固定されたのである。
アミバが跨る、大砲亀――これはフレイザードが適当に付けた名前で、真名は『カタパルトタートル』――の甲羅の射出カタパルトに。
「おい、どういうことだこれは!?」
「あぁ?天才様はこんな簡単なこともわからねぇのか?」
焦るアミバに、フレイザードは不敵な笑みを見せる。
何かが狂いだした。それがなんなのか、自分を『天才』と誇るアミバには理解できなかった。
「この『カタパルトタートル』は俺が召喚したモンスターだ。端から俺の言うことしか聞かねーよ。ヒャハハハ」
笑い声が、狂気に変わる。何かが、起ころうとしている。
それを感じ取ったアミバは、冷や汗を流しながらフレイザードの顔を睨みつける――未だ自分がはめられたことは理解せず。
「こいつの効果は今から教えてやるよぉ……実践って形でなぁ」
アミバは、未だ状況を理解できていない。
天才が、馬鹿と思いこんでいた異形の怪物に出し抜かれたということ。
それが原因で、今現在のピンチを生んでいるということ。
天才が、よりにもよってこんな形で。
「ふ、ふざけるなぁ~! 貴様、今すぐ俺様を離せ!! 俺を誰だと思っている!? 俺は天才……」
「天才アミバ様だろ? そいつぁもう嫌ってほど聞いたんだよ。ただ、テメーが天才だってんなら俺様は……」
ニタァっと、フレイザードは口が裂けるほどの笑みを見せる。
「超天才ってところか」
「ちょ、超だって……!?」
不覚にも、アミバはその時劣等感を感じてしまった。
たかが『超』を付けただけだというのに、天才である自分が負けた気がしてしまった。
実際にはアミバの完全敗北なのだから、今更とも言えるが。
「じゃぁな、アバヨ」
「ま、待て……」
「アミバを生け贄に……」
「お、俺は……」
「カタパルトタートルの効果を発動」
「……天才、アミバ様だ」
「――発射!」
「――ぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」
アミバの最後の言葉は、カタパルトタートルの効果発動後、空中に身を投げ出されても途切れることはなかった。
その衝撃音で、六人十二の視線が一斉に同方向を向いた。
「――――!」
驚きの声を発している暇などなかった。
見えたのは、猛烈なスピードでこちらへ飛来してくる何か。
鳥か――――否!鳥よりももっと大きなもの。
銃弾か――――否!銃弾の大きさではない。
大砲か――――否!大砲の弾よりも巨大だ。
では何か――
(――――人!?)
それの正体に真っ先に気づいたのは、反射的に己のスタンド、『スタープラチナ』を発現させた承太郎だった。
(――アミバ――あの丘に立っている人影は――フレイザードとかいう奴か?)
その強靭な視力で敵の存在を確認、人がこちらに向かってくるという事実に驚いている暇はなく、考えるよりも先に身体を動かす。
「スタープラチ――――」
その場の何人が適切な対応を取れただろうか。
フレイザードがカタパルトタートルで撃ち出したアミバという弾丸は、標的に向けて伸び、
そして、
「うわらば―――――――!?」
爆発した。
【カタパルトタートル】
[攻撃力 1200][守備力 2000]
自軍のモンスター一体を生け贄に捧げ、相手モンスターに撃ち出す効果付きモンスター。
その攻撃力は生け贄に捧げたモンスターの二倍であり、同時に壁・砦破壊の効果も持つ。
これが、カタパルトタートルの基本能力。
仲間を犠牲にして他者を攻撃するという使いどころの難しいこのカードに、フレイザードはずっと頭を悩ませていた。
仲間といっても既に他のモンスターカードは使い果たし、
自分よりも高い戦闘能力を持ったピッコロを弾にすることなど叶うはずもなく、
かといって単に手駒として扱うには少々勿体無かった。
しかし今回、アミバという動かしやすい駒の登場により、このカードを有意義に活用することに成功した。だからこその一時的同盟。
今にして思えば、アミバの敗因はフレイザードを甘く見たという一点に限る。
その戦闘向きな体躯と怪物のような面からは想像できないが、仮にも氷炎将軍の肩書きを持つフレイザード。
その地位は、なにも戦闘能力だけを買われて手に入れたものではない。
他者を騙し利用する狡賢さと、それ相応の知略があったからこその話。
慢心した天才は、より高みを目指そうとする悪の将軍に完敗したのだった。
最終更新:2024年06月21日 01:21