0321:少女の選択
――結果として、追撃が来る事はなかった。
見上げた視線のその先に、理由は広がっていた。
緩慢な動作で視線を下ろした青年は、己が肉体の中心点で起こっている止め処ない血液の噴流を眺めて、その場に立ち尽くしていた。
青年の胸には、四本もの尖鋭な刃物が突き立てられていて――違う。背中から、その肉体は、貫かれている。
それぞれの切っ先を辿れば、金属の可動肢はいずれも一人の少女のたおやかな太腿に取り付けられているということが理解出来る。
青年の背後で、
津村斗貴子は静かに佇んでいた。その瞳に、何の感情も宿さないまま。
刃に血漿を付着させた、繊細な銀の処刑鎌が雲散霧消した途端、青年の身体は支えを失ったように膝からくず折れた。
胸が熱い。それでいて、途轍もなく、痛い。四つも穴が開いているのだから、当然のことか。
「……皮肉なものだ。この言葉を最初に告げる相手が、キミになるとはな」
何処かから声が聞こえる。とても遠くからのような気もするし、とても近くからのような気もする。
分からない。ただ、声が聞こえる。確かな声が。
「キミのことは、必ず生き返らせてやる」
それは自分が、何度も繰り返してきた台詞。時に言葉で、時に胸中で。
チャイナ服の少女へ、『ブラボー』を口癖にしていた男へ、サングラスを掛けたスキンヘッドの男へ、そして――
「……そうだ……よ」
地に手を突いた両腕に、まるで力が入らない。
芋虫のように這い蹲った姿のままじたばたともがいて、横倒しになった身体が仰向けになる。
暗闇の中で、命の鼓動が弱まっていく。
空へと真っ直ぐ向き合ってみても、そこには何の輝きもない。月明かりは、自分を照らしては、くれない。
そうだ。自分はずっと、それだけを目的として戦ってきたのだ。徒に命を奪ってきたのではない。
この手は、血に染まりきったこの手は。
何もかもを、救うために。全て終わらせたその時に、救いがあると、信じて。
「オレが……死んだら、みんなは、一体、何のために……」
――オレは殺すためだけに殺したんじゃない。オレがみんなを助けるんだよ。
助けなきゃいけないから、だから、そう、オレは、ずっと、殺して。
誰も助けられないまま、死ぬなんて、イヤだ。
それじゃ、オレは――
ブルマさんにも、誰にも許されないままで――
「オ、オレ、を……オレを、みんな、許して……」
「――
クリリン君」
血の海の中心で横たわる自分のすぐ横に、斗貴子がしゃがみ込んでいる。
自分と鏡合わせの存在。己にあらゆる罪の枷を嵌め、辛酸を舐めて生き抜いてきた錬金の戦士。
この殺し合いの舞台で唯一、自分の気持ちを理解してくれるだろう――そう思うことが出来た、少女。
「キミは一人でよくやった。本当に、よくやったんだ。
誰よりも重い志を、誰よりも重い罪を背負い込んで、ずっと、一人で、ここまで――」
斗貴子の華奢な指先が、
クリリンの顎に触れている。
クリリンの血で――罪深き血で汚れた顔を、拭ってくれている。
その指先はまるで、
クリリンの身に覆い被さった罪の重圧をも洗い流すかのような、優しさを持っていて――
――ああ、そうか。オレは自分で、本当のことが分かっちゃいなかった。
オレが斗貴子さんに全てを打ち明けたのは、人を殺したことの辛さを分け合うためなんかじゃない。
ただ、オレが抱えてた重みも、悩みも、苦しみも全部――『この人』に、許して欲しかったんだ。
この人は、オレと、同じだったから。オレが間違ってなかったことを、他の誰でもない、オレ自身に、証明して欲しかったからだ。
「――今度は、私が背負おう。君の分の決意も、覚悟も、その全てを……私が、引き受ける」
――違うよ。そうじゃない。オレが望むことはそうじゃない。
許してくれた、もういいんだって、そう言ってくれた斗貴子さんに、オレが望むのは――
「――だから、もう、休んでいいんだ。
クリリン君――」
伝えたかった。このまま自分が終わってしまうその前に、ようやく気付くことが出来た本心を。
それなのに、薄弱な意志が最期になって、どこまでも穏やかな彼女の言葉に引き摺られてしまって――
そして、そのまま、世界は途切れた。
魂の抜け落ちた
クリリンの遺体から指を離して、斗貴子は立ち上がった。
事の成り行きを見つめていた、精悍な顔立ちの男と向き合う。
「――これが私の選択だ、ケンシロウ」
そう告げる自分の口調が、思いのほか淡々としていることに斗貴子は気付いていた。
引き返せない道というものも、一度踏み出してしまえば、案外楽に渡れるものなのだろうか。そんな事を思った。
「私はこれから名古屋城に戻り、先に出会った仲間を待つ。
放送までに現れなかった場合は、彼らの仲間がいるという兵庫へと向かう」
「――何故、そんな話をオレにする?」
その問いかけが、今の自分とケンシロウの関係を示す、決定的なものだった。
斗貴子とケンシロウの歩んでいく道は、分かたれたのだ。
「警告だ。ゲームに乗ると決めた以上、誰に対しても容赦はしない――
だが、キミとは戦いたくないという気持ちがあるのも、また事実だ。
私の行き先を知った上で、尚も私を止めると言うのならば――私はその、最後の情をも捨てる」
「君では、オレに勝つことは出来ん」
「どうかな。私自身、今更になって気付いたことだが――このゲームは、真に強い者が最後まで生き残るというワケでもなさそうだ」
その言葉には、ある程度の自嘲も含まれていたのかもしれない。力無き自分を例にした、虚しいだけの、悟り。
――そして、真に生き残るべき者が生き残るということもないのだろう。
戦士長に続いて、カズキまでもが命を落とした今になっても、私はおめおめと生き延びて、この手を罪で汚そうとしている。
けれど、全ては、必要な罪だから。
だから君も、苦しみに耐えて、一人で背負い続けてきたのだろう――
「もう一度言う。これが、私の選択だ」
「斗貴――」
「……来るな、ケンシロウ――さよなら」
道を違えた屈強の青年へと突きつけたのは、苦し紛れの願いを添えた懇願と、はっきりとした、決別の言葉。
踵を返し、草叢の奥へと駆け出した自分を、追いかける足音は、聞こえてこなかった。
――これが、永遠の別れと願う。
それは奇しくも、かつてケンシロウが抱いた思いと、真逆を向いたものだった。
そうして、争いの終結した森に残されたのは、七つの傷を胸に刻んだ拳士、傷心の少女、気絶したままの不幸な少年、そして――
これから死ぬ、誇り高き一族の血統を宿した女性。
「……彼女は、もう、行ったのかしら……」
まだ意味を成す言葉が吐けることに、自分自身で感服していた。
最早波紋の呼吸どころか、荒くなる気息を整えることすら出来ないというのに。
唯でさえ真っ暗闇に包まれた視界はぼやけてしまって何が何だか分からない有様で、すぐ近くから聞こえる声も、だんだん、遠く――
「……さん、
リサリサさんっ! 起きてよ、やだ、死なないで――!」
――遠くなっていく、けれど。
まだ、届いている。
「……つか、さ……」
ほんの少しだけ、生に取り縋ることが出来た身体で、その名前を呼ぶ。
たった一日という、僅かな時間。半世紀を生き抜いてきた自分にとっては、本当に僅かなその時間の中で出会った、守るべき対象。
母親としては、甚だ未熟だった自分に与えられた、とても大切な娘の名前を。
「そんな、ザマで、は……駄目だと、言った筈、よ……」
出来ることなら、手を伸ばしてやりたかった。あの時と同じように抱き寄せながら、この言葉をかけてやりたかった。
けれど、それも叶わない。伸ばすべき手には何の力も籠らず、抱き寄せるべきつかさの身体は、もう、
リサリサの目には、何処にも――
「……あなた、は……強いのよ、つかさ……」
「強くなんか、ないよ……!」
否定の言葉はとても弱々しい涙声で、もう見えなくなってしまったつかさが、嫌々をするように首を振っているような気がした。
「あたし……っ、傍にいてほしいって、言ったのに!
リサリサさんだって、まだ一人にさせられないって、そう言ったよ! 覚えてないの!?」
「……つかさ……」
「淳平くんも、
リサリサさんも、みんなあたしを置いてっちゃう……!
行かないでよ、あたし、弱いよ、無理だよ……イヤだよっ……!」
冷え切っていく、力無き手が握り締められる。
泣きじゃくる声と蹲る心が、終わりへと近付いていく
リサリサを縛り付けて離そうとしない。
自分は死ぬ。間もないうちに事切れる、この世から完全に断ち切られる存在。
ならば、自分に掴まったままのつかさは、共に堕ちていくことになるのだろうか。
自分は、それを、許せるのか。
――結局私には、こうする事しか出来ないということかしら。
呆れ顔の"息子"が、何処かで自分を見ているように思えた。
「……自分の、弱さを、言い訳にして……私に、甘えるという、の、つかさ……」
「……え……?」
沈黙が支配していた森に、その時、風が吹いた。木々が揺れ、枯れ枝が軋む。そのざわめきは、何故だか、怒っているようで。
何となく気圧されたように涙を拭ったその直後、びくりと身体を震わせることとなった。
血溜まりに眠る
リサリサの、力強い意志が籠められた視線が、真正面からつかさを見据えていた。
何度呼びかけても、どれだけ待ち望んでも向いてくれなかった瞳が、思いがけない言葉と共に――厳しさを、持って。
「私は……死ぬの、よ。歩けも、しない。力も、ない」
「……そんな、の」
語りかけてくる一つ一つの言葉は、何もかもが紛れもない『現実』のことで、胸が締め付けられるように、痛い。
――そんなの、分かってる。
本当は全部分かってる。
リサリサさんがいなくなっちゃうことも、あたしが駄々を捏ねてるだけで、もうどうしようも、ないことも。
でも。だって、
リサリサさんは。いつだって強くて、カッコよくて。あたしを、守ってくれて……あたしは、守られて、ばっかりで。
もうダメだって、そう思ったときに立ち直れたのも、
リサリサさんがいてくれたからなんだよ。
抱きしめてくれて、暖かくって。優しくって、それが、本当に――お母さん、みたいで――
「今の、私、は……『弱い』わ……そんな私に、助けを、求めて、生き延びる……それが、あなたの、『選択』だと、いうの?」
「……!」
息も絶え絶えに、自らのことを『弱い』と言ってのける、『強さ』。それも、憧れだった。
それは、ほんの少し前に自分で考えた問いかけ。一人でも大丈夫だと言えるようになりたいのか、頼っていたいのか、どっちだ。
その答えを、出す時が来ていた。『選択』の時が。あの
津村斗貴子と同じように、これから進むべき自らの道筋を、選ぶ。
「……あたし、は」
即答することが出来ないのは、気持ちが足りなかったから。道は選べても、その先へ踏み出そうという気持ちが、足りなかったから。
そう。道なんて最初から一つしかない。ずっと前から、彼女の優しさに触れたその時から今まで、その道を進むことを自分は望み続けていた。
今の自分に欠けているものは、初めの一歩。不安に怯える心が求めているのは、背中を押してくれる、一押し。
……
リサリサさん――ごめん。本当に、これが最後だから。あと一回だけ、甘えさせて。
最後に、あたしに、自信をください。立ち上がれる。前に進める。ダメになりそうでも、頑張れる。そんな、力を、どうか――
「あたしは、強く、なれるかなぁ……?」
「……言った筈、よ」
握り締めた手に熱はなく、流れ出す血すらもう、止まっていて。もう、傍らに、それは迫ってきていたけれど。
「あなたは、強いのよ。つかさ――」
彼女はそう言って、微笑んで、くれた――
「やっぱり、斗貴子さんを追いかけるんですか?」
「……いや。彼女は確かに放っておけないが、それは君も同じことだ。この世界には危険が多過ぎる」
「あたしのことなら、大丈夫です。武器もあるし、やらなくちゃいけないことも、あるから」
「ならば、オレがその力になろう」
「ケンシロウさん……でも」
「酷なことを言うようだが――戦える術を持っていることが、必ずしも勝利に繋がるという訳ではない。
真に強い者が生き残るとも言えない。斗貴子はそう言っていたが――力無き者が淘汰されているのも、事実だ。
オレには、その事実を見過ごすことなど出来ん。それ故にオレは、君に力を貸す。それでも、駄目か?」
「……分かりました。でも、一つ約束して下さい」
「何だ?」
「あたしのしたいことが全部終わって、斗貴子さんを追いかけようってことになった時は――あたしも、連れていって。
あなたが、あたしに力を貸してくれるなら――あたしも、あなたの力になりたいんです」
「……ああ。約束しよう――」
「――ところでこの人、いつになったら起きると思います?」
「……」
「……俺って……出た意味ねぇー……むにゃ」
一人の女性が死んだ。
その身は別たれ、血に埋もれて、酷く傷付いていたが――美しく、安らかな死に顔をしていた。
彼女は一人の少女を救い、歩き出すための力を与えた。
怨念に呑まれし少女の呪いも振り解く、真に『強く』なるための力を。
【愛知県/密林/真夜中】
【西野つかさ@いちご100%】
[状態]:移動による疲労
[装備]:ワルサーP38、天候棒(クリマタクト)@ONE PIECE
[道具]:荷物一式×2
[思考]1:洋一が目覚めるのを待つ
2:マァムと合流
3:綾と話し合う
4:↑が終わり次第、ケンシロウに協力する
※リサリサの荷物を回収しました。
【ケンシロウ@北斗の拳】
[状態]:健康
[装備]:マグナムスチール製のメリケンサック@魁!!男塾
[道具]:荷物一式×4(4食分を消費)、フェニックスの聖衣@聖闘士星矢
[思考]:1:洋一が目覚めるのを待つ
2:つかさに協力する
3:↑が終わり次第、つかさと共に斗貴子を追いかける
4:ダイという少年の情報を得る
※クリリンの荷物を回収しました。
【追手内洋一@とっても!ラッキーマン】
[状態]:気絶、右腕骨折、左ふくらはぎ火傷と銃創、背中打撲、疲労
[道具]:荷物一式×2(食料少し消費)、護送車(ガソリン無し、バッテリー切れ、ドアロック故障) @DEATHNOTE、双眼鏡
[思考]:1:気絶中
2:ケンシロウに恐怖
3:死にたくない
【愛知県/真夜中】
【津村斗貴子@武装練金】
[状態]:軽度の疲労、左肋骨二本破砕(サクラの治療により、痛みは引きました)、核鉄により常時ヒーリング
[装備]:核鉄C@武装練金、リーダーバッヂ@世紀末リーダー伝たけし!、首さすまた@地獄先生ぬ~べ~
[道具]:荷物一式(食料と水を四人分、一食分消費)、ダイの剣@ダイの大冒険、ショットガン、真空の斧@ダイの大冒険、子供用の下着
[思考]1:0時まで名古屋城で待機、ヤムチャ達の帰りを待つ。その後、兵庫で両津たちと合流。
2:参加者を減らし、ピッコロを優勝させる。
3:友情マン、吸血鬼を警戒。
※クリリンとリサリサの遺体は埋葬されました。
【クリリン@DRAGON BALL 死亡確認】
【リサリサ(エリザベス・ジョースター)@ジョジョの奇妙な冒険 死亡確認】
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最終更新:2024年08月20日 10:22