0355:グッバイ・ブラックキャット  ◆B042tUwMgE




 俺は何をした?
 たった一発残されたウルスラグナの弾丸。それを使った?
 幽助の仇のラオウにでもなく、杏子を殺した野郎にでもなく――相棒であるはずのスヴェンに?
 違う。仕方がなかったんだ。
 だってあいつは人間だったんだ。相棒とはいえ、人間なんだ。
 畜生、なんでだ。
 殺し屋だった俺に、自由を教えてくれたサヤ――日常をくれたスヴェン――そいつらみんな人間なのに。
 人間は汚い。
 相棒も。友達も。恋人も。親戚も。同僚も。みんな、みんなきたねぇ。
 みんな人間だから。
 これは殺し屋としての本能なのか?
 それとも掃除屋としての本能なのか?
 俺は――ただ目障りな人間を排除しようと――いつもどおり掃除屋の仕事をしようとしただけだ。
 そうだと言ってくれ――

 ~~~~~

 爆音と爆炎の火中から、困り果てた紳士が顔を出す。
「やれやれ……手元が鈍ってるぜトレイン。
 ま、オリハルコン製のバズーカを片腕でぶっ飛ばそうとしたんだ。さすがのブラックキャットも、狙いを外すくらいはするか」

 飄々とした態度で炎の道を練り歩くスヴェン。
 体中に火傷の痛みが走ったが、直撃はしなかった。まだ動ける。
 もちろん、バズーカを放った相手もまだ動けるだろう。ならば、決着(ケリ)をつけなければならない。
 敵として、相棒として。

「スヴェン……俺は……」

 イメージが、重なる。
 心強かった頼れる相棒と、黒の章で見た汚らしい人間の姿が。
 どちらが本当の人間の姿なのか。
 分からない――いや、トレインの本能は既に感じ、結論を出していた。
 だからこそウルスラグナ最後の一発を放った。
 もっとも、その本能が本当に――自由気ままな黒猫のトレインのものなのかは分からない。
「ウルスラグナ……残弾は一発だったな。
 要するに、お前お得意の重火器はもう打ち止めってわけだ。それでも俺に向かってくるのか?」
「…………」
 トレインは何も喋らない。
 困惑しきった表情で、今の自分と、今までの自分と決別を図っている最中だった。

「どうした? 天下のブラックキャット様は、銃がねぇと尻込みしちまうような臆病者だったのか?」 
「…………」
「……仕方がねぇな。ほらよ、こいつを使いな」
 何を思ったかスヴェンは、懐からホイポイカプセルを取り出し、中に収納してあったショットガンを放り投げた。
 アスファルトに落下し、音を立てるショットガンは、滑るようにトレインの足元へと吸い込まれていく。
「残弾は18。おまえと別れてから一発も減ってないぜ」
「…………」
 トレインは無言のままショットガンを拾い上げ、残弾を確認する。スヴェンは嘘を言っていない。
 だが、行動の真意が読めない。銃を持ったブラックキャットがどれだけの脅威か、いつも身近にいたスヴェンが知らないはずはない。
 まさかそれで自分を殺せとでも言うつもりだろうか。

「勘違いすんなよ? 俺は"相棒"相手に銃を向けるような男じゃない。ただそれだけのことだ。それによ……」
 スヴェンは上着を脱ぎ、帽子を取る。
 シャツ一枚となったスヴェンは袖をまくり、両拳を構えてトレインに向き直った。

「馬鹿の目覚まさせるにゃ、直接ぶん殴ってやるの一番だしな」

 スヴェンは引き下がらない――真っ向から、おかしくなってしまった相棒と対決するつもりだった。
 それに対しトレインは、なおも困惑の表情。
 これまでの生活とその記憶。黒の章の映像。未だ両者が鬩ぎあっている。

 ~~~~~

(ウフフ……さぁトレインちゃん。あなたは本当に弱い人間なのかどうか、わらわに見せてぇん)

 傍観者である妲己は、ショーかなにかを楽しむように、陰から二人の姿を見つめていた。
 全ての元凶である女狐を止められる者はいないのだろうか。

「――あなた、血の臭いがするわ」

「あらぁん?」
 妲己が振り向くと、そこには金髪の少女が一人。
 明らかな敵意を滾らせた瞳で、妲己を睨みつけている。

 妲己も知らなかった、三人目の掃除屋。
 あの大魔王を谷底に落とし、一日目を切り抜けた立派な強者だった。

「あらあら……これ以上おもしろくなるっていうのぉん? わらわ困っちゃうわぁん」

 ~~~~~

「おらぁ!」
 乱暴な気合の一声と共に、スヴェンが拳を繰り出す。
 愚直だがスピードのあるそれは、未だ何かを迷っているようなトレインの頬面に当たった。
 反動でよろめくトレイン。スヴェンは相手が体勢を整える間もなく連撃を叩き込む。
 顔面、ボディ、ヒットがそのままダメージへと変換される箇所を狙って、スヴェンは確実にトレインを追い詰めていく。
 そこには、相手が相棒だから、といった容赦の心はない。
 相手を敵として。相手を相棒として。相手をトレインとして。
 スヴェンは殴る。
 ストレート、フック、アッパー。スヴェンは特別格闘技が得意というわけではなかったが、繰り出す攻撃は面白いように命中していた。
 それはトレインも同様に格闘技が得意というわけではないからか。
 しかし、彼とて名うての掃除屋。殴られっぱなしでいるはずがない。
 なのに、トレインは反撃をしようとはしなかった。地に放られたショットガンにも手をつけず、棒立ちのまま。

「どうしたァ! 本気で腑抜けちまったのかトレイン!!」

 違う。
 トレインが本当に腑抜けてしまったのだとしたら、あのウルスラグナの一撃でスヴェンは死んでいたはずだ。
 トレインの中にまだ理性が残っているから。スヴェンは汚い人間だが、同時に大切な仲間でもあるから。
 だからこそ、トレインは抗っているのだ。黒の章の呪縛から。

(痛ぇ……)

 汚らわしい人間が、自分に暴行を加えている。
 守らなければ。自分を。
 消さなければ。人間を。
 汚くて、醜くて、汚くて、醜い人間を。

「ス、ヴェン……」
 頭では分かっているのに、手が出ない。
 何かが邪魔をする。
 これはいったいなんだ?
 何が――

 ――トレインくん

 記憶の片隅に残っていた声が蘇ってくる。
 それは、トレインが殺し屋を辞めた原因でもあるミナツキ・サヤの声だった。
 彼女との出会いがあったから、スヴェンに出会えた。
 スヴェンとの出会いがあったから、イヴやリンスに出会えた。
 サヤは、始まりだった。

 みんながいたから、今の自分がいる。

(……違う)

 トレインは、胸中で熱く叫ぶ。
 決して表には出すことは出来ない、素の感情を。

(こんなのは、俺じゃねぇ)

 人間が汚いって?
 そんなものは、殺し屋時代に嫌と言うほど痛感してきた。
 それでも今のトレインがあるのは、『汚くない人間たち』のおかげじゃないか。

(俺は……自由気ままな黒猫になったんだ……クロノスにも、あんな訳のわかんねーテレビなんかにも縛られたりはしねぇ!!!)

 黒猫の目が、大きく開いた。
 開眼。トレインは、いつの間にかスヴェンの頬面を思い切り殴り飛ばしていた。

「ッつ……このヤロー……! トレイン、テメーいい度胸じゃねーか!!」
「るせぇ……ガミガミやかましいんだよスヴェン。こちとら重傷人だぞバーロー」

 トレインの態度は起きぬけの低血圧な女性のようで、それでいて殺気だけは鋭く尖っている。
 見据える先は己の相棒、スヴェン。今まで殴られてきたツケを払おうと、自らも拳を繰り出す。

「片腕一本で俺様とやりあうつもりかよ、この馬鹿は!」
「うるせぇ! ハンデだハンデ!」

 傍から見れば壮絶な殴り合いに思えるが、本人たちにとってはこれは些細な日常に過ぎない。
 仕事がなくて、金がなくて、食うものがないとよくケンカした。
 ただでさえ大食漢なトレインが、あれが食べたいこれが食べたいと贅沢を言うたびに、スヴェンは激怒した。
 それでいてイヴには甘やかして本を買ってやったりするものだから、ケンカになるのも当然だった。

 つまらないことで殴り合って。
 つまらないことで罵り合って。
 でも、
 これが相棒なんだ。
 これが繋がりなんだ。
 こらが、人間なんだ。

 殴り合う二人は笑顔で、
 誰がどう見ても、

 バカ、だった。

 ~~~~~

「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

 いったい何分間、醜い死闘を繰り広げていただろうか。
 互いに満足いくまで殴りあったトレインとスヴェンは、二人揃って大の字で横になっていた。
 服は土埃に塗れ、顔は歪み、歯もいくつか欠けている。殴り合いの壮絶さは伝わるだろうが、みっともないことこの上なかった。

「…………迷惑かけちまったな、スヴェン」
「…………おまえらしくもねぇ。いつものことだろうがよ」
「ちげぇねぇ」

 全身から『やりきった感』を放つ男二人は、その汚れきった顔で笑っていた。
 正しく、バカ二人。

「フッ、ハハハ……」
「ヘッ、ハハハ……」

 次第に声に出して、笑う。

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

 本当に、馬鹿な二人だった。

 馬鹿は馬鹿なりに、人を楽しませるものである。

「美しいわぁん。これぞ正しく、男同士の友情って感じぃん?」

 二人以上に満面な――それでいて妖艶な――笑みを浮かべて、元凶である妲己が姿を見せた。
「てめぇ……!」
 心臓を抉られた痛みと不快なものを見せられた怒りが、今になって蘇ってきた。
 それは、黒の章による呪縛が解けたことを意味する。
 もはや妲己には、憎しみしか湧いてこない。

「お見事よぉん、トレインちゃん。あなたはあのテレビなんかには負けない、強い人間だったのねぇん。で・もぉ……」
 妲己がまた怪しく微笑み、地を這い蹲る二人の激情を煽る。
 自分の後方に隠していた、それを見せ付けることで。

「残念だけど、わらわの仲間としては『失格』よぉん」
「――イヴ!?」
 妲己の手には、ボロボロに傷つき、疲弊したイヴの姿があった。
 綺麗だった金色の髪を乱暴に掴み上げ、二人の方へ放る。

 地に叩きつけられ小さく喘いだイヴは、必死に声を絞り出して弁解する。
「バカヤロー! イヴ……おまえ、なんでこんなところに来ちまったんだよ!」
「だって……スヴェンが何か隠してるの、見え見えだったから……でも私……結局なにもできなかった」
「その根性だけでも立派なもんさ、姫っち」
「トレイン……久しぶり。相変わらず……間抜けな顔」
「うっさい。こりゃあスヴェンのせいだ」

 束の間の団欒。
 やっとフルメンバーが揃った掃除屋は、この再会を大いに喜んだ。
 この再会を齎してくれた妲己には、感謝すべきなのかもしれない。
 だが、この関係を壊そうとしているのもまた妲己だ。
 それを無視することはできない。

「どうだトレイン。あの美女に"不吉"は届けられそうか?」
「スヴェン……お前ブラックキャットを便利な死神かなんかと勘違いしてんじゃないか?」
 今、トレインたちの手元に武器はない。愛銃のハーディスも、アタッシュウエポンケースも、なにも。
 地には弾切れのウルスラグナと、残弾数充分のショットガンが転がっていたが、距離は妲己の方が近い。拾っている間にジ・エンドだ。
 ただでさえ怪我と疲労でいっぱいいっぱいの三名。
 いくらトレインが"ⅩⅢ"の刻印を持つブラックキャットだとしても、この状況ばかりはどうにも――

(――いや)

 あった。妲己に"不吉"を届ける方法が、たった一つだけ。
 だがそれには、スヴェン、イヴとの連携が必須だ。悠長に作戦を説明している暇はない。
 どうにか、二人にトレインの考えを伝えなくては。勝機は、

「スヴェン、イヴ」
 追い詰められた三人の筆頭、トレインが、スヴェンとイヴに語りかけた。

「俺を信じろ。自分に出来ることをやれ」

 ――――!
 ただそう二言。
 その二言だけで、三人は一つに繋がった。

「妲己! 俺はおまえに――"不吉"を届けにきたぜ!!」

 トレインが瞬時に起き上がり、妲己に詰め寄る。
 その間一秒未満。背中を二人の仲間に預け、駆ける。

「あらん」
 妲己はそれに慌てることなく、適切な処置を取る。
 死にかけの人間が、満身創痍で突っ込んできた。
 どうするべきか。簡単である。

 妲己の振るった打神鞭が巻き起こす風は、いとも容易くトレインの首を刈り取った。

(トレイン……おまえってヤツは……どこまでも抜け目のないヤローだぜ)

 トレインの犠牲をものともせず、スヴェンとイヴの両名も駆け出す。
 武器もなしに丸腰で。むずむざ死ににいくようなものだった。

(連携して攻めれば勝機があるとでも思ったのかしらぁん……浅はかねぇん)

 妲己はやはり怯まず、振るった打神鞭をさらに振りかぶる。
 今度の標的はイヴ。その後ろにはスヴェンが控えている。
 二人で一斉に来ようが、一人一人連続してこようが関係ない。
 妲己の実力の前には、掃除屋の連携プレーなど足元にも及ばない。

「疾ッ!」

 妲己が巻き起こす風はイヴの腹部を捉え、トレインの首のようにスパッと切断――

(変身(トランス)――『盾』!)
 ――されなかった。
 風刃が直撃する瞬間、イヴの腕が西洋風の盾に変化し、攻撃を防いだ。

「いやん」
 驚きから、妲己に一瞬の隙が生まれる。
 その隙を狙い、イヴが仕掛けた。
 自らの髪を流れるナノマシンが体内で変換、再構築され、刃へと変わる。
 剣のように鋭く尖ったイヴの髪は、妲己の身体を貫かんと狙う。

 結果から言って、攻撃は命中した。
 しかし、貫いたのは妲己の右肩。決定打にはならない。
 それでも――イヴの役目は果たされた。

(さらに――変身(トランス)――!)
 イヴの長い髪が幾重にも伸び、鎖に変わる。それらは刃が突き刺さった箇所を中心に、妲己に纏わりつく。
 あっという間に拘束された妲己は、それでも慌てない。
 相手の髪が自分の身体を縛っているということは、相手もまた自分の身体から離れられないということ。

「ごめんなさいねぇん」

 おどけた声と共に、至近距離から風刃を叩き込む。
 避けようもなく、また避けようともしなかったイヴの身体は、容易く切り刻まれた。
 肉片がバラバラと崩れ落ち、次第に妲己の身体に纏わりついていた髪も解けていく。
 だがその間、掃除屋最後の一人が、妲己の眼前に躍り出ていた。


「――トレイン、イヴ! やっぱおまえらサイコーだッ!!!」


 何かを握り締めたスヴェンが、妲己の間近に。
 この時点で結末は決定した。妲己は死ぬ。未来を見る必要もない。
 それを知らぬ妲己は、無駄な足掻きと言わんばかりに、面倒そうな仕草で打神鞭を振るう。
 それは確かにスヴェンを捉えるはずだった。
 だが、

(『支配眼(グラスパー・アイ)』!)

 本来なら避ける必要のないこの攻撃も、スヴェンは『支配眼』できっちり避けた。
 掃除屋三人が、一人の美女に全滅したという事実を残したくなかったためか。
 男としてのプライドか、掃除屋としての意地か。
 定かではない。だが、この瞬間。


 誇り高き掃除屋三人は、妲己に勝った。

 ~~~~~

「あらぁん?」

 目覚めると、そこは白一色の何もない世界だった。
 すぐ近くに聳えていた東京ドームも、首なしの黒猫も、肉片をそぎ落とされた姫も、死にかけの紳士もいない。
 ここはどこなのか。彷徨う妲己は、一台のテレビを発見した。

「これは……霊界テレビかしらぁん?」
 それは紛れもなく、妲己の持っていた霊界テレビ。
 白い世界にポツンと置かれた一台のテレビには、黒の章ではなく、極一般的な映像が映っていた。
 一人の女性が死ぬ姿である。

 女性は向かってきた男性を殺そうと、武器を振るった。
 だがその攻撃は惜しくもはずれ、ならば次の手を、と腕を動かした次の瞬間。
 男性の手の中から、光が一閃。
 爆発、だった。
 映像はそこで一旦途切れ、次に映ったのは、焼け焦げた大地。
 そこに死体の影はない。生きている者もいない。爆発の惨状だけが残っていた。

「あらあらトレインちゃんったら……あんな切り札を持っていたなんて、隅に置けないわぁん」
 あの時、トレインが妲己に突っ込むと同時にスヴェンにパスした謎の物質。
 あまりにも小さかったため、正体は分からなかったが、まさかこれほどの威力を持つ爆弾だったとは。

「ああ、そうか。つまりぃん」
 そこで、妲己はあることに気づいた。

「わらわはあの爆発に巻き込まれて、死んでしまったということねぇん」
「――そうみたいだね、妲己さん」
 声の方を振り向くと、左方に遊戯がいた。

「あらぁん? 遊戯ちゃんじゃなぁい。久しぶりねぇん。こんなところでいったいどうしたのかしらぁん?」
 武藤遊戯――妲己が喰らい、死んだはずの少年が、そこにいた。
 彼がいるということは、この白い世界は既に"あちら"の領域なのだろうか。
 深く考える必要はない。全ては終わったことだ。それでも、単純に好奇心で気になった。

「――アンタが持っていた千年パズルが、ちょっとした奇跡を見せてくれたのかもな」
 また声がしたので振り向くと、右方にもう一人の遊戯がいた。
 通称闇遊戯――崩れた千年パズルの中に封印されていた古代エジプトの王、アテムの魂だった。

「また会えたね、もう一人の僕」
「ああ。千年パズルが壊れたおかげで、どうやら俺もお前と同じところへいけるらしい」
 かつて二人で一つの身体を共有し、絶対に断たれることのない絆で結ばれていた『二人の遊戯』が、再会を果たした瞬間だった。

「なんだかよく分からないけど、これでわらわも遊戯ちゃんたちと同じ脱落者ってわけねぇん……ちょっと残念だわぁん」
 死の瞬間を明確に感じ取れなかっただけに、まだ自分が死んだという実感が湧かない。
 だが目の前の霊界テレビの映像や、横にいる二人の遊戯を見る限り、これは事実なのだろう。
 仕方がないが、やはり悔しい。
 まさか、あんなところ死んでしまうとは。
 あんなちっぽけな三人組に、命を落とされるとは。

「納得がいかないって顔だな、妲己」
「なんなら僕たちが教えてあげようか? 妲己さんが負けた理由」
「わらわが……負けた理由?」

「それは」「それは」
 二人の遊戯は、声を揃えて言う。

「「あの三人の"結束の力"さ」」


 ――ああ、なるほどぉん……

 結束の力。
 遊戯や闇遊戯、城之内や杏子が固く信じ、誇示していた力。

 ――人間の一人一人の力は弱い。でも、束ねれば無限大に強くなるってわけねぇん……

 そういえば、太公望の周りにもいつも人がいた。
 だからこそ、趙公明を倒せたのかもしれない。

 ――わらわはただの人間じゃなく、太公望ちゃんみたいなタイプを三人も相手にしていたってわけねぇん……

 それは恐ろしい。それに、死んでしまってから気づいたのでは遅すぎる。

 ――まぁ、これも地球の歴史の一つってことよねぇん……あっちに着いたら、太公望ちゃんに挨拶しとかなきゃん……

 いつの間にか、二人の遊戯は消えていた。
 先にあっちに行ったのだろうか。まあいい。また後であったら、ゲームの続きをしよう。

 それに、
 あの三人組ともまた、いつか――

 ~~~~~

「すっげぇ~! なんだこりゃぁ!!?」
 半壊した東京ドームをバックに、ルフィは一人驚きの声を漏らしていた。
 イヴにスヴェンを探しに行くから待機しているように言われていたルフィだったが、
 先ほどの轟音を聞きつけて、いてもたってもいられなくなったのだ。
 周囲の大地はクレーター状に変形し、硝煙の臭いが蔓延している。
 本来そこにあるべきはずだった四つの死体は『黒の核晶』による大爆発によって粉々に粉砕してしまっていた。
 血の臭いも掻き消え、そこに掃除屋たちが奮闘していた記録は何も残されていなかった。
 事情を知らないルフィは、ただただこの大きな爆発に感嘆するしかない。
 彼が仲間の死を知るのは、あと数分のこと。

「にゃー」

 東京ドームで巻き起こった惨劇を見つめる瞳が六つ。
 最初から最後まで、一部始終を観戦していた三匹は、この劇の終了を確認して去っていく。

「にゃぁ」

 するとどこから現れたか、去っていく三匹に一匹が加わった。
 くろとも、とらとも、しろとも、違う。
 綺麗な艶のみけ、それもまだ子猫だった。

 これで、猫は四匹。
 全員揃った猫たちは、別れを告げて帰っていく。

「にゃあ」

 ~~~~~

 ねこたちが家に帰っていくよ♪

 あてのない旅をしながら、家に帰っていくよ♪

 いつ着くのかなんて、誰にも分からない♪

 だってねこは自由だから♪

 気まぐれで歩いて、気まぐれで生きて♪

 それでも帰っていくよ♪

 家に♪

 家族が待っている、あの家に♪

 さあ帰ろう♪







【東京都・東京ドーム付近/早朝(放送直前)】
【モンキー・D・ルフィ@ONE PIECE】
[状態]:両腕を始め全身数箇所に火傷
[装備]:無し
[道具]:荷物一式(食料半日分・スヴェンに譲ってもらった)
[思考]1、東京タワーで待機。世直しマン、ルキア、ボンチュー、スヴェン、イヴと合流。
   2、ロビンを捜す。
   3、"仲間"とともに生き残る。
   4、悟空・自分の仲間を探す。
   5、悟空を一発ぶん殴る。

※二日目午前五時三十分頃、東京ドーム周辺で大きな爆発が起こりました。
※トレイン、イヴ、スヴェン、妲己の荷物と死体は『黒の核晶』の爆発により大破しました。


【トレイン・ハートネット@BLACK CAT 死亡確認】
【イヴ@BLACK CAT 死亡確認】
【スヴェン・ボルフィード@BLACK CAT 死亡確認】
【蘇妲己@封神演義 死亡確認】
【残り43人】


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355:グッバイ・ブラックキャット ルフィ 370:歎きの咆哮
355:グッバイ・ブラックキャット イヴ 死亡
355:グッバイ・ブラックキャット スヴェン 死亡
355:グッバイ・ブラックキャット 蘇妲己 死亡
355:グッバイ・ブラックキャット トレイン 死亡

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最終更新:2024年06月28日 16:18