0197:氷の精神





「……DIO

男が吐いた名前を、我知らずにウォーズマンは繰り返していた。
悠然と椅子に腰掛け、肘掛けに凭れ掛かっては、自分を興味深そうに見詰めてくる。
永遠に溶け出さない氷のような眼差し――見透かされている。心を。恐怖を。

「怯える事はないのだがね。
 我が館――と言っても貧乏な兎小屋のように貧相な小屋に過ぎん場所だが、
 騒々しく現れた訪問者とただ、話をしてみたいと思っただけなのだから」

男は腰を埋めた椅子から逃れる気配も、攻撃を仕掛ける気配も見せなかった。
真昼の訪問者が、武器を持った殺戮機械が如何な手品を見せてくれるのか――楽しみにしてるようにさえ。
問われた名さえも返さずに憮然と沈黙を保っている機械の男を前に、DIOは話を続けた。饒舌に。

「大事そうに抱えている筒は、誕生日のクラッカーにしては洒落ている。
 我が祖国では、クラッカーといえば二人で紐を引き、中の品物を取り合う遊びの道具だった。
 そう――綱引きのようなものだ。片方の紐に、菓子が付いている」

コーホー……
コーホー……

ククと喉を鳴らし、吸血鬼の顔が愉悦に歪む。

「無論、これから殺し合いをさせようという輩に、クラッカーを配る無能もいまい。
 其の筒は"確実に人を殺す能力を持つ道具"だし、
 君は筒の殺傷能力を"十分に知っている"

 然し其れでもなお、クラッカーと共通していると言える点がある。
 引き金を絞れば、ボン!

 ――破裂音と共に、勝者が定まる」

男は歌うように口ずさむ。
ウォーズマンは握り締めた殺戮兵器を、見せ付けるように、どんと足を鳴らし、

「……其の通りだ。
 コイツは燃焼砲(バーンバズーカ)。
 オレが指をちょいと動かすだけで、筒の先にあったものを黒焦げにしちまう。
 ……アンタもそうなりたいのか? 薄汚く焦げた灰によ!」

黒いメタリックに包まれた腕は震えながらも、燃焼砲の照準を合わせていた。
そう、自分は燃焼砲の威力を"十分に知っている"――悲鳴と断末魔が、脳裏を走る。
少女の悲鳴が。少年の断末魔が。可能ならば、二度と使いたくはない、使うべきではない兵器。
けれど男から放たれる邪悪なオーラが、忍び寄る恐怖が、武器を持って威嚇をせずにはいられなくする。
恐ろしい武器だ。殺戮兵器だ。匂わないのか、この筒から漂う、絶望的な死の香りが。
臆病な兎が、精一杯身体を大きく見せるように、相手が自分から逃げ出してくれるように。
ウォーズマンは、敢えて声を荒げ、口を醜く歪ませた――今は戦いたく、ない。

然し、兎の努力は一蹴される。相手は、虎だったのだ。

「使いたければ、使うといい」
「……エ?」

思わず聞き返した。間抜けにも。
引き金を引く――其れは、少年の、二の舞を意味するというのに!
戸惑う機械の男を瞳に映し、端正な男の顔が歪んだ。


「使えばいい、と言ったのだ。単純に、シンプルに。
 サーチ・アンド・デストロイ、ガンホー、ガンホー。クク……
 "ルール"を聞かなかったわけではあるまい。機械の男は人間の言葉が判らないのか?

 与えられた武器を使って、最小限の損害で全ての敵を殲滅する。
 甘っちょろいヒューマニズムを後生大事に抱えている輩から全てを失い、脱落する――

 おっと」

DIOは言葉を留めると、恭しく訂正する。

「人間主義(ヒューマニズム)と言うのは軽率だったな。
 無論、"我々は人間ではない"――そうだろう?
 脆弱な人間のルールに縛られる筈もないし、そんなものは"既に超越してしまっている" 。
 だから"初対面の相手に躊躇なく引き金を引けるし、心も痛まない"」
「ふ……ふざけるな!
 オレは正義超人!ファイティング・コンピューター・ウォーズマン!
 戦うことはあっても其れは世のため人のため……貴様などと一緒に……」

否定、出来る筈だった。
自分は人間でこそないが、仲間と共に正義を志した、人間の味方であると。
然し、否定の言葉は喉元で引っ掛かり、解き放たれることはなかった。
――殺した少年のケロイド化した面立ち。非難の目で見詰める、少女の瞳。
――血の滴る鍵爪。へし折った背骨の数々。貫いた脳髄。オレは、オレは……

「何が違うというのだ?
 黒光りするボディ。悪魔の如き仮面。機械の身体――
 クク……素晴らしいなウォーズマン。夜泣きした糞ガキも一発で泣き止むぞ!

 何処から見ても人間には見えん。フフ……このDIOの方が未だ人間の面影を残している。
 とうの昔に人間を辞めてしまったこのDIOの方がなッ!!

 其の上、世のため人のためだと哂わせてくれる。
 お前は、人間どもに尽くさねばならんと感じているようだが、
 一体全体、人間が何をしてくれたと言うのだ?」

吸血鬼の声が遠く背景音楽のように響き渡る中、過去のメモリーがフラッシュバックする。
――醜い醜いロボ超人のウォーズマン。ロボでも人間でもない、仲間外れのウォーズマン。
  醜い顔を紙袋で隠し、其れでも尚、子供に石を投げられる。
  迫害。嘲笑。裏に見え隠れする、異質な者に対する恐怖。

「人間というのは都合の良い生き物だ。善人面しておきながら、平気で裏切る屑どもだ。
 自分達と少しでも違うものを心の底では排除したがる。
 ウォーズマン。お前を見る人間達の目を、覚えているか?――果たして、其れは正常なものだったか」

火炎放射器の炎の向こうに、人影がゆらりと立ち塞がり、黒焦げの男が、涙目の少女が非難する。
――生きたかったのに。何もしてないのに。死にたくなかったのに。
殺したくなかった。武器の性能も威力も知らなかった。威嚇するだけのつもりだった。
懺悔した。謝りたかった。償いたかった。大丈夫、許してくれる筈。許して――なら、何故逃げた?
――怪物だ。残虐な、血を好む、怪物だから。怪物は許して貰えないから。
黒焦げの少年が、
涙目の少女が、
石を投げた子供達が、
リングを取り囲む観客が、口々に、口を揃えて――自分を責め立てた。

罪悪感に苛まれ弱り切ったウォーズマンの意識に浮かんでは消える忌まわしき幻影。
其の中には――自分が信じるべき、疑ってはならぬ筈の正義超人の姿も、あった。
輝かしき正義超人の御旗。彼らは、果たして、自分を許してはくれるだろうか。
罪もなき人間を殺した、自分を。

「……オレは……オレは如何したら……!!!」
カランと燃焼砲を手から零し、膝をついてしまったウォーズマンの傍らに、足音が近づく。
透明な声が壊れかけたウォーズマンの耳に入り込む。帝王はヘルメットに唇を近づけ、妖艶に。

「仕える相手を間違えたのだよ、ウォーズマン。人間などと、正義などと。
 ――どれもこれも束縛されることを前提にしている。仕えるものの自由は存在しない。
 "永遠の安心感"もだ。唯一つの失態を犯しただけで、全てを剥奪される。"彼らには寛容さがない"。

 けれども"悪"は違う。
 武器の引き金を引くのにいちいち"躊躇"したりはしないし、"後悔"もない。
 悪こそが真に自由だ。何者にも縛られないし、全てを"許す"」

友情さえ及ばぬ罪をこの男は許すと言う。何て甘美な、誘惑。
神にも、否、悪魔にも縋るような面持ちで、ウォーズマンは傍らの男を見据えた。

「オレを許してくれるのか……?
 オレを嘲笑ったりしないのか?」
「ウォーズマン、君に足りないのは"覚悟"だ。
 "覚悟"を持たぬものは幾ら"強者"であっても他人の良いように扱われる。 
 ――殺せ。簡単な話だ。君を嘲笑う奴は、全部だ。"其の力が君にはある"。」

「コロス……コロス……」
不敵に笑むDIOの面立ちには、恐怖を孕んだ強引さには、思い出されるものがあった。
ウォーズマンを育て上げたトレーナー・バラクーダ。またの名を、英国の超人ロビンマスク。
キン肉マンを倒す為の訓練で教え込まれた残虐性が、沸々と湧き上がる。懐かしく心地良い記憶だった。
石を投げた子供達。恨めしく見詰める黒焦げの少年。泣き叫びながら非難する少女。
殺してしまえ。自分を嘲笑うヤツは、殺してしまえ。殺してしまえ。殺してしまえ!
「コロス……コロス……!」
封じた筈の、冷血・冷酷・冷徹の氷の精神。ぎぎぎ……と口元が悪魔の笑みを浮かべ始める。
「このDIOに忠誠を誓うというのなら、真の自由を――
 誰もお前に与えてやれなかった"永遠の安心感"を約束しよう」

「ア―……アアアアアアアア!!!!」

響き渡る咆哮は覚醒の叫び。もう、考えるのは止めてしまった。心地良い言葉に、身を任せたかった。
求めていたのは道を示してくれる者。バラクーダのように、キン肉マンのように。
血に飢えるファイティング・コンピュータの傍らで、闇の帝王だけが唯静かに、邪悪に笑んだ。


――夜が、待ち遠しい。





【愛知県と長野県の境(山中の廃屋)/日中】
【DIO@ジョジョの奇妙な冒険】
 [状態]:右肘部から先を損失、腹部に貫通傷(出血は止まっている)
 [装備]:忍具セット(手裏剣×9)@NARUTO
 [道具]:荷物一式(食料(果物)を少し消費)
 [思考]:1、日が暮れるまで廃屋で身を隠す。
     2、参加者の血を吸い傷を癒す。
     3、悪のカリスマ。ウォーズマンを利用する。
 [備考]:廃屋の周囲の血痕は消してあります。

【ウォーズマン@キン肉マン】
[状態]精神不安定
[装備]燃焼砲(バーンバズーカ)@ONE PIECE
[道具]無し(荷物一式はトイレ内に放置)
[思考]DIOに対する恐怖/氷の精神
   DIOに従う。

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159:悪のカリスマ DIO 263:悪魔始動
159:悪のカリスマ ウォーズマン 263:悪魔始動

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最終更新:2024年08月20日 10:32