揺れる空 ~前編~


陽が最も遠く昇る刻…
整備されていない細い砂利道を行く伊集院隼人は急ぐ足を止め、その主催者たちからの忌まわしき声を聞いていた。

(……さらに14人……。だが、どこまでが本当でどこからが嘘かさっぱり分からんな)

この放送は嘘で固められている。
そう気付いている今となっては、すでに30人以上が屍と化している――と聞かされても、もう心が揺らぐ事は無かった。

(少なくともこの放送で分かる確実な事実は二つ。…静岡と大分が禁止エリアになる事と、朝から今までの間には…香も冴子も死んでいない、と言う事だな)

主催者側としては、生きている人間を死んでいると見せかける事にはメリットがあるだろうが、死んでいる人間を生きていると見せかける事には全くメリットは無い。
本当は死んでいるのなら、隠したりせずにさっさと参加者に知らせた方が…ゲームは順調に進行するだろう。
…彼は結論としてその考えに至り、安心した事を現すかのように小さく頷くとすぐに歩みを再開する。

(……しかし、何故か脱落者の名前に日本人が多かったな。確か…火口、防人、海馬、日向、桜木、三井、赤木…?偶然か?)

眉間にしわを寄せて新たな思案事項に思いを馳せながら、道を踏みしめていく。




「……悟空たちは無事なのかぁ。よかった……んだよ…な?」

疲労から来る睡魔に負けてほんの一瞬だけ意識を手放していたクリリンは、再び訪れた死を告げる死神たちの声により意識を取り戻し、知り合いたちの無事を確認すると安堵のため息をつき…しかしそれと同時に、複雑な気持ちに心を締め付けられていた。

(よかったのかどうかなんて…分かんねえよ!…ブルマさんは…やっぱり俺が…ろさなきゃ…いけないの…かよ…?)

頭では決まっていても、未だに踏ん切りはつかない。
なるべくその事実から目を背けてはいても、無意識の内に…もしかしたら自分が手を下さずに済むかもとの淡い期待に似た気持ちが有ったのはクリリン自身にも認めざるをえなかった。

苦悩。

いくら考えても、道は既に一つしかない。
しかしその道は、最初に自分で考えていたよりも遙かにつらく険しい過酷な道だった。
…忘れよう、深くは考えないようにしよう、きっとうまくいくと信じよう――

いくらそんな風に考えようとはしても、やはりクリリンの心は大きな悲鳴を上げていた。

(…ダルいなぁ。疲れて滅茶苦茶ダルいよ。…体が言う事聞いてくれないみたいだ)

精神的に参ってしまっているのは大きい。
だが、一向に疲労感が拭えないのは何故かそれだけではないようにもクリリンは感じていた。

(舞空術って…あんなに疲れたっけ…?気円斬も、あんな風に気を大きく消費したりはしないはずだよなぁ…。しかも、休んでも気が回復するのが普段より遅く感じるし。…何なんだよ、この世界は…)

体力だけはある程度回復したものの、消費した気が戻る感覚が鈍い。
仙豆さえあれば…などと考えてしまうも、無い物ねだりをしてみても始まらない事は分かっていた。
『やらなければいけない事はまだまだたくさんあるのだから今はただ、少しでも休息に集中しよう』と、ひたすら動かずに体を休め続け、深く静かな呼吸をひたすらに繰り返そうと再び無心になる。


「……!!」

だがその時、徐々に自分のいる方向へと近付いてくる一人の気配に気付く。
大きく目を見開き、とっさに体を伏せて完全に茂みに身を隠すクリリン。

(タイミング悪いなぁ…どうする?今戦るか?)

じっと息を潜めて気配を殺し、念のため体から気も消して近付いてくる相手の事を探る。

(………身のこなしはただの一般人じゃあないみたいだけど、やっぱり気はまるで感じないよなぁ。…でも、安易に戦って、もしさっきのブラボー男の時みたいな羽目になっても困るし…
…やり過ごそうかなぁ…)

今居る世界には自分のいた世界の常識が通用しない、と…先ほど『ブラボーだ!』が口癖の格闘男と戦った時に痛感させられ、慎重に行動しなければならないと考えていた矢先の今の邂逅。

(……いや、だからこそ…戦わなきゃな。せっかくの奇襲のチャンスだ、ピッコロの負担を少しでも軽くしてやらなきゃいけないんだ!それが……俺が手に掛けちまった人たちへの罪滅ぼしにもなる!)

殺したのは相手を助けるため。
手に掛けたのは相手の命を守るため。

そう繰り返し自分に言い聞かせ、拳を握りしめ臨戦態勢へと移行していく。

(大丈夫だ!見たところ相手は機関銃で武装してる…いわば『それが無いと戦えない』ってバラしてるみたいなもんだ。俺にあの程度の武器が効くわけ無い!100パー勝てる!)

葛藤の末に勝利を確信し、何も知らずこちらに近付きつつある巨漢の男をぎりぎりまで引き付け、頃合いを悟った刹那…反撃の隙も与えずに一瞬で事を終わらせるべく、一直線に飛び出し間合いをゼロにする。


ズガガガガッッ!!!!

「が…は…ッ!?なん…だ…ッ!!?」

ゼロ距離で打ち込まれた無数の衝撃。
何が起こったのか全く分からず、力無く膝を地面に落とす。

「……何…で…バレてたんだ…!!?」
「…いくら気配は殺せても、『殺気』を消さずに奇襲をしようなんざ、戦場では通用しないぜ…!」

ズガガッッ!!!

「クッ!?ぐあ…!」

追撃のマシンガンをかろうじて身をよじらせて当たり所を急所から外す。
クリリンの誤算は三つ。
一つは『相手にすでに奇襲を悟られていた事』。次に『相手がやはり只の一般人ではなかった事』。
そして最後の誤算は…

(イッテエ…!!何で機関銃程度の攻撃が……普通に致命傷になっちまってるんだよ!!?)

さらに次々に打ち込まれてくる段幕から必死に距離を取り、木の影から影へと素早く移動を続ける。
しかし、そのスピードは普段よりはるかに低迷。
その原因にもなってしまっている、受けてしまった致命的なダメージは『わき腹』『右手中央』『右太もも』の三カ所。
いずれからも血が次々に流れ出ている。

「貴様はすでに手追いのウサギ!素直に降伏するんだな!」
「くっ!そんな訳にはいかないんだっ!!」

いくら逃げても巨漢の敵は恐ろしい程正確にクリリンの居る位置めがけて射撃を打ち込んでくる。
このままではジリ貧と悟り、残り少ない気を使いきる覚悟でマシンガンの狙いが定められぬよう舞空術を用いて不規則なジグザグで一気に上空へと上昇する。

「ハア…ハア…!(ちくしょう!今の体の調子じゃあまともに戦えない!どうすりゃいいんだ!?逃げるか!!?)」

ズガガガガッ!!!!

「うわあッ!!?クソッッ!!!」

敵から距離を取り少し安堵したのも束の間、海坊主は軽々とマシンガンを頭上に掲げて上空めがけて引き金を引く。

「…奇襲でいきなり人を殺そうとしやがった悪党なんだ、それ相応の報いってやつを受ける覚悟くらいはあるんだろうな!!」
「…!!!」

マシンガンを打ち続けながら叫んだその海坊主の言葉を聞き、クリリンはふと無意識に自分の着ている服に視線を落とす。背中には『魔』の一文字。歯を食いしばり、つい先ほど自分の頭に繰り返し言い聞かせていた誓いを思い出す――


『助けるため――』


「…へへ…、そうだったな。俺、今悟飯の道着を着てたんだっけ…!」


笑みが、こぼれた。
半ばパニックに陥っていた頭が冷静さを取り戻していく…。

(…悟飯、お前の…ピッコロから教わったっていう生き様、それを写した大切な道着なんだよな)

左手を腰の後ろに下げる――

(…筋違い、かもしれねえけど……俺に少し力を貸してくれよ、悟飯…!)

左手の手のひらに――強い光が集っていく…

「…!?何をする気だ…?」

異変を感じ、いったん撃ち方を止めてジッとその様子を見る海坊主。

「か…め…は…め…!」
(俺は……今、負けるわけには…)

「……波アアァァアーーッッッ!!!!」
「な、にイッ!!?」

ズキュウウゥーーッ!!!!
片手で撃ち出した渾身のかめはめ波が一直線に海坊主を襲う。

ズドオォオーーンッッ!!!!!
「負けるわけには…いかないんだあアアーーッッッ!!!!」

海坊主を完全に飲み込んだかめはめ波は、全てを飲み込んでいくかのように地面に炸裂し、無数の石や砂ぼこりを吹き上げて轟音を轟かせる。

「………く…!」

炸裂の余韻が未だ残る中、クリリンは気を使い果たした反動で力無く地面に向かい一直線に自由落下していく。
ドサ!と地面に倒れ込むようにたどり着き、そのショックや数多くの酷い怪我で激しく痛みを訴える全身にムチを打ってゴロンと仰向けに寝そべる。

「………勝っ…た…、勝て…たぁ…!」


「……チェックメイトだ」

クリリンの頭に突きつけられる銃口。
砂ぼこりが薄くなり、そこに姿を現したのは―――全身至る所に擦り傷を作り右肩から血を流しつつも、力を失っていないその根太い声と共にしっかりと地面に両足を踏みしめた…海坊主であった。

「……負け……か。悔しいなぁ…」
「間一髪でかわせなけりゃあ、俺の負けだったがな」
「…あれをかわされたなら…俺の完敗だよ。……早く…楽にしてくれ…」

ゆっくりと両目を閉じ、クリリンは最後の瞬間を待つ。

「…断る。死にたいなら、他を当たれ」
「…え?」

予想もしてなかった返答に戸惑い、目を開けて海坊主の顔を見上げる。

「…自殺志願者の願いを叶える、なんてボランティアをする趣味はねえ」
「ぼ…ボランティアあっ!!?」

思わず情けない声が出てしまい、口をあんぐりと開いたまま呆気に取られる。

「死に際がそんなに潔い無差別殺人者なんてありえねえ。何か理由があったんだろ。ま、そんなの聞く気はねぇがな…。じゃ、あばよ」

銃口を下げ、背を向けて歩き出す海坊主。

「………ちょっと、待ってくれ」
「なんだ?」

自分を呼び止める声にぶっきらぼうに反応して背を向けたまま立ち止まる。

「みんな…助かる方法が、ある」
「……何だと…!?」
全く意図していなかった言葉に強く反応し、再びクリリンの方に体を向けて立ち尽くす。
力を振り絞り、よろめきながらも何とか立ち上がり、海坊主の顔を見上げる。

「ある参加者が優勝すれば…一人残らず、みんな…生き返れるんだ」
「……いまさらそんな思いつきの嘘なんてつくのは、フェアじゃねえな」
「嘘じゃないさ。あんたには借りができちまったからさ、まだ死ねなくなっちゃったよ。あんたの事も助けたい…俺が諦めたら、あんたも助けられなくなる…だから…」
「………」

苦い顔で微笑を浮かべながら一歩一歩、海坊主に歩み寄る。

「だから……できればやっぱり…」
「…?」

「今、死んでほしいッ!!!」
「なッ!!!?」

ヒュッ…!

恐ろしい素早さの抜き手を海坊主の心臓めがけて突き出す。

「…………え……っ…!!!?」


抜き手は、海坊主を貫く事無く…胸の前で音も無くピタリと止まる。

「クソッ!!不思議なバリアでも張ってるのか!!?」

不可解な攻撃無効化を受けて焦りの色が隠せず、大きくバックステップで間合いを離すクリリン。

「…どういうつもりだ?」

一見、臭い芝居でもしたのかとも海坊主は感じたが…明らかに殺気をはらんだ一撃であったため、そうではなく『本気』で殺りに来たのだと直感した。

「やっぱりあんた…普通の奴じゃないんだな…!」
「…確かに『普通』だなんて、言われた事はねえ」

緊迫した空気の中、海坊主は先ほどのクリリンの不可解な攻撃の事を考えていた。

(奴が本気だった事が事実である限り、今の寸止めには絶対理由があったはずだ)

「…あんたの名前、聞かせてくれよ」
「……ファルコン、だ」
「俺はクリリン。あんたとはこんな形では会いたくなかったなぁ…」
「………」

再び、二人の間に重く緊張した冷たい空気が流れ始める。


「さあ、来な。分からず屋のお前さんをぶちのめした後で、さっきの話の続き…洗いざらい吐いてもらうぜ…!」
「やって……みなよ!!ファルコン!!!」

死闘の第二ラウンドが今、始まる。






【伊集院隼人(海坊主)@シティーハンター】
[状態]全身に軽い擦り傷・右肩負傷
[装備]:排撃貝(リジェクトダイアル)@ワンピース(胸ポケットに収納。本人はただの貝殻だと思っている)
    :ヒル魔のマシンガン@アイシールド21(残弾数は不明)
[道具]:荷物一式(食料・水、九日分)
    :超神水@ドラゴンボール
[思考]1:クリリンに勝利して情報を引き出す
    2:銃火器類を探す
    3:香・冴子・リョウを探す(放送は信じず)

【クリリン@ドラゴンボール】
[状態]:疲労困ぱい、気はほぼ空
    :わき腹、右手中央、右太ももに重傷
    :精神不安定
[装備]悟飯の道着@ドラゴンボール
[道具]:荷物一式(食料・水、四日分)
    :ディオスクロイ@BLACK CAT
[思考]1:ファルコンを殺す
    2:できるだけ人数を減らす(一般人を優先)
    3:ピッコロを優勝させる

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148:Fact or Fiction 伊集院隼人(海坊主) 204:揺れる空 ~後編~
132:混沌の作戦 クリリン 204:揺れる空 ~後編~

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最終更新:2010年09月12日 20:15