0255:心 ◆zOP8kJd6Ys





D・Sは走っていた。
森を抜け、平野を駆け、琵琶湖の湖を通りすぎ、大阪を目指して走っていた。
あの胸に傷を持つ男は追ってきてはいない。少なくとも後方に気配は無い。
(撒いたか……だがちぃっとキツくなってきたな)
あの男――D・Sは名前を知らなかったが――ケンシロウとの戦いで魔力を大分消耗してしまった。
このままアビゲイルのいるという福井県に向かってもいいが、やはり不安はある。
(今のままじゃ使える呪文は後一、二回ってところか。
 馬鹿ならこのまま突っ込むだろうが、超天才たる俺様は無理せず機を待って休息を取るべきだな)
時間が経てばアビゲイルが移動してしまう恐れもあるが、敵との遭遇を考えると慎重にならざるを得ない。
(ま、俺様が負けるわけはねぇがな。だが呪いがある以上念を入れておくべきってことだ)
大阪には市街地がある。人が訪れる危険性も高いが、身を隠すにはうってつけの場所でもある。
そう判断し、D・Sは大阪へと足を踏み入れた。
市街地を進み、潜伏に適した民家を探す。するとほどなく、途中で道端にて倒れている女性を発見した。
「フン、死体か?」
何か有用なアイテムでも持っているかと近付き、様子を見てみる。
ザックには武器は何も入っていなかったが、女性にはまだ息があった。
D・Sはニヤリ、と笑う。
「くっくっく、どうやら俺様にも運が廻ってきやがったようだな……」
D・Sはその女性、姉崎まもりを抱え上げると、近くの民家へと入っていった。


セナがいじめられている。
大勢の身体の大きい男達に囲まれ、暴行を加えられている。
男達は下卑た笑みを浮かべ、楽しそうにセナに暴行を加える。
セナは泣きながら助けを求めていた。
その世界に音はない。セナの声も聞こえない。
だがまもりにはハッキリと判った。
『助けて! まもり姉ちゃん!』
セナは自分に助けを求めているのだ。

――助けなきゃ、助けなきゃ、わたしがセナを助けなきゃ!

『セナを! いじめないで!!』
駆け寄ろうとするが、まもりの手足は鎖によって石壁に拘束されていた。
まもりは何とか抜け出そうと身体を捻ったり、鎖を引っ張ったりするが一向に鎖は解けない。
そうこうしているうちに男達は、今度は武器を持ち始めた。
金属バットで、バールのようなもので、角材でセナを打ちつける。
セナは血を吐きながら叫んでいた。聞こえはしない。それでも何かを叫びながら手を伸ばした。
『セナをいじめないで!』
まもりは必死に鎖を揺らす。
身をよじり、血が出るほどに手錠を壁に打ち付けても、自由になることは出来なかった。
『どうして私には力が無いの? 私はセナを助けなきゃいけないのにどうして!?
 力が欲しい、セナを護る力が。この身体がどうなってもいい。心なんて失ってもいい。
 命だって捨ててもいい。セナを、セナだけを護る力が欲しい……!』

――― セナ! ―――


ハッと、まもりは眼を覚ました。
目の前には銀髪の男がまもりに四つん這いにのしかかっている。
「ハァッハァッハッハ…」
「えっ?」
犬のように舌を出し、よだれを垂らしている男を見てまもりは生理的嫌悪感から悲鳴を上げた。
「きゃぁっ!」
バシーンと小気味良い音を立ててまもりの平手が決まり、D・Sは頭から民家の床に突っ伏す。
「ぐお、いきなり何しやがる!」
「こっちのセリフです!」
ふと気がつくと自分の制服は前を肌蹴させられ、ブラが露わになっている。
(まさか?)
最悪の場合を連想し、慌てて胸を隠しながら身体に異常が無いか調べる。
(ホ、どうやらまだ何もされてないみたい)
安堵し、キッとまもりはD・Sを睨みつける。
「ち、いいところで眼を覚ましやがって……どうせ俺のモンになるってのによ」
立ち上がり、忌々しそうな顔で近付いてくるD・Sにまもりは蒼ざめた。
確かに、これだけの大男相手に抵抗する術は自分には無い。
武器は、と荷物を探そうとして、まもりは少年に全て奪われてしまったことを思い出した。
場所は民家の一室。自分が居るのは部屋の隅にある小さなベッド。
窓はD・Sの後ろ側に一つだけ。入り口は右手側にあるが、そこに辿りつくにはD・Sの脇を通らねばならない。
逃げ場が無い。まもりは絶望感に支配される。
(私はここでこの男に弄ばれて、殺されてしまうの?)
身体が恐怖に震えだし、涙が溢れてくる。
(私には何の力も無い。セナを助けたいのに……私には…ッ)
この身体がどうなってもいい、力が欲しい。私には無い力……が……
ふと気付く。
(この人は、力を持っているのかしら……私には無い力を)
「あの、私は姉崎まもりです。あなたは……なんというのですか?」
突然質問してきたまもりに怪訝な顔をしながらもD・Sは答えた。
「あん? 俺様は魔導王ダーク・シュナイダー様よ。
 いずれ全世界を支配し、全ての女が俺のハーレムに入ることになる。そう、お前もだ…ククク」
「強い……んですか?」
D・Sはそれを聞くと一度俯き、低く笑声を漏らすと徐々に声を高め大笑いした。
「ぎゃーーーはっはっはっはっはっはっは! 俺様が強いかだと!?
 ぶぅわかぁめぇー! この宇宙に俺様より強い奴は存在せん!!
 この超絶美形主人公の大噴火的スーパーウルトラダイナミックわんだふりゃむぁジックに
 かかれば、どんな強大な雑魚だろうと一ミリ秒で消し炭にしてやることができる!!
 そう、首輪さえ外れりゃぁあの主催者どもも俺様の魔力で皆殺しにすることが超、可能!」
いきなり高笑いしながら自賛を始めたD・Sにまもりは全身をドン引きさせていた。
「あ、あの……」
「クックック、あのゴブリンどもめぇ~~このダーク・シュナイダー様にこれだけのことしてくれたんだ。
 ただじゃすまさねぇ~~、首を刎ねた後串刺しにして口に餡子詰めてやるぞぉ~~。
 おやッさん秘伝のタレに漬け込んだ後、弱火で炙りながら、
 三人で仲良くだんご三兄弟を合唱させてやるぅ~~クックックックックック」

(な、何が何だか良くわからないけれど、とにかく凄い自信だわ……)

ひとしきり哄笑を上げたあとD・Sは自分の世界から戻り、まもりの目の前でニヤリと笑う。
「それで? 俺様の強さを知ってどうしようってんだ?
 ククク、その打算的な眼。このダーク・シュナイダー様を利用する気マンマンてな顔だぜ」
D・Sの指摘に図星を指され、まもりはグッと言葉に詰まる。
それでもギュッと拳を握り締め、D・Sに対する怖れを振り払って声を絞り出した。
「取引です。私はあなたに弄ばれるくらいならこの場で舌を噛みます。
 でも、私の願いを聞き入れてくれるなら私は……」
言いよどみ、キュッと目を瞑る。しかし決意を胸中で反芻し、言葉を続けた。
(この身体がどうなってもいい、心を失ったっていい、セナを……護るんだから!)
「私は、あなたの物になってもいいです。抵抗も自害もしません。
 私には何の力も無いけれど……いえ、無いからこそ私はあなたの力が欲しい。
 この身を捧げる代わりに、あなたの力を私に下さい」
まもりの決意の瞳をD・Sはニヤニヤしながら見つめる。
「ククク、い~い眼だ。何が目的かはしらねぇが気に入ったぜ。
 まもりっつったか……いいだろう、俺様が力を貸してやる。
 気にいらねぇ奴を殺すんだって、人探しだって協力してやる。ここの脱出だってな。
 つーわけで、まずは手付けを頂こうか?」
D・Sはまもりの顎に手をやるとクイっと持ち上げた。
これから何をされるのか悟ったまもりは、ギュッと眼を瞑りその時を待つ。
(セナのために、セナのために、セナのために、セナのために……)
D・Sの顔が近付き、その唇がまもりの唇に触れる―――その瞬間。

ドシュウッ!

突然、D・Sの身体が蒸気とともに発光した。
「え? な、何!?」
「う゛ーーーぞ!? あれってまだ有効だったの? まーじぇー!!?」
まもりは驚き、光と共に縮まっていくD・Sを呆然と見つめていた。

ちょいーーーん

やがて発光が収まり、その場に佇んでいたのは……ぶかぶかのローブに身を沈めた少年だった。
「え? ……え?」
まもりはまだ事態が把握できない。
黒く短い髪に大きくつぶらな黒い瞳。見た目は10歳前後といったところだろうか。
少年は眠そうに目をこすると、周りをキョロキョロと見渡した。
まるで今気付いたかのようにまもりの姿を認めると、彼は口を開いた。
「ねーヨーコさんはー?」
(ええ~~~~~~~~~~!?)
まもりはまだ事態が把握できなかった。


かつて、ゴーレム・ウォーという大戦争を引き起こし、全世界を恐怖に陥れた魔導王ダーク・シュナイダー
彼は英雄ラーズ王子との戦いにて死亡するが、死の前に古の秘術によって転生を試みたという。
それを察知した大神官ジオはダーク・シュナイダーの転生先を捜し当て、赤子の内にダーク・シュナイダーを封印した。
その赤子の成長した姿こそが今まもりの目の前にいる少年、ルーシェ・レンレン(17)である。
美の女神イーノ・マータの力による封印を解くには処女の接吻が必要であり、
また逆に再び封印をする場合にも処女の接吻が必要となる。
D・Sは何度も封印を解かれる内に封印の効力が弱まり、自力で封印を解くことも出来るようになっていた。
ルーシェになることも少なくなり、彼は封印の呪法が処女の接吻であることなど綺麗サッパリ忘れ去っていたのだった。


しかしそんなことなど何一つ知らないまもりは目の前の事態に困惑していた。
(あのシュナイダーさんは一体何処へ行ってしまったの? この子供は一体何?)
「あ、あのボク? お名前は、なんていうの?」
ルーシェはまもりのほうを不思議そうに見た後、ニッコリと笑って答えた。
「ボクはルーシェ・レンレン。17歳だよ」
(わ、私と同じ歳!?)
これにはさすがに驚愕する。
見た目にはどうしても10歳くらいにしか見えない。
何とか事態を把握しようと今度は別の質問を試みる。
「あの、さっきのダーク・シュナイダーさんは何処へ行ったのか知らない?」
ルーシェは俯いてう~んと唸り、顔を上げるとふるふると首を横に振った。
「そう」
まもりはガックリと項垂れた。
決死の覚悟をして取引をしたのに、これでは何の意味もない。
こうしている間にもセナは危険な目に遭っているかもしれないのに、自分にはどうすることもできないのだ。
殺して、殺して、セナの為に殺し続けなければならないのに……!
哀しくなってまもりの瞳から涙が零れ落ちる。すると何処からかしゃくりあげる声が聞こえてきた。
「ヒッ、ヒック……ヒ、ひえ~~ん」
顔を上げると、目の前でルーシェが顔をくしゃくしゃにして泣いている。
わけがわからず何故泣いているのか尋ねようとした時、ルーシェはまもりに縋り付いてきた。
「ねぇ、何で泣いているの? お腹痛いの? ひっく、ヨーコさんなら治してあげられるんだけど、
 ボクは、ひっ、なんにもできないの、ごめんね。ねぇ、泣かないで……」
どうやらまもりが泣いているのを見て貰い泣きしたらしい。
(私を、心配してくれたの?)
それを悟った時、まもりはたまらなくなりルーシェを抱きしめた。
「ごめんね。何でもないの……ごめんね」
この世界に堕とされて初めて向けられた純粋な心にまもりは泣いた。
涙が溢れて止まらなかった。
(……殺す? こんな何も知らない子供も? そんな、そんなこと許されるはずがない)
子供の時のセナが脳裏に浮かぶ。何の打算もなく純粋にまもりを信じきった瞳。
その姿がルーシェ・レンレンに重なる。
(私は全ての罪を受け入れることを覚悟した。セナの為に全ての罰を受け入れることを覚悟した。
 セナに嫌われてもいい。憎まれてもいい。セナが生きていればそれだけで……でも。
 こんな無垢な子供まで殺すなんて……)
それは正に悪魔の所業。
ルーシェによって人の温もりを思い出し、それがどれほど取り返しのつかない事かとてもよく理解できる。
自分は人を幾人も殺し、既にその手は血塗れ、心は冷え切っていた。
その心をルーシェは再び人の温もりで包んでくれたのだ。それはまもりの心をどれだけ救ったことだろう。

(ありがとう、思い出させてくれて)

まもりはルーシェの頬に手を触れ、優しく撫でた。
ルーシェは「んー」と猫のように気持ちよさげに頬をまもりの手にこすりつける。
それをまもりはとても愛しいと感じた。

(るーしぇくんを殺すことはまさに悪魔の仕業……だったら、だったら私は……)

ポロポロとまもりは涙を零す。
ルーシェの頬に触れていた手を徐々に下げ、その首筋に触れる。
(だったら……)
















――――――――――――――――――私は悪魔でいい



両手をルーシェの首にやり、渾身の力を込めて首を絞める。

「けはっ」

「ごめんね」

まもりは謝りながら強く頚動脈を締め付けていく。
ルーシェは一瞬で締め落とされ、気絶した。

「そしてありがとう。一瞬でも人の温もりを思い出させてくれて。
 本当に嬉しかった……でもごめんね」

更に強く、強く、力を込める。
ルーシェの身体がビクンと痙攣する。
それきり、ルーシェは二度と動かなかった。
まもりはルーシェの身体を横たえ、しばらくうずくまっていた。


……そして、フラリと立ち上がるとD・Sの荷物を自分の荷物へと入れて部屋を出た。
後ろは、振り向かなかった。

(セナの為なら、私はなんにでもなる……)
強い決意を胸に再燃させて……彼女は力強く地面を踏みしめた。





【大阪・市街地 /夕方】
【姉崎まもり@アイシールド21】
 [状態]:殴打による頭痛、腹痛、右腕関節に痛み(大分引いてきている)
     以前よりも強い決意
 [装備]:装飾銃ハーディス@BLACK CAT、アノアロの杖@キン肉マン
 [道具]:高性能時限爆弾
     荷物一式×3、食料四人分(それぞれ食料、水は二日分消費)
 [思考]:1、セナを守るために強くなる(新たな武器を手に入れる)。
     2、セナ以外の全員を殺害し、最後に自害。


【ダーク・シュナイダー@BASTARD!! -暗黒の破壊神- 死亡確認】
【残り79人】

※ダーク・シュナイダーはルーシェ・レンレンの姿で死亡しています。

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0234:似て非なる二人 姉崎まもり 0289:踊る少年少女
0246:そして彼女の行き着いた先 ダーク・シュナイダー 死亡

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最終更新:2024年04月15日 17:38