0258:流れ行く風





(あの流れからいえばここら辺りに流れ着いてもおかしくはないはずだが…)

ウェイバーに跨り、海岸線沿いに走行する太公望
ここは三重県のとある海水浴場。太公望は富樫の死に大きなショックを受けていたが、
心身とも疲れ果てた体にムチを入れ、この海水浴場にきていた。
そこまでしてこの浜辺を目指した理由は…

(船は先程確認した。ならばここにわしの荷物も流れ着いているはず…)

そう、この浜辺に来た理由、それは荷物を探すためだった。
正確に言えば、その中に入っている、トランシーバーを探しに来たのだ。
あのトランシーバーは防水加工使用の優れ物だったが、この急な潮流に流され、長時間水に浸かっているとなれば話は別だ。
長時間水に浸かっていては、所詮機械。漏電を起こして使用不可になってもおかしくはない。
少しでも水に浸かっている時間を少なくするため、急いでここを目指したのだ。

(あれがなくとも計画を少し下方修正するだけで済む。だが、皆にいらぬ心配をかけてしまう)

自分達の身の安否を心配しているだろう竜吉公主たちの姿が脳裏に過ぎる。
ともかくトランシーバーが無ければ話が続かない。
いざ自分のバッグを求めてひたすら海岸線を走る。数多ある流木を避けながら。

「…!」

太公望の瞳に映るのは、今では懐かしくすら思える、自分のデイバッグ。
肩に下げている亡き富樫のデイバックと何一つ変わらないはずなのに、同じ物とは思えない錯覚をするくらいである。
デイバッグに近づくと太公望はウェイバーを減速し、降りると駆け足で半開きのバッグを海から引き上げる。

「食料は流されたようだが…トランシーバーは残っておる。三つとも無事使用出来れば言う事無しなのだが…」

早速トランシーバーを取り出し、水を切る太公望。
出来るだけ優しく水を切り、まだ少しだけ湿っている自分の衣服でトランシーバーを拭くと、
一つずつ電源を入れ、ダイとの交信を試みる。

「…駄目か、電源すら入らん。次を…」

大方予想していたのだが、やはり目の前で望んではいない結果を突きつけられると少々辛い。
沈む気持ちを払拭するかのように二つ目のトランシーバーを手に取り、スイッチを入れる。
今度のトランシーバーは電源が入るものの、肝心の通信機能が故障しており、結局は使えなかった。

「むう…これで最後か…頼む…!」

神様仏様元始天尊様!
正に神頼みの胸中で電源を入れる太公望。消え入りそうな細い指に強い想いとなけなしの力を込め。


…………………………………


「駄目か…」

落胆の想いを顔には出さなかったが明らかに声は沈んでいた。
目標の物は手に入れたが目的は果たせず。正に本末転倒である。
しばしの間太公望は呆けていたがここは浜辺。視界が開けた場所であるため非常に危険だ。
気持ちを切り替えるようにトランシーバーをバッグに戻し、それをウェイバーに積むと、
ウェイバーごとホイホイカプセルに収容し、近場のシャワー室に駆け込んだ。
ここなら容易に見つかることは無い。

「これで定時連絡は無理…ならばダイ達から連絡用の鳥類が送られてくるはず」

太公望は不慮の事態、主に連絡の要であるトランシーバーが使えなくなった場合を想定してダイ達に指示を与えていた。
放送の2時間前まで定時連絡が無かった場合、ターちゃんに頼んで鳥類を太公望に飛ばす手筈になっているのだ。
トランシーバーに比べて情報伝達の速度はどうしても低下してしまうが、連絡を取れないよりはマシである。

「しかし…公主たちにはいらぬ心配をかけてしまうのう…」

太公望が懸念するのは、自分達が不慮の事態に見舞われたことを知ったダイ達が、
助けようとして四国を飛び出そうとするかもしれないということ。
純粋な心を持つターちゃんやダイのことだ。仲間の身に危険が襲い掛かろうとしていることを知れば、
命に代えても助け出そうとするはず。むやみに動けば彼らの命も危ない。時が来るまで四国に留まっていて欲しい。
冷静沈着な竜吉公主なら自分の意図を汲んでダイとターちゃんを諭してくれるはず。
しかしそれでも竜吉公主にも要らぬ心配をかけてしまうことは否めない。

「とにかく、伝書鳩さえ届けば”わしら”の無事は伝えられる…」

太公望と富樫の馬鹿コンビは無事である。太公望はそう伝えるつもりである。
嘘をついてもあと数時間であの放送が流れ、すぐばれることは間違いない。
それでも太公望は嘘までつき、富樫の死が放送されるそのときまで隠そうとしている。

「わしが伝えたいのは絶望ではない、希望なのだ。
 ダイ達には出来るだけ明るい笑顔でいて欲しい……」

富樫の死によってダイ達に伝わるのは絶望と悲しみ。
彼らにそんな顔をさせたくない。いつかは悲しみに染まるであろう彼らの笑顔をそのままにしておきたい。
出来るだけ、少しでも悲しみと絶望から彼らを遠ざけていたい。
それが太公望の嘘の理由。

「彼奴等には笑顔がよく似合う…今、悲しむのはわし一人でいい…なぁ富樫よ…」

馬鹿で図体がでかく、煩く感じるほどの大声で常に場を明るくしていた富樫。
そんな男なら自分の死によって仲間が悲しみ、涙を流すことを喜ぶはずが無い。
今、皆に彼の死を伝え、いや、太公望自身が涙を流すことは彼に対する裏切りに相当するだろう。

「そうだな富樫…泣くのは後でも出来る。今は出来ることを精一杯やるとするか」

太公望はシャワー室のロッカールームに座り込むと思考を切り替え、昼の放送について考察を巡らし始める。

(朝の放送では見知らぬ者と組んだ故に裏切られて死んだという主旨の放送を行い、
 昼の放送では信頼できる同じ世界の仲間が変わった…つまりゲームに乗ったということか。
 どちらも不安を煽り、信じられるのは自分しかいない、助かるには優勝するしかないと言わんばかりだ……)

太公望は更に思考を重ねる。この放送を行う主催者達の真意は?
主催者達がゲームを楽しむためにわざわざ不安を煽る放送をしている可能性もあるが、どうしてもそれだけとは思えない。
このゲームが完全にお遊びなら、もっと直接的に手を下してゲームを円滑に進めているはず。
言葉だけでなく、仲間が殺されるシーンを放送するなり、何人、何十人の人格をコントロールして積極的に殺し合わせたり、
忠実な部下を送り込んでそいつらに人数を減らさせる、等もっと効率的な方法がある。
それなのに彼奴等は今のところ言葉だけで不安を煽っている。まるで参加者の意思で殺し合わせるのが目的のように。

「ハーデスにバーン…彼奴等の目的は地上征服のはず…」
星矢とダイから話を聞いたところ、細かい部分を省くとどちらも地上征服という共通の目的を持っていることが分かった。
フリーザに関しては情報が無いため考察に加えないが、恐らく似たような目的を持っていることだろう。
ここで問題にすべき事柄は、地上征服という目的を持っていながら何故このようなゲームを開いたということ。

ハーデス・バーン・フリーザ、この三人は協力関係になってまだ日が浅い、もしくは希薄な関係だと考えられる。
星矢はバーンとフリーザ、ダイはハーデスとフリーザを見たことも無いことからもそれは明確だ。
ダイの世界では、ダイ達はバーン達魔王軍に対して攻勢を強め、最後の居城、バーンバレスにまで乗り込む勢いなのに、他の二人は姿も見せていない。
特にハーデスに至っては、星矢達と対峙し、ライバルであるアテナという神に劣勢を強いられ、結果敗北したというのに、他の二人は姿も見せていない。
密接、堅固な関係であれば、仲間に危機が迫っていると知ればなんらかの援護策を打ち出すはず。
利害関係で成り立っている同盟であっても、貸しを作ることによってより優位に立てると考え、同じことをするはずだ。
では何故援助をしなかったのか? 答えはつい先日に成立した希薄な同盟関係だからだろう。

日が浅く、希薄な同盟関係……ここまではなんの疑問もない。
ここで問題になってくるのは先程挙げた、本来の目的を差し置いて、このゲームを開いたこと。
同盟を組むのは勿論自分にとって利になるから。ならば何故このゲームを開く前にお互いの世界の目的を果たそうとしない?
これだけ巨大な力を持つものが3人もいれば、地上征服はより容易に行えるはず。

  • 最近成立した同盟で、自分達の目的を差し置いてこのゲームを開催

主催者達の背後関係を推察し、浮かんできた奇妙な事実。
情報を整理すれば整理するほど、奇天烈で納得しがたい結果が浮き彫りになってくる。
だが、どんなに奇妙で理解しがたい問題でも答えは必ず用意されているもの。
太公望は合っているかどうかも定かではない、自分なりのその答えを作り上げていた。

「全く…わしには主催者どもの目的がさっぱり分からん…お手上げじゃ…」
(つまり…参加者の自発的な殺し合いが終わったときに生じる何かが、本来の目的をより充実したものにする、
 といったところか…全くふざけておる…)

これが今持ち合わせている情報で洗い出した精一杯の答え。

太公望は立ち上がるとバッグを背負い、窓から辺りを見回し誰もいないことを確認すると、駆け足でシャワールームを後にする。
主催者達の大まかな目的が推測できた今、これ以上この件について頭を悩ますことは無い。
既に出た答えを再度洗い直しても、これ以上の答えは出ないだろう。
新しい情報を入手したときに改めて考えればいい。太公望は走りながら思考を切り替え、別件を考え出した。

「これからどうするかのう…どこに行けばいいのやら…とりあえず東に向かうとするか…」
(これから向かうは東…だが、ただふらふらと東に向かう訳ではない)

太公望は先程から独り言、無駄な呟きを繰り返しながらその胸中では全く違う、
ひたすら事態をなんとかしようとする思考を繰り返している。
盗聴と監視があると考えられるこの状況で、自分が何かに気付いた、何かを企てていることを感付かれてはならない。
この状況なら誰しも脱出方法を模索する。それは露見しても構わない。
だが、その内情は決して暴露してはならない。色々画策するが答えが見つからず右往左往するしかない無能者。
そう相手に思わせることが出来れば、細かい監視も多少緩み、その隙に手痛いしっぺ返しを与えられる可能性も出てくる。
そのためにも出来るだけ無能だと思わせたいのだ。

「東京に行けば人もいるだろう…」
(わしが如何に考えようともそれは所詮机上の空論。状況証拠で固めた土台の無い考察に過ぎん。
 少しでも足場を固めるためには確固たる証拠が必要。しかし易々と目的のものは手に入らん。
 …泥に沈んだ一握りの金を探すようなもの…ならば、その泥を拭っていけばいい)

太公望は一人山中を駆けながらその首に架けられた狂気の証、爆弾入りの首輪を擦る。

(餅は餅屋…首輪の解除のことはその道のプロに任せるべき。わしがあーだこーだ言うことはない。
 わしが脱出の方法を模索しているのと同じように、首輪をなんとかしようとする者がいるはず。
 ならば…わしがするべきことは…監視方法の特定)

盗聴と監視。優先して解除すべきは後者、と太公望は考えたのだ。
盗聴だけならば以前考えたように色々と利用しているのだが、監視だけはどうにもならない。
筆談も行動も制限され、結局は主催者の手のひらで舞うことになる。
主催者達の裏をかくには、この問題を早急に対処することが何より大事なのだ。
ならば盗聴はどうか?これも監視に劣ることの無い重要な要素。
盗聴は首輪で行われているはず。決して取り外されることの無い首輪に内蔵されているなら、
簡単に盗聴を防ぐことは出来ないし、力づくで排除すれば爆発して死ぬのが目に見えている。
だが現物が目の前にある時点で、監視と違って排除は容易に可能。
首輪の構造が分かり、取り外すことが出来れば、それは盗聴を阻止することにもなるのだ。
勿論周囲に盗聴器みたいなものを仕掛けている可能性もあるが、
一番身近で声を捕らえることの出来るであろう首輪を排除できれば、あとはなんとでもなる。
機械に詳しくなく、フリーである太公望だからこそ監視方法を特定する道を選んだのだ。

(特定というよりも絞込みじゃな…全く監視方法が分からぬ現状じゃ虱潰しで特定するほかない)

1 姿を隠して参加者に一人ずつ付いて監視
2 遥か上空から監視
3 木や岩、建築物に監視装置を取り付けて監視
4 その他

(…といったところか…そして目指すは…)

―――――山梨県の富士山

山の麓は樹海で囲まれ、中ごろから山頂にかけて雪に囲まれている富士山。
ここならば如何に姿が見えなくても樹海で見失わないように接近し、雪によってその足跡が露呈されるはず。
足が無い、浮遊しているタイプでも一面白銀の世界であれば正体は掴める。
姿は見えないだろうが、その存在は消すことはできないはず。
存在しているものに付きまとう影。これが必ずあるはずである。
全てを溶かす真っ白な世界では、薄い黒色の影はさぞ目立つことであろう。

富士山を目指すのは項目の1だけためではない。2のためでもある。
富士山はこの日本で最も高い場所。遥か上空にあるかもしれない監視装置を見つけるにはここしかない。
最も、肉眼で見つかるとは思えないだろうから、あくまで肉眼で確認できるかどうかを確かめるに過ぎないのだが。

「さて…ここの山道なら障害物もないし、見つかりにくい…」

太公望はポケットからカプセルを取り出すと、先程収納したウェイバーを取り出した。
ウェイバーは騒音も少なく、乗り物としては優れているものだったが、所詮は乗り物。足場の悪いところでは乗れないのだ。
搭乗するなら道が舗装されている場所に行けばいいのだが、姿は筒抜け、見つけてくださいと言っているようなものである。
人を見つけた場合、その人間性が分かるまで監視する方針を取っている限り、そのような場所に行くことはできない。
しかし山道なら周囲を見下ろす形になり、姿は隠れ、走行も出来る。一石二鳥である。

「しかし…あの血は本当に本物なのだろうか…」

ウェイバーに染み付き、こびり付いている乾き果てた血。人を跳ね飛ばしたことで負ったボディの傷。
あるべきはずの痕跡が全て消え去っていた。
あのとき、確かに太公望はアクセルを全開にし、藍染を弾き飛ばした。
そのとき生じた衝撃、飛散する手足、舞う赤い血。どれも本物。
藍染の死はもはや確実である。しかし、太公望の疑念は払拭できない。

「このウェイバーは軽い…いくら最大速度まで加速したからといって、五体をバラバラに出来るとは…」

本来目の前にあるはずの血と傷。それが無い事で藍染が生きていると断定するのは早計ではないか?
太公望は自問自答を繰り返す。太公望自身の目で確認し、自身の手で藍染を轢いたのだ。
多少違和感が残るが、現状を冷静に考えれば藍染の死は間違いない。
だが、理屈ではない、太公望の漠然とした疑念は払拭できないでいる。

以前仲間の楊ゼンが経験した幻術、宝貝神の見えざる手ですら視覚を惑わすのが精一杯。
視覚だけに留まらず、五感の全てを奪うことの出来る幻術があるものだろうか。
だが、太公望はその可能性が高いと推測する。
藍染はマヌーサを唱え、逃げ出したことがある。加えてあのアバンの書には呪文とはイメージが大事と書かれていた。
ゲーム開始6時間も経たずにマヌーサを習得できたのは…やつが幻術の類に優れていたから。
そう太公望は考えたのだ。

「もし五感を操られた状態ならあやつの前に立つことは死を意味する…
 ……考えすぎか。杞憂であればいいのだが…」

太公望はウェイバーに跨ると、山道から小さく映る船を見下ろす。

脳裏に過ぎるのは先程まで生きていた馬鹿の姿。ゲーム開始直後から喧嘩を繰り返し、常に行動を共にした仲間。
少しからかうだけで激昂し、容赦なくげんこつを繰り出す男。
そのくせ人一倍人情家で、周囲の目も気にせず一人突っ走るあいつ。


―――――通り過ぎた人々


富樫源次との思い出はろくな物がなかった。痛い思い出ばかり。融通が利かず、怒りっぽい頑固者。
だが…それでも楽しかった。


―――――幸福だったむかし……そこには強く引きつける力がある


「全く…おぬしはげんこつしか能の無い馬鹿だったのう…」


―――――だが…わしは……


「スープーより凶悪なツッコミだったが…悪くは無かったぞ」


風は動き出す。確固たる決意と温かい優しさを全ての人に届けるために。







―――――それでも…前に進もう






【三重県 山道/1日目夕方】

【太公望@封神演義】
[状態]:やや疲労、完全催眠(大阪の交差点に藍染の死体)
[道具]:荷物一式(食料1/8消費)、五光石@封神演義、鼻栓、ウェイバー@ONE PIECE
    トランシーバー×3(故障のため使用不可)
[思考]:1.富士山を目指す。
    2.バギの習得を試みる
    3.新たな伝達手段を見つける

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最終更新:2024年04月18日 23:45