0269:眠れる奴隷達





大小様々に分解された肉の破片が、辺り一面に飛び散っている。
刀を握り締めたままの右腕。静かに横たわる左腕。くの字に折れ曲がった右脚、左脚。
中央にどんと塔のように聳え立つ胴体。自由気ままに転がる様は、一つの悪趣味な華のようだと思えた。
――他人事のように。"自分の身体であるのに"。

「自分は死なないと思っているわけではないようだな。"正解"だ。
 スティッキー・フィンガーズの能力を解除すれば、貴様の身体は、本当の意味で"バラバラ"になる」
「はっ……殺すならさっさと殺せぇ。
 ガラと一緒に待っててやんよ、ブチャラティぃ。地獄は怖ぇえぞーぅ」

ブチャラティが桑原和馬へ与えた"拷問"。体中に刻み込んだ"ジッパーは"時が経つごとに、少年の身体を分断する。
不可思議なことに痛みを感じることはなかった。それどころか切り離された各部の感覚も残っている。
動かそうと思えば手を開いたり閉じたりすることも出来るし、多分、己の能力――霊剣を生み出すことも可能な筈。
けれど、勿論、ブチャラティも其の事は理解しているのか、"腕"は早々に遠くに蹴り飛ばし、万が一の隙も与えてくれなかった。

「……何されたって俺ぁ喋らねーぞ」

脚も腕もバラバラにされた姿を晒してさえ、桑原和馬は頑として口を割るつもりはなかった。
ブチャラティが欲するのは"仲間"の情報。名前、能力、外見、そして支給武器。
出会ったばかりの友情マンには容易く明かした自分の情報すらも、今は何としても漏らさなかった。
或いは、北風と太陽。冷たい風を吹き付ければ吹き付けるほど、旅人は心の扉を閉ざしていく。


長い長い"静寂"が与えられていた。
四肢をバラバラにされたままの状態で、寒空の下に放置される。
"何をされるか"も"何時死ぬか"も伝えられぬままの"沈黙"。この沈黙こそが拷問だ。
"沈黙"は相手に"想像"させる。次には何をされるのか、いつ殺されるのか、どのように殺されるのか。
鎖の様に連なる"想像"が生むのに勝る"恐怖"は存在しない。故に、人は沈黙を極度に避けたがる。
殴られるだけならば、傷つけられるならば、幾らでも耐え切れる自信はあった。
けれども、この静寂は。この沈黙は。何より――桑原を見据えるギャングの"瞳"は。
確かな"覚悟"を秘めた、"哀しい"瞳を、長く睨み続けることは、桑原には出来なかった。
ちッと舌を鳴らし、顔ごと目を逸らした。


どれほどの時間が経っただろうか。
半刻か、其の倍か。徐々に陽は傾き、夜の闇の足音が聞こえてくる。
殺意を露に対峙する二人にしてみれば永遠の間に感じられるほどの、僅かの時間。
先に口を開いたのは、少年の方であった。
"怒り"は未だ、心の内に、燻っている。けれど、聞かねばならぬことを、思い出していた。

「……何故、ガラを殺した。ブチャラティ。
 アンタは意味もなく、人を殺すようなヤツじゃねえ。俺の勘、だがな」

ガラを殺害したブチャラティ。自分を容赦なくバラバラに分解したブチャラティ。
行動だけを見れば、眼前の人物は完全に悪人と見なすべき人物の筈だ。けれど、其れ以上に良く判らない部分が沢山あった。
何故、ガラを殺害したのか。何故、自分を生かしたままにするのか。
ジッパーの能力は何なのか。逸れたままの知り合い――例えば、幽助のことを知っているのか。
『ブチャラティを見つけ次第殺害する』
ガラの死と直面して以来、凝り固まったままだった桑原の思考。
殺人者の言葉など耳に入らなかった。最初から聞く気などなかった。けれど、今は違う。
桑原和真は長い"沈黙"を与えられて初めて、ブチャラティの話を"聞きたいと思ったのだ"。

用心深く桑原の荷物を開き、中身を検分していたブチャラティは、桑原の言葉を聞き、静かに目を閉じる。
自らの首輪に指を掛ければ感じられる冷たい感触が、自らの犯した最初の罪を、まざまざと思い出させた。

「オレが殺したのは、ガラだけではない。
 晴子という、アンタと同じぐらいの、日本人の少女……彼女の命も、オレが奪った。

 ガラは死んだ晴子の傍に佇むオレを見た。避けられる筈の闘いだった。
 ただ、想像以上に、ガラは腕が立ち過ぎた。"倒さなければ闘いを止められない程に"」

「……同じ事を聞くぜ。何故、その、晴子って女の子を殺したんだ、ブチャラティ。
 理由如何によっちゃあ、俺もガラと同じだ。死んでもテメエをゆるさねえ」

問い掛ける桑原の声も、少しずつ落ち着きを取り戻していく。研ぎ澄ました刃は、より切れ味を増すように。
答える前にブチャラティは、触れたままの首輪を、軽く握り締め、喉を上げて指し示した。

「首輪だ。或いは、外せるかもしれないと思った。
 生き物を生きたまま"分断"することさえ可能な、"スティッキー・フィンガーズ"ならば。
 晴子はオレに全てを任せ……死んだ。オレが殺した」

ジーッ。自嘲気味に口元を歪めれば、右腕に走るジッパーを開く。
繋いでいたガラの右腕が根元から外れ、覗くのは――無残にも焼け焦げたブチャラティ自身の傷口。
凄惨な光景に、ごくりと唾を飲み込む桑原の目の前に、ぼんっと、投げられたのは借り物の腕。
「スティッキー・フィンガーズ!」
腕が地に付く瞬間、不意にスタンド――"傍に立つもの"の拳が風を切って、唸る。少年の眼前へと。瞳は、閉じなかった。
千切れ掛けた首元に走っていたジッパーの歯が、ジジジジジと音を立て動き始め――…


――……桑原の首を再び、繋ぎ合わせる。

「……どーいうことだ。ブチャラティ」

失われた腕を庇いながら、既に背を向けたギャングに、少年は怪訝に問い掛けた。
脚も。腕も。静かに、徐々に、繋がれていく。

「"沈黙"をアンタの回答と見なした。少なくとも"アンタには仲間が居る"。
 一匹狼は、仲間を"庇う"必要はないからな。"俺の前に二度と現れるな"――それで十分だ。

 ……転がってるのはガラの腕だ。丁重に葬ってやってくれ。オレにはその資格は、ない」

少年には仲間が居る。少女の死を、仲間の死を悲しむことの出来る少年の、仲間。
自分との道は交わることは無かったが、彼らは彼らの正しい道を歩むだろう。
"覚悟"の先に、意味のある何かを遺すだろう。ならば、其れでいい。ブチャラティは、振り向かなかった。

「そういうことじゃねえ!」

声を荒げ、桑原は叫んだ。

「仲間が居ると分かってなお、何故俺を殺さねえ。
 テメエの能力は知っちまったんだぜ。ネタがばれちまえば、安っぽい手品じゃねえか!
 ……仲間を連れてまた俺達が追ってきたらどうするつもりだ?
 大人しく殺されるつもりか? はんっ、馬鹿云ってんじゃねえ!」

叫びながらも、桑原自身も自分が何を言ってるのか、良く分からずに居た。
自分はブチャラティを殺しに来た筈なのに。相手は憎き憎き、ガラを、少女を殺した殺人鬼であるのに。
唯、瞳が――ブチャラティの、晴子の、ガラの事を語るときの哀しい瞳が、止められない何かを、言葉を、吐き出させた。

「オレは……二人の人間を"殺した"。
 『正しい』思ったからやったんだ……後悔はない。
 晴子も、ガラも。覚悟の末に"死んで行った"。オレは彼らの覚悟を、遺志を引き継がなければならない。
 こんな世界とはいえ、オレはオレの信じられる道を、歩いていたい。
 『主催者は倒す』だが、『奴等の思惑通りになるのも癪に障る』――……名は何だ?」
「……桑原和真、だ」
「カズマ。
 さっきおまえの目の中に、ダイアモンドのように固い決意を持つ『気高さ』を見た。
 仲間の事は死んでもゲロしねえ、っていう硬い覚悟だ。
 保身のためにペラペラ仲間を売るようなゲス野郎なら生かしちゃおけなかった。

 "仲間を連れて来る"ってなら、"最初から"そうすれば良かった筈だ。
 しかし敢えてそうしなかった。仲間を傷つけたくなかったからだ。
 おまえ自身が"追ってくる事"はあっても、"仲間を連れて来る"事はない」

理由を言い放てば背を向けたまま、ギャングは進み出す。高い空の向こう、何処かに潜む主催者を目指して。

砂に汚れた少年の顔はくしゃくしゃに歪み、力一杯に歯を食い縛った。
勝手な野郎だ。仲間?仲間だって?――テメエが殺したんじゃねえか!
何を言われようと許すことは出来ない。自分は、そんなに容易くは出来ていない。芽生えた怒りは、正しいものである筈。
けれど――其の一方で。どうしようもなく、ブチャラティという人物に、惹かれている自分を、桑原は感じ取っていた。

「ブチャラティ……テメエのやっちまったことは、確かに、許されることじゃねえし、俺はゆるさねえ!
 だがなあ……思い出しちまったんだよお、
 ガラの満足そうな、顔を! 我が生涯に一片の悔いなし!ってな死に顔を!」

首根っこを掴みあげてでも唾を飛ばしてやりたいが、今は未だ繋がり掛けの両手両腕。
芋虫のように地面を這いながら、桑原は、ギャングのふくらはぎに噛みついた。

「この場で殺す気がねえってのなら……
 ……今すぐだ、今すぐ俺の手足を元通りにしろ」
「もう一度やりたいっていうのか?抵抗させて貰うぜ」

依然、闘う気が失われていないと言うのならば、其れでも構わなかった。
スタンドの拳が、ゆっくりとファイティング・ポーズをとり始め……桑原が静止の声を上げた。


「違う!

 ……ブチャラティ、やっぱテメエは危険なヤツだ。誰を殺しちまうかわかりゃしねえ。
 だから、俺がテメエを"見張っといて"やるぜ。
 罪も無い人間を殺そうとしやがったら、後ろからぶッ殺してやらあ!
 この桑原和真様がなぁっ!」

意外な言葉だった。ブチャラティにも、桑原自身にも予想外の言葉。
殺人者を泳がせたまま同行する復讐者。復讐者に背を任せる殺人者。
僅かでもギャングの中に悪を感じたら、即座に敵に回り惨殺するとの意思表明。
ブチャラティは受ける必要はなかった。芋虫の桑原を振り払って、先を急ぐだけで良かった。
けれど――……鼻を一つ鳴らし、
「好きにしろ」
感情の読めぬ鉄面皮のまま、頷いた。



「これからどうするんだ、ブチャラティ」

繋ぎ合わされた身体。担ぎ直された斬魄刀。沈む夕日を遠くに感じながら、桑原和真は問い掛けた。
仲間との集合場所――名古屋のことは、今は伏せてある。未だブチャラティのことは完全には信用していないからだ。
6時になれば次の放送もある。目的地に着かずとも自分の無事は、伝わるだろうと考えていた。

「科学者を探す。工学的な知識を多少なりとも持っている人間。首輪の解析を行える人間だ。
 この首輪は、スティッキー・フィンガーズを用いても切断して外すことは不可能。
 しかし、外装にジッパーを取り付けて"中を覗くこと"は出来る――安全に」

再び繋ぎ合せたガラの右腕を押さえながら、ブチャラティは遠くを眺めている。
継ぎ目のない首輪に、継ぎ目を作り、安全に開くことが出来るのは、恐らくは自分の能力だけだ。
ガラも、桑原も、自分も。誰にも負けない強さを持っていようと、首輪がある限り『運命』から逃れることは出来ない。
外すことの出来る人間を、探さなければならない。先ずは、其れからだ。

迫る小波の音を聞きながら、ブチャラティは『長くは生きられないな』と思っていた。
負った傷もある。ゲームに乗ってしまった強力な暗殺者達も居るだろう。中には、自分のようなスタンド使いも居るかもしれない。
けれどそのどれもが『死の予感』とは大きくかけ離れて感じられた。満足のいく死に方は出来ないだろうな、とも思った。


誰もが眠れる奴隷だ。
揺れる小波のように、些細な事で崩れ、消えていくのだ。
けれど。小さな波が連なって、やがては海の流れを形成することをブチャラティは知っている。
自分達がこれから歩む苦難の道には、確かな意味がある。
潰された小波が合わさって更に大きな波を作り出すように。人の遺志は誰かに引き継がれていく。
ガラの強さが。晴子の優しさが。自分の覚悟が。
何処かの誰かに「希望」として伝わっていくような――――


大いなる意味の始まりであることを、ブチャラティは祈った。





【福島県北/夕方】

 [状態]:ガラの右腕をジッパーで固定(スタンドの右腕は、精神が回復すれば戻るかもしれない)
     全身に無数の裂傷(とりあえずジッパーで応急処置。致命傷ではないがかなりの重症)
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式、スーパー・エイジャ@ジョジョの奇妙な冒険
 [思考]1:『主催者』は必ず倒す。そのために『仲間』を集め、『首輪』の解除方法も見つける。
    2:死者の分まで『生きる覚悟』『も』決めた。
    3:『科学者』を探す。

【桑原和真@幽遊白書】
 [状態]:少しの疲労
 [装備]:斬魄刀@BLEACH
 [道具]:荷物一式
 [思考]1:ブチャラティを監視する。
    2:ピッコロを倒す仲間を集める。浦飯と飛影を優先。
    3:ゲームを脱出する。


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265:日伊ゴロツキ対決!!ギャングvsヤンキー ブローノ・ブチャラティ 295:混沌体験//~序章~
265:日伊ゴロツキ対決!!ギャングvsヤンキー 桑原和真 295:混沌体験//~序章~

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最終更新:2024年04月19日 11:32