0286:一方的に届いた思い、一方的に始まる悲劇





闇はいつでも眼に見える。
明るい昼間の繁華街でも、人は知らず知らずそこに在る【影】という闇を視ているのだ。
前途に拡がる希望を掴んだときでさえ、人は知らず知らず【不安】という闇を視ているのだ。
だから"どう"と言うわけではない。
常に闇を観ていたとしても、明るいものは明るい。
暗いものは暗いように。
物事の本質は変わらない。
替わらない。
代わらない。
カワラナイ―――――――



名古屋の街。その一角にしゃがみこむ影、一つ。
周囲は暗く、照らす光は無く。
喘ぐ声は小さい。
「痛い痛い痛い、痛い痛い痛い、痛―――」
―――い、と痛みを訴えるその影は。

まず特筆するべきなのは彼女の半身。
彼女の右半身は、"ドロドロ"だ。
【右半身】と言ったが、奇麗にぴったり体の中点を通って真っ直ぐ分けられているわけではない。
顔は右頬の部分が僅かに溶けているだけだし、露わになった右胸部は四分の一程無事。
酷いのは、右胸部と同じく露わになった右腹部から下。
右腹部は皮が全て剥がれ落ち、ビクビクと血管らしき筋と肉が痙攣しているのが見て取れる。
右腰も同じく皮が剥がれ落ち、血管の一部が飛び出して血を垂らしている。
右足は、皮どころか所々肉も削げ落ちており、骨が見える部分すらある。
だが、影にとっては大した事はあるまい。現にここまで走ってきたのだ。
影の感じている痛みの原因は―――

(あの女の人―――リサリサさん、だったっけ)
東城綾は思考する。激痛も徐々に和らいできた。
彼女は何故自分が吸血鬼だと知っていたのか?
彼女は何故人間を超越し、マシンガンの攻撃すら無効化した自分にこれほどのダメージを与えられたのか?
現在優先すべきなのは後者の疑問、と判断し、東城綾は先の戦闘を思い出す。
太陽のような光の波。あれが原因なのは分かっているが、詳細などいくら考えても無駄だ。
問題は、その光の波が自分を滅ぼせるということ。加えてあの異常なまでの殺意を孕んだ眼と、躊躇の無さ。

「彼女にまた会うのは危険ね」

誰にとも無く言った後、思考を再開する。
(吸血鬼の存在を知り、そしてそれに対する能力を持っている。つまり―――)
電話をするときにペンを回すかのような動作で飛び出した血管を弄りながら、考える。血がグジュグジュと滴り落ちる。
(お話の中でなら皆吸血鬼ぐらい知ってる。ドラキュラとか、いつか読んだ小説にも【我輩】が一人称の・・・あれは主人公も吸血鬼だっけ?)
趣味である読書の事に気を逸らしてしまい、暫く横道に逸れていたが、それも束の間。
(―――つまり、吸血鬼ハンター?そんな仕事聞いたこと無いけど。裏の世界には私みたいな吸血鬼は珍しくないのかもしれない)
マフィアだのヤクザだの、いろんな人がいるんだし、と如何にも読書好きの少女のように空想を膨らませる。血管を弄くりながら。
(仮面のことも知ってたっけ……)
"―――他にも"仮面"を被った人間が、このゲームに参加しているとは思わなかったわ―――"
彼女の言葉を思い出し、あれ?と首を傾げる。
(そういえば、誰かの名前を言ってたような・・・ッ!?)
がさり、と隠れている路地裏の向こう側、道路から音が聞こえた。
ザッ……ザッ……ザッ……ザッ……
    ザッ……ザッ……ザッ……ザッ……
        ザッ……ザッ……ザッ……ザッ……
          ザッ……ザッ……ザッ……ザッ……
            ザッ……ザッ……ザッ……ザッ……
緊張が走る。
リサリサさん?それとももう一人の女の人?或いは―――)
西野つかさ、か?

そして音は徐々に近づき………………

「にゃ~お」

「猫……黒猫……ちっ、ちっ。」
安堵の表情で猫を呼び寄せる綾。
「にゃー」
誘き寄せられて寄って来た猫は、綾の爛れた足に飛びのり、ごろごろ喉を鳴らし始めた。綾は喉を撫でる。
(……西野さん、か)
自分の脳裏に今最も色濃く映っている女性。
(やっぱり、私みたいに弱くなかったわ、西野さんは)
思い出すのは、自分を逃がそうとしたこと、自分を追ってきたこと。
(―――あれ?その後、なんで私は逃げたんだろう。リサリサさんも追ってきてたけど、西野さんを殺して、それから殺されればよかったのに)
まだ生きることに未練があった?―――――違う。
(私は、もう生きたくなんてない。皆で、皆で中学生の頃のように過ごしたい)
では、何故逃げたのか?
(ああ―――簡単だ。西野さんは強いからだ。吸血鬼ハンター(仮称)のリサリサさんにも臆せず、私を庇った)
強い光を浴びれば、脇に追いやられた闇は際立つ。
自分の中の闇と、西野の中の光。
彼女は強い。
自分は弱い。
それを無意識に理解して、彼女を正面から見る事を忌避したのだ。
(人間を超越した、だなんて。私は何を思い上がっていたんだろう?
真中くん一人の死にすら耐えられず、自分も死を選んだ。西野さんはきっと、私より強い)
「西野さんに会おう」
血を吸う前に、少し話をしよう。
何であんなに強いのか、知りたくなった。
自然に手に力が入る。
「ぐにゃっ……」

ブチッ
   ブシュッ
       シャアアアア

「あ・・・ごめんね、大丈夫?」
黒猫は喉を裂かれて血を噴出し、虚ろな眼で綾を見つめている。
「お墓―――はいいか、消えてなくなるから」
猫の体に異変が発生する。
喉に手を添える綾が快感に悶えると同時に、猫の体は干からびていく。そして、塵芥へ。

「URRYY…………ふう、御馳走様」
殆ど潤わなかったが、まあいい。
食物への感謝の気持ちは大事だ。食物連鎖が下の者がいてこそ成り立つのだから。

「西野さんを探そうかな」
まだリサリサがうろついているかもしれないから、慎重に。
吸血鬼は動き始めた。


「どこなの……?綾さん!」
夜の名古屋の街を、ひたすら走っている少女の名は西野つかさ
「綾さん!」
彼女は東城綾が吸血鬼だということにもはや疑問を抱いていなかった。
たとえ彼女が吸血鬼でも、望んでいるのは、きっと安らぎの時間。
彼女は苦しんでいるだろう。自分も苦しい。
せめて、この苦しみを共有したい。
真中淳平を奪われた痛みを。

「―――綾さんっ!!!」
そう叫んで五分程走った時、轟音が耳に響いた。
「あっち!?」
西野つかさは、走る方向を変える。

運命の、別れ道を通ってしまったことにも気付かず。


(真中くん……もうすぐ私達、二人でそっちにいくよ。待っててね……)
東城綾は走りながら尚、思考を続ける。
(そうしたら私とあなた二人で……二人?違う。皆で……皆?)
立ち止まる。
(何……これ……?)
心に綻びがあることに気付く。
思い浮かべるは、真中とつかさとさつきと自分が楽しく話す様子。

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「淳平くんっ!死んでまでエッチなこと考えてるんじゃないでしょうね?」
「な、何言ってんだよ西野……そんな訳……」
「わからないわよ~?なんせ真中は血のお風呂で私の」
「さ、さつき!あれは事故だ!事故!」
「淳平くん?」
「―――すいませんでした」
「…………あの……」
「ところで―――」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「わたしは……暗くて、優柔不断で、気が利かなくて―――そして卑怯」
彼女の心に常に在り、口には決して出さなかった嫉妬。
あのときも。あのときも。あのときも。
(こんな私が、みんなと仲良くできるの?吸血鬼になっても、悲しみを振り切れない私が)

西野さんとは正反対、と小さく呟いて、そして彼女の―――
彼女の、吸血鬼になってようやく得られた自分に対する自信は崩れ去る。

「私は駄目。強くなっても駄目。強くなっても弱いから駄目。駄目で、駄目で、駄目だから駄目だ」
こんな自分を好きになってくれるかもしれない人は―――真中くんだけ。
西野さんには。北大路さんには。

建物の壁を殴りつける。

―――――――ごおおおおん

拳を基点に、半径10メートル程のクレーターが壁に刻まれる。
西野と一緒にいた人達の自分を見る目を思い出す。
信じられないほど汚らわしいモノを視ている様な、あの眼を。そういえば、北大路さんも―――
(………………私は、化物になったのね)
再確認し、そして、『想い』が芽生える。
その想いが傲慢なことはわかっている。
だが、それでも―――!

(わたしは、わたしをきっと好きになってくれる真中くんを、北大路さんにも、西野さんにも渡したくない!)

がさり、と音が聞こえた。
また猫か、と振り返る。
そこには西野つかさがいた。


「綾さん…………?」
目の前には捜し求めた少女。そして半壊した建物。
「西野、さん」
彼女は。
「私…」
「何も言わなくていい!」
駆け寄って、ドロドロに溶けた体のことなど気にせず抱きしめる。
彼女はきっと自分の身に起こったことに混乱しているんだ。自分が勇気付けてあげないと。
「西野さん………」
「辛かったでしょう?苦しかったでしょう?わた」
「西野さん、私が怖くないの?」
言葉を途中で遮られ、一旦離れて、一拍おいて私は言う。
「ええ、もし本当に綾さんが『人間をやめてしまった』としても、綾さんは綾さんだもの」
「私は、私………本当に?」
眼を潤ませ、尋ねてくる彼女に、私はもう一度、彼女を力づけようと、意識して力強く言った。
「あなたは、あなたよ。今までも、これからも」
「私は私………私は弱い………弱いは私………弱いは弱い………今までも、これからも………変わらない………変われない」
小さな声で呟く彼女。私には聞き取れない。
「西野さん………真中くんが」
「………死んだ」
やはり、彼女も私と同じだ。真中淳平の死に苦しんでいる。
そればかりか。
吸血鬼、欠損した片腕、溶けた体。
私よりずっと過酷な思いをしてきたことは容易に想像出来る。

「でも、西野さんは何でまだ生きてるの?」
不意に彼女が私の顔をまじまじと見て言う。
「え………?」
「ううん、もうわかってるの。私は弱いから、西野さんまで私と一緒で、一人で死ねないんだと思ってた」
突如変わった彼女の雰囲気に、私の背中に汗が走る。なにか………彼女は勘違いしている。
「でも、西野さんは強かった。私が化物だって分かっても、ここまで来てくれた」
一歩一歩近づいてくる。
「西野さんは真中くんに似てると思うの。きっと、二人が付き合ったらお似合いだと思う」
目の前で立ち止まり、私の後ろに回る。言葉が上手く出せず、体を動かすことが出来ない。
「でもね」
首に手が回される。ひんやりと冷たい。
「私も真中くんのことが好きなの。渡したくないのっ!」
「………痛ッ!」
首に彼女の爪が食い込み、血が流れる。まずい、彼女は!

「だからね?西野さん。あなたには生き残ってもらわないと困るの」
「―――え?」
私の肩に彼女の顔が乗せられる。強い酸性の匂い。
「私を好きになってくれるのは真中くんだけ。だから、あなたは真中くんのところに行っちゃ駄目なの。同じ土俵じゃ――きっと勝てないから」
私は彼女の眼を視た。視てしまった。彼女が勘違いしていると、本当は私も弱いのだということを伝えようとして。
肩に乗せられている彼女の眼を視た。視てしまった。
そこにあったのは、
「死なないでね?絶対に死なないでね?絶対に最後まで生き残って、元の生活に戻ってね?大丈夫、あなたは強いから、きっと大丈夫」
どうしようもなく、人間をやめてしまっていて、そして、既に終わってしまった眼。生きる意味を失い、死に臨む眼。
「私もあなたのそばにいて最後まで守ってあげたいけど………リサリサさんが許さないだろうから、もう行くね。さよなら、西野さん」
首から手を放され、私は力無く後ろに顔を回す。
彼女はもう見えないほど小さくなっていた。
「………綾さん」
伝えられなかった。分け合えなかった。
彼女は、行き着いてしまっていたのだ。もう私が入る余地など無い、深い深い処へ。
「でもね………綾さん」
彼女に伝えられなかった言葉。
「私も………弱いのよ」
言葉は誰にも届かず。
唯、自身の心に、『死』への恐怖………いや、『彼女』と同じところに行ってしまう恐怖が届き。

(―――呪いをかけられた)

そう思った。

遠くから足音が聞こえてくる。誰だろう?まあ、誰でもいいか。

私は生き残らなくてはいけない。


晴れ晴れとしたいい気分だ。実に晴れ晴れとした、最高にハイな気分だ。
頬に当たる風は心地よく冷たく、自分に快感を与えてくれる。火照る、火照る!体が火照る!
(ふふふ、自分の本音を吐き出すと、こんなにいい気分になれるんだ)
東城綾は、至高の喜びを隠し切れず、顔を綻ばせた。
(西野さん………頑張ってね)
彼女には悪いことをした、と自分でも思う。
だがそれが何だ。自分は化物だ。前までとは違う。弱いなりに、前に向かってやる。たとえそれで他者を傷つけても。
さてこれからどうするか?西の野に向かうか、東に見える城に向かうか。

―――"DIO"の他にも"仮面"を被った人間が、このゲームに参加しているとは思わなかったわ―――

(ああ………思い出した。私と同じ境遇の人、"DIO"。探して利用してもいいかもしれない)

だが、最後には殺す。西野さんを生き残らせるために。そして延いては私の為に。

さあ―――始めよう。私のために、殺戮を。

「待っててね、真中くん………ああ、気持ちいい。こういうときにはなんて言えばいいのかしら」

答えは一つ。私は私を真に解き放つように、こう叫んだ。

「UUUURRRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!」





【愛知県の外れ/街/1日目・夜】
【東城綾@いちご100%】
 [状態]:吸血鬼化、右腕なし、波紋を受けたため半身がドロドロに溶けた、最高にハイな気分
 [装備]:特になし
 [道具]:荷物一式
 [思考]:1.西野以外の全ての参加者の殺害
     2.DIOに興味
     3.真中くんと二人で………

※綾は血を吸うこと以外の吸血鬼の能力をまだ知りません。

【西野つかさ@いちご100%】
 [状態]ショック状態、移動による疲労
 [装備]天候棒(クリマタクト)@ONE PIECE
 [道具]荷物一式、核鉄@武装錬金(ナンバーは不明、流川の支給品)
 [思考]1: 呪い(恐慌。生き残る)。
    2: 足音に対処。どんな行動をとるかは相手次第。


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284:女の戦い 東条綾 315:弱肉強食/DIOが私を呼んでいる
284:女の戦い 西野つかさ 296:白夜特急青森行き

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最終更新:2024年06月06日 23:37