0314:"仲間"ということ ◆7euNFXayzo
半炎半氷の怪人が放った焔は、あらゆる存在を無慈悲に焼き尽くしていく。
草木を。大地を。造られた存在とはいえ、現実の世界においては、悠久に続いていく筈だったその自然を。
火炎地獄。この状況には、そんな言葉が相応しい。
思ったよりも火の手が早い。
世直しマンがそれに気付いたのは、下山を始めてすぐの事だった。
燃焼を加速させるものが、あまりにも多過ぎる。
生い茂る雑草、咲き誇る花の群れ。
状況が状況でなければ愛らしさの一つでも覚えたのだろうが、今はその一つ一つが疎ましい。
足場を悪くする要因であることも、辛い。
ヒーローである自分はまだいい。
ピッコロとの闘いで受けたダメージは当然癒え切っていないが、
小柄な少女一人を背負って歩く分には何の支障もない。
前方を行く麦藁の少年――ルフィも、その足取りは見たところ軽快である。
大柄な
バッファローマンの身体の重みなど、まるで感じていないかの如く。
ルキアに関しても、熱さに顔を顰めてこそいるもののまだまだ大丈夫そうだ。
問題は――
(……ボンチュー、気落ちするな。今は足を動かすことに専念するんだ……)
毒にも薬にもならない、否、今の状況では逆効果にもなりかねないその激励は、胸中で消えていく。
無残にも焼き爛れてしまった猿を背負い、下り坂を行く少年。
その表情は沈みきっていて、デイパックの中へと纏めて仕舞い込んだ読心マシーンに頼るまでもなく、
闘いを見ていることしか出来なかった自分への無力感に打ちひしがれているのがありありと見て取れた。
彼の視線の先にあるのは、ルフィの背中でぐったりとしたまま動かない、勇猛果敢な正義超人。
自分と同じ、強い『正義』の志を持った、どこまでも熱く、頼れる男。
(……彼が傷付いたことで叱責を受けるべきなのは、寧ろ私の方だ。)
奴と闘う前、自分は浅はかな判断から、読心マシーンを持たずにピッコロへと挑んだ。
ピッコロが取り出した、正体不明の小瓶の中に入っていた木の実。あの木の実を口にする前に、奴の心が読めていたなら。
奴は確実に倒せていたし、バッファローマンが傷付くこともなかった。
非情な殺し合いの舞台において、最初に出会ったかけがえのない、仲間。
失うわけには、いかない。
――だから、頼む。もう少しで麓へと辿り着く。そこから先に行けば、安全な場所もきっと見つかるだろう。
死ぬな、バッファローマン。早く目を覚まして、
ボンチューを安心させてやれ――
「――未だ生を謳歌しているという、幸運に恵まれた者たちよ――」
思いは、無残にも打ち砕かれた。
呼ばれる筈のない名前が挙げられたことに足を止めてしまってから、とうとう頭までイカれちまったか、そう思った。
最初に疑ったのは聴覚の方だったが、主催者達のこの"声"を感じ取っている箇所は耳ではないということにすぐ気付いたので。
脱落した者。
脱落。
もう、いないということ。
死んだと、いうこと。
――バッファローマン。
死んだ?
「――バカな」
鎧のヒーローが、見事なまでに自分の心境を代弁してくれた。
ああ、そうだよ。バカなこと言ってんじゃねえよ。
だって、いるじゃねえかよ、目の前に。
背負われて、寝てんじゃねえか。なあ、おい。
「おい――」
呼びかけた背中からは、声一つ無く。
それどころか、何故か――遠ざかっていく。
ルフィが、歩いていた。
「おい――待てよ」
ルフィは、答えない。
顔を向ける訳でもなく、足を止める訳でもなく、ただ、先へ先へと進んでいく。
そうしてまた、距離が離れる。
麦藁帽子の後姿は、その場にいる誰もを置き去りにしたまま下っていく。
「聞いてんのかよ、おい――待てよ!」
「待たねェ」
荒げた声に対して、その返答はやけに淡々として聞こえた。
それに続く、言葉も。
「角のおっさん、息、してねェ。死んじまった」
「ふざけんな」
「……ボンチュー、止めろ」
世直しマンがこちらへと振り返って静止の言葉を投げかけてくるが、聞こえなかった。
聞こえないフリをしていた、という方が正しかったかもしれない。
「死ぬ訳ねえ、だろ」
「死んだ」
「死んでねえよ!」
「死んだ」
「ふざけんなって言ってんだろうが!」
「ふざけてこんなこと言えるワケねェだろ!!」
それまで静かな口調でいたルフィが、突然そうやって怒鳴った。
相変わらず背中は向けたままだったが、顔を見るまでもなく彼が激情に駆られていることは分かった。
そして、その怒りの奥に、深い悲しみを湛えていることも。
当たり前だ。
バッファローマンは、死んだ。
受け止めろ。
オレがやっていることは、単なる八つ当たりだ。
「……何だよ、それはよ……!」
気付いていたのに、ボンチューは叫ぶことを止めなかった。
止められなかった。
「お前、さっきオレ達に言ったばっかじゃねえか! 諦めんなって! 絶対に助けるって!
だから――だからそうやって背負ってんだろ! お前の言ったこともやったことも、全部――全部ウソだったのかよッ!」
オレは一体、何を言っているんだろうか。
弱いくせに。何も、守れないくせに。
"絶対に助ける"なんて、言えもしなかったくせに。
またオレは、あの時と同じことを繰り返したんだ。
――あの時?
気が付けば、火の手がかなり近くまで回ってきていた。
燃える。
焼け死ぬ。
――誰が?
重なり合う風景。燃え上がる炎は、自分の大切なものを悉く奪っていく。全ては焼け爛れて、この手を離れていく。
オレは弱くて。何も守れなくて。誰も助けることなんて出来ない――誰も救えないんだ――
……メグ――!
その音は燃え盛る山中においてやたらと浮いて響いたが、だからこそ誰もの耳に強烈に届いた。
聞いた者が気持ちよさを覚えるほど、はっきりとした――
頬を、張る音。
「――おま、え」
「……この……大たわけがぁっ!!」
自分よりもずっと、年上であろう少女。
自分よりもずっと、小さな身体をした少女。
――から飛んでくる罵声。
それを認識した途端、ひりひりとした痛みが左顔面を覆い尽くしていく。見るまでもなく、その箇所は赤く腫れ上がっているだろう。
要するに、自分は一体何をやられてどうなったのか。
――単純明快。
ビンタされた。
「今度という今度はつくづく愛想が尽きた! 助平の上に性根まで腐り切っておったとはな、付き合いきれぬわ!」
「――んなッ、まだオメーはオレをスケベ呼ばわッ――あ」
「貴様のような莫迦者など、文字通り煮るなり焼くなり好きにされてしまえっ! 世直しマン殿、ルフィ殿、往くぞ!」
自ら『死神』を名乗った少女は、ある意味その呼び名に似合った通りの死の宣告を一方的に言い捨てると、
呆気に取られた様子の二人を差し置いてずんずん山道を下りていった。
……無茶苦茶に早い。
あっという間に、小柄な背中が更に小さくなっていく。
数秒間が空いた後、麦藁帽子と鎧のヒーローがお互いに顔を見合わせて、おずおずといった様子でその背中を追いかけ始める。
取り残されたのは、息絶えし猿を背負って呆然としている身長178cmの七歳児。
迫り来る熱波が彼を覚醒させた。
振り返ると、ほとんど目と鼻の先の距離まで炎が近づいてきている。
「うおおおおおおおすげえ熱ッ!?」
『飛び上がった』という表現がよく似合う姿だった。そう、彼は予想外の熱量に押されて、飛び上がった。
自分でも何処に残っていたのかサッパリな早足で、ボンチューは遠くなる仲間達の背中を追いかけて下り道を駆けた。
(……さすがに、アレだけ言われて引っぱたかれて、立ち直らないワケにもいかねえだろ。男として。)
それは、傲慢不遜な少女に対するささやかな反抗心でもあり、また同時に、申し訳ない気持ちを隠すための建前でもあった。
あの大粒の涙を湛えた瞳は、暫く忘れられそうにない。
「これから完全に陽が落ちて夜になるが、そんな時にあの山火事は悪目立ちし過ぎる。皆、疲れているだろうがもう少し移動しよう」
という世直しマンの判断の下、一行は下山後更に関東方面を目指し歩を進め、福島県入りを果たした。
その頃にはすっかり世界を照らす天体は入れ替わっていて、鈍く輝く満月の下、彼らは民家にてようやくの休息を迎えることが出来た。
着いた直後に、バッファローマンと
エテ吉を埋めてやろうと言い出したのは、ルフィ。
反対する者など、誰もいなかった。
ただし、グループの中で一番傷が深かったイヴだけは、世直しマンの判断により、一台だけあったベッドに今は寝かされている。
5人の選んだ家は、他と比べて然程外見が派手ということもなく、とりわけ平凡な雰囲気の漂う、
けれど清潔感の保たれた――造られた世界なのだから、当然の話だけれども――ところで、庭の土も比較的平らにされていた。
武器にあたると主催者側から判断されたか、スコップの類は見つからなかったので、結局全員がかりで素手によって掘り起こした。
ルキアには男三人で充分だと言ったのだが、頑として聞かなかった。
そして今、二人――もとい、一人と一匹の物言わぬ身体は、穴の中に仰向けに寝かされている。
世直しマンは、二度と覚めない眠りに就きながらも、満足気な笑みを浮かべているバッファローマンの顔を眺めた。
――共にリングへと上がる夢は、叶わなかったな。
だが、この世界において、お前と共に悪へと立ち向かうことが出来たことを、私は誇りに思う。
後のことは、心配するな。
お前が我々に見せてくれた正義超人の魂は、確かに受け継いだぞ――
続いて、その横に眠る、無残な姿と成り果てたチンパンジーの亡骸を見つめる。
もう少し早く辿り着くことが出来ていれば、お前も救うことが出来たのだろうか――すまない。
お前の無念も、我々は背負うと、誓おう――
「お別れだ――我々の闘いを、どうか、見守っていてほしい」
土を被せていく間は、誰もが無言だった。
俯くルフィの目元は、麦藁帽子の鍔に隠れて確かめることが出来ず。
ルキアは、唇をきつく引き結んでいて。
ボンチューも、無表情を保ったまま黙々と手を動かして。
死者との別れは、そうして、終わった。
かすかに感じた人の気配に、イヴは重たい身体を起こした。
ドアへと向けて鋭い視線を飛ばしたが、気配の正体がすっかり見慣れた麦藁帽子であることに気付いて、すぐさま安堵の笑みを浮かべる。
「ルフィさん……」
「わりィ。起こしちまった」
「ううん、起きていたから……見に来て、くれたの?」
「ああ。ケガ、もういいのか」
「一人で歩くくらいなら、多分、もう大丈夫――いつまでも、お荷物のままじゃいられないもの」
最後の一言は決意表明も兼ねていたが、実際その程度にはもう回復出来ていた。
整った環境で身体を休めることが出来たため、若干ではあるもののナノマシンの回復速度が増したということらしい。
世間一般的に見ればまだまだ大怪我の部類に入るのだろうが、そうも言っていられないのが現状であろう。
ルフィにしろ、世直しマンにしろ、自分を背負っている間はほとんど無防備の状態になってしまう。負担もかかる。
自分が足手まといになっては、ならないのだ。
――私のせいで、これ以上、誰かに死んでほしくない。
「……私も、みんなの役に立たないと……強く、ならないと、いけないから……」
「強くなりてェのは、誰だって同じだ」
「――え?」
半ば独り言に近かった自分の声に対し、当たり前のようにルフィがそう答えたので、イヴは彼の顔へと視線を向けた。
声を荒げる訳でもなく、ただ静かに、ルフィが続ける。
「おれはウソをつけねェ。ウソにする気なんかなかった。角のおっさんを助けられるって思ったから、おれは絶対に助けるって言ったんだ。
でも、角のおっさんは死んじまった。あのウォンチューってやつが言ってたみたいに、おれが言ったことはウソになっちまった。
ウソになっちまったのは、おれが弱かったからだ」
「それは――違うわ。あのヒーローの人が、死んだのは――」
ウォンチューではなくボンチューだ、という指摘はともかくとして。
――『誰』の、せいだ?
その思考に至ってしまったことを、イヴは自分で恐ろしいと思った。これでは、単なる責任の擦り付け合いだ。
お前のせいだ。お前が悪い。お前が罪を償え――そんな愚かな念が、この場において一体何になるというのだろう。
ましてやルフィは、焼き殺されたあのチンパンジーの分も、精一杯にあの氷と炎の化物と闘い、そして撃退してみせた。
そんなルフィが弱いというなら、自分は、一体何だというのか。
――そう。本当に、弱いのは。
「本当に、弱いのは――あの人が、死んだのは、私のせいよ」
苦しみを交えて吐き出したその言葉に、やはりルフィは顔色を微塵も変えないままで、答えた。
「そう。お前のせい」
暫定的に割り振られた自分の部屋で、ボンチューは畳の上に横になった。
その途端、急激な睡魔に襲われる。
疲労困憊した身体が、すっかり根を上げていた。
瞼が、重い。ともすれば、あっさりと意識を手放してしまいそうだ。
――寝る前に、やる事があるだろ、オレは。
緩慢な動作で、部屋の脇へと放り投げたデイパックへと手を伸ばす。
取り出したペットボトルの蓋を開け、寝転がったままでそれを口に付けた。
渇ききった喉が、その一口で潤っていく――そのイメージは、見事なまでに打ち砕かれた。
……ヌルい。
直にという訳ではなかったにせよ、火に炙られていたようなものなのだから、当然と言えば当然の話なのだけれど。
支給されてから、時間も経っていることだし。
――そう、時間が経った。
このゲームが始まってまだ初日だというのに、ボンチューには今日という日があまりにも長く感じられた。
僅かな時間に、様々なことが起こり過ぎていた。
頭の潰れた青年の死体。緑色の怪物。自分を助けてくれた二人のヒーロー。自らを死神と呼んだ黒髪の少女。
険しい山道。炎と氷の化物。麦藁帽子の少年。金髪の少女。
貫かれる、超人の身体。
『あきらめんな』という、その一言。
燃え広がる、全て。
麦藁の少年が、怒っていた。
黒髪の少女が、怒っていた。
――泣いていた。
「……」
蓋をし直したペットボトルを無造作にデイパックへと突っ込んで、ボンチューは立ち上がった。
部屋を踏み出すその一歩は、思ったよりもずっとずっと、重い。
託された思いの分の、重みだろうか。
弱い自分と袂を分かつために必要な、覚悟の重みだろうか。
ただ一つ、分かっていることと言えば。
それら全部を背負うことが出来なければ、今度こそ自分は何も護れないだろうという事だけだった。
――私の、せい。
胸中で繰り返した言葉が、酷く、重く、心に圧し掛かる。
自ら認めた事実に、何の迷いもなく肯定された。にも拘らず、ショックを受けている自分がいる。
何処かで、『まさか』と高を括っていたのかもしれない。
『お前のせいじゃない』なんて言葉を聞いて、安心したかったのかもしれない。
けれど、これで、はっきりとした。
潤み始める瞳を、許さない。
――涙を流す権利なんて、私にはない。
私のせいで、あの人は死んだのだから。
私が、弱いから――
「それから、ウォンチューってやつのせい」
そう、ウォンチュー――
……え?
盛大に名前を間違えたままのルフィに対して突っ込もうという気持ちよりも先に、戸惑いが全身を支配していて、言葉にならない。
一体、何を言っているのだろうか。
「ルギアってやつもいたっけか」
また微妙なところで間違っていたが、そんな事はもはやどうでもよかった。
――ルフィの、様子が、おかしい。
自分以外の二人の名前が挙げられたことで、イヴは客観的な思考を取り戻すことが出来た。
何かが、間違っている。こんなことを、言う筈がない。
この少年は――『ついでなんだ。気にすんな!』――そんな一言で自分を救ってくれた、この麦藁の少年は――
「あと、鎧のおっさん――」
「――やめてッ!」
平坦な調子で続いていた言葉の刃を、イヴは叫んで断ち切った。
もう、限界だった。
耐えられ、なかった。
"仲間"への非難を止めようとしない、ルフィの残酷さと。
――"仲間"だと思っていたルフィの、その変貌に。
「……それ以上は、許さないわ」
「おれが、あいつらのせいだって言ったからか」
「……そう」
「あいつらのこと、弱いって思ってるからか」
「……あの人達は、強いわ」
「角のおっさんは死んだぞ」
「それは――」
――『クク、ククク……ハァァーーーーハッッハァァァァァ!!!』――
「……あの、緑色の男が――」
「角のおっさんは、あいつより弱かった。だから殺されちまったんだ」
「――違、う……」
「違わねェよ。ていうか、ルギアってやつにおっさんが自分で言ってたろ。俺よりあいつが強かったって」
「……違う……!」
毅然とした態度で言い負かすつもりだったのに、気が付けばこっちが駄々を捏ねているような格好になってしまっている。
自分でも、何故こうもムキになっているのかよく分からなくなっていた。
そもそも、ルフィの方こそ何故こうも変わってしまったのか。
深い傷を負い、放っておけばそのまま死んでしまっていただろう自分を、あの屈託のない笑みで背負ってくれた少年が。
弱い自分を見捨てないでくれた、強い少年が――
――『ウソになっちまったのは、おれが弱かったからだ』――
……あれ?
……『おれ』が?
――『強くなりてェのは、誰だって同じだ』――
そうだった。
この口論も、全てはその一言から始まったのではなかったか。
いかにも一般家庭という雰囲気を漂わせている灰色のソファに、ルキアは腰掛けた。柔らかな綿に、軽く身体が沈み込む。
何の気もなしにリビングへと出てきたのはいいが、結局、成すべき事がないという事実に変わりはなかった。
他の者達と同じように、部屋で疲れを癒すという選択肢もあったのだろうが、その拍子に、眠りに就いてしまうことが怖かった。
この殺し合いの中で、命を散らしてまでルキアを守り通してくれた、二人の男。
彼らが、黄泉で、待っている。
――私を、待っている。
――そして、次に闇を垣間見る時には、あやつもその中にいるのだろう。
あやつの手に、私はきっと、抗うことが出来ない。
それが、夢幻だと分かりきっていても。
私がその手を掴むことで、本物のあやつがどんな思いをするのか、分かり切っていても。
らしくない考えだと思った。
自分の意思の力とは、こんなにも脆いものだっただろうか。
どれだけ現実が辛く苦しいものであっても、決して逃避などせず、立ち向かえる心を自分は持っていたような気がする。
その強さは、仮初のものだったのだろうか。
次々と失われていく命の束と共に、見せ掛けだけの自分の強さも、この現実に奪われていってしまったのだろうか。
――ならば、今の私には何が残されている?
分からない。
私には、何があった?
教えてくれ。
答えなど、私にはまるで見つけ出すことが出来ぬ。
闇の中からでも、構わない。私も、傍へと往くから。だから。
答えて、くれ。
一護――
気が付けば、視界はあの時と同じ闇に覆われていて。
「……ア」
歩を進めればきっと、彼らはその先にいるのだろう。
「……ルキア、おい」
そうして、あの時と同じように、黒へと飲み込まれようとする私を繋ぎ止めるのは。
「……ルキア、ルキアッ! 聞こえてねえのかよ、返事しろッ、ルキアッ!!」
――あの時と同じ力強さを持った、現実の"仲間"が伸ばした手だった。
「……あ……」
滲んだ視界のその先に、男の顔があった。
歪んで見える表情は何故か、泣き出しそうな印象をルキアへと与えたが、手の甲で拭った水のカーテンの向こう側にいる男の顔は、
思い出せる姿と何ら変わらない、無愛想な感じの無表情を浮かべたままだった。
「――助平」
「……やっとの第一声がそれかよ」
心配して損したぜ、そう言って吐息を漏らすボンチューの振る舞いには、何処となく余裕というか、堂々とした調子が感じられる。
何があったというのだろう。
何となく驚きで二の句が告げないルキアを前に、ボンチューはルキアの肩を掴んでいた両手を離して、それから一言、
「悪かったな」
それだけ言った。
「――は?」
思わず、そう聞き返してしまった。
まさかこの男から、侘びの言葉などというものを聞くことになるとは――というか、そもそも、何に対しての?
「いや――だからよ、その……何ていうか」
向こうも予想外の反応だったのか、困った様子で頭を掻いている。
前から気付いていたことだが、どうもこの少年は『言葉で何かを説明する』ということが実に苦手な質らしい。
ただ、以前は自分からその事を面倒臭がって会話を断ち切ってしまっていたが――今度はどうも様子が違う。
不器用ながらも、ルキアと向き合うその両目には、一生懸命に思いを伝えようとする光が確かに込められていた。
「オレ――散々、滅茶苦茶なことばっか言って。勝手に逆ギレして、当たり散らして。お前のこと、怒らせたろ。
ルフィにも言うけど、先に、お前に謝っときたかった。
――泣いてたから、お前」
――こいつ。
思い返すのは、心の底まで直接響く、皺枯れた老人の愉快そうな声。
葬列に加わりし者達の名の中で、読み上げられたその名前。
戯言を弄する――その一言で切って捨てることが出来れば、どんなに楽だっただろうか。
同時に呼ばれた、正義超人を名乗る角の生えた大男。彼が生きてさえいれば、本気でルキアは一護の死を信じなかったかもしれない。
しかし――
『角のおっさん、息、してねェ。死んじまった』
誰にも気付かれることはなかったが、本当はその一言が頬を濡らすきっかけだったのだ。
彼の死が真実であろうと、一護の死だけは偽りに違いない。
そう思えるほどルキアは弱くもなかったし、強くもなかった。
そうして、様々な思いが頭の中で混ざり合い、訳が分からなくなっていた時に、怒鳴り声が届いてきて。
聞いてみれば、目の前のたわけがたわけた事をほざいていて。
だから頬を張った。
それが、あの山で起こったことの顛末。
――とどのつまり、ボンチューがルキアの怒りの琴線に触れてしまったのは確かなのだが、
涙の直接の原因は彼という訳ではないので、その事に関しては謝られてもルキアには返す言葉が無いのであって。
――しかし、まあ。
「もう一度言う――悪かった」
不器用ながらも――その声は、とても、とても真剣に響いて。
だから、野暮な指摘を告げるのは、止めておくことにした。
――なあ、一護。私は"仲間"に出会えたぞ。
貴様と同じ、酷く不器用でいながら、酷く一生懸命な大莫迦者だ。
莫迦だから立ち直るのも早いが、その分落ち込むのも早いときている。
そんな危なっかしい奴を、放っておく訳にもいくまい――?
顔を上げたボンチューに向け、ルキアはふっと唇の端を軽く吊り上げ、不敵な笑みを浮かべてみせた。
それが、不器用な謝罪の言葉に対する答えだった。
「イヴ」
飄々としたその口調は、今までと何ら変わりない。
何ら変わらないその声を、まるで聞き入れようとしなかった、さっきまでの自分。
何故だろう。今は――耳を傾けることが出来ている。
「角のおっさんが死んだのは、自分が弱いからだって言ったよな」
「……うん」
「弱いお前が、おっさんの死んじまったワケを、ずっと背負って生きてくのか」
「……」
「重てェだろ、そんなの」
「……!」
確信を突かれたというのは、こういう時のことを言うのだろうと思った。
――『そう。お前のせい』――
本当に、ついさっきの出来事。
思慮も覚悟も足りなかった自分は、その一言だけで潰されそうになってしまって。
何から何まで、ルフィの言うとおりだった。
命の重みなんてものは、勢いだけで生まれたような、半端な気持ちで背負いきれるものではなかったのだ。
――それを彼は、最初から、分かっていたんだ。
だから、ボンチューを。
ルキアを。
世直しマンを。
そして――
――『ウソになっちまったのは、おれが弱かったからだ』――
一人では、背負いきれない重荷であっても。
その重荷を分け合える、"仲間"がいるなら。
決して、押し潰されることなどないのだ――
「イヴ」
飄々としたその口調は、今までと何ら変わりない。
だというのに、たった一言名前を呼んだだけのその声が、自分を優しく諭そうとしているかのように響くのは何故だろうか。
それが気の持ち様による変化だというのなら、自分はどれだけ愚かなのだろう。
彼は、何一つ変わっていなかったということだ。
『海賊王』になるという、偉大な夢を持った麦藁の少年の、"仲間"に対する目一杯の思いやりと、優しさは。
「言ったろ? 強くなりてェのは誰だって同じなんだ。
おれだってそうだし、鎧のおっさんも、ウォンチューも、ルギアだってきっとそう思ってる。
――だから、イヴも強くなりゃいい! 鎧のおっさんもウォンチューもルギアも、おれだってもっと強くなる!
それで、角のおっさんを殺したあいつらも、他のわりィやつらも、 『みんな』で倒すんだ!
それが! "仲間"ってことだろ!!」
そう言って、満面の笑みを浮かべるルフィ。
あっけらかんとした調子で、語られた信念。
当たり前のことを、当たり前のように言える強さが。
とても――眩しい。
――ああ、まただ。
彼の笑顔とその言葉は、ちっとも悲しくなんかないのに、私の心を強く揺さぶるのだ。
悲しくないときに流れるそれの正体を、私は知っている。
もう、堪える理由なんて何処にもなかった。
「……うん……!」
『強くなろう』と、何の足枷もなくそう言える。
自分のために。仲間の、ために。
私はもっと、強くなろう――
頬を撫でるように伝わる雫が、今は冷たく心地良い。
だから、水滴の通う跡を拭いもせずに、イヴはルフィへと微笑みを返した。
ぎゅるるるるる
「うおぉぉぉ腹減ったぁーっ! イヴ、わりィけどなんか食いモン持ってねェか?」
「……ルフィさん……」
その直後、タイミング悪くルフィに対しても侘びを入れに来たボンチューの食料が、
ものの数分で跡形もなくなってしまったことは言うまでもない。
「わりィ。全部食っちまった」
「アホかテメーはぁッ!!」
「喧しいぞたわけめ。果物の一つや二つ如きで卑しいとは思わんのか」
「一つや二つじゃなくて丸ごと全部食われたんだよッ!!」
「……痩せの大食い……」
「――状況が分からん」
騒がしさのあまり部屋の様子を見に来た世直しマンは、室内を見回してそれだけ呟いた。
悪夢の一日目が終わるまで、残された時間は後僅か。
与えられた平和な一時を、彼らは有意義に――一人を除いて、過ごすことが出来たという。
【福島県北部・民家/夜】
【世直しマン@とっても!ラッキーマン】
[状態]中程度のダメージ、中度の疲労
[装備]世直しマンの鎧@とっても!ラッキーマン、読心マシーン@とっても!ラッキーマン
[道具]荷物一式
[思考]:1、関東方面へと移動。
2、ラッキーマンを探す。
3、ゲームから脱出し主催者を倒す。
【朽木ルキア@BLEACH】
[状態]:右腕に軽度の火傷
[装備]:コルトパイソン357マグナム 残弾21発@CITY HUNTER
[道具]:荷物一式、バッファローマンの荷物一式、遊戯王カード(青眼の白龍・次の0時まで使用不可)@遊戯王
[思考]:1、関東方面へと移動。
2、ゲームから脱出。
【ボンチュー@世紀末リーダー伝たけし!】
[状態]ダメージ中、中度の疲労
[装備]なし
[道具]荷物一式(食料ゼロ)、蟹座の黄金聖衣(元の形態)@聖闘士星矢
[思考]:1、ルキアを守る。
2、関東方面へと移動。
3、もっと強くなる。
4、これ以上、誰にも負けない。
5、ゲームから脱出。
【モンキー・D・ルフィ@ONE PIECE】
[状態]わき腹・他数箇所に軽いダメージ、両腕を始め全身数箇所に火傷
[装備]無し
[道具]荷物一式(食料ゼロ)
[思考]1、"仲間"とともに生き残る。
2、関東方面へと移動。
3、自分と悟空と猿とイヴの仲間・食料を探す。
4、悟空を一発ぶん殴る。
【イヴ@BLACK CAT】
[状態]胸に刺し傷(応急処置済み。血は止まっている)、中度の疲労(走るとなると若干苦しい)
[装備]いちご柄のパンツ@いちご100%
[道具]無し
[思考]1、"仲間"とともに生き残る。
2、もっと強くなる。
3、関東方面へと移動。
4、トレイン・スヴェン・月との合流。
5、ゲームの破壊。
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最終更新:2024年05月31日 01:52