0325:清里高原大炎上戦② プラネタリウムに花束を。
望ちゃん。
何かを成すには誰かの犠牲がつきものなんだよ。
それが大きな事であればある程犠牲の数も比例する。
でも僕らは決して自分を棄てた訳じゃない。
自分で決めた事だから、同情も憐れみもいらない。
ただ、悲しんでくれればいい。
――― 普賢、またわしは繰り返してしまうのか。
火の海。風圧と舞い散る火の粉に、
太公望は瞼を閉じかける。
大地に突き刺した如意棒がぐんと伸び、先端にしがみついた太公望を運んだ。
届け。願いを込めて、太公望は決して屈強とはいえぬその腕を、精一杯に伸ばした。
デスマスクも触手の狭間から辛うじて手を出し、縋り付こうとした。
「―――!」
太公望は天を呪った。二人の指先はあと一寸の差で繋がった筈だった。
だがその時、その刹那、デスマスクは
趙公明の食虫花に呑み込まれていた。
太公望は尚も伸び続ける如意棒を掴んだまま、
趙公明の『元型』をも飛び越え、勢い余って炎の中に突っ込んでいた。
転げながら火を打ち消し、何とか炎から逃れた太公望の視界に入った光景は、
デスマスクを完全に呑み込んだ趙公明と、その身に起こる異変だった。
「やめろ、やめるのだ。趙公明」
太公望が叫んだのと同時、大地が揺れ、大音響が響き渡った。
躰が宙に浮いた。地面を突き破り突如現れた何かが、太公望に激突したのだ。
弾き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられ、その衝撃に胃液が逆流した。
太公望を直撃したのは、趙公明の『元型』の、凄まじい速度で成長する樹根であった。
振動と轟音は止まるを知らず、太公望は躰を伏せて事態を見届ける事しか出来なかった。
趙公明の周囲にたちまち新たなる森が形成されてゆく。
やがて振動が収まった時、そこには第二の密林が完成していた。
趙公明は目論見どおりデスマスクを養分として吸収し、失った体力を回復させたのだ。
「―――――趙・・・公明」
炎の中、再び種子を撒き散らし始める趙公明の巨大花。
太公望は悲鳴を上げる四肢を叱咤し、如意棒を支えにして立ち上がった。
―――☆
『燃え上がる戦場。
なんて素晴らしい舞台(ステージ)なのだろうか』
見渡す限り朱色、灼熱地獄と化した草原。美しさに趙公明は溜息を吐いた。
眼下には太公望が如意棒を振り回し、無数の『下僕』達と、たった独りで戦い続けていた。
一体何が、彼をここまで駆り立てるのか。趙公明は悪戯心を覚え、問いかけてみた。
『何故、人間なんかに拘るんだい?逃げる事も出来たはずだろう、キミ一人なら』
それでも太公望は如意棒を振るい、無言で立ち向かって来る。
大方、予想が付いているのだろう。
避難している人間達。もし太公望が逃げる素振りを見せれば、自分が彼らに何をするのかを。
性格も、手の内も知り尽くした間柄だった。
細かい企みは隠せても、心の底に抱いている想いは隠せない。
それは太公望の唯一の、しかし致命的な弱点といっても良かった。
『可哀想に、キミはいつも、抱え切れ無い程の重荷を背負い込んでいるのだね』
聞こえたのかどうか、返事代わりに飛んで来た真空刃が、趙公明の巨大花を掠めた。
そう云えば、前にもこんな事を聞いたか。少し仰け反った姿勢のまま、ぼんやりと思い出す。
当時、返ってきた答えは趙公明の中に釈然としないものを残した。
今、改めて聞いたのは、ささやかな好奇心である。趙公明はやれやれと肩を竦めた。つもりだった。
『ところでキミは、気付いているかい?世界を裏で操る何か。
僕らを砂の城でも作るかのように操作し、生かし、殺す。その“存在”に』
太公望が僅かに反応を見せた。
その瞬間、お返しとばかりに飛ばした木の葉の手裏剣が、太公望の額を掠めた。
呻き声を上げ、太公望が傷口を押さえる。
直後に如意棒が一閃し、趙公明の操る植物がひとつ両断され地に落ちた。
『大いなる意思の前には、あらゆる力も、祈りも、努力も、無力に過ぎない。
所詮僕達は、運命の道標に抗う事等出来ないのさ』
太公望が、上着をばさりと脱ぎ捨てた。どうやらこちらの話に乗る気は無い様だ。
趙公明はほぼ壊滅状態になった第一陣の植物群を一旦引かせ、第二陣を繰り出した。
退却した第一陣の生き残りは、『核』の前に集結させておく。
既に親衛隊とも呼べる別の植物群が『核』を取り囲んでいたが、
それで安心する気が趙公明には無かった。
態度にこそ出さぬが、デスマスクを喰らったとはいえ、趙公明の消耗は深刻だった。
元型の規模は当初の半ば以下に縮小し、増殖力も著しく低下していた。
更に火の手が『下僕』達に移り始めていた。そろそろ転移を始めなければ、手遅れになり兼ねない。
しかし一方で、太公望の疲労は自分の比では無い筈だった。
四方から繰り出される植物達の波状攻撃は、太公望の生命力を着実に削り取っている。
確実に勝利は近付いている、と趙公明は戦況を分析した。
『さあ行けっ、麗しき兵士達よ』
号令と共に、再び戦端が開かれる。
夜空に揺らめく炎と煙雲。空を切る音。鈍い衝突音。弾ける気合。熱い呼吸。飛び散る鮮血。
眼下に繰り広げられる戦いのオーケストラを鑑賞しながら、趙公明は物思いに耽っていた。
或る日、気が付いた途方も無い“存在”。
所詮自分も駒に過ぎないのなら、自分の生とは何なのだろう、死は何なのだろう。
一体、僕は何処から来て、何処へ行くのだろう。結論は出なかった。
それならば、と趙公明は演説を続けた。
『僕は悟ったのだよ。どうせ、踊らされる運命なら、楽しまなければ損じゃないか。
誰かの荷物を背負って、息苦しく生きるのが幸福と呼べるのだろうか』
太公望が吼えた。絡みついた触手がぶちぶちと引き千切られる。
そのまま残りの力を振り絞るかの様に、如意棒を食虫植物のひとつに突き立てた。
血塗れの顔、にやりと笑って言った。
「やはり、何万年経ってもおぬしとは意見が合わぬのだろうな」
死を、恐れている目ではなかった。
むしろ、あの二人の人間が助かるのなら、自分はどうなっても構わないと、そう考えているのか。
下らない。全くもって理解できない。だがこれこそが太公望なのだ。と趙公明は思った。
『そうかもね。それでもキミは足掻くのだろうね。
誰かの意思で戦い、誰かの荷物を背負わされ、誰かの意思で死ぬのだとしても』
趙公明が言った直後、太公望が倒れた。
足元へ伸ばした植物の蔦が、太公望の片足を浚ったのだ。
追い討ちを掛けるように、幾本もの樹根が、続々と太公望に絡み付いていった。
成す術もなく、根の中に呑み込まれてゆく太公望。もう充分だろう。
そのまま窒息死するのが先か、炎に巻かれるのが先か。
趙公明は勝利を確信し、太公望に別れを告げた。
『アディオース、好敵手よ。トレビアーンな戦いをありがとう』
遂に自分の躰にも火が移り始めた。
太公望の最期を拝めないのが無念であるが、ここまでが限界だった。
ここで一発、勝利の祝砲でも打ち上げたいが、そうも言っていられない。
趙公明は『核』を安全な場所へ『転移』させる為に精神を集中させた。
太公望は呻き声を上げた。
幾本もの樹根に締め上げられながら、意識を手放すまいと精神を奮い立たせた。
しかし絶望的な戦いだった。凄まじい強さで圧迫され四肢が軋む。
既に身動きはおろか呼吸をする事も困難になっていた。
視界が霞んでゆきおる。
わしは、ここまでなのか。
思えば、趙公明の言にも一理あるやもしれぬ。
結果的に、皆を脱出させる事も、主催者を倒す事も出来なかった。
挙句の果てに趙公明にやられ。
そもそも自分には荷が重過ぎたのか。
―――――(まだ諦めるのは早いぜ、太公望)太公望さん!!
名を呼ぶ声。一瞬、デスマスクの声が重なったのは気のせいだったのか。
大きな、温かい手が太公望を捕まえていた。そのまま一気に身体が引き上げられる。
抱きとめられて、まず目に入ったのは、忘れもしない針ネズミのような髪型。
その男、仙道が、真っ黒になった顔でにっこりと笑った。
「おぬしは、何故」
呆然と呟く太公望。二人を包む様に、火の粉が舞い上がる。
背後で趙公明の『華』が音を立てて炎上していた。
しかし、燃えているのは、いわば蝉の抜け殻と言っていい。
既に『核』そのものは、何処かへ転移してしまったのだろう。
それにしても仙道。
遊戯王カードの最後の一枚『闇の護風壁』を使ってここまで来たのか。
身を弁えて避難しておれば良いものを、何故わざわざ死地に赴いて来た。
太公望は拳を握り締めた。殴ってやろうか、とも思った。
「何故」
伝えなければならぬ事もあった。
だが、それ以上言葉が出ず、太公望は俯いた。
―――☆
「急ぐのだ仙道とやら。熱くて叶わん」
「太公望さん。まだ、慌てるような火の感じじゃないっす」
仙道はぼろぼろの太公望を背中に背負い、炎上する森の中を駆けていた。
駆け抜けた直後、燃え盛る大木が音を立てて傾き、背後に倒れた。
その衝撃で巻き起こる熱風が、躰を打ち付ける。
趙公明の森を脱出すると、炎が草原を覆い尽くしていた。
しかし、良く見るとまだ、風下に火が弱い場所がある。
そこを通り、大きく迂回すれば、香の待つ風上の丘へ辿り着けるかもしれない。
その方向を指差して、仙道は言った。
「あそこを抜ければ」
「うむ、だが趙公明がまだ潜んでいるやも知れぬ。用心するのだ」
走りながら仙道は、ちらりとデスマスクの事を考えた。聞く事は、許されない雰囲気だった。
いつか、話してくれる時が来る。今は生き残る事だけを考えよう。そう思うしかなかった。
火を避けながら無我夢中で走る仙道。疲れていた。だが、まだ走れる。生きている。
「止まれ、止まるのだ、仙道」
その太公望の声が聞こえる前に、仙道は足を止めていた。
正面に、立ちはだかる者がいたのだ。
『何となく、だったのだがね。
驚いたよ。本当に、キミは僕を楽しませてくれる』
炎を背にして、趙公明の巨大花が揺らめいていた。
まさかと云うべきか、やはりと云うべきか。何処までも一筋縄ではいかぬ相手だった。
勘の良いヤツ、と太公望はひとりごち、仙道の背中から降りて趙公明と向かい合った。
「もう止めにせぬか、趙公明」
『この期に及んで、野暮な事は言わないで欲しいね。太公望くん』
愚問だった。ここまで来て見逃すようならば、はなから待ち伏せ等する訳が無い。
太公望は、仙道の前に立ち、如意棒を構えて嘆息を吐いた。
「最早、何も言うまい」
如意棒を低く構え間合いを詰める太公望。
触手を揺らめかせ、今にも攻勢に出ようとする趙公明の巨大花。
懐に忍ばせた『五光石』が
切り札だった。
転移直後の、植物の守りが手薄な今なら、命中させられる。
同じ世界から連れ去られ、そして再会したふたり。
正に腐れ縁だった。だがそれもここで終わる。
勝負は一瞬。
紅が、津波の様に広がりゆくこの清里高原で、二人の時間が止まった。
―――☆
香は草叢の中で一部始終を見ていた。
その攻防は相打ちだった。
趙公明の『核』に、石の様な物が命中したのと同時に、
地面を破り突き上がった樹根の槍が、太公望を串刺しにしていた。
枯れ木が傾く様に、まず趙公明が地に伏した。太公望も胸板を貫かれ、ゆっくりと倒れた。
仙道が太公望に駆け寄り、必死に声を掛けていた。
その光景を、香は見ている事しか出来ない。
絶望が、香を包み込んでいた。
燃え盛る炎は、もう完全に四者を包囲していた。
脱出は不可能。全てが手遅れとなっていた。
悔やんでも悔やみ切れなかった。
制止を振り切り、走り出した仙道を探しているうちに、ここまで来てしまったのだ。
仙道の姿を見失い、炎の中を彷徨っている最中に、この場で趙公明の下僕に捕えられた。
木の根が、鎖の様に全身に捲きついていた。
全身を拘束されて、もがく事も、声を出す事も出来なかった。
趙公明が倒れた今でも、その呪縛は解き放たれる事はなかった。
『まだ、だよ。まだ僕は、戦える』
不意に、声が聞こえた。
趙公明の巨体が、ゆっくりと起き上がってゆく。
見る影も無くヒビ割れた巨大花。その中心で趙公明の相貌が歪んだ。
激痛に遠のく意識を奮い立たせ、食虫花の触手を太公望に向けて伸ばした。
デスマスクを捕食した様に、太公望を喰らい、生命力を回復させてやる。
『さあ、仙道くん、だったかな、大人しく、そこを、退き、たまえ』
声が切れ切れになる。痛みは激甚という言葉でしか表せなかった。
制限の解除された『五光石』が、もろに『核』に命中したのだ。
趙公明は明滅する意識の中、転移が出来る程の精神力が残っていない事を自覚した。
生命力が尽きるのが先か、炎に焼かれ燃え尽きるのが先か。
しかし、趙公明にはまだ起死回生の道が残されていた。
太公望を喰らえば、また新たな場所に転移が出来る程に回復するかもしれない。
『悲しむ必要は無いよ太公望くん。
僕の中で、デスマスクくんも待ってくれているから』
仙道が何か叫んだが、趙公明には良く聞き取る事が出来なかった。
視覚も聴覚も乱れ、致命傷に近い傷を負わされながらも、ただ執念が趙公明を支えていた。
眼下には、太公望を懸命に助け起こそうとする仙道の姿が、微かに見える。
無駄な事を、と趙公明は嗤った。既に完全に炎に取り囲まれ、脱出など不可能である。
戦う力を持たない、生身の人間に何が出来る。
「オレはバスケットマンですから」
荒んでも、沈んでもいない声が、趙公明へとはっきりと届いた。
霞んだ視界の焦点が徐々に合わさってゆく。
静かな、それでも毅然とした意思の光を発する仙道の瞳に、趙公明は微かなたじろぎを覚えた。
―――☆
「さ、いこーか」
太公望の躰を地面にそっと横たえて、仙道はぽつりと言った。
太公望の手から、如意棒が零れ落ちる。それを拾い、握り締めて仙道は歩き出した。
不思議と心は落ち着いていた。仙道は趙公明の巨大花を見上げて、声を張り上げた。
「一緒に連れてこられたオレの知り合いは、みんな死にました」
何故、戦わなければならないのだろう。
何故、死ななければならないのだろう。
自分達が一体何をしたというのだろう。
人は死ぬ。そんな当たり前の事すら、知らない世界にいた。
だが、それを嘆く事に、意味もなかった。
「香さんもオレと同じです。
大切な人を失って、苦しんで、それでも一生懸命、前を向いて生きようとしています」
デスマスクも太公望も、躰を張って自分達を守ろうとした。
三井は、襲撃者から香を庇って殺された。香は、大切な人達を失った悲しみと戦い続けている。
趙公明はおし黙っていた。仙道は更に声を張り上げた。
「みんな、何かを守るために精一杯、戦ったっす。だから、こんなオレでも、って」
手当をしても、助からないかもしれない。
炎の中で焼け死ぬ事に、変わりは無いのかもしれない。
それでも、命を懸けて自分を守ってくれた人達の為に、少しでも報いる事が出来るなら。
「ここからは絶対に抜かせない。お前の根っ子を掴んでもな」
言い放ち、仙道は如意棒を構えた。
剣道を真似たつもりだが、我ながらぎこちない構えである。笑うなら笑え、と思った。
やがて、口を閉ざしていた趙公明が、ゆっくりと話し出した。
『誰が何と言おうと、キミは、正真正銘の戦士だ。
この僕の、最後の相手に相応しい』
―――☆
自分はなんて無力なのだろう。香はただ涙を流していた。
明らかに慣れない手つきで如意棒を振り回し、仙道が絶望的な戦いを繰り広げている。
趙公明の攻撃が仙道の躰を捉え始める。しかし、倒れても倒れても仙道は立ち向かっていった。
『殺し合うのが戦だ、弱い者が死ぬのが戦だ、大切な人が死ぬのが戦だ』
心底、楽しそうに趙公明が叫んでいる。
ぎりり、と香の首元を締め付ける樹根の力が更に強まった。
どうやら、最後まで見届ける事も叶わない様だ。絶望感と共に香の意識は闇に堕ちた。
――――まだ手は残されている。後は、お前次第だがな。
一面の闇。前触れも無く聞こえた覚えのある声に、香は驚いて目を覚ます。
声は聞こえども、姿は見えず。だがその声は、間違いなくデスマスクのものだった。
―――デスマスク。何処にいるの?
香の叫びが闇の中に木霊する。やがて何者かの姿が、徐々に浮かび上がった。
切れ長の瞳、人を食ったような表情、靡く銀髪。紛れも無い、デスマスクの姿。
どうして、と呟いた香に向かい、デスマスクはこれまでの経緯を簡潔に話し始めた。
――――オレは、死を司る蟹星座の黄金聖戦士・・・
そう前置きをして、デスマスクは淡々と話し出す。溢れる気持ちを抑え、香は黙って聞いていた。
聞こえてきた会話から推察は出来ていたが、やはりデスマスクは趙公明に取り込まれてしまったらしい。
しかしそのお陰で、趙公明の内部から現実の世界に干渉が出来るのだ、とデスマスクは言った。
――――それももう長くはないがな。じきにオレの意識も消えちまうだろう。
だがその前に、お前に受け取って欲しかった。“これ”を、
デスマスクが両手で差し出す“それ”を、香は無言で受け取ろうとした。
直後、香は小さく声を上げた。“それ”のあまりの重さに膝を突いてしまう。
――――『アイアンボールボーガン』だ。感謝しろよ、鉄球は詰めてある。
ぶっきら棒に言い放つデスマスク。
ボーガンのあまりの重みに跪く香を、無言で見下ろしていた。
視線が交錯した。彼の表情の中に微かな自嘲が見え隠れし、深い理由も分からず、香の胸は痛くなった。
やがて、香の心境を感じ取ったのか、デスマスクが諭すように言った。
――――まあ、どうせ早かれ遅かれだ。気楽にやりな。
そう、命中するかも分からない。
そして、もし趙公明を倒したとしても、この炎の中から脱出する術も無いのだ。
無駄な事を、させられようとしているのかもしれない。
それでも、香はボーガンを抱え、しっかりと立ち上がった。
「ありがと、デスマスク」
片目を瞑り、香が微笑むと、デスマスクもにやりと笑った。
―――ごめんね。最後まで世話をかけて。今度はあたしが、仙道君を守るよ。
消えていくデスマスクの背中に香はもう一度、ありがとうと叫んだ。
聞こえたのか、デスマスクが後姿のまま、片手を軽く上げたのが分かった。
直後、暗闇に光が指した。眩しさに眼が眩む。
熱い。眩しさの正体は、迫り来る業火だった。
気が付くと、初めからそうであったかの様に、香は炎の草原に立ち尽くしていた。
夢だったのか。しかし、全身を締め付けていた樹根は解け、力なく足元に散らばっている。
そして、腕の中に抱かれた、ずっしりとした重量感が、全てを物語っていた。
鉄球が装填された『アイアンボールボーガン』。
間違いなくそれが、香の両腕の中にしっかりと抱えられていた。
仙道と趙公明の戦いはどうなったのだろう。
急いで香は眼を移す。見つけた。
それは壮絶な姿だった。
倒れた太公望と趙公明の狭間に、血塗れの仙道が仁王立ちしていた。
肩で激しく息をしながら、尚も前に出ようとする仙道。
その足がふらついた。もう立っているのもやっとなのだ。
何かを叫びながら、趙公明が触手を伸ばす。
一刻の猶予も無い。
腰を落とし、香はボーガンを構え、趙公明に照準を合わせた。
香が人を殺す事を、誰よりも拒んでいた“あの人”はもういない。
でも、言い訳ならあの世で出来る。迷いは無かった。
「―――!」
ボーガンの引き金を引いた。発射の衝撃に躰が弾き飛ばされる。
背中から、ふわりと地に倒れた。
誰かが支えてくれたと思ったが、柔らかい草叢の中に倒れただけだった。
仰向けに倒れたまま、飛んで行く鉄球の軌跡を眼で追った。
放たれた鉄球は、趙公明の巨大花の中心に、吸い込まれる様に向かっていった。
―――☆
趙公明であったモノが地に倒れる振動を、仙道は全身で感じた。
同時に吹き付ける熱風、狂い舞う火の粉。思わず仙道は片手で顔を覆った。
傍らには、胸板を貫かれた太公望が、岩に凭れ掛かっている。
夜空に立ち上る業火は、容赦なくその包囲の輪を狭め、着実に仙道達の元へ迫っていた。
「香さん」
来ていたのか。煙の中から出てくる香を見て仙道は声を上げた。
状況は良く解らないが、趙公明を倒したのは彼女なのだろう。
待っていろ、と言ったにも関わらず来てしまった香。しかし責める事は出来なかった。
自分と同じ気持ちで、ここまで来たのだろう。
香は強風に靡く黒髪をたくし上げ、舌を出してはにかむ様に言った。
「ごめんね、仙道君。あたし、戻ってきちゃった」
しゃがみ込む香。倒れた太公望をそっと膝枕に乗せた。
そして取り出した布で、すすや血で汚れた顔を拭き始める。
少し綺麗になった顔で眠る様に横たわる太公望。結局、それが関の山だった。
そしてまもなく自分達も、生きたまま火葬されるのだろう。
せめて、一緒に死んでくれる人が居て、だがそれは果たして救いと呼べるのだろうか。
分からない。ただ香の表情は、何処か晴れ晴れとしていた。
「香さん、すいません。太公望さんも、デスマスクさんも守れませんでした」
頭を下げる仙道に、香が婉然と微笑んだ。
ずきりと胸が痛んだ。言わなくても良い事を言ってしまったようだ。
自分の無力さ、惨めさ。お互いに、嫌という程噛み締めてきた。
きっと想いは同じなのだろう。だから、もう言葉は要らない。
仙道も、香の傍にしゃがみ込んだ。
まるで他人事の様に、目前に迫り来る炎を眺める。綺麗だな、と思った。
「くぁ」
「もう、こんな時に」
欠伸が出てきた。それを見て香が、くすりと笑う。
だって、考えてもみろよ。丸一日、寝てないんだぜ。
それでも練習をサボったと、田岡監督は怒るのだろうな。
「帰ったら、釣りに行きたかったなあ」
のんびりと言って、大の字に横たわる。
目を閉じると、太陽に煌く湘南の海が、鮮明に瞼の裏に浮かんできた。
それにしても、疲れたな。全身が傷だらけだ。もうきっと、立つ事は出来ないのだろうな。
「ニジマスは、釣れるのか」
「ニジマスは川魚ですよ、太公望さん。オレは海派ですから・・・って、ええっ!!?」
仙道は仰天して起き上がった。
見ると、薄目を開けた太公望が、力なく苦笑していた。
「仙道君。あれは」
太公望の目が、指が、何かを指し示していた。
その方角に“あるもの”を見て、まず香が声を上げ、そして走り出した。
仙道は太公望に視線を戻した。目が合う。
その顔に浮かぶ何ともいえない苦笑いに釣られ、仙道もにっこりと笑って一言。
「湘南の海では、美味しいカマスが釣れます。
そうなったらもう、アツい夏の始まりですよ」
―――☆
香と仙道が運び、大岩に固定され立て掛けられたウェイバー。
そこから噴出する竜巻以上の豪風により、炎の中に道が切り開かれた。
業火を貫く風のトンネルの中を、支え合う様に走り行く仙道と香。
その後ろ姿が遠ざかるのを、太公望はぼんやりと眺めていた。
足元が、燃え始めていた。既に呼吸をする事も困難になっている。
誰かが、エンジンを掛け続ける為に、残らねばならなかったのだ。そして、彼等は分かってくれた。
『五光石』に根こそぎ力を奪われ、趙公明に致命傷を与えられたこの身に、出来る事はその位だった。
四国にいる協力者、藍染という男の謎、そして富士山へ向かう目的。
初めに出会った時に、伝えなければならぬ事は伝えてある。
――――最早、わしがおらんくても大丈夫だろう。
煙のせいか、視力が無くなってきているのか。
二人の姿はもう見えなくなっていた。次第に意識も遠のき始める。
何となく足元に視線を落とすと、一輪の花が、炎に呑まれようとしていた。
それは趙公明の名残。小さな小さな山百合の花。
花弁は熱風に吹き散らされ、葉も茎も焦げて、弱々しくしな垂れていたが、
それでもこの業火の中で、美しい姿ではないか、と太公望は思った。
ほれ、ホイミ♪
心の中で試しに念じてみると、淡色の光が山百合を包み込んだ。
若干ではあるが、生気を取り戻したようにも見える。
ささやかな奇跡。喜びが孤独なものだと、分かったような気がした。
太公望は幻を見た。
青い空。芳しい香りが鼻腔を擽る。薄い霧に包まれた花畑に、太公望は立っていた。
色とりどりの百合の花が、地平線の彼方まで咲き乱れている。苦しさも、何処かに消えていた。
やがて徐々に霧が晴れてきて、目の前に立つ人影が在る事に、太公望は気が付いた。
『太公望くん。僕はキミに改めて問う』
霧の中から現れたのは、人型に戻った趙公明だった。
この期に及んでか、とげんなりする太公望に、趙公明は両手を広げ、微笑みながら語りかけてきた。
流石に敵意は無いようである。
『何故、キミはそこまでして、人間に拘るんだい?
この閉ざされた世界から、抜け出せたところで、どうなる。
人間達は、いや僕達ですら、所詮は大いなる意思に操られるマリオネットに過ぎないのに』
しかし趙公明は答えを待たず、気障な仕草でフッと微笑み、でもね、と言葉を被せた。
『尤も、今なら分かる気がするよ。あの仙道くんと、もう一人のマドモワゼル(香か?)。
僕はあの二人を、所詮は力も持たない人間と決め付けていた。でも、彼等が勝負を決めた』
デスマスクくんも素晴らしい強さだったけどね。
と、趙公明は付け加え、まだ話を続ける。太公望は眼を逸らし、唇を尖らせた。
『太公望くん。キミは、彼らの気持ちが、何者かに操られた結果ではなく、
あの者達の内から出て来たものであって欲しいと・・・』
太公望はゆっくりと目を閉じた。
思い出が走馬灯の様に甦る。
富樫との出会いを、共に過ごした時間を、そして別れを。
ダイの真っ直ぐな瞳。
四国に集まった者達の願い。
デスマスクの捻くれた優しさと、
仙道と香の勇気を―――
『―――そう思うのだね』
何処からともなく現れた天使達に囲まれ、満足そうに微笑みながら、趙公明が昇天してゆく。
最後までゴージャスに、光の中に消えてゆく趙公明。
太公望は拳を突き上げて、「ちゃうわいボケー」と叫んだ。ざまあみろ。
そして、花畑に太公望は、独り取り残された。
深呼吸をひとつ。そして改めて考える。
この悲劇に救いは、終わりはあるのだろうか。
現状では、正直難しいかもしれぬ。
だが、楽観的過ぎるだろうか。
このアホらしいゲームを、それでも仙道なら、
ではのうて!残された者達がきっと・・・
きっと何とかして終わらせてくれるのではないかと。
ううむ、だが、やはり無理かのう。
まず首輪をどうのこうのして主催者をなんたらかんたら・・・
「ま、いっか」
呟いて、肩の力を抜いた。
太公望の躰も、ゆっくりと天に昇り始める。
良い友に巡り会えた。残された者達に、希望を託す事も出来た。
「さらばだ、みんな」
上を向くと、純白の世界が待っていた。
柔らかな光の中へ、太公望は溶け込んでゆく。
「後は、任せたぞ」
光の彼方、太公望は微かな懐かしさを覚えた。
自分が笑ったのが、わかった。
―――☆
主催陣の集う城塞。最上階のテラスにて。
柱に掛けられた時計の針は着実に時を刻み、程無くして二廻り目の終焉を迎えようとしている。
大魔王バーンは玉座に鎮座して、眼下に広がる夜景を肴に葡萄酒を嗜んでいた。
何処からともなく流れているこの楽音は、クラシックと呼ばれる芸術音楽であるという。
この荘厳にして優雅な音の輪舞を、バーンは事のほか気に入っていた。
ふとバーンは顔を上げた。旋律の調和を、乱す者がいる。
「報告致します。長野県と山梨県の境界にて、大規模な火災が発生致しました。
ただ現在は降雨により、火災は収束の方向に向かっている模様です。
尚、現地にて行われた戦闘により、デスマスク、趙公明、太公望、以上三名の死亡が確認されております」
片手を挙げて労いの言葉を掛けると、恭しく敬礼をして兵士は下がった。
これにより脱落者は全体の半数に上った。戦いに果てた者がいれば、裏切りに散った者もいる。
しかし、結果という名の現実は、善も悪も、光も闇も忖度しない。
人の想いなど押し潰し、絶望も希望も呑み込みながら、運命の車輪は廻り続ける。
「もののふは死んでゆく」
呟いて、バーンは視線を彼方に運んだ。
晴天の夜空と、何処までも流れる星屑の河が、視界を駆け抜けてゆく。
かつて、星に名を付けた者に敬意を表そう。
風情に理解を示す魔族など、魔界広しといえども一握に足らぬ。
常闇の世界で戦に明け暮れ、明日をも知れぬ日々を送る我等が眷族に、
趣や芸術など、幾ばくの糧にもならぬからだ。
オーケストラがフィナーレを迎える。
訪れる静寂。時計の針が時を刻む音だけが、ただ鳴り響いていた。
まもなく放送である。
杯を置いて玉座を立ち、最後にもう一度、天に一瞥をくれた。
この空の下に、数々の生が、死が流れていった。そしてこれからも流れ続けるのだろう。
星屑の如く、閃光の如く、人は生まれ消えてゆく。
それでも星の名は受け継がれるのだろう。
名付け人の名が、例え忘却の彼方に葬り去られても、悠久に。
星に馳せた想いが、いつか色褪せる日が来ても、時を超えて、燦然と。
それでも余は、忘れる事はあるまい。
限りある時間の中で、運命の道標に立ち向かい、
閃光の如く輝いた者達の、物語を。
いざ任地へ。と足を踏み出したその刹那だった。
バーンは夜空に広がる満天の星空に、一筋の流れ星を見たような気がした。
―――☆
【長野県と山梨県の県境、清里高原/一日目真夜中】
【仙道彰@SLAM DUNK】
[状態]:疲労大、負傷多数(致命傷ではない)、軽度の火傷、太公望からさまざまな情報を得ている
[装備]:如意棒@DRAGON BALL
[道具]:支給品一式
遊戯王カード@遊戯王
「光の護封剣」「真紅眼の黒竜」「ホーリーエルフの祝福」
「闇の護風壁」…二日目の真夜中まで使用不可能
「六芒星の呪縛」…二日目の午前まで使用不可能
五光石@封神演義、トランシーバー×3(故障のため使用不可)※脱出前に太公望から貰った。
[思考]:前向き
【槇村香@CITY HUNTER】
[状態]:右足捻挫(少し走れる程には回復)、太公望からさまざまな情報を得ている
[道具]:ウソップパウンド@ONE PIECE、荷物一式(食料三人分 ※太公望から貰った)
アイアンボールボーガン(大)@ジョジョの奇妙な冒険(弾切れ)
[思考]:前向き
備考1:デスマスクと趙公明の支給品一式、太公望の鼻栓、ウェイバー@ONE PIECE
神楽の仕込み傘(弾切れ)@銀魂、アイアンボールボーガンの鉄球×2@ジョジョの奇妙な冒険 は炎に呑まれた。
備考2:真夜中現在、降雨により、炎は鎮火の方向に向かっています。
【デスマスク@聖闘士星矢 死亡確認】
【趙公明@封神演義 死亡確認】
【太公望@封神演義 死亡確認】
【残り59人】
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最終更新:2024年06月16日 21:30