0398:駅にて  ◆pKH1mSw/N6





朝の陽射しが昼の陽光へと移り行く時間帯。
本来なら、目を眩ませるほどの熱線を乱射する太陽が拝める時だ。
地表の熱の殆どを生み出す太陽を、奉る筈の大空。
今はしかし、その全身を、ドロドロと濁りきったヘドロのような雨雲に侵食され尽くしていた。
黒に限りなく近い灰色に蹂躙され続けている空は、大粒の涙を流す。
涙。涙。涙雨。
ザアザアと、流された涙が地表に降り注ぎ、落ちて、砕ける。

ザアザアザア、ザアザアザア

雨音は周囲の音を掻き消し、吸収し、静寂を創り出す。
一定のリズムを刻む雨音だけが聞こえる、有音の静寂を。

ザアザアザア、ザアザアザア

降り続く雨。止まない音。繰り返す静寂。

ザアザアザア、ザアザアザア


と、そこで

…………カッシャカッシャ、カッシャカッシャ…………

静寂が破られた。
車輪が、鉄の車輪が、汽車の車輪が動く、駆動音。
落ちて砕け、唯の水滴となった雨を車輪とレールで磨り潰し
ザアザアという雨音を汽笛で打ち砕き
静寂を繰り返す雨のカーテンを鉄の身体でブチ抜き

汽車は奔る。
東へ、東へと驀進する。

堕ちた水滴が、窓にベタリと張り付く。
汽車の中に進入しようとした水滴は、しかし耐え切れず脱落する。
後に残るのは、斜めに引かれた透明の線分。
ビシリ、ビシリ
雨達は飽きることなく、傷一つすらつけることができない斬り跡を残し続ける。
斬り跡はやがて、汽車の速度によって後ろに吹き飛ばされていく。
しかしすぐに、新しい斬り跡が、
ビシリ、ビシリ
その繰り返し。


飛刀は、そんな光景をボンヤリと眺めていた。
傍らには血塗れのウソップの死体。
溢れ出た血は飛刀の刀身をヒタヒタと濡らし、カラカラと乾き、パリパリと固まって赤色に染め上げた。
黒く変色した血液は、時間の経過をもの語る。

――どうして誰も戻ってこないんだろうなァ。

ウソップの最期の言葉を聞き届けてから数時間経っても、キン肉マンも志々雄も戻ってはこなかった。
果たして二人はどうなったのか。
暗鬱たる気分で汽車に揺られていると、いらぬ想像をしてしまう。
オレのことなど忘れてしまったのか。
汽車を降りてしまったのか。
それとも、死んでしまったのか。
歩くことができない飛刀に確かめる術はない。


汽車は奔る。
刀も、死体も、想いすら閉じ込めて。


   ※  ※  ※


「だ……りゃァッ!」
気合と共にルフィは悟空をベンチの上に放り投げた。
ベンチがギシリと撓み、それでも何とか悟空の体重を支えきる。

「ゼェゼェ……肉、食いてェ……」
気絶中の悟空をそのままに、ルフィは地面に大の字に転がった。
『さいたま新都心駅』の文字が描かれた建物を雨避けの仮宿に、ルフィは一時の休息を得る。
周囲から聞こえる雨音が、ルフィの気分を落ち着かせていく。

「起きたら、全部話してもらうぞ」
ベンチに横たわる悟空を見ながらルフィが呟く。
「……あァそうだ、ブッチャーとツバサはどこいった……っつーか、ここどこだ?」
ルフィはデイパックの中からコンパスと地図を取り出し、現在位置を確認しようとして―――やめた。
現在位置すらわからないからどうにもならない。
そう、ルフィは迷子になっていた。

「ナミがいれば楽にわかるんだけどなァ……」
いない仲間のことを言っても仕方がない。
とにかく今は。
「東京タワーに行く。 ブッチャー達も、ウォンチューとルギアも、カズマってやつもそこにいる」

(本当は今すぐにでも……けど、力が出ねェ)
ルフィの腹は激しく鳴り、空腹を訴えていた。
東京タワーは高い建物によじ登って後で探すことにして、今は何か食べることにする。

デイパックの中からスヴェンに譲って貰った食料を取り出す。
半日分の、しかしルフィにとってはおやつにも満たない食事を摂りながら、ルフィはスヴェンのことを思い出していた。
出会ってから結局殆ど話をしなかった眼帯の紳士のことを考えると同時に、
今まで出会った仲間達の顔が、もう会うことができない仲間達の顔が頭の中を駆け巡る。
鎧を着込んだヒーロー。大きな角を持った牛のおっさん。猿。最後まで出会えなかった考古学者。そして、金髪の少女。
共に歩み、共に戦い、そして散っていった仲間達のことを、一人一人噛み締めるように反芻する。
ニコ・ロビンという、一人の女性を。
エテ吉という、一匹の獣を。
バッファローマンという、一人の超人を。
世直しマンという、一人のヒーローを。
スヴェンという、一人の紳士を。
イヴという、一人の少女を。

「……ぶっ飛ばしてやる」
主催者への怒りを顕にして、血を滾らせるルフィ。
その手の中で、食料を入れていた空き缶がグシャリと潰れた。


『汽車が参ります 白線の内側までお下がりください』
決意を新たにしたルフィの耳に、ややマヌケな声が聞こえてきた。
「誰だァッ!」
立ち上がって周囲を見渡しても誰もいない。
ルフィがその声を汽車到着のアナウンスだと理解すると同時、黒塗りの汽車が駅のホームに飛び込んできた。
黒煙を吐き出しながら、徐々にスピードを落としていく巨大な質量。
「何だこりゃ?」
見慣れない物体の登場に驚くルフィの前で汽車が完全に停止した。
アナウンスが響く。

『さいたま~さいたま~。停車時間は五分間となっております。駆け込み乗車はお止めください』

ドアが開いたその瞬間、
東京タワーのこと、
悟空のこと、
主催者のこと、

全部、吹き飛んだ。

「ウソォォォォォーーーーーーーーーッッップ!!!」

ルフィの目に飛び込んできたのは、赤。
ドス黒く変色した、赤、赤、赤。
そして、赤い海の中に沈む一人の男。
海賊にして狙撃手。発明家にして大嘘つき。そして何より、大切な仲間。

「しっかりしろォ!!」
ルフィはウソップの身体をホームの上に引きずり出し、傷の手当てをしようとした。
しかし遅い。徹底的に無駄。完全無欠に手遅れだ。
ウソップはもう、終わっていた。
大きく目を見開き、土気色の顔を歪ませて死んでいた。
しかしルフィは諦めない。

(こんなときはどうすりゃいいんだチョッパー!)
頼れる船医も今はいない。
「クソォ……そうだ! 肉を食わせれば……」
――そいつは無理だと思うぜ。 ウソップの旦那はもう、何も食べることはできない。

汽車の中からルフィに語りかけたのは一本の大剣。
刀身に浮かび上がった目とルフィの目がカチ合う。
ルフィは『剣が喋る』という奇妙な現象に怯むことなく飛刀を掴み上げた。
「オメェ……ウソップがどうしてこうなったか知ってんのか?」

――ああ、知ってる。 全部話してやるよ。

伝えることは山ほどあるけれど。語ることは山ほどあるけれど。
まず第一に何よりも優先して伝えよう。
大嘘つきの、最期の虚勢を。
偉大なる海賊、キャプテン・ウソップの最後の言葉を。

――キャプテン・ウソップの生き様は、最後まで立派だった!
「うお!?」

――キャプテン・ウソップの死に様は、海の男らしい晴れ晴れした最後だった!
「お前……」

――偉大なる英雄にして世界の海を制した大海賊……キャプテン・ウソップは!
「……」

――サイコーの、仲間思いだァァァァァァァァァァァッッッ!!!
「――当たり前だァ!!!」


「じっでる゛んだよ゛、ぞんなごどは……」
ルフィは泣いた。7回目の仲間の喪失に。
大粒の涙を、悲しみを隠すことなく。
その横で、汽車のドアがゆっくりと閉まった。
がたんがたんと、汽車が動き出す。
一人と一体と一本を置き去りにして走り出す。

天はまだ泣いている。
死んでいった者達のために。
残された者達のために。
そして、死に逝く者達のために泣いている。


ザアザアザア、ザアザアザア





【埼玉県/さいたま新都心駅/昼】

【モンキー・D・ルフィ@ONE PIECE】
[状態]:両腕を初め、全身数箇所に火傷、疲労・ダメージ大、少し空腹
    ギア・2(セカンド)を習得
[装備]:飛刀@封神演義
[道具]:荷物一式(食料無し)
[思考]1:飛刀からウソップのことを聞く。
   2:ブチャラティ、翼、ルキア、ボンチューと合流する為に東京タワーへ
   3:"仲間"を守る為に強くなる
   4:"仲間"とともに生き残る。
   5:仲間を探す

【孫悟空@DRAGON BALL】
[状態]:顎骨を負傷、出血多量、各部位裂傷、疲労・ダメージ大、空腹でまともに動けない
[装備]:サイヤ人用硬質ラバー製戦闘ジャケット@DRAGON BALL
[道具]:荷物一式(食料無し、水残り半分)、ボールペン数本、禁鞭@封神演義
[思考]1:気絶中
   2:不明

※ウソップの死体と支給品:荷物一式(食料・水、残り3/4)、賢者のアクアマリン@HUNTER×HUNTER
             いびつなパチンコ(特製チクチク星×3、石数個)、大量の輪ゴム、ボロいスカーフ×2
             死者への往復葉書@HUNTER×HUNTER(カード化解除、残り八枚)、参號夷腕坊@るろうに剣心
は埼玉駅のホームに置いてあります。
※汽車の中には、スナイパーライフル(残弾12発)、キメラの翼@ダイの大冒険が落ちています。


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0383:インフェルノ モンキー・D・ルフィ 0404:四重奏(カルテット)

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最終更新:2024年07月19日 07:40