0383:インフェルノ ◆Oz/IrSKs9w
――死にてえのは、どいつだ?
すでに空は灰色雲に覆われ始めている。冷たい風に揺れる枝葉が、これから訪れるであろう闘いの激しさを予感させていた…
【インフェルノ//~友達≠仲間~】
「…ご、悟空君?言ってる意味がよく分からないんだけど…?」
目前に立つ悟空から放たれる不穏なオーラ。
それは非戦闘員とも言える一般人であるはずの
大空翼でさえも、はっきりとした“悪意”として凍てつくような寒気を感じさせていた。
「………」
張り詰める空気。誰も言葉を続ける事が出来ない。
不敵な笑みを浮かべる悟空……困惑に眉を潜める翼……
最大の警戒で悟空たちを見つめ返すブチャラティ……悟空の斜め後ろで立ち尽くす無表情の
友情マン……
そして――
「……悟空」
――ルフィ。
ついに再会した二人。
悟空を見据えるその瞳は、微かに赤い熱を帯びている。
「ん?地球人風情がこのオレを呼び捨てか?クク…」
「………」
もはや、ルフィの知る
孫悟空ではない。
まるで道端にひれ伏す物乞いを見下すかのような、冷酷な嘲笑。
「……悟空」
「……ヤツはもういない。オレは『カカロット』だ」
一歩前に出るルフィ。
麦わら帽子を深く被り直し、コキリと指の骨を鳴らす。
「もういない?何を言ってるんだ悟空君!もしかして…また前の時みたいにパニックになってしまってるのかい!?」
以前承太郎と翼の二人が悟空と遭遇した際、確かに彼は酷く混乱していた。
問答無用で襲いかかってきたかと思えば、一転して爽やかで人畜無害な青年に変わり、
そしてまた狂人へと変貌したかのように絶叫しながら一人逃げ去った。
「ツバサ、“前の時”だと?」
「あ……そうだ!悟空君!あれからずっと君に聞こうと思ってた事があるんだ!」
ブチャラティに返事する間もなくある事をとっさに思い出した翼は、勢いよく前に出てルフィの隣に立つ。
「聞きたい事?なんだ?命乞いなら却下だぞ?」
「悟空君がそんなパニック状態になってしまったのは、もしかしたら『日向君』が原因じゃないのかい!?」
「……ヒュウガ?」
あの時……悟空が再び変貌してしまった時流れていた『
日向小次郎』の死を伝える放送。
翼はどうしてもその事があれからずっと気になっていた。
「もしかしたら、僕と同じようなユニフォームを着てたかもしれない。心当たりないかい?」
「………」
日向小次郎。
悟空がこの舞台で最初に殺した二人の『地球人』の内の一人。
悟空に日向の名の記憶は無い。彼が覚えているのは『
桜木花道』の名のみ。あの時日向は名乗っていないからである。
「………ああ、そういや確か…そんなヤツもいたな。安心しな……苦しむ間もなく一瞬で『殺して』やったからな」
「…………え?」
翼の表情が固まる。
――殺してやったからな――
確かに悟空はそう言った。
……殺した?誰が?……違う……そんなわけ……
「オレは弱っちいやつをいたぶる趣味はねぇからな。つえーやつなら楽しいだろうが、あんなザコならサクッと殺すに限る」
「………」
「……悟空」
そう。その時を、確かに見ていた。
仲間である悟空が、大切な仲間である
孫悟空が、二人の罪無き者を残酷に殺したあの時。
ルフィは、彼を止める事が出来なかった。
仲間を…止められなかった。
「何回言わせりゃ分かるんだ?オレは悟空なんて名前じゃねえ……」
「………悟空」
「……ん?そういやお前……確かあん時にいた……」
ふと悟空の表情が変わる。
確か、この麦わらの男には見覚えがある。記憶の奥底からこの男の事がうっすらと浮かび上がってくる。
――そうだ……この耳障りな声、確かに聞き覚えが……
『悟空ぅ~!』
『悟空っ!?』
『悟空…』
『待てよ悟空ーっ』
『大丈夫か悟空!』
「悟空……!」
――そうだ、思い出した。
オレがまだ
孫悟空だった頃の、親友。そいつに似た声を持っている……麦わら帽子の男、ルフィだ。
「……思い出したぞ。ルフィじゃねえか。久しぶりだな?」
「え!?カ、カカロット君!?」
ルフィに対して急に親しげな声を掛けた悟空に対し、驚きの声を返す
友情マン。
このルフィという敵とカカロットが仲の良い知り合いであった場合――
もしかしたら戦闘が回避され『強敵をカカロットに根こそぎ消してもらい、最後に彼を毒殺して優勝する』という計画が、
根本から台無しになってしまうかもしれないという危機を感じ、『マズい』と声を荒げてしまったのだ。
そのルフィ、一転して無口。
帽子の縁で隠された表情からは、何の反応も窺えない。
「体がゴムみてーに伸びる変なお前が弱っちい地球人なわけ無いもんな。どこの星出身だ?」
「………」
返事は無い。
ルフィは相変わらず無感情に、無表情に、悟空の前にじっと立ち尽くす。
「……ゴクウ、と言ったな?お前のターゲットは『地球人』に限る、というのか「ザコ地球人は黙ってろよ」
「……!」
ルフィたちの後方に立つブチャラティへ目を合わせることもなく、悟空は彼の言葉をピシャリと遮る。
それはルフィに対してとは全く違う、低く冷たい響きの言葉であった。
(……やはり『地球人』を敵と見なしているのか。ならばヤツは、間違いなく敵。しかも…ただ者ではない予感がする……)
ブチャラティは言葉を飲んだまま考える。
――向こうは二人。行動を共にしているという事は、おそらくあのもう一人のスタンドのような姿を持つ奴も強い可能性が高い。
対してこちらは……戦闘力はおそらく皆無のツバサ、そして連戦続きでダメージの深い自分。
実質こちらはあのモンキー・D・ルフィしかまともに戦えまい。
そんな実質『二対一』という絶望的なこの状況に気付く。
「……なあルフィ、おめーはどうすんだ?お前なら
友情マンみたいに『友達』になってやってもいいぜ?」
「………」
「……お前は地球人じゃない。オレたちの『仲間』さ」
仲間。悟空の口から出たその言葉に、初めてルフィはピクリと肩を動かし反応を見せる。
「そうだ。来いよ一緒に。なんならこの気に食わないゲームも一緒にぶっ壊そうぜ?」
「………の…」
「ま、地球人を一人残らず消してからだけどな………ん?」
悟空の笑顔が止まる。目の前のルフィに異変を感じ、不審な気配を敏感に察知。
「……!?」
見ると、ルフィにあるはずの両腕がどこにも無い。
その奇妙な姿。そして前傾姿勢。これは…!
「……“回転弾”(ライフル)ッッ!!!」
ズガッッ!!!
ルフィの遥か後方まで伸ばされ何重にもねじられていたゴムの左手が、反動により目にも止まらぬミサイルのような速さで悟空に襲いかかる!
顔面にクリーンヒットしたその凄まじい衝撃は辺りに反響し、悟空の体は見事に宙を舞い――
「…なッ!?」
だがブチャラティは見た。
その拳は寸前で止まっていた。
右の手のひらでルフィの拳を軽々と受け止め、僅かにのけぞらせた上半身を前に戻し…ニヤリと冷たい笑みを再び浮かべる。
「そうか……これがおめぇの答えか…!」
今の一撃に全く動揺を見せる事もなく、受け止めていたルフィの拳を横に払う。
しかしその払った拳は悟空の肩を掴み――
「“鐘”(かね)ェエッッ!!!」
「なにッ!?」
肩を掴んで伸びた腕を一気に縮ませ、悟空の顔面目がけてロケットのような音速にも及ぶかの勢いで頭突きを仕掛ける!
再び大きな激突音を響かせるが、それも悟空は右腕の横っ面で瞬時にガード。
「“銃弾”(ブレッド)オッッ!!!」
後ろに残していた伸びきった右腕を引き戻し、銃弾を遥かにしのぐほどの重い一撃を至近距離から悟空の腹部目がけて撃ち放つ!
「無駄だッ!!」
しかしそれさえも悟空は左手でいとも容易く掴んで受け止めてしまう。
回転弾(ライフル)、鐘(かね)、銃弾(ブレッド)の三連撃も悟空には全く通用せず。
「……あの
DIOってやつに手も足も出なかったお前程度が、オレに敵うはず無いだろ?」
至近距離で対峙する顔と顔。
悟空は汗一つかかない余裕の笑み。一方のルフィは…
「……なんでかな……」
「ん?」
ルフィは怒るでもなく、悲しむでもなく、焦るでもなく…
ただ、静かな瞳で悟空を見つめていた。
「……確かにあの変なオッサンには負けちまったけど……」
「悟空はその変なオッサンに勝ったけど……」
「今の悟空には、さっぱり負ける気がしねェ」
ルフィが悟空を見るその静かな瞳の奥には、様々な者たちの姿が映っていた。
――人の言葉が話せなくとも、誰よりも“仲間”を大切にする心は自然と伝わってきた
エテ吉。
――最後まで“仲間”の身を案じて死んでいった
バッファローマン。
――“仲間”のため、その身を投げ出してまで敵を倒そうとしたイヴ。
その他にもまだまだ沢山いる、かけがえの無い大切な仲間たちの立派な姿。
「目ぇ覚まさせてやるよ、悟空…!」
「……上等だ……ウリャアアアッ!!」
「うわあッ!?」
ルフィのその言葉に口端を小さく吊り上げ、腰を落としてその体を両手で掴んだかと思った瞬間、
力の限りの勢いで空へとルフィを放り投げる悟空。ルフィの体は遥か遠くの空へと粒になっていき…
「力の差ってやつを思い知らせてやるぜルフィ!ハアッ!!」
舞空術で自らも舞い上がり、そのルフィを追って飛んでいく。
「な…ちょ!カカロット君ッ!!?」
友情マンの驚く声にも見向きもせず、悟空はその場から去っていった。
「………悟空君を……追わなきゃ」
「…ツバサ?」
それまで今までの流れにも呆然と立ち尽くすだけであった翼が、
まるで糸の切れた操り人形のようなおぼつかない足取りで、悟空たちの飛んでいった方角に向けて足を踏み出す。
「……あんな嘘…付いちゃった理由……悟空君に…聞きに行かなきゃ…!」
「待て!ツバサ!」
日向を殺した。悟空のその言葉は翼の心に重くのしかかっていた。
「………そうはさせない」
(仕方ない。悟空君のワガママ勝手ぶりはまあ…大体計算の内だ。ならば僕も自分の仕事をするとしよう。
…見たところ、何の力も無さそうなひ弱な青年と…片腕の無い、ダメージの深そうな半死の男。彼ら程度なら僕でも簡単に…)
「…やはりお前も、敵という訳だな」
「敵?……違うよ。君たちも、僕にとっては“友達”さ!友達なら…僕のために、友達のために…命を投げ出す事も仕方ないだろう?」
にこやかに、爽やかに。
友情マンはブチャラティと翼に語りかける。
その胸に掲げた“友情”の二文字が、彼らの前に立ちはだかる。
【インフェルノ//~二重奏(デュオ)~】
ポツポツと、雫が肩に落ちる。
空を行く悟空の体が徐々に湿り気を帯びてゆく。
「……邪魔が入らねえようにって思ったけど、さすがにちと飛ばしすぎちまったかな……」
飛んでいくルフィの姿がようやく肉眼で捉えられる。場所は埼玉から再び東京へと戻っていた。
普段は呼吸をする程度の気軽さで行える舞空術も、なぜかこのゲームの舞台では思ったより疲労が溜まる。
「…む!?」
一瞬意識から逸れたその瞬間、目の前に捉えていたルフィの体が急に風船のように大きく膨らみ、
飛んでいたスピードを落として真下へと落下し始める。
笑みを携えたまま、悟空はその落下地点目がけてスピードを上げる――
――対峙する、二人の男。
場所は東京池袋。本来は人・人・人で溢れかえるこの都会も、今は人っ子一人いない。
硬いコンクリートジャングルの地面でも、ゴム風船のように舞い降りたそのルフィの体はもちろん無傷。
あれほど飛ばされたというのに、その麦わら帽子は無くすことなくしっかりと頭に被さっている。
「ふぅ~、だいぶ飛んできちまったなぁ……やっぱ悟空はスゲェや」
「ハハ、今から戦う相手を誉めるのか?ルフィ」
飛んできた方角の空を眺めて目を細めるルフィ。
そこにはすでに太陽の姿はなく…シトシトと降りしきる雨の粒がルフィの目の中に入り、パチパチと瞬きしながらかぶりを振る。
「ん?大丈夫だ。俺は悟空よりツエーから」
「……クックッ……ハッハッハッハッ!やっぱお前は面白ぇヤツだなぁ!」
臆面無くそう堂々と語るルフィに思わず悟空は心底から大声で笑いを上げる。
心優しき悟空から冷酷なカカロットとなった今でも、変わることの無いある共通の本能。
『強いヤツと戦いたい』
それこそが、
孫悟空という者の体を突き動かす最大の精神。
地球人は弱い。しかしそうでない者は強敵へと変わる可能性を秘めている。
そんな根拠の無い理論さえ、今のカカロットにとっては疑う事もない真理。
「クックックッ……よぉし、んじゃ始めるとするか。今さら命乞いしてもムダだぞ?」
「しねェよ。悟空こそ、泣いて謝ったって許さねえ」
互いに準備は万端。どちらともなく構えを取り、口を噤む二人。
静かに、シトシトと雨が降る。
止まる二人の時間。道に植えられた木の青い葉に雨露が溜まり……露は大きな粒となり、重力に引かれて岩棚に弾ける。
「「うおおおおおおッッ!!!」」
ぶつかる互いの拳と拳。
その衝撃は周りの木々に溜まりつつあった雨露を全て弾き飛ばすほど。
「ゴムゴムのぉ…ッ!」
「ハアッ!!」
「グッ!?」
両手を後ろに伸ばしたルフィの横っ腹を、悟空は見逃さず回し蹴り。
しかし構わず!
「“銃乱打”(ガトリング)ッッ!!」
「避わすまでも無いぞ!ハアッ!」
瞬時に悟空の手のひらに光が集まり、小さな気弾がルフィのガトリングラッシュの中央に向けて放たれる。
「どわっ!?アチッ!!?」
「もう一発ッ!!」
いくらゴムの体で打撃がダメージに繋がらないとはいえ、その気弾の持つ熱までは防げない。
ガトリングの拳に気弾がぶつかり、拳を焼く。
痛みに怯んでラッシュが止まったその一瞬の隙、
顔面に一直線に向かってきたもう一発の気弾を避わす事が出来ず、小規模ながらも派手な爆発がルフィの顔に直撃。
「そらそらそらそらアッッ!!!」
ダメージで吹き飛ぶルフィの全身に休む間もなく次々に襲いかかる大量な小さな気弾の弾幕。
なすすべもなく全てはルフィの足・腕・顔・腹…五肢全てに次々と着弾し、
雪崩のごとき連続爆発によりルフィの体はダンスを踊るかのように暴れ回る。
「オリャアアアアッッ!!!!」
煙を纏い宙を舞うルフィの背にトドメとばかりに大きく踏み込んで掌底をぶち込み、
凄まじい衝撃をモロに受けたルフィは矢のような速さで吹き飛ばされてビルの壁に叩き付けられる。
「ガ……は……ッッ!?」
ルフィが直撃したコンクリートの壁は派手に崩れ落ち、ルフィの半身を瓦礫の破片がガラガラと埋めていく。
「……ふぅ……少しやりすぎちまったか?おいルフィ!まさかもう終わりだなんて言わねぇよな?」
両掌を軽くはたきつつ、ゆっくりとルフィの元へと歩み寄る悟空。
「……へへ…そうこなくっちゃあな…!」
瓦礫をものともせず、ルフィはゆっくり立ち上がる。
その肌は至るところに黒い焦げ痕を残し、口から少し血が流れてはいるが…その瞳からは闘志の衰えが全く見られない。
「……まだ、おめーをぶん殴るまでは……このくらい屁でもねぇよ」
「ぶん殴る?…そうだな、せめて一発くらいは当ててみせな。そうじゃなきゃ面白くねぇ」
悟空は首を軽く振りコキリと音を鳴らして、そのルフィを挑発するように手を突き出し、人差し指をクイクイッと自分に向けて動かす。
それを見たルフィは「こんにゃろ」と小さく洩らしつつも口元には笑みが浮かび、右手の五指に力を込めてパキパキと骨を鳴らす。
「……ゴムゴムのぉ…!」
「またそれか?バカの一つ覚えみてぇに…」
また右腕を後ろに伸ばしていき、悟空に狙いを定めてずっしりと腰を据えて構える。
「鎌(かま)アッ!!」
しなる長い腕が途方もない射程のラリアットを繰り出す。
悟空はその腕を一歩も動かずにそのまま片手で受け止め…
「鞭(むち)ィッッ!!」
「おっと!」
続け様に悟空の足元をなぎ払う長い足払いをそのまま軽く宙に飛び、軽やかに回避する。そして…
「同じ手は二度も通用……しねえッッ!!」
「くっ!?ウワッ!!?」
腕を掴む悟空目がけて一気に腕を縮ませつつ、射程内に飛び込み連続攻撃を仕掛けようとしたルフィを確認すると、
ルフィの腕を両手で掴み強引に一本背負いの要領で後ろに投げつけ頭から叩き落とす。
「ぶへッッ!?いってぇ…ッ!クソッ!!」
砂で汚れた顔を手で拭うと、直ぐ様立ち上がり構える。
あの悟空相手に、畳み掛けられる隙を与える事が致命的なのは本能で知っていた。
「ん?どこ行った悟空ッ!!」
すぐに悟空の場所に目を移すも、姿が無い。
右、左、前、後ろ、どこに視線を向けても悟空がいない。
……いや!
「うえだああぁッッ!!」
「クッ!?」
ルフィの頭上から襲いかかる悟空。その手には長い『凶器』が握られていて…!
「潰れちまえッ!!」
「グアッ!!?」
ルフィの脳天を押し潰さんとぶつけられたその凶器、それは大きな電柱。
悟空は道に生えている電柱を一本抜き取り、舞空術でルフィの真上から強襲したのだ。
凄まじい力で電柱の底をぶつけられるも、何とか両手で受け止めたルフィ。
しかしそれでも、悟空はその“宇宙最強”の途方もない力で押し込もうとする。
「ぬ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎぃぃぃ~~ッッ!!!」
「うおおおああああッッ!!!」
ゴムは、どんな衝撃も吸収する。しかし…輪ゴムも力いっぱい引き延ばせば千切れるし、ゴムマリだって車に轢かれれば破裂する。
そう、それはルフィの体であったとしても…!
「グァァアアア…ッッ!!」
その体が悲鳴を上げ始める。
傷から血が滲み出し、節々が徐々に激しい痛みに襲われる。
「中々粘ってくれたけど…これでおしめぇだ!あばよっ、ルフィッ!!」
「グッ、おおぁああァァッ!!」
両腕両足がコンクリートの地面ごと押し潰されていく。
メリメリと音を立てつつ、その電柱の底がどんどんルフィを圧迫してゆく。
――ダメだ。やっぱ悟空はつえぇや……すまねぇみんな、オレの力じゃあ悟空を殴れなかった――
ルフィの心が…少しずつ、諦めの色に染まっていく。
――すまねえ、牛のおっさん。すまねえ、猿、イヴ。
ゾロ、ナミ、
ウソップ、サンジ、チョッパー、ロビン。
…悪ぃ、オレ、死んだ。
「これで……終わりだああッッ!!!」
最後の力で剛腕が電柱を押し込む。ルフィの頭はひしゃげ、ついには両手も電柱から離れて。
…ルフィの最後に見た景色は、その頭に乗っていた麦わら帽子が電柱によって醜く潰れていく様で……
――必ず、返しに来いよ、ルフィ。
ドクン
――……ダメだ。やっぱ、まだ、死ねねぇ。
あの男との誓い。それを果たせぬままでは、死ねない。
「………う……お……お…お…ッ…!」
再び指先に力を込め、電柱の底に指を掛ける。
小指、薬指、中指、人差し指、親指。順番に、順番に、力を込めていく。
――まだ死ねねえ。そうだ。何を血迷ってんだオレは。
男の約束を果たす。“友達”との約束を果たすんだ。
このままじゃ…牛のおっさんや、猿や、イヴに向ける顔が無えじゃねぇか。
「う…お、お、お、オオオオッッッ!!!」
「くっ!?しぶてぇッ!」
「オオオリャアアアアアアアアッッッッ!!!!」
どこにそんな力があったのか。いや、先ほどまでは実際に無かった。
ルフィの胸に宿った、友との約束を果たすという覚悟の意志。それがルフィの背を押す。ボロボロの体に、新たな力を宿す。
バキャッッ!!!
「な……なにいッ!?」
凄まじい力と力のせめぎ合いに耐えきれなくなったのは、電柱の方だった。
真ん中から割り折られ、下半分がスローモーションで地面に吸い込まれるように…倒れ落ちる。
「……俺は、負けねえ」
――倒れた電柱から立ち上る砂塵
「……仲間が、いるから」
――そこから現れる、誇り高き男
「……大切な、仲間がいるから」
――半ば潰されかけていたその四肢は元に戻り
「……大切な友達が、俺を待ってるから」
――その怒りは、現実に姿を纏ってルフィの体から噴き出し
「だから」
――その男に、新たな“力”を授ける。
「俺は……絶対!負けねえッッ!!」
【インフェルノ//~友情の聖域~】
二人対一人。
しかし、現状では二人の方が敗色濃厚。
そのふざけた見た目からは信じられないような
友情マンの速い動きと重い攻撃に、ブチャラティたちは防戦一方であった。
「ガハ……ッ!クソッ!スティッキィー・フィンガーズ!」
「おっと!危ない危ない。君の能力はもう把握したよ、その拳に当たるわけにはいかないね!」
実質、一対一の構図。
もう一人の仲間、翼を庇うように立ち回りつつ、さらにこの予想以上の強さを持った敵と渡り合うには……
ブチャラティは今までの幾度と無い激しかった戦いで、もう体が傷付き過ぎてしまっていた。
「くっ…!」
忌々しげに歯噛みするブチャラティ。
五体満足の状態であったとしても、この
友情マンの重い蹴りはスタンドでも防ぎきれるかどうか五分五分といったところか。
しかし今、傷付きダメージの深いブチャラティの体は…
友情マンの攻撃を防ぐどころか、ガードすら間に合わない状態であった。
「ブチャラティ君っ!」
「来るなツバサ!君はそこにいるんだッ!」
ブチャラティの後方、そんなブチャラティの姿を見て心配の色を満面に浮かべて走り寄ろうとした翼を、
ブチャラティは振り返らないまま強い口調で制止する。
「そんなに焦らなくても、ブチャラティ君の次は翼君の番さ。
友達思いはいい事だけど、まあ慌てないでゆっくり待っててよ………すぐ、終わるからさ」
そんな翼に向けて微笑み返し、再びブチャラティに視線を戻す。
地面に手を突いて激しく咳き込むブチャラティの様子を見て、
友情マンは「やれやれ」と小さく自嘲ぎみに呟く。
「友達が苦しむ姿を見るのは、やっぱり僕も辛いよ。
下手に抵抗するからいけないんだよ……せっかく、苦しまずに楽に殺してあげようとしてるのに…」
「……まれ」
「ん?」
低く、聞き取りにくいその小さな声に眉を潜め、
友情マンはブチャラティを不思議そうに見つめ返す。
「何か言ったかい?」
「……黙れ、と言ったんだ。“ソダリッツィオ・ブジャルド”」
「ソダ…?……何だい?それは」
聞き慣れない言葉に首を傾げ、
友情マンは一歩一歩、ブチャラティに近付いていく。
「……答える義務は…無い!スティッキィー・フィンガーズッッ!!」
地面に膝を突いたままだが、近寄った
友情マンに向けてスタンドを発現させ、右ストレートを放つ。
しかし
友情マンはその射程距離を完全に見切っているかのように、スタンドの拳が届く寸前で足を止めて一歩下がる。
顔前で止まる、スタンドの拳。
「危ないなぁ……無駄だよ無駄!僕の『分析力』…甘く見てもらっちゃあ困るよ」
「…くッ…スタンドの射程距離さえも、完全に把握したと言うのか…!?」
「ふふ……どんな人種、どんな性格、どんな能力を持つ人だろうと『友達』になる一番の近道を…
最適な手段を、瞬時に分析するのは一番の得意技さ!そのくらいは当然だろ?」
余裕浮かぶ笑みを携え、朗らかにそう話す。しかししばらくその場に固まり、う~んと首を捻ると…
懐から一枚のカードを取り出して、それをブチャラティたちに見せ付けるように掲げる。
「…いくら半死半生の君とはいえ、やっぱりその不思議なジッパーの能力は厄介だね。
よし、こいつで引導を渡してあげる事にするよ!」
「……?カード…だと?」
『引導を渡す』の言葉に不吉な予感を覚えたブチャラティだが、
見せられたカードの背の茶色模様からは何のカードなのか窺い知る事は出来ない。
だが不吉な予感は拭えない。力を振り絞り、よろめきながらも立ち上がる。
「フフフ……やっぱり、持つべき物は友、だね。これをくれた桑原君には感謝しなきゃ」
「クワバラ…だと!?」
耳にしたのは、よく知る名。思わぬ所で聞いたその名前に驚き、目を見開く。
「そうさ。彼も僕の数多い友達の内の一人さ。そして………君が殺した『ガラ』君も、僕の友達だったんだ…!」
「!!」
それは、忘れる事も無い……ブチャラティが命を懸けて戦った、あの男の名前。
「………仇討ち、という事か?」
「………フフ…違うよ。確かに彼があんなに何の役にも立たないまま殺されちゃったのは不本意だったけど……」
「………」
「……どうせ彼にも、最後には死んでもらう予定だったんだ。君が憎いわけじゃない…君だって、僕の“友達”なんだから」
……狂人とは、本人に自覚が無いからこそ狂人。
目の前のイカれた格好の男は、まさしく頭の中までイカれている『狂人』であると、改めてブチャラティは思い知らされた。
「……“ソダリッツィオ・ブジャルド”……」
再び唇が呟く。そして震える膝に喝を入れ、ブチャラティはしっかりと両足で大地を踏みしめる。
「…だから、それは何の言葉なんだい?おまじないか何か??」
「……答える義務も……義理も無いッッ!!走れ!ジッパーッ!!」
射程外の
友情マンに向け、腕を振り上げて地面に長いジッパーを取り付ける。
「ウワッ!?」
射程の外だと少し油断していた
友情マンの足元までジッパーは伸び、驚きで口を大きく開いて慌てて飛び退く。
「くっ!リバースカードオープン!『千本ナイフ』発動ッ!!」
飛び退き、すぐ手に持つカードを反転。そう叫んだ
友情マンの背には空中に無数のナイフが出現する。
「飛び道具か…!」
「そうさ!使えて安心したよ…
『ブラックマジシャンが場に存在しないと使えない』だなんてカードには書いてあるけど、一応単体でも使えるみたいだね」
全てのナイフがブチャラティを狙う。
友情マンのGoサイン一つでブチャラティを確実に抹殺するであろう無数の悪意。
(普通の手段では、奴をスタンドの射程距離内に捉えられないだろう……
さらにヤツはもう完全に最後まで“射程外”からの攻撃だけで俺を仕留めるつもりのようだ。
ならば……普通でない手段を使うまで!BETするのは…オレの命ッ!)
「……君の能力、おそらく体に受ければ十分に殺傷能力を持つんだろうね。
だからこそ『ガラ君の斬魄刀を回収しなかった』。やはり僕の予想は正しかったみたいだね」
対峙する、悪意と決意。その両者の瞳に互いに映るのは、自分とは相反する全く異なる男の姿――
「どこに逃げても回避は不可能さ!千本ナイフ!ブチャラティ君を攻撃っ!!」
掛け声と同時に発射される幾多のナイフ!全てがブチャラティだけを狙い、一直線に風を切る!
「ウオオォッ!閉じろジッパァーーッッ!!」
「なっっ!?」
友情マンの予想とは全くの逆。
右に逃げる?左に逃げる?
違う!なんとブチャラティは地面に付いた
友情マンの足元まで伸びているジッパーを伝い、
地面スレスレで一直線にナイフの真っ只中へと自ら突っ込んでゆく!
「ウオオオオオオッッッ!!」
顔だけをスタンドの腕で庇い、地面を腹で滑るように
友情マン向けて飛び込んでいくブチャラティ。
ついにはナイフの雨あられと交錯し、ブチャラティの腕や背・足へと何本ものナイフが鈍い音を立てながら刺さっていく。
「な……なぜ自分からっ!!?」
ブチャラティの行動は完全に
友情マンの予想の範疇を越えていた。
頭を守る腕以外は、急所を守るだとかナイフを避けるだとか、そんな小細工も全くしていない。
噴き出す血潮は滝のように。その決意を鬼神のごとき形相に現し、ついにブチャラティは
友情マンを射程距離に捉える!
「食らえッッ!スティッキィー!フィンガーズッッ!!!」
ズドンッッ!!!
―――体が、吹き飛ぶ。
激しい衝撃と共に、その体はまるでコマ送りのようにゆっくりと、地面に吸い込まれる。
「―――ブチャラティくぅぅーーんッッ!!!」
翼の叫び声が、雨の中こだまする。
「ハァ……ハァ……あ……危なかった……!」
――地に伏すは、
ブローノ・ブチャラティ。
その上半身は真っ黒に焼け焦げ、背に生える無数のナイフが無情な暗い光を放つ。
「ハァ……ハァ……」
ブチャラティの誤算は、たった一つ。
ナイフによる遠距離攻撃を放ったすぐ後に相手の間合いに飛び込めさえすれば、カウンターが成り立つという戦略。
しかし、誤算。
友情マンの持つ、もう一つの遠距離攻撃――太陽光線。
ナイフと光線の二段構えの連続遠距離攻撃を前に、ブチャラティの拳は
友情マンに届く事が叶わなかった。
「ハァ………おや?」
大の字でうつ伏せに倒れ伏すブチャラティの指が微かに動く。
それを見た
友情マンは、顔を上げて息を整えるべく…大きく息を吸い、吐く。
「フゥ…まだ息があるのか…」
足元に落ちている一本のナイフを拾い上げ、
友情マンはブチャラティの方へ体を向ける。
「…友達なんだから、ちゃんと楽にしてあげるよ。これ以上、君が苦しむ姿は見たくないしね…!」
右手に白銀のナイフを握り締め、降りしきる雨の中をブチャラティの元へとゆっくり近付いていく。
水溜まりを蹴り、砂利を踏みしめ、そして――ブチャラティを頭上から感情の伴わない瞳で静かに見下ろす。
「さよなら、ブチャラティ君。この雨が…僕の、涙雨。もう苦しむ事は無いんだ…」
軽くしゃがみ込み、手に持つナイフを振り上げる。
そして……ナイフは、降り下ろされた。
まるでそれは、脳髄を刺し貫く閃光の様な衝撃。
「グアァッッ!!?」
何かが
友情マンの頭を撃ち抜く。
真後ろからその大きな衝撃は後頭部へモロに直撃し、小さく血しぶきを飛び散らせながら
友情マンは地面に倒れる。
「グッ……アッ…!!な、何が…ッ!?」
ブチャラティに達しなかったその小さなナイフは離れた地面にカランと音を立て舞い、
頭を押さえながら緩慢に上半身を起こし、そして焦点の合わない両の眼で――見た。
――地面を跳ねながら、持ち主の元へと帰還する、その正体。
木目浮く、サッカーボール。
それを足の裏で地面と挟んで止める、その男の姿を。
「――許さない」
そうしっかりと、その男が口にした。
強い意志の力を眼(まなこ)からほとばしらせた、
大空翼という名のその男が。
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最終更新:2024年07月16日 19:45