0429:見えてないのどっち
夜天の下。
日中の悪天候も通り過ぎて、空には一面、白銀の星が散らばる。
二つの人影が、闇をかきわけるように歩く。
片や、盲目になった少年。片や、細かな傷跡を無数につけた華奢な女性。
その歩みは頼りなくぶれて、時折、迷うように進路を外れる。
しかし、彼らの歩みは揺らがない。
少女の足取りは、熱に浮かされたように軽く、
少年の足取りは、安心しきったように軽く、
(ライト、ライト、待っててね)
(ミサさんに、ついて行けば、大丈夫)
たまに、少年が木のうろに蹴躓き、少女が優しく引き起こす。
手を繋いで、仲良く歩く。
手に手を取り合って、兵庫への県境を越えて行く。
(ライト、ライト、もうすぐだよ)
弥海砂の胸ははずむ。
心には、最愛の
夜神月がいて。
目的地には、殺害すべき仇敵のLがいて。
そしてすぐ隣には、両眼を奪われた彼女の剣がいて。
見ててね、ライト。
ミサがこれから、Lを殺してあげるから。
そう呟けば、最愛の人は答えてくれる。
『がんばれ、ミサ。兵庫に入れば、大阪はすぐだ。いよいよ、Lを始末する時が来たんだ』
そうだね。大坂でLが見つからなかったら、日本中を歩いて見つけ出してやる。
そんなことしたら危ない? 大丈夫だよ。
だってミサには、
すごく、すごく、強くて、
ミサの言うことを何でも聞く、
ミサの剣と盾になる、
すごく、すごく、
馬鹿で阿呆で頭の悪い餓鬼の、
勇者様がついてるんだから。
だから、死ぬまでがんばってね。
わたしの勇者・さ・ま。
☆ ☆ ☆
東へ、東へ。
ミサはダイを連れて、休むことなく、歩き続けた。
二時間近くは歩き続けたろうか。
森が途切れて、市街地へ出た。
いや、『市街地だった場所』へと出た。
街は、廃墟と化していた。
夜の闇にもはっきりと分かる。
建物の群れは、巨大な怪物が踏みしだいたように潰され、
焼け焦げたらしく黒ずんでいる。
しかし二人は、これといった感想も抱かず、更地になった道路を歩き続ける。
ダイは、その凄惨な光景を見る目を持たず、
ミサは、その廃墟に心を動かすような、余裕を持たず、
目的地に着くことだけを見据えて、
胸を焦がす狂気という熱を、歩く力に変えて、
東へ、東へと、歩く。
そして、ミサは路上に転がる『それ』と出くわした。
遅れて、ダイが気づく。
「ミサさん」
ダイの声が、緊張を孕む。
半歩、足を前に出し、ミサを守るように立つ。
「嫌な匂いがする」
「……うん、死体があるよ。男の子の死体」
ミサとしては、Lを追いかける為には、死体を見る時間も惜しかった。
でも、ディパックは残っているようだし、もしかしたら食糧や支給品が残されているかもしれない。
目が見えない為に神経を尖らせるダイをその場に残して、ミサは死体の傍に立った。
「大丈夫、血が乾いてるから、殺した奴は、もう遠くに行ってるよ」
食糧は手付かずで残っていた。
やった、と喜んでディパックに移しかえる。
カシャン、と何かを踏む音がした。
☆ ☆ ☆
しゃがみこんで、『それ』を拾い上げる。
しげしげと、眺める。
どういうことなのか、考える。
「ミサさん……?」
小さな音を聴きつけて、ダイが反応した。
……微かな疑問を浮かべる、両眼の潰れた少年。
そうだ。
喜びの微笑が、顔に広がる。
瞬時に、『それ』を利用する方法を思いついた。
「ダイくん、この子のことなんだけどね……」
少し悲しげな声を出して、ダイに語りかける。
そして、心の中では、ライトに語りかける。
ライト、ミサは、またいいことを思いついたよ。
この人形を、もっと従順にしてみよう。
「この子を殺したのも、きっとLだよ」
ここで、ある程度の、間。
「そんな……」
どうして分かったのか、そう聞きたげなダイの反応を確かめる。
手の平に、『それ』を乗せて、月明かりの下で眺める。
血溜まりの中で、微かに月光を反射していたのは、割れた片眼鏡だった。
「片眼鏡が落ちてる。これ、
津村斗貴子っていう女が、かけてた眼鏡だよ」
「斗貴子さんが……!」
知っているような驚きと、声の震え。
……ふーん、知り合いだったんだ。
でも、まあいいや。きっとミサは嘘を言ってないし。
ただ、これから言うことは、ちょっと脚色だけど。
ダイが、ミサの傍に近づいてきた。
だからミサは、ダイに顔を近づけて、耳もとで。
ひそひそと、悲しげに。
「それに、私、見たもん。
Lの仲間の、変態マスクと仲良く話してた津村斗貴子が、『まもり』って人と、『麗子』って人を殺したところ。
…………ミサは、なにもできなかった」
小さな声で。か細い声で。
頭の中に、毒を流すように。
「きっと、Lの手下が、あちこちで皆を殺して回ってるんだよ」
「…………」
勇者は、凍りついたように、動かない。
そんな勇者に、噛みしめるように、大事に言った。
「だから、一刻も早くLを殺さないとね」
トドメの一言。
どう? ミサのお芝居は上手でしょう?
でも、ミサの勇者は、期待外れの行動をした。
その場に、へたり込んだ。
「俺が、斗貴子さんを、逃がしたから……?」
☆ ☆ ☆
(斗貴子さんを倒せていたら、麗子さんは死ななかった。
斗貴子さんを倒せていたら、まもりさんは死ななかった。
斗貴子さんを倒せていたら、この人も死ななかった)
手探りをする。
そこにあるはずの、『人間だったもの』を確かめる。
(斗貴子さんを、斗貴子さんを、斗貴子さ――)
触った。
グチャグチャして冷たくて固いものに、触った。
グチャグチャになった胴体らしきそれは、
人間の体とは思えないほどに、ひどく痩せていて、
「うっ……!」
体が、えぐれたように、べこりとへこんでいた。
そこに本来詰まっていたはずの、『臓物』はない。
すぐに、キルアの死体のことを思い出す。
ギャアギャアと啼いていた、ざわざわと蠢いていた、アレ。
昼間の内に、“食べられた”のだ。
(また……? また、“俺のせい”で誰かが……!)
重たい。
体の内側が、重くて、苦しい。
「ううっ……!!」
(もう、やめてくれ! なんで、いつも俺のせいで人が死ぬんだ!!)
☆ ☆ ☆
しゃがみこんだダイは、そのまま動かない。
「ううっ……!!」
吐き出すものを全部吐き出したのに、それでも吐き気を堪え切れない。
そんな風に、見えた。
これは、いけない。
このままじゃこのガキは、この死体を埋葬したいとか、言い出しかねない。
こんな汚い死骸の為に、時間を浪費するわけにいかない。
最後に大阪を離れてから、ずいぶんと時間を無駄にした。
早く大阪に行かないと、Lが逃げてしまう。
ここで、この子を立ち止まらせちゃいけない。
だからミサは、ダイくんを慰めることにした。
「ダイ、くん」
へたりこんだダイくんの肩に、腕をまわして、強く抱きしめる。
「ダイくんの、せいじゃないよ?」
優しく、優しく、幼子を諭すように。
☆ ☆ ☆
やわらかい両腕に、抱きしめられた。
「ダイくんの、せいじゃないよ?」
あったかい、優しい、声だ。
ミサさんの言葉は嬉しいけれど、きっとそれは間違ってる。
だって、斗貴子さんを倒せなかった結果、この死体が生まれた事実は変わらな――
「だって、ダイくんが、この子を助けなきゃいけない理由なんてないでしょう?」
……え?
頭の中で、ズキン、と何かが鳴った。
オレが今まで聞いていたことと、正しいことと違う。
そんな気がした。
違うのに。
それなのに。
どうして、こんなに耳に優しいんだろう。
――修行で得た力は、人の為に使うものだと、私は思います……
頭の奥から、誰かの声が微かに聞こえた。
でも、すぐに消えた。
「ダイくん、辛かったんでしょう? 勇者だって言われて。悪い奴を倒して、皆を助けてくれるって、期待されて」
甘やかな声が、考えを流し去る。
だって、本当にそうだった。
勇者だって言われて、戦わされて、それが辛いと思った。
「勝手に期待する人たちが悪いんだよ。自分ができないくせに人にやらせようとして。そういう人たちが、馬鹿だったんだよ」
汗ばんだ肌と、女の人の匂い。
匂いが、声が、心に染み込んでゆく。
胸が嫌な感じにざわざわするのに、それなのにとても優しい。
「この子だって、ダイくんが勇者だって聞いたら、ダイくんを利用しようとしたに違いないよ。人間なんて、みんなそうだもの」
だから、この子を助ける必要なんかないんだよ。
肩を抱かれて、頭を撫でられて。
地面に広がった血溜まりは冷たくて、
肩を抱くミサさんの両腕はあたたかい。
「でも、大丈夫。」
耳元で、囁かれる。
頭がぼんやりする。
「ミサ姉さんが、ダイくんの代わりに人間を見る」
ダイくんを守ってあげるから、
そう言われた。
「だからダイくんは、Lを倒して、ミサを守ってね」
「うん……ごめんよ、ミサさん。立ち止まったりして」
ミサさんを守る為に、戦う。
その目的は、ひどく簡単なことに思えた。
重たくて苦しかった体が、すっかり軽くなった。
俺は再び、立ち上がった。
☆ ☆ ☆
手に手を取り合って、少年と女性が再び歩きだす。
空には無数の星。
地上には、燃え尽きた天馬の星と、
未だ燃え尽きずに、鈍く輝き続ける、小さな二つの星。
手に手を取って、東へ、東へと。
その歩みに、疑問を投げかける者はいない。
目の見えない勇者は、その死体の正体に気づかない。
しかし、見えなくとも、勇者が少しでも自らの頭を働かせて思い出せば、すぐに見抜けたはずだった。
先の放送で名前を呼ばれた参加者が、たった五人しかいないことを。
その中に、星矢がいたことを。
この死体の主は、ダイが斗貴子に襲われた後に、殺害されたということを。
星矢は、岡山から大阪へと向かうまもりを追っていったことを。
そして、死体の年代を。
彼が正常に、自らで判断をしていれば、両目を塞がれても見抜けたはずだった。
死体が星矢である可能性が、極めて高いことを。
その死体の主が、ダイにペガサスの聖衣を託した、仲間だということを。
ミサが、ダイの仲間を侮辱したことを。
そして、『誰かを護る謂れなどない』という想いが、
『死なせてしまった』という罪悪感からの、逃避に他ならないことを。
彼に確かに存在した、『誰かを、仲間を、護りたかった』という想いの、結果だという矛盾を。
行動方針の、最大の矛盾を。
彼は、気づかない。
どう、ライト?
ミサは馬鹿な人間を操るのも上手いでしょ?
そして、ダイの手を引いてほくそ笑む少女も、また気づかない。
『ああ、愛してるよミサ』
かつてミサにそう言った愛しい男は、ミサにそう言った時に、
今、ミサがダイを見る目と、まったく同じ目で、ミサを見ていたことを。
彼女と会話をする『夜神月』が、幻影だということを。
彼女は、気づかない。
見えてないのは、だぁれ?
見落としたのは、なぁに?
【兵庫県南東部・廃墟化した市街地/二日目/夜中】
【ダイ@ダイの大冒険】
[状態]:失明、全身に裂傷、ミサへの疑念を再び封じ込めた
[装備]:ダイの剣@ダイの大冒険
[道具]:首さすまた@地獄先生ぬ~べ~、クライスト@BLACK CATアバンの書@ダイの大冒険
ペガサスの聖衣@聖闘士星矢、支給品一式、食料二日分プラス一食分
[思考]1:大阪へ向かい、LとLの一味を倒す。
2:後悔と悲しみ。もう自分勝手な行動はしない。
3:ミサを信頼。ミサの言う事に従い、Lを始めとする悪い奴を倒す。
4:今度、斗貴子に会ったら確実に倒す。
5:沖縄に向かい、主催者を倒す?
※ミサの発言に、再び疑念を抱きましたが、再び封じ込めました。
※死体の少年、麗子、まもりを殺したのが斗貴子だと認識しました。
(目が見えなかったので、死体を星矢だと気づいていません)
※斗貴子を、L(および謎のマスクの男)の仲間だと思っています。
【弥海砂@DEATHNOTE】
[状態]:全身各所に打撲あり、精神崩壊しているが目的は明確
衣服が血と泥に塗れている(乾きかけ)
[装備]:魔槍@ダイの大冒険
[道具]:荷物一式×4(食糧8日分プラス一食分)、装飾銃ハーディス@BLACK CAT
盤古幡@封神演義、壊れたスカウター@DRAGON BALL
[思考]1:ダイを操り人を殺す。最大目標はL。
2:その為に大阪に向かう。
3:優勝しライトを生き返らせる。
補足
星矢の支給品と食糧は、ミサが持っています。
ミサは星矢(名前を知らない)を殺したのは斗貴子だろうと思っていますが、
斗貴子とLの関わりについては、適当なハッタリで、ミサ自身は信じていません。
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最終更新:2024年08月04日 01:02