428:冷静と情熱の間 ◆8nn53GQqtY
闇の中。
揺られている。
誰かに運ばれているような、断続的な揺れが、まどろみの波とシンクロする。
朦朧とする暗闇の中で、また声が聴こえてきた。
志村新八にとって、すっかりお馴染みの、あの声が。
――おい、新八。
――はいはい、またこのパターンですか、銀さん。そんな何回も見に来なくても、僕はだいじょ……
――よし、とりあえずまだ生きてるみたいだな。
銀魂唯一の生き残りのお前が死んじまったら、銀さん回想シーンにすらも登場できなくなっちまうからなぁ。
もう少しは頑張ってもらわんと。
――テメーの出番の心配かよォォ!!
……てゆーかアンタ、この二日で何回夢の中に出てくるんだよ! どんだけこの世に未練たらたらなんだよ!
――いやいや、読み手にしてみれば、かなーり懐かしの再会だぞ。「
暴走列島~信念~」が何年前に書かれたと思ってんの?
――こんな終盤になってメタ発言は止めろぉぉぉ!!
ただでさえ色々危うい世界観がますます危うくなるから!しかも色んな意味で先行き不安になるから!
――最初にどーせ原作じゃないとか言い出したのはお前だよ?
正確に言うと244話「
サムライスピリッツ、燃ゆ」の回想シーン……そうそう、今回は正にその時の話をしに来たんだわ。
――無理やり話題変えましたね。しかも何でそういう揚げ足取りだけ記憶が細かいんですか。
――『護りたいものが護れなかった時はどうすれば良い』って聞いたろ。その話だ。
――………………
――お前、前に会った時より、だいぶいい顔をするようになったじゃねぇか。
しかし、決意したからってなかなか上手くいかないのが現実だからねぇ。俺も戦争中は色々とあったわけだし。
――初めて聞きますね。攘夷戦争の話。
――正直、万事屋でやってたこととあんま変わらなかったからな。
他人の命を背負って戦ったことがあった。背負いきれずに取りこぼしたことがあった。
……もうこんなもん背負いたくねぇと、何度思ったかしれねぇ。けど、またいつの間にか背負い込んでた。その繰り返しだったな。
――けどな、実際に死んでみて思ったんだが……
――……俺があの時奴らを背負わずに、そのまま奴らが死んじまったら、背負って死なせた時の何倍も後悔してただろうな。
――大事なのは、自分の選択を後悔するかどうか、ですか。
――まぁ、問題はその苦行に『魂』が耐えられるかってことなんだけどな。
俺はよく知らんが、そっちにはあんまり何もかも背負い過ぎちまって、心が折れた奴もいるっぽいぞ。
生真面目に生きてる奴はこれだからいけねぇ。
※ ※ ※
―――それでは皆さん、ごきげんよう。さらなる奮闘を期待していますよ。
何度聞いても慣れることのない、七度目の“死を告げる声”が、仙道たちの頭の中に響いた。
「そんな……」
香の絶句が、夕闇の中に沈んだ。
一刻も早く、琵琶湖から遠ざかろうと進んでいた五人の歩みが、止まる。
その放送が、彼ら五人に与えた影響は、決して小さなものではなかった。
呼ばれた人数は、五人。これまでの死人に比べれば、まだずっと少ない数だ。
しかし、その死人の名前は……
幾つかの名前の羅列が、全員の心に重たくのしかかる。
――姉崎まもり
今は睡眠の中にある、志村新八の仲間だったという少女。
――ケンシロウ
サクラが最期を見届けた、吸血鬼
DIOに殺された協力者。
――ピッコロ
「ドラゴンボール計画」とやらで、優勝する予定だった人物。
すごく強いはずの、参加者。
そして、
――星矢
――秋本・カトリーヌ・麗子
五人が探していた、もう数少ない、
太公望の仲間。
そして……
「ちょっと、大丈夫?リョーマ君……」
「ん……」
香の呼びかけに、越前リョーマは微かに頷く。
最後尾を歩く仙道からは、その表情が分からない。
短い返事には、幾分か力がない。しかし、すぐに反応できるだけ、まだしっかりしている方だろう。
「そっか……星矢と麗子さん、もう会えないんだ」
……越前リョーマの、仲間だった二人。
彼が誤って殺害した、キルアの仲間だった二人。
決死の覚悟で、謝罪に臨もうとしていた相手。
彼だけが、星矢という少年と麗子という女性に、直接に会っていた。
仲間を二人も失ったというだけではない。
己の罪を償う手段の一つが、永久に失われたのだ。
リョーマが強く左拳を握りしめるのを、仙道は見た。
衝撃を受けたのはリョーマだけではない。
先頭を歩くサクラが振り返り、一同の表情を見渡す。
懼れていたことが起こった。
サクラでさえそういう表情を隠せなかった。
かく言う仙道自身は、傍目に見てどういう顔をしているんだろうか。
しかし、ここでこの場を治めるのが自分の役目だということははっきり分かる。
きっと、仙道が一番落ち着いている。
「大丈夫です。まだ――」
「だいじょーぶです」
……ん?
越前リョーマの背中から、奇声が漏れた。
「新八さん?」
リョーマが新八を背中に括り付けたまま、真後ろを振り向こうとする。
寝言の主は、やけにしっかりした口調の寝言を続けた。
「たとえ、誰かを見捨ててそれで生き残っても、侍は死ぬんです。
なら僕は、背負える仲間が残ってる限り、血反吐はいても最後まで背負いますよ。
そう教えてくれたのは銀さんじゃないれすかぁ……」
何の脈絡もなく、正に背負われている人間が言うには締まらないはずの長い言葉は、
静かな闇に不思議なぐらいすんなりと落ちた。
一同が沈黙する中、妙に間延びした語尾の長い寝言が途切れる。
「ん?」
寝息も同時にぷつりと途切れた。夢から覚める寸前のように、もぞもぞと動く。
その時だった。嫌な予感でも感じたかのように、リョーマが慌てだした。
「ちょっと待って新八さん、今いつものノリで起きたら……」
しかし、半覚醒の人間に話しかけるのは逆効果ではなかろうか。
案の定、寝ぼけ眼の眼鏡少年は顔を上げて周囲をぼんやり見渡す。
次の瞬間、仙道はリョーマが慌てた理由を知った。
「ってここ何処おぉぉぉ!!? なんかいっぱいいる皆さん誰えぇぇぇ!?」
もしこれが通常の覚醒なら、起き上がって後ずさりするリアクションをしていただろう。
しかし現在の新八は、越前リョーマにおんぶされ、布で括りつけられた状態にあり――
「あ、ちょ……」
「のわぶっ!?」
二人一緒に、地面にべしゃりとコケた。
「……状況を説明するから、取りあえず降りてくんない?」
布で括りつけられたまま、下敷きにされたリョーマが不機嫌そうに言った。
しかしそう言った声は、たった数秒の間にも関わらず、幾分か元気を取り戻しているように聞こえた。
「かいつまんで言うと、さっき紹介したサクラさんが俺たちの傷を治療してくれた。
今はサクラさんや、仙道さんたちの仲間と合流する為に、一緒に四国の方に向かってるところッス。
そして、急いで移動しなきゃならないから、歩きながら話してる。分かった?」
「うん、だいたいは……ってことは、僕何時間寝てたんだ?
その間ずっとお荷物状態?もしかして運ばれながらまた寝言言ってた?」
「大丈夫よ。むしろ、熟睡してくれて助かったわ。休める時にしっかり回復してほしいから」
別段気にした様子もないサクラに、新八がとにかく頭を下げて治療の礼を言う。
新八のハイテンション状態に戸惑いながらも、一行は素直に打ち解けた。
良いタイミングで目覚めてくれてありがたい、と仙道も安堵する。
サクラ達と合流してから、ずっと――気持ちよさそうではあったが――寝たきりだった新八が歩けるようになったことで、
放送を聞いて一同に広がりかけた闇が、ずいぶんと薄らいだ。
「これから俺たちには四国で、太公望さんの仲間の『ダイ君』を探すっていう仕事がある。
それに兵庫で待ち合わせてる、サクラさんの仲間の『両津さん』も。それに、香さんの仲間の洋一君もまだ生きてる」
新八にだけでなく、皆に聞かせる為にも、仙道はまだ生きている者の名前を数えた。
サクラも、噛みしめるように話す。
「それに、
アビゲイルさんから、『決して振り返るな』って言われちゃいましたからね。出発して早々に立ち止まってはいられません」
「ういッス」
新八も、直前の放送で何かが起こったことは察したようだが、今はまだ四人が話すのに任せている。
おそらく、アビゲイルもこの放送で最悪、麗子たちの名前が呼ばれる可能性を危惧したのだろう。
だからこそ、「振り返るな」と激励を付けた。
(感謝します)
香が、おそらく意図して全員に聞こえるよう声を張り上げた。
「それに、ダイくんと両津さんは、最初にいた仲間のほとんどを喪ってしまったんでしょう? 今、一人で行動しているかもしれない。早く合流して、あなたたちにはまだ仲間がいるんだって、伝えなきゃ」
その言葉に、仙道たちも気づかされた。
全員が、自分と、ここにいるメンバーの悲しみと向き合うことばかりに精一杯だった。
そんな中でもこの人は、どこにいるとも知れない、今生きているかも分からない人間の立場になって心配をしている――
「……うん。それに、そのダイって奴は、麗子さんたちの仲間みたいなものだから。俺も合流したい」
「そうっスね」
「急ぎましょう」
「よく分かりませんが、分かりました」
力強く頷く、四つの顔。
香の強さは、確実に四人ともに伝染した。
サクラが地図も見ずに、先頭に立って山道を進む。
未だ地図なしでこの国を歩けないリョーマには、少し羨ましい才能だ。
「このまま南下すると『メイシン高速道路』と呼ばれる、広い道に出るそうです。
山の中を歩くより、そちらを迂回した方が兵庫までは早そうです。
大きな道路を歩くのは抵抗がありますけど、残り人数が人数だから、多少は危険でも人と会える機会は増やしておきたいし」
「殺し合いに乗った人も、減っているかもしれないわね。
犠牲になった人たちの数も――まだ五人も亡くなったけど、だんだんと減ってきているし」
「そーッスね。あの
フリーザとかいう気持ち悪い声のおっさんも、焦ってるみたいだったし。
もしかして、首輪を外せそうな参加者がどこかにいるんじゃないッスか?」
「焦ってた?」
そうだ、新八だけ放送を二回も聞き逃している。
藍染や姉崎まもりの死を伝えないといけないけど、先に話題になったことに答えた。
「さっきの放送で言ったんだ。『脱落者のペースが落ちた』って悔しがってたよ。
『死者蘇生』をダシにして殺し合いをさせようとしたのに、それが全然上手くいかなかったから、イラついてた。
あんな分かりやすい釣りに引っかかるわけないじゃん」
しかし――
「え?」
「悔しがってた?」
「イラついてた?」
仙道、香、サクラの三人とも、怪訝そうな顔をした。
「うん。だから乗ってない奴のことを『小細工を続けている卑怯者の集団』とか馬鹿にしてたじゃないッスか。
負け惜しみでしょ? それまでの放送では、何だか……日本語で何て言ったっけ? 『インギンブレイ』な奴だったのに」
サクラは、持ち前の記憶力を手繰り寄せた。これまでの放送の、フリーザの発言を思い返す。
第一放送。
八時からの禁止エリアは『北海道』と『宮崎県』です。
鹿児島にいらっしゃる皆さん?早めに移動しておかないと、熊本が禁止エリアになったりしたら閉じ込められてしまいますよ?フフ…
第二回放送。
さて、朝よりは若干ペースが落ちてしまいましたが、まずまずというところでしょう。
これからに期待させてもらいますよ。
この先もっともっと禁止エリアが増えていって、嫌でも戦うようになりますからねぇ。
…皆さんには『お仲間』がいらっしゃる方が多いでしょう。
もう『お仲間』が死んでしまわれた方は残念なことです。
そして、まだ生きていてほっとしている方…注意した方がよろしいかもしれませんよ。
第四回放送。
それでも一日目で半数以上の脱落なら上出来です。及第点といったところでしょうか。
しかし脱落者が少なくなっていくのは遺憾であり、残念無念極まりない。
第五回放送。
今はまだ晴れていますけど、これから後は曇りのち雨、所により雨足が強まる恐れがあるでしょう。
お勤めに向かう際には傘の用意をお忘れなく。ホホホ……
そして先ほどの第七回放送。
今回は首輪の爆発でお亡くなりになった愚か者がいますので。
いやはや実に……フフッ……滑稽でしたねぇ。あんな手があったとは。
虫ケラなりの意地、というやつですか。
そうですねぇ。私も未だに現実を受け入れず小細工を続けている卑怯者の集団より、好感が持てますよ。
私は反省しているのですよ。性急過ぎたと、ね。
あの『ご褒美』が良い刺激になるとばかり思って決断してしまいましたが、
逆に脱落者のペースは落ちるばかりで……
機関車を一車、破壊したお馬鹿さんたちがいました。
まったく何を考えているんでしょうねぇ。
「言われてみれば……」
確かに、それまでの放送より、侮蔑が直接的に出ている。
しかも、やや優越感に欠けている印象があるような……
ただ、上品な嫌味っぽい口調に隠されていて、ほとんど気に留めていなかった。
「リョーマ君、もしかして、今までの放送、全部分析してたの?」
先頭を歩いていたサクラが、いきなりリョーマの目の前までやって来て問い詰めた。
「分析したつもりなんてないよ。ただ……」
「ただ?」
リョーマは戸惑いながらも、きっぱりと答える。
「『王』の割にはずいぶん子どもっぽい奴だったから、分かりやすかった」
最終更新:2024年08月02日 01:36