0422:Monochrome ◆PN..QihBhI




 ノイズが耳を衝く。
 スクリーンに灰色の砂嵐が渦巻いていた。
 不意に短い電磁音が聴こえた。チャンネルが切り替わる。


『……ミサ、さん……』
『ダイ君、落ち着いて。辛いのは、分かる。私も辛いもの。
 でも、でも、きっと何とかなる。だから、ね?』


 流れていたプログラムは、見覚えのあるワンシーン。


『……分かったよ。俺は休ませて貰う。両さんを頼むよ』
『ええ、任せて』


 背を向けるダイ。

 倒れ伏す両津の姿。

 刃が振り下ろされる。

 肉に突き刺さり、鮮血が吹き出す。

 乱れる周波数。明滅するスクリーン。

 呻き声。

 苦しみに歪む顔。

 憎しみに歪む顔。

 フラッシュカットのように、断続的に切り替わる。


『ダイ君、泣いて、良いんだよ。
 どうしていいか分からない時は、泣いて良いんだよ……』


『うわああああああああああああああああああ―――』


 ボリュームが許容値を超える。
 その寸前で、再生はブツリと途切れた。いやチャンネルを、変えた。

 再び砂嵐が荒れ狂う。
 ノイズの狭間から、音声だけが流れていた。


『ライトを生き返してもらう?
 ピッコロ?ああ、そんなの居たわね。
 でももう良いの。ミサ、思い出したから』


 思い出したのは、
 心に刻まれたキーワードは。


『慈悲深い私は、優勝者に『ご褒美』を与えることにしました。
 今回新たに追加する優勝者への『ご褒美』は誰か御一人の『蘇生』です』


 そこで切断。そして暗転。
 訪れた静寂の中で、ミサは囁いた。


―――もう少しだよ、ライト。


 □■  


 燃え尽きてゆく。
 光も闇も色褪せてゆく。
 世界の色彩はモノクロに。
 世界の音色はモノラルに。

 荒野に伏す勇者。
 心の空は灰のよう。


 □   ■


 どうしたんだ。
 まだ、何の決着も付いてないのに。
 どんな時にでも、絶対に諦めちゃいけないのに。

 立て、立つんだ。

 おかしいよ。
 どうしてオレ、立てないんだ。

 オレは勇者だろ。
 バーンや他の主催者達、それにフレイザードも生きている。
 悪いヤツらと戦うのが、オレの使命だったんじゃないのか。
 まだ誰も倒していないじゃないか。

 違う。

 オレが戦いを始めた理由は、
 地上の平和と、大切な人達をまも―――


『ふふっ、頼りがいのありそうな勇者じゃな』
『君は強い、公主さんをしっかり守るのだ』


『言葉のままじゃよ!全く成長の兆しが見えぬお主があまりにも哀れでならん』
『て、てめえ…!もういっぺん言ってみやがれ!!』

 太公望、富樫さん。

『心配いらん、市民を守るのが警察官の役目だ。どーんと大船に乗った気でいたまえ!』
『あーら、両ちゃん。若い女の子の前だとやけにかっこつけるのね。いやらしい!』

 両さん、麗子さん。

『あんた達と会えてよかった…必ずみんな一緒に元の世界に帰りましょうや』
『阿呆が…』
『こういう状況になってしまった以上、俺は俺が出来ることをするだけです』
『俺は二度と子供を殺させはしない……!!』
『――そんなもの、オレの小宇宙で打ち砕いてやる!』

 みんな、みんな。


 □  ■  □ 


 燃え尽きてゆく。
 志も正義も虚しく霧散してゆく。
 熾火のように、線香花火のように。

 砂漠に朽ちゆく勇気。
 心の彼方に蜃気楼。


 □   ■


「ダイくんは悪くない」

 声。

「悪いのはLよ」

 える。誰。

「全ての元凶。裏で手を引いているのは、L」

 そうなのか。

「あいつを放っておくと、犠牲者はもっと増えるわ」

 くっ。

「ミサ、あの時、ちゃんと見てたよ。竜の騎士って呼ばれてたよね」

 ううっ。

「あの主催者にも立ち向っていった、その力があれば」

 ミサさんも―――

「Lなんて―――」
「まだオレを戦わせようとするの?」


 □  ■  □  ■


 息を呑む音。
 沈黙したミサに、跪き頭を垂れたまま、喚くようにダイは言った。

「どうしてみんな、オレに無理な事をさせようとするんだ。
 オレはみんなが思っている程、強くも偉くもないんだ」

 鬱積していたものが、どす黒い感情が、止めどなく溢れてゆく。

「みんなは、オレを勇者だと言ってくれた。
 オレもみんなの力になりたいと思って頑張ってきた。でも」

 拳を打ちつけた。衝撃で体が揺れ、地に亀裂が奔る音がした。

「こんな力があっても、あのフリーザってヤツには歯が立たなかった。
 殺し合いも止められなかった。仲間も、守れなかった」

 感情が抑えられない。分かってる。
 こんなの八つ当りだ。でも止まらない。ダイは更に言い募った。

「それなのにミサさんは、オレなら何かできると、
 オレを本当の勇者だと思い込んでるの?みんなのように」

 返事は無い。
 かわりに、
 足音が、
 ひたり、と。

「勇者はかっこ良いとか、何でも出来るとか、みんな簡単に思ってるんだ。
 でも、注目されて、みんなの命を背負って戦う辛さが、ミサさんには分かる?」

 ひたり。

 ひたり。

 ミサが無言で近付いて来る。ゆっくりと、一歩、一歩。

 警鐘が、心の何処かで鳴っていた。
 しかし、渦巻く負の感情が、それを掻き消してゆく。

「もうオレは限界なんだ。
 これ以上誰かがオレに期待して戦ったりしたら、
 みんなや父さんみたいに、オレの前できっと」

 最低だ。ミサさんは何も悪くないのに。
 でも、分からない。この気持ちをどうしたら良いか、分からない。

 足音が止まった。
 息遣いが聴こえる。
 それ程に、気配は近い。
 そのまま、時が凍りついた。








「可哀想なダイくん」

 頭上から、声が落ちてきた。

 そしてカランカラン、と乾いた音が響き渡った。
 槍のような長い物を落とした。そんな音。

 顔を上げた。
 刹那、体が宙を浮き、そして、


 抱き締められていた。


 □  ■  □  ■


 その瞬間は、良く分からなかった。
 しかし徐々に、やがてはっきりとした形となって全身を駆け抜けてゆく。
 女の人の柔らかさが、温もりが、甘酸っぱい香りが、耳元を擽る熱い吐息が。
 触れ合った頬が濡れていた。体も小刻みに震えている。

「分かるよ」

 どのくらいの時を、そうしていたのか。ミサが呟くように言った。

「勝手に期待して、勝手に失望して、勝手な事を言う。
 人間って、みんな勝手だよね」

 嗚咽交じりの、か細い声でミサが囁き掛けてくる。
 ミサの手が、後頭部にそっと添えられていた。
 混乱した。何で泣いているの。怒らないの。見捨てないの。

「偶像の、華やかさなんて見せかけだけ。心の叫びなんて、誰にも聴こえない。
 世間はただ、自分の都合の良いように想像したり、利用したりするだけ。
 それを、ミサは知っていたはずなのに。ごめんね、ダイくん」

 謝られて、頭が真っ白になる。
 彼女の言葉の中に、責めや怒りのような響きは微塵もなかった。
 あるとすれば純粋な悲しみと、大いなる優しさ。
 それが混沌とした意識の中に、何よりも強く触れてきた。

 今まで、こんな風に言ってくれた人は居なかった。
 今まで、こんな風に抱きとめてくれた人は居なかった。
 みんな、ダイなら何かできると、そんな目で見るだけだった。
 本当は寂しかったのかもしれない。
 こんな安らぎが、欲しかったのかもしれない。

 いつしか世界が、溢れんばかりの輝きに満ちていた。
 それは太陽。見えるはずの無いこの目に、確かに太陽が見えていた。

 不意に、眩しさが遮られた。
 太陽を背にして、ダイの顔を影法師が覗き込んできた。
 その姿は、その表情は逆光に隠されていたが、
 それが誰なのかを、ダイは知っていた。


―――母さん。


 呼び掛けると、微笑ってくれた気がした。
 ただ嬉しくて、涙だけが流れ続けていた。


 □    ■


 灰色の荒野に、一筋の光が射した。
 無限の砂漠で、オアシスを見つけた。

 そよ風が吹いて、
 燃え尽きたはずの灰が紅くなるように、
 仄かな温もりが心に燈った。


 □  ■  □  ■


 その後、ミサから聞いた事。
 この世界に連れ去られる前の事。
 ミサがアイドルという職業である事。
 世間の目に晒され、重圧の中で生きていた事。
 殺された両親の事。そして愛する恋人の事。

 この世界に連れ去られた後の事。
 愛する人。夜神月という恋人が『Lに殺された』という事。

 その声は悲しみに満ちていて、語られる一語一句が、切々と胸に響いた。
 やがて全ての話が終わると、最後に、促すようにミサが言った。

「行きましょう。Lと、Lの一味は大阪にいるわ」

「うん。ミサさんはオレが守ってみせる。
 ミサさんの恋人を死なせたヤツを、オレは許さない」

 立たされた境遇。大切な人達を亡くした過去。
 抱き合って、一緒に泣いて、何処かで分かち合えた気がした。
 守りたい。そう思える人を、また見つけられた。
 だからまだ戦っていける。勇者としても、一人の男としても。

 そしてポップ。残された最後の、でも最高の友達。
 こんな自分の苦しみを、ポップだけは分かってくれていたと思う。
 そのポップもまだ生きている。きっと自分を探しているだろう。

 ダイが強く頷くと、ミサもドンと胸を叩いて言った。

「でも悪い人の顔を見ても、ダイくんには分からないでしょ。
 戦う相手を決めるのは、このミサ姉さんに任せなさい」

「うん。オレにはもうポップ以外の知り合いは居ないんだ。
 だからミサさんが戦えと言ったヤツと戦うよ。
 目が見えなくても、気配だけなら何となく読めるから」

「ポップ、くんね。分かった」

 そして、ダイは立ち上がった。
 歩き出そうとして、しかし振り向いた。
 そこにあるのが、闇だけだと分かっていても。


―――両さん。

 思い出を、思い出そうとしても、怒鳴り声ばかりが耳に浮かんだ。
 いい加減で、子供っぽくて、麗子さんと口喧嘩ばかりしていた。

 でも今なら分かるよ。
 オレは両さんが好きだった。理屈なんか抜きで、好きだったんだ。
 もっと一緒に居て欲しかった。あの豪快な笑い声を、また聞きたかった。

 ごめん、オレのせいだよね。
 でも、オレ行くよ。守りたい人を、見つけたから。

 肩に、手が置かれた。元気づけるようにミサさんが言う。

「さ、行こ。ダイくん」

―――さよなら、両さん。

「うん」


 ふらつく脚と、朦朧とする意識を叱咤して歩き出す。
 追って来るミサの足音と、視線を背中に感じながら。

―――うふふ。

 不意に、肌が粟立った。理由の無い疑念が湧き上がる。
 何度となく感じた違和感。しかし、それをダイは肚に押し殺した。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 燃え滾る愛は、
 光も闇も呑み込んでゆく。
 世界の色彩はカラフルに。
 世界の音色はコンチェルト。

 仮面を纏いし歌姫の、
 心の舞台は花模様。


 運命のラストステージ。

 クライマックスが迫る。

 動き出せマリオネット。

 万華鏡の中で踊ろう。


 ◆ OFF ◇


【岡山県/瀬戸大橋手前の民家から少し離れた場所/二日目・夜】

【ダイ@ダイの大冒険】
[状態]:失明、全身に裂傷、ミサへの微かな疑念を封じ込めた
[装備]:ダイの剣@ダイの大冒険
[道具]:首さすまた@地獄先生ぬ~べ~、クライスト@BLACK CAT、アバンの書@ダイの大冒険
    ペガサスの聖衣@聖闘士星矢、支給品一式、食料二日分プラス一食分
[思考]1:大阪へ向かい、LとLの一味を倒す。
   2:後悔と悲しみ。もう自分勝手な行動はしない。
   3:ミサを信頼。ミサの言う事に従い、Lを始めとする悪い奴を倒す。
   4:沖縄に向かい、主催者を倒す。

【弥海砂@DEATHNOTE】
[状態]:全身各所に打撲あり、精神状態は不明だが目的は明確
[装備]:魔槍@ダイの大冒険
[道具]:荷物一式×3(二食分消費)、装飾銃ハーディス@BLACK CAT、盤古幡@封神演義
[思考]1:ダイを操り人を殺す。最大目標はL。
   2:その為に大阪に向かう。
   3:優勝し月を生き返らせる。


補足
両津の埋葬はしていません。大阪へ向かう事を優先させました。
両津の遺品、武器はダイとミサがそれぞれ持っています。
支給品一式、食料二日分プラス二食分は、そのまま放置されています。


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420:RED ダイ 429:見えてないのどっち
420:RED 弥海砂 429:見えてないのどっち

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最終更新:2024年07月31日 16:55