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ありがとうは、照れくさい

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だれでも歓迎! 編集
 最近のレッドベリルの行動……何となく、察しはついていた。でも俺に見せる普段の態度を見て、どうしてもそれが現実味を帯びることはなくて。
 だが、今ドアの隙間から漏れる光を見て、予想は確信に変わった。
「んぅ……あーもおっ、全然上手くいかない……」
 ドアの向こう、物音と共に小声で文句を言うレッドベリル。
 この向こうは居間。そして台所。居間の電気は暗いままだが、その奥から見える光。台所の電気が点いている。
「うぅ、全然ダメ……どーしてあんなに上手くできるのよぉ」
 ……今、向こうでレッドベリルは料理の練習をしている。見えなくても、確信が持てる。
「えーっと……う、卵これしか残ってない」
 俺と一緒だった。
 徹夜で料理の練習をしたのも、ずいぶんと懐かしく感じる。毎晩包丁とフライパンを持ち替えて、眠い目をこすりながら卵を割って。眠気で頭がおかしい状態で包丁を握って、危ない目に遭ったことだって……。
「マスターのは……まずタマネギを……痛っ!」
「え、おい! 大丈夫かっ?」
「うわああぁぁっ!!」

 まぁ、つい、うっかり。
 隠れて見守るつもりだったが、レッドベリルの声を聞いて飛び出してしまったわけで。……いつからこんな心配性になったんだ、俺は。
「せっかく黙ってたのに……マスターのバカ」
「バカとは失礼な。お前の身長じゃ救急箱に届かないくせに」
「むっ、身長のこと言わないでよバカマスターっ」
 全然サイズの合っていない、俺のエプロンを身につけたレッドベリル。その手から繰り出されるぽかぽか攻撃。エプロンが可愛く揺れるが、相変わらず痛くはない。
「はいはい。それより……」
 何というかまぁ……台所はなかなかすてきなことになっている。
 散乱した卵の殻、野菜のくず、油、フライパンなどなど……何でもかんでも出せばいいってものじゃないぞ、ったく。
「毎晩やってたのか?」
「……マスターが、いないときだけ。だいたい今日帰ってくるの早すぎ」
「まぁ、そうだろうな。だけど何となくこういうことしてるなっていうのは分かった」
 ふくれっ面でうつむくレッドベリル。相当俺を驚かせたかったのかね……いや、この状況を見て充分驚いているが。
「で、完成品はあるのか?」
「……ない」
「嘘つけ。これだけ卵使っててないってことはないだろ」
「……ないもん」
 きっと、今まで作ったのは失敗作だとか、そんなことを思ってるのだろうか……失敗作で、こんないい匂いはしないと思うけどな。これは卵とケチャップの匂いか。
「オムライス作ってたんだな」
「べ、別に。あってもマスターのためじゃないモン」
 さっきは黙ってたのにとか言ってた気がするが。
「はいはい。で、完成品は?」
「だ、だからないってば! そそ、それに……できてたとしても、あたしの夜食だもん」
「夜食は太るぞ?」
「お、乙女に太るとか言わないでよっ」
 またぽかぽか攻撃。
「じゃあ味見させてくれ」
「やだ。ないもん」
「じゃあ毒味」
「毒じゃないっ、ちゃんと食べられはするんだから!!」
「やっぱりあるんじゃないか」
「う……」
 何というか、単純な奴。でも、なんだか可愛げがあるんだよな。そういうところが。
「……バカに、しない?」
「そんなことしないぞ」
「……ホント?」
「レッドベリルの拳に誓って」
「変な誓い」
 拳だと容赦なく俺の顔面をとらえるからな……。
「……分かった」

「はい……」
 俺の目の前に出されたオムライス。
「ペリドット姉さんに、ケチャップの作り方教わったから……作った」
 黄色い卵は、いびつな形ながらも半熟。それを、ケチャップが彩っている。
 何というか、やや手は込んでいるが家庭で出るごく普通のオムライスだ。どこか安心させるような、そんな雰囲気。
「じゃあ、いただきます」
「全部食べないでよ。あたしも食べるから」
「はいはい」
 レッドベリルの視線を受けながら一口。
「……笑わない?」
 どうして今さらそれを聞くのか。
 だが、この味。見た目だけじゃなく、味もなんだか懐かしい。親の作ったオムライスとか、そんなものではない。これは……。
「……美味い」
「ホント?」
「ああ。美味い」
「ホントにホント?」
「しつこいぞー」
「……驚いた?」
「少しだけ」
 その言葉に、ふくれっ面になるレッドベリル。
「むぅ、だから知られたくなかったのに……」
「なんか言ったか?」
「べ、別にー」
 自分の口に手を当てて、実に不満そうなレッドベリル。先ほど貼った絆創膏が目につく。
「でも悔しいけど、マスターが作ってくれたのよりは全然だよね……」
「そりゃそうだ。ペリドットさんの指導がいいからって、そう簡単に追い抜かれてたまるか」
「む……謙遜ぐらいしなさいよー」
「はっはっは。だけどなレッドベリル、俺だって練習してたころはこんな味だったんだぞ」
「え?」
 レッドベリルが作ったオムライス。徹夜の特訓に明け暮れて、眠い目を擦りながら作った俺のオムライスと、同じ味。
「なんつーか、懐かしいんだよな。この味」
「そ、そう。マスターと、同じ……」
 驚いた表情の後、うつむき加減のレッドベリル。
「何だよ、不満か?」
「べ、別に不満なんて言ってない。ただ……そう、一緒なんだ」
「ああ」
「……マスターは、美味しいって思った? 自分の」
 唐突な質問。
「いや、お前と同じ。あまり美味しくないと思った」
「……じゃあ、どうしてあたしのは美味しいの?」
 その答えも、ちゃんと分かっている。
 料理人として鍛えた経験と知恵とか、そういうものじゃない。もっと単純な理由。だけどそれが、限りなく正解なんだろう。
「そりゃあお前、違うところが一つだけあるだろ」
 俺とこいつの、明確な違い。
「ちゃんとした食わせる相手が、近くにいるからだろ?」
「え……」
 目を丸くするレッドベリル。そして、すぐ頬を赤くする。最近こいつの行動パターンが手に取るように分かる。
「べべ、別にっ、マスターに食べさせるものじゃないモンっ! か、勘違い、そうよ勘違いっ。マスタープロのくせに舌が鈍いっ!」
 そんなあわてた様子で言われても、怒りどころか笑いしか浮かばない。
「だ、だいたいマスターは……あたしが来て料理上手になったっていうの? じゃないと信用できないー」
「そこを聞いてくるか。まぁ……少しは」
「少しぃ~? じゃああたしにはちゃんとした物食べさせるつもりないんだーっ」
 ふくれっ面で、テーブルに置かれたオムライスを回収する。というかどうしてそうなるんだか。
「もう食べちゃダメ。あとはあたしが一人で食べるもん」
 皿を持ってリビングを出て行こうとする。何というか、すべてがほほえましい……と思えば、今度はドアの前で立ち止まる。
「……お、美味しいって言ってくれたのは……感謝、してあげる……おやすみ!」
 それだけ告げると、逃げるようにしてリビングを出て行く。
 ……感謝、ね。
「少しって言うけどな……その少しが重要なんだぞ」
 自室に閉じこもったであろう同居人に向けた言葉。
 ……ありがとう。本当はその一言を、言うべきなのかも知れない。
「ったく、片づけろっての」
 立ち上がり、ごった返しの台所に向かう。ずいぶんとせわしない、あいつの努力した形跡。


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