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風邪

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匿名ユーザー

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季節変わりに風邪をひく。
子供の頃から体質のせいで繰り返してきたこととはいえ、
いい歳をして同じことを繰り返していると ちょっと自己嫌悪におちいる。

せっかくの連休だというのに、どこへも出かけることもなく部屋で眠る。
起きると彼女に叱られるから……。

いまも、夢と現の狭間を彷徨っている。
ふと、ぬくもりを感じる。
暑くも無く、寒くも無い。
ちょうどよい心地よい暖かさ。
春の陽だまりのようだ。

そして、あまずっぱい優しい香りに包まれる。
まるで、子供の頃に母親に抱かれていたような
静かで幸せな気持ちになる。

穏やかな気持ちのまま、また夢の中へ意識は沈んでいく。


まどろみから覚めた時に周りを見渡すと、ペリドットは椅子でうたた寝をしていた。
本を読んでいたのだろうか。
膝の上には先週末に僕が買って来たハードカバーが閉じられていた。

いつだって、どんな時だって、目覚めれば彼女がいる。
僕は……独りじゃない。
そのことを教えてくれた彼女は優しく、美しい寝顔を見せてくれていた。


どれくらいの時間が経ったろうか
彼女は目を覚まし僕と目が合った。

微笑んだ彼女の顔が近くにせまる。
おでこをくっつけて熱を測られる。 ちょっと恥ずかしいが、悔しいから言葉には出さないでおく。
にっこりと笑う彼女。 どうやら熱は下がったようだ。

何かを思い出したように彼女は部屋から出て行った。

ふたたび彼女が部屋に入ってきたとき、その手には小ぶりな土鍋。
あいかわらず基本は 外さない人ですね……。
今日は卵粥ですか、米の砕け具合といい、卵の火の通り具合といい、いつもながら本当に美味しそうです。

土鍋から小鉢に盛り付け、あさつきを散らす。
見た目に鮮やかで彩りよく、栄養価も問題の無い取り合わせ。
ありがたくて泪が出そうになる。

その小鉢から ひと匙すくい上げ 自らの口元へ運び息を吹きかける彼女。
「ふーっ、ふーっ」

使っているのは いわゆるスプーンではなく、木を削りだした匙だった。
そういえば、いつだったか「金属製のスプーンが熱くなって、結局は冷めるまで食べられないことがあるよね」
そんなことを話したことがあったっけ。
憶えていたんだね。

彼女の華奢な手が それを僕の口元へ運ぶ。
僕には、それを拒むことが出来なかった。
少し、照れくさくて顔が赤くなっていただろうけど。

いつもの料理にも増して、あたたかくて美味しいものだった。
彼女の目が嬉しそうに笑っていた。
僕も、なぜだか嬉しかった。


それから数日、僕の風邪はおさまり いつもの日常が戻ってきた。
今日も一日の終わりに彼女とソファーでくつろぎ
いつもと同じように彼女が淹れてくれたお茶を飲み
いつものお喋りに時間を費やすのだった。

彼女は僕の隣に据わり、僕の肩に頭を載せてくつろいでいる。
ああ、まどろみの中で感じた香りは、やっぱり貴女だったんだね。
あまずっぱくて、優しい香り。
僕が落ち着く香り……。

「どうかなさいまして?」

彼女が向き直り僕の目をのぞきこむ。

「寝込んでいた時に、君の香りを感じたんだ。とても気分がよかった。気持ちよく眠ることが出来たんだよ」

僕の言葉を聞いた彼女は嬉しそうに にっこりと笑ったんだ。

「そう言っていただけると私も嬉しいです。マスターの お役に立てたのですね」
「役に立つも立たないも無いものですよ。僕は、貴女がいてくれて本当によかった。病気だからでは無いですよ。
 貴女が来てくれてから、僕は独りじゃなくなったのです。
 独りだったころには思いもしなかったけれど、貴女がいない人生は とても淋しいものだったでしょうね。
 貴女を幸せにしたい。僕も、幸せになりたいと心から願うことが出来るのです」

彼女の瞳から光るものがこぼれたのは 気のせいではなかった。

「もうっ、女の子を泣かせるなんて 悪いマスターですねっ」

ついつい微笑んでしまう。

「幸せに……してくれますか?」

熱いまなざしが僕を見つめる。

「もちろんです。 僕の人生を懸けて貴女を幸せにしてみせ――」

言葉が終わらないうちに抱きしめられた。強く、強く。
腕に込められた力が彼女の想いを雄弁に語る。
愛しさを込めて彼女の髪を撫で続けた。
恋人同士の心地よい時間。
やがて、彼女が眼鏡をはずす。

「ねえ、マスター。 私、目が悪くて……眼鏡を外すと近くのものでもよく見えないんです」
「そうだったね。眠る時以外は外した顔を見たことがなかったね。その眼鏡を外して、どうしたんだい?」
「もっと近くに寄らないと……マスターの顔がよく見えません……」

首に回された腕に力が込められる。
僕には、それを拒むことが出来なかった。

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