自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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西暦2020年12月16日 12:30 日本国北方管理地域 第18地区

「一尉っ!」

 悲鳴のような声を聞いた佐藤は、運転席を見た。
 恐怖に歪んだ顔をした一士、彼の向こうに広がる光景。
 狭苦しい装甲板の隙間から見える外の世界。
 そこは、地平線が見えなくなるほどの敵軍集団の姿で埋め尽くされようとしていた。

「前進しろ、突っ込んだらギアをローに入れろ」
「一尉っ!?」

 運転手の一士は再び悲鳴のような声を出した。
 だが、彼の足は確かにアクセルを踏み込んでいる。
 車内の人々を無視し、彼は状況を管制する快感に酔い始めつつ無線機に向かって命令を下した。

「全車前進、ありったけの弾薬をくれてやれ。構う事はない、全部ひき殺せ。
 砲撃、空爆、なんでも要請しろ。撃ち殺せ、踏み潰せ、蹂躙しろ!」

 車列は前進を始めた。
 90式戦車が、89式戦闘装甲車が、96式装輪装甲車が、全ての戦闘能力を発揮し始める。
 全ての銃座と銃眼と砲台から破壊を撒き散らしつつ、ディーゼルエンジンの咆哮を轟かせつつ。

 加速度的に増す嫌な予感は、予知能力者や霊能力者でなくても分るほどに巨大になっていく。
 頑丈な装甲、この世界では無敵の装甲車輌、無数の支援部隊。
 そういったものに囲まれていても、それはなくならない。
 彼らは焦っていた。
 何が起こるか全くわからない。
 しかし、眼前の大部隊をあと二つも呼び出されれば、自衛隊は大陸から追い落とされてしまう。
 そうなれば、折角逃れたはずの日本の滅亡が、再び駆け足でやってくる。
 今度はどうしようもない。
 穀倉地帯が、鉱物資源が、石油資源が目の前にあるなか、日本は崩壊する。
 今まで闘ってきた事が全て無に帰り、それを責める人々と共に、消えてしまう。
 そんなことは、この場に居合わせた誰もの許容範囲外だった。
 だから彼らは諦めなかった。戦闘を継続した。
 アクセルを踏み込み、銃弾を、砲弾を撃ち込み、その次をさらに、その次を装填し、放ち続けた。



西暦2020年12月16日 12:45 日本国北方管理地域 第18地区上空

「呆れたもんだな」

 上空で空の脅威に備えていた合衆国空軍のとある中尉は、眼下に広がる光景に率直な意見を漏らした。
 大地を黒く染めて殺到する敵軍。
 100や200ではきかない。
 1000や2000でもまだ足りない。
 それ以上の桁の敵軍の真っ只中を、陸上自衛隊の戦闘車両たちが突き進んでいく。
 その周囲に降り注ぐ砲弾、ロケット弾、航空爆弾、ミサイル。
 まさにこの世の終わりの光景だった。
 次第にその光景は拡大されていく。
 地面が、敵が接近する。

「投下!投下!」

 後部席から報告が届く。
 機銃を撃ちっぱなしにしつつ機首を持ち上げにかかる。
 この世の終わりを回避するために遥か日本本土から駆けつけた彼は、大空を見つつ次の襲撃を行う準備を始めた。

「左翼の敵軍に爆撃を実施中」
「いいから前進を続けろ」
「了解」

 絶え間なく弾幕を張る車列の中心で、佐藤は冷静さを取り戻していた。
 向かって左で連続した爆発が発生する。
 待機に入っていたB-52Lの何機かが、全ての荷物を投げつけている。
 続いて右側で連続した爆発。
 どうやってかは知らないが、付近まで接近してきている特科による支援射撃だ。
 甲高い音、もっと甲高い音。
 爆発音、衝撃。
 空自か米空軍による近接航空支援である。
 
「先導の90式、機銃弾を射耗!」
「全速で進ませろ。踏み潰せばいくらかは倒せるだろう」
「了解!」

 戦車砲の咆哮も、機関砲の連射音も、徐々に減りつつある。
 だが、エンジンはまだ無事だ。
 車体も耐えている。
 内部にいる我々は無傷だ。
 ならば問題ない。何も問題ない。


「前方に障害物!違います!なんだありゃあ!?」

 何度目になるかわからない悲鳴。
 みれば、巨大な何か、わかりやすく表現するとゴーレムのような岩の化け物が、大地からゆっくりと立ち上がっている。

「あいつに殴られたら装甲車はやばいな。避けろ」
「りょ、了解!」

 冷静に言ってのけた佐藤に戸惑いつつ、死にたくはない運転手はハンドルを操作した。
 このとき、車列の中にいた戦車部隊の自衛官たちは、素晴らしい技量を発揮した。
 敵を遠慮なく踏み潰して位置を変え、ぶつかった者をなぎ払いつつ主砲をめぐらせ、車体が停止する前に砲弾を発射した。
 一瞬で砲弾は敵に突き刺さり、そして内部に収められた信管と炸薬を作動させる。
 無数の歩兵を殺傷するために作られた榴弾は、主力戦車に比べて遥かに脆弱な存在であるそれを瞬殺した。

「針路そのまま、目標までどれくらいだ?」

 運転手に命じつつ、佐藤は二曹に尋ねた。

「この速度ならばあと20分、そろそろ見えてくるはずです」
「ならば加速が必要だな。段差や障害物に気をつけろよ」

 再度運転手に命じつつ、佐藤はさらなる支援を得るために無線機へと向かった。
 彼らの向かう先には、古代遺跡があった。
 ダークエルフたちの貴重な命を代償に位置を特定した、エルフ第三氏族たちの拠点があった。
 その上空には、禍々しいというほか表現の浮かばない黒い雲が広がっている。
 雷雲を纏い、徐々に広がりつつあるそれは、この世界の最後を暗示しているかのようである。
 その中心へ向け、徐々に残弾がなくなりつつある戦闘車両の車列は迷うことなく突き進んでいった。



西暦2020年12月16日 13:05 日本国北方管理地域 第18地区のはずれ

 外れと表記されているが、そこは地域名がないだけで距離的に言えば別の地区とでも言うべき場所だった。
 闇夜よりなお黒い雲に満たされたそこには、生命反応と呼べるものが何もなかった。
 草木は枯れ、鳥どころか虫一つ見当たらない。
 時折起こる落雷は、どうも気象学を無視している様にしか思えない。
 そんな場所へ、彼らは到着した。
 弾薬こそ減っているが、一人も欠ける事無く、傷一つ負わずに。

「さすがは現代科学文明だな」

 弾薬もバッテリーも十分な車内で、佐藤は笑顔で言った。
 雲霞のごとく湧き出ていた敵軍の姿はない。
 強引に突っ切り、そして増速して走り出した車輌部隊に追いつけず、遥か後方で支援部隊に叩かれ続けている。

「車輌で行ける所まではいくぞ、出せ」

 運転手に命じ、彼らはさらに前進を開始した。
 空は暗く、地面は不気味にひび割れている。
 その中を、ライトを煌々と照らした車輌部隊は前進していく。
 彼らの前進にあわせ、遺跡の中から無数の敵が出現する。
 古びた甲冑を纏った異形の騎士団。
 見上げるような一つ目の化け物。
 それらは武器を振り上げ、雄たけびを上げて突進を開始する。

「一尉?」

 その光景を見ていた二曹に尋ねられた佐藤は、全く動揺を感じさせない口調で命じた。

「撃て」



西暦2020年12月16日 13:20 日本国北方管理地域 第18地区のはずれ

「周囲に敵はおりません。
 車輌の点検終了。全車戦闘可能。
 先ほどと同数が相手ならばもう一度できます」

 報告を集計した二曹が告げる。
 それを聞いた佐藤は軽く頷くと、ハッチから身を乗り出し、マイクを入れて口を開いた。
 
「出発する!戦車前へ!」

 佐藤は声高に宣言し、すぐさま装甲車の中へと潜り込んだ。
 小休止と点検、弾薬の再分配を行った彼らは、出発時となんら変わらない戦闘能力になっている。
 前方に広がる遺跡は、分りやすく例えるとローマ帝国のコロシアムを連想させる巨大な建築物である。
 戦車の両脇に普通科部隊を進ませてもなお余裕のある巨大な門を潜り、そして彼らは遭遇した。

<<前方に死体の山があります。中央に一人生存者らしい、訂正、敵のようです>>

 無線機から先頭の戦車長の報告が入る。
 彼らは次々と増速し、遺跡の内部へと入り込む。
 砲塔を旋回し、あるいは普通科を降車させ、戦闘準備を整える。

「良く来たな人間!歓迎するぞ!」

 たった一体だけ、舞台らしい場所の中央に立っていたそれは、遺跡中に聞こえる声量でそう言った。

「知能があるみたいですね」

 装甲車の中でその様子を見つつ二曹は言った。

「そうみたいだな。覚悟しろ魔王め!とでも言ってみるか?」 
「時間の無駄でしょう」
「そうだな、撃て」



西暦2020年12月16日 同時刻 日本国北方管理地域 陸上自衛隊ゴルソン大陸方面隊第18地区駐屯地

 薄暗い指揮所内では、ホワイトボードに書かれた戦況と無線の交信内容に誰もが注目していた。

「佐藤一尉の部隊は遺跡へ突入したようです」

 通信士の報告に誰もが注目し、戦況図に新たな記載がされる。
 誰もが着崩れた戦闘服を着ている中で唯一完璧な背広姿の鈴木は言った。

「そうですか。それでは連絡を絶やさないようにしてください。
 それと、米軍へ連絡を」

「なんと伝えますか?」
「状況、カッツェンボルン。グスタフを待て」
「は?」

 聞きなれない言葉に、通信士は思わず聞き返す。

「状況カッツェンボルン。グスタフを待て。です。
 その通り送れば伝わります」
「了解しました」

 事前に定められた暗号文らしいと認識した彼は、それ以上の疑問を押し殺して言われたとおりの言葉を伝えた。

<<状況カッツェンボルン了解、フォンブラウンは待機に入る>>

 帰ってきた内容を伝えると、鈴木は驚くほどの無表情になった。

「佐藤一尉の部隊と連絡が取れなくなったら教えてください。
 私は少し休憩を取らせていただきます」

 前半を通信士に、後半を指揮官に言うと、彼は指揮所に隣接した部屋へ足早に移動した。
 指揮官以外の殆どの人間が先ほどのやり取りに不可解な顔をしていた。
 しかし、ごく一部、仮想戦記と呼ばれるジャンルを好んでいた者たちは、その言葉の意味を理解し、顔を青ざめさせた。

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