第125話 フォルサ軍港夜襲
1484年(1944年)4月7日 午前2時 ヘルベスタン領フォルサ
マオンド海軍の根拠地であるフォルサ軍港は、2日前から緊張した空気を漂わせていた。
付近の現地住民達は、基地に近付くだけで番兵に聞き咎められ、運の悪い者は顔に1つか2つほどアザをつけられて追い返されている。
番兵達が、基地の外に目を光らせている間、軍港内では真夜中であるにもかかわらず、昼間と変わらぬ活気さに満ちていた。
桟橋や岸壁に接舷した輸送船、輸送帆船に幾多もの物資が詰め込まれている。
甲板上の係員が「上げろ!」と大声で指示を出し、纏められた荷物が手動式のクレーンによって引き上げられ、物資が甲板に乗せられていく。
輸送船上で行われている作業を、第3艦隊司令官であるソラウ・ターヘント中将は、旗艦である巡洋艦スラウンスの艦橋から眺めていた。
「しかし、上層部も上層部だ。」
ターヘント中将は苦笑しながら呟いた。
「一度は、ユークニア島を見捨てると言いながら、今頃になって急に決戦を挑むと言うとはな。こういう事は、早く決めて欲しいものだ。」
「仕方ありませんよ。」
スラウンスの艦長が苦笑しながら言ってきた。
「首都の連中は酒を飲みながら作戦を練っているんですから。判断が遅れるのはいつもの事です。」
「こらこら、あからさまな上層部批判はやめたほうが良いぞ。粗探しにご執心な特別参謀殿に聞かれたらまずいからな。」
彼はそう言って、艦長をたしなめた。
特別参謀とは、本国の上層部から送られた高級将校であり、艦隊でいう参謀長のような者である。
本来、特別参謀は艦隊の参謀連中を纏めるという役割があるのだが、近年では、この特別参謀には艦隊指揮官や幕僚の監査、という
役割も与えられ、必要な場合は上層部に艦隊指揮官、あるいは幕僚の解任を進言することも出来る。
(前の世界のソ連にいた政治将校と似ている)
その特別参謀に今の言葉を聞かれれば、幕僚ではない艦長でさえ、ただでは済まないときがある。
「今の言葉は聞かなかった事にしておく。それよりも、艦隊の出撃準備はどれぐらいで終わりそうだね?」
ターヘント中将は、背後に立っていた補給参謀に聞いた。
「もう間もなく終わる頃です。」
「もう間もなく・・・・か。第3艦隊に関しては、ひとまず準備よし、という事だな。問題は、増援にやってくる主力部隊だけか。」
マオンド軍上層部は、政府首脳部から受けた命令に基づいて、4月10日を期して、全艦隊を挙げてスィンク諸島に陣取るアメリカ艦隊に
攻撃を仕掛ける事を決定した。
元々、マオンド共和国首脳部は、ユークニア島を見捨てようとしていた。
しかし、会議の席上、海軍総司令官のトレスバグト元帥が、B-29の存在をインリク国王に言及した事が、上層部の判断を変えるきっかけとなった。
「アメリカ軍は、B-29スーパーフォートレスという名の凄い性能を持つ爆撃機を持っている。」
と言われ始めたのは、今年の1月後半に入ってからである。
シホールアンル帝国から帰って来た連絡船の乗員の話から、マオンド軍上層部はアメリカ側が新しい爆撃機を実戦に投入した事を知った。
乗員の話から推察すると、このスーパーフォートレスという爆撃機は、片道800ゼルド(2400キロ)という遠距離を飛行でき、
それでいて高度5000グレル(一万メートル)という途方も無い高さまで上がれるという。
この情報に、マオンド軍情報部は最初信じられなかったが、2月後半になって、シホールアンル帝国から送られたB-29関連の最新情報によって、
スーパーフォートレスが、一見デタラメとも思えるような性能を、本当に発揮している事がわかった。
だが、それでもマオンド側はアメリカ軍が攻め入ってくるまでまだ時間はあると、のんびりと構えていた。
しかし、そののんびりとした空気も、アメリカ軍がユークニア島を急襲した事によってたちどころに吹き飛んでしまった。
もし、ユークニア島が占領され、B-29の拠点となれば、レーフェイル大陸西部方面は完全に射程内に収まる。
その射程内には、マオンド本国も含まれている。
「陛下、スーパーフォートレスは実に800ゼルドもの行動半径を有しています。ユークニアが取られれば、本国の北西部分が空襲を受けます。」
「ど・・・・どの部分まで?」
国王が、躊躇いがちに聞いた。トレスバグトは、淀みのない口調で答えた。
「クリンジェまでは及びませんが・・・・ジクス、トハスタ、スメルヌは完全に行動半径内に入っています。」
そこから、国王の判断は変わった。
その日の会議は、国王は前の命令を撤回せぬまま終わったが、翌日の早朝、インリク国王は、ユークニア島に侵攻中のアメリカ艦隊を撃滅せよ、
との命令を首相のカングに出させた。
この方針の急転換によって、マオンド海軍はアメリカ海軍相手に決戦を挑む事になったのだが、各艦隊の準備がまだ整っていなかったため、
各艦隊が集結し、スィンク諸島に進撃できるのは、早くても4月10日になる。
ターヘント中将からして見れば、全艦隊が集結し、ユークニア島へ向かい始めるまでの時間が遅いように感じられた。
「せめて、8日ごろに進撃を開始したかったものだがなぁ。」
彼はため息をついた。
第3艦隊は、補給が済み次第フォルサを出港し、マオンド本国にあるサフクナ軍港に向かう事になっている。
このサフクナ軍港にマオンド海軍の主要艦隊全てが集結する予定である。
(2月の大演習の時に見られたあの大艦隊が、再び見られる。それも、今度は実戦だ)
先ほどまで、どこか不満げな気分だったターヘント中将であったが、脳裏に浮かぶ大艦隊の姿を思い浮かるや、闘志が沸いてきた。
「しかし、夜間に出港せねばならんとは、どこか情けない気分になりますな。」
艦長がぼやいた。
「仕方あるまいさ。ベグゲギュスの報告にもあったように、敵機動部隊はさほど遠くない海域をうろついとるんだ。昼間に、ワイバーンの援護もなしに
航行したら、それこそ敵を喜ばせるようなものだ。」
「敵さんがフォルサから僅か250ゼルドの海域にまで進出していると聞いた時は、流石に肝を冷やしましたな。」
「その敵さんはどこかに消えてしまったがな。恐らくユークニア島に戻ったのだろう。敵機動部隊を発見の報が届いた時は、既に夕方の5時を回っていたからな。」
「ベグゲギュスの消息が途絶えた事が、少し気がかりですね。」
艦長が、どこか不安げな口調で呟いた。
午後5時2分、フォルサ沖を警戒中であった2頭のベグゲギュスがアメリカ機動部隊発見を知らせ、その1時間後に消息を絶っている。
「恐らく、敵の護衛艦に退治された可能性があるな。ベグゲギュスの性格はかなり凶暴だ。好機があればすぐに獲物に向かっていく。
品種改良の施されたベグゲギュスでさえ、その傾向が強く残っている。」
「では、2頭のベグゲギュスも、敵機動部隊に挑んで返り討ちにあったかもしれませんね。」
「そうかもな。」
ターヘント中将は、艦長にそう言い返しながらため息を吐いた。
それから30分後、艦隊の補給作業が終わった。
「よし、艦隊各艦に下令。出港!」
ターヘント中将は、第3艦隊の全艦に命じた。
艦深部にある魔道機関が唸りを高め、艦首の錨が巻き上げられていく。
最初に出港したのは駆逐艦である。
フォルサ軍港の狭い入り口を、1隻、また1隻と、16隻の駆逐艦が外海に出て行く。
上空を、4騎のナイトメア・ワイバーンが飛び抜けていく。
82年6月のグラーズレット空襲で痛い目に合わされたマオンド軍は、夜間戦闘も可能なワイバーンを開発し、83年7月から部隊配備を開始している。
フォルサ軍港の上空を守るのは、第9空中騎士団のワイバーン隊で、戦闘用、攻撃用のワイバーンが合わせて120騎配備され、そのうち16騎が
夜間戦闘も行えるナイトメア・ワイバーンである。
フォルサ等の軍港には、常時1個小隊のナイトメア・ワイバーンが上空哨戒に当たっている。
そのナイトメア・ワイバーンの小隊が上空を飛び抜けていく様子は、まるで、艦隊に頑張って来いよと、声援を送っているようにも見える。
8隻の駆逐艦が出撃した後は、いよいよ巡洋艦群の出撃となる。
まず、旗艦のスラウンスがゆっくりと進み始めた。
その時、異変は起きた。
上空を旋回していた4騎のナイトメア・ワイバーンが突然、港の入り口方向に向きを変えるや、猛スピードでその方角に向かって行った。
艦隊の将兵があっけに取られているとき、各艦の魔道士達は信じられない報告を受け取った。
「司令官!フォルサ港根拠地隊より緊急信です!」
魔道士官が、血相を変えながら艦橋に飛び込んできた。
「上空警戒隊が、8ゼルド西方において不審な生命反応多数を探知、数はおおまかですが、少なくとも100ほどの生命反応を探知したとの事です。」
「100ほどだと!?」
ターヘント中将は、思わず仰天してしまった。
ワイバーンに乗っている竜騎士は、シホールアンル軍と同じように全て魔道士であり、魔法を使う事によって相手のワイバーンや竜騎士、
あるいは航空機搭乗員の生命反応が探知できる。
その生命反応が少なくとも100、という事は・・・・・最低でも5、60は下らない数の敵飛空挺が、このフォルサに向かっている事になる。
その向かいつつある敵といえば、もはや言うまでも無い。
「アメリカ機動部隊は、夜間攻撃隊を発進させたか・・・・!」
ターヘント中将は、アメリカ軍を大いに呪った。
「各艦に通達!速やかに港外へ脱出せよ!」
彼は、大慌てでそう命じたが、そう簡単に出来る物ではない。
フォルサ軍港は、天然の良港として昔から使われていたが、ただ1つ、欠点があった。
それは、2つしかない港の出入り口が狭い事である。
フォルサ軍港の出入り口は、北水道と南水道呼ばれ、大型艦が出入りできるのは北水道のみである。
南水道は幅が狭く、せいぜい小型輸送船等の小船しか出入りできない。
そのため、第3艦隊はの各艦は、命令を受け取った後も1隻ずつしか港から出れなかった。
旗艦スラウンスがようやく、港の外に出た時、夜闇の空には聞き慣れない音が木霊し始めていた。
この時になってようやく、残りのナイトメア・ワイバーン12騎が飛び立ち、敵編隊に向かって行ったが、それから僅か10分後に、
フォルサ軍港の上空で青白い光が煌いた。
フォルサ軍港の上空に現れたのは、第72任務部隊から発艦した68機の攻撃隊である。
第72任務部隊は、午前0時までにはフォルサの西方250マイル(400キロ)の洋上に到達し、攻撃隊を発艦させた。
攻撃隊は、第72任務部隊第1任務群の空母ワスプ、ゲティスバーグ、第2任務群の空母イラストリアスから発艦している。
ワスプからはF6F-N3が8機、SB2Cが16機、TBFが8機、ゲティスバーグからF6F-N3が12機、イラストリアスからSB2Cが12機、
TBFが12機出撃した。
攻撃隊は、フォルサ軍港から10マイルほどの距離で、敵の戦闘ワイバーンの迎撃を受けたが、護衛のヘルキャットがワイバーンに立ち向かった。
5分後には、新手の戦闘ワイバーン12機が向かって来たが、これは12機のF6Fに横合いから突っ掛かれ、そのまま空戦に引きずり込まれた。
空母ワスプの艦爆隊は、教導機に付き従いながら、悠々と港の上空に達した。
教導役のアベンジャーが照明弾を落とすと、ぱぁっと青白い光が広がり、それまで暗闇に覆われていた港から闇がいくらか払拭された。
「隊長!港の出入り口から敵艦が外海に向け脱出しています!」
空母ワスプの艦爆隊長であるアイヌ・モンファ少佐は、部下の報告を聞きながら、機体の右前方にうっすらと見える陰を見つけた。
照明弾によって、闇は一応払拭されているのだが、完全に払われた訳ではなく、地上の様子は少し分かり辛い。
だが、モンファ少佐の目には、確かに水道から脱出しようとする艦影が映っていた。
「こちらでも確認した!第1、2小隊は水道の敵艦を狙う!残りは予定通り、停泊中の輸送船を叩け!」
「了解!」
モンファ少佐機を先頭に、8機のヘルダイバーが翼を翻して、水道をゆっくりと航行する敵艦に突っかかっていく。
ヘルダイバーが向かって来るのに気付いたのであろう、敵艦が甲板上に発砲炎を煌かせた。
高射砲が8機のヘルダイバー目掛けて放たれたが、砲員が慌てているのか、弾は見当外れの位置で炸裂している。
(さぁ、インディアンの狩の腕前を見せてやる!)
モンファ少佐は、内心でそう思ってから自らを奮い立たせた。
彼は、元々はインディアンの子孫である。
チッペワ族出身の父とドイツ系移民の母の間に彼は生を受けた。
元から喧嘩っ早い彼は、学生時代の時も頻繁に喧嘩騒ぎを起こし、常に血の気の多い狂犬として街の不良に恐れられたものだが、
喧嘩の腕もさることながら、勉強も良くでき、高校卒業まで成績は常にトップクラスであった。
そんな彼は、海軍に憧れて海軍兵学校に進む事に決め、推薦を貰うことにとした。
が、元来不良少年として知られたモンファに、それは無理な話であった。
アナポリスに受験するには、学業が優秀であることも必要だが、何よりも“いい子”でないといけない。
その点、モンファは悪ガキ中の悪ガキであった。
アナポリスに入るには、連邦議員の推薦を貰わなければならない。
常に真面目な人材を好む連邦議員達が、素行不良のモンファに推薦を与えるはずも無く、彼は18歳で浪人生となった。
そこから彼は変わり、1年ほどはアルバイトをしながら勉強に励んだ。
そんな彼がアナポリスへ入学出来たのは、初めての挫折を味わって1年後の事である。
アナポリス卒業後は、海軍航空隊のパイロットとして実績を積み、42年2月には空母エンタープライズのドーントレス小隊の指揮官に任命され、
数々の海戦を渡り歩き、43年5月にはエセックス級空母ランドルフの艦爆隊中隊長に任命され、8月から訓練を共にした部下達と実戦に参加した。
そして、44年1月から空母ワスプの艦爆隊長として赴任して以来、部下達を鍛えに鍛えた。
その訓練の成果が、今発揮されようとしている。
ヘルダイバー隊は、高度2000メートルから暖降下爆撃の要領で、敵艦の左舷側上空から突入し始めた。
敵艦が、盛んに高射砲を放って来る。水道を航行する敵艦のみならず、その後方の敵艦も援護射撃を行っている。
水道の入り口にいる敵艦と、水道内を航行している敵艦の大きさが違う。水道内の敵艦の方が形も大きく、搭載している砲も多い。
(巡洋艦クラスだな)
モンファ少佐は、目標の敵艦が巡洋艦級である事を見抜いた。
巡洋艦ともなれば、大きさは6000~8000トンクラスある。
それほど大きな艦が、今目の前に見えている狭苦しい水道内に沈めば、フォルサ軍港は本来の機能を成さなくなるに違いない。
(絶対に外せんな)
彼がそう思っている間にも、敵巡洋艦との距離は迫りつつある。
30度の降下角度で、時速470キロの速度で迫るヘルダイバーは、あっという間に敵巡洋艦との距離を詰める。
敵巡洋艦との距離が200メートルまで迫った時、モンファ少佐は胴体内の1000ポンド爆弾を投下した。
爆弾が胴体から放たれた瞬間、機体が軽く浮いたような感触が伝わる。敵巡洋艦は魔道銃を撃ちまくって来るが、不思議にも当たらない。
敵巡洋艦の真上を飛び抜ける。それでも、敵弾は当たらない。
(このまま、無傷で戦場を離脱できるかな?)
彼は一瞬、そんな事を思ったが、いきなりガン!ガン!と、機体がハンマーで叩かれたかのように振動する。
その瞬間、彼はヒヤリとなったが、幸いにも致命傷は避けられたようだ。
「あっ、爆弾外れました!」
後部座席の部下から報告が伝えられる。その口調には、どこか残念そうな響きが含まれているが、
「2番機被弾!」
唐突に、後ろの部下から悲鳴じみた声が上がる。
不運にも、2番機は魔道銃の射弾に捉えられ、叩き落されてしまったのだ。
(くそ、なんてツイてない!)
モンファ少佐は、心の中で愚痴ったが、爆弾を投下した以上はもう何も出来ない。
ただ、他の仲間が敵巡洋艦に爆弾を叩き付けるのを祈るだけであった。
「あっ!飛空挺だ!」
スラウンスの見張りは、照明弾の光に照らされたアメリカ軍機が、暖降下しながら港の入り口に向かって行くのを見た。
おぼろげな姿のアメリカ軍機は、胴体がやや太く、後部の尾翼が反り上がっている。
その敵機は、旗艦スラウンスには目もくれずに、港の入り口に向かっていた。
「ヘルダイバーと思しき敵機!軍港入り口に急接近!」
その報告を受け取った時、ターヘント中将は背筋が凍り付いた。
「軍港の入り口にいる艦は!?」
彼はすかさず、見張りに聞き返した。
「フォクロドが入り口の近くにいます!」
ターヘント中将は、頭を抱えたくなった。
ヘルダイバー群の狙いは、脱出して来た艦ではない。獲物は、今しも脱出しようとしている艦なのだ。
水道に入れば、船は身動きが取れない。そこを叩き沈めれば、船は浅い海底に沈座し、水道は使い物にならなくなる。
そして、軍港内にいる21隻の艦艇、30隻の大型輸送船、輸送帆船は、港内に閉じ込められたままとなってしまう!
「アメリカ人め、つくづく嫌な手を考えやがる!」
ターヘント中将が忌々しげに喚いた時、後方で爆発音が起こった。
この時、巡洋艦群の6番艦であった巡洋艦フォクロドは、艦上の魔道銃や高射砲でアメリカ軍機を撃っていたが、弾は全く当たらなかった。
やがて、敵の1番機が爆弾を投下した。この爆弾は、フォクロドの左舷13メートル横にある岸壁に命中した。
ヘルダイバーから投下された1000ポンド爆弾は、岸壁の表面部分を引き剥がし、多量石くずや破片がフォクロド艦上に吹き散らされ、
左舷側銃座の兵多数が殺傷された。
2機目が爆弾を投下した瞬間、魔道銃の光弾を集中された。その次の瞬間、2番機は左主翼から炎を噴出し、錐揉みになりながら海面に墜落した。
乗員達が喜ぶ暇も無く、2番機の爆弾が降って来る。
爆弾は、フォクロドの艦首から30メートルの場所に着弾した。
海底の土砂が海水と共に噴き上げられ、少なからぬ泥がフォクロドの前部甲板に撒き散らされる。
3発目でついに命中弾となった。
爆弾は、フォクロドの後部甲板に命中。爆弾は最上甲板を貫いて第2甲板、第3甲板にへと侵入し、第3甲板の床に弾頭が当たった瞬間、爆発した。
後部甲板から火柱が吹き上がり、破片と火の粉が空高く舞い上がった。
4発目は中央部に突き刺さり、第2甲板の中央部兵員室に到達した瞬間、炸裂し、爆風が第2甲板を駆け巡った。
次の爆弾は前部甲板に突き刺さり、最上甲板を突き破って第3甲板まで達したが、爆弾を不発であった。
6発目、7発目が外れ弾となるが、最後の8発目が命中した。
この8発目の爆弾が、フォクロドに致命的な被害をもたらした。
この爆弾は第3砲塔の右横に突き刺さるや、第2甲板で爆発した。その爆発エネルギーは、第3砲塔直下の弾火薬庫にも及んだ。
爆弾が炸裂してから1秒後に、フォクロドは弾火薬庫が誘爆し、それによって艦体後部が完全に切断された。
一瞬にして推進器を失ったフォクロドは、10メートル進んだ所で停止し、やがて、切断部分から海底に没し始めた。
フォクロドは、運河の出口まであと30メートルとまで迫っていたが、間一髪の所で脱出を果たせなかった。
フォクロドから高々と吹き上がる火災炎と黒煙は、後一歩のところで脱出を果たせなかったフォクロド乗員の無念さを如実に現しているかのようであった。
後続の駆逐艦8隻は、フォクロドの大破着低によって、完全に脱出路を断たれてしまった。
「フォクロド損傷!行き足止まりました!」
「・・・・なんたることだ!」
ターヘント中将は、本当に頭を抱えてしまった。
フォクロドが水道内で停止、着低したと言う事は、フォルサ軍港は閉鎖されたと言う事でもある。
フォルサ軍港は、港としての機能をほとんど失ってしまったのだ。
「残りの敵機が軍港内に向かいます!」
軍港上空の“篝火”が消えぬうちにとばかりに、残ったアメリカ軍艦載機が軍港に殺到していく。
軍港周辺の対空砲火が火を噴くが、不慣れな夜間射撃ともあって思うように敵を撃てないのであろう。
逆に、敵機の爆弾が次々と港湾施設や、係留されている艦船に叩き付けられていく。
「・・・・・」
ターヘント中将は、フォルサ軍港が爆撃を受けていく様子を、ただ呆然とした表情で見つめるだけであった。
だが、アメリカ軍機の攻撃はまだ終わっていなかった。
空母イラストリアスから発艦した攻撃機のうち、12機のアベンジャーは脱出した敵艦隊を攻撃目標に選んでいた。
12機のうち、2機が高度2000で敵艦隊の上空に占位した所で照明弾を投下した。
脱出した敵艦隊の上空で、青白い光が広がり、敵艦の姿が明瞭に映し出される。
イラストリアス艦攻隊長のジーン・マーチス少佐は、照明隊が照明弾を投下したのを見て、すかさず指示を下した。
「全機突撃せよ!第1小隊は敵巡洋艦3番艦!第2小隊は敵2番艦を狙え!スコックス!俺達はあいつを狙うぞ!」
「わかってまさあ!」
パイロットのジェイク・スコックス少尉は、陽気な口調で答えながら、機首を目標の巡洋艦に向けた。
マーチス少尉が率いる第1小隊、5機のアベンジャーは、目標である敵3番艦の左斜め後ろから迫りつつある。
敵艦隊は、空襲による混乱のせいか陣形がバラバラになっている。
巡洋艦群だけは、単縦陣で航行していたが、駆逐艦と離れているため、相互支援が出来にくくなっている。
アベンジャー隊に、敵巡洋艦が対空砲火を撃って来るのだが、第1小隊、第2小隊ともに、高度が10メートル前後の超低空で飛んでいるため弾が当たらない。
「いつやっても緊張するぜ・・・・」
スコックス少尉は、顔に緊張した表情を浮かべつつも、半ばおどけた口調で呟く。
高度計に目をやりながら、敵巡洋艦との距離を詰めていく。
敵3番艦は、狂ったように魔道銃を撃ちまくってくる。だが、その放たれた光弾は、ほぼ全てが機体の上面に飛び抜けていく。
「七色の天井だな。」
マーチス少佐は、緊張感の欠けた口調でそう言った。
傍目から見れば、美しいイルミネーションにも見えるが、このイルミネーションは、触れればその本人を死に追いやる、恐ろしい物だ。
(美しい物には毒があるっていうが・・・・・これはその典型だな)
マーチス少佐は、七色の天井という目の前の毒に肝を冷やしつつも、敵3番艦に視線を移す。
敵3番艦は取り舵に回頭したのだろう、マーチス隊に左舷側をさらす形になった。
それまで、敵3番艦はマーチス隊に艦尾を向ける形で対空戦闘を行っていたが、この状態では左舷側の僅かな銃座と艦尾銃座しか使えなかった。
艦長はこのままでは埒があかぬと判断し、艦と回頭させて左舷側の対空火器を総動員し、迫り来るアベンジャーを一気に葬り去ろうとした。
敵3番艦はブリムゼル級巡洋艦に属しており、改装によって魔道銃の搭載数を12丁から30丁に増やしている。
片舷側には、15丁の魔道銃が指向できる。艦長の判断は、一見正しいように思えた。
しかし、正しいと思えた判断は、同時に致命的な結果をもたらした。
敵3番艦が回頭を終えた時には、5機のアベンジャーは距離900メートルまで迫っていた。
15丁の魔道銃が光弾を放つのと、アベンジャーが距離700で魚雷を投下するのは、ほぼ同時であった。
5本の魚雷が、敵3番艦を捉えるべく扇状になって散開し、海中を突き進んでいく。
魔道銃の光弾は、何発かがアベンジャーに当たっているのだが、どういう訳かアベンジャーは落ちる気配を見せない。
「くそぉ、豚野郎が!さっさと落ちろぉ!!」
魔道銃の射手が罵声を放ちながら光弾を放つが、射手にとって、その罵言が遺言となった。
アベンジャーは、両翼の12.7ミリ機銃を敵3番艦に向かって放った。
12.7ミリ弾が敵3番艦の左舷20メートル手前に突き刺さり、小さいながらも細い水柱が、まるでミシンを縫うように次々と立ち上がる。
弾着があっという間に艦上に達した。
先ほど罵声を発した射手が、迫り来る機銃弾を見て目を見開き、悲鳴を上げかけるが、機銃弾が胸のど真ん中に命中し、そのまま後ろに吹き飛ばされた。
別の射手は、右腕を千切り飛ばされた後、顔面に直撃弾を食らって即死する。
曳光弾が艦上に突き立ち、板張りの甲板がささくれ立つ。
ある水兵は、機銃座の側に付いている盾に隠れたが、その盾は、元々古い物であり、厚さも薄かった。
その薄い鉄板に12.7ミリ弾が殺到した。
水兵が背中から腹にかけて激痛を感じた時、12.7ミリ弾は彼の腹部に詰まっていた内臓をあらかた粉砕するか、体外に吹き飛ばしていた。
アベンジャーが機銃を乱射しながら、敵3番艦の上空を通り過ぎていく。
右舷側の機銃座が射撃を開始した時、突然猛烈な衝撃が艦を襲った。
5機のアベンジャーが放った魚雷は、2発が敵3番艦に命中していた。
まず、1発目は敵3番艦の中央部に命中した。
魚雷は命中してから起爆する間に、その薄い装甲を易々と突き破り、防御区画を貫いて、通路に達した瞬間、弾頭が爆発した。
爆発に伴うエネルギーは、敵3番艦の艦腹を叩き割り、火災と浸水を発生させた。
この被雷によって、敵3番艦は大ダメージを被ったが、その衝撃から立ち直らぬうちに2発目が左舷側前部・・・・ちょうど、艦橋の横にあたる位置に命中した。
爆発の瞬間、真っ白な水柱が吹き上がった。水柱が崩れ落ちた後、敵2番艦はしばらく航行していたが、やがて、左舷に傾斜しながら洋上に停止した。
沈没確実の損害を負った敵3番艦のみならず、敵2番艦も災厄に見舞われていた。
敵2番艦は、1番艦よりは少しましな戦いぶりを見せた。
2番艦の艦長は、アベンジャーが射点に付くと、しきりに回頭を繰り返して射点をはずしまくった。
アベンジャーが新たな射点に付けば、またもや回頭して外す。
そんな事が4回も繰り返された時、アベンジャーの1機が至近で炸裂した高射砲弾の破片をモロに浴びて叩き落された。
その時になって、上空に輝いていた照明弾が消えた。
照明隊のアベンジャー2機は、持って来た照明弾を全て使い果たしてしまい、攻撃隊の目標を照らし出す事が出来なくなった。
敵2番艦の艦長はこれを好機と捉え、対空射撃を止めさせた。
対空射撃を行えば、位置を露呈してしまう。昼間ならば自殺行為も当然であるが、視界の悪い夜間ならば、逆に有効な手でもある。
これによって、第2小隊のアベンジャーは当てずっぽうで魚雷を投下した。
この時、4機のアベンジャーは、敵2番艦の右舷後方に位置する形で雷撃を行った。
雷撃する位置としては、いささか微妙な射点であったが、第2小隊の指揮官はそれでも雷撃を行わせた。
だが、このヤケ気味の攻撃が、奇跡的にも敵2番艦に被害を与えた。
4本中1本の魚雷が、敵2番艦の右舷側後部に命中したのである。
命中の瞬間、艦尾近くから高々と水柱が吹き上がり、敵2番艦は一瞬、艦尾が宙に吹き上げられた。
この時、魚雷は右舷側後部の艦尾付近に命中したのだが、この魚雷は命中した瞬間に爆発してしまった。
魚雷は通常、命中してから少しばかりの時間を置いて爆発するよう、信管が設定されているのだが、この魚雷は整備兵の腕が悪かったためか、
命中した瞬間に信管が作動してしまった。
いわゆる、過早爆発という物である。
これによって、敵2番艦に開いた穴は、3番艦と比べると格段に小さい物であった。
だが、魚雷の爆発は、船にとってはかけがえのない部分に異常を発生させていた。
なんと、敵2番艦はそのまま円周運動を始めたのである。
魚雷炸裂時の衝撃は、敵2番艦の舵を思い切り捻じ曲げ、右舷側の推進器を吹き飛ばしてしまった。
このため、舵が急回頭時の位置に固定され、そのままぐるぐると右回頭を繰り返し始めたのである。
第3艦隊は、アメリカ艦隊と戦わぬうちに、早くも3隻の巡洋艦を撃沈破されるという大損害を被ってしまったのだ。
午前2時40分
ターヘント中将は、頬を震わせながら、目の前を航行する味方艦に見入っていた。
目の前に居る味方艦は、最新鋭のタリグモゴ級巡洋艦の8番艦として完成した巡洋艦ハーセントナである。
ハーセントナは、今年の1月に就役して以来、猛訓練によって着実に錬度を上げてきた。
乗員達の士気も高く、アメリカ軍艦の1隻や2隻、軽く叩き沈めてやると末端の水兵までもがいうほどだった。
そのハーセントは、舵故障という凶事に見舞われ、今はただ、右に旋回するしか能の無い船に成り下がっている。
「これで、使える艦は巡洋艦3隻に、駆逐艦8隻のみ・・・・・・か・・・・!」
ターヘント中将は、西の方角に目を剥き、しばらくの間睨み続けた。
僅か30分未満の空襲で、フォルサ軍港は味方艦が水道に沈められているために使用不能となり、港湾施設や停泊艦船には少なからぬ被害が出ている。
そして、アメリカ軍機は脱出した艦にも襲い掛かり、1隻が沈没確実の損害を受け、もう1隻が舵故障で使い物にならなくなった。
第3艦隊は、空襲前までは巡洋艦6隻、駆逐艦16隻を率いていたのだが、今では戦力は半分しか残っていない。
沈没艦こそは少ないが、閉塞された軍港内には、同じ艦隊に所属している駆逐艦8隻が取り残されている。
第3艦隊は、事実上壊滅したも同然の被害をうけたのである。
「戦いもしないうちにこの有様では、本番は相当酷い戦いになるかもしれんな。」
ターヘント中将は、知らず知らずのうちにしかめっ面を浮かべてそう呟いていた。
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行動半径図
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1484年(1944年)4月7日 午前2時 ヘルベスタン領フォルサ
マオンド海軍の根拠地であるフォルサ軍港は、2日前から緊張した空気を漂わせていた。
付近の現地住民達は、基地に近付くだけで番兵に聞き咎められ、運の悪い者は顔に1つか2つほどアザをつけられて追い返されている。
番兵達が、基地の外に目を光らせている間、軍港内では真夜中であるにもかかわらず、昼間と変わらぬ活気さに満ちていた。
桟橋や岸壁に接舷した輸送船、輸送帆船に幾多もの物資が詰め込まれている。
甲板上の係員が「上げろ!」と大声で指示を出し、纏められた荷物が手動式のクレーンによって引き上げられ、物資が甲板に乗せられていく。
輸送船上で行われている作業を、第3艦隊司令官であるソラウ・ターヘント中将は、旗艦である巡洋艦スラウンスの艦橋から眺めていた。
「しかし、上層部も上層部だ。」
ターヘント中将は苦笑しながら呟いた。
「一度は、ユークニア島を見捨てると言いながら、今頃になって急に決戦を挑むと言うとはな。こういう事は、早く決めて欲しいものだ。」
「仕方ありませんよ。」
スラウンスの艦長が苦笑しながら言ってきた。
「首都の連中は酒を飲みながら作戦を練っているんですから。判断が遅れるのはいつもの事です。」
「こらこら、あからさまな上層部批判はやめたほうが良いぞ。粗探しにご執心な特別参謀殿に聞かれたらまずいからな。」
彼はそう言って、艦長をたしなめた。
特別参謀とは、本国の上層部から送られた高級将校であり、艦隊でいう参謀長のような者である。
本来、特別参謀は艦隊の参謀連中を纏めるという役割があるのだが、近年では、この特別参謀には艦隊指揮官や幕僚の監査、という
役割も与えられ、必要な場合は上層部に艦隊指揮官、あるいは幕僚の解任を進言することも出来る。
(前の世界のソ連にいた政治将校と似ている)
その特別参謀に今の言葉を聞かれれば、幕僚ではない艦長でさえ、ただでは済まないときがある。
「今の言葉は聞かなかった事にしておく。それよりも、艦隊の出撃準備はどれぐらいで終わりそうだね?」
ターヘント中将は、背後に立っていた補給参謀に聞いた。
「もう間もなく終わる頃です。」
「もう間もなく・・・・か。第3艦隊に関しては、ひとまず準備よし、という事だな。問題は、増援にやってくる主力部隊だけか。」
マオンド軍上層部は、政府首脳部から受けた命令に基づいて、4月10日を期して、全艦隊を挙げてスィンク諸島に陣取るアメリカ艦隊に
攻撃を仕掛ける事を決定した。
元々、マオンド共和国首脳部は、ユークニア島を見捨てようとしていた。
しかし、会議の席上、海軍総司令官のトレスバグト元帥が、B-29の存在をインリク国王に言及した事が、上層部の判断を変えるきっかけとなった。
「アメリカ軍は、B-29スーパーフォートレスという名の凄い性能を持つ爆撃機を持っている。」
と言われ始めたのは、今年の1月後半に入ってからである。
シホールアンル帝国から帰って来た連絡船の乗員の話から、マオンド軍上層部はアメリカ側が新しい爆撃機を実戦に投入した事を知った。
乗員の話から推察すると、このスーパーフォートレスという爆撃機は、片道800ゼルド(2400キロ)という遠距離を飛行でき、
それでいて高度5000グレル(一万メートル)という途方も無い高さまで上がれるという。
この情報に、マオンド軍情報部は最初信じられなかったが、2月後半になって、シホールアンル帝国から送られたB-29関連の最新情報によって、
スーパーフォートレスが、一見デタラメとも思えるような性能を、本当に発揮している事がわかった。
だが、それでもマオンド側はアメリカ軍が攻め入ってくるまでまだ時間はあると、のんびりと構えていた。
しかし、そののんびりとした空気も、アメリカ軍がユークニア島を急襲した事によってたちどころに吹き飛んでしまった。
もし、ユークニア島が占領され、B-29の拠点となれば、レーフェイル大陸西部方面は完全に射程内に収まる。
その射程内には、マオンド本国も含まれている。
「陛下、スーパーフォートレスは実に800ゼルドもの行動半径を有しています。ユークニアが取られれば、本国の北西部分が空襲を受けます。」
「ど・・・・どの部分まで?」
国王が、躊躇いがちに聞いた。トレスバグトは、淀みのない口調で答えた。
「クリンジェまでは及びませんが・・・・ジクス、トハスタ、スメルヌは完全に行動半径内に入っています。」
そこから、国王の判断は変わった。
その日の会議は、国王は前の命令を撤回せぬまま終わったが、翌日の早朝、インリク国王は、ユークニア島に侵攻中のアメリカ艦隊を撃滅せよ、
との命令を首相のカングに出させた。
この方針の急転換によって、マオンド海軍はアメリカ海軍相手に決戦を挑む事になったのだが、各艦隊の準備がまだ整っていなかったため、
各艦隊が集結し、スィンク諸島に進撃できるのは、早くても4月10日になる。
ターヘント中将からして見れば、全艦隊が集結し、ユークニア島へ向かい始めるまでの時間が遅いように感じられた。
「せめて、8日ごろに進撃を開始したかったものだがなぁ。」
彼はため息をついた。
第3艦隊は、補給が済み次第フォルサを出港し、マオンド本国にあるサフクナ軍港に向かう事になっている。
このサフクナ軍港にマオンド海軍の主要艦隊全てが集結する予定である。
(2月の大演習の時に見られたあの大艦隊が、再び見られる。それも、今度は実戦だ)
先ほどまで、どこか不満げな気分だったターヘント中将であったが、脳裏に浮かぶ大艦隊の姿を思い浮かるや、闘志が沸いてきた。
「しかし、夜間に出港せねばならんとは、どこか情けない気分になりますな。」
艦長がぼやいた。
「仕方あるまいさ。ベグゲギュスの報告にもあったように、敵機動部隊はさほど遠くない海域をうろついとるんだ。昼間に、ワイバーンの援護もなしに
航行したら、それこそ敵を喜ばせるようなものだ。」
「敵さんがフォルサから僅か250ゼルドの海域にまで進出していると聞いた時は、流石に肝を冷やしましたな。」
「その敵さんはどこかに消えてしまったがな。恐らくユークニア島に戻ったのだろう。敵機動部隊を発見の報が届いた時は、既に夕方の5時を回っていたからな。」
「ベグゲギュスの消息が途絶えた事が、少し気がかりですね。」
艦長が、どこか不安げな口調で呟いた。
午後5時2分、フォルサ沖を警戒中であった2頭のベグゲギュスがアメリカ機動部隊発見を知らせ、その1時間後に消息を絶っている。
「恐らく、敵の護衛艦に退治された可能性があるな。ベグゲギュスの性格はかなり凶暴だ。好機があればすぐに獲物に向かっていく。
品種改良の施されたベグゲギュスでさえ、その傾向が強く残っている。」
「では、2頭のベグゲギュスも、敵機動部隊に挑んで返り討ちにあったかもしれませんね。」
「そうかもな。」
ターヘント中将は、艦長にそう言い返しながらため息を吐いた。
それから30分後、艦隊の補給作業が終わった。
「よし、艦隊各艦に下令。出港!」
ターヘント中将は、第3艦隊の全艦に命じた。
艦深部にある魔道機関が唸りを高め、艦首の錨が巻き上げられていく。
最初に出港したのは駆逐艦である。
フォルサ軍港の狭い入り口を、1隻、また1隻と、16隻の駆逐艦が外海に出て行く。
上空を、4騎のナイトメア・ワイバーンが飛び抜けていく。
82年6月のグラーズレット空襲で痛い目に合わされたマオンド軍は、夜間戦闘も可能なワイバーンを開発し、83年7月から部隊配備を開始している。
フォルサ軍港の上空を守るのは、第9空中騎士団のワイバーン隊で、戦闘用、攻撃用のワイバーンが合わせて120騎配備され、そのうち16騎が
夜間戦闘も行えるナイトメア・ワイバーンである。
フォルサ等の軍港には、常時1個小隊のナイトメア・ワイバーンが上空哨戒に当たっている。
そのナイトメア・ワイバーンの小隊が上空を飛び抜けていく様子は、まるで、艦隊に頑張って来いよと、声援を送っているようにも見える。
8隻の駆逐艦が出撃した後は、いよいよ巡洋艦群の出撃となる。
まず、旗艦のスラウンスがゆっくりと進み始めた。
その時、異変は起きた。
上空を旋回していた4騎のナイトメア・ワイバーンが突然、港の入り口方向に向きを変えるや、猛スピードでその方角に向かって行った。
艦隊の将兵があっけに取られているとき、各艦の魔道士達は信じられない報告を受け取った。
「司令官!フォルサ港根拠地隊より緊急信です!」
魔道士官が、血相を変えながら艦橋に飛び込んできた。
「上空警戒隊が、8ゼルド西方において不審な生命反応多数を探知、数はおおまかですが、少なくとも100ほどの生命反応を探知したとの事です。」
「100ほどだと!?」
ターヘント中将は、思わず仰天してしまった。
ワイバーンに乗っている竜騎士は、シホールアンル軍と同じように全て魔道士であり、魔法を使う事によって相手のワイバーンや竜騎士、
あるいは航空機搭乗員の生命反応が探知できる。
その生命反応が少なくとも100、という事は・・・・・最低でも5、60は下らない数の敵飛空挺が、このフォルサに向かっている事になる。
その向かいつつある敵といえば、もはや言うまでも無い。
「アメリカ機動部隊は、夜間攻撃隊を発進させたか・・・・!」
ターヘント中将は、アメリカ軍を大いに呪った。
「各艦に通達!速やかに港外へ脱出せよ!」
彼は、大慌てでそう命じたが、そう簡単に出来る物ではない。
フォルサ軍港は、天然の良港として昔から使われていたが、ただ1つ、欠点があった。
それは、2つしかない港の出入り口が狭い事である。
フォルサ軍港の出入り口は、北水道と南水道呼ばれ、大型艦が出入りできるのは北水道のみである。
南水道は幅が狭く、せいぜい小型輸送船等の小船しか出入りできない。
そのため、第3艦隊はの各艦は、命令を受け取った後も1隻ずつしか港から出れなかった。
旗艦スラウンスがようやく、港の外に出た時、夜闇の空には聞き慣れない音が木霊し始めていた。
この時になってようやく、残りのナイトメア・ワイバーン12騎が飛び立ち、敵編隊に向かって行ったが、それから僅か10分後に、
フォルサ軍港の上空で青白い光が煌いた。
フォルサ軍港の上空に現れたのは、第72任務部隊から発艦した68機の攻撃隊である。
第72任務部隊は、午前0時までにはフォルサの西方250マイル(400キロ)の洋上に到達し、攻撃隊を発艦させた。
攻撃隊は、第72任務部隊第1任務群の空母ワスプ、ゲティスバーグ、第2任務群の空母イラストリアスから発艦している。
ワスプからはF6F-N3が8機、SB2Cが16機、TBFが8機、ゲティスバーグからF6F-N3が12機、イラストリアスからSB2Cが12機、
TBFが12機出撃した。
攻撃隊は、フォルサ軍港から10マイルほどの距離で、敵の戦闘ワイバーンの迎撃を受けたが、護衛のヘルキャットがワイバーンに立ち向かった。
5分後には、新手の戦闘ワイバーン12機が向かって来たが、これは12機のF6Fに横合いから突っ掛かれ、そのまま空戦に引きずり込まれた。
空母ワスプの艦爆隊は、教導機に付き従いながら、悠々と港の上空に達した。
教導役のアベンジャーが照明弾を落とすと、ぱぁっと青白い光が広がり、それまで暗闇に覆われていた港から闇がいくらか払拭された。
「隊長!港の出入り口から敵艦が外海に向け脱出しています!」
空母ワスプの艦爆隊長であるアイヌ・モンファ少佐は、部下の報告を聞きながら、機体の右前方にうっすらと見える陰を見つけた。
照明弾によって、闇は一応払拭されているのだが、完全に払われた訳ではなく、地上の様子は少し分かり辛い。
だが、モンファ少佐の目には、確かに水道から脱出しようとする艦影が映っていた。
「こちらでも確認した!第1、2小隊は水道の敵艦を狙う!残りは予定通り、停泊中の輸送船を叩け!」
「了解!」
モンファ少佐機を先頭に、8機のヘルダイバーが翼を翻して、水道をゆっくりと航行する敵艦に突っかかっていく。
ヘルダイバーが向かって来るのに気付いたのであろう、敵艦が甲板上に発砲炎を煌かせた。
高射砲が8機のヘルダイバー目掛けて放たれたが、砲員が慌てているのか、弾は見当外れの位置で炸裂している。
(さぁ、インディアンの狩の腕前を見せてやる!)
モンファ少佐は、内心でそう思ってから自らを奮い立たせた。
彼は、元々はインディアンの子孫である。
チッペワ族出身の父とドイツ系移民の母の間に彼は生を受けた。
元から喧嘩っ早い彼は、学生時代の時も頻繁に喧嘩騒ぎを起こし、常に血の気の多い狂犬として街の不良に恐れられたものだが、
喧嘩の腕もさることながら、勉強も良くでき、高校卒業まで成績は常にトップクラスであった。
そんな彼は、海軍に憧れて海軍兵学校に進む事に決め、推薦を貰うことにとした。
が、元来不良少年として知られたモンファに、それは無理な話であった。
アナポリスに受験するには、学業が優秀であることも必要だが、何よりも“いい子”でないといけない。
その点、モンファは悪ガキ中の悪ガキであった。
アナポリスに入るには、連邦議員の推薦を貰わなければならない。
常に真面目な人材を好む連邦議員達が、素行不良のモンファに推薦を与えるはずも無く、彼は18歳で浪人生となった。
そこから彼は変わり、1年ほどはアルバイトをしながら勉強に励んだ。
そんな彼がアナポリスへ入学出来たのは、初めての挫折を味わって1年後の事である。
アナポリス卒業後は、海軍航空隊のパイロットとして実績を積み、42年2月には空母エンタープライズのドーントレス小隊の指揮官に任命され、
数々の海戦を渡り歩き、43年5月にはエセックス級空母ランドルフの艦爆隊中隊長に任命され、8月から訓練を共にした部下達と実戦に参加した。
そして、44年1月から空母ワスプの艦爆隊長として赴任して以来、部下達を鍛えに鍛えた。
その訓練の成果が、今発揮されようとしている。
ヘルダイバー隊は、高度2000メートルから暖降下爆撃の要領で、敵艦の左舷側上空から突入し始めた。
敵艦が、盛んに高射砲を放って来る。水道を航行する敵艦のみならず、その後方の敵艦も援護射撃を行っている。
水道の入り口にいる敵艦と、水道内を航行している敵艦の大きさが違う。水道内の敵艦の方が形も大きく、搭載している砲も多い。
(巡洋艦クラスだな)
モンファ少佐は、目標の敵艦が巡洋艦級である事を見抜いた。
巡洋艦ともなれば、大きさは6000~8000トンクラスある。
それほど大きな艦が、今目の前に見えている狭苦しい水道内に沈めば、フォルサ軍港は本来の機能を成さなくなるに違いない。
(絶対に外せんな)
彼がそう思っている間にも、敵巡洋艦との距離は迫りつつある。
30度の降下角度で、時速470キロの速度で迫るヘルダイバーは、あっという間に敵巡洋艦との距離を詰める。
敵巡洋艦との距離が200メートルまで迫った時、モンファ少佐は胴体内の1000ポンド爆弾を投下した。
爆弾が胴体から放たれた瞬間、機体が軽く浮いたような感触が伝わる。敵巡洋艦は魔道銃を撃ちまくって来るが、不思議にも当たらない。
敵巡洋艦の真上を飛び抜ける。それでも、敵弾は当たらない。
(このまま、無傷で戦場を離脱できるかな?)
彼は一瞬、そんな事を思ったが、いきなりガン!ガン!と、機体がハンマーで叩かれたかのように振動する。
その瞬間、彼はヒヤリとなったが、幸いにも致命傷は避けられたようだ。
「あっ、爆弾外れました!」
後部座席の部下から報告が伝えられる。その口調には、どこか残念そうな響きが含まれているが、
「2番機被弾!」
唐突に、後ろの部下から悲鳴じみた声が上がる。
不運にも、2番機は魔道銃の射弾に捉えられ、叩き落されてしまったのだ。
(くそ、なんてツイてない!)
モンファ少佐は、心の中で愚痴ったが、爆弾を投下した以上はもう何も出来ない。
ただ、他の仲間が敵巡洋艦に爆弾を叩き付けるのを祈るだけであった。
「あっ!飛空挺だ!」
スラウンスの見張りは、照明弾の光に照らされたアメリカ軍機が、暖降下しながら港の入り口に向かって行くのを見た。
おぼろげな姿のアメリカ軍機は、胴体がやや太く、後部の尾翼が反り上がっている。
その敵機は、旗艦スラウンスには目もくれずに、港の入り口に向かっていた。
「ヘルダイバーと思しき敵機!軍港入り口に急接近!」
その報告を受け取った時、ターヘント中将は背筋が凍り付いた。
「軍港の入り口にいる艦は!?」
彼はすかさず、見張りに聞き返した。
「フォクロドが入り口の近くにいます!」
ターヘント中将は、頭を抱えたくなった。
ヘルダイバー群の狙いは、脱出して来た艦ではない。獲物は、今しも脱出しようとしている艦なのだ。
水道に入れば、船は身動きが取れない。そこを叩き沈めれば、船は浅い海底に沈座し、水道は使い物にならなくなる。
そして、軍港内にいる21隻の艦艇、30隻の大型輸送船、輸送帆船は、港内に閉じ込められたままとなってしまう!
「アメリカ人め、つくづく嫌な手を考えやがる!」
ターヘント中将が忌々しげに喚いた時、後方で爆発音が起こった。
この時、巡洋艦群の6番艦であった巡洋艦フォクロドは、艦上の魔道銃や高射砲でアメリカ軍機を撃っていたが、弾は全く当たらなかった。
やがて、敵の1番機が爆弾を投下した。この爆弾は、フォクロドの左舷13メートル横にある岸壁に命中した。
ヘルダイバーから投下された1000ポンド爆弾は、岸壁の表面部分を引き剥がし、多量石くずや破片がフォクロド艦上に吹き散らされ、
左舷側銃座の兵多数が殺傷された。
2機目が爆弾を投下した瞬間、魔道銃の光弾を集中された。その次の瞬間、2番機は左主翼から炎を噴出し、錐揉みになりながら海面に墜落した。
乗員達が喜ぶ暇も無く、2番機の爆弾が降って来る。
爆弾は、フォクロドの艦首から30メートルの場所に着弾した。
海底の土砂が海水と共に噴き上げられ、少なからぬ泥がフォクロドの前部甲板に撒き散らされる。
3発目でついに命中弾となった。
爆弾は、フォクロドの後部甲板に命中。爆弾は最上甲板を貫いて第2甲板、第3甲板にへと侵入し、第3甲板の床に弾頭が当たった瞬間、爆発した。
後部甲板から火柱が吹き上がり、破片と火の粉が空高く舞い上がった。
4発目は中央部に突き刺さり、第2甲板の中央部兵員室に到達した瞬間、炸裂し、爆風が第2甲板を駆け巡った。
次の爆弾は前部甲板に突き刺さり、最上甲板を突き破って第3甲板まで達したが、爆弾を不発であった。
6発目、7発目が外れ弾となるが、最後の8発目が命中した。
この8発目の爆弾が、フォクロドに致命的な被害をもたらした。
この爆弾は第3砲塔の右横に突き刺さるや、第2甲板で爆発した。その爆発エネルギーは、第3砲塔直下の弾火薬庫にも及んだ。
爆弾が炸裂してから1秒後に、フォクロドは弾火薬庫が誘爆し、それによって艦体後部が完全に切断された。
一瞬にして推進器を失ったフォクロドは、10メートル進んだ所で停止し、やがて、切断部分から海底に没し始めた。
フォクロドは、運河の出口まであと30メートルとまで迫っていたが、間一髪の所で脱出を果たせなかった。
フォクロドから高々と吹き上がる火災炎と黒煙は、後一歩のところで脱出を果たせなかったフォクロド乗員の無念さを如実に現しているかのようであった。
後続の駆逐艦8隻は、フォクロドの大破着低によって、完全に脱出路を断たれてしまった。
「フォクロド損傷!行き足止まりました!」
「・・・・なんたることだ!」
ターヘント中将は、本当に頭を抱えてしまった。
フォクロドが水道内で停止、着低したと言う事は、フォルサ軍港は閉鎖されたと言う事でもある。
フォルサ軍港は、港としての機能をほとんど失ってしまったのだ。
「残りの敵機が軍港内に向かいます!」
軍港上空の“篝火”が消えぬうちにとばかりに、残ったアメリカ軍艦載機が軍港に殺到していく。
軍港周辺の対空砲火が火を噴くが、不慣れな夜間射撃ともあって思うように敵を撃てないのであろう。
逆に、敵機の爆弾が次々と港湾施設や、係留されている艦船に叩き付けられていく。
「・・・・・」
ターヘント中将は、フォルサ軍港が爆撃を受けていく様子を、ただ呆然とした表情で見つめるだけであった。
だが、アメリカ軍機の攻撃はまだ終わっていなかった。
空母イラストリアスから発艦した攻撃機のうち、12機のアベンジャーは脱出した敵艦隊を攻撃目標に選んでいた。
12機のうち、2機が高度2000で敵艦隊の上空に占位した所で照明弾を投下した。
脱出した敵艦隊の上空で、青白い光が広がり、敵艦の姿が明瞭に映し出される。
イラストリアス艦攻隊長のジーン・マーチス少佐は、照明隊が照明弾を投下したのを見て、すかさず指示を下した。
「全機突撃せよ!第1小隊は敵巡洋艦3番艦!第2小隊は敵2番艦を狙え!スコックス!俺達はあいつを狙うぞ!」
「わかってまさあ!」
パイロットのジェイク・スコックス少尉は、陽気な口調で答えながら、機首を目標の巡洋艦に向けた。
マーチス少尉が率いる第1小隊、5機のアベンジャーは、目標である敵3番艦の左斜め後ろから迫りつつある。
敵艦隊は、空襲による混乱のせいか陣形がバラバラになっている。
巡洋艦群だけは、単縦陣で航行していたが、駆逐艦と離れているため、相互支援が出来にくくなっている。
アベンジャー隊に、敵巡洋艦が対空砲火を撃って来るのだが、第1小隊、第2小隊ともに、高度が10メートル前後の超低空で飛んでいるため弾が当たらない。
「いつやっても緊張するぜ・・・・」
スコックス少尉は、顔に緊張した表情を浮かべつつも、半ばおどけた口調で呟く。
高度計に目をやりながら、敵巡洋艦との距離を詰めていく。
敵3番艦は、狂ったように魔道銃を撃ちまくってくる。だが、その放たれた光弾は、ほぼ全てが機体の上面に飛び抜けていく。
「七色の天井だな。」
マーチス少佐は、緊張感の欠けた口調でそう言った。
傍目から見れば、美しいイルミネーションにも見えるが、このイルミネーションは、触れればその本人を死に追いやる、恐ろしい物だ。
(美しい物には毒があるっていうが・・・・・これはその典型だな)
マーチス少佐は、七色の天井という目の前の毒に肝を冷やしつつも、敵3番艦に視線を移す。
敵3番艦は取り舵に回頭したのだろう、マーチス隊に左舷側をさらす形になった。
それまで、敵3番艦はマーチス隊に艦尾を向ける形で対空戦闘を行っていたが、この状態では左舷側の僅かな銃座と艦尾銃座しか使えなかった。
艦長はこのままでは埒があかぬと判断し、艦と回頭させて左舷側の対空火器を総動員し、迫り来るアベンジャーを一気に葬り去ろうとした。
敵3番艦はブリムゼル級巡洋艦に属しており、改装によって魔道銃の搭載数を12丁から30丁に増やしている。
片舷側には、15丁の魔道銃が指向できる。艦長の判断は、一見正しいように思えた。
しかし、正しいと思えた判断は、同時に致命的な結果をもたらした。
敵3番艦が回頭を終えた時には、5機のアベンジャーは距離900メートルまで迫っていた。
15丁の魔道銃が光弾を放つのと、アベンジャーが距離700で魚雷を投下するのは、ほぼ同時であった。
5本の魚雷が、敵3番艦を捉えるべく扇状になって散開し、海中を突き進んでいく。
魔道銃の光弾は、何発かがアベンジャーに当たっているのだが、どういう訳かアベンジャーは落ちる気配を見せない。
「くそぉ、豚野郎が!さっさと落ちろぉ!!」
魔道銃の射手が罵声を放ちながら光弾を放つが、射手にとって、その罵言が遺言となった。
アベンジャーは、両翼の12.7ミリ機銃を敵3番艦に向かって放った。
12.7ミリ弾が敵3番艦の左舷20メートル手前に突き刺さり、小さいながらも細い水柱が、まるでミシンを縫うように次々と立ち上がる。
弾着があっという間に艦上に達した。
先ほど罵声を発した射手が、迫り来る機銃弾を見て目を見開き、悲鳴を上げかけるが、機銃弾が胸のど真ん中に命中し、そのまま後ろに吹き飛ばされた。
別の射手は、右腕を千切り飛ばされた後、顔面に直撃弾を食らって即死する。
曳光弾が艦上に突き立ち、板張りの甲板がささくれ立つ。
ある水兵は、機銃座の側に付いている盾に隠れたが、その盾は、元々古い物であり、厚さも薄かった。
その薄い鉄板に12.7ミリ弾が殺到した。
水兵が背中から腹にかけて激痛を感じた時、12.7ミリ弾は彼の腹部に詰まっていた内臓をあらかた粉砕するか、体外に吹き飛ばしていた。
アベンジャーが機銃を乱射しながら、敵3番艦の上空を通り過ぎていく。
右舷側の機銃座が射撃を開始した時、突然猛烈な衝撃が艦を襲った。
5機のアベンジャーが放った魚雷は、2発が敵3番艦に命中していた。
まず、1発目は敵3番艦の中央部に命中した。
魚雷は命中してから起爆する間に、その薄い装甲を易々と突き破り、防御区画を貫いて、通路に達した瞬間、弾頭が爆発した。
爆発に伴うエネルギーは、敵3番艦の艦腹を叩き割り、火災と浸水を発生させた。
この被雷によって、敵3番艦は大ダメージを被ったが、その衝撃から立ち直らぬうちに2発目が左舷側前部・・・・ちょうど、艦橋の横にあたる位置に命中した。
爆発の瞬間、真っ白な水柱が吹き上がった。水柱が崩れ落ちた後、敵2番艦はしばらく航行していたが、やがて、左舷に傾斜しながら洋上に停止した。
沈没確実の損害を負った敵3番艦のみならず、敵2番艦も災厄に見舞われていた。
敵2番艦は、1番艦よりは少しましな戦いぶりを見せた。
2番艦の艦長は、アベンジャーが射点に付くと、しきりに回頭を繰り返して射点をはずしまくった。
アベンジャーが新たな射点に付けば、またもや回頭して外す。
そんな事が4回も繰り返された時、アベンジャーの1機が至近で炸裂した高射砲弾の破片をモロに浴びて叩き落された。
その時になって、上空に輝いていた照明弾が消えた。
照明隊のアベンジャー2機は、持って来た照明弾を全て使い果たしてしまい、攻撃隊の目標を照らし出す事が出来なくなった。
敵2番艦の艦長はこれを好機と捉え、対空射撃を止めさせた。
対空射撃を行えば、位置を露呈してしまう。昼間ならば自殺行為も当然であるが、視界の悪い夜間ならば、逆に有効な手でもある。
これによって、第2小隊のアベンジャーは当てずっぽうで魚雷を投下した。
この時、4機のアベンジャーは、敵2番艦の右舷後方に位置する形で雷撃を行った。
雷撃する位置としては、いささか微妙な射点であったが、第2小隊の指揮官はそれでも雷撃を行わせた。
だが、このヤケ気味の攻撃が、奇跡的にも敵2番艦に被害を与えた。
4本中1本の魚雷が、敵2番艦の右舷側後部に命中したのである。
命中の瞬間、艦尾近くから高々と水柱が吹き上がり、敵2番艦は一瞬、艦尾が宙に吹き上げられた。
この時、魚雷は右舷側後部の艦尾付近に命中したのだが、この魚雷は命中した瞬間に爆発してしまった。
魚雷は通常、命中してから少しばかりの時間を置いて爆発するよう、信管が設定されているのだが、この魚雷は整備兵の腕が悪かったためか、
命中した瞬間に信管が作動してしまった。
いわゆる、過早爆発という物である。
これによって、敵2番艦に開いた穴は、3番艦と比べると格段に小さい物であった。
だが、魚雷の爆発は、船にとってはかけがえのない部分に異常を発生させていた。
なんと、敵2番艦はそのまま円周運動を始めたのである。
魚雷炸裂時の衝撃は、敵2番艦の舵を思い切り捻じ曲げ、右舷側の推進器を吹き飛ばしてしまった。
このため、舵が急回頭時の位置に固定され、そのままぐるぐると右回頭を繰り返し始めたのである。
第3艦隊は、アメリカ艦隊と戦わぬうちに、早くも3隻の巡洋艦を撃沈破されるという大損害を被ってしまったのだ。
午前2時40分
ターヘント中将は、頬を震わせながら、目の前を航行する味方艦に見入っていた。
目の前に居る味方艦は、最新鋭のタリグモゴ級巡洋艦の8番艦として完成した巡洋艦ハーセントナである。
ハーセントナは、今年の1月に就役して以来、猛訓練によって着実に錬度を上げてきた。
乗員達の士気も高く、アメリカ軍艦の1隻や2隻、軽く叩き沈めてやると末端の水兵までもがいうほどだった。
そのハーセントは、舵故障という凶事に見舞われ、今はただ、右に旋回するしか能の無い船に成り下がっている。
「これで、使える艦は巡洋艦3隻に、駆逐艦8隻のみ・・・・・・か・・・・!」
ターヘント中将は、西の方角に目を剥き、しばらくの間睨み続けた。
僅か30分未満の空襲で、フォルサ軍港は味方艦が水道に沈められているために使用不能となり、港湾施設や停泊艦船には少なからぬ被害が出ている。
そして、アメリカ軍機は脱出した艦にも襲い掛かり、1隻が沈没確実の損害を受け、もう1隻が舵故障で使い物にならなくなった。
第3艦隊は、空襲前までは巡洋艦6隻、駆逐艦16隻を率いていたのだが、今では戦力は半分しか残っていない。
沈没艦こそは少ないが、閉塞された軍港内には、同じ艦隊に所属している駆逐艦8隻が取り残されている。
第3艦隊は、事実上壊滅したも同然の被害をうけたのである。
「戦いもしないうちにこの有様では、本番は相当酷い戦いになるかもしれんな。」
ターヘント中将は、知らず知らずのうちにしかめっ面を浮かべてそう呟いていた。
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行動半径図
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