自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

150 第113話 フェイレの決断

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第113話 フェイレの決断

1484年(1944年)1月17日 午後9時30分 トアレ岬西方20マイル

巡洋艦部隊の各艦長は、最初、戦いはすぐに決着が付く物と思っていた。
相手は巡洋艦2隻、こちらは巡洋艦3隻。
しかも、2隻はブルックリン級に次ぐ重火力を有したクリーブランド級軽巡である。
これまでの戦歴から見て、敵巡洋艦2隻はなんとか討ち取れるであろうと、誰もがそう楽観していた。

「敵巡洋艦、右舷に付きます!距離18000!」

軽巡洋艦クリーブランドの艦橋に、CICから報告が送られる。

「どうやら、ヴァルケンバーグ司令は敵戦艦2隻を上手く引き付けたようだな。」

クリーブランド艦長のローレンス・デュポーズ大佐はそう呟いた後、すぐさま命令を発した。

「砲戦用意!主砲、右砲戦!」
「主砲、右砲戦、アイアイサー!」

デュポーズ大佐の命令を受け取った砲術科員が、せわしなく動き回る。
クリーブランドの前、後部に設置されている54口径6インチ砲12門が、右舷側の敵艦隊に向けられていく。

「艦長、オークランドより通信。旗艦及びクリーブランド、目標敵1番艦。コロンビア、目標敵2番艦。」
「敵1番艦との戦いは早く終わりそうだな。」

デュポーズ大佐は、余裕を含んだ口調で言った。

敵巡洋艦は、距離13000まで距離を詰めた瞬間、米巡洋艦群から先制砲撃を受けた。
敵巡洋艦もすかさず照明弾を打ち上げ、闇夜に浮かぶ米巡洋艦目掛けて、7.1ネルリ砲弾を撃ち込んで来る。
オークランド、クリーブランドは敵1番艦、コロンビアは敵2番艦に対して射撃を行った。
クリーブランドは、定石どおり交互撃ち方から始めたが、オークランドは初っ端から5インチ連装両用砲を撃ちまくった。
向けられるだけの5インチ砲が5秒、早くて4秒おきに火を噴く。
それに対し、敵1番艦は20~24秒おきに6発の7.1ネルリ弾を撃って来る。
意外な事に、最初に直撃弾を得たのは、敵1番艦であった。
射撃開始から僅か1分で、敵1番艦の第1斉射弾がオークランドの周囲に吹き上がり、次いで中央部に命中の閃光がきらめく。

「オークランド被弾!」
「なに!?」

デュポーズ艦長は思わず目を剥いた。
オークランドの中央部付近から、うっすらと煙が吹き上がっているが、幸いにも致命傷には至らないようだ。
逆に、オークランドは14門の5インチ砲を狂ったように撃ちまくった。
5インチ砲弾の曳光弾が、敵1番艦に降り注ぐ。発射速度も速いため、投射弾量は敵1番艦と比べ物にならない。
早くも敵1番艦に2発、3発と、命中弾が相次ぐ。
敵1番艦が次の斉射弾を放った。この斉射弾は、またもやオークランドを捉える。
オークランドの後部第4砲塔が7.1ネルリ弾に吹き飛ばされた。
一方、クリーブランドの第5射が敵1番艦を夾叉する。

「ようし、もう少しで命中させられるな。命中弾を浴びせれば、後は急斉射に移行して一気に叩き潰す事が出来る。」

デュポーズ大佐は余裕の表情で言った。
敵1番艦は、オークランドに砲弾2発を当て、火災を起こさせているが、敵2番艦には既に、5インチ砲弾6発が命中している。
更にクリーブランドの斉射も加われば、敵1番艦は5インチ、6インチ砲弾の嵐を受けて、たちまち廃艦となるであろう。
その時、

「オークランド魚雷発射!」

見張りから意外な報告が届く。

「魚雷だと?距離が遠すぎるぞ。」

デュポーズは、オークランド艦長の判断に眉をひそめた。
アメリカ海軍水上艦艇の搭載する魚雷は、前年の12月から新型のMk-17魚雷に更新されている。
この魚雷は、本来なら1941年の時点で開発が中止されているはずであったが、アメリカ海軍は開発を続行し、1944年10月に完成した。
Mk-17は、Mk-15と比べて性能が向上している。
弾頭の炸薬量は、Mk-15が370キロであったのに対し、Mk-17は400キロを搭載できる。
航続距離は、計画値通りには行かなかったものの、46ノットで15000メートルを走破できるため、Mk-15魚雷より有用な魚雷と言える。
ただ、どんな性能の良い魚雷でも、及び腰の発射では当たる物ではない。
現在、敵巡洋艦2隻と米巡洋艦群との距離は、まだ12900メートルもある。
この状態で魚雷を放っても、命中するのは運次第となる。
敵巡洋艦に、クリーブランドの第6射が降り注ぐ。これは、1発が敵の後部甲板に命中した。

「よし、一斉撃ち方用意。次から飛ばすぞ。」

デュポーズ艦長は、頃合良しと見て、次のステップに進む。

「コロンビア、敵2番艦を夾叉しました!」

後続のコロンビアも、ようやく敵2番艦に夾叉した。
いきなり、クリーブランドの周囲に6本の水柱が吹き上がる。

「いかん、こっちも夾叉された!」

束の間、デュポーズ大佐はひやりとなる。敵2番艦を相手取っているのは、後ろのコロンビアである。
もし、コロンビアが敵2番艦に梃子摺れば、その分クリーブランドは敵2番艦の射弾を受け続ける。
クリーブランドは、下手な重巡顔負けの防御力を有しているが、それでも7インチ相当の砲弾を立て続けに喰らえば、
いずれは致命傷を負ってしまう。
(頼むぞコロンビア。こっちには救出した味方と、乗員達がいるんだ。手っ取り早く片付けてくれよ)
デュポーズ大佐は、心中でコロンビア艦長に願った。
クリーブランドは、この日最初の斉射を放った。
12門の6インチ砲が全て火を噴き、10000トンの大型軽巡が一瞬だけ、左舷に傾く。
第1斉射からきっかり6秒後に、第2斉射が放たれる。そして、そのまた6秒後に砲弾が砲身から叩き出されて行く。
ブルックリン級から受け継いだ、6インチ砲弾の急斉射だ。
クリーブランド級軽巡に乗る乗員達は、この急斉射のことをブルックリン・ジャブに因んで、クリーブランド・ジャブと呼んでいる。
第1斉射弾は1発だけが、敵1番艦の中央部に命中する。第2斉射弾は一気に3発が、敵1番艦の後部や中央部に突き刺さった。
第3斉射弾は3発が、前、中、後部と、敵1番艦の艦体に満遍なく命中した。
ふと、この艦に乗っているフェイレの事が気になった。
メンバー達はともかく、連れの青髪の女性は、今までアメリカ艦に乗った事も無ければ、このような本格的な海戦を体験した事も無い。
(恐らく、初めての事だらけで頭が混乱しとるかもしれんな)
デュポーズ大佐はそう思いながら、フェイレが艦内に割り当てられた部屋であたふたとする様子が脳裏に浮かんだ。
この時、急に敵1番艦が回頭を行った。クリーブランドの放った第5斉射弾が全て、敵1番艦の左舷に落下する。
オークランドの射弾も全てが外れ弾となる。

「敵1番艦、取り舵に急転舵!」
「くそ、オークランドの放った魚雷をかわしたせいか!」

デュポーズは腹立たしげに呟く。
この時、敵1番艦には、オークランドの放った魚雷が迫っていた。
魚雷は、1本が艦首に突き刺さろうとしていたが、敵1番艦の艦長は咄嗟に舵を切り、難を逃れた。
この急転舵で、それまで良好だったオークランド、クリーブランドの射撃精度が一気に悪くなった。

敵1番艦は魚雷を回避したあと、また現針路に戻ったが、オークランドとクリーブランドの射弾は敵艦を捉えられない。

「一斉撃ち方やめ!」

デュポーズがそう命じた時、いきなりガァン!という音が鳴り、同時に艦橋が強い衝撃に揺さぶられた。

「右舷中央部に被弾!火災発生!」

被害報告が艦橋に届けられた。

「ダメコン班!消火にあたれ!」

デュポーズは艦内電話に取り付くや、すぐに消火を命じる。夜間の戦闘では、火災炎は敵の照準をやりやすくする。
そうならぬ為には、素早い消火作業が必要だ。

「交互撃ち方、射撃始め!」

デュポーズは、最初からやり直す事にした。照準が合わない以上、斉射を行うのは無駄である。
まずは、照準を再調整するのが先であった。
再び、クリーブランドが交互撃ち方を開始する。
クリーブランドが交互撃ち方で敵に砲撃を加えている間、オークランドは相変わらず、5インチ砲の急射撃で敵をねじ伏せようとする。

「ほとんど外れじゃねえか。」

デュポーズは、オークランドのあまり上手くない射撃に眉をひそめる。
しかし、投射弾量が多いためか、再び敵1番艦の艦上に命中弾が出始める。
クリーブランドも、第6射でようやく敵1番艦を夾叉した。

10秒後、クリーブランドが再び斉射弾を放った。
オークランドに砲撃を加える敵1番艦に、12発の6インチ砲弾が降り注ぐ。
3発が敵1番艦に命中する。そのうち1発は後部に命中し、砲塔らしき物が爆砕され、細長い砲身が宙に舞った。
ガガァン!と、クリーブランドが再び被弾時の衝撃に揺れる。
オークランドにも、敵1番艦から放たれた砲弾が命中し、何かの破片が飛び散る。
中央部と後部から黒煙を引きずるオークランドだが、先の被弾に怒ったかのように、5インチ砲弾が機関銃のごとき速さで次々と放たれる。
敵1番艦の艦体に、オークランド、クリーブランドから放たれた5インチ砲弾、6インチ砲弾多数が命中する。
5インチ砲弾は、敵1番艦の艦体表面を突き破る事はできないが、その断片が表面上をささくれ立て、魔道銃がギタギタに引き裂かれる。
艦橋に命中した1弾が、艦橋職員のほとんどをミンチに変えてしまった。
高初速の6インチ砲弾が、耐久度の弱くなった甲板を容赦なく突き破り、次々と艦内で炸裂する。
艦内で応急作業に当たっていた敵艦の乗員が、6インチ砲弾の炸裂で床に叩き倒された。
後部艦橋の上部に、6インチ砲弾が相次いで2発着弾した。派手に爆炎が吹き上がり、上部構造物が綺麗さっぱり消し飛んだ。
1発の6インチ砲弾は、敵1番艦の左舷側喫水線に命中する。砲弾の炸裂と共に浸水が始まり、内部に水が溜まって行く。
通常なら、すぐに応急班員が駆けつけて、浸水の拡大を防ごうとするが、応急班員は来なかった。
いや、来れなかった。なぜなら、応急班員の大部分は戦死していたからである。
クリーブランドが再び急斉射に入って10分ほどで、敵1番艦は戦闘力を失った。
無数の6インチ砲弾、5インチ砲弾を受けた敵1番艦は、艦上構想物を全て叩き潰され、全艦が火達磨となっていた。

「敵2番艦沈黙!」

見張り員が敵2番艦の様子を知らせて来る。デュポーズ大佐は、視線を敵1番艦から敵2番艦に向ける。
コロンビアの砲撃を受けていた敵2番艦は、敵1番艦よりはまだマシであった。
しかし、敵2番艦もまた、相次ぐ6インチ砲弾の被弾によって主砲塔全てを叩き潰され、戦闘力を失っていた。

「敵2番艦変針!撤退するようです!」

敵2番艦が回頭していく。戦闘力を失った今、あたら被害を増やす事は愚かであると判断したのであろう。

「賢明な判断だな。」

デュポーズ大佐はそう呟きながら、視線を敵1番艦に向ける。敵1番艦は、今や完全に停止、左舷に傾斜していた。
完全に大破状態である。いや、大破どころか、確実に沈没するかも知れないと、デュポーズは思った。

「オークランドに報告。我、敵弾5発被弾。速力31ノットに低下するも損害軽微。」

デュポーズは、通信員に報告を送らせた。
巡洋艦群は、当初の計画通り、順調に南下していった。

「しかし、敵の巡洋艦も意外とあっけなかったですな。」

緊張が解れたのか、副長がどこか呑気な口調で言って来た。

「そりゃそうだろう。数ではこっちが有利だったからな。おまけに、速射性能の高い艦ばかり集まっているからな。
あの戦いは、勝って当然だよ。」

デュポーズは副長に言い返した。
そのまま10分ほどの時間が流れた。この時、駆逐艦部隊が敵駆逐艦群を追い払ったと言う報告が入った。
それから更に10分ほどの時間が流れ、誰もが緊張から解放され、一息ついていた。


それは、突然現れた。


巡洋戦艦エレディングラの艦橋に、魔道士が慌てた表情で入って来た。

「艦長!探知魔法で敵巡洋艦3隻を捕捉しました!」

魔道士の報告に、エレディングラの艦長は頷いた。

「距離は?」
「約10ゼルドです。速力は約15リンルです。」

第11艦隊司令官イル・ベックネ少将は、隣に立っているロハクス・カリペリウに顔を向けた。

「カリペリウ正師。(魔道士上がりの幹部は、正師の俗称で呼ばれる)目標の巡洋艦です。」
「うむ。」

カリペリウは頷いた。

「陸軍の魔道士が、鍵を載せた小船が巡洋艦に向っていくと伝えておる。恐らく、その3隻の巡洋艦のうち、いずれかに鍵が乗っているであろう。」

エレディングラの魔道士は、トアレ岬の海岸から送られて来た魔法通信を受け取っている。
それによると、アメリカ軍は小船に鍵を乗せた後、沖で待機する巡洋艦に向かったと言われている。
鍵救出に赴いた敵艦隊は、戦艦を含む有力な部隊であった。
そこで、ベックネ少将は待機していた部隊に敵艦隊攻撃を命じた。
他の艦が、アラスカや巡洋艦群と戦っていた時、エレディングラはその場に居なかった。
エレディングラは、敵巡洋艦の予想針路を見越した上で、16日の午後からトアレ岬沖20ゼルドにある無人の入り江で待機していた。
そして、アメリカ艦隊出港の報告が入るや、エレディングラは出撃し、獲物を待ち構えていたのである。

「艦長、照明弾を打ち上げろ。それから、威嚇のために1度だけ斉射を行う。その次は、あなたの仕事です。」

ベックネ少将は、カリペリウに視線を向ける。

「任せておけ。あの実験体とは、北部の施設以来の付き合いだ。あしらい方は心得ておる。すぐに任務を終わらせてやるぞ。」

カリペリウは、自信たっぷりにそう言ったが、ベックネ少将はあまり信用できなかった。
(未経験者が何を言ってやがる。相手は、アメリカ海軍だぞ。こっちの説得を相手が一々応じていたら、今頃こんな苦労なんぞ
しなくて済むわな)

「艦長、準備出来ました。」
「照明弾発射!」

艦長が命じた後、エレディングラの第1砲塔から照明弾が発射させられる。
敵巡洋艦群が居ると思しき海上に、赤紫色の光が灯る。

「主砲発射準備よし!」
「撃て!」

艦長の次の命令で、エレディングラは9門の13ネルリ砲から火を噴いた。
この砲撃は、威嚇である。
アメリカ巡洋艦は最大で8ネルリ相当の砲を用いている。ブルックリン級やクリーブランド級は6ネルリ相当の砲を使う。
それに対し、エレディングラの砲は13ネルリだ。敵巡洋艦に2、3発でも命中すれば、たちまち廃艦してしまうほどの威力がある。
この威嚇砲撃で、まずは相手にこちらの存在を知らせる。
そして、カリペリウ正師が敵巡洋艦にいる鍵とやらの説得に当たっている内に、距離を詰める。
敵が拒否すれば、このエレディングラの主砲で持って全て撃沈するだけだ。

「皇帝陛下は、敵が従わぬ場合は、鍵が敵に使用されぬように敵もろとも葬り去れと命じておる。私としては反対であったのだが、
陛下の命となれば仕方が無い。鍵は兵器としても・・・・女としても魅力的であったのだが。」

カリペリウが、心底残念そうな口調で呟いた。
彼としては、自分も参加した大威力攻勢魔法が、実戦で使用される事を望んでいた。
しかし、肝心の鍵は敵の手に落ちている。オールフェスは、連合軍が鍵の真の価値を知れば、連合軍も同じ物を作ると確信していた。
失うだけなら諦めが付くが、その切り札が自らの帝国を滅ぼすという事になると、シホールアンルは自らを滅ぼす兵器を一生懸命作った
として、世界中から笑いものにされる。
そうならぬ為には、自らの手で葬ったほうがマシだ。
オールフェスはそう決断し、カリペリウに先の指示を送ったのである。
エレディングラは、敵巡洋艦と急速に間合いを詰めつつある。
敵巡洋艦もこちらと反航している形で進んでいたため、間合いが縮まるのが早い。

「距離10000グレルで回頭。敵巡洋艦の針路を塞ぐ。」

ベックネ少将は、艦長に命令を下す。その横では、カリペリウが何やら呟き始めた。


いきなり、上空が不気味な赤紫色の光に覆われたと思いきや、オークランドの左舷900メートルの海域に、突然9本の水柱が吹き上がった。

「な、なんだ!?」

デュポーズ大佐は、一瞬何が起きたのか理解できなかった。

「艦長!CICより報告!」
「どうした?」
「我が隊の進行方向に、敵艦らしき反応を探知しました!敵艦は1隻、戦艦です!」
「・・・・戦艦。」

デュポーズは、口の中が干上がるのを感じた。

「だとすると、先の水柱は敵艦の砲撃か!」
「艦長、オークランドが旗艦に通信を送りました!」
「砲戦用意!目標、正面より迫りつつある敵戦艦!」

デュポーズ大佐は通信員からもたらされる報告を聞きながら、咄嗟に指示を下す。
反航しているためか、距離はぐんぐん縮まっていく。

「艦長、敵戦艦は30ノット以上の高速で迫りつつあります。現在、距離は22000メートル。」
「30ノット・・・・敵は新鋭艦か。」

デュポーズは、広報にあった敵新鋭戦艦の情報を思い出した。
最近配布された情報によれば、敵の新鋭戦艦は2種類いる。
1つは16インチ相当の主砲を持ち、30ノット前後の速度を有しており、もう1つは、アラスカのライバルのような戦艦で、
主砲こそ14インチレベルと威力は低いが、速度は32ノット以上を出せると言う。
どちらにせよ、軽巡では荷が重過ぎる。闇夜の向こう側にいる敵戦艦が、その新鋭戦艦である可能性はほぼ確実だ。
距離が21000に縮まった所で、艦内電話が鳴った。

「こちら艦橋・・・・分かった。艦長。」

航海科の士官が、デュポーズを呼び出す。

「どうした?」
「艦内の部屋で休んでいた亡命者が、艦橋に来たいと言っております。」

フェイレは、予想外の出来事に困惑していた。

「フェイレ・・・・どうしたの?」

一緒に話し合っていたエリラがフェイレに話しかける。
頭の中で、その男の声が聞こえた。

『久しぶりだな、鍵よ。』
「・・・・・・・・」
『どうした?この便利な魔法を教えた恩師を忘れたかね?』

相手は、見下すような口調でフェイレに話しかけてくる。

「おい、どうしたフェイレ?体調が悪いのか?」

ヴィクターや工作部隊のメンバー達が、不安げな表情を浮かべてフェイレに近寄って来る。

「く・・・・」

フェイレは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

『あなたは・・・・カリペリウ!』
『おお、覚えていたか。凄いな、鍵・・・・いや、フェイレよ』
『あなた、今どこにいるの?』
『ああ、今はちょいと船の中におる。大砲を積んだ船だよ。君が乗っている船より強いぞ。』

カリペリウは、自慢するように言った。

「フェイレ、一体どうしたっていうんだ?」
「相手と話し合っているの。」
「相手と・・・・・話し合い?」

フェイレの言葉に、ヴィクターらは首を捻る。その中で、エリラははっとなってフェイレに聞いた。

「もしかして、魔法通信!?」
「ご名答。」
「そんな・・・・魔法通信は、遠距離では直接、会話できるように作られてはいない筈じゃ・・・・」
「作られたのよ。あたしの頭の中で会話している男によってね。」
「なんてこったい。」

ヴィクターは呆れたように呟いた。

『どうしたフェイレ?黙ってないで何か言わないか。』
『はいはい、聞こえているわよ。』
『しかし、君も元気そうだな。こうして、元気な君と再び会話できるとは思いもよらなかったぞ。』
『それで、こうまでして魔法通信を試みてきたあなただけど、何か要求があるの?カリペリウ“先生”』

フェイレは、先生という部分に皮肉気な響きを含める。
彼女は、あの魔法研究施設で、カリペリウを始めとする魔道士達にされた、数々の実験の恨みを忘れてはいない。
もし、目の前にカリペリウがいれば、真っ先に首の骨をへし折っていただろう。

『うむ、要は相談なのだが。フェイレ、こっちに戻って来ないかね?そうすれば、君の待遇は保障しよう。』
『・・・・・・・・・・・・』

フェイレは押し黙った。
それから2分の時間が経ち、フェイレは答えた。

『少しだけ時間をちょうだい。考えてみる。』

フェイレはそう言って、カリペリウとの魔法通信を一旦中断した。

「フェイレ、一体どんな会話をしていたんだ?」

ヴィクターは心配になってフェイレに聞いた。彼女の顔は、緊張で強張っていた。
フェイレはヴィクターの質問に答えず、部屋の中にいた世話係の主計兵に尋ねた。

「ねえ、すまないけど、艦橋という所に連れて行ってもらえない?」

フェイレが、クリーブランドの艦橋に現れたのは、それから5分後の事である。
デュポーズ大佐は、艦橋に上がって来たフェイレに早速聞いた。

「ええと・・・・フェイレ、だったね?」

デュポーズの質問に、フェイレは頷く。

「君は、魔法通信で相手方と交渉したそうだね。君は相手側に何か言ったのかい?」
「いえ、あちらさんには、まだ具体的な回答はしていません。」
「どのような話をした?」
「私に対して、シホールアンルへ戻ろうと言いました。私は、少しだけ時間を下さいと回答しています。」

その時、CICから報告が入る。

「敵戦艦、変針します!」

この時、エレディングラは距離20000メートルにまで迫っていた。エレディングラは左に回頭し、3隻の巡洋艦の針路を阻んだ。

「オークランドより入電、戦隊針路270度に変針。」
「了解。面舵一杯!針路270度!」

デュポーズ大佐はそう命じてから、フェイレに顔を向ける。

「それで、君はどうしたいんだ?戻りたいのか?」

デュポーズは聞いた。その問いに対し、フェイレは黙った。

『おい、まだ決心がつかんのか?』

唐突に、カリペリウの声が頭に響く。

『うるさい。もう少し考えさせて。』
『あまり時間は無いぞ。まあ、別に拒んでもいいぞ。その時は、この船の巨砲で君もろとも皆殺しにするだけだ』

カリペリウの言葉に、思わずフェイレは身を震わせた。

『いやだ・・・・・また、あの日のようになるのは・・・・・』

彼女の脳裏に、あの2人の男女によって村を焼き尽くした記憶が蘇る。
あの日、フェイレのせいで村は全滅した。あの男女が操っていたとは言え、やったのはフェイレだ。
そして、今回も、“自分のせい”で、3隻の巡洋艦が全て撃沈されるかも知れない。

『君の判断で、あの日の惨劇を繰り返される事が避けられる。どうだね?人が大勢助けられるのだぞ。』
『で・・・も』
『でもじゃない。戦艦の巨砲の前には、君の乗っている巡洋艦なぞ、巨獣の前のザコにしか過ぎんのだ。そのザコにも、
1000名以上の人が乗っている。君がうんといえば、1000名以上の人命が救われるのだ。どうだね?』
『・・・・・・』

フェイレは押し黙った。

1000名。あの村にいた人口よりも多い。
一度は、シホールアンルに抗する事を誓ったフェイレだが、彼女の心の傷は大き過ぎた。
(自分の判断で、あの村で起きた以上の惨劇を回避できる)
フェイレがそう思った時、唐突にデュポーズが声をかけてきた。

「フェイレ、敵さんは何と言って来た?」
「え?」
「敵さんは何と言って来たんだ?ちょっと教えてくれないかね?」
「は、はい。相手は、戦艦の前では、巡洋艦は何隻集まろうが、大した事は無い。人員を救いたければ、」

デュポーズは最後まで言葉を聞かなかった。

「よし、わかった!」

彼は大声でそう言うなり、通信員に指示を下した。

「オークランドに先の内容を送れ。指示を仰ぐ。」

デュポーズは通信員に、送る通信の内容を伝えた後、フェイレに視線を向ける。

「一応、前にいる軍艦が俺達の指揮を取っているんだ。まずは、あちらの艦長の指示を仰ぐ。フェイレはその指示をもとに
判断して、自分の思いをあちらさんに伝えてくれ。」

デュポーズはニヤリと笑みを浮かべる。
2分ほどでオークランドから返事が返って来た。

『フェイレ、いつまで待たせるつもりだ?』

カリペリウが苛立ったような口調で聞いて来る。そのセリフには聞き覚えがあった。
あの魔法研究施設で、魔法薬の投与を拒むフェイレに対して、カリペリウがいつも言った言葉だ。
それでも投与を拒めば、カリペリウは容赦なく暴行を加えて来た。

『もう少しだけ、もう少しだけ待って。お願い。』
『わかった。あと10分の猶予をやろう。よい返事を期待しているぞ』

カリペリウは心底見下したような口調でそう言った。
彼の中では、フェイレはいつまで経っても、ただの従順な実験動物でしかなかった。

「フェイレ、奴さんは何と言って来た?」

デュポーズが聞いてきた。

「あと10分ほどで、回答を用意しておけと。」
「10分ねえ。」

デュポーズはそう言いながら、しきにり笑みを浮かべる。

「相手さんに10分も待たしちゃ悪いな。あと2分で回答を送ってやろう。」

デュポーズは、1枚の紙をフェイレに渡した。
その紙には、フェイレが初めて目にする文字が並んでいた。
文字の最後の一言は、一際大きく書かれている。
その一語は、FUCKYOUと書かれているが、英語そのものを見るのが初めてであるフェイレには、その一語の意味どころか、
読み方すらわからない。

「フェイレ、その紙に書かれている文を相手に伝えてくれ。」

デュポーズはそう言ってから、紙に書かれている内容を読み上げた。
それを聞いていた艦橋要員達は、たちまち爆笑してしまった。

「え・・・・こ、これを言うんですか!?」

フェイレが驚いたように言った。

「ああ。しっかり伝えてくれ。」

デュポーズが苦笑する。

「さっきの敵さんの言葉で、ウチのボスがカンカンになってるんだ。それに、あいつらにはブルックリン・ジャブ・・・・
いや、クリーブランド・ジャブがどのような物が分かっていないらしい。俺達は、奴らにボクシングを教えてやりたいのさ。」
「分かりました。」

フェイレは、ついに決心した。

『ええと、カリペリウ先生~、聞こえますか?』
『おお、フェイレ。どうしたんだ?何か良い事でもあったのかね?』
『はい。』

フェイレは、愉快そうな口調でカリペリウに答える。

『私は決意しました。あなたが言っていた良い返事をお伝えします。』
『ようやく決心してくれたか。物分りが良いな。』

『ええ、まずはあたしの気持ちを言います。あたしは、考えた末に決断しました。もう・・・』

一旦言葉を区切った後、フェイレは口調を変えてから会話を続けた。

『あんたらみたいな畜生とは金輪際付き合わないとね!』
『な・・・!?』
『カリペリウさん、あなたとはもうこれでお別れね。』
『なんだと貴様!』
『ふん、あなたみたいな奴と別れられてせいせいするわ。』
『ふざけるな!』
『ふざけるなはそっちよ!このFUCK野郎!!』

フェイレはそう言うなり、カリペリウとの魔法通信を切った。

「どうやら、奴さんに対して良い返事が出来たようだな。」

デュポーズはニヤニヤしながらフェイレに言った。さきほどのやり取りは、艦橋要員達にバッチリと聞こえていた。

「ええ。お陰でいくらか気分が楽になりました。」
「そうか、それは良かった。」
「艦長、オークランドより通信。敵をぶちのめせ、です!」
「ようし、分かった!主砲、左砲戦!」

デュポーズは指示を下した後、フェイレに部屋に戻るように命じた。

「おのれぇ・・・・!」

巡洋戦艦エレディングラの艦橋内では、カリペリウが顔を真っ赤に染めながら地鳴りのような声を上げていた。

「あ奴め、このわしに口汚い言葉を浴びせよった!司令!もう容赦はいらぬ!敵を皆殺しにしろ!!」

カリペリウは、怒鳴るようにしてベックネ少将に言った。

「分かりました。艦長、目標は敵1番艦だ。」
「はっ!」

艦長はベックネ少将の命令通り、アメリカ巡洋艦に射撃を命じた。まず、照明弾が打ち上げられる。
照明弾で敵巡洋艦が照らし出された後、9門の13ネルリ砲が火を噴いた。
この最初の斉射は、全てが遠弾となった。

「艦長!敵艦隊、距離を詰めてきます!現在距離9000グレル!」
「敵巡洋艦はこの距離からだと射程外のようだな。」

ベックネ少将は小声で呟く。
恐らく、3隻の敵巡洋艦は6000か、5000グレルまで接近して射撃を行うつもりであろう。
その間、エレディングラは一方的に主砲を撃てるが、エレディングラの乗員は、大多数が新米である。
猛訓練のお陰で、錬度に関しては申し分無いが、初めての実戦、それも、視界の悪い夜戦ともあって、敵艦に命中弾を
与える事は難しいであろう。
エレディングラは、40秒おきに斉射を放つが、砲弾は全て遠弾となり、敵艦の至近には1発も落下しない。
1分、2分、3分と経っても、敵巡洋艦には命中弾はおろか、夾叉弾すら得られない。

「砲術!しっかり狙え!!」

ついに堪り兼ねた艦長が、砲術科に向けて怒鳴り込んだ。

「訓練通りにやれ!そうすれば当たるぞ!」

艦長は、砲術科をしきりに叱咤するが、砲弾はいっこうに命中しない。
砲撃開始から6分、都合9度目の斉射弾が放たれる。その斉射弾が、敵巡洋艦の左舷側海面に落下する。
9本の水柱が、天を突かんばかりの勢いで立ち上がり、敵1番艦の姿が隠される。
しかし、4秒後に敵1番艦は健在な姿を現す。この時、彼我の距離は既に7500グレルを割っていた。
艦長が第10斉射の発射を待ち侘びていると、敵1番艦が艦上に発砲炎を煌かせた。
いや、敵1番艦のみではない。2番艦や3番艦も砲を撃ち始めた。

「敵艦発砲!」

見張りの上ずった声が、伝声管ごしに聞こえた。
砲弾が唸りを挙げて飛来し、それが艦上を飛び越えていく。
エレディングラの左舷に、10本以上の水柱が立ち上がる。水柱の高さはさほどでもなかった。
左舷側100メートルの海域で上がった水柱を、カリペリウはじっと見つめていた。

「なんだ、敵巡洋艦の砲力は大して威力が無いな。」

カリペリウは、敵巡洋艦を馬鹿にしていた。
それに対し、隣のベックネ少将は、望遠鏡で敵1番艦の姿を見るなり、眉をひそめた。

「アトランタ級か・・・・・・」

ベックネ少将は、敵1番艦の形を見て、それがアトランタ級巡洋艦である事を確認した。
前部や後部に階段状に並んだ連装砲塔。低めでありながら、どこか頑丈そうな感のある艦橋。

その背後に聳え立つ2本の煙突。
傍目から見れば、駆逐艦の艦体を拡大して、そこに山ほど大砲を載せたような艦だが、ベックネ少将は、この変てこな巡洋艦が
侮れぬ敵であると見抜いている。
アトランタ級は、シホールアンル海軍ではフリレンギラ級巡洋艦に相当する艦だ。
保有する大砲は5ネルリ相当の両用砲を計16門と、小柄な船体に比してかなりの重火力を装備している。
この16門の主砲は、対空戦闘のみならず、対艦戦闘でも威力を発揮している。
流石に、それなりの防御を持つ戦艦に対抗するにはかなり非力な存在ではあるが、それでも、速射性の高い砲塔から撃ち出される
多数の小口径砲弾の威力は侮れない。
それに加え、後続の2隻は、新鋭のクリーブランド級2隻である。
クリーブランド級もまた、6秒おきに発射する主砲を計12門搭載しているため、この2隻も侮れない。
並みの巡洋艦なら、下手すれば撃沈されかねぬ敵艦を、エレディングラは3隻も相手取るのだ。
(いくら巡洋艦よりも遥かに頑丈なエレディングラといえど、今回は苦戦を強いられそうだ)
ベックネ少将は、内心そう思った。
エレディングラが第10斉射、第11斉射と、2度の斉射を行う間、敵巡洋艦3隻は早くも照準が正確になって来た。
敵1番艦の斉射弾が、エレディングラを包み込んだ。

「敵1番艦、本艦を夾叉しました!」
「くそ、下手な大砲、数撃てば当たるという奴か!」

艦長は苛立ったような口調で言った。
その直後、カァン!という砲弾が命中する音と、微かな振動が伝わった。
敵1番艦の射弾は、エレディングラの中央部2発命中したが、分厚い装甲に跳ね飛ばされてあさっての方向に飛んで行った。
その数秒後には、新たな斉射弾が再びエレディングラを捉えた。
この時は1発のみが中央部に突き刺さり、先と同じように装甲に阻まれ、その場で炸裂しただけであった。
敵1番艦の斉射弾は次々と命中するが、エレディングラの防御甲板は小口径砲弾の侵入を許さない。
時たま、前部や後部の被装甲部に命中し、夥しい破片が海面や甲板上に撒き散らされるが、それもかすり傷程度にしかならない。

「フハハハハハ!敵の砲弾は全く頼りにならぬな!」

カリペリウが、思わず高笑いを上げる。ベックネとしては癪に障るような笑い声だったが、カリペリウの言う事は事実でもある。
いきなり、飛来してくる砲弾の量が増えた。

「敵2番艦、3番艦、斉射に入りました!」

ついに、敵2番艦と3番艦も急斉射に入ったようだ。敵2番艦の砲弾が中央部に着弾する。
一際大きな衝撃だが、エレディングラの艦体はあまり揺れない。
分厚い防御甲板は、5インチ砲弾であれ、6インチ砲弾であれ、全て跳ね飛ばすか、表面上で炸裂させて、艦内には全くダメージが行き渡らない。
エレディングラは、相変わらず斉射弾を放つ。その動作には全く異常は無い。
まるで、貴様らの攻撃なぞ通用せぬと、敵に怒鳴り散らしているかのようだ。

「敵1番艦を夾叉しました!」

第15斉射目にして、ようやく先頭のアトランタ級を夾叉した。
右舷に5本、左舷に4本の水柱が吹き上がり、束の間、アトランタ級が水柱で出来た檻に閉じ込められたかのような錯覚を感じさせた。
敵巡洋艦3隻は、相変わらず激しい砲火を浴びせて来る。
外れ弾はかなりい多いが、敵艦は1斉射ごとに最低1発。多くて3、4発の砲弾を浴びせて来る。

「第3両用砲座損傷!火災発生!」
「第10、第11魔道銃座全壊!」
「後部甲板に火災発生!消火班を寄越してください!」

流石に、エレディングラも艦上の被害が増えてきた。
僅か5分ほどで、27発の敵弾を受けており、右舷側の両用砲、魔道銃は既に半数が破壊されている。
しかし、3基の砲塔や、艦橋はまだ健在である。敵弾が主砲か艦橋を潰さぬ限り、エレディングラは戦闘力を落とさないであろう。

第16斉射弾が放たれる。少しの間が空き、敵1番艦が再び水柱に取り囲まれる。
ふと、ベックネ少将は水柱の中に2つの閃光が見えたような気がした。
水柱が崩れ落ちると、敵1番艦の姿が露になった。
先頭のアトランタ級巡洋艦は、中央部にあった煙突のうち、後部が根元から吹き飛ばされ、煙突があった部分からは濛々と黒煙が噴出している。
その後部艦橋は、後ろ半分がごっそり削られ、残った部分は猛火に包まれている。
だが、それでも敵1番艦は生きていた。先ほど変わらず、健在な砲を用いて、エレディングラに挑んで来る。
エレディングラは、この40秒の間に新たに7発の敵弾を受けたが、被弾箇所はいずれも中央部であり、敵弾は悉く弾き飛ばされるか、
その場で炸裂していた。
第17斉射弾が放たれる。敵1番艦の中央部に再び命中の閃光が煌く。今度ははっきり命中したと分かった。
敵1番艦は中央部から爆炎を吹き上げた後、8本の水柱に隠れた。
水柱が晴れた後、敵1番艦は中央部と後部付近から大火災を起こし、速力を著しく低下させていた。
先まで、激しく撃ちまくっていた敵1番艦は、わずか3発の13ネルリ弾の前に、力尽きた。
落伍していく1番艦を、2番艦が追い抜いていく。

「目標変更、敵2番艦!」

ベックネ少将が次の目標を伝える。敵2番艦、3番艦は1番艦の仇とばかりに12門の主砲を撃ちまくる。
この時、敵2番艦と3番艦の射撃方法が先と変わっていた。
敵2番艦が射撃をする時、敵3番艦は沈黙しており、3番艦が撃つ時には2番艦が沈黙している。
交互に放たれる砲弾は、エレディングラの周囲に絶え間なく落下し、一時は吹き上がる水柱に敵艦の姿が隠れそうになる。

「交互射撃を行って、絶え間なく命中弾を与えるどころか、視界すらもさえぎろうと啜るとは。敵もやるな。」

ベックネ少将は、敵の考えた射撃方法に半ば感心していた。

「しかし、それもいつまで続くかな?」

エレディングラが、敵2番艦に対して第1斉射を放つ。

先の敵1番艦との戦闘が程よい準備運動となったのか、最初から夾叉弾を得る事が出来た。

「おお、やるな!」

艦長が、先とは打って変わった精度の良い射撃に頬を緩める。
敵弾は絶え間なく落下して来る。この時になると、中央部付近の火災も無視できなくなってきた。
既に、右舷側の両用砲、魔道銃の大半は破壊されており、各所から発生した火災が所々で結びついて、火勢が増しつつある。
それに応急班が懸命に動き回って、火災を消していく。
大抵が消火に成功するが、時折敵弾が至近に落下して来て、応急班が危うく難を逃れる場面もある。

「やはり、敵巡洋艦の砲力は侮れない物があるな。」

ベックネ少将は、ひっきりなしに伝えられる被害報告を聞いて、改めて米巡洋艦の恐ろしさを痛感した。
しかし、エレディングラの優勢は変わらなかった。
敵2番艦に対する第2斉射が放たれる。
やや間を置いて、敵1番艦の射撃でも見られたような、巨大な白い檻が敵2番艦を取り囲む。
その時、敵2番艦の第3砲塔のあたりで、爆発が起きた。第2斉射弾のうちの1発が、敵2番艦の第3砲塔に命中したのであろう。
艦上の爆発は、第3砲塔のみならず、その後ろに設置されていた副砲や、後部艦橋をも巻き添えにしていた。
派手に火炎と破片を吹き上げた敵2番艦は、1分前と比べて痛々しい姿を現していた。

唐突に、クリーブランドの艦内が揺れた。
それも、大地震にあったかのように派手に揺さぶられた。フェイレは、艦内の部屋に戻ってエリラ達と共に待機していた。
その時、クリーブランドの後部から猛烈な爆発音と衝撃が伝わってきたのだ。
エリラのあげた悲鳴が聞こえた、と思った時、意識は暗転していた。

この時、クリーブランドの第3砲塔には、敵戦艦から放たれた13ネルリ弾が命中していた。
通常なら、戦艦の主砲弾という物は艦内に侵入した後、起爆するように作られている。

艦内で起爆すれば、そこが弾薬庫ならば、その艦の搭載する弾薬に誘爆を起こさせて沈没に追い込める。
機関部ならば、艦の心臓部を一気に壊滅させ、戦闘不能に陥らせる事が出来る。
現に、オークランドは僅か3発の13ネルリ弾によって息の根を止められた。
しかし、クリーブランドに命中した敵弾は、少し変わっていた。
その敵弾は、第3砲塔に命中し、天蓋を突き破った瞬間に爆発したのである。
爆発エネルギーは第3砲塔を粉砕した後、一気に横方向へ解放された。
すぐ後方にあった5インチ連装両用砲がそのエネルギーによって砲身を吹き飛ばされ、砲塔の上半分がごっそり吹き飛んだ。
更に、後部艦橋に火炎と夥しい破片が押し寄せ、後部艦橋は瞬時に破壊された。
もし、艦内で炸裂していれば、クリーブランドは1発で弾薬庫誘爆という大惨事に発展していたが、この“不良品”の砲弾によって致命傷を免れた。
だが、傷が大きい事には変わりはなく、クリーブランドは早くも主砲1基と5インチ両用砲1基、後部艦橋を破壊されていた。
クリーブランドに残された時間は、少ないように思えた。

どれほどの時間が経ったのか。
エリラは意識を取り戻した。ベッドの支え部分に額をぶつけたせいで、前頭部が猛烈に傷んでいる。
(う・・・・痛い)
エリラは心でそう呟きつつ、左手で額を押さえる。左手にぬるりとした感覚がする。
同時に、左目が異様に赤い。

「出血してる・・・・・」

彼女は、額に傷を負っていた。エリラは、何かで血を止めようと、ベッドの布を引き千切って、それを畳んでから額に当てる。
ドン!と音が鳴り、クリーブランドの艦体が揺れる。しかし、先の被弾時みたいな、猛烈な衝撃ではない。
(なんか、迷走しているみたい)
エリラはふと、艦が左右に蛇行している事がわかった。

「皆は大丈夫かな?」

エリラは、仲間が心配になった。彼女は、室内を見渡す。メンバー達は、全員が床に倒れている。
一瞬、重傷を負っているのかと思ったが、よく見ると、全員無であった。

「気絶しているだけなら、さほど心配する必要は無いか。」

エリラは一安心して、部屋の出入り口を見た。出入り口から誰かが出て行く。
その誰かは、青い髪をゆらめかせていた。

「・・・・・・フェイレ!?」

はっとなったエリラは、フェイレを追いかけようとして立ち上がる。
だが、額に負ったダメージが残っているせいか、動き出した瞬間頭痛が襲って来る。
エリラはそれになんとか耐えながら、部屋を出て行ったエリラを追いかけようとする。
部屋から出た時、フェイレは階段・・・・最上甲板に出る階段を上がっていた。

「フェイレ、だめ!」

エリラは咄嗟に叫んだが、フェイレはお構い無しに階段を上がった。

艦内から出ると、そこからは海が見渡せた。夜の暗い海。
その海の向こうから、唐突に発砲炎が煌く。少しばかりの間を置いて、さほど離れていない海面に大きな水柱が立ち上がる。
フェイレが乗っている軍艦も、4基から3基に減った主砲と、健在な副砲で、雨霰と砲弾を叩きつける。
その速射性能は素晴らしい物があったが、いくら命中しても、目の前の大きな影、戦艦と思しき敵艦に全く命中しない。
フェイレは、甲板にへたれ込んでしまった。

「無理よ・・・・勝てるわけが無い・・・・・」

彼女は、空しい抵抗を続ける艦にそう言っていた。自分が馬鹿だった。
あの時、勢い込んで敵を挑発するような事を言ってしまった。その結果がこれである。
フェイレの目に、後方に見える炎の塊が移る。
自分の乗っている軍艦とは違う形の船が、炎上しながら右に傾いている。
先の艦長とのやりとりで出て来た、オークランドと言う名前の船だ。
オークランドの前部甲板には、階段式に3つ積み上げられた連装式の砲が、まだ戦えると言っているかのように砲身を右に向けているが、
火を噴く様子はない。
オークランドは、火災炎を吹きながら海上に停止していた。

「敵は、重い砲弾を受けても耐えられるように作られているのに、この艦の軽い砲弾では・・・・・・話にならないじゃない。
なのに。」

どうして?どうして諦めない?
疑問がわき起こる。ふと、遠くから何かの会話が聞こえる。

「無茶です!戦艦相手に軽巡の豆鉄砲は通用しません!」

その声は、恐怖にわなないていた。だが、

「馬鹿野郎!クリーブランドが敵のへっぽこ弾にやられるか!このクリーブランドとコロンビアが撃ちまくればいずれ・・・・」

一瞬、声が口ごもる。ふと、フェイレは、これと似たような光景をどこかで見たと思った。
その夢の中では、今と同じように、2人の男が遠くで言い合っていた。
男が何か言う前に、夢は終わっていた。その夢の続きが、今、始まろうとしている。
どのような結末になるのだろうか・・・・・
彼女がそう思った時、またもや敵弾が落下する。クリーブランドの操艦は巧みなのか、この時も敵弾が全て外れた。
男は砲弾が落下したあとに、続きを言った。

「いずれ、ジャブの連打が効いて、相手はスタミナ切れに陥る。そうなれば、ストレートの一撃でKOだ!」
「ストレートの一撃・・・・ですか?」
「そうだ。ボクシングと同じだ。俺達が敵を苦しめている間に、味方が応援に駆けつけてくれる。」

男はそう言った後、少し黙ってから言葉を続けた。

「最も、時間を稼ぐには、やや打撃不足だがな。このクリーブランドが、戦艦並みの防御力を持っていれば、
もうちょい耐えられるはずだが。」
「防御力・・・・」

フェイレは、その言葉を反芻する。

「フェイレ!」

いきなり、後ろから声が聞こえて来た。

「フェイレ、こんな所で何しているの!?」

エリラは、額に血を流しながらも、フェイレを艦内に連れ戻そうとする。

「エリラ、ちょっとだけ待って!」
「はぁ?何言ってるの。こんな所にいたら、流れ弾に当たって死んじゃうよ!」

エリラは、フェイレに対してきつい口調で言う。だが、フェイレは譲らなかった。

「艦内にいても、いずれ死んでしまうわ。」
「・・・・あんた、まさか」
「勘違いしないで。」

フェイレはエリラの言葉を遮った。

「あたしは決めたわ。生き残るためなら、どんな事だってやる。これまでに散っていった人達の無念を晴らす為には、
この場を切り抜けるしかない。」
「この場を切り抜ける・・・・どうやって?」
「考えがあるわ。」

フェイレはそう言いながら、左舷側海域に見える敵戦艦を睨み付ける。その目は、怒りに燃えていた。

「エリラ、少し手伝ってもらうわ。」
「手伝うって?」
「あなた、相手に魔力を送る事出来る?」
「え、ええ。そう言う魔法なら扱えるけど。」
「魔力を分けてくれないかな?」

この時、敵弾が落下して来た。クリーブランドの左舷側海面に、9本の水柱が立ち上がった。水柱が崩れ落ち、大量の海水がクリーブランドの艦体に叩きつけられる。

「危ない!」
エリラとフェイレは、咄嗟に艦内に逃げ込む。海水が、洪水となって舷側に落ちていく。
2人も、大量の海水を浴び、全身濡れ鼠となった。

「げほ・・・・ひぇ、この水しょっぱい。」

フェイレは海水を飲んでしまったのか、しかめっ面を浮かべる。

「フェイレ、あなたの仕事を手伝わせて貰うわ。」
「あ、ありがとう。では、早速取り掛かるわよ。」

フェイレはエリラに礼を言うと、すぐさま舷側に飛び出した。
彼女は真っ直ぐに立ち尽くすと、呪文を唱え始めた。

「聖なる大気よ、我に力を貸し、敵の悪逆なる攻撃に我を耐えさせよ、我は全を持って、悪逆なる攻撃を防ぐ物とする・・・・」
(あなた達に埋め込まれた魔法、有効に使わせてもらうわ!)
フェイレは心の中でそう叫んだ時、魔法を発動させた。

「フレアス・ライセル!」

彼女は最後に一言、鋭い声音で呟いた後、クリーブランドに奇跡が起きた。
フェイレに刻まれた魔術刻印が美しい金色の光を発する。その直後、クリーブランドの周囲に薄い金色の幕が出来上がった。

「艦長!外に異変が!」

デュポーズ艦長は、見張りに言われるまでも無く、その奇跡を目の当たりにしていた。

「・・・・美しい。」

彼は、思わずそう呟いていた。
その直後に、6インチ砲が斉射を行う。9発の6インチ砲弾は、その金色の幕を通り越して、敵戦艦に向かっていった。
入れ替わりに、敵戦艦の砲弾が落下する。その飛翔音は、先の被弾時に発生したそれと同じ・・・・いや、それよりも大きかった。

「来る!」

デュポーズが覚悟を決めた時、上空で爆発音が響いた。

「上空で爆発音・・・・?」

艦橋要員の誰かが、怪訝な表情で呟いた。

「艦長!敵弾が艦の上空で爆発しました!損害なし!」

この報告を聞いた瞬間、デュポーズは、クリーブランドを覆う金色の薄い幕が何であるか、瞬時に理解した。

「マジックバリアだ。」
「マジック・・・バリア?」
「そうだ、副長。こいつはマジックバリアだ!数日前、TG61.3がマルヒナス運河で敵のゲテモノ兵器と戦っていただろう?
その時にマジックバリアによって、相当数の砲弾が敵に届く前に無効化されたと言っている。」

デュポーズは、艦橋の外を見回しながら言った。

「それと同じ事が、このクリーブランドにも起きたんだ。しかも、俺達に有利になる形で。」
「艦長!左舷中央部で、亡命者が甲板士官に、魔法防御は持って7分しか持たないと言って来ています。」
「7分か。」

デュポーズ大佐は、その報告に愁眉を開いた。

「それだけありゃ充分だ。敵にジャブの連打を叩きつけてやる。」

エレディングラの放つ砲弾は、敵2番艦に全く被害を与えなかった。
いや、与えられなかった。

「くそ、くそ、くそくそくそぉ!!!!」

ベックネ少将の隣にいるカリペリウが、怒りの余り頭を掻き毟った。

「あの小娘め!どこまで邪魔をすれば気が済むのだ!?」

2分前、敵2番艦は突如として、薄い金色の幕で覆われた。その金色の幕は、魔法防御であった。
この魔法障壁によって、エレディングラの主砲弾は、何ら効果を成さなくなった。
それに代わって、クリーブランド級の砲弾が相次いで落下して来た。
右舷中央部は、相次ぐ被弾によって完全に廃墟と化していた。その廃墟に向けて、米巡洋艦は容赦の無い砲撃を加えてくる。
6秒おきに放たれる6インチ砲の斉射や、5インチ砲の射撃は、必ず数発がエレディングラの艦体に命中する。
中央部に命中した砲弾は、艦内に侵入できないが、それでも炸裂の断片で周囲に被害を及ぼす。
前部の非装甲部に敵弾が命中し、夥しい木片と鉄片が舞い上がった。
絶え間なく飛来する5インチ砲弾は、エレディングラの艦体を、命中の閃光で“絶え間なく”灯し続ける。
無傷で残っていた魔道銃座が、5インチ砲弾の直撃を受けて、たちまち役立たずの粗大ゴミになってしまった。
後部艦橋に、1発の6インチ砲弾が命中して、爆裂する。
後部艦橋に詰めていた応急班の班長や艦橋要員が、全て床に薙ぎ倒された。
別の6インチ砲弾は、後部マストを根こそぎ引き千切り、海上に叩き落した。
艦橋下部に6インチ砲弾が命中する。
艦橋にもそれなりの防御が施されているため、砲弾は表面で炸裂するだけに留まるが、敵弾命中によってささくれ立った表面は、
エレディングラの美しい艦容を台無しにしていく。
5インチ砲弾、6インチ砲弾は、戦艦に対しては確かに弱い。
だが、それでも多数が被弾していけば、上部構造物や艦上の設置された対空火器が徐々に破壊されていく。
そして、被弾数が多ければ多いほど、受ける被害は大なる物に変わり始めた。

「か、艦長!」

いきなり、血で真っ赤に染まった水兵が艦橋に入ってきた。

「ひ、ひい!」

その姿を見たカリペリウは、思わず引いた。

血まみれとなった水兵が、最後の気力を振り絞って報告を行う。

「こ、後部第3砲塔、旋回不能です。」

水兵はそう告げるなり、ばたりと倒れた。

「第3砲塔が旋回不能・・・・・と言う事は、主砲が3門も使えなくなったのか・・・・!」

艦長は悔しげに顔を歪めた。
その時、突然艦橋内に衝撃が走った。真上から巨大な斧を叩きつけられたかのような衝撃に、誰もがうろたえる。
咄嗟に、艦長は伝声管に取り付く。その伝声管は、艦橋トップの主砲射撃指揮所に繋がっていた。

「こちら艦長。指揮所、応答しろ!砲術長!おい!誰かおらんのか!?」

艦長は、必死になって呼び掛けるが、伝声管からは何ら返事が返って来ない。
別の伝声管が、艦長を呼び付ける。

「こちら艦橋、どうした?」
「艦橋トップの射撃指揮所が被弾しています!被害は目下調査中!」

その報告に、艦長は青ざめた。

「艦長、どうした?」
「司令・・・・敵の砲弾が、射撃指揮所を破壊しました・・・・・エレディングラは、統一射撃が不可能になりました。」
「統一射撃が不可能になってもかまわん!まだ手はあるぞ!」

この時、カリペリウが金切り声を上げた。

「砲塔にも照準装置が付いておるだろうが!それで敵に照準を定めて砲撃を行うのだ!」
「お言葉ですがカリペリウ正師。もはや状況は我が方に不利です。ここは、撤退するべきです!」

ベックネ少将は、エレディングラを撤退させる事を決めていた。
既に、陽動役の戦艦部隊は、敵新鋭戦艦との戦いに敗れ、駆逐艦部隊も撃退されている。
もし、残り2隻の敵巡洋艦を叩き沈めても、すぐに敵の新鋭戦艦や駆逐艦部隊と戦わねばならない。
そうなれば、エレディングラは撃沈されるであろう。
だが、

「ならん!!」

カリペリウは頑迷に拒否した。

「あの巡洋艦を・・・・あの小娘を殺す事が先決だ!見ろ。魔法防御が消えている、今がチャンスだ!」

ベックネ少将は後ろを振り返った。
大破したクリーブランド級は、先ほどまで魔法防御に覆われていたが、それから僅か10分後に魔法防御が切れた。
フェイレの今の魔力では、長時間魔法防御を維持させる事は不可能であった。
そのため、エリラから魔力を分けてもらい、少しでも長く魔法防御を維持させようとしたが、結局は僅か10分ほどで
2人は力尽き、魔法防御は消えてしまった。
だが、ベックネは譲らなかった。

「遅すぎます。既に、敵弾多数を受けたこの艦は、第3砲塔が使えなくなるばかりか、軍艦にとって必要不可欠な
統一射撃すら不可能になりました。この状態で、戦闘は継続できません。」
「何を言うか!貴様、臆病風に吹かれたのか!?」

その瞬間、ベックネ少将で何かが弾けた。

気が付くと、ベックネはカリペリウを殴り倒していた。

「な、な、何をするか!?」
「黙れ!」

ベックネの一喝に、カリペリウは黙ってしまった。

「私は、陛下の臣下であると同時に、多くの将兵を統べる者でもある。私には、将兵を生きて返す義務がある!このような
無駄な戦いで、あたら有能な将兵を失う事は、私にはできない!!」
「・・・・・ぐ!」

カリペリウは何も言えなかった。

「艦長、撤退だ!もはや艦の戦闘力が極度に低下した今、戦闘続行はかなり厳しい。ここは後方に下がって、態勢を立て直すぞ。」
「わかりました。」

ベックネ少将命令に艦長が頷いた時、

「本艦の後方より、小型艦4隻発見!急速接近中!」

見張りから新たな報告が艦橋に知らされた。

第43駆逐隊を指揮しているフレデリック・モースブラッガー大佐は、北西に向けて撤退しつつある敵新鋭戦艦を発見した。

「司令、見つけました。あれです。」

駆逐艦イザードの艦長は、隣にいるモースブラッガー大佐に言った。

「あれか・・・・・どうやら、巡洋艦部隊は敵さんを随分痛めつけたようだな。」

見た所、敵新鋭戦艦は、あちこちから火災を起こしている。特に、中央部の火災は酷いようだ。
しかし、それでも33ノットほどのスピードで離脱を図っている。軽巡部隊は、相当数の5インチ砲弾、6インチ砲弾を撃ち込んだようだ。
少なめに見積もっても、100発は下らぬであろう。
それでも、被害が艦内に及んでいないようであるから、流石は戦艦というべきであろう。

「さて、後は俺達の仕事だ。可愛い亡命者さんに、アメリカ海軍水雷戦隊の凄さを見せ付けてやるぞ!」

モースブラッガー大佐の言葉に、イザードの艦橋要員達は一斉に雄たけびを上げた。

「戦隊針路、300度!」

モースブラッガー大佐は各艦に指示を下した。モースブラッガーのDS(駆逐隊の意味)43は、旗艦イザードの他にヤング、
ジョンストン、ポール・ハミルトンの計4隻で編成されている。
いずれも、43年に竣工したフレッチャー級新鋭駆逐艦である。
モースブラッガーのDS43は、他の駆逐隊と共同で魚雷攻撃を行った後、敵駆逐艦部隊と砲撃戦を行った。
この戦いで旗艦イザードが損傷したが、DS43はそれ以上の損害は無かった。
巡洋艦部隊からの通信を受け取ったモースブラッガー大佐は、真っ先に自らの駆逐隊を救援に向かわせた。
37ノットの全速力で突っ走ったDS43は、途中旗艦アラスカを追い越した。
それからしばらく時間が経ち、ようやく敵新鋭戦艦と遭遇したのである。

「艦長、距離4000で左舷発射管の魚雷を撃つぞ。それから、敵戦艦の位置を旗艦に報告し続けろ。もし、俺達が
しくじったら、後は旗艦に任せる。」
「わかりました。」

DS43は、敵新鋭戦艦の右舷後部から徐々に近付き始めた。

互いの距離が11000にまで近付いた時、モースブラッガーは敵戦艦の後部第3砲塔が、ずっと右舷を向いている事に気が付いた。

「あの砲塔・・・・どうやら、砲塔の旋回盤が何らかの原因で歪んで、回らなくなったな。」
「だとすると、敵戦艦は砲戦力が減少していますな。」
「ああ、だが、油断は禁物だぞ。」

この時、敵戦艦が急に回頭を始めた。

「敵戦艦、面舵に転舵!」
「前部の主砲を使うつもりだな。艦長!このまま前進だ!敵戦艦のどてっ腹に艦首を突き刺すつもりで前進しろ!」
「アイアイサー!」

唐突に、敵戦艦の前部2基の砲塔が火を噴いた。束の間、モースブラッガーはしまったと思った。
だが、敵戦艦の主砲弾は、最後尾を進むポール・ハミルトンの遥か後方に着弾した。
敵戦艦は、その後も2基の主砲から盛んに砲弾を放つが、13ネルリ弾は駆逐艦部隊の至近にすら落下しない。

「どうも、敵の砲撃がまばらに思えるな。」
「司令もそう思いますか?」
「ああ。」

モースブラッガーは頷いた。

「ひょっとすると、敵さんは統一射撃が出来なくなっているようだ。でなければ、あんなバランスの欠いた砲撃はやらない。」

彼はそう断言した。
DS43の4駆逐艦も、5インチ単装砲を発砲する。発射速度が速いため、すぐに命中弾が出始めた。
距離が7000、6000、5000と縮まっていく。

4000まであと1000メートルという所で、急に敵の砲撃が正確になって来た。

「いかん、砲撃の精度が良くなって来たぞ。今の距離は!?」
「4600です!」

回頭まであと600メートルもある。
37ノット高速で進むフレッチャー級駆逐艦は、これぐらいの距離なら短時間で走破できる。
だが、その短時間が、モースブラッガーには長く感じられた。
距離が4100になった時、敵戦艦の砲弾がイザードを夾叉した。

「こりゃやばいぞ・・・・!」

モースブラッガーは背筋が寒くなった。夾叉弾を得たとなれば、あと1度か2度で、イザードに敵弾が命中する。
敵戦艦の砲弾は、イザードよりも遥かに大きい巡洋艦が、わずか2~3発で廃艦同然にされてしまうほどの威力だ。
たかだか2000トン程度のフレッチャー級駆逐艦が敵戦艦の砲弾を食らおうものならば、一発轟沈は間違いなしだ。
(頼む!早く、早く回頭してくれ!)
その時、待望の声が聞こえて来た。

「距離4000!」

その瞬間、モースブラッガーは目を見開いた。

「取り舵一杯!戦隊針路360度!」

彼の命令が、すぐさま各艦に届けられる、同時に、イザードの操舵手は、素早く面舵を切る。
この時、敵戦艦が発砲した。
回頭中のイザードがかわし切れるか、微妙だった。

イザードが完全に回頭し切った、と思った直後、イザードの艦尾から僅か70メートルの海域に大水柱が吹き上がった。
モースブラッガー大佐は九死に一生を得た、という喜びに浸る暇も無く、次の命令を発した。

「魚雷発射始めぇ!!」

彼は大音声で命じた。艦長がその指令を水雷科に伝える。
それから3秒後、イザードの左舷発射管から、5本のMk-17魚雷が発射された。
1本ずつ発射された魚雷は、白い航跡を引いて、4000メートル向こうの敵新鋭戦艦に突進して行く。
僚艦も、次々と魚雷を発射した。

「ヤング、ジョンストン魚雷発射完了!ポール・ハミルトンも魚雷発射完了!」
「敵新鋭戦艦、回頭します!」

4隻からはなたれた21インチMk-17魚雷、計20本の航跡を発見した敵艦の艦長は、すぐさま回避を命じたのだろう。
敵新鋭戦艦が艦首を左に振り始めた。しかし、その艦首に、駆逐艦から発射された魚雷が46ノットの高速で突進していった。
次の瞬間、敵新鋭戦艦の艦首に1本の水柱が立ち上がった。
それから3秒後に、中央部に2本の水柱が上がり、そして4秒後には、艦尾に高々と真っ白な水柱が、高々と吹き上がった。
水柱が崩れ落ちた後、敵新鋭戦艦は右舷側から黒煙を引きつつ、急速に速力を落とし始めた。

「敵戦艦、行足鈍ります。敵艦の艦内で浸水が発生している模様。」

見張りが、敵艦の状況を艦橋に伝えてくる。やがて、敵新鋭戦艦は右舷に傾斜しながら、海上に停止した。

「敵戦艦、停止。右舷に傾斜しています。」

モースブラッガー大佐は、敵新鋭戦艦の断末魔の姿を、じっと見つめていた。

「トルペックス火薬400キロの炸薬量を持つMk-17魚雷を、片腹に4本もぶち込まれれば、いかに頑丈な敵戦艦とは言え、
耐え切れなかったか。」

モースブラッガー大佐は、沈みつつある敵戦艦を見つめながら、小声で呟いていた。

「通信士!旗艦に報告。我、敵新鋭戦艦を雷撃、敵艦は魚雷4を被雷、撃沈確実と認む。以上だ。」

トアレ岬沖海戦は、この敵新鋭戦艦の被雷沈没を最後に幕を閉じた。


1月18日 午前8時 マルヒナス運河西方10マイル沖

フェイレは、朝早く起きると、気分転換のために甲板に上がっていた。
途中、クリーブランドの乗員達と何度か顔を合わせたが、乗員達はフェイレの勇気ある行動を褒め称えた。
フェイレは、状況を打開するために、魔法防御でこの艦を覆った。
クリーブランドが魔法防御の恩恵を得られたのは僅か10分。その10分で、状況は変わった。
魔法防御に守られたクリーブランドは、僚艦コロンビアと共同して敵新鋭戦艦を砲撃した。
狂ったように6インチ砲、5インチ砲を乱射したクリーブランドとコロンビアは、敵新鋭戦艦に対して相当な打撃を与え、
やがて、砲戦力を減らされた敵戦艦は撤退を開始した。
あの後、フェイレとエリラは、疲労のためその場に倒れてしまった。
彼女は起きた後、クリーブランドの乗員から、敵戦艦が駆けつけた味方駆逐艦に捕捉され、魚雷攻撃で撃沈されたと伝えられた。
あの激烈な海戦から、早10時間が経った。
今、フェイレは、右舷中央部の甲板で、TG57.4の僚艦を見渡していた。
特に目を引いたのは、輪形陣の真ん中に位置する戦艦である。
その戦艦は、昨日見た敵戦艦よりも強そうに見えた。
アラスカと呼ばれたその戦艦は、昨日の海戦で傷付いているが、航行には支障無いようだ。

「よっ、元気してるか?」

唐突に、後ろから声をかけられた。振り向くと、そこにはヴィクターとエリラが立っていた。

「ヴィクターさん、それにエリラ。体はもう大丈夫なの?」
「ああ、もう平気さ。」
「あたしは、まだ体がだるいけど、だいぶ回復したわ。」
「そう・・・・元気でなによりよ。」

フェイレは、心底嬉しそうな笑みを浮かべた。

「しかし、アラスカも大分傷付いているなぁ。いかに新鋭艦とはいえ、2対1の戦いはきつかったようだな。」
「ええ。それにしても、アメリカは凄い。あんな大きな軍艦を作れるなんて。」

フェイレは、驚きをまじえた口調で、ヴィクターとエリラに言った。
当の本人達は、互いに顔を見合わせると、なぜか笑い出した。

「どうしたの?急に笑い出して。」
「フェイレ、あれだけで驚いているようじゃ、これからが大変だね。」
「全くだ。俺達はもっと凄いのを見たぞ。」
「凄いの?」
「ええ。ま、港に着けば嫌でも分かるようになるよ。」
「どんな感じ?」
「それは見てのお楽しみかな。」

エリラの回答に、フェイレは口を膨らませた。

「何よ、もったいぶらないで教えなさいよ。」
「嫌だよ~。まあ、お楽しみは後に取っておくほうが良いっていうし、その時に教えるわよ。」
「むぅ、このイジワル猫!」

ヴィクターは、エリラとフェイレの掛け合いを見て、ひとまず満足していた。
(フェイレも、たった1日ですっかり変わったな。まあそれはともかく)
ヴィクターは、エリラとフェイレのふざけ合いを無視して、空に目を向けた。
空は、いつに無く快晴だ。
彼は、久しぶりにリラックスした気分で、大空を眺めていた。
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