革命未明 ◆j1I31zelYA
テンコと『飼育日記』の犬は、白井黒子から頼まれた『探し物』を抱えて、意気揚々と食卓のある部屋に帰還した。
「クロコー。ちゃんと見つけてき……って、どうしたんだ? 七原は?」
しかし扉をくぐって室内へと入るなり、深刻そうな面持ちでテーブルを囲んだ少女三人を目の当たりにする。
卓上には細かな文字で埋められたA4サイズコピー用紙がたくさん広げられていた。
そして、『肉じゃが』の感想を言って談笑していた時はちゃんといた少年が、その場にはいない。
困惑するテンコに気づき、まず白井黒子がはっと顔をあげる。
「ああ、テンコさん。ありがとうございますの」
食後に探し物を頼んでいた張本人は、礼を言ってテンコが抱えていたものを受け取りにきた。
なぜテンコと犬が頼まれたかと言えば、首輪をつけていないが故に『探し物をするときの声や音』を主催者に盗聴されることがなく、リスクが低いとみこまれてのことだ。
「幾つかあった中で一番新しそうなのが『これ』だったんだが、良かったか?」
「充分すぎるほどですの。もちろん、中身を調べてみないことには希望は持てませんが……」
受け取ったのは、テンコが所内のデスクから見繕ってきた黒いノートパソコンだった。
きっかけは、ホテルでの一件が起こる直前に、桐山和雄が使っていた『コピー日記』にあった。
『ウェブログ』というインターネットの日記帳は、七原やレナがいた世界ではまだ浸透していない、らしい。
しかし黒子のいた世界にはとうに普及していて、だからこそ『ブログが使えるということは、レンタル元のサーバーに繋がっていなければおかしい』という気づきを持つことができた。
そして、レンタル元のサーバーとは……すなわち、主催者が管理する情報の発信基地にほかならない。
それが罠かもしれないにせよ、情報があるとは限らないにせよ、『回線』そのものは存在している。
ならば同じ世界から来た仲間であり、電脳戦を得意分野とする『御坂美琴』か『初春飾利』の意見を仰ぎつつ、該当するサーバーに対して探りを入れようというのが黒子の試みだった。
「それから研究所を探すうちに色んな部屋を見つけたんだが……さきにそっちの話を聞いてもいいか?」
ソファに座るレナと結衣の暗そうな雰囲気をみれば、何かが起こったことは察することができた。
探し物に出発した時には、みんなが寛いでいて、七原がタバコを吸おうとして黒子に止められたりしていたのに。
「そうですわね。先に私たちの話をしましょう。
……お犬さんには申し訳ないですが、扉の前にいてくださいますか?
七原さんが戻ってきたら教えてくださいな」
ワン、と返事をしてマスクをつけた犬は廊下へと出て行った。
ホテルで一緒にいた時からそうだったけれど、『飼育日記』の犬たちはとてつもなく訓練されている。
「簡単に言ってしまえば」
テンコがソファへと着地すると、黒子は卓上にあった紙束の表紙を見せた。
「――わたくしたちは、七原さんの知られたくなかった過去を、
七原さんが知らぬところから知ってしまいました」
『戦闘実験第六十八番プログラム報告書』と書かれた、それを。
◆
全てを説明すれば長くなるからか。
あるいは、知ってしまった事実をさらに暴露することに、罪悪感があったからか。
そして、その紙束には読むにたえないほど凄惨なことが書かれていたのか。
黒子は、テンコに対してその資料を読ませることはしなかった。
「信じがたい話ですが……七原さんは以前にも『殺し合い』を経験したことになります。
それも、仲が良かったクラスメイト同士で。」
ただ、口頭で淡々と説明した。
中学生が、国家によって殺し合いを強制される世界があったこと。
つい昨日まで仲間と笑い合っていた『日常』がたやすく破壊されて、
絶望の行き止まりを押し付けられる中学生たちが、そこに記録されていること。
自殺する者がいて、狂う者がいて、疑心暗鬼になる者がいて、殺す者と、殺される者がいたこと。
殺し合いは完遂されたけれど、たった二人の『行方不明者』が政府から指名手配されていること。
その二人のうちの一人が、『七原秋也』という名前だったこと。
「最初は、有り得ないって思ったけど……だって、現実に起こるようなことじゃないよ」
「でも、きっとこれが真実なんだよね。作り話で、こんな真に迫った記録が書けるわけない」
具体的に七原秋也がどうしたと書かれていたのか、少女たちは語らない。
しかし、だからこそテンコにも分かってしまった。
七原秋也は、積み上げられた屍の上にいる。
生きるためにクラスメイトと殺し合い、そしておそらくは『行方不明者』として脱出するために、『主催者』の大人たちを殺している。
「じゃあ何かよ。……アイツはここに連れてこられる前から、
もういいじゃねぇかってぐらい可哀想な目に遭ってきたってことかよ」
テンコのいた世界にも、中学生の『バトルロイヤル』はあった。
しかし、だからこそ、理解してしまう。
七原だけ、住んでいる世界が違いすぎるということを。
未来ある子どもたちから何もかもを奪い取り、絶望する姿を見せ物にして楽しもうというのだから。
世界ぜんぶが狂っていなければ、実現するはずがない。
「そんなの、ひどすぎるだろ……」
ひどい話だ。
誰だってひどいと言うはずだ。
しかし少女たちがうつむいて黙っているのは、とっくに『ひどい』と言い尽くしたからだろう。
ひどいとしか、言えない話だ。
だから、『ひどい』と言い尽くしてしまえば、言葉をうしなってしまう。無力になってしまう。
知った上で、どうするのか。
七原秋也という少年をどう理解して、これからどう接していくのか。
「あの人は……」
口火を切ったのは、船見結衣だった。
「クラスメイト同士が殺し合うところを見てきて、だから私たちのことを信じられないのかな?」
辛そうな顔で、レナと黒子、そしてテンコを見回す。
「だって、私だったら……絶対にキレると思うんだ。
『中川典子』さんって、七原さんのパートナーだったんだろ?
少なくとも、一緒に力を合わせて生き延びたんだから、きっと信頼してた人で……。
そんな人が放送で名前を呼ばれたのに、すぐそばにみっともなく泣いてるヤツがいてさ、
そいつを黙らせようとしたのに、『お前なんかに気持ちが分かるもんか』とか言われたら……私だったら、キレてるよ。傷つくよ」
その『泣いてるヤツ』が誰を指すのかは、すぐに分かった。
テンコと黒子は現場にいなかったけれど、船見結衣が七原秋也にむかってそう言ったらしいことを、辛そうな表情から知らされる。
「私のことを怒って、自分なんか一番大切な人が死んだんだぞって言い返してるよ。
それなのに、抑えて自分のことを話さなかった。
それって、そこまで我慢しても知られたくないってことだよね?
たとえば、知られたら『仲間殺し』扱いされるかもって疑ってるとか。
それか、アマちゃんの私たちなんかには分からないって思ってるとか――」
衝撃がすぎた真実は、傷つけてしまった罪悪感は、良くない憶測を膨らませていく。
しかし、レナが遮った。
「それは違うと思うよ。
秋也くんは何度も『私たちのことを否定しない』って言ったし、『殺さないに越したことはない』って認めてくれてる。
そのときの目は、心にもないことをいってる目じゃなかったと思う」
竜宮レナは、紙に書かれた事実だけに先入観を持ったりしない。
自分の目で見たの七原秋也のことも、ちゃんと覚えている。
「……私はね、隠し事をするのは、別にいいって思うの」
ぽつりと呟くように、レナは言葉を続けた。
黒子と結衣が、意外そうに注目する。
「さっきは七原くんにも自分のことを話してほしいって言ったけど。
友達のみぃちゃんだったら、『言いたくないことを打ち明けなきゃ仲間と呼べないなら、そんな仲間はいらないね』って言うと思う。
昔にしたことがどうであれ、自分を判断するために隠し事を詮索してくるような人なんか、私だって一緒にいたくないから」
両膝の上に両の手をのせた姿勢で、喪った友人のことを思い返すように目を細めて、
「だから、これはきっとワガママでお節介なことだよ。
言い争いもしたけど、私は七原君と『仲間』として一緒にいたい。
だから、一人になろうとする理由が、この秘密にあるなら――」
――私はそこに踏み込んででも、七原くんとお話がしたい。
言い切られた宣言に対して、結衣と黒子はほっとしたような笑みを浮かべた。
それはまるで、自分たちの立ち位置を、再確認するかのように。
輪の中に七原秋也を加えることを、まだ三人は諦めていない。
「とはいえ――むしろ、心を開いてもらうハードルは上がったと言えますの。
たまたま知ってしまったとはいえ、私たちが勝手に秘密を探ったとなれば、七原さんもいい感情は持たないどころかますます警戒されること必至ですのよ」
白井黒子が、苦い顔でその厳しさを指摘する。
「それに、これからは下手に『歩み寄ってください』とも言い出せなくなりました。
だって、七原さんはとっくに切り捨てる道を選んでいるのですもの。
そして、元の世界に戻っても、それを続けようとしていますもの」
レナたちは顔をうつむかせて、卓上の『報告書』を見つめた。
資料からは、プログラムを生き延びた後の七原については分からない。
けれど彼は、己のことを『革命家』だと称していた。
だからきっと、少年は『日常』には戻らない。
これからも、決して無血革命には終わらない戦いを続けようとしている。
船見結衣が、口を開いた。
独白するように。
「あの人は……『世界を変える』って言ってた。
どんな世界にするつもりなのかな。
その変わった後の世界に、あの人の『帰る』場所はあるのかな」
誰も、それに答えられなかった。
あるはずだと答えるには、七原の瞳は、言葉は、諦観に満ちている。
「そうだな。それに、誰にも話さなかったってことは、
逆に人から何を言われようとも、聞き入れないし決意を曲げないってことだもんな」
テンコの口からも、そんな言葉がもれていた。
友達の植木耕助だって何人もの中学生を救ってきたけれど、
そいつらは自分たちの側から救いを求めるか、あるいは欲しがっていることを自覚していないだけだった。
七原秋也は違う。己に何かを与えようとする者さえ、願い下げだと拒絶している。
「ううん……そうとも言い切れないよ」
しかし、否定の声はあがった。
竜宮レナだった。
「『誰にも話さなかった』って言ったよね。
でも、実際のところはそうじゃないんだよ」
重々しい表情の中に、青い炎のような瞳が燃えている。
料理の時に見せていたぽやぽやとした顔が、怜悧なものへと変貌していた。
その視界には、テンコたちには見えない真実が見えているかのように。
そして視線は――白井黒子へと向いた。
「私は――そこに踏みこめるとしたら、黒子ちゃんだと思う」
◆
喫煙所の灰皿に、タバコの吸い殻が三本。
指にはさんだ四本目を、灰皿にぐしゃりと押し付けて潰した。
ぽつりと、七原秋也は独白をする。
「……このまま離れるか」
もとより、研究所に留まり続ける理由はなかった。
このまま食卓に戻ったとしても、また『別行動をさせてもらう』と『行動を同じくしよう』の堂々巡りになることは見えている。
ならば、手間をはぶこう。自分から距離をあけてしまおう。
レナたちは後々に再会でもすれば間違いなく怒るだろうが……それを疑心暗鬼として七原を殺しにかかるほど愚かな少女たちでもない。
そんな損得計算をしながら、七原秋也はゆっくりと研究所を出口にむかって歩き、階段を降り、ゆっくりと歩いて、自動ドアをくぐった。
「まったく。わたくしもアホなら、あなたもアホですのね」
そして、止められた。
夕刻の風にツインテールをそよりと揺らし、両手を腰にあてて立ちはだかる少女に。
右手には、筒状に丸めた紙切れを握っている。
「……行動を読んでたのか?」
「放送後には別行動をすると言っていた人が、いつまで経っても戻ってこなければ、
早まって出て行ったのかと危惧するに決まってますの」
それは計算違いだった。
七原としては、それほど長い時間をぼんやりとしていた自覚はなかったのに。
「そう言われても、俺としては話すことは何もないんだがな。
そっちが『やっぱり七原さんと同じように容赦なくやる覚悟を決めました』ってなら別だが」
後半は挑発だった。
そんなことが起きるとは思っていないし、白井たちは甘い思想のままでいればいい。
七原の見ていないところでやってくれるなら。
「そうですわね。七原さんの望む言葉は言えないでしょうが
――それでもわたくしには、なあなあにしておけないことがあります」
――ふと、気になった。
自分がこの『容赦なくやる』という言葉を飲み込んだのは、いつの頃からだろう。
川田に『容赦なくやれるか』と問われて『やらざるを得ないだろ』と認めたのは――まだプログラムでも、中盤にさえ差しかかっていない時期だったはずだ。
とある二人の女子生徒が、『拡声器』を使った一件がきっかけになった。
それに比べれば、大きな乱戦をくぐり抜けても、生存者が半数を割り込んでも、なお変わらずにいる彼女たちはやはり強い。
今は亡き『七原秋也』とは違う。
「まずは謝罪をしなければなりません。七原さんにとって、知られたくないことを知りました」
強い少女はそう切り出すと、丸めていた紙きれを広げて掲げた。
七原は視力がいい。
そこに印字された『戦闘実験第六十八番プログラム報告書』の文字をしっかり読み取って、顔をひきつらせる。
「おいおい。なんだって『そんなもの』がここにあるんだよ」
「支給品にも、色々とバリエーションがあるようですの。
プライバシーの侵害については謝りますが、肖像権の侵害については主催者の方々におっしゃってくださいな」
許さないと決めていた主催者に、さらなる憎悪を上乗せする。
これだから知られたくなかったんだ、と。
知られてしまえば、踏み込まれる。
知ったふうなことを言われて、伸ばされたくもない手を伸ばされる。
「動揺を見る限り、この資料がでっち上げというわけでは無いようですのね」
「ああ。確かに、そこに書いてある『プログラム』とかいうイベントに招待された覚えがあるな。
けど、そいつは大切な『中学生活の思い出』ってやつだ。他人と共有して浸るようなもんじゃないね」
『革命家』は過去を背負い、しかし振り返らない。
だから、何人たりともに背負った荷をほどかせはしない。
「だから七原さんは、ずっと黙っていたんですの?
『身元のしれない不審人物』扱いを覚悟の上で?」
「打ち明けたところでどうなる?
会ったばかりの他人からお涙ちょうだいの昔話で同情を買うほど、『革命家』は落ちぶれちゃいないんでね」
『他人』の部分を強調すると、黒子は分かりやすくカチンときた顔をした。
ここで怒りの反論がくるところを遮って、会話を打ち切らせる。
そういう算段をしていた七原だったが、しかし黒子は黙る。
七原のペースで、ことを運ばせまいとするように。
すぅ、と息を吸い込み、言った。
「――ならどうして、佐天さんにはお話してくださいましたの?」
名前と、記憶を結びつけることにしばらくかかった。
佐天。
なぜ、ここにきてその名前が出る。
もう半日以上も前に死体となっている少女のことだ。
そう、思えば宗屋ヒデヨシがおかしくなり始めたのも、あの少女が死んだことがきっかけで――
――もしもあの部屋から最初に出てたのがオレだったら……きっと、死んでたのはオレだ。
――もしオレが死んでたとしても……お前は、仕方ないって言っちまうのか……?
――言っただろ、俺はこんなクソッタレな幸せゲームは、一度クリア済みだってな。
――あのとき生き残ったのは、俺を含めて二人だけだった。俺のクラス42人のうち、40人が死んだんだ。
そう、たしかに『プログラム』のことを打ち明けていた。
七原にとって、会話とは情報をもらうための交渉だったはずで。
余計なことはいっさい口外しないようにしたはずだったのに。
いつからだ、と慌てて記憶を顧みる。
――七原や佐天とは住んでる世界がどう考えても違ってる……学園都市、大東亜共和国。
――俺には初耳だぜ、そんな国も場所も聞いたことがねえ。
――でも、実際にこうしてあたし達は出会っているし、それは確かな証拠だと思うんです。
本当に最初の最初だった。
二度目の殺し合いが始まって、最初に出会った二人と最初に交わした会話。
たった一日でいろいろなことがありすぎて、すっかり忘却していた過去。
佐天涙子はもう死んでいるし、ヒデヨシだってあんなことがあったからには忘れているはず。
それを、なぜ白井黒子が知っている?
大東亜共和国のことはおろか、佐天涙子についても『死んだ』と最小限のことしか話していなかったのに。
「おい、今度はどんなカラクリだ?
『未来日記』じゃなくて『過去が見られる日記』でも持ってるのか?」
「そんなものに頼らなくても……過去のことだったとしても、相手を知ることはできますの!」
研究棟で囲まれた中庭に、白井黒子の凛とした声が響いた。
風が吹き抜けて、ざわざわと建物脇の植木を揺らしていく。
それが収まった頃に、白井は付け加えた。
「もっとも……気がついたのはわたくしではなく竜宮さんですけれど」
あいつか、と思い出す。
船見結衣を止めようとしていた時の、あるいは首輪のことについて筆談をしていたときの、見透かしたような鋭い眼差しのこと。
「考えてみれば、簡単なことでしたのね。
七原さんはどうして出会った時から『わたくしたちは大東亜共和国の無い世界から来た』ことを知っていたのか」
ああ、そうだった、と内心で歯噛みをした。
単に『異なる世界から人が集められた』ことを知るだけならばたやすい。
『並行世界』というSF小説のような発想にたどりつくにはハードルが高いけれど、それだけだ。
たとえば、宗屋ヒデヨシの世界にある『能力者バトル』や、佐天涙子の世界にある『学園都市』。
相手が『俺はこういう戦いに参加していて……』とか『私は学園都市に住んでいます』と言い出すだけで、すぐにおかしいと理解できる。
しかし、『私は日本という国に住んでいます』などということを、わざわざ説明するだろうか。
「たとえば、『大東亜共和国には学園都市なんてない』と発言して、『大東亜共和国ってなんですか?』と答えが返ってくる。
そして、それに対して七原さんが『大東亜とは何か』を説明する。
そんな流れがあって初めて、祖国の違いを認識できますの。
ましてや、わたくしたちの国が全体主義国家ではないことも、国家に抹殺される危険もなく平和に暮らしていることも、『プログラム』という殺し合いが開かれないことも。
……そこまで追及をかさねたら、どうしたって『七原さんの祖国はそうではない』ことぐらい知られてしまいます」
一方的に『プログラムというものを知っているか』と尋ねて『知りません』と返事をもらうことぐらいはできるだろう。
しかし、そんな単調な会話だけで『生まれ育った国の何もかもが違う』と確証を得られるものではない。
ましてや『大東亜共和国が生まれなかった代わりに、アメリカにも似た民主主義国家が成立している』なんて、七原秋也からしてみれば理想の世界でもあり、同時に悪夢のような話なのだから。
だから。
「たとえ、情報交換するためにやむを得ずしたことだったとしても。
七原さんは、佐天さんと宗屋さんに自分から話したことになりますの。
打ち明けるには、とても勇気がいるようなことを。
佐天さんたちを信じようとしなければできないことを、してくださったんじゃありませんの」
そうだ。
確かに、そういう会話があった。
もちろん、プログラムでどんな犠牲を払ったのか、本心のデリケートなところは伏せたけれど。
そういう催しを経験したのだと、しぶしぶながら、それでも誇らしげに語ることになった。
「――つまり、何が言いたいんだ?
『どうして話したんだ』って聞かれたら、アンタらの推測したとおり、
『やむを得ずのことだったし、こっちも混乱してた』以外に理由は無いんだがな」
「本当に、理由はそれだけですの?
なら、佐天さんは――わたくしの大切な友人は、そのお話を聞いて、なんと仰っていました?
七原さんを恐れたんですの? 信じられなかったんですの?」
そういうことか、と理解する。
だから白井黒子は、一人でやってきたのか。
船見結衣ではなく、竜宮レナでもなく、白井黒子が踏み込んできたのか。
『佐天涙子の友人だから』という、理由を得て。
「そりゃあ……あの子はいい子だったさ。
『プログラム』のことを話しても、ショックは受けた風だったけど、変わらずに接してくれたな」
嘘は言っていない。
けれど、全てでもなかった。
佐天涙子が示した反応の中には、七原を喜ばせた言葉があった。
たとえ佐天の友人から”願い”であっても、その言葉を、自分の口から声にしたくなかった。
そのまま引用するならば、こうだ。
――そんなの、許せませんよ! 必死に生きてきた人を、こんなゲームにまた参加させるなんて!
許せないと、言ってくれた。
眉をつりあげて、両の拳を振りかざして。
七原秋也が、決して許すことはないと誓った『神様』に対して、そう言ってくれた。
「もし、佐天さんが七原さんを傷つけなかったのなら。
七原さんが佐天さんたちに、そうあってほしいと期待して、“願って”打ち明けたのなら」
――じゃあ、生きてまた。
――ああ。七原も。全員生きて脱出しようぜ!
――あはは……みんな無事で帰りたいね。
――何言ってるんだよ、必ず……必ずみんなで帰るんだ。
気がつけば、そんなやり取りをしていた。
『必ずみんなで帰ろう』なんて、ハッピーエンドを信望するかのような言葉を口にして。
ここから反撃を始めるのだと、気取ることなく笑えていた。
「打ち明けることができたのは…………七原さんだって『仲間』になれると、信じていたからではありませんの?」
探り当てられた。
白井黒子は、救いの手をのばす『七原秋也』を、見つけ出した。
もう隠せない。繕えない。
肩からどっと力が抜ける。
「ああ、そうだな。
確かに俺は、欲しかったのかもしれない。
一緒に走ってくれる『仲間』ってやつが」
その瞬間、白井黒子の顔に、確かな希望が射した。
「だったら――」
ごくごく自然体で、七原秋也は続く言葉を口にする。
「……で、その結果、『仲間』だった宗屋は何をした?」
だが、全ては過去のこと。
救いの手をのばしていた『七原秋也』は、もういない。
「それは――!」
強い語調で反論しようとした声を、冷え切った語調で遮る。
「佐天も宗屋も、もういない。
いや、片方は生きてるけど、とうてい『仲間』とは言えないな。
むしろ次に会ったら、問答無用で蜂の巣にしてるところさ。
アンタらがどんなに庇い立てしても、赤座あかりがそんなこと望んでないとしても」
見事だ、と感嘆する。
もし、さきほど決意を固めていなかったら。
『七原秋也を亡きものにする』と決めていなかったら。
高望みをしていたかもしれない。揺らいでいたかもしれない。
「確かに、あのときの俺は、アイツらにカケラでも仲間意識を持ってたかもしれない。
けど、それが何を生んだ?
俺は、桐山の敵意からアイツを助けた。一人でも多くを救うためにな。
ところが救けられたそいつは、間接的にロベルトと佐野と桐山を殺したよ。
そして、少なくとも赤座あかりをその手で殺してる。
テンコが言ってたホテルでの惨状を聞くに、もっと多くが犠牲になったかもしれないな。
勘違いするなよ、俺はそいつを恨んでるわけじゃない。
アンタらと違って、俺は『それでもハッピーエンドを目指す』って言えるほど夢見がちじゃないんだ」
違う。
あの時あの場所にいたのは、今ここにいる『革命家』ではない。
あの時はまだ死にきれていなかった、『七原秋也』の残り滓だ。
中川典子がまだ生きていた頃の、七原秋也だ。
『世界が違う』と頭では理解していても、それが意味するところを知らなかった七原秋也だ。
「だからさ、頼むよ。白井黒子」
お”願い”だとは、敢えて言葉にしない。
それは、他人に弱さをみせることに他ならないから。
誰にも理解されなくていいし、理解されたくもないから。
「ここで、お別れにしよう」
だからこそ、携えたレミントンの銃口を向けることだってしない。
単純な戦闘力ではどちらが上なのか判断するぐらいの頭はあるつもりだし、
ここでケンカを売れば、取り押さえられてレナたちの元に強制送還される口実を作るだけだろう。
それに、”船見結衣や竜宮レナならばともかくとして”、白井黒子を殺傷するのはちょっとマズイ。
桐山和雄が身を呈してかばって意味がなくなってしまうし、首輪を解除するアテがまるで無いというのに白井黒子の能力をうしなってしまうのは、いくら何でも愚策すぎる。
”敵になり得る”と理解しているからこそ、愚かにも戦端を切るような真似はしない。
「――お前らは、俺を敵に回したくはないんだろ?」
俺はお前らを敵に回したくないんだ、とは言わない。
決然とした顔の白井黒子に相対して、
七原秋也は、おかしくもないのに笑みを浮かべていた。
【D-4/海洋研究所前/一日目・午後】
【七原秋也@バトルロワイアル】
[状態]:健康 、頬に傷 、『ワイルドセブン』
[装備]:スモークグレネード×2、レミントンM31RS@バトルロワイアル、グロック29(残弾9)
[道具]:基本支給品一式 、二人引き鋸@現実、園崎詩音の首輪、首輪に関する考察メモ 、タバコ@現地調達
基本行動方針:このプログラムを終わらせる。
1:???
2:レナ達を切り捨てる覚悟、レナ達に切り捨てられる覚悟はできた。
3:走り続けないといけない、止まることは許されない。
4:首輪の内部構造を調べるため、病院に行ってみる?
5:プログラムを終わらせるまでは、絶対に死ねない。
【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
[状態]:精神疲労(大)
[装備]:メイド服
[道具]:基本支給品一式 、正義日記@未来日記、不明支給品0~1(少なくとも鉄釘状の道具ではない)、テンコ@うえきの法則、月島狩人の犬@未来日記、第六十八プログラム報告書(表紙)
基本行動方針:自分で考え、正義を貫き、殺し合いを止める
1:???
2:とりあえず、レナ達と同行する。
3:初春との合流。お姉様は機会があれば……そう思っていた。
[備考]
天界および植木たちの情報を、『テンコの参戦時期(15巻時点)の範囲で』聞きました。
第二回放送の内容を聞き逃しました。
【船見結衣@ゆるゆり】
[状態]:健康
[装備]:The wacther@未来日記、ワルサーP99(残弾11)、森あいの眼鏡@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×2、裏浦島の釣り竿@幽☆遊☆白書、眠れる果実@うえきの法則、奇美団子(残り2個)、森あいの眼鏡(残り98個)@うえきの法則、ノートパソコン@現地調達、第六十八プログラム報告書(中身)@バトルロワイアル
基本行動方針:レナたちと一緒に、この殺し合いを打破する。
1:白井黒子が七原秋也を呼んでくるのを待つ。
2:今は、レナ達といっしょにいたい。
[備考]
『The wachter』と契約しました。
【竜宮レナ@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:健康
[装備]:穴掘り用シャベル@テニスの王子様、森あいの眼鏡@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式、奇美団子(残り2個)
基本行動方針:正しいと思えることをしたい。 みんなを信じたい。
1:白井黒子が七原秋也を呼んでくるのを待つ。
2:できることなら、七原と行動を共にしたい。
[備考]
※少なくとも祭囃し編終了後からの参戦です
最終更新:2021年09月09日 20:02