人外なりきりアットウィキ
なりきりを上手くするには? 著者:つくば
最終更新:
jingai_narikiri
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はじめに
はじめて記事を書かせていただきます、つくばと申します。
友人にこのatwikiを紹介してもらい、現在は管理者権限をお預かりしています。
このatwikiでは、主にこのような記事を書くことを中心に活動していく予定ですが、もしご不明な点などありましたら、どうぞ遠慮なく質問ください。一人の管理人として真摯に取り合うつもりです。
友人にこのatwikiを紹介してもらい、現在は管理者権限をお預かりしています。
このatwikiでは、主にこのような記事を書くことを中心に活動していく予定ですが、もしご不明な点などありましたら、どうぞ遠慮なく質問ください。一人の管理人として真摯に取り合うつもりです。
この記事における「なりきり」とは
この記事における「なりきり」とは、主にロル・炉留(以下、ロル)全般を指します。
「なりきりパーティ」や文化全体を意味するものではありません。
「なりきりパーティ」や文化全体を意味するものではありません。
「上手い」とは?
ここでいう「上手い」とは、基本的になりきりが持つ表現力に基づいて評価される状態を指します。
本記事では、以下の三点を基準とします。
本記事では、以下の三点を基準とします。
- 描写が具体的であること
浅薄であっさりとした文章ではなく、具体的で読者に分かりやすい文章は、会話や今後の展開を円滑に進めてくれます。
- 描写に文学性があること
機械的な文章ではなく、人の感性や真心が込められた文学的な表現には計り知れない魅力があります。
読者は、あなたのなりきりに心を動かされることでしょう。
読者は、あなたのなりきりに心を動かされることでしょう。
- 描写が理論的であること
偶然の連続ではなく、「何に起因して―何が起きて―どうなったか」という論理構造を描けているなりきりは、設定や動作への理解度を高め、なりきり全体の質を向上させてくれます。
「見せる」ではなく「魅せる」
長い前置きを読み終えてここまで来てくれた読者の皆さん、ありがとうございます。
この段落に「見せる」ではなく「魅せる」というタイトルをつけたのは、上手ななりきりとは単なる文章技術ではなく、何度も推敲され、吟味に吟味を重ねて美しく装飾された表現によって成り立つものだからです。
「一体どういうこと?」と思われたかもしれません。
つまり、上手ななりきり民とは「正しく書く」こと以上に、「美しく書く」ことに重きを置いていて、そうした姿勢がなりきりの質を高めているという事です。
この段落に「見せる」ではなく「魅せる」というタイトルをつけたのは、上手ななりきりとは単なる文章技術ではなく、何度も推敲され、吟味に吟味を重ねて美しく装飾された表現によって成り立つものだからです。
「一体どういうこと?」と思われたかもしれません。
つまり、上手ななりきり民とは「正しく書く」こと以上に、「美しく書く」ことに重きを置いていて、そうした姿勢がなりきりの質を高めているという事です。
以上の考え方をご理解いただけたところで、次に「美しく書く」ための具体的な方法をご紹介します。
(なお、ここで紹介する方法は、あくまで私個人の経験と知識に基づくものです。必ずしも全員に当てはまるわけではないことをご了承ください。)
(なお、ここで紹介する方法は、あくまで私個人の経験と知識に基づくものです。必ずしも全員に当てはまるわけではないことをご了承ください。)
「美しさ」は語句の選び方に宿る
表現の美しさは、主に使用する語彙の選び方に現れます。
例:
「美味しい」→「滋味豊か」「舌に馴染む」など
「美味しい」→「舌の上で、ひとつの季節が静かに花開いた。
それは、口の中で音もなくほどけ、ただ幸福の名残だけを残した。」
「美味しい」→「滋味豊か」「舌に馴染む」など
「美味しい」→「舌の上で、ひとつの季節が静かに花開いた。
それは、口の中で音もなくほどけ、ただ幸福の名残だけを残した。」
このように、少し教養を感じさせる上品な言葉遣いや比喩表現を用いることで、文章に文学性を与えることができます。
表現の技法による文学性の演出
文学性は語句だけでなく、文章表現そのものからも生まれます。
例:
「どうして」→「どうして───────」
(罫線を使って読点を隠し、余白で感情の余韻を与える)
「どうして」→「どうして───────」
(罫線を使って読点を隠し、余白で感情の余韻を与える)
例:
「(敵だと確信した)」→「(敵だと_そう確信した_)」
(_を句読点代わりに使い、内面の間を表現)
「(敵だと確信した)」→「(敵だと_そう確信した_)」
(_を句読点代わりに使い、内面の間を表現)
このように、単なる言い換えではなく、レイアウトや装飾を工夫することで、文章にオリジナリティや詩的効果を加えることも可能です。
能力・技能の「理論化」
先ほどの基準で述べたとおり、なりきりが上手ななりきり民は、キャラクターの行動一つひとつを偶然の連続としてではなく、「何に起因して―何が起きて―どうなったか」という論理構造に基づいて捉え、描いています。
この構造を無視すると、何が起こるでしょうか。
そう、「チート化」が発生します。
たとえば、身体能力や戦闘能力が非常に優れているが、明確な能力設定を持たないキャラクターがいるとします。
このとき、「身体能力」や「戦闘能力」という技能が理論化されていなければ、そのキャラクターが何をできて、何ができないのかという線引きが曖昧になります。
結果として歯止めが効かず、極端な話「頭を切り落とされても、身体能力が高すぎて勝手に動き出す」などといった展開も成立してしまうわけです。
こうした事例は、実際になりきり界隈でもたびたび見受けられます。
大抵のチートは「能力が超次元的すぎる」「能力が一方的すぎる」といった理由で認識されますが、実際には能力を持たない、パッと見“平凡”なキャラクターであっても、理論性の欠如からチートと化すことがあります。
そのため、「チートであるかどうか」は、能力の派手さではなく、理論性の有無によって判断されるべきなのです。
この構造を無視すると、何が起こるでしょうか。
そう、「チート化」が発生します。
たとえば、身体能力や戦闘能力が非常に優れているが、明確な能力設定を持たないキャラクターがいるとします。
このとき、「身体能力」や「戦闘能力」という技能が理論化されていなければ、そのキャラクターが何をできて、何ができないのかという線引きが曖昧になります。
結果として歯止めが効かず、極端な話「頭を切り落とされても、身体能力が高すぎて勝手に動き出す」などといった展開も成立してしまうわけです。
こうした事例は、実際になりきり界隈でもたびたび見受けられます。
大抵のチートは「能力が超次元的すぎる」「能力が一方的すぎる」といった理由で認識されますが、実際には能力を持たない、パッと見“平凡”なキャラクターであっても、理論性の欠如からチートと化すことがあります。
そのため、「チートであるかどうか」は、能力の派手さではなく、理論性の有無によって判断されるべきなのです。
では、それをどう防ぐか。
能力・技能を理論化するためには、設定を深く掘り下げ、緻密に描くことが必要です。
なりきりが上手な人たちは皆、設定を意識的か無意識的かに関わらず、何ができて、何ができないかを明確に線引きしています。
この線引きは、必ずしも事前に設定として書き切る必要はありません。
なりきり中の発言や行動を通じて、それとなく示していくことも可能です。
つまり、キャラクターの解像度を上げることで、その理論性を高めることができるのです。
能力・技能を理論化するためには、設定を深く掘り下げ、緻密に描くことが必要です。
なりきりが上手な人たちは皆、設定を意識的か無意識的かに関わらず、何ができて、何ができないかを明確に線引きしています。
この線引きは、必ずしも事前に設定として書き切る必要はありません。
なりきり中の発言や行動を通じて、それとなく示していくことも可能です。
つまり、キャラクターの解像度を上げることで、その理論性を高めることができるのです。
キャラクターに「憑依」する
キャラクターに「憑依」することができれば、自分の言葉や行動を、現実の自分の延長としてではなく、「そのキャラクターにとって自然かどうか」という基準で判断できるようになります。
視点がキャラクター側に移ることで、セリフの癖や反応の速さ、表情の機微にいたるまで、意識せずとも”その人らしさ”がにじみ出てくるようになるのです。
いわゆる“自然ななりきり”とは、このように「キャラクター自身の視点で世界を見て、感じ、判断し、発言する」ことによって生まれます。
それは決して簡単な芸当ではありませんが、不可能なことでもありません。
視点がキャラクター側に移ることで、セリフの癖や反応の速さ、表情の機微にいたるまで、意識せずとも”その人らしさ”がにじみ出てくるようになるのです。
いわゆる“自然ななりきり”とは、このように「キャラクター自身の視点で世界を見て、感じ、判断し、発言する」ことによって生まれます。
それは決して簡単な芸当ではありませんが、不可能なことでもありません。
解像度と設定設計
次に必要なのは、キャラクターへの解像度です。
これは、表面的な設定だけでなく、内面、立場、過去、価値観といった「そのキャラクターの世界観全体」をどこまで立体的に捉えられているかを意味します。
設定は、外から与えられるだけでなく、自分で矛盾なく再構成・補完する力も必要です。
「あのキャラクターがそのセリフを言うだろうか?」
「この行動は、彼の信念や立場と矛盾していないか?」
そうした思考を繰り返す中で、キャラクターの像は徐々にシャープになっていきます。
これは、表面的な設定だけでなく、内面、立場、過去、価値観といった「そのキャラクターの世界観全体」をどこまで立体的に捉えられているかを意味します。
設定は、外から与えられるだけでなく、自分で矛盾なく再構成・補完する力も必要です。
「あのキャラクターがそのセリフを言うだろうか?」
「この行動は、彼の信念や立場と矛盾していないか?」
そうした思考を繰り返す中で、キャラクターの像は徐々にシャープになっていきます。
「そのキャラならではの言動」へ落とし込む力
そして最後に必要なのが、論理的思考力です。
これは、感覚や感情を、言葉と行動に落とし込むプロセスに欠かせません。
たとえば、「このキャラは怒っている」という感情があったとします。
でも、それをどう表現するかはキャラクターごとに全く違います。
怒鳴るのか、黙り込むのか、はたまた皮肉を言うのか。すすり泣くかも。
それを瞬時に「選び取る力」は、感情・設定・場面を論理的に接続する力によって支えられています。
これは、感覚や感情を、言葉と行動に落とし込むプロセスに欠かせません。
たとえば、「このキャラは怒っている」という感情があったとします。
でも、それをどう表現するかはキャラクターごとに全く違います。
怒鳴るのか、黙り込むのか、はたまた皮肉を言うのか。すすり泣くかも。
それを瞬時に「選び取る力」は、感情・設定・場面を論理的に接続する力によって支えられています。
さいごに
この記事は、僕が初めて書いた「なりきり」指南の記事です。
不慣れながらも、これまで自分が感じてきたことや学んできたことを、なるべく言葉にしてみました。
なりきりが上手くなるには、ただセリフを真似るだけでは足りません。
キャラクターの目線で物を見て、感じて、言葉にしていくこと。
それが「なりきる」ということの本質だと、つくばは思います。
まだまだ未熟ですが、この記事が、どこかの誰かのヒントになれば嬉しいです。
これからも一緒に、なりきり民のみなさんとなりきりの楽しさを探していけたらと思います。
不慣れながらも、これまで自分が感じてきたことや学んできたことを、なるべく言葉にしてみました。
なりきりが上手くなるには、ただセリフを真似るだけでは足りません。
キャラクターの目線で物を見て、感じて、言葉にしていくこと。
それが「なりきる」ということの本質だと、つくばは思います。
まだまだ未熟ですが、この記事が、どこかの誰かのヒントになれば嬉しいです。
これからも一緒に、なりきり民のみなさんとなりきりの楽しさを探していけたらと思います。