桜花村とは、神那岐島で文字通り華やかな村である。
村のあちこちに桜が点在しており、特に中央にある桜の大樹は何十年、何百年もこの島にいたかのように荘厳な姿を見せている。また、桜の他にも梅や水仙等、様々な色合いの花々を咲かせており、村民達は大切に育てている。
さて、この桜花村に一人…一匹の小猿がいた。
「
朱鷺子待ってよー!」
「へっへーん!こっちにおーいで!」
色褪せた赤、青、黄の着物に身を包んだ童の中にその小猿は混ざっていた。
桃の着物に身を包んだ彼女は、朱鷺子。桜花村の近くにある山に住む猿の妖怪である。
今日も日課の一つである桜花村の童達と一緒に遊んでいた。今は追いかけっこの最中で、手を伸ばしてくる彼らを悠々と避けながら走り回っている。
「よいっしょ!」
「あ、ずりー!」
朱鷺子は桜の木々が立ち並ぶ場所まで来ると、今度は一つの木に足をかけ、軽々と登って行く。
その後に続くように童達も登って行く。黄の着物の女の子は臆しているようで下から見守りながら不安そうに言う。
「あ、あぶないよ~…」
「だーいじょうぶだって!」
青の着物の、いかにもやんちゃそうな男の子は元気に応えて朱鷺子を追っていく。
しかし、
パキッ
「あ、」
彼が足を掛けた枝が一際脆かったせいか、呆気無く折れて地面へと落ちる。
当然、支えを無くした彼の身体も重力に従い、下へと落ちていく。
「あぶねぇー!」
「きゃあああ!!」
童達の悲痛な叫びが村に響き、村民が異変に気付き桜の元に集まろうとする。
哀れ、青の着物の子が大怪我を負ってしまう…かに思えたが、既に彼の手は別の誰かに掴まれていた。
素早く、しかし力強く童の手を掴んだのは、朱鷺子だった。
「だ、大丈夫!?」
「あ、あぶなかった…」
「おい、大丈夫か!?怪我は!?」
朱鷺子は童を引っ張りあげ、ゆっくりと地面に降りると村民が近付いて声をかけてくる。
赤と黄の童達も近付いて、大丈夫、落ちなくてよかったね、と安心したように声をかけたり、抱き着いたりしていた。
朱鷺子はその様子を見て、淡々とこう思った。
(落ちただけで死にかけるなんて、人間は脆いなぁ…)
朱鷺子であれば、落ちたとしても3日経てばすぐ治る。しかし人間は治りにくく、下手すれば死に至ってしまう。
朱鷺子はなんとなく、その違いを不思議に思っていた。
(あーあ、皆妖怪だったらいいのに。)
昨今は妖怪相手に戦う人間がいて、その人間と戦う妖怪もいて何かと落ち着かない世の中だ。
こうして遊んでいるにも朱鷺子自身が妖怪である身分を隠してこそ成り立っている。しかしどこか窮屈に感じてしまう。
ならばいっそ、皆が妖怪であれば、自分のように身体が丈夫で、寿命という枠を気にせずいつまでも平和に過ごせるのではないだろうか。
(そんな神様がいたら、………)
「ゴラァァァアアア!!!!誰じゃあご神木様を傷つけおったのは!!!」
そんな事を考えていると、先程の叫びに負けないぐらい大きな怒声が聞こえてきた。
朱鷺子や童達はぎょっとした顔を見せた。あれは、近所でも有名な雷おじさんではないか!
「逃げろぉおお!!!」
「説教されるぞおおお!!」
「ゴラァァァアアア!!!!」
「「わぁぁああああ!!!!」」
蜘蛛の子を散らすように逃げていったが、結局捕まって四人揃って説教を受けてしまったのであった。
夕暮れの刻。
周囲は段々と夕闇に包まれていき、村民達も各々の家へと帰っていき、昼間の喧騒とは打って変わって静かになる。
その暗闇の中に、ふわり、と狐火が浮かぶ。いくつも浮かび上がると段々と男の姿が露わになってくる。
男は片側に眼帯を付け、神主のような服を身に纏っていたが何より目を引くのは背の後ろで揺れる9つの尾であった。
彼はとある桜の木の前で止まると、上を見上げて声をかけた。
「よう、朱鷺子。」
「あっ、代雪ちゃん!」
代雪、と呼ばれた男の言葉に反応し、朱鷺子は花の中から頭だけをひょっこり出し、逆さまの状態で顔を見せた。
「珍しいね、こっちに来るなんて。」
「ちょっとした入用でな、つーかお前がこんな時間にここにいるのも変だろ。何してんだ?」
えーっとね、と朱鷺子は呟きながらまた花の中に消えると、枝と枝を避けてとあるものを見せた。
それは、昼間に童によって折られた枝の元の部分だった。今は応急処置をしたのか、布で折れた箇所を巻いており、頼りない具合で枝とくっついてる。
「なんだそりゃ。」
「昼間に折っちゃったから、治してるの!」
「ばっかお前、一回折れたらそんな風にしたって治らねぇっての。ヒトじゃあるまいし。」
「えぇー!」
朱鷺子はあからさまにショックを受けた顔を代雪に見せる。本気で治ると思っていたようだ。
代雪は溜息をつくと桜の木に近付いて、折れた箇所に手を伸ばす。
「…一回だけだぜ。」
そう言うと目を瞑り、ゆっくりと息を吸い、長く、静かに吐く。すると布の巻かれている場所が淡く光り、パキ、と何か音が鳴った。
朱鷺子は不思議そうに首を傾げたが、代雪がそこを指差し、布を外すように指示して彼女は取り外した。
「えっ!?治ってる!?」
折れた箇所はなくなって、枝がしっかりとくっついていた。朱鷺子が驚きながら地面へと素早く降りると代雪に飛びついた。
「えっえっなんで!?どうやって治したの!?なんでなんでー!?」
「だーうっせぇ!!企業秘密じゃ!!」
えぇぇ、とまたも朱鷺子の不満そうな声が溢れる。代雪はこほん、と咳払いをすると朱鷺子の頭を撫でる。
「ほら、治ったからとっととお前のねぐらに帰るぞ。」
「はぁーい!」
朱鷺子はニコニコ笑いながら、代雪と共に山へと帰っていったのであった。
最終更新:2015年07月23日 22:40