コンクリート製のビルから離れるようにして、タクシーは排気ガスと騒音を発生させつつアスファルトの道路を走る。
深夜の町における何の変哲も無い日常の光景。
しかし“この場”は一人の悪意によって作り出された空間。
当然、走行中のタクシー内にも不穏な空気は流れていた。

「おいおいグェス君。質問をする気がないなら帰らしてくれないかい?
 ちょうど面白いイベントがあってね、出来ればそっちに集中していたいんだよ」

安っぽい合成皮の座席に座る女性『グェス』に語りかけるは人型の異形。
この殺し合いの主催者、荒木飛呂彦のスピーカーとなった『審判』という名のスタンド。

「うるせえええぇ! お前とは違ってこっちは何時何が起こるのかわからねぇんだ!
 あそこには殺人鬼のナルシソ・アナスイがいるんだぜ!?
 それが参加者の情報を貰えるなんて聞いてみすみすとあたしを見逃すの思うか? 思わないだろ?
 楽しくお喋りしてたら後ろからズガンなんざゴメンなんだよ!」
「おっと失礼。なら、安全そうな所に着いたらまた僕を呼び出しておくれ。
 ……君がそのときまで生きていたらの話だけどね」
「ちょっと待て! 不吉なこと言い残して消えるな! 
 おい! おいってば! 返事ぐらいしてくれよ!!」

しかし、荒木からの返事は一切無い。
やはり話し相手が一人いるのか、誰もいないかでは差が大きすぎる。
グェスは黙々とタクシーを運転し続けた。安全な場所を求めて……。



★  ☆  ★



(どうする? どうするんだあたし!)

荒木に聞きたい情報はそれこそ星の数ほど存在する。
殺し合いに乗ってない信用できるような人物の名前や現在最も安全な地域、逆に火種が集結する地獄。
また、徐倫の現在地を一応聞いておくのも悪くはないかもしれない。
強力なアドバンテージを手に入れたことによって少し落ち着きを取り戻すことができたようだ。
だが、安心しすぎて油断するというのはあまりにも愚かすぎる。

(あくまでも慎重な行動を取んなきゃね)

これからの行動は生死に大きく関わるもの。
荒木から聞きだせる情報も石になるか玉となるかは分からない。
なんせ、知りたい事は数多あれど実際に回答が来るのは三つまでなのだから……。

(でも……やっぱり“奴”の情報は聞いておくべきだよな?)

比喩でもなんでもなく、文字通り一人の老人を消し去った謎のスタンド使い。
思い出しただけでも寒気が全身を駆け巡り、胃袋がひっくり返って中身をぶちまけそうになる。
だからこそ奴の情報は必要なのだ。
名前、スタンド能力、現在地。ありとあらゆるプロフィールを網羅しておきたい。
更に贅沢を言うならば、他の殺し合いに乗った人物の事も知りたい。

(頭のいいヤツならスパッと決められるんだろうな~)

自分は悪知恵のきく人物だと思っているが聡明だとは言い難い。
ここでと言う時にそれが致命傷になるとは……。
少々落ち込むも、うだうだしている時間は無い。
タクシーを飛ばすあたしの目に巨大な箱が見えた。



★  ☆  ★



「やあ、どうやらここは特別懲罰房の近くみたいだね」

水族館の囚人なら誰もが恐れる特別懲罰房。
一切の温もりを感じさせない聳え立つ灰色の外壁。
ちょうど、その壁によって死角になった所にグェスはタクシーを停車させ、再び黄金のランプを擦ったのだ。

「僕を呼んだという事は願い事はもう決まったんだろ? 最初の一つから言ってみてくれないかな」
「あぁ、いいぜ荒木飛呂彦!」

堂々と啖呵を切り、グェスは己のディバッグからペットボトルを取り出す。
そして、透明なペットボトルを引っ張り出した。
右手でペットボトルを支えて、左手で勢いよくキャップを捻る。
キャップが完全に開け終え、透き通る水を喉へと流し込み緊張による渇きを癒した。
ぷはぁと気持ちの良い声をが自然と湧き上がって来る。

「よし、仕切りなおしてもう一度言うぞ。三つの願いごとが決まった!」
「そうかい? ならば念のために確認しておくよ。
 願い一つ回の目安は“参加者1人”についての“何か1つ”。
 僕の答えられない質問は当然無しだし、願いを増やせってやつもアウト。
 もしも僕が叶えられない願いを君が言った場合は、それはノーカンとする。大丈夫だよね?」
「大丈夫だ」
「じゃあ早速聞かせてもらおうかな」
「一つ目の願い――――」



「エメラルドスプラッシュ!!」




グェスの言葉はフロントガラスを突き破る攻撃によって妨げられた。
飛び散ったガラスと共に車内へと飛来する謎のエネルギー体。

「うわあああああああああああああああああ!!」

死んだ。
グェスは迫り来る“死”の恐怖に我を忘れて叫ぶ。
茨のように心に絡みつく恐れは体の震えを引き起こし、冷静な判断力を全て毟り取る。

(駄目だ…もう駄目なんだ……)

動けずにただ縮こまる彼女を他所に第二、第三のエネルギーの束が車内へと打ち込まれた。
既に彼女の心は壊れかけ、何時パニックを起こしても不思議ではない。
両手で頭を抱え、存在を一度も肯定した事がない神へ必死の祈りを捧げる。
……その願いは確かに叶った。

「僕がヤツを食い止める! その間に早く車から逃げるんだ!!」

車外から青年の声が聞こえたのだ。
グェスは震える手を必死で動かしてドアノブに手にかけた。
しかし、恐怖に支配された体がその先の動作を許そうとしない。

「うわ! うわ!」

掴みかけた希望が絶望へと一気に変わる。

ガチャガチャガチャ。

スタンドを発現することも忘れて必死にノブを弄る。
………開いた!
ほうほうの体でタクシーから這い出したグェスは最後に車内を振り返る。
見えたのは外からの攻撃を両手で弾き、防ぐ審判の姿。
そして、攻撃が止まった刹那にヴィジョンが消えた。

「あっ……」

荒木からの情報というチャンスを失った事で、ついついマヌケな声をあげてしまう。
呆然とした様子で襲撃により大破したタクシーを眺めるグェス。
彼女は自分の背後より徐々に徐々に近付いてくる触手に気が付かない。
触手は彼女の背中に触れるか触れないかの微妙なラインへと近寄った後、先端を天へと向かわせて――――


「ひあっ!」


身動きを取るわずかな猶予さえ残さずに触手は彼女の全身を絡め取った。
再びグェスは恐慌状態へと叩き落され、がむしゃらに手足を動かして抵抗しようとする。

「うあっ!」

いくら抵抗しようと身をよじろうとも彼女の肢体に絡む触手はピクリともしない。
むしろ動けば動くほど締め付けが強くなっていくのだ。
暴れまわった事によって服装は乱れ、所々から白い素肌が露となる。
服越しに触る感触も不快であったが地肌で感じ取ると更に生理的嫌悪が倍増する。
ジワリと彼女の瞳から涙が滲んできた。
しかし、触手はそんな事には一切構わずに彼女の体を蹂躙していく。
柔らかい肌には触手が食い込む様がハッキリと映しだされた。
瞳から涙が零れ落ち、筋となって頬を伝う。

ハァハァハァ

荒い息が暗闇の中から聞こえてきた。
やられる――
反射的に目を閉じて、これから起こるであろう行為から目を背けようとした。
湿った土を踏みしめる足音がすぐ傍へと迫りくる。
元から歩みが速いタイプなのか、この状況だからこそなのかは分からないがやたらと早歩きの歩調。
グェスは既に固く目を閉じるだけで抵抗する素振りすら見せなくなったが、受け入れたわけではない。
諦めざるを得なかったのだ。

「申し訳ありません……危害を加えるつもりはなかったのですが……。
 この場では誰が敵なのか分からなかったので一応拘束しただけです。安心してください」

落ちついた…いや、意図的に焦りを隠しているのだろうと読み取れる声がする。
危害を加えない。
今のグェスにとっては何よりも救いとなる一言に彼女は涙で濡れた瞳を開け、目の前にいる人物を見た。
眼球を覆う水分のせいでぼやけてしか見えないがどうやら相手は180センチほどの青年らしい。
グェスの全身から力が抜け、強張っていた筋肉が弛緩する。
簀巻きにされて半泣きのグェスをよそに青年―花京院典明―はタクシーへと乗り込み、
助手席にある絶対的な存在感を放つ金色のランプを拾い上げた。

「おい! それはあたしの支給品だぞ!」

相手が無害であると分かって安心したのか、グェスは唯一まともに動く場所の口を用いて抗議する。
花京院は顔を赤くして怒る彼女にあくまでも冷静そうに対応した。

「いえ、恐らくそれは偽者の支給品。僕はそれの正体に心当たりがあります。
 あなたもあのスタンドに何か言われたのでしょう?」
「………」

グェスは花京院の質問に答えようとしない。
確かに心当たりはある審判とかいうスタンドを通して荒木と会話したのは確かに事実だ。
だが、それを軽々しく言ってしまうわけにはいかない。
万が一青年の言ってることが正しいとしたらこの支給品らしきものは確実に自分を殺す。
しかし、相手が本物であれ偽者であれ荒木飛呂彦と会話していたという情報は絶対に漏らすべきではない。
殺し合いの主催から情報が貰える。
たとえ罠であれどもそれはどの参加者にとってもおいしすぎる甘い蜜。
話を聞いた青年が自分を殺してランプを奪う可能性はゼロではないのだ。
沈黙を保つグェスに気を悪くしたりすることはせずに花京院は話を続ける。

「言いたくない気持ちは僕にだって分かりますよ。
 “三つまで願い事を叶える”なんておいしすぎる提案を人には教えられないですからね。
 真相さえ知らなかったら僕だって同じ行動を取っていたでしょう」
「………」

あくまでも口を閉ざすグェス。
しかし、彼女の表情は花京院の言が真である事をありありと示していた。

「ですが……その願いを叶えるというのは嘘なのです……。
 いや、ある意味では真かもしれないですね…。
 ヤツの能力の前にして願いを言ったが最期――――」

「やあ、随分な物言いじゃないか花京院君」

花京院のディバッグから悪魔の声が響き渡る。
それはごく普通の中年男性の声。
最初の舞台で聞いた荒木飛呂彦の忌々しい声であった。
だが、花京院は荒木の声には一切耳を貸そうとはしない。

「偽者には黙っててもらおうか、審判のスタンド使いよ」
「失礼だなぁ。僕の事を信じてくれないのかい?」
「信じた物を突き落とすのが貴様のやり方だろう? この外道め」
「もう~君は本当に頭が固いヤツだなぁ」
「何とでも言うがいい!」
「そうかい……」

花京院の脳裏にほくそ笑んだ荒木飛呂彦の顔が映しだされた。
特別懲罰房の一角を不気味な雰囲気が包み込む。

「じゃあ、君にも信じてもらえるように証拠を見せなきゃね」

何かがヤバイ!
五感全てと第六感が警鐘をけたたましく鳴らす。
咄嗟にグェスを拘束していたスタンドを解除、寸分の隙も見せずに再発現。
彼のスタンド―ハイエロファント・グリーン―は先程までの紐状の姿ではなく人型の姿を見せた。

「エメラルドスプラッシュ!」

高濃度のエネルギー体がハイエロファント・グリーンの掌から発せられて審判を襲うはずだった。
そう、はずだったのだ。

(意識が……遠く…なってい……くだ…と?)

ハイエロファントの攻撃が始まる前に荒木は何らかの攻撃を花京院に仕掛けていたようだ。。
少しずつ、まるで消しゴムで少しずつ消されているかのように彼の意識は白に塗りつぶされていく。
それでも必死にハイエロファントを動かし審判を攻撃しようとするも、姿を保つだけで精一杯。

(すまない…みん……な)

こうして彼の意識は完全に白に染まった。



☆  ★  ☆



「おはよう二人共」

別段大きな声だったわけではない。
面と向かって対話するときに出すような調子の声であった。
なのに、花京院とグェスはその声によって同時に目覚める。
覚醒した直後のイマイチ働かない脳をフルに使って二人は考えた。
―――ここはどこだ?



純白の壁に囲まれた狭い部屋。
家具らしき物は机、椅子、棚の三つしか存在していない。
机の上はファイルや紙が多数置いてあるがなぜか雑多なイメージは感じさせなかった。
窓には淡い青色のカーテンがかけられており、外の様子を伺う事は一切出来ない。



その部屋の主が椅子に座ったまま首だけを二人のほうへと向ける。
意思が通じ合ってるかのごとく二人は同時に思い出した。
なぜ自分がこのような場所にいるかを。
椅子から立ち上がって二人と向き合った主催、荒木飛呂彦は最初に見たときと全く変わらない微笑を浮かべている。
底知れぬ本性を覆い隠す仮面のような笑みを。

「花京院君。これで僕が本物の荒木飛呂彦だと分かっただろう?」

悪戯の成功したようなしてやったりという顔で荒木は花京院を見た。

「いや! まだだ! 僕は貴様の能力の限界を知らない!
 もしかしたらこの部屋だって土で出来た紛い物の可能性だってあるじゃないか!?」

花京院の冷静さという物は完全にどこかへいってしまったようだ。
彼らしからぬ大声を上げ、唾を飛ばしながら必死で反論する。
冷や汗が彼の額や頬をダラダラと止まることなく流れていく。
彼の様子には流石の荒木も呆れてしまったようだ。
無駄毛の一本生えていない美しい指で花京院の首を指差した。

「この現象は審判の能力だけじゃ説明がつかないはずだけど?」

まさか!
自分の首筋へとゆっくりと手を近づけていく。
彼自身が確かめる前に正解は明らかとなった。

「おおお! 首輪がねぇぞ!」

狭い部屋に響き渡るグェスの歓声。
花京院は思い切って自分の手を首元へと持っていく。
やはりない!
普段ではあまり意識して触ることの無い部位ではあったが、本当に久しぶりに触った気がしてならない。

「ふふふ、いくら頭が固い君だってこれは認めるしかないでしょ?」
「どうやら…お前は正真正銘本物の荒木飛呂彦であるようだな……」
「分かってくれて嬉しいよ」

顔を下に背け俯く花京院と嬉しそうな荒木。
横槍を挟んだのはグェスの一言であった。

「で、荒木さんよ。あたしに言ってた願い事の件は有効なんだよな?」
「あぁ、そんな事もあったね」
「おい! ふざけんじゃねぇぞ!!」
「まぁまぁ落ち着いて聞いてくれよ。
 こうして僕と直接会話できるわけなんだしチャラにしてくれないかな?」

怒りに沸騰したグェスを相手にしても荒木は相変わらずだ。
ふと、荒木と花京院の目が合った。

ゾワッ

背中を巨大な舌で舐められたような強い嫌悪感が花京院を襲う。
なぜ気が付かなかったのだろうか?
部屋に呼ばれたときには焦燥と困惑に満ちていたのだろうか?

(こいつは違う……DIOとは…DIOとは違う!
 荒木にはDIOの持つ妖艶さは無い。だが、隠された何かがある!)

急に込み上げてきた吐き気に花京院は口を押さえ、壁に手をつく。
喉を胃酸が焼くのをハッキリと感じたが決して吐き出したりはしない。
やっとの思いで吐瀉物を胃袋へと押し戻し、激しく胸を上下させた。

「いきなりどうしたんだよ!?」

花京院ほど修羅場をくぐっていないグェスには目の前の男の危険さがあまり掴めていないようだ。
やばいスタンド能力を持ってはいるものの、本体はただのおっさん。
グェスには分からなかった。
目の前にいる男からあふれ出す邪悪が。
血の気を一切感じさせないほど顔を真っ青にして体を震わせる花京院の心中が。
目をうつろにし、歯をガチガチと鳴らす花京院をグェスは不安げに見つめた。
彼女が疑うのは荒木のスタンド能力。
それが花京院をおびえさせているのではないか? という勝手な推測をし、一人怯える。
恐怖に負けた花京院、ただ無口となるグェス。
そして、ニヤニヤと笑いながら二人の様子を観察する荒木。
狭い部屋にはただ、花京院の歯が互いに打ち付けあうことによって発生する音のみが響いていた――――。







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最終更新:2023年04月20日 18:22