『チープ・トリックは完全に消滅した。
もうヨーヨーマッは背後に怯える必要もないし、アヴドゥルさんはこの出来のいい弟子のことで悩まずにすんだ。
こうして無事杜王町は元の平穏な街に戻ったのだ…。
しかし忘れてはならない。この空の美しさもこの海の蒼さも山からやってくる爽やかな風も“彼ら”の上にあるのだ……。
僕の住む、僕らの街“杜王町”はとても深く傷ついた…。
いや…正確に言えば“一人の男、荒木飛呂彦という気まぐれな化け物によって深く傷つけられた…”
一人の男によってたまたま集められた僕たちは地獄のゲームに生き残った。
生き残った僕らに傷の痛みが深くあらわれてくるのはこれからなのだろう…
いったい…この“痛み”はどうやって癒せばいいのだろう?
僕にはわからない。ただひとつ言えることは、僕らは“彼ら”を決して忘れてはならない。
“彼ら”も僕らを決して忘れないだろう。
去ってしまった者たちから受け継いだものはさらに先に進めなくてはならない。
“彼ら”が目指した先がこれからも僕たちが目指す先であることを祈り続けたい。
今日もまた杜王町には日が昇る。
この事実をまとめるにあたって話を聞かせてくれた全ての人
尊敬する上司であり親友であり僕の“夢”に共感してくれた
ブローノ・ブチャラティ
さまざまな助言や協力を惜しまなかった二人の兄、
空条承太郎、
東方仗助
敬意を表するとともに感謝の気持ちをここに記す
ふぅ………
やっと完成した。
窓越しに外を見るとだいぶ明るくなっていた。はっと思い時計を見ると午前6時を示していた。六時間近くも書き続けていたのか……。
肩をまわしながら、窓を開けるとひんやりとした風が流れこんできた。だいぶ冷えた空気にぼんやりとしていた頭が少しずつはっきりしてきた。
あれからもう半年もたつのか……。
もう夏も終わりそろそろ秋かという時だったかな、僕があの地獄のゲームの真相を知ろうと思ったのは。
みんなつらいけど話してくれたな……。
ナランチャの罪、トリッシュの最期、ポルナレフさんの死……。
目を閉じるとまるでその場に自分がいるかのように映像が流れる。
みんなの話を聞き、時間をさかのぼりほとんどのことはわかった。そしてわかればわかるほどいかにこのゲームが悲惨で身勝手で罪深きものだったかがわかった。
本当にあれは地獄のゲームだった……。
目を開けて窓を閉める。そろそろ準備しないと学校に遅れる。今日の朝食当番は僕だったはずだ。
下で聞こえる物音からどうやら仗助はもう起きてるみたいだ。
まぁ、どうせ髪型でも整えているんだろう。あのフランスパンみたいな髪型、どこがいいんだが…。崩れないようにナイトキャップまで被ってるくせに。
承太郎さんの言葉を借りるならやれやれだぜってやつだな……。
まぁ、そういう承太郎さんも学帽被りながら寝てるからどっちもやれやれだぜ…。
さてと、今日も一日ギャングスターに向けて頑張りますか……。
◇ ◆ ◇
ジョルノが階段を降りていく音が響く。その後、下で喋り声が交わされる。
彼が事実を記したものは机の角に無造作に置かれている。
かなり古いものなのだろう、表紙は色あせ角は降り曲がっていた。すきま風に煽られページがパラパラと捲れる。所々破れたり、濡れて乾いたかのような箇所も見られた。
ジョルノ・ジョバァーナは“日記”に記していた…。
地獄のゲームの内容を“日記”に記していた…。
荒木飛呂彦の“日記”に。
なぜか、と聞かれても答えられない。
もしかしたら引力かもしれない。もしかしたらスタンドかもしれない。もしかしたら街の意思かもしれない。
ただひとつ言えるのは、これが始まりだったということだろう。
突如日記は自らの力で輝き始めた。徐々に眩しさを強くし、小さな音と供に……
日記は消えた。
そう、新たな始まりだった……。
「ここ」はどこなのだろう?
わかるのは過去でも未来でもないことだ。そして「今」でもない。
ただ大切なのは「そこにある」ということだ。
そう、それが最も大切なのだ。
不意に光が見えてきた。
光は渦の形をしていた。
日記はまるで意思をもってるかのように渦にむかう。
流れにのみ込まれ中心へ、中心へと向かう。
そして……。
日記は拾われた。
荒木飛呂彦に。
新しい荒木飛呂彦に。
◇ ◆ ◇
どうやらここは教会のようだ。
何本もの蝋燭が壁際に並んでいる。その灯りはどことなく怪しく、揺らいでいた。
微かな灯りに綺麗なステンドグラスが光る。
丁寧に揃えられた長椅子が誰か座ってくれる人を待つかのようにあった。
そのうちひとつに人影。
リラックスするかのように長い足を投げ出し、軽く組んでいる。
口には微笑をうかべ、ときおり面白そうに肩を揺らし笑っている。
そして手には日記。
「なぁーんだ、だらしないな“僕”は」
パタンと日記を閉じて立ち上がる。椅子と椅子の間をぬけ、正面へと歩いていく。
そびえたつ巨大なパイプオルガンの前でピタリと止まると男はゆっくりと振り返り、そして
「フフフ……フフフフ、ハッハッハハハ――――ッ!!」
大声で笑い始めた。
「実にッ!!実に滑稽だよ、ジョルノ君ッ!!君は僕に完全勝利したつもりだろう?けれどそんなことはないッ!それどころかこんなにも貴重な情報を与えてくれるなんて、なんて有難いんだッ!」
その場で円を描くかのように動いている足はまるで遠足へ向かう子供のように軽やかなスキップをしていた。
「人数はどうしよっかな?70人?80?とりあえず増やさないとね。パーティーは派手にやるに限る。“こっち”の世界でも彼らがいてくれればいいんだけどなぁ~。」
らんらんと輝く目はあたかも目の前に美しい女性がいるかのようにせわしなく動き、その口調は今にも鼻歌をひとつ歌いそうになるほどだった。
「開催場所はやっぱり杜王町だろうな…。あ、でもジョルノ君はイタリア人だよね…だとしたらイタリアもおもしろそうだな。承太郎君はカイロに旅したらしいし……。ローマ、ヴェネツィア、カイロ…。あぁ、全部いいなぁー、どうしよっかなー?」
おもちゃを見つけた子供は喜んでそれで遊ぶ。それが壊れるまで。
地獄のゲームは再び幕を上げた。
またこの男によって。
「空条承太郎、東方仗助、ジョルノ・ジョバァーナ。こんどこそ君たちに勝って見せるよッ!」
闇に沈んでいく教会に笑い声が響く。
その声はいつまでもいつまでも途切れることなく続いていた。
最終更新:2008年06月21日 19:04