時は、深夜零時を数秒廻り。
月の光も届かない、とある屋敷の内奥の一室。
中世貴族のそれを思わせる意匠の椅子に、一人の青年が座っている。
部屋に広がる深い闇。
時の流れに例外なく飲まれたその屋敷の一室には、一切の螢光がなく。
どこからか吹きぬけてきた夜風が、部屋に散らばった書物を捲って。
さわ、さわ、さわと。
ぱら、ぱら、ぱらと。
ページの擦れる音が、響いている。
椅子に腰掛けた青年は、身を包む闇に同化するように押し黙り、臆せずそれを受け入れていた。
青年は首を僅かに傾げ、ぎょろりと見開いていた目をゆっくりと閉じた。
同時に、足から頭へと両手を体に這わせ、異変を探す。
左手は左腰の辺りで、右手は首筋で止まる。
右手を首から離し、左腰の脇、椅子と体に挟まれるようにして置かれたディパックを掴んだ。
そして青年は無言で椅子から立ち上がり、暗闇に慣らした目で部屋を見回し、扉に歩を進める。
ぎぃぃぃぃ、と音を立てて扉が外側に押し開く。
部屋の外、長く続く廊下には、何本もの蝋燭に火が燈されていた。
急な光に目を窄ませながら、青年は廊下に壁を預け、ディパックから紙切れを数枚取り出した。
「地図と……名簿か」
青年……ディオ・ブランドーはボソリと呟くと、天を仰ぐように顔を上に向け、自分が夢を見ているのではないと理解した。
◇
食料。飲料水。懐中電灯。地図。鉛筆と紙。方位磁石。時計。名簿。
床に並べられた、ディパックに納められていた物品。
ディオはそれらを一瞥し、まず地図に手を伸ばした。
「……なんだこれは?」
地図に目をやり、ディオは不思議そうに呟く。
(アフリカのナイル川と一緒にあの有名なローマのコロッセオがある……それは複製、或いは俗称としても……何か妙だ)
その地図は、ディオに何やら歪な物を感じさせた。
地形の構成がどうこうではなく。
.....................
この地図に対し、何か超自然的に継ぎ接ぎされたような不自然な印象を、ディオは覚えていた。
(現在地は……この建物を出て、辺りを探索すればわかるか)
ディオは地図をディバックの中に放り戻し、名簿に手を伸ばした。
「……フン」
自分が知る者は三名。
ジョナサン・ジョースター。
エリナ・ペンドルトン。
ジョージ・ジョースター1世。
(ジャック・ザ・リパーといえば……近頃噂の殺人鬼だな。ジョースターという姓を持つ者がいるが……偶然か?)
名簿を隅から隅まで見ながら、名前を暗記していくディオ。
貴重な数枚の紙は、既にディバックの中に収められている。
(とりあえず一番にすべきことは……この三人のうち誰かと合流することだな)
(ジョナサン……ジョジョには七年間友人面を続けてきたし、エリナという女は七年前に引っ越していったが、
このディオの顔くらいは覚えているだろう。ジョージに至ってはおれを信用しきっている! こいつらはかっこうのカモさ!)
邪悪な薄ら笑みを浮かべるディオ。
しかし、それはすぐに消えた。
(とはいえ……この状況! 殺し合いだと!? ふざけたことを……)
つい数分前、この殺戮ゲームのルールを語っていた男の顔を思い出し、ディオは怒りを静かに燃やす。
(コイン一枚の特にもならん……このディオにとって不利益にしか転ぶまいこのゲーム!
もし……もし仮に! ここでジョージに死なれでもしたら! いままでの青春を賭けたおれの企みは、全て無駄になる!
理想は計画の邪魔になる恐れがあるジョジョをここで上手くして消し、ジョージと共にここを脱出することだが……)
ディオは唾をはき捨てると、荒々しく名簿をディバックに投げ込む。
(……それだけではない。おれ自身の命も当然安全とは言えん。
あの女が死んだとき、おれはその死に様ではなく、周囲にいた参加者らしき連中の顔を見ていた……多くの連中が、
驚きこそしろ、『死』に対しては慣れているようなツラをしていた。中には、ニヤニヤと楽しそうにしている奴さえ……
まあ、あのジョジョのように直情的で……正義漢ぶった……虫唾が走るツラで怒っていた、利用しやすそうなのもいたが)
もしや、このゲームに集められた人間は、殺人を日常的に行う異常者なのではないだろうか?
じわじわと心に侵入する恐怖を払いのけ、ディオは残りの物品を調べ始めた。
最初に手に取った見知らぬ物体を弄り回していると、突如光が走る。
ランプの一種か? と呟き、次の物品に手を伸ばす。
◇
(時計、方位磁針……これらには特に仕掛けはない。とはいえ、あの男が参加者の反逆を予想しないと
楽観するのは危険だな……なんらかの内偵手段……密偵のような者がいる恐れもある)
食料に目を向け、一考するディオ。
(毒……はないだろう。殺し合いをさせるのに、そんな物は持たすまい。こちらは心配しすぎる事もないか)
パン、水……次々とディバックに戻していくディオの手に、冷たい金属の固まりが当たった。
それは、水筒。
水が入っている質素な水筒とは違い、銀の装飾が施され"凄み魔法瓶"などと意味不明な文字が書き込まれている。
「なんだこれは……」
ディオは慎重に、水筒の蓋を開ける。
「ほう……フタそれ自体がカップになっているのか……面白いッ!」
ディオは慣れない手つきで水筒を弄り、なんとか中の液体をカップに注ぐことに成功する。
「英国紳士たる者、地べたに座して茶を嗜むわけにもいかんな……」
わざわざ先ほどの部屋まで戻り、椅子に座って机にカップを置き、懐中電灯を蛍の光にして、カップを口に近づけるディオ。
まず、水筒に入れられていたというのに、湯気の立つ程の温かさを保っている事に驚く。
次に、味を楽しむ。
「ふむ……ミルクと……甘みと辛みが程よく均衡しているな……だが!どこか貧乏臭いぞッ! 昔の生活を思いだすッ!」
一口だけ味わってディオは不機嫌そうな顔になり、カップを振って残りを捨てた。
その勢いで水筒の方の中身も全て捨てようとしたが、非常水分程度にはなるか、と思いとどまる。
口にあわなかったティー・パーティの出し物に憤慨しながら、ディオは部屋を飛び出す。
(とにかく……みせしめの際に見た参加者共の表情から、ある程度危険性を量り……死なぬよう、どうとでも転べるよう、
上手く立ち回らねばいかん……いままでの人生での常識は……全て捨てねば)
ただし、プライドは捨てん。
そう呟くと、ディオは水筒をディバックに入れ、慎重に、静かに、屋敷の出口を探し始めた。
ディオはまだ知らない。
このゲームの見知らぬ参加者が、彼の常識をどれだけの規模で超えているのか。
ディオはまだ知らない。
このゲームの見知らぬ参加者のどれほど多くが、自分に対して、どのような、情熱的で一方通行の感情を抱いているのか。
【C-4 DIOの館/1日目 深夜】
【ディオ・ブランドー】
[時間軸]:大学卒業を目前にしたラグビーの試合の終了後(1巻)
[状態]:僅かに緊張
[装備]:なし
[道具]:チャーイ(残量1.5㍑)、支給品一式 不明支給品1~2
[思考・状況]
基本行動方針:なんとしても生き残る。
1.ジョジョ(ジョナサン)、エリナ、ジョージと合流、利用
2.生き残る。ゲームには不用意には乗らない
3.なるべくジョージを死なせない、ジョナサンには最終的には死んでほしい
4.安全な他人を利用する
[備考]
1.見せしめの際、周囲の人間の顔を見渡し、危険そうな人物と安全(利用でき)そうな人物の顔を覚えています
2.チャーイは冷めません
3.着替えは済んでいます
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最終更新:2008年08月02日 19:33