あー、すまない。
約束を破るようで申し訳ないんだが……『最強の話』はもうちょっと待ってくれ。
どうしてもここで話しておかなければならない連中を忘れてたんだよ。
君たちだって薄々気付いてたんじゃあないのか?
『一つだけ気になったのがジャイロの存在です。前作で『下の様子を見てくる』と言ったのに、何のリアクションなしは少し奇妙な感じがしました。
誤差範囲内なんで、そこまでと言ったらそこまでなんですけど。』
――と。
さらに君たちは、
『ぶっちぎってもらっても全然OKです。』
と言うだろうが、そうすると後々面倒だからな。いろいろ話を進めちゃう前にここで少し説明しておこう。
●●●
「な……なんだってんだ、この状況」
ジャイロの口から思わず溜息が漏れ出す。
様子を見に外に出る、なんていうレベルではない。
よく部屋の中に危害が及ばなかったとむしろ感心するほどに、ホテルの中は壊滅状態だった。
蒸し風呂のような熱気、舞い上がる火の粉、顔中の穴という穴から玉のような汗がぶわりと浮かぶ感触……
廊下から中央ホールを見下ろせば炎のドームが。中に何人の人間がいるのかさえ解らない。
鉄球を叩きこんでみるか?
――否、それはできない。
自分一人で行動しているならまだしも……今はウィルを部屋に残したまま。
まして彼は戦闘が出来る状態ではない。となればこの現状をウィルに報告するだけにとどめるべきか。
どうする
ジャイロ・ツェペリ……自分が“納得”出来る結末をこれで迎えることが出来るのか――?
「おはよう、諸君。時刻は午前六時ちょうど、第一回放送の時間だ」
ジャイロの思考を遮ったのは戦況が変わったことが要因ではなかった。
主催者の――スティーブン・スティールの声が彼の鼓膜を震わせる。
「チッ――クショウ」
小さくそう呟き部屋に戻るジャイロ。
静かに扉が閉められた。
彼がもう数瞬だけその時間を遅らせれば、あるいは違う結末も見えたかも知れなかったのに。
●●●
放送で告げられた
ダイアーという名を呟くウィルを俺は放っておいた。
俺だって知り合いが死んでいる。文字通り命がけのレースを戦ってた相手だ。敵だったとはいえ、そりゃあ複雑な心境にもなる。
だが、事態の重要さはそこではない。
放送はどうも名簿の順に死んだ連中を述べたようではない。
となれば『死んだ順』に呼ばれている。
つまり……ウィルの知り合いは、あるいは師匠やら同胞やらはこの場で真っ先に……相打ちという可能性もあるが、一番乗りの死者だって訳だ。
それからこの名簿を運んできた鳩もだ。
ワムウが出て行った窓から器用に入ってきたそいつは、俺が足輪から名簿を抜き取ったらすぐに出てっちまった。
ジョニィが言ってた、馬よりもずっと早いって言葉通りだったが、でもこれで確信もした。リンゴォの隠れ家にいたという大統領のものと同じだろう。となればやはりこの殺し合いは――
「……ロ君、ジャイロ君」
と、どうやら考え込んでいたのは俺の方だったようだ。
ウィルに呼び掛けられ顔を上げる。そこには妙に晴れやかな顔をした男の顔があった。
「君が何を考えてるかくらいわかるわい。
ダイアーのことは仕方あるまい……奴とて無駄死にしたわけではなかろう。そう信じることにするよ。
となれば我々が彼の、いや彼らの遺志を“受け継いで”歩かねばなるまいな……
……ふむ、まあ私の場合は這いつくばらねばなるまい、か。フフ」
「――すまない」
「冗談じゃよ。君が謝ることじゃあなかろう。
それより聞かせてはくれないか?今さっき君が部屋を出て見てきたことを」
ウィルに促され話し始める。
ほんの数十秒の出来事だから、説明にはそれほど時間はかからなかった。
俺の口が閉じるとその場を静寂が支配した。重苦しい空気にはやはり暑さは、熱さは感じられない。
不思議な感覚だった。自分は自分の出来る精一杯をしたからこそこうしてこの場にいる。
だがなんだ、この妙なやるせなさは――
「ジャイロ君……いや、ジャイロ・ツェペリよ」
不意に改まって呼ばれたことに俺ははっと頭を上げた。
先ほどと同様に見上げる先にはウィルの顔。だがその顔には今度は緊迫感が見て取れた。
●●●
「行け――ってあんた何を言ってるんだ?」
私の言葉を復唱し、さらに続けようとするジャイロ君を横たわったまま手で制す。
「さっきと同じこと言うが、君が何を考えてるかくらいわかるわい。
“自分はここでウィルの看病をしなければならない。このジイサンをこの場に放っておくわけにいくか。
そんな事したら医者であるジャイロ・ツェペリの名が廃るってもんだ。”
――大方そんなところだろう?」
「……ああ。だからこそアンタのさっきの言葉が信じられねぇ」
ジャイロ君がそういって顔を背ける。ふぅ、と小さくため息をつき私も視線を彼から外す。
見上げたそこは見知らぬ天井。そののっぺりとした木目を眺めながら私は話し始めた。
「聞いてはくれぬかジャイロ君。
……私は若いころ結婚していた。しかし石仮面のために家族を捨てた。
だけども……自分の運命には満足しておる。
なーに、まだこうして生きとる。死んだわけじゃあないんじゃからこれからどうにでも動けるよ。
――このようにッ!」
ド――z__ン!
「なっ!?
寝転がったままの姿勢!
肘だけであんな跳躍を!
――ったくアンタには本当驚かされっぱなしだぜ」
ベッドから椅子に――そうそう、動かない足もきっちり手できれいに組み直し――着席した私にジャイロ君は驚嘆しきりだった。
「解ったろう?たかだか半身の自由をもぎ取られた程度でこの私が負けると思うな!ってなもんじゃ。
どれジャイロ君、ちょっと、もうちょっとだけこっち寄ってくれんかの。
そうそう、そこがいい。……パウッ!」
ジャイロ君の腹の奥、その横隔膜に小指を叩きこむ。
彼は不思議と抵抗しなかった。普通こういうタイミングじゃあ、私が気を失わせたジャイロ君を放って逆に戦いの場に行くような、そういう攻撃にも見えたはず。
なのにホルスターにさえ手を伸ばさなかったのは、彼が医者だからかの。いや――私のパンチが強力だったんじゃな、ハッハッハ。
そうそう。灰の中の空気をすべて……1cc残らず絞り出せよ。
「ぐはっ!……ウィル、アンタいったい何したんだ!?」
「なーに、心配はいらん。ちょっとしたオマジナイってところじゃよ。心がリラックス出来たんじゃあないかね?
どれ、私のことは一旦忘れろ。あーいや、逆じゃな。今の一発で私のことを心底忘れられなくなったろう?君は戻ってくるさ、必ずな。
さ、行って来い。フフフ」
●●●
うーん、ここまで話せばとりあえず良いかな。もうちょっと突っ込んだところまで行ってもいいんだけど……まあいい。
さて、さっき話した勝者の定義で言うなら、ジャイロは間違いなく敗者だな。俺に言わせれば。
俺は『勝利の定義に反する負けに達しなかったから勝者だ』と言ったろう?さっき。
だが、ジャイロは今回の件で何かしら勝利の定義づけをしたか?
せいぜい『様子見て戻ってくる』がその定義。だとすればそこまでは彼だって勝者だった。
問題なのはそこから先だ。
行って来い、と言ったのはツェペ……ああ、ウィルの方、で。
それに対し彼は反対した。となれば『反対して残っているが勝ち』と言えるだろ?強引にでもなんでもウィルを黙らせて看病に徹する、あるいは自分の意志で行くと結論付けて出ていくか、それならそれでジャイロの勝ちさ。
しかし結果はどうだ。ウィルの言葉に言いくるめられ――というと彼がヘタレっぽく聞こえるから語弊があるけれども。渦中に、いや火中というか。乗り込もうとしてる。
つまりはどうだ、彼はこの場においては“敗者”だろう?あくまで俺の定義に沿った考え方だがね。
ジョニィ・ジョースターはジャイロのことをこう評価した。
『君は受け継いだ人間だ』と。
もちろんそのすぐ後に『どっちが良いとか悪いとかいってるんじゃあない』とフォローもしたが、事実ジャイロは受け継いできた人間だ。
そう、SBRレースでないこの場でもウィルが受け継いだダイアーの意志を。ライバルであったレース対戦者たちの無念を。
さらにはウィルの波紋エネルギーをも――まあこれは一時的なものだろうけど。ぜーんぶ受け継いできてるんだね、これが。
ジャイロは果たして『勝者』になってウィルのもとに戻れるかな?
――すまない、少々駆け足になったがここまでは話しておこうと思ったんだ。それじゃあ、また、改めて。
【B-8 サンモリッツ廃ホテル3階 一室 / 1日目 朝】
【
ウィル・A・ツェペリ】
[能力]:『波紋法』
[時間軸]:ジョナサンと出会う前
[状態]:下半身不随、貧血気味(軽度)、体力消費(小程度まで回復)、全身ダメージ(小程度まで回復)
[装備]:ウェッジウッドのティーカップ
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:主催者の打倒
1.行って来い、そして戻ってこい、ジャイロ・ツェペリ
【ジャイロ・ツェペリ】
[能力]:『鉄球』『黄金の回転』
[時間軸]: JC19巻、ジョニィと互いの秘密を共有した直後
[状態]:疲労(小程度まで回復)、精神疲労(中)、全身ダメージ(ほぼ回復)、波紋エネルギー(?)
[装備]:鉄球、公一を殴り殺したであろうレンガブロック
[道具]:
基本支給品、クマちゃんのぬいぐるみ、ドレス研究所にあった医薬品類と医療道具
[思考・状況]
基本行動方針:背後にいるであろう大統領を倒し、SBRレースに復帰する
1.行ってくる、そして必ず戻る、ウィル・A・ツェペリ
2.階下の渦中に潜り状況を判断する
3.
麦刈公一を殺害した犯人を見つけ出し、罪を償わせる
4.ジョニィを探す
[備考]
ウィルに波紋を流されたおかげで体力が回復しています。彼が波紋エネルギーを使用できるかどうかはわかりません。
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最終更新:2013年04月28日 17:57