トクン  …―――…  トクン  …―――…  トクン  …―――…  トクン  …―――…

 微かな。
 聞こえるか聞こえないか。感じるか感じないか分からぬ程に微かな。
 儚く、もろく、今にも消えいりそうな鼓動。
 それを無理矢理に動かしているのは、男の両手から発せられている生命のエネルギー。
 古代より伝えられる、呼吸法により生み出される技。波紋、である。

 背に負うた女性は、若く美しく、常ならば誰しもの心を癒しうるだろう気品すら感じられるが、その顔面は土気色をし、胸元は赤黒い血で染まっている。
 出血そのものは止まっている。
 しかし問題はそこではない。
 黒騎士ブラフォードによって与えられた、鉄槌のダメージ。
 それは間違いなく、彼女の骨を砕き、内蔵を破り、血反吐を吐かせている。
 瀕死。
 本来ならばすでに死んでいる。死んでいるはずの損傷。
 それを、ただ波紋の力で、無理に生かしている。
 もし、少しでも波紋呼吸のリズムが狂えば。
 もし、その効き目が通じなくなるほどにの時間が経てば。

 彼女は、死ぬ。

 それを知り、だからこそ。
 彼は、走るのを、止めない。
 止められるはずもないのだ。


☆ ☆ ☆

「ジョースターの血統……?」
 名簿を見る。確かにそこには、ジョナサン・ジョースターはもとより、二人のジョージ・ジョースターに、エリナ・ジョースター、ジョセフ・ジョースター、さらにはジョニィ・ジョースター等、多くの『ジョースター姓』の名前がある。
 ジョナサン・ジョースター。
 ゲーム開始直後にコロッセオでナランチャと出会い、行動を共にしていた屈強な青年。
 正直で、誠実。
 自分たち『ギャング』とは真反対な、気高く誇らしい世界の住人。
 元々は資産家、上流階級の中で育ったフーゴではあるが、これまでの人生で、『本物の紳士』に出会ったことはほとんどない。
 いや、むしろ、『上品で気取った連中』の、その裏にある醜さであるならば、ギャングになる前にもそれ以降にも、嫌というほどに見てきている。
 その上で、フーゴは感じ取ったのだ。
「彼は、本物の紳士だ」と。

 今、ジョナサンはナランチャと共に、簡単な食事と水分補給をしつつ、リストの確認をしている。
 放送は、彼らがまだ意識を取り戻す前に行われていた。従って今ここにいる3人の中で、メモを取れたのはフーゴのみ。
 放送後に意識を取り戻した彼らとフーゴは、近くの建物に一旦身を隠し、『放送』の内容を伝え整理しなければならなかった。
 奇妙な境界からは、『ローマ』側の建築物。石造りの外観だが、中は広めのアクセサリーショップの様だ。
 居住性を考えれば、住宅のどこかに隠れたほうが良かったのかもしれないが、異国の狭い住宅はいまいち勝手がつかめないし、外の様子を確認しづらく思えた。
 それと近くに戦闘の痕跡があるというのも問題に思えたし、思案の末、西へ数ブロックほど移動することにしたのだ。
 ここは、外の様子がよく見える大きめのガラス張りだが、内側にはショーケースやカウンターがあり遮蔽物に事欠かない。
 裏口と二階への階段もあり、とっさの逃亡ルートも確認してある。
 また、目が覚めた後のナランチャは、フーゴに言われて〈エアロスミス〉での索敵を始めていた。
 その上で、無人の街のショップの奥、レジカウンター近くに、3人は陣取っている。

 参加者とされる人間の名前。そして死者の数。
 メモを確認しつつ、ジョナサンとナランチャは、驚きを隠せない。
 そう、『77人』もの死者の数、その意味を、それぞれに異なった衝撃で受け取っている。

「なんだよ、これ、おかしーじゃねーかよ…」
 震える声でそう吐き出すのは、ナランチャ。
「だっておかしーじゃねーか!? 俺ははっきりと見たんだぜッ!?」
 叫びだすナランチャに、フーゴはそっと人差し指を立てて口元に寄せ、静かにするよう促す。
「たしかに、ナランチャ。ぼくらは最初の場所で、ジョジョ……ジョルノが殺されるのを観ている」
 ジョジョ、という言葉にジョナサンが僅かに反応する。フーゴはなんとなしに、そういえば彼の名前、ジョナサン・ジョースターも、愛称として『JOJO』と呼ばれるのには相応しい、と思った。
「だったら…、だったらなんで、『名簿』にジョルノの名前があるんだよ!? 
 ブチャラティやミスタ、トリッシュが居るのは分かるぜ…。きっと『ボス』の奴が何かやってるんだッ……。
 けど、まさか、『殺し合い』させるために、ジョルノを殺してから、また生き返らせたとでも言うのかよッ!?」
 生き返らせた、という言葉に、またジョナサンが微かに反応した。
 アバッキオの体の持ち主が『吸血鬼』であると即座に見抜いたりと、どうも彼はそのあたりに何か因縁があるらしいが、フーゴはまだ詳細を知らない。
「ナランチャ。この名簿が正しいのかどうか。それは今の僕らに確かめようは無い。
 けど、それでも、君と僕はここで出会った。この名簿に名前のある、ジョナサンとも出会っている。
 だったら、僕らがまずすべきことは、分かるだろう?」
 何度も『このド低脳がーッ!』 などと『ブチ切れられた』ことのあるナランチャが、平時であれば気味悪く思うくらい優しく丁寧な調子で、フーゴが続ける。
 唾を飲み込みながら、ナランチャはそれに応える。
「……ああ、わかってるよ。まずは、ブチャラティ達と合流する……」
「『チーム』が集まること。『任務』を達成すること。
 それが一番だ。そしてその任務には間違いなく、『このゲームを仕組んだ奴らを倒す』ことが含まれる……!!」
「けど、けどよォ……!」
 飲み込むべき言葉。けれどもナランチャは堪えきれずに吐き出してしまう。
「あの、アバッキオを『殺して、逃げた』でかいやつをッ……!」
「あいつは後回しだ、ナランチャ!」
 その叫びを、フーゴはきっぱりと、そう切り捨てた。
 日の光が出始めて、あの化物は逃げていった、と、二人には説明してある。
 もちろん、「あの大男の中身はアバッキオで、化物となった宿命を背負い、その力で会場にいるであろう殺人者たちを始末して回るつもりでいる」などということは、言っていない。
 そして、二人が聞いていないことから、『死者として告げられた名』の中に、アバッキオの名を付け加えておいた。
 その場しのぎに過ぎないと分かっている。しかしナランチャに問われたら、巧く誤魔化しきれる自信がなかった。
 アバッキオの意志もある。あるが何より、そもそもフーゴ自身、そのことをどう捉えれば良いかの整理がついていない。
 何よりフーゴは今、それら以上にどう捉えれば良いかわからぬ情報に混乱させられているのだから。

 強く言われたナランチャは、やや意気消沈した様子で押し黙る。
 立ち上がっていた足も萎え、半歩ほど後ずさり、傍のカウンターにもたれ掛かり項垂れる。
 ナランチャとて、分かっているのだ。
 まずは仲間と、チームと合流すること。『アバッキオの仇』を追うにしても、まずはそれからなのだと。
 そして何よりも、ジョルノのことを確認したいという気持ちもある。
 彼が本当に生きているのか? あの最初のステージで殺されたのは誰だったのか…?
 ナランチャが不承不承ながらも納得したのを確認して、フーゴは改めてジョナサンに向き直る。
「ジョナサン…そう呼んでも構いませんね?」
「……あ、ああ。ジョナサン・ジョースターだ」
 不意に声をかけられて、苦痛と困惑に顔をしかめていた青年は、悩ましげな様子を慌てて引っ込めてそう返した。
「辛いことを聞くことになりますが、教えてもらいたい。
 この名簿の中に、ジョースター姓の人物が多くいます。彼らは君と関係が?」
 小細工や、もって回った物言いは返って逆効果と考え、フーゴは率直に核心に触れる。
 ジョナサンはその岩のような拳をぎりりと握り締め、それを震えさせながら口元にやりつつ、それでもはっきりと、「何人かは」と答えた。
 ナランチャとも、フーゴとも、比べようもないほどに体格が良い。丸太のような脚は、チームの中でも一番痩せているナランチャの胴回りくらいはありそうだし、胸板は並みの格闘家にも引けを取らない。
 それでいて粗野粗暴の風はまるでない紳士。その紳士の彼が、今はひとまわりもふたまわりも小さく見える。
「ジョージ・ジョースターⅠ世、というは、僕の父の名だ……。Ⅱ世とあるのが誰かは解らない。
 ほかの名前も、もしかしたら遠縁の人かもしれないが、少なくとも僕は知らない…」
 ジョージ・ジョースターは、Ⅰ世、Ⅱ世ともに、放送で告げられた『死者』に含まれている。
「何人かは、というと、後は…?」
 再び、ジョナサンは苦痛と苦悩に顔を歪める。
「エリナ……」
 エリナ・ジョースター。これも、名前がある。まだ『死者』としては呼ばれていないが、名簿には書かれている。
「僕の知っているエリナは、エリナ・ペンドルトン…。優しく、気丈で、誇り高い……僕の幼馴染で……最愛の人だ」
 再びここで、口ごもる。
「結婚したいと、そう考えていた……」
 ジョナサンはつまり、それを加味して危惧しているのだろう。
 意地悪くも、或いは残酷なこの『主催者』は、彼が結婚しようとしている女性の名前を、敢えて『ジョースター姓』で名簿に載せたのではないか、と。

「君は、ディオという敵を追っている最中だと聞きましたが……」 
 フーゴが話の流れを変える。
「ああ。ディオは石仮面の力で吸血鬼となった、かつての僕の友人だ。彼は非常に危険な力を持っている。
 それに……」
 困惑と悔恨。複雑な感情のうずで藻掻いている。
「吸血鬼のディオは、死者を屍生人として蘇らせ、自分の手下にする能力を持っているッ……!
 蘇ったものは、人間の生き血を啜る邪悪な亡者となってしまうんだ……!
 僕の………僕の父も、まさかッ………!」
 ぶるぶると震えているのは、恐怖ではない。怒りと悲しみ。それらの感情の波が、彼の体の全てに波紋のように広がっているのだろう。
「ジョナサン。確認させてもらいたい。
 つまりそれは、君の父は、『すでに死んでいた』ということですか?
 それなのになぜかこの『名簿』に名前があり、さらに先ほどの放送で『ここに来て死んだ』とされている。
 だから、『ディオにより蘇らせられた後に、ここで再び死んだのではないか?』 と………。
 そう考えているのですね?」
 慎重に、言葉を選びながらも、はっきりと問い直すフーゴに、丸太のような両腕が伸ばされ、その襟首を締め上げる。
「ジョ、ジョナサン……!?」
 慌てたナランチャが間に割って入ろうとするが、するまでもなく締め上げる力は勢いをなくし、怒りに燃えた瞳から、瞬時に強い後悔の色が浮かび上がる。
「わかってる、ナランチャ…。済まない、フーゴ……。
 君たちも今しがた仲間を失ったばかりだというのに、僕は、自分の事ばかり……」
「気にしないでください、ジョナサン……」
 襟元を直しつつそう言うフーゴ。

 しかし。
 フーゴがそう言うのは、何もジョナサンを気遣ってのことではない。
 もちろんまるで気遣っていないというわけでもないが、フーゴにはそれよりも考えねばならないことがあったからだ。
 いくつかはすでにナランチャにも話していた事を含め、改めて『名簿』としてもたらされた人名について、照らし合わせていく。
 ロバート・E・Oスピードワゴンは彼の友人で、ウィル・A・ツェッペリは波紋法の師。そしてその同門の波紋戦士、ダイアーストレイツォ
 黒騎士ブラフォードとタルカスジャック・ザ・リパーワンチェン等ディオの配下の屍生人。
 そして……。
「『DIO』もしくは、『ディエゴ・ブランドー』。このどちらかが、君の宿敵である『ディオ』かもしれない」
「ディオ・ブランドー、が彼の名前だ。
 僕は最初、ウィンドナイツロットに来たときのように、催眠術のようにディオの罠にかけられてここに居るのではと考えていた。
 けれどもし、この『名簿』のどちらかが『ディオ』で、『殺し合いの参加者』というのなら、全く別の何者かの仕業なのかもしれない……」

 ジョースターの血統。『ディオ』との因縁。だが、しかし……。

「クウジョウ、とか、ヒガシカタ、というのは、まるで聞いたことがない」

 再び、フーゴはしばし押し黙った。
 そうだろう。きっとそうなのだ。
 そしてだからこそ、それをいつ、どう説明するべきかを考えねばならない。


★ ★ ★

 四方を壁に囲まれた、石造りの海の底。
 あえて形容するならば、此処はそういう場所だ。
 広大な敷地と、堅牢な外壁を持つこの施設の奥の奥、一切の日の当たらぬその場所で、彼は名簿に目を通している。
 重厚な机に、クッションの良い椅子。棚や調度品もそれなりに値の貼るものだし、机の斜め向かいにある応接セットも同様だ。
 元々それらは、刑務所内の他の場所にあったものだ。
 GDS刑務所の女子監房内の一室を仮の拠点とし、いろいろと物を運び込んでいる。
 女子監房はGDS刑務所のほぼ中央に位置し、管理ジェイルや医療監房等の施設に近い。
 建物自体の、外に通じている窓などは全て塞いでおいた。
 強いパワーのスタンドや、吸血鬼並みの膂力を持つものであればたやすくどかせる程度のものだが、ここで直接日の光にさらされる事はまずない。
 地下へと通じる経路も確保している。よほどの油断をしなければ、たいていのことに対応できるだろう。

 簡素な蛍光灯の明かりの下で、DIOは、広げた名簿とメモを見る。
 150人の『参加者』。76人の『死者』。
 その中には、馴染んだ名もあれば、知らぬ名もあり、配下や友人の名もあれば、宿敵や殺した者の名もある。
 屍生人、波紋使い、スタンド使い…そして、「過去の、すでに死んでいるはずの人物」……。 
 過去の、というのは、いささかに主観的すぎる言い分だ。
 彼ら(例えば先ほどそれを確認した少年、ポコなど)からすれば自分の方……、つまりはDIOこそが『未来の』人物だろうし、或いはDIOの時代より『未来から』来ている者もいるのだろう。

セッコ
 座ったまま、DIOはそばにいた別の男へと話しかける。
「今は何年だ?」
 呼びかけられ、セッコと呼ばれた、『奇妙な全身スーツ姿の男』は、作業の手を止めてしばし思案する。
 しかし思案の後に帰ってきた答えは、
「……わッかんね~~。気にしたこともねーや」
 というもの。
 常にチョコラータの庇護下にいて、彼の言うままに殺しを働くだけの生活において「今が何年か」という知識は、確かに不要なものだったのだろう。
 年、年月というのは、主観的な世界においては無用だ。それは社会性というものの中に存在する。
「そうか、なら良い」
 そう言ってDIOは会話を打ち切り、セッコも元の作業に戻る。

 ポコの証言。最初のホール、ステージで見た『空条承太郎と、よく似た男たち』。
 そして、名簿に、放送された死者の名前。
 これらを、『事実』と仮定するのであれば、この『殺し合い』を目論んだものは、『時空間を超越した能力』を持っていることになる。
 だとしたら、それを、『どう扱うべきか』……。
 そう、『どう対処するか』ではない。『どう扱うべきか』だ。
 つまり、『天国への扉を開くために、使えるか否か』。
 DIOにとって重要なのは、その点なのだ。


「な、な、DIO!
 どう? どう?」
 楽しげに、或いは些か誇らしげに、セッコがDIOへと聞いてくる。
 思索から引き離され煩わしげ、ということはまるでない素振りで、DIOは僅かに視線を向ける。
「そうだな……、悪くは、ない」
 しかしその言葉は、セッコにとっては望む評価には程遠いいものである。
「だ、だめか、これェ……?」
 奇妙に小首をかしげるように、少しさみしげに返すセッコ。
「駄目、ということはない。
 少ない材料で仕上げたにしては、なかなかセンスが良い。
 特に、上下のバランス、かな。
 真ん中を中心に、左右をあえて非対称にずらして配置し、それらを囲む並べ方も象徴的だ」
「そうか!? センス良い!?」
 一転して、DIOの寸評にご機嫌になる。
「まあ、悪くはない、と言ったのは、やはり材料自体が足りないということにあるかな。
 もともと小さかったし、数も少ないが、何より、バリエーションに欠ける」
「けどよォ~~~、そいつはしょ~~~がねェ~~~しよォ~~~~……」
 再び残念そうな表情のセッコに、DIOは指を1本挙げて続けた。
「ひとつ……。
 ついさっき、『ここから逃げた何者か』がいる。
 なぜわかるか……? は、問わないでくれ。私にも説明はできない。
 ただ、『私を見ていた者』がいて、そいつは、『恐れて、逃げた』……。
 そういう事だ……」
 首筋に意識をやる。
 首から下、今の『DIOの肉体』の元の持ち主である、ジョナサン・ジョースターの肉体。
 その肉体を得たことで、DIOは『ジョースターの血統』との、奇妙な結びつきをもっているらしい。
 だから、『分かる』 …いや、『感じる』というほうが正確だろう。
 誰かは分からぬが、誰か。名簿にある『ジョースターの血統』の中の誰かが、『見ていた』のを、DIOは感じ取っていた。
 そして、『逃げた』。
 だとすれば、それは承太郎ではないし、また脅威となる相手でもない。

「少しの間、遊んで来てみてはどうだ?」
 直接的な驚異ではないが、周りを飛び交うハエは、潰しておいたほうが良い。
 アスワンツェツェバエの例では無いが、たかがハエに邪魔されることになるのは、面倒ではある。
「ウホッ!? い、良いのか? 遊んじゃって、良いのか、俺ェ…!?」
 セッコは…『面白い』。DIOはそう考えている。
 無邪気な子供のように、今彼は『新しい遊び』に、夢中になっている。
 かつてのセッコは、チョコラータという男の『ご褒美』欲しさに殺しをしていた。
 今、彼は、自分自身の中に、『殺すことの意味』を生み出そうとしている。
 悪意でも憎しみでもない。狂気でも利害でもない。
 無意味の時平線から、意味を創造し起立させようとしている。
 そのこと自体は、DIOにとってさして意味のあることではない。
 ただ面白く、興味深いのだ。
 そういう意味で言えば、セッコ自身がDIOにとっての、『新たに手に入れた面白げな玩具』そのものでもある。
「できれば一時間程度で戻って来て欲しいが、まあ、君のその『能力』なら、どこに逃げようと隠れようと、見つけ出して捉えられるだろ?
 障害はほとんど無い。
 僕の友人や部下たちに気をつけてくれれば、好きなだけ『材料』を持ってこれる」
 新たなる創造物。セッコの初めての『作品』に目をやる。
「おう、おう! すげェ! DIOの言うとーりだ!
 俺、次はぜってー、もっと『スゲェもの』作れるぜ!」
 そう言うとセッコは、軽く飛び上がってからくるりと身を翻して、地面の中へと『飛び込んで』行った。

 残るは、DIOと、『作品』。
 赤錆た匂いと、糞尿の混ざった臭気は、近づくもの全てに吐き気を起こさせるだろう。
 乾きかけた血と体液に塗れた肉塊は、うずたかく積み重ねられ、組み合わされ、形作っている。
 先ほど、ここでその命を奪われた3人の少年、その残骸を材料として作られた、血塗られたオブジェ。

 放送前にポコに対して試してみた、『食べてみる』という選択肢は、セッコにとって目新しい刺激ではあったが、そのことをまだ自分の中でうまく捉えきれていない。
 それもそうだろう。
『食人行為』というのは、飢餓によるそれや性倒錯を除けば、一種の呪術的行為で、死者の肉体を自らに取り入れることで、相手の持っていた霊力を得る、というような意味合いを持つ。
 言い換えれば、他者の持つ人格や精神を認めた上で、それらを『自分のものにしたい』という欲求、同化願望や支配欲こそが、食人という行為に意味を持たせる。
 そういった呪術的な思考というのは、セッコの持つ感覚からは程遠い。
 それでも敢えてその観点で考えるとすれば、セッコにとって『意味のある食人行為』と言えるのは、チョコラータやDIOを『食べる』ときになるとも言える。
 セッコはその発想には未だ至れない。セッコにとって意味も価値もない人間の死体をどれほど『食べた』ところで、そこから意味を見出すことは叶わないだろう。

 それで、次に彼が試したのが、この『アート』だ。
 誰かを殺し、その死体を使って、何かを『創る』。
 チョコラータは、『死の間際の恐怖』にそそられていたし価値を見出していたが、死んだあとの死体にはさほど関心を示していなかった。
 元々医者でもある。彼にとって死体はただの物体でしかない。タンパク質とカルシウム。そこに、それ以上の意味などは感じないし見いだせない。
 ならば、そのあとに自分なりの創意工夫を凝らしてみようというのが、セッコの新たな着想であった。
 セッコにとってこれもまた、未知なる喜びだ。
 死体、死者を弄ぶ、冒涜する、というような感覚はセッコにはない。
 ただ純粋に、生まれて初めて、『自分で何かを作り出す喜び』を感じているのだ。
 はなから、彼にとって、殺人はそれ自体が快楽でもなければ、忌避されるべき悪でもない。
 神も人間性も信じていない、その存在すら知らない彼には、冒涜という概念すら無い。
 彼にとっての殺人とは、『できるから、する』ものだし、死体とは『その結果できるもの』でしかないのだ。


「―――さて、どうする?」
 そのセッコによる『初めての作品』、奇怪なオブジェを挟んで向こう側。
 暗闇の中のさらにその奥に、DIOが言葉を投げかける。
「今ここで、『生きている』のは君と私、『ふたりきり』だ。
 戦うか? 君が是非にというのなら、それもよかろう。
 それとも ――― お話でもしてみるか?
 私は、どちらでも構わないよ ―――」
 奇怪なオブジェの向こう側。
 暗闇の中のさらにその奥からは、すぐさまの返答は返ってこなかった。


☆ ★ ☆

 紙が、あたり一面に散乱している。
 それらのいくつかは、テーブルの上に並べられ、またいくつか床やソファの上に何箇所かに分けてまとめられている。
 紙の多くは、会場内各所から〈オール・アロング・ウォッチタワー〉が『拾ってきた』ものだ。
 コーヒーメーカーに『サンジェルマンのサンドイッチ』、『鎌倉カスター』等の新鮮な食料も、その紙の中にあった支給品である。
 支給品の中には、『地下地図』のような有用なものから、武器類に、飲食品類、そして『図画工作セット』のような、何の目的で支給されたか不明なものもあった。

 テーブルの真ん中辺り、本来は、綺麗に磨かれていたはずの面には、マーカーで縦横の線が引かれている。
 ちょうど7×9マス。縦にはA~Gの文字が振られ、横には1~9の数字が振られていた。
 そのマス目の中に所狭しと並べられているのは、駒。
 小さく切り抜いた紙を、テープで三角形にし、名前とマークを書いてある。

 例えば、ほぼ中央に位置する場所に、ボルサリーノ帽のマークが書かれた駒がある。
 これは自分の位置を現す駒だ。
 そのやや斜め右下に3つの駒があり、『◎フーゴ』、『○ナランチャ』、『☆ジョナサン』、と書かれていてる。
 やや左下には、別の駒がいくつか有り、その中には『●セッコ』、『●ヴォルペ』、『△男』、そして、『★DIO』などとある。
 名前が解らない人物には、とりあえず便宜的な属性だけ書いておいた。
 やや左下の集まりの中の、南北戦争時の軍服のような服を着た無精髭の、『△男』は、今ところ『●=危険で殺る気満々の奴ら』とも、『○=殺る気の少ない手合い』とも解らない。
 だから、『△=立場不明』の、『男=名前不明の男』の駒だ。
 そのやや近くにある『●鳥』は、『危険な鳥』だし、『●チョコラータ』、『●サーレー』は、それぞれに殺る気アリな危険人物と分類している。

 マークは、会話や行動からの危険度を簡易的に表しているそれと、もう一つ。
 先ほど手に入れたものにあった、特筆すべき情報、『家系図』にある、『ジョースターの血統』と、その関係者を現す、『星』の記号。

 ジョースターの血統。
 ボルサリーノ帽を斜に被り、洒落た仕立てのスーツを着込んだ男、ムーロロは考える。
『亀』の中で、ソファに沈み込むかのように身を落とし、テーブルの上に並べられた駒と、いくつかの情報を書止めた紙を見ている。
 煎れたばかりの熱いカプチーノには殆ど手をつけておらず、サンドイッチも鎌倉カスターとかいう甘いケーキ菓子も、何口か食べただけで置かれたままだ。

 名簿の中にいる、驚くほど多い『ジョースター姓』の名前。そして、花京院という男から手に入れた、『家系図』の中に秘められた、『因縁』。
 それらは、まず間違いなく、『鍵』だ。
 この、『殺し合いのゲーム』を引き起こした何者かにとっても、おそらくは重要な『鍵』なのだ。
 下弦の月が、呼ばれてこの会場では満月となっていた。
「一瞬で呼び出された」というのが実は間違いで、「さらわれたあと数日か数週間、どこかで昏睡させられていて、改めて全員揃えてからゲーム開始になった」
 その可能性も考慮していた。
 だが、違うのだ。
 ムーロロはすでに『確信』している。
 このゲームが始まってからの約6時間ほどの間。ムーロロはひたすら『亀』の中に潜み隠れたまま、会場中に飛ばしたカード、自らのスタンド〈オール・アロング・ウォッチタワー〉により、情報収集をしていた。
 最初のステージで殺された男によく似た男たち。
 すでに死んでいるはずの、ナランチャやアバッキオ、ブチャラティチームの面々に、暗殺チームの面々。
 体が半分機械化されたナチスの軍人に、西部劇さながらの格好をしたカウボーイやメキシカン。
 日本の学生やサラリーマンらしき者たちに、産業革命時代の英国紳士。
 吸血鬼、屍生人、柱の男、波紋戦士。
 とうの昔に死んだはずの、スピードワゴン財団設立者、ロバート・E・O・スピードワゴン
 彼らの振る舞い、言葉、話している内容…。

 皆が皆、『演技をしている偽物』であったり、『催眠術や暗示か何かでそう思い込まされている何者か』というのでもない限り、結論は限られてくる。
 そう。
 ムーロロはほぼ、『確信』している。 
 この『殺し合い』の参加者は、『様々な時代から呼び出されて』おり、そしてその多くは、『ジョースターの血統と因縁のある者か、その関係者』である、という事を。
 もちろん、まだ確定的とは言えない。すでに、その例外、『イレギュラー』と思える参加者たちもある程度は把握している。
 それでも、この『ジョースターの血統』が大きな『鍵』である、という見立てには、『確信』を抱いている。

 ジョセフ・ジョースター。
 はじめのステージで殺された男に、酷似した男。
 先ほど『コンタクト』を取ったこの男は、探っている間ずっと自分の名を言わなかったし、同行しているエリナという女も、襲いかかってきた長髪の剣士も、『ジョナサン・ジョースター』と呼んでいた。
 しかし、ムーロロは既に、最初の頃に発見したナランチャが、ジョナサン・ジョースターと名乗るよく似た男と同行しているのを確認していた。
 だから、カマをかけてみた。



「 ――― ジョセフ・ジョースターだな?」

 否定は、ない。ムーロロの推測は当たっていた。
 そして、ならばこの、『家系図』のとおりの『事実』が、見出されるかもしれない。

 エリナ・ジョースター。家系図によれば、ジョセフの祖母。ジョナサンの妻。
 その見捨てることのできるはずのない存在を『救う』ため、どんな決断をするのか ―――。

「―――クソッ、ごちゃごちゃくだらねーコト言ってんじゃぁねぇ~~~ッッ !! 全部だッ! 全部教えろッ!!!」
 怒号とともに首を絞め上げられる。
 なかなか、直情的なところもあるようだ。
 だが、震えるその両腕は、決して加減を間違えてもいない。本当に本気で締め上げて、こちらの情報を得られないような愚を犯すほどではないというところか。
「貸しがさらに二つ、そう判断するぜ」
 ムーロロは、表情ひとつ変えずに返す。
 ひらりと動かした手の中には既にカードはなく3枚のメモ。
 それがはらりと地面に落ちる。
「どこを選ぶかは、お前が決めろ。どこに行けば良いかなんてのは、俺に決められる事じゃぁないしな」
 ジョセフの両手から解放され、襟元を直しながらムーロロは言う。
 慌ててメモを拾い集めて、その中身を確認するジョセフだが、再び顔を上げた時には、暗闇にムーロロの姿はなかった。



 ムーロロはようやくに、カップのカプチーノに口を付け、ふた口目を啜る。
 ――― どれを、選んだか。
 その答えをムーロロは既に知っている。カードがジョセフの後をつけているからだ。
 そしてその先で起きている出来事も、起こりつつある出来事も、ムーロロは知っている。

 それをしかし、知らせる事はしない。
 ボス ――― ジョルノが今どこでどうしているかも知っているが、それをフーゴに教えることも、まだしない。
 フーゴに伝えたのは、『家系図』にある、『ジョースターの血統』が、『鍵』になるのではないか、という推測と、「ジョナサン・ジョースターから目を離さず同行しろ」という指示。
 とは言えフーゴのことだ。
 おそらくは、『何世代にも渡るジョースターの血統』に関する話と、こちらの『煮え切らない反応』から、きっと敵が持っているであろう、『時間を超越したスタンド能力』に関してまでは、独自の推理でたどり着いていてもおかしくはない。

 情報の全てを、与えてはならない。
 情報には、使うべき時と使うべき価値が有り、今ムーロロのもっているそれは、おそらく他の誰もが及ばないだけのものだ。
 あとは ――― それらを使い、どうするか ―――。
 いつどこで誰と誰を組ませ、誰と誰を争わせるか ―――。

 盤面の駒を見る。
 ハートのキング。長年に渡る『ジョースターの血統』の宿敵、DIO。
 この男を、どう『利用』すべきか。
 さらには、家系図には書かれていないが、おそらくは彼らの一族と強い因縁のある対立構造、『柱の男』と、『波紋戦士』。
 ジョナサンの体と、DIOの魂の落し子、『ボス』、ジョルノ・ジョバァーナと、敵対するパッショーネの殺し屋ども。
 そして、いくつかの『イレギュラー』たち……。

 家系図と名簿を見比べる。
 『ディエゴ・ブランドー』、『ジョニィ・ジョースター』。
 『家系図』に無い二人の『ディオ』と、『ジョジョ』は、果たしてどのような存在なのか?

 盤面の駒を見る。
 この二つの『イレギュラー』は、今行われている死の遊戯において、果たしてどんな利用価値があるのだろうか?


☆ ☆ ☆

「ジョジョ!? ジョセフ・ジョースターか、貴様ッ!?」




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最終更新:2013年03月17日 09:21