―――B-8、サンモリッツ廃ホテル。
ホテルと銘打ってはいるがそれは改築された後の呼称であり、本来の建築目的は別荘兼要塞―――すなわち『城』である。
城といえばその役割は主に外敵からの攻撃を防ぐというものだが、現代人にとってはむしろ内部にいる者たちがそこで何かを繰り広げる場所という印象のほうが強いかもしれない。
実際、このバトルロワイアルでも内部において協力、疑惑、闘争、裏切り………多くの出来事が発生し、登場人物は大きく変わったものの未だに騒動が治まったとは言い切れない場所となっていた。
そして現在、特に被害が大きいロビーでは四人の参加者たちが今まさに対話を再開しようとしていた。


「………………それで」

沈黙を破ったのはドルド
先程自分たちを脅迫に近い形で勧誘してきた魔少年、ビーティーへと視線を向けて真面目くさった声で問いかける。

「ただ同行しろ、というわけではないだろう。名簿を見せてもらう条件として、こちらは何をすればよいのかな?」
「ふむ、話が早いのはぼくとしても助かるが………どちらにせよすぐに名簿を見せる、ということは出来ないな」
「ずいぶんと強気に出ているようだが………理解できないわけではあるまい? 名簿にしろ放送にしろ、きさまらに協力せずとも別の参加者から情報を得るのが十分可能だということが」
「短絡的な考え方だな………確かに差しあたっての情報はそれで得られるだろう。だが、おまえたちは最初のホールで壇上に立っていたあの男が何者で、その裏にいる存在に気付いているか?
 殺された男たちが誰なのかわかるか? これらのことを、ぼくは知っているッ!!」

ビーティーの言葉は全体でいえばハッタリに近い。
だがジャイロ・ツェペリから聞いたスティーブン・スティールと大統領の情報、そしてモハメド・アヴドゥルから聞いた空条承太郎の情報………
これらを組み合わせることにより、部分的に真実を含んでいる情報として『一度に全てを話す』ことでもない限り、十分使用できるものになっていた。

「………………それが本当だとして、わたしたちを引き入れる理由が見当たらんな」
「ぼくの『目的』………そのための計画自体は十分に成功しうるものと考えているが、さすがに一人や二人では実行が出来ない………人手がいるというわけだ」
「ほう、なるほどな………内容にもよるが、わたしのほうは協力してやらんこともないがね―――」

そこには大の大人が中学生ぐらいの少年と対等な目線で話をするという奇妙な図があった。
しかしビーティーはもちろんのことだが、ドルドにとってもこの会話自体に違和感は覚えていなかった。
彼は秘密結社『ドレス』の一員………相手を見た目だけでは測れないということをよく理解していたためである。

さらに会話を続けるビーティーの後ろで、彼の同行者であるアヴドゥルは固唾を飲んで見守っていた。
なにしろ相手はゲームに乗った可能性が高い者、それも二人である。
なにかのはずみで彼らが一斉に襲い掛かってきた場合、自分ならともかくビーティーはひとたまりもないだろう。
とはいえビーティーの『策』によりどうにか対話が成立している以上、自分が余計な手出しをするのはこの均衡の崩壊を招くことにつながると分かっていた。
それゆえに見守ることしかできなかったのである。

「まあ、こちらとしても最初から能力やらなにやら全てを話してもらえるとは思っていないさ。だがこの場においては多かれ少なかれ『信頼』というものが必要だ。
 だから、まずはぼくの質問に答えてもらう。それを受ければ、ぼくも君たちの質問に答えることにしようじゃあないか、ミスタードルドに………ミスターズッケェロ」

ビーティーは先ほどから黙って自分を苛ただしげに見ていた男―――マリオ・ズッケェロのほうへと視線を移して続ける。

「大方『ガキのくせにチョーシこいてんじゃあねえぞ』とでも考えてるんだろう。
 だがおまえはそのガキに不完全ながら一本取られた、というのも揺るぎない事実だ。
 まあ、相手がぼくでまだよかったじゃあないか………もし別のガキだったら、取られていたのは『命』だったかもしれないのだからね」
「………………」

この場に彼の親友がいれば『まだよかった』なんてよく言うよ、と心の中で呆れたであろう台詞を受けたズッケェロはますます不機嫌そうになる。
しかしビーティーはそんな相手の視線を意に介さず続けた。

「だんまりか………まあいいさ、もう一つ言っておくがチョーシこいてるというならば、一番偉そうにしているのはあの『主催者』だということを忘れていないかな?
 ぼくは実際に会場にいて『命を張っている』状態だ。だがあの男はおそらく、安全な場所からこちらを眺めてほくそえんでいるのだろうからね」
「………うるせえ、組んではやるからさっさと『質問』とやらを言いやがれ。いっとくが、答えるかどうかは内容次第だぜ」

いらついた表情のままながらも、このままでは埒があかないと判断したのかズッケェロは一先ず提案を受ける意思を示す。
ドルドの方を見て彼も頷くのを確認すると、ビーティーは『質問』を口にした。

「それじゃあ質問だ。ゲーム開始から今までの約六時間、君たちは『どこで』『何を見て』『何をしたか』を聞かせてもらおうッ!」

(ビーティー、本当に大丈夫なのか? スタンド能力までは聞き出せないにしても、知っている人間や所持している武器とか、もっと他に聞くべきことがあるんじゃあないか………?)

アヴドゥルは黙ったままながらも自分なりに考えを巡らせていた………が、今の思考のみに関していえばその心配は不要であった。
能力にしろ武器にしろ、今現在の状況で聞き出すとなるとおそらく自分たちの手札も明かす必要が出てくる。
それに今後戦闘が起きれば彼らも否応なくその『手札』を見せざるを得ない状況が必ずやってくるだろう。
無論その時の相手が自分たちである可能性も少なからず存在するが、迂闊に自分たちの能力を明かしてしまい対策を練られればその分不利になるのは明白である。
なぜならば、今の彼らは『ビーティーがスタンド使いではない』という事実を知らないのだから。

一方、問われた二人は互いに牽制するように視線を交差させ、すぐに逸らす。
彼らはどちらも質問に答える気はあったが、どのように答えるかを自身の記憶と照らし合わせて考えていた。
さらにいえば答えた後に質問するのは当然後の方が有利………だが両者とも順番について交渉する気は無く、自分が質問する内容についても練っておく必要があったのだ。
ややあって、痺れを切らしたズッケェロのほうが口を開く。

「今までっつっても正直オレは大した話はできねーぜ………気が付いたら見知らぬ街の真ん中―――地図からするとたぶん杜王町ってとこにいたんだが、適当に歩いてもだれ一人いやしねえ。
 遠くで誰かが小競り合いでもやってるような音はしたが、なるべく関わらないようにしてようやくこのホテルまで来たんだよ。
 だが入口から見た感じじゃ誰も見当たらなかったから中に入って詳しく調べようとしたときだ………てめーらが入ってくる音が聞こえたんでとりあえず身を隠した。
 あとは知っての通りってとこだな」
「………ということは、今ここにいる者たちが殺し合いで最初に遭遇した人間だと?」
「ああ!?悪いかよ? こんな状況じゃヤバい奴に遭わねーに越したことはねーだろうがッ!」

いちいちつっかかるような態度ながらも質問に答える。
とはいえ、その内容はあらかじめ考えておいた偽りのもの―――彼自身が今までやったことを考えれば当然であるが。
ビーティーは耳をなでながら何やら考えていたが、数秒後には視線を元に戻して言った。

「ふむ………まあいいさ、次はそちらが質問する番だ。もっともきみ自身が言った通り『答えるかどうかは内容次第』だがね」
「チッ………参加者は全部で何人で、これまで誰が死んだのか、後禁止エリアについて聞かせてもらおうじゃねーか」

ここにいる者たちが今後どのような関係―――一時的な味方か、あるいはすぐにでも敵となるのか、それがはっきりするまではうかつに知り合いの名前を出すべきではない。
そう判断したズッケェロは放送と参加者全体についての情報を要求する。
―――自分の聞いた放送に間違いは無いか、また一人きりで優勝を狙えるかどうかということを確認する意味も兼ねて。

「いいだろう、参加者は全部で150人………うち放送までに死亡したのが76人さ。死亡者の名前は―――」

「………………」


情報の真偽に関しては問わず―――『お互い様』だからだ―――無言でズッケェロ、そしてドルドはメモを取る。
一通りの作業を終えるころにはドルドの元に『次はお前の番だ』といわんばかりの視線が集中していた。
ドルド本人もそれは理解しており、淡々と喋り始める。

「わたしは最初地図の北端近く、ミステリーサークルにいた………そこから東の砂漠に一度移動した後南下して杜王駅まで行き、遠めだが駅前にて参加者同士の争いを確認した。
 関わる気は無かったのでそこで方向転換し、このホテルにやってきた。ひとまず中に入って誰かいないか様子を窺っていると君たちが入ってきた………こんなところだな」
「―――ひとつ聞きたい。ずいぶん長距離を移動したようだが、移動手段は何を使った?」
「ほう、聡いな………お察しの通り徒歩ではない。わたしはずっとハンググライダーを使って移動していたよ」

本人以外には知る由も無いが、意外にもドルドは質問に対して正直に答えていた。
砂漠で目撃した男の死とライターを拾ったことなどは伏せているが、それを含めても彼の行動には後ろめたい部分が無かったのである。
となれば無理に作り話をせず素直に答えても何も問題は無い、と判断してのことだった。

「なるほど、ホテルへの進入経路はひとつだけ開いていた窓かそれとも屋上か………さて、そちらの質問に答えよう」
「そうだな………そこの男が先ほど鳥の頭をした何かを呼び出し、そこから炎を放出していたが、あれはいったいどういう仕組みだ?」
「「「………………!」」」

ドルドの質問に他三人は各々のしぐさで驚きを見せる。
数瞬の後、ビーティーは真っ直ぐドルドを見ながら言った。

「『スタンド』という言葉に聞き覚えはあるかな?」
「単語自体は一般的なものとして知っているが、この場においてそれ以上の意味がわかるかと聞かれれば答えはNOだ。
 君たちがホテルに入ってきたときにスタンド能力と口にしていたことから察するに、あの鳥の名前ということか?」

その答えを受けたビーティーは今の発言について考える。
実はスタンド使いだが知らない振りをしているだけか、と勘ぐるがすぐにこのパターンは自分のときとほぼ同じことに気づく。
第一わざわざ『質問』を使ってまで聞いてくるところを見るとその可能性は低い―――そう判断しビーティーは答えを返す。

「いいだろう。質問に答えてもらったのは事実だし、説明しようじゃあないか―――」

ビーティーはドルドにスタンドとは何かを説明していく。
話す内容はほとんどがアヴドゥルに聞いたことの受け売りであったが、彼はあたかもずっと以前から知っていたかのようにすらすらと言葉をつないでいく。
その様子が何も知らぬドルド、そして横にいたズッケェロにどう映ったかは本人しかあずかり知らぬところであるが、少なくともビーティーがスタンドに関わりがあるという疑いを持ったのは確かであった。
そして説明を聞き終えたドルドは自分なりの考えを巡らせる。

(超常現象………か。さきほどの男が実際に炎を出したことや駅にバオー鼠がいたことを踏まえれば、おそらくこのゲームには多数の『超能力者』が参加させられている。
 しかもあの小娘の予知能力などとは違う、戦闘用の能力を持つものがいるということだ………一筋縄ではいかんと思っていたが、想像以上に厄介な………)

処刑を免れたと思っていたが、今現在のこの状況こそが処刑そのものなのではないか―――心の中で戦慄するドルドであった。
一方、ようやく話に区切りがついたと判断したアヴドゥルは会話に混ざるべく口を開く。

「しかし、そうなるとここで何が起きたかを知っている者はいないということか? 参ったな………」
「おっと、その件についてなら力になれると思うぜ」
「「「「………!!」」」」

聞き覚えの無い声を受け、慌ててそちらのほうへと視線が移る。
正体不明の男が登場したことで場に緊張感が漂うが、ビーティーは男の姿が見覚えのある人物だと気づき警戒を緩める。

「ジャイロ・ツェペリか」
「………よおビーティー、お互い無事で何よりってやつか」

ジャイロは無造作にビーティーへ近づいていくと………その拳を彼の頭にあてがい、グリグリと押し付け始めた。

「ぐっ、何をするんだッ………」
「このクソガキが、なにが鬱憤は晴らせた、だァ? ふざけやがって、悪戯にしちゃ度が過ぎてたぞ?」
「だからあれはお互い様だと―――痛っ、そちらこそ加減というものを考えろ………」

ビーティーはなすがままにされながらも表情を崩さず受け入れていた。
………実のところ、ビーティーにとってどこか大人気ない部分があるジャイロがこのようなことをするのは予想できていたし、身をかわしてしまえばわざわざ痛い思いをせずに済んだ。
では何故あえて彼の報復(?)を受け入れたのか、その答えは後ろに立つ男たちの顔にあった。
アヴドゥルはわずかな安堵、対称的にズッケェロとドルドは苦虫を噛み潰したような表情。
三人の思いは皆同一―――すなわち『彼はビーティーの知り合い、それも友好的な関係か』というものである。
これで人数的には良くて二対三、ズッケェロとドルドが組んで名簿を奪いとることを試みたとしても、その成功率は大幅に下がったといえる。
要するに彼らにとって対等以上になり得る状況が、一気に形勢不利にまで持ち込まれた―――その事実を理解したのだった。

だが、真に恐るべきはビーティーである。
彼は、ジャイロ本人すら気づかないまま『利用』し、自分たちの『安全』を確保したのだ! しかも一瞬でッ!!
初歩的なものかもしれないが、いかに彼が人心掌握というものを理解しているかということがわかる一場面であった。

ようやく手を離したジャイロに向かい、口を開いたのはドルド。
まがりなりにもビーティーに協力する以上、逆に自分が攻撃されることも無いと判断し会話に加わる。

「それで、先ほどの発言からするとこのホテルで何が起きたのか知っていると? ………いや、それ以前にそちらは何者かということを説明してもらいたいね」
「っと、自己紹介とかはちっと待ってくれねーか? オレよりも詳しい人がいて、これからそこに連れて行くからよ」
「………ちょっと待て、そちらに仲間がいるのなら何故今この場にいない? しかもそちらのテリトリーまでついて行けだと? 失礼ながら罠としか思えないな」

ジャイロの返答に対して投げかけられたもっともな疑問に残る大人二人が小さく頷く中、ビーティーだけは違った反応を示していた。

「いいよ、行こうじゃあないか」
「ビ、ビーティー!?」
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、慎重なだけでは何も得られないよ………もちろん、きみたちにまで強制はしないがね」

ビーティーは先ほどの疑問に対して質問しようとすらしなかった。
だが静かな自信に満ちたその言葉に何かを感じ取ったのか、まずアヴドゥルが、次いで残る二人も警戒しつつ賛同の意を示す。
それを見て頷くとビーティーはジャイロへと向き直る。

「意見はまとまったようだ………ジャイロ、道案内を頼む。アヴドゥル、君は最後尾を担当してくれ」
「………わかった。よろしく頼む、ジャイロ」
「あー、よろしく………ところでおたく、アヴドゥルっていうのか? どっかで会ったことなかったっけ?」
「………? すまない、わたしには覚えが無いが………」
「んー、どこだったっけな? 確かラクダに乗ってたような………イテッ、ビーティー! 今オレの足踏みやがったな!?」
「おや、失礼………まあサービスでさっきのお返しはこれでチャラということにしておこうか」

こうして五人は、互いに信用しきれない状態ながらも隊列を組んで移動を始めた。
―――そして舞台はホテル内の一室へと移る。


(さて、忙しくなりそうだ………)


#


「無事に戻ってきたか、ジャイロ君」
「オレは何もしてねーよ、あえて言うなら『勝ち馬』に乗っかっただけさ………あんたこそ何事もなかったか?」
「おかげさまで、変わったことはなかったよ。それにしたって、ずいぶんと大所帯になって帰ってきたもんじゃの」

部屋の中に揃った顔ぶれを順番に眺めながら言うのは壮年の男性―――ウィル・A・ツェペリ
道すがら彼が下半身不随で動けないということは聞かされていたものの、それが真実か否か………二人のツェペリを除き、ほぼ全員が思い思いに考えを巡らせていた。
そんな中、重めの空気を打破するべくジャイロは口を開く。

「まずは自己紹介しとくぜ………オレはジャイロ・ツェペリ。
 そしてこっちがウィル・A・ツェペリ………会ったのはついさっきが初めてだが、オレの遠い親戚に当たる。
 まぎらわしいってんならオレのほうはジャイロって呼んでくれりゃあいいぜ」
「あらためて名乗らせていただこう、わたしはウィル・A・ツェペリ男爵だ………見ての通りのありさまだが、よろしくたのむよ」

何は無くともまず自己紹介から始める。
ジャイロが二人の関係を親戚といったのは、時代の件についていきなり話しても困惑するだろうという配慮であった。
ツェペリ、ジャイロ共に言葉は友好的であり、残る四人も見知らぬ相手に対して警戒を怠るほど弛んではいなかったとはいえ、それらはあくまで最低限のもの。
相手方に戦闘の意思がないことを再確認したビーティーたちも、一人ずつ名乗り始める。

「ビーティー………本名ではないが、名簿にある以上はこの名前で通させてもらう………そしてぼくは、このゲームにおける重要な立ち位置にいるといっていい」
「わたしはモハメド・アヴドゥル。エジプトで占いをやっていた」
「マリオ・ズッケェロ。イタリア人で………悪いがほかに名乗れることなんてねー」
「………ドルドだ。某国の政府に仕える軍人とだけ言っておこう」

「見事に国籍から何からバラバラじゃの。しかしビーティー君といったか、見たところずいぶんお若いようじゃが、きみが言う重要な立ち位置とはどういうことかね?」
「好きに想像してもらえばいいさ………とはいえ何もなしじゃあ締まらないからひとつだけ言おう。
 ぼくは最初のホールにいたあの男―――スティーブン・スティールの裏に『ある国』が関わっていることを知っている」

( ( ( …………!? ) ))
(ビーティー、お前って奴は………)

ビーティーの言葉にはハッタリが含まれていたが、その効果はてきめんだった。
真相を知るジャイロ以外が明らかに動揺するのを確認し、つかみは上々だと判断したビーティーは話題を切り替える。

「まあ、今はそんなことなんてどうでもいいだろう………ミスターツェペリ、ぼくたちはあなたに聞きたいことがあってここまで来た」
「聞きたいこと………ふむ、それはゲーム開始からずっとホテル内にいたわしが今までに見聞きした全てということかな? 少々長い話になるが………」
「ちょっと待った。確かに話は聞きたいが、その前にひとつだけ質問に答えてもらいたい」
「………質問? いったいなにをかな?」
「あなたはこのホテルでいったい何人の参加者と出会い、そしてその中に先ほどの『放送』で呼ばれた者は何人いるのか、ということさ」

ツェペリは返事をする代わりに訝しげな表情を作る。
それを見てとったビーティーは言葉を続けた。

「ぼくにとって重要なのは『ここで何があったのか』じゃあない。『ここにいたのがどんな奴か』という先に役立てられる情報だ。
 もしここにいた参加者が互いに殺し合い、あなたがただ一人の生き残りというならば話を聞くだけ時間の無駄だからやめてほしい、というわけさ」
「ビーティー、そんな言い方は………」
「かまわんよ、彼の言うことももっともじゃからの。さて、質問の答えだが君たち以前にわしがこのホテルで出会った者はそこにいるジャイロを含めて『九人』!
 そのうち放送で名を呼ばれた者が二人、名前を知る機会が無かった者が二人となる」

アヴドゥルがたしなめるようにつぶやくが、ツェペリは気にした風もなく質問に答える。
一方彼らの後ろでドルドは合点がいった、という表情をしていた。

(フム、確かに単なる思い出話なら時間を浪費する必要は無いと思っていた。だが複数の参加者の情報が得られるのならば聞く価値はあるかもしれん。
 スタンドというものをよく知らないおれにとっては特に、な)

バオーなどの生物兵器を生み出した『ドレス』に関わり、彼自身もサイボーグであるとはいえ、それはあくまで『科学』で説明がつく範囲である。
スタンドといういわば『超能力』までは理解が及ばない以上、ドルドとしても話を聞く―――ひいてはしばらくこの集団と共に行動するのが最善であると結論を出していた。

そして残る一人、ズッケェロも場の雰囲気を感じ取ったのか腕組みをして壁に寄り掛かる。
当然彼はツェペリの話になど興味は無い―――九割方、自分も知っている話であることを理解しているからだ。
だがこの場で一人だけ別行動というのは不自然であり、下手を打つと自分の印象が悪くなりそうな状況ではさすがに身勝手はできなかった。

もし先ほどの質問がなければズッケェロとドルドは話を聞くよりも迅速な行動を促し、あるいは口論にまで発展していたかもしれない。
だがビーティーの質問により自然と『全員で話を聞く』という状況が出来上がっていた。

「それでは、ほかに質問が無ければ話させてもらう………ゲーム開始後、わしは気がつくとこのホテル内にいた―――」


―――そして、ツェペリの話が始まる。
ゲーム開始後トニオ・トラサルディーを始めとする多くの人物と出会い同盟を結んだこと。
情報交換をするうちに自分たちが時代を超えて集められたという事実に気づいたこと。
だがそんな中、仲間の一人である音石が突然不可解な死を遂げ、争いが発生したこと。
現れたジャイロの介入も空しくワムウとの戦いとなり、他の者はホテルから逃げ出したこと。
新たな闖入者である怪物と少年のこと。
そして、ジャイロと共闘する最中に突如正体不明の攻撃を受けたこと。

ツェペリはそこで話を切り、語り手はジャイロへと移る。
ワムウと共にツェペリの治療を行ったこと。
その後ワムウは去り、自分たちは現在位置でもあるホテルの一室で待機していたこと。
先ほどビーティーたちが起こした争いを目撃し接触を試みたこと―――


話が終わって周囲が静寂に包まれる中、最初に口を開いたのは妙に焦った様子のドルドだった。

「確認しておきたいことがある………戦闘の最中に天井から現れた怪物、そいつはッ………そいつはどんなヤツだった………!?」
「あん? オレもチラリと見た程度だからあんま詳しくはわからねーが、確か体の色が青くて―――」

説明を聞きおえたドルドは先ほどまでのポーカーフェイスが完全に崩れ、戦々恐々といった表情をしていた。

「バオーだ………まさか、既に捕獲されていたというのかッ………!」
「バオー………なんだねそれは?」
「………いいだろう、話してやる。わたしが政府の人間ということは先ほど言ったな? この殺し合いの直前に、わたしはとある使命を帯びていた。
 その内容は、悪質な伝染病にかかった少年と少女を対処するというもの。その伝染病にかかったものは怪物と化し、人を襲う………その怪物の名が『バオー』だッ!
 そして、そいつにふれることは死を意味するッ!」

ドルドの話を聞いた者たちが一様に浮かべた表情は………困惑。
ややあってズッケェロが疑り深いまなざしを向けながら言う。

「………オメー、スタンドは知らなかったくせにそんな化け物は知ってるってか? いいかげんなこというんじゃあ………」
「ビーティー、きさま名簿を見ただろう………? バオーか、そうでなければ橋沢育朗という名があったはずだ」
「それが伝染病にかかった少年の名かな? ………確かにあったよ」
「ってことは、だ。ドルドの話は真実で………」
「その怪物を見たっていうツェペリのおっさんたちの話も、適当に思いついた作り話じゃあないってワケかよ………」
「オマケに、そのバオーとやらは相当の実力者だったワムウ相手に生き残れる強さを持ってるってことでもあるな………」

吸血鬼に柱の男、スタンド使いに加えて新たに出てきた怪物、バオー………あらためてここはまぎれもなく『殺し合い』の舞台なのだと全員が心で理解する。
続いて、何事か迷っていたようなアヴドゥルが意を決したのかツェペリに向かって口を開く。
ツェペリが彼のパートナーであったジョセフ・ジョースターと同じ『波紋』の使い手であるためか、そこに警戒はほとんど見られなかった。

「わたしからもいいでしょうか………話の中に出てきた人物のうち、J・ガイルとスティーリー・ダンの2人をわたしは知っています。
 彼らは共にわたしたちの敵であったDIOの部下で、スタンド使いでした」
「共に………ということは」
「お察しの通り、ダンはツェペリさんに嘘をついていたということ………それだけならまだしも、彼のスタンド『恋人』は最小のスタンド………
 その主な戦い方は、相手の体内………脳などに入り込んで破壊活動を行うというものだそうです」
「………………!!」

ツェペリの顔に驚きの表情が浮かぶ。
アヴドゥルの言った『恋人』の能力はまさにツェペリが受けた攻撃そのもの………それはすなわち、ダンがツェペリを今のような状態にした張本人であることを示していたからだ。

「そうか、彼が………」

ツェペリはダンの姿を思い返す。
あの気弱に見えた青年が自分に嘘を吐き、あまつさえ殺害しようとした………
彼は同盟の中では比較的自分のことを信用してくれている、そう思っていただけにショックは大きかった。

「申し訳ない、言うべきかどうか迷ったのですが、やはり………」
「いやいや感謝しておるよ、疑問のひとつが氷解したのだからね………それで、J・ガイルのスタンド能力はどんなものなのか知っておるのかな?」
「ええ、彼の『吊られた男』は光の反射を利用して移動するスタンドで―――」
「アヴドゥル、すまないが話は後にしてちょっと付き合ってほしいことがある」
「どうしたんだ、ビーティー?」

突如、ツェペリの話が終わった後は不気味なほど静かだったビーティーが話しかけてくる。
耳をなでながら周りにいた者たちを一通り見回し………その視線はズッケェロとドルドのところで動きを止めた。

「音石って奴の死体を少し調べてみたい。アヴドゥル、それにズッケェロかドルド、どちらか一緒に来てもらおうか」
「あん? なんでオレたちがそんなことしなきゃ………」
「単純に人数比を等しくするためだが、不満かな?」
「………おいビーティー、代わりにオレじゃ駄目なのか?」

先ほどから彼らのほうを見ていたジャイロが名乗り出る。
しかし、ビーティーは遠まわしにそれを断った。

「きみはツェペリのそばにいたほうがいいんじゃあないのかい、ジャイロ?」
「ウィルはああ見えて再起不能じゃあねえ、それに死体の位置がわかるのか?」
「別にわかりにくい位置じゃなさそうだから案内は不要として………彼が再起不能ではない? とても信じられないな」
「見た目で侮ってもらっては困るの、ビーティー君。今のわしとて君に負ける気はせんわい」
「おやおや、忘れていないか? この場にいる人間は多くがスタンド使い………当然ぼくも見た目で侮ってもらっては困るんだがね」
「だとしても、じゃよ」

妙に煽るビーティーと、それを余裕の表情で流すツェペリ。
どちらも表情は穏やかで、争いになるとまでは見られていないが注目を集めているのは確かであった。
やがて、ドルドが軽く咳払いをしながら声をかける。

「………コホン! 死体を調べに行くのではなかったのか?」
「ああ、そうそう………それでどちらがついて来てくれるのかな?」
「チッ、しゃーねーな………わかったよ、オレがいく」

了承したのはズッケェロ。
彼は元々死体を調べることになった場合、自分も同行して不利な証拠が出てくるようならば人であれ物であれ全て消してしまうつもりであった。
いささか急な展開に面食らってはいたが、あまり長い時間考えているのも怪しまれる要因となるため、いやいやながらの振りをしつつビーティーたちと共に部屋を出て行く。
妙なことに気がつくようなら即座に始末してやる、という黒い思いを抱きながら………


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再び入り口付近の大階段前。
ビーティー、アヴドゥル、ズッケェロの三人は程なくして音石の死体を見つけ、検分に取り掛かっていた。
分担はビーティーが死体、ズッケェロが所持品であり、アヴドゥルは彼ら自身も含めて周囲の監視を行っている。

「この短剣は、わたしが使っていたものだ」
「なにィ? ってことは………」
「誤解しないでもらいたい、殺し合いが始まる以前の話だ。いつの間にか失くしたと思っていたら、こんなところで再び見ることになるとはな………」
「なるほど、ぼくも自分の持ち物が足りないことには気づいていたが、参加者の持ち物の一部は支給品としてばら撒かれているということか」

言いながらビーティーは死体の胸から短剣を引き抜く。
死後しばらく経っているせいか噴水のようにとはいかずとも、傷口から血が溢れ出てくる。

「………持っていくのか?」
「彼を殺したのはあくまで『凶器』ではなく『犯人』だよ。使えるものは使わせてもらうさ」
「ま、正論だわな………ところでそれ、ちっと見せてくれねーか?」

ズッケェロは短剣に興味を示すと手にとってしばらく眺め、やがてビーティーに返す。
もちろん、アヴドゥルはこの一連の動作の間も間違いが起こらないよう目を光らせていた。

「それで、何かわかったのかよ?」
「ずいぶんとせっかちなんだな………そう簡単に新たな事実が出てくるようなら苦労はしないさ、まあ『彼が確実に死んでいる』ということはわかったけどね」
「ふざけんじゃねー! んなこと一目見りゃあわかるだろーがッ!」
「カリカリするなよ、ズッケェロ。それでデイパックのほうはどうだったのかな?」
「めぼしいものなんてありゃあしねーよ」

あわよくば『名簿』がないかと期待して音石のデイパックを調べていたズッケェロだったが、どうやら死者の元には名簿は届けられないらしかった。
同じく付近に落ちていたものを調べるが、やはり収穫といえそうなものは皆無に終わる。

「周りにもギターやグローブ、ビールに漫画と使い道がなさそうなものばっかだよ、クソッ」
「やれやれ、ナイフはともかく他がこれでは無駄足だったかな? ………いや、待てよ。このテーブルを持っていこう」

ビーティーが目をつけたのは、ロビーの隅にあった大人一人が上に横たわれるほどの広さを持つテーブル。
元からホテルにあったらしく、ボロボロとなったロビーの中で奇跡的にほぼ無傷のまま残っていたものだった。

「………一応聞いとくが、んなもんどうする気だ?」
「部屋に飾るのにちょうどいいインテリアだと思ってね………アヴドゥル、すまないが運んでくれないか」
「わ、わたしが? うむう………まあ、別にかまわないといえばかまわないのだが………」
「ズッケェロ、きみは手伝っては………」
「馬鹿いうんじゃねー! ほかにやることねーんならとっとと戻るぜ!」

キレ気味のズッケェロはそれだけ言うときびすを返してさっさと部屋のほうへと歩き出す。

(くだらねぇ、くだらねぇ、くだらねぇ! 警戒してついてはきたものの、あまりの馬鹿さ加減にあきれ果てたぜッ!
 最初は油断した隙に『行方不明』にして逃げてやろうかと思ってたが、こんな間抜けならわざわざ始末するまでもねえッ!!
 つーか、やりづれェ! 名乗っちまったのは………いやそもそも『外』に出たのは失敗だったか?)

ズッケェロにとって自分の目的の妨げとなっているほか、子供でありながら立場的に上にいるビーティーは個人的に気に入らない存在であった。
とはいえ今の一連の様子を見る限り、名簿の一件は子供の悪知恵がたまたま功を奏したものと見える。
そうなると彼らがいなくなることで自分が疑われることになるリスクも踏まえ、今は手を出すべきではない………そう考えたのだった。
付け加えるなら、探知能力を持つアヴドゥルと能力が不明なビーティー、始末する順序を間違えれば自分が危ないと迷っていたこともある。

「やれやれ、それじゃあぼくらも戻ろうか、アヴドゥル」
「………うむ」

ビーティーは肩をすくめつつ辺りの物を拾い集めると、自分も部屋に戻るべく歩き始める。
その後ろでテーブルを抱えるアヴドゥルはというと、心の中になにか引っ掛かるものがあった………それも死体ではなく、ビーティーに対して。
彼の横顔は依然変わりなく自信に満ちた表情だったが、それが逆に妙に感じられる。
思えばこのホテルに入って状況検分を行った際、彼はどんな表情をしていただろうか………そう考えていると、突然ビーティーがアヴドゥルのほうへと向き直る。

―――そして、見ようによっては邪悪ともいえそうな顔で、ニヤリと笑った。


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一方、こちらは部屋にて待機中の三人。
ジャイロはビーティーから『名簿』の一件について聞かされていたため迂闊な会話ができずにいたが、手持ち無沙汰なのも確かであった。
ツェペリのほうを見るも、彼はベッドの上で静かに目を閉じて新たに得た情報から自分なりに考えをまとめているらしく、話しかけられる雰囲気ではない。
仕方が無いので何を話すか適当に考えると、入り口付近で一息ついていたドルドへと話しかける。

「なあ、ドルドだっけか。おたく、政府の人間だといってたがどこの国の所属だ? 合衆国か?」
「……そこまで答える義務はない。第一知ったところで何になる」
「ところが、案外重要かもしれねーんだなこれが。まあ答えたくねーなら別にいいが、ずいぶんと珍妙な腕を持ってるんだなと思ってよ」
「わたしからすればきさまらのほうこそ妙な格好だがな………それに好きでこんな体になったわけではない。
 爆弾で吹っ飛ばされて負傷したためやむを得ず、というやつだ」
「爆弾に政府………おたく、オエモコバって奴知ってるか?」
「『放送』でその名が呼ばれたそうだが、あいにくそのような奴は見たことも聞いたことも無い」

実は『見たこと』ならあったのだがドルドは彼の名前までは知る術がなかった。
ジャイロのほうも特に深い意味がある質問というわけではなかったため、答えはどうでもよかった。
ついでに名前も間違っていたがこれまたどうでもいい話である。

それ以上は特に会話らしい会話も無く、気まずい雰囲気になりかけたところでビーティーたちが戻ってきた。
ジャイロはすぐさま声をかけるが、最後尾にいるアヴドゥルが抱える物に気がつき絶句する。

「お、戻ってきやがったか。どうだった………ってなんだそりゃ」
「申し訳ないが、新しい事実は特に見つからなかったよ………ああアヴドゥル、それは部屋の真ん中ぐらいにおいてくれないか」

部屋にテーブルを持ち込んだアヴドゥルと、その横で心底あきれたような表情をしているズッケェロ、さらに呆然とするジャイロとドルドを尻目にビーティーはベッドに近づく。
そこにいたツェペリも彼らが戻ったことで思考を中断し、ビーティーを迎えた。

「失礼、確認しておきたいことがあるんだが少しいいかな? ツェペリ」
「戻ってくるなり出し抜けじゃの………まあかまわんが、何を聞きたいのかな?」
「ああ、まず一つ目だが音石が消えた後、死体が出てくるまでに彼のなにかしらの声は聞こえなかったのか?」
「………わしも含め、誰一人として音石君の声を聞いたものはおらん。こういう言い方はしたくないが、皆が真実を言っていればの話じゃがの」
「もうひとつ、死体はあなたのデイパックから出てきたとのことだが、開けられるまで中に死体が入っていたことに気付かなかったのか?」
「うむ、情けない話じゃが全く気付かなかったよ。特別注意を払っていたわけではなかったが、入れられるような隙もなかったはずなんじゃが」

質問の答えを聞いたビーティーはため息をつく。

「ふむ、なるほど………まったく残念な話だな」
「………ビーティー、まがりなりにも人が死んでいるのだぞ。もう少し言い方というものをだな………」
「いいや、これでいいんだよ」

ビーティーは持ち込ませたテーブルが部屋の中央に置かれているのを確認すると、その上に登る。
そして振り向きながら両手を広げて大仰な仕草で言った。


「まったく残念な話だよ。なにせ………………




    この中に音石を殺害した犯人がいるんだからね」




            「「「「「な、なあああにいいいいいいい!!??」」」」」


衝撃の告白に全員が驚愕の声をあげ、続いてその視線は周囲の者への疑いの眼差しとなる。
数秒後、思い思いの場所へと向けられていた視線は、事件当時現場にいたという二人のツェペリ………ことにウィル・A・ツェペリへと収束していった。
最初に口を開いたのはツェペリ。

「ビーティー君、きみはこの中に犯人がいるといった。今ここにいる人間の中で、事件当時ホテルにいたのはわしだけだ。
 つまり、わしが音石君を殺害した犯人だといいたいのかね?」

口調に怒りは悲しみは感じられなかったが、先ほどまでとは明らかに違う張りつめた声であった。
だが………

「いいや、ぼくの考えではあなたは犯人じゃあない」

意外、それは否定ッ!
こちらはまったく変化を見せない口調でビーティーが返答する。
それを受けて、周りの者は思案の表情を見せ始め………次に口を開いたのはアヴドゥル。

「ビーティー、もったいぶらないでくれ。この中に殺人犯がいるというのなら、それは誰なんだッ!!」
「ふん、映画やドラマならここでトリック云々から話すところだが、伏せておいても意味はないだろうしさっさと言ってしまおうか。
 犯人は………………おまえだよ」

アヴドゥルに催促されたビーティーは余裕の表情のまま頷くと、バァーンと音が聞こえそうな勢いで『犯人』を指差した。
驚きの表情を浮かべる男にビーティーはその名を告げる。



                    「マリオ・ズッケェロ」



「………………ハァ?」

差されたズッケェロの口からは呆れたような声が漏れる。
他の者たちもわけがわからないという表情ながら、彼の顔を凝視していた。
やがて、我に返ったのかズッケェロが喋りだす。

「オイオイなに言いだすんだよ、オメー頭脳がマヌケか? 
 そこにいるツェペリのおっさんの話には、オレは欠片も出てきてねーじゃあねーか!」
「おっと、動かないでもらおうか。おまえが『犯人』じゃないと主張するのならね………」

文句を言いつつビーティーの元へ進もうとするが即座に止められる。
ズッケェロは周りの視線に気付き、ひとまずビーティーの言葉を待った。

「さっきもいったが、これは映画やドラマじゃあない。事件の登場人物が認識していない、新たなる人物が犯人でも不思議じゃあないだろう?」
「だからって、なんでオレなんだよ!!」
「それは、お前がモノを紙のようなペラペラの状態にするスタンド能力を持っているからさ」
「な、な、な!?」
「いっておくがスタンド能力が違う、という言い訳は通らないぞ。
 ホテルの入り口で、ぼくとアヴドゥルは確かにペラペラになったおまえを見たんだからなッ!」

怒り心頭のズッケェロに対し、ビーティーはすらすらと述べてゆく。
そんな二人を周囲の人間が交互に見比べ………やがて、どうにも理解できないという表情のアヴドゥルが他の人間を見渡してから問いかける。

「ビーティー、すまない………彼のスタンド能力はともかく、その他の点についてわたしには君がなにをいっているのかさっぱりわからない。
 おそらく、周りの者も同じだろう。わかるように説明してくれないか?」
「そうだろうな………とはいえなにがどうわからないのかは人によって違うだろう。
 まずは、なにについて聞きたいんだ?」

ビーティーはそういうと口を閉じてあたりを見渡し、質問を待つ。
最初に口を挟んできたのはドルド。

「それではまず、なぜいきなり外部の人間であるズッケェロが犯人という話になったのか、そこからお聞かせ願いたいものだね」
「簡単なことさ。単純にいってしまえば、ツェペリの話に出てきた者たちには『動機』がないんだよ。
 最初ホールに集められたとき、そこにいる人数を見れば余程の自信家か、とてつもない馬鹿でもない限り自分一人で皆殺しにするのはできそうもないと思うだろう。
 人数が多ければ戦いが有利になるのに対し、一人きりじゃあおちおち眠ってもいられないだろうしね。
 つまり七人からすれば、組んだばかりの同盟を早々に崩壊させるメリットは皆無………これは人間じゃないワムウにも当てはまることだ。
 崩壊させるにしても、邪魔な相手をあらかた排除した後で裏切る方がよっぽど賢いやり方さ」

続いてジャイロが会話の中に入ってくる。

「そりゃ言ってることはごもっとも………だが忘れちゃいねーか? トニオって奴の話だと音石は犯罪者だったんだろ?
 もしくは犯人にとって都合が悪い何かを知っていたか………そっから後のことを考えて早々に処分したって説はどうなるんだ?」
「それはないよ。まず理解しておいてほしいのが『犯人は誰にも気づかれずに音石を殺害し、死体を隠しておくことができた』………この前提を忘れないでこれからの話を聞いてほしい。
 そもそも音石が犯罪者という話が出てきたのは彼が殺害された後………同盟のことを考えると、最初に七人の中で多少なりとも信用できそうな相手を集めてそのことを伝えておく方がよっぽどいい。
 そうすれば賛同は得られずとも音石に妙な動きがあれば他の者が対処してくれるし、自分が殺害した後も複数の人間に疑いの目が向くことになる………話の真偽に関わらずね」

アヴドゥルも、自分の疑問を投げかけ始める。

「しかし、こういってはなんだが証言以外に音石が犯罪者という証拠はない。逆に自分が疑われるのを避けたということは?」
「音石の件について喋ったのはトニオだが、彼は日本人じゃあないんだろう?
 本来なら到底つながりがない自分と音石を結びつけるようなことなんてわざわざ言うはずがないし、問い詰められたときも知り合いに同じ名前の日本人がいたとでも言えばそれで通るさ。
 つまり、疑われたくないのならいくらでもやりようはあったということだ」
「それならば………同じ日本人の宮本という少年が知っていて音石を殺害したが、予想外にもトニオが同じ事実を知っており、喋られてしまったというのはどうかな?
 彼なら能力で死体を仕込むのは簡単だったろう」
「確かにスタンド能力の関係上トニオ、ダン、J・ガイルに犯行は無理だし、犯人がツェペリのデイパックから死体を出した………すなわち彼を敵視していた以上、ツェペリを助けたワムウも犯人ではない。
 残った宮本は能力的にも一番怪しい………」

ビーティーはそこでいったん言葉を切る―――それを見て、周りの目にはビーティーに対する疑いがわずかに混じりだす。
ところが次の一言でそれらは全て消し飛ぶこととなった。

「………と思うだろう? ところがそれはありえないのさ」
「!?」
「『屏風の虎』という話を………さすがに知らないかな? 偉い人が頭のいい小坊主に屏風―――要するに絵に描かれた虎が夜な夜な抜け出して困るから縛り上げろと命令した。
 もちろん小坊主は絵に描かれた虎をどうこうできる能力なんて持っているわけがなく、虎が夜な夜な抜け出るというのもでまかせ………偉い人は彼がどれほど頭がいいのかを調べたかったんだ。
 そして小坊主はどうしたかというと、縛り上げる縄を用意してから偉い人に『今すぐ虎を屏風から追い出してください』と言った。
 当然そんなことは出来るはずがないから偉い人は自分の負けを認めたという話さ。
 この場合屏風がデイパック、虎が音石の死体として………宮本が音石を『外に飛び出させる』にはどうすればいい?」

言われたツェペリは宮本の能力を思い返し………すぐに気がついた。

「そうか、音石君をデイパックに収納するには『紙』にする必要がある………じゃがそれを『元に戻す』には誰かが『紙』を開けなければならん。
 彼の死体はデイパックを開けた瞬間に飛び出してきたし、包まれていた紙などどこにもなかった………!」
「そういうことさ。既に音石は虎と同じで命なんて無かったろうから自分では外に出られない。
 デイパックを開けるときに引っかかって自然と開くような仕掛けを作るには相応の大きさの紙が必要だが、そんなものが残ればいくらなんでも気付くはず………
 さらに位置関係までは知らないが疑いの目が集中していない以上、少なくともデイパックが開けられた瞬間に宮本は近くにいなかったんだろう?
 つまり彼の能力で『収納』はできても、『屏風の虎』と同じく『放出』なんてできやしないというわけだッ!」

ビーティーの推理にツェペリが………いや、その場にいる全員が唸る。
一時は最有力と考えられていた宮本犯人説だったが、それは死体を入れるだけで外に出すことをまったく考慮していなかったという事実に。

「細かいところばかり見ていると簡単で圧倒的な事実に気づけないということもある………納得していただけたかな? 
 さて、話がだいぶ逸れたが………手っ取り早く言えば音石の真実がどうだろうが『七人のうち誰が犯人でもおかしい』のさ。
 ここで皆に聞きたいんだが、『何故ツェペリのデイパックから音石の死体が出てきた』と思う?」
「ハァ? んなもん犯人が入れたからに決まって………」

ほぼ反射的に返されたズッケェロの答えにビーティーはゆっくりと首を横に振る。

「原因ではなく理由だよ、ちょっと言い方を変えようか。
 『犯人は何故、ツェペリのデイパックに死体を入れる必要があった』?」
「何故死体を入れたか………? ちょっとまってくれ、それにいったいどういう意味があるんじゃ?」

なかなか進まない話を自分なりに噛み砕きながらツェペリが質問する。
自分を陥れる以外の意味は果たしてあったのだろうか、と思いながら。

「いきなり死体がデイパックから出てくれば誰だって慌てる、ぼくだって慌てる………そして『誰がやったか』を追求しようとするのは当然さ。
 しかしその場には犯行が可能そうな能力者が別に存在する上、他にも能力が不明な者がいた………すると死体が出てきたのはツェペリのデイパックだが、イコール彼が犯人であるということにはならず言い争いが発生し、同盟が崩れたというのがツェペリの話だ。
 ここでさっきの前提が出てくるわけだが、『犯人は誰にも気づかれずに音石を殺害し、死体を隠しておくことができた』。
 そもそも、七人のうち誰かが犯人なら死体と凶器をツェペリのデイパックに入れるよりも、どこかに隠して見つからなくしてしまえばいいんだ。
 そうすれば音石が独断行動をして行方不明の可能性が示唆されて同盟が崩れる危険は少なくなる。
 つまり『死体が見つからなければ犯人自身も疑われずにすんだ』ってわけだ。
 さて、それをふまえて先ほどの問いについて考えてみてほしい」

「………一番考えられるのはツェペリのおっさんが犯人で、死体を隠そうとする途中で運悪くデイパックを開けられちまったってことじゃねーのか?」
「彼が死体をデイパックに収納できるような能力を持っているなら、その辺の隙間にでも隠してしまえる………
 いつ開けられるかわからない自分のデイパックにわざわざ死体を入れてうろうろするマヌケな犯人なんてどこにもいやしないさ」

「同盟以前に、犯人の狙いはわし個人を陥れることで音石君はそのダシに使われたというのはどうじゃ?」
「先ほどジャイロはツェペリをひとり残してこの部屋を離れ、ぼくらの元に来た。犯人がツェペリを狙っているのなら、その隙にとどめを刺しに来ているさ。
 ツェペリ自身『変わったことはなかった』と言っていただろう?」
「だとすると………うむむ………」

全員が答えを出せず、すっかり考え込んでしまう。
ビーティーはその様子を見て、締めくくった。

「前置きが長くなったが、つまりはそういうことだよ。
 ツェペリ本人も、他の誰かもわざわざ死体を彼のデイパックの中に入れる必要はない。
 つまりこれは、外部の犯人が彼らに疑心暗鬼を起こさせるためにやった………というわけさ」

内部犯と考えると犯人にメリットがないどころかデメリットばかりで、さらに状況も不自然。
すなわち、この事件は外部犯の仕業である………それがビーティーの推理。
ツェペリたちも言っていること自体はよくわかったものの疑問点が数多く存在したため、次々に口を開く。

「………もう一つ聞きたい。音石君の傷は胸の位置にあったが、あれはどう見ても正面からのものじゃった。
 ズッケェロ君が犯人なら、音石君は誰かもわからない彼を懐まで近づかせたというのかね?」
「ズッケェロと音石が実際どういう関係だったかはわからないが、どちらにしろズッケェロのほうが無理やり近づいたと考えるのが自然だろう。
 一つ目の質問………『音石が消える前に、彼の何かしらの声は聞こえなかったのか』、答えはYES。
 誰が犯人だったとしても音石の叫び声が聞こえなかった以上、彼は不意打ちで殺害されたとみるべきだ。
 スタンドかなにかで奇襲を行い、音石が気付いて声を上げる間もなく殺害は完了。
 なるべく速く息の根を止める必要があったために正面から刺さざるを得なかった、と推測できる。
 あんなナイフ一本じゃ背中を刺して致命傷を与えるのは難しいからね」

「………なるほどな、それじゃあ次はオレから質問だ。
 ズッケェロはどこでどうやって誰にも知られずに音石を殺害し、死体をウィルのデイパックの中に仕込むなんて芸当ができたんだ?」
「ふむ、殺害方法に関しては『不意を突いてナイフで刺した』ということしかわからない………とはいえ七人はわりとバラバラに行動していたそうだから彼がひとりの時と場所を狙うのはそう難しくはない。
 つまり『どこでどうやって殺害したか』はさして重要じゃあないだろう。
 問題は死体を仕込んだ方法だが、二つ目の質問………『開けられるまでデイパックに死体が入っていたことに気付かなかったのか』、これも答えはYES。
 どう見たって音石の体重が30kgより軽いなんてことはないだろうし、それだけの重さがそのままデイパック内に入っていたのなら気付かない方がおかしい………
 ということは話の中に出ていた通り、スタンド能力が絡んでいたと考えるのが自然だ」

「………そうなると実証は不可能ではないか? きみの理論で宮本は容疑者から外れるとしてもスタンド能力は千差万別だ。
 ズッケェロのペラペラ能力でなくとも、単純にものを小さくするとか物体をワープさせるとかいくらでも………」
「スタンド能力は一人につき一つだけ………状況をよく考えれば、例の犯行が可能な能力なんて簡単に絞り込めるさ。
 ツェペリたちの探知に引っかからなかった以上、見える範囲で様子をうかがっていた可能性は無い………すなわち透明能力やデイパックを開けるタイミングに合わせなければならないワープ能力は外していい。
 ものを小さくする能力にしても、死体を外に出せたということは犯人はその近くにいた―――この場合は自分も小さくなってデイパック内に隠れていたことになる。
 そしてツェペリが死体や犯人の重さを感じなかったのなら、よほど小さなサイズになっていたということだ。
 だが外の様子がわかりにくいうえに物が多く、頻繁に揺れるデイパック内でそんなに小さくなっていたら自分がつぶされて死んでしまうよ」

(ヤベエ………か? クソッ、どうすりゃいい?)

ビーティーはツェペリやジャイロ、アヴドゥルの質問に対してもよどみなく答えていく。
その様子を見ていたズッケェロはわずかに危機感を覚え始めるも、全員がビーティーの話に耳を傾けつつもズッケェロ自身に怪しい動きがないか見張っていた。
下手に動くのは墓穴を掘ることに等しいと判断し、視線のみを動かして策を練り始める。

「むう………ということはつまり、君が言う犯人の能力とは………」
「つぶされても平気なペラペラの体になることができ、他人や物も同じような状態にすることができる能力………そう考えるのが一番自然だろう。
 そして、まさにその能力を持つものがズッケェロ、おまえだということさ」
「………じゃが、わしは何度もデイパックの中は見たが、ペラペラになった誰かはいなかった。いったい犯人はいつ―――」
「ミスターツェペリ、間違えないでほしいな。ぼくはペラペラの犯人が『あなたのデイパックの中に隠れていた』とは一言も言っていないッ!」

またしても衝撃発言が飛び出す。
死体はデイパックから出てきて、犯人も近くにいたということなのに、それがツェペリのデイパックの中ではないとはどういうことか。
当然ツェペリは真っ先に反論しようとするが………

「なに………!? ま、待ってくれ! わしは確かにデイパックの中から………」
「ツェペリ、それは本当にデイパックの『中』だったのかな?
 ………ひょっとしたら、別の場所から出てきたのを中から出てきたと勘違いしたんじゃあないか?」
「べ、別の場所………?」
「そう、例えば………」

ビーティーは自分のデイパックを開け、人差し指と中指で名簿をはさんで取り出す。
ズッケェロとドルドがピクリと反応を示す中、ビーティーはトランプを広げる要領で指を開いた。
すると一枚と思われた名簿の下に重ねられていた、もう一枚の紙が姿を現す。
下から出てきた紙の正体はまったく同じ名簿………さらに二枚の名簿の間から、白紙の紙が一枚零れ落ちてきた!

「二重になったデイパックの隙間………とかね」
「「「「「………………!!」」」」」

「ツェペリの話によればゲーム開始後しばらく、デイパックを置いたままの時間があったらしい。
 おそらくデイパックを二重にして潜伏したのはその時で、犯人はそれからずっとデイパックの隙間に隠れたまま様子を窺い、機を見て音石をペラペラにして引きずり込んで殺害し、デイパックが開けられるタイミングで死体だけを外に出した。
 後は騒動が収まって負傷したツェペリに注意が向いているあたりで悠々と抜け出して隠れ、素知らぬ顔でつい今しがたホテルにやってきたことを装った………『犯人』すなわちズッケェロがとった一連の行動はこんなところだろうね。
 さて、質問があれば答えるが?」

ビーティーはついに事件の全貌を明らかにし、辺りを見回した。
いまだ呆然とするツェペリ以外は全員が何か言いたげな顔をしているのを確認し、挑戦的な笑みを浮かべる。
そして周りの者もひとりひとり順番に、ビーティーへ向かって口を開く。

「………待てビーティー、その推理にはいくつか腑に落ちない点があるぞ。
 ホテルにいた参加者たちは互いの素性も能力もわからない状態で不完全ながらも『同盟』を組むことに成功していた。それに宮本は方法こそ違えど犯人と同じくデイパックに隠れていたという事実があり、それでも受け入れられたのだろう?
 もしわたしが犯人の立場だったら、適当なところで自分も名乗り出て同盟に参加させてもらうほうが賢明だと思うがね」
「果たして本当にそうかな………? 先に言っておくが、ぼくは犯人そのひとじゃあないからいちいちどう考えたかなんてことはわからない。
 よって推測するだけだが………まあ鍵となるのは今言った通り『互いに素性も能力もわからない』という点だろうね。
 まず宮本は『見つかってしまった』から同盟に参加しただけで、他の者に怯えていたそうじゃあないか。
 しかし犯人からすれば、それからしばらくたっても誰一人自分の存在に気付く者はいない………こんな怪しいマヌケ共と組むよりも、優れた自分の能力で一人勝ちを狙うほうが賢いやり方だと思った………こんなところだろう。
 加えて言うなら名乗り出る場合、必然的に自分の能力を明かすことになってしまう………複数の、能力が分からない相手も含めてね。
 つまり、同盟に加えてもらうリターンよりも能力を明かすリスクを優先したというわけさ」

アヴドゥルの疑問にすらすらと答え。

「ふむ………では、七人の中で殺害されたのが音石だったのはどういうわけかな?」
「犯人の狙いは同盟を崩壊させること………そこから考えると『殺害するのは誰でもよかった』と推測できる。
 まあデイパックの持ち主であるツェペリだと状況が不自然になるし、人間じゃないワムウは他と比べて殺害するのが困難そうだからこの二人は候補から外していたかもしれないがね。
 音石は『たまたま一人でデイパックの近くにいた』、そんな程度の理由なんじゃあないかな」

ドルドの問いにもあっさり返し。

「………さっきから犯人が単独であるかのように話してるが、ズッケェロでなくとも、別の複数犯がそれぞれの能力で分業を行ったって線はないのかよ?」
「ありえない、とは言い切れないが内部犯にしろ外部犯にしろ、犯人が複数で協力できるほど他人を信用できたならそれこそ同盟に加わっていたはずだよ。
 それにホテルから脱出した者の中で『放送』までに死亡したのはトニオというコックただ一人、しかも彼と同じ方向にほかの三人も逃げていったそうじゃあないか。
 そのしばらく後にホテル内ではツェペリが瀕死の状態、おまけにさっきまでは一人きりだったそうだし、一度この場を離れたぼくも同様だ。
 犯人が複数なら、参加者が分散して人数的不利がなくなったこの隙に一気に人数を減らしたいと考える………すなわち奴らが事件後どこにいこうがもっと犠牲者が出ているはずさ。
 音石を誰にも気づかれずに暗殺できて、その後もまったく見つからない能力の組み合わせを持つ複数犯なら見つかって返り討ちにあったとは考えにくいしね」

ジャイロの仮説にも即座に反論する。

「………待てよ、てめーひとつ忘れてるぜ。ツェペリのおっさんはホテルの出入り口からは侵入した奴も、出てった奴もいなかったって言ってただろ。
 それと確か波紋ってやつでレーダーみてーなことをやって『自分たち以外には誰もいない』って確認してたぜ。
 おまけにワムウも気配が読めたそうだし、オレがずっとデイパックの隙間にいたってんならその時点で分かるはず………ってことは元々外部犯なんていなかったんじゃあねえのか?」

最後に反論するのはズッケェロ。
彼の問いに何人かが軽く頷く………音石がホテルの外におびき出されて殺されたなどならともかく、ビーティーの推理では『犯人』はずっとホテル内にいたということ。
ならばツェペリやワムウの探知に引っかからなかったのはどういうわけか。
またしても視線が集まる中で、ビーティーは皆が予想だにしない一言を放った。

「ふむ………実を言うと、そこのところはぼくにもよくわからないんだ」
「………ハッ、説明できねーってんなら―――」
「まあ慌てるなよ、ここでツェペリに質問したいんだが、あなたが使った『波紋法』の探知というのは『どんな相手でも』、『どんな状態でも』、『確実に』探知できるものなのかな?」

それはある意味、卑怯ともいえる質問であった。
なぜなら『波紋法』自体が常人の認識とはかけ離れているのに加え、スタンドという人知を超えた能力が存在している世界を知った今となっては『確実にできる』なんて答えを返せる者はいるはずがないからだ。
案の定、ツェペリは自信なさげに答える。

「………すまないがわからんよ。波紋による探知の原理はわし自身キッチリと理解しておるが、その原理に当てはまらない生物………あるいはスタンドに対しては、反応せんかもしれんの」
「………だ、そうだ。つまりスタンド能力の効果で『見つからなかった』だけであの場には他に人がいたという『可能性』は存在する、それで十分だろう」
「納得できるかッ! だいたい―――」
「まあ、一番手っ取り早いのはおまえが能力でペラペラになり、それをツェペリが探知できるかどうか実際に試してみることだが、やってみるかな?」
「………ん、んなもんツェペリの言葉ひとつでどうとでもなるじゃあねーか! オレをハメようったってそうはいかねーぞッ!!」
「ぼくの『いたかもしれない』とおまえの『いない』、主張するならそれを何らかの形で証明しなければならない………
 出来ないんだったら、おまえがこの件に関してこれ以上言う資格はない!」
「グッ………!」

ピシャリと言われてズッケェロは言葉に詰まる。
しかしそれも一瞬で、ある意味さすがともいえる根性で再び口を開く。

「んじゃあずっと言いたかったこと言わせてもらうぜ………! さっきからてめーのいってることは単なる憶測にすぎねー。
 それに世の中にはまったく同じスタンド能力や、てめーの想像すらつかねー方法で犯行が可能な能力だってあるかもしれねーだろ。
 ………ってことは容疑者にしたって事件からしばらくして現れたジャイロに、ここにいるドルドやてめーみたいな能力を隠してる怪しい奴らがいる。
 ついでに他の参加者だってまだまだいるだろーが? その中でこのオレひとりを犯人と決め付ける理由を聞かせてもらおうじゃねーか………!」
「ふん、いいだろう。まずは皆少しでいいからぼくから離れてもらおうか」

(コイツ、動じねえ?………いや、短剣の指紋はさっき触ったから誤魔化せるし、ほかに証拠なんてあるわけねえ………ハッタリだ!)

ズッケェロが要求したのは証拠の提示―――彼自身は決定的な証拠などありはしないと考えており、これで言い逃れできると思っていた。
だがビーティーはビクともせずに全員を下がらせると自分のデイパックを開け、ビンを取り出した。

「………それは?」
「ルミノール試薬………名前くらいは聞いたことがあるんじゃあないか? 警察が科学捜査に使う、血痕を調べる薬品さ。
 ぼくのスタート位置である研究所の薬物庫から頂いてきたものだ」
「血痕………?」

全員の不思議そうな顔を確認し、ビーティーはベッドのほうへと向き直る。

「口でいうより実際にやってみたほうが手っ取り早いだろう。ツェペリ、あなたのデイパックを貸してもらいたい」
「わしの………? まあ、いいじゃろう」

ビーティーはツェペリからデイパックを受け取ると、薬品をデイパックの外側に付けていく。
やがてホテル内の中途半端な明るさのためにわかりにくかったものの、デイパックのあちこちがわずかに発光しはじめた。

「まあ、ざっとこんなもんさ」
「………それがどうした。音石の死体は隙間っていってもウィルのデイパックから出てきたんだろ? だったら血がついてるのは当たり前じゃねーか」
「少々言いたいことはあるが、確かに『外には』血が付いていても不思議ではないさ。
 本題はここからだが、もしぼくの推理が間違っていてツェペリのデイパックの中に死体が入っていたとしたら、当然あるはずだよな?」
「何がだよ!………って………」

ビーティーはデイパックを開き、今度は内側に液体を付けていく。
ところが、いつまでたっても内部に先程のような発光は見られなかった。

「内部に血の跡が、無い………? ちょっとまて、いったいこれはどういうことだ?」
「べ、別におかしいってこたねーだろ。たまたま内側には血が付かなかったとか………」
「音石は心臓を刺されていた。人間とはしぶといものでね、ギロチンで首をはねられた後に十数秒も瞬きができたという事例があったほどだ。
 ましてや心臓を刺して殺害する場合、脳は無事だから叫ばれることなどを考慮して、手で口をふさぐか何かしなければならない………
 当然もう片方の手は凶器を持っていただろうから殺害時に犯人の両手はふさがっており、流れ出た血を止めることはできなかったということだ」
「つまり………どういうことかな?」
「ツェペリのデイパックの外側に血痕があるということは、死体が出てきた時点ではまだ血は止まっていなかった。
 それに先ほど調べた死体からもまだ血が流れ出てきた以上、死体の血が抜けきってしまった可能性は消える。
 ということは必然的に『死体があった場所には血痕が残る』ことになるわけだ。
 つまり音石がいつどこで殺害されようが、一時でもツェペリのデイパックの中に死体があったのなら、『内側にも血痕が残っていなければおかしい』ということさ」
「………!!」
「これこそが、ぼくの推理の裏付け………死体が出てきたのはデイパックの中ではなく隙間だったという『証拠』さ」
「ビ、ビーティー………それでッ!そこからどうなるんだッ!?」

次々と明らかになる事実に興奮したのかアヴドゥルが待ちきれない様子で先を促す。
もはや完全に場の空気を支配したビーティーはニヤリと笑うと人差し指を立て、言葉を続けた。

「さて、この推理だと二重になったデイパックのうち死体があった隙間に面していた『内側の外』と『外側の中』に血痕が付着することになる。
 そしてツェペリのデイパックは、中に血痕が残っていない以上『内側』だったということだ。
 ここでひとつの疑問が発生する………二重になったデイパックの『内側』となったひとつはここにあるが、今は別に二重になんてなっちゃいない。
 それにホテルにいた参加者の中にデイパックを忘れていった奴はいないし、音石のデイパックもそのまま。
 となると、犯行に使われた『外側』のデイパックは『今どこにある』と思う?」
「………なるほど、何が言いたいかわかったぞ。つまり犯人は犯行に使った自分のデイパックを他のものと交換したりせず、そのまま所持している可能性が高いということだな」
「その通り、そして今までのぼくの推理が正しければ、あるはずなんだよ」



           ―――『音石の血痕』が、そのデイパックの内側にね………!



全員が鋭い目つきでズッケェロの方へと向き直る。
その手に持つデイパックを見ながらビーティーは言った。

「ズッケェロ、デイパックの中を改めさせてもらおう。
 別に身体検査までするつもりはないから、支給品の中に見られたくないものがあるなら後ろでも向いて隠しても………」

ビーティーが言い終えるよりも早くズッケェロは行動を開始していた。
『ソフト・マシーン』で即座に自分をペラペラにしてあらかじめ決めておいた床の隙間へ一瞬の内に潜り込むッ!
他の者は誰一人追うことも出来ず、完全にズッケェロの姿は部屋から消えた!

(チキショウ! まさかあんなガキがマジであそこまで立証しちまうとは………やっぱとっととブッ殺しとくべきだったぜッ!
 だがこうなっちまえば追うことなんて出来ねえ! この勝負オレの勝ちだッ!! ………ん? うおっ!!)

勝利を確信したズッケェロが見たのは、狭い隙間内のあちこちに張り巡らされている赤い糸のようなもの。
次の瞬間、糸が一斉に『炎』を発したッ!!

(ぐわァァァァッ! 熱ィィィィィ!!)

高熱の炎に焼かれ、先に進むどころかその場にとどまることすら出来ずに隙間から飛び出すズッケェロ。
近くにいたドルドにすぐさま押さえつけられ、動きを封じられる。

「………驚いたな。先ほどズッケェロの目を盗んで『ぼくが話している間に床や壁の隙間に炎の罠を仕掛け、誰もこっそり逃げられないようにしてほしい』と言われたときは意味がわからなかったが、
 まさか本当にこの『仕掛け』が役に立つとは」
「キッチリ果たしてくれて感謝するよ、アヴドゥル」

その様子を眺めながらアヴドゥルは自分自身でも信じられない、という表情でスタンドを解除する。
ビーティーは事実をつきつけられた犯人が自分かツェペリのどちらかを人質に取ろうとするか、あるいは今のように逃亡しようとすることなどとっくにお見通しだった。
そこで『自分はスタンド使いである』と匂わせておき、また『ツェペリも再起不能ではない』とそれとなくアピールすることによって人質作戦の可能性を減らし、アヴドゥルに頼んで逃走防止の罠を張っておいたのだ!

「最後の、そして決定的な証拠はおまえが今逃げようとしたことさ。どうやら、決まりのようだな!」
「………うるせぇ!! よってたかってオレを犯人扱いしやがって! 確かにオレのスタンドはモノをペラペラにする能力だよ!
 だがそれだけでオレが犯人だって疑われちゃあ逃げるしかねーじゃねえかッ!!」

だがしかし、この期に及んでズッケェロはあきらめていなかった。
喚く言葉はもはや支離滅裂に近かったが、それでもビーティーをはじめその場にいたものは黙ってその言葉を聞いていた。

「大体さっきから聞いてりゃあ効率的だのなんだの、推測ばっかじゃあねーか!! 人間ってのはもっと単純で適当な考えすることもあんだよッ!!
 宮本ってガキが恐怖に耐えかねて後先考えずに殺っちまったとかも十分ありえるだろーがッ!!
 それに波紋の探知はスタンドでなんとかした、だァ? だったらオレのデイパックの中に血の跡があったとしてもだぞ!
 だれか………たとえばビーティー、てめーがオレをハメるために能力で血液だけワープさせたとか、いくらでも説明はつくじゃねーか!
 そもそもツェペリのおっさんの話が本当かどうかだって………!」
「見苦しいぞ、黙れ………!」

そのズッケェロの言い訳を止めたのは彼をつかんでいたドルドだった。
後ろから羽交い絞めにし、首元には拾ったガラスの破片を突き付けている。
ズッケェロは拘束を振り払おうとするも、予想以上に相手の力が強く身動き一つとれなかった。

「確かに、スタンドというものはこちらの想像をはるかに超える………だがそれを別にしても、きさまは気にいらん。
 きさまはなにひとつ説明も、譲歩しようともせずただ喚くのみだ。
 おれが思うに、なにもかもが図星だから言い訳できなかったのだろう………?
 まあ、たとえこの件に関してシロだったとしても、きさまのような敬意を持たぬ見苦しい輩と組むのは御免被りたいものだな」
「う、うるせぇ!オレはやってねーとしかいいようがないんだからしょうがねーだろ!
 調べるんなら勝手に調べやがれ! だが血痕があったとしても、オレが犯人っていう証拠には………」

………もはや疑う余地はなかった。
この場にいる全員が、音石殺害事件について理解していた―――すなわち、犯人はズッケェロで、ビーティーの推理は正しかったのだろう………ということが。
ビーティーの論証は決して完璧ではなかったが、この場にいる全員を納得させる程度の力は持っていた。
それに加えて今しがた起こったズッケェロの逃走未遂………これにより、もはや彼を信じる理由は何一つ!存在しなくなったッ!!
見苦しくもがくズッケェロに業を煮やしたのか、ドルドが表情が怒りのそれに変わる。

「往生際が悪いぞ………! なんなら今この場で、おれが殺してやろうか―――」
「ドルド君、そこまでにしてくれんかの」
「………………ツェペリ!」

今にもズッケェロの首をかき切らんとするドルドを止めたのはウィル・A・ツェペリ。
ベッドの上からろくに動けないはずの彼が発する雰囲気は、本当に再起不能の人間のそれではなかった。

「ズッケェロ君の言うことにも一理ある。
 スタンド使いである彼らでさえも他人の能力には未知の部分が多い以上、ビーティー君の論証だけでは決して『証明』はできんじゃろう。
 『ない』と証明することは何よりも難しいのだからね」
「ほう? ならばきさまはどうするというのだ………?」
「彼の処分は、わしにすべて任せてほしい」
「たわけたことを―――「構わないさ」………?」
「お、おいビーティー!? 何を言っているんだ!」

横から口を挟み、しかもその内容はあっさりとズッケェロの処断を任せるということに驚くアヴドゥルを左腕をあげて静止させ、ビーティーはツェペリに言う。

「ここまで長々と謎解きをやってきたが、ぼくは音石の無念を晴らしたいとか卑劣な犯人が許せないとか思っていたわけじゃあない。
 ただ、ぼくたちの中に『多人数の同盟を崩壊させる奴がいる』というのが困るからやっただけだ。
 名簿には音石という苗字はひとつだけしかなかったし、この場において犯人に然るべき報いを受けさせる権利を持つ人間がいるとすれば………
 彼の行いによって間接的に被害を受けたツェペリ、あなただけだろう」
「………すまんの、ビーティー君」
「きさまら、おれの意見はどうでもいいとでも?」
「ドルド、取引だ。今だけでも手を引くのなら、すぐに『名簿』を見せると約束しようッ!」
「………なるほど、悪くはない取引だ、受けようではないか」

ビーティーからすれば人数が増え、しかも『お人よし』な仲間が加わった以上いつまでも名簿の内容を隠し通すことはできないと考え、切れるうちにカードを切るという判断。
ドルドからすれば他の参加者に手荒な真似をするまでもなく名簿の情報を得られる機会を逃せないという判断。
ここに二人の利害は一致した。

「てめーッ!いったい何する気だッ!離すんならさっさとオレを自由に………」
「まあズッケェロ君、少し落ち着きなさい。わしとしても君に手荒な真似はしたくない………ただ聞きたいことがあるだけじゃよ………
 それとも、このわしのことも一片たりとも信用できんかね?」

『手を引く』とは約束したものの自由にするとまた逃げられかねないため、ドルドはズッケェロを拘束したままツェペリのところまで連れていく。
そこでツェペリに声をかけられたズッケェロは即座に思考を開始した。

(ドルドに、ジャイロ、アヴドゥル、ビーティー………どいつもこいつもヘタすりゃすぐにでもオレを殺しかねない『凄み』があるッ………!
 それに比べりゃお人よしのツェペリならあるいはどうにかなるかもしれねぇ………)

ズッケェロはこれまで―――それこそゲーム開始直後から見てきたツェペリの行動を思い返し、彼ならばどんなに悪くとも殺されることはない―――そう判断した。
わずかにだが警戒を解き、ぶっきらぼうに言う。

「………何が聞きてーんだよ」

この時、ズッケェロにとって他に道はなかった。
それ故仕方ないといえば仕方ないのだが、彼はここまで貫いてきた一つの行動方針を自ら破ってしまう。
―――すなわち『見知らぬ相手を信用しない』という方針である。

そんなズッケェロの目の前に、ツェペリの手が怪しくかざされる。
それを見ているうちに、彼の意識はゆっくりと闇に落ちていった………




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最終更新:2013年04月30日 12:17