「ちょ、ちょっと! 勝手に漁らないでくださいよ!!」
如何にしてノトーリアス・B・I・Gを撃退するのかを説明すると言ったジャイロさん。
ですが、彼は突如私の背後に移動し、そのまま背負っているデイパックを漁り出しました。
「これじゃあねえ、これでもねえ…っと……おっ! これだこれだ!!」
「背中を触られているようでとっても不快だったんですけど! ジャイロさん!!」
…ってこっち全然見てませんし。まったくもうっ! 勝手が過ぎますよ!
「それで、ジャイロ一体何が必要だったんだ…? こう言うと悪いが、使えそうな物なんてなかった気がするんだが…」
ポルナレフさんの治療が済んだ後に、私たちはノトーリアス・B・I・Gをどうにかすべくこっそりと話し合っていました。
その時に再度、支給品を確認したりしたんですけど、結局は早苗さんと花京院さんが先に仕掛けたんですよね。
何もしてなかったんじゃあないんですよ?
「こいつだぜ…!」
エニグマの紙から取り出した中身は、綺麗さだけが取り柄のみょうちきりんな赤石、そう、確かエイジャの赤石です。
花より団子。こんな殺し合いの場において全く役に立たない無用の長物―――と認識していた支給品。
その有用性に理解したのは、ほんの偶然です。
えーっと、ポルナレフさんが治療を終えた後、彼がノトーリアス・B・I・Gを一瞬引きつけた時でした。
取り出した瞬間に日光を受けたそれは、突如弾幕顔負けのレーザーを発射。
エニグマの紙が一瞬で貫通し、レーザーは地面に細く深い穴を穿つのを目の当たりにしました。
持ち方が悪かったら、私の掌にも穴ができていたでしょう。物騒すぎます。
「それを、どう扱うつもりなのですか? 確かに強力なレーザーを撃つことはできますけど、十中八九こちらに飛び付いてきます。」
あの化物を殺し切るより早く、こちらが狙われるのは火を見るより明らかです。
じゃなければ、これを使ってみたものですが…
「どうもこうもねえよ。単純明快、こいつを回して投げつけるのみ、だ。」
そう言って、ポルナレフさんの右手を掴んで掌に受け渡します。
「そういうわけだから、頼むぜポルナレフ。そいつを綺麗な球形になるようにカットしてくれ。」
「別に構わねえが…こいつを投げたらどうなるんだ? もったいぶらず説明してみろよ、ジャイロ。じゃなきゃあ、俺は手を貸さねぇぞ?」
尤もです。いつまでも焦らしたって、こっちも向こうも困るだけなのに。
「エイジャの赤石。どんな代物か俺も知らんが、取りあえず分かっているのは日光を吸収した瞬間、その反対側から高出力のレーザーを撃ってくれる道具、だ。」
私もポルナレフさんもふんふん、と頷きながら説明に耳を傾けます。
「生憎と、今のままじゃあ一発撃っただけで、こっちに飛び付かれて負け。それっきりだ。……そこでだ!」
「球状にカットして『黄金の回転』で回す。こうすりゃあ、一瞬でこいつは全面から光を吸収できる! どっからでもレーザーを照射できるってわけだ!」
ジャイロさんはにたり、とした表情でこちらを見て得意げに言い放ちます。ですが、釈然としません。
見下ろされながらのドヤ顔されるのも癪ですし、ここは一つ水を差してやりましょう。
「危ないのではないでしょうか?」
エイジャの赤石から発せられたレーザーの威力を目の当たりにしていた私はそう思いました。
ジャイロさんが言ったことが万が一可能だとしたら、赤石を中心にした全方向からのレーザーの射出することになります。
逃げ場なんてありませんし、ちょっとやそっとの壁なんて貫通してくるでしょう。
「お前、意外と鈍いな… 察しの良いお前なら気付くと思ったんだけどな? 俺はこれからどいつを相手取ると思ってんだぁ?」
底意地の悪そうな顔をして、ジャイロさんは屈んで、わざわざ目線をこちらに合わせてきました。
……これはこれで腹が立ちます。これから誰を倒すって、そんなの決まって―――
「―――まさか、アイツを!!」
神々が下した神罰の如く、全てを焼き払わんとする『エイジャの赤玉』から放たれる熱線。
その場にいるものは等しくその身を焼かれる運命しかなく、それはこの現象を引き起こした当人もまた例外ではない。
だがしかし、ノトーリアス・B・I・Gをすれ違うように横を通り過ぎようとするも間に合わない。
身に過ぎた力を振るった代償を求めるかのように、光はすべてを包み込んだ。
『そして誰もいなくなるか?』
「ふい~、間一髪だったぜ……もうちょっと早くしてくれなねぇとこっちが危ないんだがなぁ―――
どういうことだか。ジャイロもヴァルキリーも健在だ。二人の元にはあの光は届いていない。
いや、あの光など最初からなかったかのように、元の景色に戻っている。一体何が起きたのか。
―――えぇ? ノトーリアス・B・I・Gよォ?」
「GGGGGGGYYYYAAAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!」
凄惨な悲鳴が聞こえた。
凄絶な光景が広がっていた。
ノトーリアスは数十いや、数百にも及ぶ触手を全身から伸ばし目の前の何かを包み込んでいる。いや、包み込もうとしている最中だ。
だが、何度やっても失敗に終わるのみで一向にそれを掴むことなど叶わない。それが何なのか、名前を出すまでもないだろう。
そう、憐れにもこいつは選んでしまったのだ。太陽の如き代物をその身に取り込もうというあまりにも恐れ多い真似を。
ならば、神々も良しとするわけにはいかない。過ぎたる力を持とうとする者は遍く淘汰せんと、その威光を以て焼き払う。
動くモノ全てを狙う自動性が仇になった。何者をも追い越そうとする速度は光さえも捉えてしまった。
「しっかし、ここまでヤバいことが起きるとはな…」
ジャイロはポツリと呟く。企てた張本人とは思えない発言ではあるが、それも致し方ない。
彼も赤石を支給された阿求も、『エイジャの赤石』の実情など、これぽっちも知りもしない。
本来ならば結晶内で光を何億回も反射し、一点から放出されるものを、
球形に仕上げ『黄金の回転』を用いることで一っ跳びに、全方向から射出するなど荒唐無稽にもほどがある。
ただ回転しているだけでは、こんな大規模破壊などありえない。
それが今あり得ているのは、偏に『黄金長方形の軌跡』での回転に『無限に続く力』のを求めたツェペリ一族の研鑽され続けた『技術』の賜物だろう。
『エイジャの赤石』は『波紋』の如き周波を放つ『黄金の回転』と降り注ぐ『日光』が何らかの形で作用されているのか。
積み重ねた『技術』はすれ違った『次元』の壁を突き破ってきたというのか。
ジャイロはせいぜいこの推論の半分も持ち得ていない。だがしかし、結果は見事に彼の期待を裏切って余りあるものとなっていた。
「GGGGGGGYYYYAAAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!」
肺活量など知ったことか、とけたたましい叫び声が響き続ける。
未だなお触手を伸ばして掴もうとするが、やはり叶わない。焼くに焼かれを繰り返す。
だがしかし、そうは問屋が卸さない。
放った『エイジャの赤玉』が回転が弱まり出し、大地へと落下を始めていた。
回転が止んでしまえば、ノトーリアスに取り込まれてしまう。
回収しようにも未だ触手は球状に赤玉を取り囲んでおり、迂闊に手元に引き寄せれば、とんでもないおまけとなってやって来る。
敵はなおも叫び声を上げるほどのダメージを受けているが、未だ健在なのには変わりない。
後、数瞬で回転が停止する。幾度となく鉄球を回してきたジャイロには、それを見ずとも身体が覚えていた。
その時、ジャイロが取った行動とは―――
「行くぞォ、もいっぱあああああつッ!!」
―――もう一球目の投擲であった。
新たに天空へと投じられるそれも、加工された『エイジャの赤石』
その代わり、最初に放ったそれよりもさらに小さく小指の末節程度の大きさしかない。
だが、『黄金の回転』を加えられたそれは、投げられた瞬間、日差しを取り込み出し、新たな日の出を向かえる。
膨大なエネルギーの塊に吸い寄せられるように、触手の群れは飛びかかった。
先ほどまで光を放っていた、一投目の『エイジャの赤石』のことなど完全に無視して。
「へっ! できる男ってのは事前の準備を怠らねぇんだぜ……!」
落ちてくる赤玉を回収できる位置まで、ヴァルキリーを走らせるジャイロ。
してやったり、とその表情はニヤリと口の両端を吊り上げて、嘲笑っていた。
そう、彼とて回収が容易にはいかないことなど想定済みだった。
だから用意したのだ。二球目のエイジャの赤玉を。
一方に構っている間に、もう一方を投げる。サルでもわかる単純な作戦。
だが、自動性に従うだけのノトーリアスは一度嵌ってしまえば抜け出せない無限ループと化す。
そーゆーわけだから、てめえはもう終わりだぜ。ノトーリアス・B・I・G…!
後はこの工程を繰り返すのみ。
拾っては投げ、拾っては投げ、相手が弱ってきたなら、回転の度合も変化させれば、自身が巻き込まれることもない。
回転が止まり、一点から照射されるレーザーに注意を払い、横から掠め取るようにエイジャの赤玉を回収した。
「ッ!! こうしちゃいられねえッ!!! 次の準備をしねぇとォッ!!」
ジャイロの脳内にカウントしていた赤玉の回転数が、ボーダーラインに到達し出していることに気付く。
即座にヴァルキリーに跨り、先ほど突っ込んだエニグマの紙を右手に持ちながら、手綱を握り駆け出した。
加速が十分ついたところで、エニグマの紙を開封、右手で影を作りながら、左手に乗せた瞬間に回転を加え始める。
「ぐぅええっ!! ちっくしょォォオォォオオオオォ、熱いッ!! 回りやがれぇッ!!!」
赤玉は回転し出すが、それと同時に左手にもう一つの穴が出来始めていた。
まだだ! もう少し……! ………よっし回った!!
回転が『黄金の回転』へと昇華したのを確認すると、赤玉をわずかに浮かせるように左手を動かす。
浮いた赤玉を人差し指と親指で掴み、安定させる。
既に放った赤玉の回転が止まる瞬間と、手元の赤玉が発光し出す瞬間を見計らう。
「まだまだ行くぜえぇッ!! もいっぱあああああつッ!!!」
上空めがけて、赤玉を投げ放つ。
もはや3度目ともなると、ありがたみも薄くなるだろうが、その威力は依然変わりなく振るわれる。
そして知啓を持ち得ない愚者たるあの化物は、疑うこともできないまま、その光を取り込もうとする。
ジャイロはそのままヴァルキリーを走らせ、落ちてくる赤玉を待つ位置へと移動する。
掌にはさっきより小さな穴が出来上がり、親指と人差し指の末節が溶けきってしまっているが。
「はぁはぁッ…! マズっいな… 投げるたびにこれじゃあ、最後にはっ…どうなることやら、だぜ……」
額には脂汗を滲ませて、誰に言うでもなくぼやいた。
既に左手の掌に二つの風穴、そして小指以外の末節部分は溶解して失われている。
現在も、かなりの激痛がジャイロを悩ませているが、そこはなんとか気合で持ちこたえている。
まずは、落ちてくる赤玉を回収しないといけねえ…!
ノトーリアスの魔の手から逃れ、落ちてくるエイジャの赤玉をじっと見据えるジャイロ。
一点から降り注ぐレーザーの位置は、回転が停止するタイミングを予め知っている彼だからこそ、見切ることができる。
だがしかし、迂闊に掴もうとすれば、先刻のように指や掌が溶かされてしまう。
下手すりゃあ、二度と鉄球を投げられなくなっちまう…! それだけは、なんとしても避けねえと、マズい…!!
故に素直に素手で掴むような真似をするわけにはいかない。
そこで、取り出したるは―――やはり、エニグマの紙であった。
さっきと同じ要領で、こいつに仕舞いこむ…!
赤玉がジャイロの目の前を通り過ぎようとする瞬間、彼は開いた右手を横に素早く振るった。
人差し指と中指の上にはエニグマの紙を乗せて、素早く動かすことで重力に負けることなく、紙は指に張り付いたまま。
触れた時、紙を半分に折るようにすることで、何とか無傷で回収して見せた。
つっても、投げる時はこうもいかねえだろうが……
手を使わなければ、回転を加えることができない以上、油断できない状況には変わりない。
出来るだけ早く『黄金の回転』に至るまで赤玉を旋回させ、遠くへと投じる。
でなければ、赤玉の異常なまでの発熱で、ジャイロの手は溶かされ、そこから落としてしまう。
だが、今しばらくの間はノトーリアスは先ほど放った赤玉を狙っているおり、ほんの一時の余裕があった。
だから気付いた。
そして動悸が加速した。
最後に己の眼を疑った。
「どういうこった……!? オイ!! どうなってんだぁ、コイツはぁあああああああああああアアアアァアアアアァァッ!!??」
ジャイロはあらん限りの声を上げて叫ぶ。
ノトーリアス・B・I・Gに向けて。
「GGGGGYYYYYYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!」
まるで、彼の叫び声に対抗するかのようにバカでかい声で応戦しているように見えるが、生憎と先ほどから延々と叫んでいるだけである。
この化物が叫んでいる理由は、ジャイロが企てた作戦に大嵌りしているからに他ならない。
ノトーリアスを見ると、相変わらず全身の至るところから触手を引き延ばしていた。
そして数m先の目の前に宙に浮いているであろう『エイジャの赤玉』を包み込んでいる。
だが、当然それを捕捉することは出来ない。赤玉が放つ強烈な赤光に阻まれ、ひたすら焼かれ続けるからだ。
何層からもなる触手の壁を突き破ってくるほどのそれは、そこから日光を再吸収しつつ回転が止まるまでレーザーを放ち続ける。
回転が止まったら、もう一つの赤玉を回して投げれば、そちらを喰らい付くので、後はひたすら繰り返すのみ。そのはずだった。
「何で、なんでコイツはぁあああ!!! さっきよりもデカくなってやがるんだああああああああああああああッ!!!!!」
そう、ノトーリアスの体躯が先ほどよりも肥大化を遂げているのだった。
あれだけレーザーによる破壊を繰り返したにも関わらずだ。
何故だと訴えるジャイロだが、その一方で薄々一つの予感はしていた。
だが、まさかここまで来て覆されるとは思わなかった、考えたくはなかった。
あの威力のレーザーを喰らい、そのエネルギーを通して成長を果たしているのだと。
どうすればいい!? この状況を、俺はどうすれば………
中空に舞う赤玉の回転が停止するのを感じ取り、手元の赤玉を回し投げつける。
また一つ手に風穴が開き、指の一部が失われるも、意に介す余裕などない。
ヴァルキリーを走らせ、落ちてくる赤玉の回収に向かいながら、ジャイロは思案する。
こいつにレーザーが効いていないワケじゃあない。ダメージはあるが、それ以上に膨大なエネルギーを触手を通して喰らっているって感じだ。
ノトーリアスを見ればよくわかるが、触手の方は次から次へと殺到しているものの、
巨大な球状になったまま留まっている。あっという間に溶かされているからなのだろう。
そして、本体はと言うと一切動いていない。光を追跡するために巨大な図体では追い越せないという、自動性が下した判断ゆえか。
その代わりに、本体はしばらくすると動きを見せた。ちょうど、ジャイロが赤玉を回収する寸前に。
!? レーザーが弱ってきた瞬間、か?
ボコリ、ボコリと異音を立てて、ノトーリアスの体躯が一気に肥大していくのだ。
今までジャイロは回収に気取られていたせいで、この時になって気付いたのだろう。
そして、彼が手元の赤玉を放った瞬間、再び本体は蠢くのを止めた。
だが、その短い間にその体躯は以前の一回りは成長を果たしてしまっていた。
どういうことかわからねぇが、こいつがデカくなるのに若干のラグがある、のか?
さながら小さな太陽の如き、膨大なエネルギーを取り込むのには易々とはいかないのだろうか。
スピードに置いては天下無双のノトーリアスだが、成長することに置いてはそこから一歩退いた力の持ち主だからだろうか。
だが、こんなことが分かったからと言ってジャイロに成す術があるのだろうか。
もっと…………もっと、出力の高い、レーザーを撃てればいい、のか……?
不穏なことを考え出していた。そして―――
………できない、わけじゃあねえな… だが、『今』は…… いや、『このまま』だと、できねぇ……
ノトーリアスの成長容量を上回るような、より凶悪なレーザーを放つ。
絶望的な状況で得た、ほんのわずかな光明。
ジャイロは既に一計を閃いていた。
策と呼ぶにはあまりにもおこがましいほど安直なそれを。
やるなら、一旦アイツを引きつけないといけねえ… だが、あの量の触手を引きつけられるのは、この赤玉しかない……
仮に『黄金の回転』を与えた鉄球を投じても即座に捕まってしまい、自身の描くビジョンには到達できないとジャイロは踏んでいた。
だが、いつまでも赤玉を投げ続けていたら左手は、ハチの巣へとその形を歪んでいくだけでもあった。
どっちを選んでも、茨の道か…… どうすればいい?
そんな時、ふと何時ぞやの友人の言葉が脳裏を掠めた。
「ジャイロ…… 迷ったら『撃つな』……………だ!」
「俺はお前の言葉を信じるべきなのか? ここで待つのは逃げじゃあねえのか?」
「ジャイロ…… 迷ったら『撃つな』……………だ!」
つい尋ねてみたものの、返ってくる言葉はない。『漆黒の殺意』を宿した瞳の彼だけがいるのみ。
そうだな。レースにおいて、拙速は常に身を滅ぼすことは重々理解しているつもりだ。
勝利者の資格。それは常に温存する余裕を持ち続けることが大事だ。仕掛ける瞬間は決まって、限界ギリギリの寸前の寸前。
尤も、この言葉をそれを意味していた、というわけではないのだが。まあ、言葉の意味などその時々で移ろうものだからしょうがない。
お前の『在り方』にちょっとだけ頼らせてもらうぜ、ジョニィ。
「ジャイロさん… 貴方はどうして、戦いに行くのですか……」
ポルナレフさんに一対の『エイジャの赤玉』を作ってもらっている間、私はジャイロさんにそう尋ねました。
「あぁっ!? 今更何聞いてんだよ? あんな奴ほっといたら何しでかすか、わかんねーからだろうが。」
またです。この人はすぐに私の言葉を煙に巻く。せめてもうちょっと上手く誤魔化してほしい。
私が踏み込めない言葉で、しっかりとシャットアウトすれば、追及する気はなかったのに。例えば、そう……
「貴方の手で神子さんの仇を取りに……ですか?」
貴方が言わないなら私から言いますよ、ジャイロさん。
「残念ながら、あの化物が神子を殺したワケじゃあねえ、仇はあのクソッタレの自称仙人様だ。お生憎様だったな。」
ジャイロさんは素っ気なく言い放つだけ。生憎と、私だってそのことはポルナレフさんから聞いています。
これは自然な形で尋ねるための前振りなんですから。
「だったら、神子さんの仇を討つためにも、ここは一旦諦めようとは考えないんですか?」
「どうしてそうなるんだ?」
事の重大さを本当にわかっていないのか、あるいはやはり私を煙に巻いているのか、私の方がこんがらがってきました。
「貴方の作戦が無謀すぎるからに決まっているじゃあないですか! もし、作った赤玉が機能しなかったら、貴方はその時点で死んじゃうんですよッ!」
「それはない。ツェペリ一族の技術は必ず応えてくれる。」
「上空に投げた赤玉はノトーリアス・B・I・Gが常に触手で取り囲んでいるはずです! 一体どうやって、投げた赤玉の回転が止まるタイミングを認識するんですか!?」
「何千回、何万回も回してきたん俺なら、見る必要なんかねえよ。感覚で分かる。」
「ノトーリアス・B・I・Gの反応が遅れて、レーザーが先に貴方に到達したら、どうするんですか!」
「チョイと不安だが、まあイケるだろ。相手が早いほど、より早く動くみてえだし。」
私の方をニヤニヤしながら、見下ろすジャイロさん。正面から論破させられる気なんかさらさらないぞ、と言わんばかりに。
私をからかうのは、この際構わない。だけど、どうして貴方は……!
「だったら!! 担当直入に言います!! 貴方はどうして、こんな分の悪い戦いに挑むんですかッ!!!」
私はムキになったのでしょう。声を荒げて食って掛かります。
「私は戦いのことなんか、分かりません。だから、貴方に助言することもままならない未熟者なのはわかってます。
でも、きっと……いえ、確実に! 予期しない事態が貴方を襲います!! そういう相手なのはあの場にいた私でも良く分かっているつもりです!!」
勝てたと思ったら、あっという間に覆されていたあの状況。寸でのところで命を繋ぎ止めた早苗さん。
彼もまた、その犠牲になることを想像することは本当に容易いことでした。
私は彼を止めたかった。
辛くも生き残ったこの状況、不確実な方法でしか戦えない化物、理屈で考えたらそうじゃあないですか。
いや、あの時のような『理性』と『感情』のぶつかり合いとは思えない。それとはまた別次元の話。
どちらにも相応の可能性と正当性があったあの時とは違います。
今回はどちらが危険なのか益があるのかどうか、火を見るより明らかなのですから。
「それなのに、神子さんの仇討ちでもないのに、どうして貴方は戦おうとするんです……?」
思い上がりも甚だしいでしょうが、今しかないんです。私の手によって彼が生き残るかどうかを決められるのは。
戦場では私の言葉なんて何の役にも立たない。今、彼と向き合っている瞬間でしか、止めることは出来ないのですから。
早苗さんが決死の思いで掴んだ一時の安寧を無駄にしてはいけない。犠牲になった神子さんの分まで生きなければいけないんです。
そう思うのは間違っているのでしょうか。
私にはわからなかった。彼の考えが。
それとも、いや、ひょっとしたら本当におかしいのは私なのではないでしょうか?
あの時、メリーも幽々子さんも置いて行って逃げた私。
その後も、連れ去られていくメリーに何もできず、彷徨う幽々子さんを無理やり引き止めることもできない私。
2度も繰り返す過ち。
自分の命惜しさと弱さを盾に逃げ続けているから、何も変わっていないのではないか。
戦うことを最初から投げ出して、できることしかしない私。
そこからはもう永遠に抜け出せない。
違う…! 違います! 私は……ただ!! 彼を神子さんのように死なせたくないだけです!! 私が何もできないまま、死に目にすら立ち会えず死んでしまった彼女のようには!!
涙を流さなかったのも、彼に気を遣わせたくなかっただけで、こんな独り善がりでも私は! 私なりに『立ち向かって』いる………はず、―――「おい、阿求!!!」――― なんです……
ハッとすると、ジャイロさんがかなりこちらに近づき、真上から見下ろしていました。私の顔を見ないようにして。
「人に質問しといて、聞いてないってのはよろしくねーんじゃあねえの?」
「どうせ…… 貴方はちゃんと、答えて、くれない…でしょっ…?」
何を思ったのか少し声が湿ってます。何が気を遣わせたくなかった、だ………
どうしてジャイロさんが不必要なまでに近づいているのか、分かるくせに。どうして私はこんなにも不甲斐ないんだ。
私の涙はきっと、誰よりも安い。
「確かにこれからの戦い、神子の仇討ちにはならねえ……… だが、このままだと俺は青娥に挑んでも、負けるかもしれねぇ…」
「柄にないことを……言うんですね。」
意外も意外、大意外です。
「だってそうだろ。あの化物から逃げ出したままじゃあ、俺らは間違いなく負け犬だ。その精神状態は戦いのどっかで足を引っ張る。」
「それに、俺はそのやりようのない気持ちを青娥にぶつけなきゃあいけなくなる。バカみたいに激昂してな。そうなりゃあ、足元を掬われる、そういう手合いだ、あの女は。」
「気高く、静かに、だが殺意は絶やすことなく、アイツの喉笛を切り裂く。そのために、俺はここで一つの決着を付ける…! 勝利への感覚を見出すためにも…!」
やっぱり私には、よくわからない。わかったのは私では止められない何かを彼は持っていること。それは私と彼の力の有無によるモノではありません。
ただ盲目的に挑んではいないということ。何かその先に彼が求めているということを感じました。
「お前にはわかんないかもしれねえが、『男』ってのは『勝利』を得ようと飢えなければいけない生き物なんだよ。真っ当なアンタには理解できない倫理観の欠けた話だ。」
「勝利、ですか…」
「ああ、俺は今、その感覚を掴み始めている。勝利を目指していれば見える光が、道を照らし始めているんだぜ…!」
言葉尻にニョホホ、と笑うジャイロさん。私は力なく笑うしかなかった。自分の小ささと彼の良く分からない大きさを感じてしまったから。
やっぱり私じゃあ役不足ですね、神子さん。
だけど最後に、いや最後って言っても悪い意味じゃあなくってですね。
一つ聞いてみたくなりました。なんてことない、ただ私が安心したいがために。
「もしも、照らしていた光が見えなくなったら! 追いつめられて、道が閉ざされてしまったら! 貴方は、どうするつもりなんですか……」
「おいおい、そういうことは言いっこなしだぜ? 俺は勝ちに行くんだからよ。」
「お願いです!」
――――――――――――――――――――――――――――――――
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―――阿求、俺の方が知りてぇんだぜ…? こういう時、俺はどうすりゃあいいんだろうな?
状況は好転しなかった。
一分にも満たない間、ジャイロは投げるたびに溶け落ちていく左手を眺めながら、赤玉の投擲と回収を繰り返し続けていた。
当然、ノトーリアス・B・I・Gには決定打を与えることはできないまま、時が過ぎる。
他に何か手立てはないか考えるものの、見える道筋は一つのみだった。
勝利への光は斯くもか細いものなのか、と痛感してしまっていた。
もう、腹を括るしかねえな…! このままじゃあ、右手まで溶かして投げるハメになる。そいつだけはごめんだぜ…!
もはや慣れた手付きで超高温の赤玉に回転を加え、真上に投擲するジャイロ。
既に左手は六つの風穴が開いてしまい、指に至っては人差し指と中指の基節骨の部位を残すのみという、動くのが不思議なほど無残な姿になっていた。
鉄球を投げた瞬間、彼は首に下げていた
ナズーリンのペンデュラムを掴み取る。
結局、こんなチンケな手段に頼ることになりそうだな……
ついでにホルスターに仕舞っておいた、二回りほど小さくなった鉄球も取り出す。
ジャイロは、赤玉を投擲するつもりはなかった。
彼の狙いは、上空で舞う赤玉が停止した瞬間に、ノトーリアスの注意を引くために、鉄球とペンデュラムを投げつけることにある。
ヴァルキリーを止めてさえいれば、確実にこの2つを喰らい付くだろう。だが、デカすぎる障害がある。
果たして、その壁を乗り越えることができるのか。いや、すり抜けることができるのだろうか。
ジャイロ自身、はっきり言って自信がなかった。
『できるわけがない』と言っていいほど。
「ジャイロ…… 迷ったら『撃つな』……………だ!」
わりぃな、ジョニィ。負けるつもりは毛筋一本分もねえが、チョイと分が悪い戦いになりそうだぜ……
手綱を操り、ヴァルキリーをゆっくりと静止させる。
『できるわけがない』か…… だが、その言葉は自らの眼で以て真実を見通すための道標だ。今度は俺が試される、ジョニィに『黄金の回転』を教えたように……
重力に負けることなく、赤玉は回転を続ける。
あれでも、結構分かりやすく教えてやったんだからな?
つーかよぉ、あれフツー教えちゃあいけねえもんだし、あんま他人にご鞭撻するほど、俺は出来たアレじゃあねえし…
回転の勢いが少し欠けたのを感じた。
今度は俺一人だ。教えてくれる相手は隣にはいねぇ。俺の方が、あの時よりヤバいんだからな!
……ったく、お前がいてくれたら…………もっと、もっと楽に仕留めれた自信があるってのにな~俺はよぉッ!
赤光の勢いが減退し始め、ノトーリアスの肥大化が始まり出す。
いよいよか。……大丈夫だ、迷いは無い…! 必ずだ…! 必ず成功させてやる!
カウントダウンが始まる。ジャイロ・ツェペリの命運を分かつ瞬間に向かって。
それと呼応するように、彼の両掌に乗せた鉄球とペンデュラムはいつの間にやら旋回し始めていた。
騎乗したヴァルキリーのたてがみを視界に入れ、回る軌跡は『黄金の回転』。
後は機を待ち、善を尽くす。静かに目を伏せ、芽吹くを待つ―――
な、にィィィイィイイ…!?
―――はずだった。
左手に乗せたペンデュラムの回転が弱まり出したのだ。
勢い良く右に回ったかと思ったら、突如、反対方向を回ったりしており、狂ったコンパスの様に忙しない。
当然、歪すぎる回転は明らかに『黄金の回転』のそれではない。
なんてこった……… もう、俺の左手は……回転を与えることもままならねえのか………
弱り目に祟り目、泣きっ面に蜂とはこのことか。
更なる七難八苦がジャイロの身に降りかかった来た。
指の無い穴だらけの左手を見て、彼が強い失望に駆られるのも無理はない。
ひょっとしたら、もう二度と左手では回転させることなどできないのかもしれない。
それは彼のアイデンティティを失うことと同義。そして今この瞬間、
それを悔やむ時間さえないのだ。
「くそッッおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!! やってやるぞォッ…! ……ノトーリアス・B・I・Gゥゥゥゥウウウウウウッ!!!!!!」
ジャイロは吠えた。
せめてこの怒りを腹の底から追い出さねば、声にしてブチ撒けなければ、気が済まない。
果たして、その行為は彼を鼓舞し力になるのか。
もしくは………
ジャイロはペンデュラムを右手に乗せて回した。鉄球と相部屋になるが、そんなことお構いなしだ。
『黄金の回転』を得たペンデュラムは勢いよく回り出すが―――
今度こそ、やってやる…! 喰らいやが―――!? な、にィィッ!!??
またしても、止まった。
狂ったコンパスではなかったのだ。
ペンデュラムは一つの向きを指し示したのだ。
凧型のそれはジャイロ自身を指し、彼の求めたモノが背後にあることを教えた。
一体何が、起きてい―――「ジャイロォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!」
声が聞こえた。聞き覚えのある声が。思わず後ろを振り向いた。小さなシルエットのアイツがいた。
「俺が奴を引きつける!!!! お前は赤玉を回収しろォォォオッ! いいなぁッッ!!!!!」
この時ジャイロが思ったのは、何故彼がここへ来たのか、何故自分の作戦を知っているのか、ではなかった。
「やめろおおおぉぉぉおお!!! ポルナレフゥゥゥウウウウウウウウウウウウウ、危険だぁッッ!! 退けェッ!! 退けぇぇえええええええええええええええええッッ!!!」
警告。今回の陽動は陽動では済まない。確実な犠牲が出ることを彼は瞬時に理解していた。
「怖気づくなァァァアアアアアアアアアッッ!!!! チャンスは一回キリだッッ!!!! 行くぞォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!」
チャリオッツを顕現させながら、走り続けるポルナレフ。既に鎧は外してあった。
もうどんな言葉でも、彼は止められない、そう突きつけられた。
あのバカ野郎はッ!!! どうして来やがった!!! 捨て鉢にでもなるつもりなのかッ!!!!
チャリオッツが眼で捉えきれない速さで動き始める。
―――ジャイロ……―――
迷いがある。確かな迷いが…! だが、これ以上の好機もまた、二度とないのはわかってる!! だが………お、俺はァッ!!
―――迷ったら―――
ここで撃たなかったら、俺は敗北する…! だが、撃てば勝機はある……! 撃たなければ、ポルナレフを救える…! だが、撃ってしまえば……ポルナレフはァ……ッ!!!
―――『撃つな』……………だ!―――
どうして、俺は……いつも! ネットに弾かれたボールの行方を! 決めなきゃあならねえッ!!! クソッ!! くそおおおおおおおおおおッッ!!!!!
―――『撃つな』……………だ!―――
……………『撃つ』しかねぇ…!! 迷いはあっても…俺は『撃つ』しか……ない! 俺は、ポルナレフが助かる可能性を、迷いを、俺は捨てきれねぇからなッ…!!!
―――『撃つな』……………だ!―――
都合の良い時だけ、お前の言葉を頼りにしてるな、俺は。見習うと言っても、難しいもんだ……
―――『撃つな』……………だ!―――
だが、これが俺の生き方でもある、か…… 俺は『受け継いだ』人間だから、お前みたいに『捨てきれない』。
―――…………―――
俺は『撃つ』。迷いがあっても、それを抱えてでも、な。
人は何かを『捨てて』前へ進む。
だが、彼は『拾う』意志までは『捨てなかった』。捨てきれなかった。
とはいっても、結果はポルナレフを捨てたことほかならない。
それでも迷いは捨てなかった。
多くの矛盾と葛藤を抱えて。
ジャイロは勝機を掴む権利を得た。
捨てたがゆえに前に進めたのだ。
瞳の翳りが濃ゆくなった気がした。
最終更新:2015年01月11日 20:23