荒木は勢いよく自分の部屋に転がり込むと、急いで扉を閉めて鍵をかけた。
そして扉が開かないことを入念に確認すると、彼はベッドの端に腰掛け、やっとのことで安堵の息をこぼした。
太田の大胆なアプローチは、荒木をしても全く予想できないことだったのだ。
太田のあられもない姿は、面食らうなんてものじゃない。
そんなかわいい言葉で表現できないほどの驚愕と絶望が、荒木の心を一瞬にして支配してしまったのだった。
「し、しかし、太田君はちゃんと異性と結婚していたはずだが……」
荒木は額に浮かんだ冷たい汗を拭いながら、事実を確認するかのように重く呟いた。
だけど次の瞬間、それが同性愛の否定にはならないことに気がつき、荒木は顔をいっそう蒼くした。
世間一般の非難の目から免れるために、一種のカムフラージュとして異性と結婚する人もいるのだ。
だが、問題はそこではない、と荒木は危機感を更に募らせた。
カムフラージュで騙す相手が世間ではなく、他にいたのでないか、と。
そしてその相手とは――。
答えを思い浮かべた荒木の背筋にはゾクゾクと悪寒が走り、身体全体にゾワッと鳥肌が立った。
元はといえば、この催しを持ちかけてきたのは太田であったことを思い出し、余計に重たくなった頭を荒木は抱え込んだ。
もし太田の結婚が荒木を騙すための策の内の一つだったら、一体彼はどれほど遠大で壮大で雄大な計画を立てていたのだろうか。
途端に荒木の目には部屋の扉が頼りなく見えてきた。太田の手にかかれば、薄板一枚の扉など、あってなきのごとしだ。
勿論、普通に戦えば、荒木も太田に負けるつもりはない。寧ろ、優勢に事を進める自信すらある。
でも、それは普通であれば、だ。
中年の男が裸になって、満面の笑みを浮かべながらやって来るとなると、さしもの荒木も冷静に対処できる自信はなかった。
バタンと音を立てて、荒木は部屋から飛び出ると、目に入ったトイレに急いで入り込み、勢いよく扉を閉めて鍵をかけた。
ふぅー、と荒木は便座に座り、安堵の息を吐く。だけど次の瞬間、彼は声を大にして、盛大に慌てふためいた。
「いやッ!! だからッッ!! こんな薄い扉じゃ意味がないって話だろッッ!!」
自分が予想以上に動揺していることに気がついた荒木は努めて深呼吸を繰り返し、息を整え始めた。
そうして何とか気持ちを落ち着けることに成功した荒木の頭の中にまず浮かんだのが、
バトルロワイヤルを全てうっちゃって、この場から逃げ出すというものだった。
でも、荒木はすぐに首を横に振って、その考えを追い払った。
この段階まできて、物語の結末を見ずに終わらせるというのは、あまりにもったいないことに気がついたのだ。
かといって、いたずらにこの場にとどまっていたら、遠からず太田との肉体的な邂逅を得ることにもなってしまう。
だとしたら、一体どこに行くのが正解か。しばらくして、その答えを天啓のように導き出した荒木は、思わず笑ってしまった。
「おいおい、あそこにはまだ生き残りがいっぱいるぞ。あんなところに行って、僕は一体どうするというんだ」
荒木は懸命になって自制を促した。あそこに足を向けるなんて、事の根幹を揺るがすかのような行為だ。
間違っても、許されることではない。だけど、どうにも荒木は込み上げる笑いを抑えることができなかった。
最終更新:2020年07月28日 03:19