人間はみずからつくるところのもの以外の何ものでもない。
◆
「はー? 私とジョジョの記事があのバ鴉天狗に?」
不快と呆れを3:7でブレンドさせた少女の絶妙に微妙な容貌が、横を歩く魔理沙と徐倫に向けて炸裂した。
生死の境を彷徨う間、霊夢を取り巻く環境は一変したと言っていい。周囲のみならず、彼女自身の内面も大きく変化しつつあるのだが、今求められるのは自分が昏睡中に身の回りで何が起こっていたかだ。
魔理沙はアテのない仲間探しの道中、此度の霊夢・承太郎救出作戦中に起こった出来事を掻い摘みながら本人へと説明した。
守矢の分裂やディエゴ・青娥の追撃戦、『悪魔』の奇襲と、詳細に陳列すれば途方もない闘いが随所で勃発していたが、取り敢えず霊夢が反応したのは、人里にて目撃した件の電子看板、そこにデカデカと映された
姫海棠はたての新聞の事であった。
「ふざけてる。こっちは本気で死に掛けた上に、実際───ううん。とにかく、あの連中は見付け次第とっちめるリストに入れとかないと」
「連中? その新聞作ったのは、はたて単独っぽいぜ」
「天狗なんて全員ひとまとめよ、ひとまとめ。どーせ黒い天狗の方も似たような黒ーい事やってんのよ、決まってるわ」
見た目にはいつもの調子の
博麗霊夢である。浅はかな同僚の思わぬとばっちりを受けた
射命丸文の言い訳模様を頭に浮かべながら、魔理沙は友人のプンプン顔に対しひとまず安堵の気持ちを覚えた。
「んじゃーその、天狗とかいう妖怪は全員とにかくブン殴っときゃいいわけね? 何人いるのか知んないけど」
徐倫も霊夢の怒気に当てられたのか、有り余った闘気を存分に顔に出し、見付け次第ブン殴るリストの補充を行う。ここに居る三人は、漏れなくはたての花果子念報の餌食となった被害者達だ。記者に悪意はないだろうが、やってる事はあまりにタチが悪過ぎる。
「まあでも、事今回に限ってはアイツの新聞は一応は役に立ったとは思うぜ。その新聞を見たから私と徐倫はお前を助けられたんだから」
それでも魔理沙だけは、はたてをフォローするような発言を述べておく。あの天狗はお世辞にも善行を行ったなどと褒めようもないが、結果的には霊夢の命だけでも救えたのは紛れもない事実なのだから。
「知るか。下手すりゃ危険人物が大量に押し寄せてくる羽目になったかもしれないんだから」
そんな魔理沙の懸命な良識も、博麗の巫女には一蹴される運命にあるらしい。
あの混沌とした戦場は最早人妖の飽和状態であった。神奈子や
ディアボロに並ぶ名だたる強者が、その新聞に興味を抱いてやってきた可能性も充分にあるのだ。第一にして、あの場の上空にははたて自身がカメラ片手に意気揚々とカシャカシャしていた。トドメに、厄介なウェスを持ち運んで来たのも恐らくあの女だ。
情状酌量の余地無し。冷静によくよく思い出していくだけで、魔理沙のはたてに対する悪印象は雪だるま式に加算されていく。
むず痒い顔に歪んでいく魔理沙の心奥を悟った霊夢も、ここぞとばかりに天狗の危険性を説明する。
「天狗は人心掌握と情報操作に長けた種族。そのはたても文ほどの器量じゃないにせよ、平気で場を掻き回そうとする輩よ」
妖怪の厄介さを、誰よりも身に染みた実体験という形で得ている者こそが、妖怪退治専門家の巫女である。彼女と違い少々人情味のある……悪く言えば甘い性格の魔理沙や、外の世界出身の徐倫へと、霊夢は警告じみた説明で念頭に置かせた。
元々容赦のない少女だ。霊夢はもしかすれば、このゲームにおいて既に妖怪の一匹や二匹、退治───殺害しているのかも。
魔理沙は霊夢に対し、随分冷酷な疑問を差し向ける。一般的な友人関係であったならすぐさま破局に向かうその訝しみも、こと霊夢相手ならば有り得ないとも言えない可能性。
本来の霊夢を知る者であれば、それもむべなるかな。先の天狗評を例に示す通り、彼女は基本的に妖怪を始末する役職であり、彼女自身の性格も決して生温くなどない。
「……殺してるわよ、一人だけ」
魔理沙の疑心を嗅ぎ取ったのか、霊夢が突如としてその言葉を口にした。
それは魔理沙が心に抱いてしまった下衆な勘ぐりに対し、完璧に答えてくれる解答。何となく予想はしていた為、魔理沙も大きくリアクションを取ることはなかった。
代わりに立ち止まり、身の丈に合わないその魔女帽に乗っかった雪をぱたぱたと叩き落とす事で、心の動揺を誤魔化した。
「……まだ何も言ってないんだがな」
「アンタの目は口より物を言うのよ」
「こりゃ、参った。流石の勘と言うべきか」
はは、と普段の奔放な姿が嘘に感じられる力無い笑みを、魔理沙は帽子を被り直しながら零した。
珍しい事じゃない。むしろコイツの日常そのものじゃないかと、自分の心で問い掛けた疑問への答えを否定せしめる。
霊夢はただ、いつもの様に妖怪を退治しただけだ。彼女なりの手段で、椀から溢れた水を拭き取るような……在る儘の形を取り戻しただけ。
───違う。
妖怪退治と殺しでは、全く意味が異なる。
それはひとえに『殺人』の告白。
幻想郷の形を取っただけに過ぎないこの世界において、妖怪を退治するという出来事は、殺人という名の禁忌を犯す事と同義だ。
そこに人も、妖も、神も、差別などない。ただ『殺人』という一つの大罪が、歪な鎖の形となって本人の心に深く食い込み絡まるだけ。
『死』に触れる事を恐れる魔理沙ですら、そんな当たり前の不文律などとうに理解出来ている。
「『人間』よ。妖怪ですらない。私は咲夜を殺した」
再び、危惧する魔理沙の心を見抜くように。
次第に困惑を肥大させていくその心に、追い打ちを掛けるように。
霊夢はいつもの表情で。
淡々と、井戸端で世間話でも始めるみたいに告白した。
「……天狗の新聞には、アイツの元気な姿が写っていたが」
「中身は別人。F・Fっていう、人や妖怪ですらない生き物よ。アイツも行方を眩ましてしまったけど」
事の流れを見守っていた横の徐倫の眉が吊り上がる。その様子を視界の端に捉えた魔理沙だが、お構い無しに話を続けた。
「説明しろ……つっても無駄か?」
「少なくともアンタに説明する義務は無いわね」
「……レミリアには」
「まだ会えてない。今から捜す」
「そうかい」
短い会話だが、霊夢の霊夢然とした態度の中に薄らと……彼女と深い関わりを持つ者のみがようやく見える、ほんの僅かな齟齬を感じた。
何も感じてない訳では無い。霊夢とて鬼や悪魔ではなく、顔見知りに手を掛けてしまった事への罪悪感くらいはあるのではないか。長い付き合いを通してきた魔理沙ですら、そんな人として当然の感情をようやっと霊夢に見出す。
逆に言えば、それくらいあっさりと、霊夢は咲夜の死を口にしてきたという事になる。
「じゃあ、私からはあんま深く聞かねえよ」
向こうにも事情はあるのだろう。
そしてそれはきっと、魔理沙が危惧する類の出来事ではない。霊夢が自らの意思で咲夜を殺すわけなど、無いのだから。
現に霊夢はレミリアを捜すのだとハッキリ言った。それは主である彼女に対し、判然と負い目を感じているという証左に他ならない。
どちらにせよ、これは部外者である魔理沙が軽々と侵していい領域ではない。この話題をこれ以上広げるのは、誰かの心が傷付くだけである。
「じゃあもうひとつ訊きたいことがある。あの
八雲紫とかいう女は、お前と同じに仲間を殺したのか?」
ところが、会話をここで有耶無耶にすることは許さないとでも言いたげに険しい顔をした徐倫が、もう一つのデリケートな話題を掘り返した。
途端に脳へと想起されるのは、またしてもあの厄を呼ぶ天狗の新聞だ。
確か、内容には紫が猫の隠れ里にて三人を殺害したという旨がデカデカと書き綴られていた。それも疑いようのない証拠写真付きというオマケまで載せられて。
ともすればその事件は、霊夢以上に不信が募りかねない事態だ。胡散臭さをウリにすれば雲の上までその名を轟かせるであろう
八雲紫だが、少なくともあの女が自らゲームに興じるなんて事はまず有り得ないと断言出来る。
恐竜化の解けた紫には、時間を取って様々な事情聴取でも行おうとしてはいたが、生憎の襲撃三昧によりとうとう訊けず仕舞いで今に至る。
魔理沙にとってもそれは、先延ばしにするべきでない話題だ。徐倫の厳しい問いに乗っかるように彼女は、無言の圧力を霊夢に向けた。
「知らない。でも、きっとアイツも私と一緒で……誰かの命を奪ったんだと思う」
柳の如く二人の視線を受け流す霊夢は、立ち止めていた足を再び動かし始める。その小さな背中と共に語られた言葉は少し曖昧ではあったが、どことなく確信のような物を含ませるニュアンスが混じっていた。
霊夢と紫。このゲームが開戦を告げて以来、二人の間に交わされた意志は微々たるモノだ。
ただ、紫が『あの時』……ほんの一言。
───『霊夢っ!!助けっ───』
ディエゴに捩じ伏せられ、支配に蝕まれる刹那。
聞きたくもなかった台詞と共に、大妖怪は腕を伸ばした。
思えば最初で最後の会話、の様なものだったのかもしれない。
あの瞬間に、紫の屈辱と悲哀と悔しさとが、濁流のような猛烈とした勢いで頭の中に注ぎ込まれた。
同じ『罪』を背負ってしまった同胞。
霊夢はあろう事か、弱々しい姿の紫に対し同情してしまったのだ。
「ああ。アンタも、そうなんだ」と。
息苦しくて仕方なかった心の重みが、ほんの少し軽くなった気がした。
同じ傷を舐め合うという無様な共感が生まれ、常に掴み所のなかった大妖が隣に座った感覚まで湧いてきて。
「誰からそんな事訊いたの? 本人?」
大方の予想もつく。けれども霊夢は、その予想を現実に顕現させようと徐倫に問い返した。
「紫も花果子念報に撮られていた。真相は不明だが、アイツは妖夢を殺しちまったらしい。地底ン所の鬼の勇儀と、他に人間の男までまとめてな」
代わりに答えたのは魔理沙であった。現場写真を撮られている以上、現在の紫の立場はかなり危うい評価に落とされつつある。魔理沙とてそれを根っから信じているわけではないが、本人の様子を見た限りではあながち全くの虚偽でも無かったように思う。
「妖夢を…………そっか」
淡白な反応しか返さない霊夢は、歩みを止めぬままに表情を見せようとしない。いつだって人を置いて行く霊夢らしいものだが、普段通りのはずの態度には違和感をも感じ取れる。
魂魄妖夢とは、紫の数少ない友人である
西行寺幽々子の持つ、唯一人の従者だ。
幽々子と妖夢の仲は良かったというか、主従にしては距離感は近いように思えた。主の幽々子が懐きやすい性格をしているせいか、グイグイと身内を愛でる光景は宴会の中においても別段珍しいものでもない。
そんな、ある意味理想の主従であった妖夢を、紫が殺したという。それは紫と幽々子の間を紡ぐ信頼関係に、どうしようもなく深い溝をヒビ入れかねない特大の爆弾だ。
霊夢はしきりに咲夜を殺したと言うが、直接的な加害者は
魂魄妖夢である。それが如何に本人の意図しない害意であったとしても、事実は変わらない。
その妖夢が、紫に殺された。無論、真意は正当防衛のようなものだ。
霊夢は、咲夜を手に掛けたのが妖夢である事も、妖夢と紫の間に起こった出来事も、何の真実も知らずにいる。
しかし紫はどうだろう。少なくとも彼女は、きっと自ら手を血に染めてしまったんだろうなと、漠然な確信が霊夢の中に浮かんだ。
そんな禍事を起こした直後とあっては、紫の力の衰弱ぶりにも納得が行く。それを思えば急激に紫への心配が高まっていくのも必然というものだが、霊夢は敢えてその気持ちを無視する。
だが一方の魔理沙は、そうは行かなかった。彼女は沈痛な面持ちで自分の意見を霊夢に伝える。
「まず紫に会いに行かないか?」
「事前にアイツと待ち合わせでも設定したの?」
「それは…………してないんだが」
瀕死の霊夢らを預けるだけ預けておいて、肝心の本人は別の急患を請け負いながらとっとと地底に潜って行った。その際に、普通は次の集合地でも伝えるなりして円滑な合流を図ろうとするだろう。その時間的余裕くらいはあった筈だ。
だというのに紫は何の対処も合図も伝えようとせず、そのままいつもの様にスキマの奥へと引っ込んだ。これが単なる痴呆であればすぐさま賢者の称号を剥奪しなければならない不手際だが、それはきっと間違った認識なのだろう。
「アイツはアイツでやるべき事でもあるんでしょ。私がレミリアに会わなきゃいけない理由があるのと同じに、紫も幽々子に話さなきゃならない事はあるって事よ」
「それまで……アイツは私らとは会わないつもりか?」
「会いたくないのかもね。特に私には」
本来であればその立場をとっても関係をとっても、互いを気にかけるべきとも言える二人だったが、不思議と霊夢の中には紫に会いたい気持ちが湧かない。少なくとも、今は。
地に落ちた大妖の、あの顔が痛烈に印象に残ってしまい、出来ることならあのシケたツラだけは二度と見たくないとまで思う。紫も紫で、きっと色々なことにケリを付けなければならない逆境の中だろう。
「……『約束』ってのは、神聖なのよ。紫はそれを、軽々しく扱ったりはしない」
「あ?」
ポツリと生まれた言葉を、発した霊夢自身もグッと噛み締めるように堪能する。瞼の裏に一瞬だけ映ったのは、物悲しい神社の縁側で、満点の星空を眺める男の黒い背中。
もはや霊夢の中で、その存在は一種のしがらみに等しい。考える程に嫌な気分が募ってくるそれを振り払うように、彼女は大きな紅のリボンと共に頭をぶんと振った。
「別に。紫の奴がアンタに待ち合わせの指示を飛ばさなかったのは、ただ約束を守るつもりがなかったから。それだけ」
「……ま、そういう事にしとくぜ」
霊夢が覗かせた不審をどう解釈したのか、魔理沙も追求はせずに素直なまま受け止める。どちらにしろ、紫達の到着まで寺で暇を潰すなんてのは魔理沙の性にもあわない。
「で、ジョジョの子供さん」
唐突に霊夢が振り返り、白のお祓い棒をシャンと振り落としながら徐倫を睨み付ける。話題を変えようという魂胆が見て取れると、睨まれた徐倫は頭を掻きながらに思う。
「あのなあ、私には
空条徐倫っつー名前があんのよね」
「……娘のアンタも『ジョジョ』ね。偶然?」
「知るか。あたしの父も『ジョジョ』だなんて呼ばれてる事にはちょっと驚いたけどさ、あたしをその名では呼ぶなよ。特にお前なんかには絶対呼ばれたくない」
「呼ばないわよ。私にとっての『ジョジョ』は承太郎だけ」
霊夢にとって〝ジョジョ〟の名が持つ意味とは、今や計り知れない。
あの『霊夢』の中で、一人の少女がじゃれ合うように命名したそのアダ名は、ただのアダ名でありながらも、規律に縛られていた自身の殻を突き破る転機となり得る、これ以上なく神聖な命名行為から生まれた無二の命の様な存在だからだ。
命名、とは『命』に『名』を付ける儀式を云う。博麗神社の巫女を担う彼女は、職業上その行為自体にはとんと慣れたものであったが、霊夢本人の意思・自我側から他人へと擦り寄ろうとする、所謂『遊び』の延長線上でのアダ名付など初めての事であった。
〝ジョジョ〟とは、
博麗霊夢の『特別』だ。
星屑の流れる夢を経て少女は、何処にでも在るような当たり前の『特別』を得てしまった。
その特別たる名と同じ響きを、
空条承太郎の他にも幾つか確認している。とは言っても、承太郎と同じ理屈で彼らにも同じジョジョの名が付けられそうだ、という浅い響きでしかないが。
名簿にはあと、6人程見掛けられる。それがなんだか、死んだ承太郎の代わりの様にも思えてきて、霊夢からしてみればちょっぴり気に食わないのだ。
今本人が堂々口にしたように、霊夢にとっての〝ジョジョ〟は承太郎のみなのだから。
その内一人の、
空条徐倫。
曰く、承太郎の娘。彼女を目の前にして霊夢は、どうしても重ね合わせずにはいられない。
自分を下した、あの男の姿と。
「太田と荒木は私がとっちめる。あんたはあんたで父親の意志を受け継ぎ、同じ目的を遂げるつもりでいる。そう言ったわよね?」
「言ったさ。だからなに? “これまでの無礼は謝るから、これからは仲良くしましょうね”って言いたいワケ?」
話を振られた徐倫は、あくまでも刺々しい姿勢を崩さない。父を失ったばかりの彼女にとってそれは、致し方ない対応なのかもしれない。まして霊夢は、承太郎を差し置いて一人助かったという事実を当たり前のように話しているのだから。
少なくとも、徐倫の目からは霊夢がそう見えた。博麗の巫女である自分の命は、承太郎の命よりも遥かに重く尊厳で、蘇生に『選ばれた』という奇跡は当然の賜であるかのように振舞っているようで。
「別に仲良くするのは構わないわよ。ある程度の協力も譲歩も、ここから先は必要になってくるでしょうし」
「おい霊夢。なんだってお前……」
「魔理沙には言ってないわ。そんな事より、主催の二人を倒すって目的が同じなら、これは私とコイツの『勝負』でもあるって事なのよ」
消え失せた約束。承太郎が手の届かぬ場所へ行ってしまった今、霊夢の中でそれは『主催を倒した者の勝利』という勝負事へと変化している。
となれば、同じ志を抱く徐倫も霊夢にとっての競争相手。
霊夢は
空条徐倫を通して、最強のスタンド使い〝
空条承太郎〟に打ち勝つ気概でいた。
彼女の力は父よりも遥か格下の他愛ないものだが、その力強い瞳は承太郎と酷似している。故に、同じ〝ジョジョ〟の名を受け継いだ徐倫にだけは負けるわけにはいかない。
承太郎は死んだ。もう、どこにも居ない。
神聖なる約束を交わしておきながら、勝手に死んで勝ち逃げされた。
心の何処かで、巫女は思う。
『特別』たる自分を生かすため、幻想郷が
博麗霊夢を選んでしまったのではないか、と。
かつてとは大きく違い、霊夢は今の己を『普通』だと自覚しつつある兆候が現れている。
しかし主観ではそう思いたくとも、幻想郷そのものは少女の身勝手な自覚を許そうとはしないのかもしれない。束縛からの巣立ちを阻止するつもりなのかもしれない。
またはその逆で───『博麗の巫女』というしがらみから解き放つ為に、霊夢のみを生かしたのか。
そんな事は知りようもない。彼女らの生死に大した意味などなく、ただ霊夢のみが残り、承太郎が弾かれてしまっただけなのかもしれないのだから。
そもそも霊夢や承太郎をこうまで追い込んだのはDIOやディエゴであり、幻想郷は関係ない。考えるだけ詮無いことなのだろう。
しかしやはり。俯瞰的に。神の視点で見下ろすのなら……
博麗霊夢とは、『特別』なのか。
空条承太郎。その男は、本人が言う通りにきっと……『普通』の人間だったのかもしれない。
ちょっと強面で、ちょっとグレていて、ちょっと強過ぎるだけの、普通の高校生だ。
一方で霊夢は、授かった能力も立場も『特別』。彼女の成す調和・采配一つで、危うい平衡の上に保った世界は容易く穴が開きかねない。
承太郎と霊夢。どちらを生かすべきかは、誰の目から見ても明らか。言うにも及ばぬ選択肢だ。
それは幻想郷の者であれば至極当然の意思。承太郎の様に、霊夢の事を『普通』だと言ってくれる様な変わり者でなければ、それがマトモな考え方なのだ。
もしも……そんな当然で───馬鹿げた基準などで神が霊夢を選んだのであれば。
そしてもしも、その神とやらがあの『主催』───特に太田順也であったのであれば。
博麗霊夢は、奴らを絶対に許せない。
一介の少女から『約束』を奪った奴らを許せない。
もしその選択自体が幻想郷の意思であったならば───。
ここまでを考えて、霊夢は思考を押し留めた。
幻想郷に対して疑惑や否定の観念を浮かべる事など、御法度だ。それは只でさえ際どいバランスの崩壊にすぐさま繋がりかねない。
既に起こってしまった胸糞悪い奇跡よりも、今は前を向いて歩かなければ。そうでなければ、死ぬまでアイツには勝てないだろうから。
キッと視線を鋭く変貌させながら、霊夢は目の前の女へとお祓い棒を差し向けた。
「
空条徐倫。あんたはジョジョに遠く及ばない。
あんたにあの男は越えられない。
だから、この『勝負』は私が勝つわ。今度こそね」
果たして、これが自分の望んでいた事なのだろうか。
徐倫との勝負に勝つ事で、間接的に承太郎に勝つ。
それしか残っていない、『約束』を果たす為のルート。
自分の目から見ても未熟に見える徐倫の姿を、強引に承太郎へと重ね、契りを果たした気になる自己満足などが……果たして。
「ようやく名前で呼んでくれたと思ったら……大した宣誓だわ。
父さんを越えるとか、勝負だとか……あたしは正直どうでもいい。でもな」
イモ臭い下着なんぞを穿いた歳下の小娘。ちょっと達者な技を使えるという程度でこうまでイキられちゃあ、流石の徐倫も何も言わないわけにはいかない。
面倒臭そうにもう一度頭をボリボリと掻きながら、彼女は物怖じひとつ見せずに一歩前へ出て、言ってやった。
「そんなくだらねー約束なんかにこだわってる時点で、お前は『特別』でも何でもない。チャチな悩みを振り翳して一級気取るお前の正体は、どこにでも居るような『普通』の小娘だって事をあたしが教えてやる。
その為にチョイと手を組みたいって言うなら、あたしは別になってやってもいいぞ。お前の『仲間』に。
な? 霊夢“ちゃん”」
否が応にも承太郎と重ねざるを得ない娘、徐倫。けれども負傷した自分にすら及ばない上で父の意志を継ぐと宣う彼女を、霊夢は気に食わない。
今、彼女が吐いた言葉にしても大いに気に食わない。よりによって承太郎と同じ言葉を、安い挑発の意味合いでしかない形で吐いてみせた徐倫を。
霊夢はとても気に食わない。
徐倫にとっても同じこと。霊夢と父の間に何があったのかは知らないし、もはや興味もない。
ただ、悟った様なツラで背伸びしながら父を語る霊夢を。血の繋がった自分よりも父を知ったフウな語り草で宣う霊夢を。
徐倫はとても気に食わない。
(…………霊夢)
この不毛とも呼べる対立を外から静観して見ていた魔理沙は、二人の反目を止めようと思うより先に全く別の感情が生まれつつあった。
視線の先に居るのは勿論、古馴染みの霊夢だ。実の所魔理沙は、いざこざは兎も角として霊夢の見せるらしくもない物言いに対し、物珍しさと共に頬が緩むような、期待感とも言うべき感情が湧いていた。
それは、ともすれば霊夢にとって良い兆候なのかもしれない。
度々喧嘩を売るような言い方には流石に眉をひそめるが、たかだか一つの勝負事にこうまで躍起になれる霊夢など、魔理沙が知る限りでも見たことない。
そこにはどこか自由で人間らしい
博麗霊夢が、一人の少女として自己主張している姿が映し出されている。
以前までの彼女が不自由で機械的、とまでは言わない。どころか魔理沙の知る霊夢は、誰よりも自由な精神で空を飛び、何よりも自己性を完成させた一個の人間だとすら思っていた。
その認識が誤りだったとも言わないが、今の霊夢を見ていると、過去の霊夢とは違い別ベクトルに歩み出した『未完成』の少女の様にも思えてくる。
完成から未完成へと進みゆく霊夢の今が、『衰退』だと一言に断ずる事など魔理沙には出来ない。
昨日までの霊夢はどうであったか。
博麗の巫女は悠然と遠い空の上で、いずれは彼女に手を届かせようと懸命に魔法を磨く魔理沙を、嘲笑うように舞うのみだった。
その視線には、魔理沙の姿など眼中にも無かったと思う。それどころか、いつ見ても何を望み、何処を見ているのかまるで掴めずにいた。本当に同じ人間なのか、たまに疑いたくもなった。
完成された楽園の巫女・
博麗霊夢。その存在が、今では『普通』の少女のような葛藤を持ち、『普通』の少女のように誰かの手を借りようと動き始めている。
まるで、『普通の魔法使い』を謳う誰かさんの様に。魔理沙は今、以前よりも遥かに霊夢という存在感を近くで感じている。
正直に言うと、自分から見ても『普通』に近い
博麗霊夢を、魔理沙は嬉しく思う。
同時に、悲しさもあった。
霊夢の後ろ姿に追い付く為に人生の大部分を費やしただけに、結果は魔理沙が『追い付いた』のでなく、霊夢が地面に『降りてきた』だけであることが。
どうしようもない差を縮めたのは、魔理沙の努力ではなかった。霊夢個人の葛藤だか気まぐれだか。またはあの承太郎という男の存在が、魔理沙の今までを無かったことにしてしまった。
不本意な形で叶ってしまった夢は、
霧雨魔理沙の『これから』を宙ぶらりんに吊り下げた。たとえこのゲームを破壊し元の幻想郷へと帰れたとして、魔理沙はこれから何を目標にして自分磨きを続けるべきであるのか。
そんな考えこそ不毛でしかない。今の霊夢をそのような視線で眺めることは、彼女に対して見下げた侮蔑の眼差しで見るに等しい行いだ。
もしかしたら、霊夢とは今まで通りの関係ではいられなくなるかもしれない。
思春期の少年少女が誰しも抱える様な、ありふれた悩みかもしれない。しかし、今はこれでいいとも思う。あの霊夢が、自分の力を借りようと手を差し伸べてくれるのであれば。
それは紛うことなき、魔理沙の本懐なのだから。
私の魔法は、霊夢に追い付く為ではなく。
霊夢の手を取る為に磨き上げてきた。
そう、考えれば良い。その方が、気が楽だ。
「まあまあ。霊夢も徐倫もさ、もう少し穏便に行こうぜ。お前らがギスギスしてちゃあ、板挟みの私が居心地悪いだろ」
いい加減、この張り詰めた空気を緩めようと魔理沙が間に入ろうとする。霊夢の変化には複雑な思いもあるが、実際問題としてこの不協和音の中で異変解決を図ろうという状況も、魔理沙にとって息苦しいのは事実なのだ。
静と動の視線が互いを睨みつける中、魔理沙は二人の肩を叩こうと霊夢に近づく。
「う…………ッ!」
霊夢が突如、平然とした顔を歪め膝を付けたのは、その瞬間であった。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「ずっと思ってたんだがよォ」
「なにをよ」
「キレイだよな」
「えへへ。よく言われるんだけど、改めて言われると照れるなあ」
「いやオメーじゃねーよこのスットコドッコイ!」
西に傾く太陽の陽射しも、まだらに振り撒かれる雪の傘に遮られ、陽光としての効力は普段の半分にも達していない。先程までの雨天よりかは幾分マシだが、安全な旅順を期待するにはこの雪景色では多少不安である。
雪の本降りとなれば今より更に動きづらくなる環境となるだろう。そういう意味では、車という足を入手出来たのは幸福に違いない。これが隣の助手席に座る、幸運の兎によるもたらしかは不明だが。
とはいえノーリスクとはいかない。バギーカーという車種は、基本的にエンジンが騒々しい作りとなっている。こういったバトルロワイヤルの土地で、自らの位置を高々と叫ぶような走行音を常に撒き散らすというのは、乗り込む者にとってはリスクも隣り合わせの乗り物である。
甲高いエンジン音を鳴らすバギーとは相対的に、車内の空気は些か平穏であった。
てゐでは身長が届かないし免許も無い、という理由ではないが、車の操縦者は当然の様にジョセフに決まった。彼の操縦する乗り物は決まって大破するというジンクスをてゐが知っていれば、無理にでも自分で操縦していたのかもしれないが。
「俺、日本なんて初めて来たからよォー、こういう異国文化に触れる機会なんて実はあんまねーのよ。ルンルン♪」
「それ言うなら私だってそーよ」
縦横無尽にハンドルを切りながら、ジョセフの首はそれと連動するかのように右へ左へ、病院へ連れられてきた猫の様な慌ただしさで曲がりくねる。物珍しい日本の田舎風景を堪能しているのだ。
子供の様な興味欲を宿す瞳を横目に、てゐは真逆の反応を貼り付けた仏頂面で適当な返事を返した。
彼女からすれば自分の住む土地なのだから、外を走る光景など別段珍しくも何ともない。どちらかと言えば、今自分達を乗せて走るこのスタイリッシュな鉄の馬の方に興味が湧く。猛る騒音に目を瞑れば、もとい耳を塞げば、馬を走らせるより余程速いスピードの自動車という発明は画期的と讃えても良い。
「凄い発明だよね、この自動車って奴は。姫様あたりが見たらキャッキャしながら乗り回しそう」
永遠亭の誇る
蓬莱山輝夜となれば、風流かつ上品雅で美妙たるお姫様で通っており、あながちそのイメージも間違ってはいない。
が、意外とあの方は雅俗混交というか、時に俗っぽい戯れをやられる。受け入れるべきは寛大に受容し、楽しむべきは大いに満悦するのが、かの月姫の真髄なのだ。最近になっては特にその傾向が強い。
「お前んとこで一番エラいお姫さんか? それってやっぱ美人なの?」
「あー美人も美人。アンタみたいなマッチョが百人居たって釣り合わないお姫様だよ」
後頭部をシートに埋め込みながらてゐは、自らの主人である輝夜に思いを馳せる。彼女は今頃お師匠様と再会を果たしている頃だろうから、我らが月の二大戦力がようやく揃ったというわけだ。
そこに自分なんかが介入する隙間など、残されているかすら怪しい。てゐですらそうなのだから、相棒を担うジョセフなど論外。こんな下品で破廉恥でマッチョで図体のデカい女好きがあの美女二人を毒牙にかけようとあれば、きっと即座に返り討ちにされるに違いない。
詐欺師は詐欺師同士、こうしてコツコツ地道な道程を歩んでいけばいいのだ。その為にこうして今、優秀なる巫女や魔法使いをパーティに加えようと奔走しているのだから。
渦中の輝夜がゲーム開始早々、ポテチピザコーラの三種の神器を腹に収めるに飽き足らず、あまりに無情な6時間を少年ジャンプと共に過ごした後にマイカーを事故に遭わせた事実は、勿論てゐの耳には入っていない。こればかりは知らぬが仏という言葉が相応しい。
「…………ん!?」
そこへジョセフの目が唐突に丸まった。
すわ敵襲か。てゐは早速シートの下に体を沈めて丸め、身を隠しながら運転席のジョセフに声を荒げる。
「ど、どうしたジョジョ! 敵!? 敵ならそのまま轢き殺せッ! この雪がきっと私らの犯行の跡を掻き消して……」
「アホ。ありゃあ多分……敵じゃねえ」
冷静に前方を見つめるジョセフは、じっと首の後ろをさすった。さっきから、妙に首元が疼くのだ。
確か、人間の里にて悪徳神父と出会った時にも朧気に生じた感覚だ。だが目の前にいる集団───三人の少女(一人はかなりタッパがあるが)の中に神父の姿はない。
その内の二人は随分と分かりやすい服装だ。仲間を探すにあたり、事前にてゐから訊いていた『紅白の巫女服』と『白黒の魔女服』の容姿と合致する。
「見付けたぜ。出てこい、てゐ。あいつらがそうか?」
頭上から被せられた一声に、てゐのウサギ耳がぴょこんと跳ねてフロントガラスに映る。
そっと顔だけを覗かせ、彼女は求めていた希望の星の姿をそこに認知した。
───が、少し様子がおかしい。
「…………霊夢?」
見間違いでないならば、てゐの瞳に映る光景は息苦しそうに膝を突く“あの”
博麗霊夢と、心配そうに彼女を介抱しようとする
霧雨魔理沙。
衰弱する霊夢とはまた珍しいが、問題なのは如何にしてあの博麗の巫女をそこまで追い詰めたのかという過程と、その恐るべき相手だ。異変解決のエキスパートとして真っ先に名前の挙がる驍勇無双の二人を目前にするも、ここに来ててゐの胸中に不安が過ぎる。
「おいおいおい」
なんだか、想像していた図と違う。
てゐは決して巫女や魔法使いと仲良しこよしだった訳でもないが、あの有名な二人に泣きつけば邪険にされこそすれ、何だかんだ同行ぐらいは許されるだろうという怠慢の気持ちはあった。
今てゐの眼前にあるのは、率先して悪者をバッタバッタと薙ぎ払う一騎当千巫女の姿ではない。
『普通』たる魔法使いの魔理沙の方がまだ動けそうだと断ぜられる程に、弱りきった
博麗霊夢の姿。
「なーんか、あちらさんも色々大変みたいね」
「バカ、なに呑気なこと言ってんのさ。とにかく、事情を聞くよ」
他人事な台詞を吐く相棒をよそにして、てゐはやや焦り気味にドアを開けて外に飛び出した。見た所では霊夢の外観には目立つ外傷は無さそうだが、歩くのも辛そうであれば一先ず後部座席をベッド代わりにでも使わせて恩の一つも売っておかなければ。
薄く積もり始める雪の絨毯に足跡を付けた瞬間、相手集団の中で唯一てゐの見知らぬ女が構えながら警告を発してきた。その瞳に宿るのは、当然警戒心である。
「ヘイ! そこで止まりなアンタ達」
「あ、いやいや私らは怪しいモンじゃなくってさ。そこの紅白と白黒の二人とは大親友の……」
「……永遠亭んトコの、悪戯兎か……」
「おい霊夢、まだ動くなって!」
てゐの来襲を虚ろな瞳で認識した霊夢は、ゆらりと立ち上がると右手のお祓い棒を思い切り向けて構えた。警戒を崩さないその姿勢は、流石の熟練者だという片鱗だけは見て取れる。しかし実態は、弱者のてゐであってもほんの一押しで頭から倒れそうな程にヨロヨロと危なっかしい、タチの悪い風邪でも患ったかのような有様である。
「確か、
因幡てゐ……だっけ。正直アンタはそこそこ怪しいモンリストに名を連ねた奴だと記憶してるんだけど、何しに来たの?」
「いや、何しに来たって言うか……それより霊夢こそどうしたのさ? 随分青い顔になっちゃってるよ、今のあなた」
衰弱しようがそこは凄腕の巫女様。悪徳と名高い竹林のイナバと見るや、煙たがっていることがすぐに分かるニュアンスを第一声に混ぜてきた。普段の行いを考えると自業自得とも思うが、出来る限り穏便な接触を望むてゐにとっては心外である。
交渉事は得意という自負もあるが、考えてみれば霊夢から良い印象を持たれないのも当然だ。気は進まないが、ここは同じネゴシエーションを得意とする頼りの相棒に任せよう。
「ジョジョ! ここはアンタに任せたよ!」
「あぁん? 俺かよ……お前の知り合いだろうに」
エンジンを掛けたままてれてれと出てきたジョセフは、強引に握らされたバトンを嫌そうな表情で受け持つ。
「ジョジョ……?」
「あー? ったく、コイツもジョジョってワケ?」
てゐが発した『ジョジョ』の言葉に、霊夢と徐倫が同時に反応を示した。二人が共鳴して吐いた小さな溜息には、あまり歓迎しないようなムードが漂っている。
よく分からない所から溜息など吐かれた対応にもめげず、ジョセフはなるべくこの空気を換気する為に明るいムードを作りながら馴れ馴れしく声を掛けた。
「へ〜いカノジョ達ィ! 俺のチビの相棒が失礼したな」
「誰がチビだこの巨木」
「うっせ! とにかく、俺もコイツも別にアンタらに危害を加えようって気はぜーんぜん無いのよン! そこの嬢ちゃんも何だか気分悪そうだし、取り敢えず車ん中で話さない? お外寒いしさァー」
身振り手振りで害意の無さと、ついでに軽薄な印象をこれでもかと植え付けようと努力するジョセフを見て、霊夢といえど毒気が抜かれたか。胡散臭げな視線はそのままに、威嚇の代わりであるお祓い棒を無言で下ろした。
同じ様に警戒心を剥き出しにして構えていた徐倫も、頭を抱えながらやれやれと首を振る。
「お二人さんの意見を聞くぜ」
比較的温厚な立場で成り行きを見ていた魔理沙も、肩をすくませながら仲間の二人へと聞いた。
「ま。いーんじゃないの? このデカブツも『ジョジョ』って所が気に入らないけど」
「賛成かしらね。あたしの首の『アザ』もコイツを『ジョースター』だと認めてるみたいだし。……ムカつくことに」
霊夢も徐倫も、ジョセフらを認める一因として共に挙げた根拠は、この男が『ジョジョ』であるらしいと理解したからだ。
そうとはつゆ知らず、ジョセフは自らの交渉術が上手くいったものと信じきり、バギーカーの後部ドアを鼻歌交じりに開きながら、三人の個性豊かな女性を招き入れるのだった。
◆
ズキズキと疼く胸を押さえながら霊夢は、ギリと歯ぎしりを鳴らす。傷が開いた訳では無いが、そもそも死の淵を彷徨い、奇跡的な蘇生を遂げたばかりなのだ。
まだまだ、すぐには動ける身体とは言い難い。情けないことだが、こうしてバギーカーの後部座席を占領し横になる事で、一刻も早く体力の復活を祈るしか出来ない。
「……にしても、アンタ」
「
ジョセフ・ジョースターだ。ジョジョって呼んでくれよな」
「ジョセフね。アンタ、妙な術使うのね」
横になる霊夢の身体へと波紋を継続して流すジョセフ。狭い車内に身長190越えの大男が足を曲げてじっとしているというのだから、狭苦しくて仕方ないのはご愛嬌だ。
彼は霊夢がマトモに動ける身体ではないと知るや、得意の波紋を以て彼女の集中治療に専念した。霊夢がジョルノから受けた治療はあくまで応急処置のものであり、本格的に体力が戻るまではこうして波紋を流すことで回復を早めようという目論見だ。
ちなみに運転は徐倫に任せている。助手席にてゐ、後部座席に霊夢を寝かし、少し窮屈にジョセフが横から波紋を流す。魔理沙は荷台でその様を眺めているといった図だ。
「霊夢がここまでやられるなんて……相手は大怪獣かなんか?」
「トカゲ人間よ。それと吸血鬼」
「そいつらが紅魔館ってとこに居るんだな?」
さんざ頼りになる人間だと、てゐはジョセフに前もって評価していたが……あろうことか霊夢は、紅魔館にて完膚なきまでに叩きのめされ今に至るらしい。本人の口からそれを聞かされたてゐは青い顔で縮こまる。ジョセフも臆する事こそ無かったが、表情には一層緊張が漂っている。
「
空条承太郎って奴はDIOのヤローにやられたのか」
波紋を込める掌に、僅かな怒気が混ざる。ジョセフは承太郎をさっぱりと知らないが、何故だか彼の死という事実を聞いた瞬間、言葉に出来ない感情が湧いてきた。
赤の他人とは思えない。そんな男が、かつて祖父の
ジョナサン・ジョースターを葬った吸血鬼DIOに殺された。ジョセフがDIOを恨む理由がまた一つ加算される。
チルノやこいしの件もある。やはり奴はこのまま放っておくわけにはいかない、柱の男に並ぶ超危険人物だ。
慣れない車を運転しながら、前方の徐倫が唐突に語った。
「何だって?」
「ねえアンタ。本当にアンタが、
ジョセフ・ジョースターなの?」
「どういう意味だそりゃあ」
「……別に。ちょっと、気になっただけよ」
徐倫は
ジョセフ・ジョースターを知っている。自分の父親の母親の、そのまた父親。つまりは曽祖父にあたる人物の筈だ。通常、ここまで離れていればその人柄なども含め、疎遠。精々が名前を知っている程度だ。
とはいえ目の前に居るジョセフは随分と若々しい。事前に魔理沙とも考察を添えていた事だが、時代のズレがもたらした奇跡を今、徐倫は実感しているのだろう。
それも父の死がなければ、もう少しゆっくり堪能できていた奇跡だ。ジョセフは果たして、承太郎が自身の子孫だと知っていての憤りを生んでいるのか。
徐倫にそれを確認しようという意思は、今のところ湧かない。
「で、どこ行くんだよ。その『リスト』って奴が本物なら、値千金の情報じゃんか」
荷台に座る魔理沙が霊夢目掛けて声を掛ける。そこには、波紋治療を受けながら難しい顔をする霊夢と、右手に持たれた一枚の地図があった。
ジョセフとてゐが手に入れた、主催からの参加者位置情報を記した物である。片手でくしゃと支えられた地図の中には、膨大な量の氏名が所狭しとぎゅう詰めに書かれていた。
「これ、死者の名前まで載っけてあるのがある意味面倒ね。第二回放送後に死んだ奴と今も生きてる奴の区別がつかない」
太田はジョセフの願いに完璧に応え、生者死者問わずあらゆる人妖の現在地を包み隠さず伝えてきた。そこから時間も幾分か経っているので、現時点での各参加者の正確な位置と生死までは流石に分からない。
霊夢は波紋マッサージの快感を存分に受けながら、リストとひたすら睨めっこを続ける。言うまでもなく、このリストからもたらされる情報がこの一団の次なる目的地を決める。これからの命運を握った情報とまで言っても良いのだ。
「……西に聖達が居る。そう遠くない位置ね。
ってアンタ、変なとこまさぐったらここから突き落とすわよ」
「あのね、俺は別にお子ちゃまには興味ないの。妙な言い掛かりはよしてくれよな」
難癖を付けられたジョセフは仕返しとばかりに霊夢へと子供扱いし、自らの無実を示す。運転中の徐倫が笑った気がした。
「それに
ジョナサン・ジョースターってのも一緒ね。この人にも協力、頼めないかしら」
「あ、俺それ賛成。会ってみたかったんだよな、生きてるおじいちゃんに」
頼りになるだろう
聖白蓮と一緒の位置に、ジョースター家の男もいる。霊夢はそこに目を付けた。
承太郎の話した内容では、ジョナサンとは彼の祖先である。このゲームに何人か放り込まれているジョースター家という存在を、霊夢自身いち早くよく知る必要がある。
故に、舵を切る方向は取り敢えず西とした。
この近くに月の連中もいるようだが、彼女らは既にジョセフやてゐ達が合流済みだった。何らかの意図あって別れたようだから、わざわざまた会いに行くというのも不毛な話である。
「ん? 霊夢、近くに早苗の奴とか、お前がさっき言ってた花京院とかいう奴も居るぞ。そいつらには会わなくていいのか?」
「却下。二人は仲間に欲しいけど、よりによって一番面倒臭い『迷いの竹林』に居る」
目敏く魔理沙が発見した早苗や花京院らのポイントを、霊夢は即座に却下した。大層なバギーカーであんな無数の竹薮の中を捜索するというのはいかにも無謀であり、下手すればこちらが迷い込む。
しかしその心配は無用だと、ここで自らの役目を主張するてゐが我こそはと言わんばかりに手を挙げた。
「あ、はいはーい! 私、竹林なら庭みたいなもんでーす」
「おばか。幾らアンタの庭でも、あんな広大な迷路から何処にいるかも分からない二人をピンポイントで捜し出すには時間が掛かりすぎるでしょ」
我が存在意義を秒で封殺されたてゐは、見る見るうちに悲しげな顔を作ってそのまま引っ込んだ。その様子を見かねた魔理沙が、霊夢に向けて最終確認を取る。
「じゃ、早苗達は……どうすんの?」
「放置。どーせアイツらも勝手に迷ってんのよ」
こうして五人を乗せた正義の集団は、西方向にハンドルを切ったのだった。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【E-4 川沿いの道/午後】
【
霧雨魔理沙@東方 その他】
[状態]:体力消耗(小)、全身に裂傷と軽度の火傷
[装備]:スタンドDISC「ハーヴェスト」@ジョジョ第4部、ダイナマイト(6/12)、一夜のクシナダ(60cc/180cc)、竹ボウキ、ゾンビ馬(残り10%)
[道具]:基本支給品×8(水を少量消費、2つだけ別の紙に入っています)、双眼鏡、500S&Wマグナム弾(9発)、催涙スプレー、音響爆弾(残1/3)、
スタンドDISC『キャッチ・ザ・レインボー』@ジョジョ第7部、不明支給品@現代×1(
洩矢諏訪子に支給されたもの)、ミニ八卦炉 (付喪神化、エネルギー切れ)
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。会場から脱出し主催者をぶっ倒す。
1:車で西に。白蓮らと合流。
2:徐倫と信頼が生まれた。『ホウキ』のことは許しているわけではないが、それ以上に思い詰めている。
4:何故か解らないけど、太田順也に奇妙な懐かしさを感じる。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※徐倫と情報交換をし、彼女の知り合いやスタンドの概念について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※アリスの家の「竹ボウキ@現実」を回収しました。愛用の箒ほどではありませんがタンデム程度なら可能。やっぱり魔理沙の箒ではないことに気付いていません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※二人は参加者と主催者の能力に関して、以下の仮説を立てました。
- 荒木と太田は世界を自在に行き来し、時間を自由に操作できる何らかの力を持っているのではないか
- 参加者たちは全く別の世界、時間軸から拉致されているのではないか
- 自分の知っている人物が自分の知る人物ではないかもしれない
- 自分を知っているはずの人物が自分を知らないかもしれない
- 過去に敵対していて後に和解した人物が居たとして、その人物が和解した後じゃないかもしれない
【
空条徐倫@ジョジョ第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:体力消耗(中)、全身火傷(軽量)、右腕に『JOLYNE』の切り傷、脇腹を少し欠損(縫合済み)
[装備]:ダブルデリンジャー(0/2)@現実
[道具]:基本支給品(水を少量消費)、軽トラック(燃料70%、荷台の幌はボロボロ)
[思考・状況]
基本行動方針:プッチ神父とDIOを倒し、主催者も打倒する。
1:父さんの意志を受け継ぐのは、この私だ!
2:車で西に。白蓮と合流。
3:FFと会いたい。だが、敵であった時や記憶を取り戻した後だったら……。
4:しかし、どうしてスタンドDISCが支給品になっているんだ…?
[備考]
※参戦時期はプッチ神父を追ってケープ・カナベラルに向かう車中で居眠りしている時です。
※
霧雨魔理沙と情報を交換し、彼女の知り合いや幻想郷について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※ウェス・ブルーマリンを完全に敵と認識しましたが、生命を奪おうとまでは思ってません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
【
ジョセフ・ジョースター@第2部 戦闘潮流】
[状態]:胸部と背中の銃創箇所に火傷(完全止血&手当済み)、てゐの幸運
[装備]:アリスの魔法人形×3、金属バット、焼夷手榴弾×1、マント
[道具]:基本支給品×3(ジョセフ、橙、シュトロハイム)、毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフ(人形に装備)、小麦粉、香霖堂の銭×12、スタンドDISC「サバイバー」、賽子×3、青チケット
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:車で西に。白蓮と合流。
2:
カーズから爆弾解除の手段を探る。
3:こいしも
チルノも救えなかった・・・・・・俺に出来るのは、DIOとプッチもブッ飛ばすしかねぇッ!
4:シーザーの仇も取りたい。そいつもブッ飛ばすッ!
[備考]
※参戦時期は
カーズを溶岩に突っ込んだ所です。
※東方家から毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフなど、様々な日用品を調達しました。この他にもまだ色々くすねているかもしれません。
※
因幡てゐから最大限の祝福を受けました。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。
【
因幡てゐ@東方永夜抄】
[状態]:黄金の精神
[装備]:閃光手榴弾×1、焼夷手榴弾×1、スタンドDISC「ドラゴンズ・ドリーム」、マント
[道具]:ジャンクスタンドDISCセット1、基本支給品×2(てゐ、霖之助)、コンビニで手に入る物品少量、マジックペン、トランプセット、赤チケット
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:車で西に。白蓮と合流。
2:柱の男は素直にジョジョに任せよう、私には無理だ。
[備考]
※参戦時期は少なくとも星蓮船終了以降です(バイクの件はあくまで噂)
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※蓬莱の薬には永琳がつけた目盛りがあります。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
私は時折運転の振動で揺らされる頭の片隅で、ぼんやりと考えに耽っていた。
『博麗の巫女』という名の役職・運命(さだめ)を自然と受け入れてきたように思える今までは、実の所なんの自由はなく、知らず知らずの内に私は空へ落ち続けていたのかもしれない。
自らがこの閉鎖された幻想社会によって状況付けられ、その中で否応なく一つの立場を取らざるを得ない運命。自由の名を賜っておきながら、そこに本当の自由は無いのではないか。
あの夢の中で、ジョジョの言葉はそういう矛盾を私に堂々突き付けてきた。
真の『
博麗霊夢』とは、何者にも心を縛られず。
また、何物にも足を絡まれてはならない。
在りの儘。赤裸々の心で、空を舞う。
博麗の巫女だから、幻想郷を救う。異変を解決する。
そうではなく、私が、私自身が、救いたいから。
大好きなこの土地を。ここに住む皆を。私が助けたいから、助けなくちゃあならない。
真に大切なのは、その意思なんだ。それを気付かせてくれたのは、図らずもジョジョだった。
でも今は、まだ『半分』。
私の心はきっと、未だに囚われている。
ジョジョっていう重力に。あの『霊夢』の中に。
アイツに負けたくない。勝ちたい。そんなありふれた渇きが、現在の
博麗霊夢を動かす原動力。
一方で、こんな未練タラタラの心持ちじゃあ本当の自由とは言えないのも確か。
(まだだ……わたし、まだ『自由』に翔べない)
真の自由。私が本当の意味で空を翔べるようになれるのは。
それは───ジョジョとの『約束』を果たせた時。
大事なのは勝ち負けじゃない。いや、それも大事だけど。
約束っていうのは、その人と自分を絆ぐ、見えない絆。繋がりのこと。言い方を変えるなら、それは自分と相手を縛ってしまう言霊にもなってしまう。
今の私を縛る相手は、ジョジョだけ。アイツの言葉が私を『幻想郷』という社会から……自由と規律の矛盾から解放したんだ。
それでも、半分に過ぎない。もう半分の重力は、私自身の力で解き放たなければ意味が無い。
自覚的に自らの立場を決定し、その上で幻想郷を救わなければ私個人の自由は生まれない。
どんな結果が待ってようと、約束を果たしたその瞬間こそが……私が再び自由に空を翔ぶ時。
「───見てなさいよ。太田に、荒木」
ズキズキと痛む傷を押さえつけながら、私は誰の耳にも聴こえない呟きを零した。
前方の助手席に座るてゐの耳が僅かに反応したのは、気のせいだと思っておく。
そういえば……てゐの挙動や言動についても若干の違和感がある。彼女とは別に仲良しでもなんでもない仲だったけど、以前よりもずっと……なんと言うか、吹っ切れてるような。
『変わった』、のかもしれない。てゐも。
何があったのかは分からないし、近いうちに訊くべきだけども。
きっと、隣のジョセフが大いに関係してるんでしょうね。
「……ふん」
ジョセフ・ジョースター。通称〝ジョジョ〟。
彼が……いえ、彼らがこの幻想郷に何をもたらしているか。
判然としないままの頭で、私はどうでも良さげに考えながら───目を閉じた。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【
博麗霊夢@東方 その他】
[状態]:体力消費(大)、霊力消費(大)、胴体裂傷(傷痕のみ)、波紋治療中
[装備]:いつもの巫女装束(裂け目あり)、モップの柄、妖器「お祓い棒」@東方輝針城
[道具]:基本支給品、自作のお札(現地調達)×たくさん(半分消費)、アヌビス神の鞘、缶ビール×8、
不明支給品(現実に存在する物品、確認済み)、廃洋館及びジョースター邸で役立ちそうなものを回収している可能性があります。
[思考・状況]
基本行動方針:この異変を、殺し合いゲームの破壊によって解決する。
1:有力な対主催者たちと合流して、協力を得る。
2:1の後、殲滅すべし、DIO一味!!
3:
フー・ファイターズを創造主から解放させてやりたい。
4:『聖なる遺体』を回収し、大統領に届ける。今のところ、大統領は一応信用する。
5:出来ればレミリアに会いたい。
6:大統領のハンカチを回収し、大統領に届ける。
7:徐倫がジョジョの意志を本当に受け継いだというなら、私は……
[備考]
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※太田順也が幻想郷の創造者であることに気付いています。
※
空条承太郎の仲間についての情報を得ました。また、第2部以前の人物の情報も得ましたが、どの程度の情報を得たかは不明です。
※白いネグリジェとまな板は、廃洋館の一室に放置しました。
※
フー・ファイターズから『スタンドDISC』、『ホワイトスネイク』、6部キャラクターの情報を得ました。
※
ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。
※自分は普通なんだという自覚を得ました。
最終更新:2020年07月22日 14:28