第071話 疑念 ◆7NffU3G94s


それは、多分彼も予想だにはしなかった場面であろう。
彼、前田太尊は槙村香の言葉の通り真っ直ぐここ、鎌石村小学校へと向かってきた。
時間は午前六時手前、全力で駆けて来たことから何とか香の言う約束の時間には間に合うことができたと言えよう。
しかし、そんな太尊を待っていたのは変わり果てた人間の姿だった。
太尊等学生にとっては馴染み深いつくりであろう校門、そのすぐ近くに転がる赤の塊が視野に入り太尊は一人絶句した。

『DANGER 禁止エリア』

いくつも張られているそう書かれた張り紙を一つ剥がし、太尊は死体とそれとを交互に見やる。
太尊は混乱していた。
まず、大尊が聞いた話ではこの区域が禁止エリアになるのは午前六時の放送を経てのはずであった。
しかしベタベタと貼り付けられた、この薄っぺらい用紙は物語っている。

既に、ここは禁止エリアになっていると。

どういうことであろうか、大尊は俯き地面を眺めていた自分の頭を無理矢理起こし再び前方を見やった。
グラウンドを経た先にある校舎、この中のどこかに大尊等をこの争いに巻き込んだ輩がいるだろう。
近藤雅彦。そこに含まれる見知った顔のことも大尊にとって気がかりであることは間違いない。
しかし、彼にはもっと優先することがあった。
七瀬千秋。大尊にとって心の底から愛しいと思える相手であると同時に、今このような場において最も注意を図らなければいけないか弱いとしか表現のできない少女。
一刻も早く彼女を安全な世界へと送り届ける、その目的のために大尊は香の誘いに乗ったのだ。
そのまま少しだけ視線を下げる大尊の目に再び入ったのは、首のない人間の死体だった。
溢れかえった血の海の中身動きしないそれを、大尊は静かに凝視する。
伸ばされた華奢な手足が体の持ち主の体格をよく表していた、まだ年端も行かない少女のものだということは大尊も難なく想像をつけることができていた。
少女の体自体に大きな傷などは特に見当たらない濡れた体は全て首から吹き出た鮮血によるものだろう。
……黒く焦げたような痕からそれが首輪の爆発によるものだと理由付ける大尊だが、さすがの彼もこの少女がどのような状況に巻き込まれこのような姿になってしまったかまでは知る由もない。
ただ、彼が分かるのは。

(六時までが最後のチャンスで、酒だか何だかのコンビが待ってるはずで……くそっ、頭が回んねぇ!)

ぎゅっと目を閉じ、大尊は必死になって頭の中を整理しようとした。
香から聞いた話を噛み砕き目の前の光景と何か重なることがないだろうか、大尊は普段そこまで使うことの無いそれをフルに回転させている。
そんな時だった。ノイズ混じりのスピーカー音の存在感は圧倒的であり、思わず大尊の気もそちらの方へと削がれることになる。
放送。午前六時を知らせる合図。
ごくりと一つ息を飲み、大尊はそれに耳を傾けた。
放送自体はひどく淡々としたものであり、時間にしても数分に満たない薄い内容のものだった。
これまでの死者と、禁止区域の指定のみである。あっという間の出来事であるが、それが大尊に与えたダメージは、決して小さなものではない。

(嘘、だろ……)

読み上げられた死者の名前、その中に聞き覚えのあるものが存在し大尊は思わず言葉を失った。
大場浩人。大尊の後輩でもある彼は、大尊にとってかけがえのない仲間の一人であった。
馬鹿な所はあるが、純粋に慕ってくれる浩人のことを大尊もかなり可愛がっていた。
だが、そんな浩人と大尊が再会する機会はもうない。
浩人は死んだ。

(嘘だろ、ざけんじゃねーよ、そんな訳……)

受け入れがたい真実に、大尊はかぶりを振りながら後退する。
よろめく足が小石につまずきそのまま尻餅をつくものの、大尊は姿勢を正すことが出来ないでいた。
立ち上がりたくとも膝に力が入らないという状態、しかし大尊は根性で校門の柵に手を掛けながらも半身を起こそうとする。
何もせず地に伏せていることなど、大尊のプライドが許さなかった。
そして、大尊の目には再びあの光景が入ることになる。
首のない少女の死体。手を伸ばせば、届くかもしれない距離に彼女は変わらず居続ける。
気づいたら、大尊は自然にその少女へと手を伸ばしていた。
あまり柵の内側へ近づきすぎると首輪が反応してしまうかもしれない、だが少女の投げ出された手に大尊が触れること自体はあまりにも容易いことだった。
少女の手に触れたと同時に一瞬跳ねた大尊の体、ぱっと手を引き戻すものの大尊はこうしてまた一つの事実を知ることになる。
少女の体には、まだ温度が残っていた。

立ち上がり服についた砂埃を無言で叩く大尊の表情は、ひどく硬いものだった。
結局大尊には推測以外のものができていない。
しかも、あくまで彼の知りえる現実で推し量った結果というのも曖昧としか言いようがないものばかりである。

(どうしろってんだよ……)

ここには普段大尊がつるんでいる仲間もいなければ、拳を交えた言葉では言い表せないある種の感情を持ちえる面子もいない。
大尊一人、誰にも相談することのできない状態でのこの情報量は酷としか言いようがなかった。
まず校門の内側にある少女の死体、これが「滝鈴音」である可能性はほぼ間違いないだろう。
放送にて大尊が思い出したその名前は、香の言っていた学校にて待ち合わせをしている相手の一人のものだった。
顔は分からないものの、体格からして間違いないだろう。香から聞いていた、ローラースケートを履いているという特徴も持ちえている。
彼女は、「六時の放送前」にこの学校にて死んでいた。死因は首輪が爆発したという理由で間違いないだろう。
では、何故首輪が爆発したのか。

(そりゃー禁止区域に入ったからであって、だけどそれは六時の放送前って……どういうことだよ……)

六時の放送前の時点で、この区域が「禁止区域」であった。
それは、大尊の見た希望の光を一瞬で打ち砕く破壊力を持つ可能性の一つである。
六時の放送前の時点でこの区域が禁止区域にになっていた場合、ではいつからここが禁止区域になっていたのだろう。
遺体に温もりがあるという情報だけではこれを読み取ることはできない、一体どれほど前からなのか。
鈴音達と香が約束を交わす前か後か。
……いや。大尊にとって、そこは重大な問題ではない。

――問題は、六時の放送前にこの区域が「禁止区域」であった事実を、香達が知っていたか否かである。

一つ。大きな、絶望的な大きさな案が、大尊の脳裏に生まれていた。
それはただでさえ事実を知らずにあれだけ懸命に走り、ひたすらこの『試合』と呼ばれた行為を止めようとしていた大尊の行動自体が無意味だと思わされる以上の、とてつもない不快感をもよおすものである。
つまり。

――六時の放送前にこの区域が「禁止区域」であった事実を知った上で、香達がここに大尊を向かわせた場合である。

酒留と呼ばれる少年と香達がグルで鈴音や自分を罠にはめたのではないか、大尊の考えるそれは確かに飛躍した発想かもしれない。
しかし、大尊にそれを否定させる材料というのもここにはなかった。
現に待ち合わせをしていたにも関わらず、この地には鈴音の相方であるはずのピヨ彦の気配などこれっぽっちもない。
彼等にも彼等なりのトラブルがあったのかもしれない、だがそんなことを言っていては本当にきりがないのである。
手元にある情報でできるだけ正確な事実を図ろうとした場合、大尊の中で一番有力となったのがこれだった。

必死に説得しようとする少女の言葉が、嘘だなんて思いたくなかった。
上手く言いくるめてくるものの、妙に頼りがいのある香の態度が演技だと信じたくなかった。
挙動不審な少女が現れたあの場で、先に自分を学校へと仕向けた香の行動に別の意図があったかもしれないなど。考えたく、なかった。
しかし、大尊にそれを否定させる材料というのもここにはなかった。本当に、全く、なかった。


主催側の人間を捕らえることが出来たならば、さっさとこんな茶番を終わらせることが出来るだろうと大尊は思い込んでいた。
そうすれば、千秋を救える。千秋を救うにはこれが一番手っ取り早いはずだからである。
何故か。

香が、そう言ったからである。

一つの疑念が浮かぶと、その他全ても疑わしく思え大尊は思わず自身の頭を抱えた。
否定させる材料は確かにない、しかしそれが絶対の肯定と言える訳でもない。
ただ、大尊には余裕がなかった。
そこまで考える余裕がなかった。
生まれた疑念を相談する相手もいなかった。
誰もいなかった。
今大尊の周りには、信頼できる仲間が誰一人存在しなかった。

そして、信頼できる仲間であるはずの浩人は。大尊が知らぬ間に、死んでいた。

ゆっくり顔を上げ、手にするバッグを抱えなおす大尊の表情は硬く強張ったままだった。
振り返り、今まで走ってきた道程を遡れば香と合流することはできるかもしれない。
そこで真実を確かめ直す、それも一つの手だろう。
しかし、大尊には何よりも優先すべき事項がある。

「千秋……」

思えば無駄に時間を食ってしまったのかもしれないと、大尊は大きく舌を打った。
時刻を確認し直すと、既に放送が流れてから三十分近くも流れていた。本当に、無駄な時間を過ごしてしまっている。
今までの遅れを取り戻すかのごとく、大尊はここまでやってきた道とは全く関係のない方角に向け一気に駆け出していっていた。
それで悩みが吹き飛ぶわけではない、だが今は一刻も早く千秋との再会を大尊は切に望むだけだった。
香達のことはまた会う機会でもあれば問いただせばいいだろう、そう、胸に秘め。

(たっく、面倒くせぇなぁ……!)

ちりちりと痛む頭は普段酷使していないせいか、それとも想像していた理想が崩れたせいか。
足を動かしながら、大尊は次に見知らぬ人間に会った際どう対処すべきかひたすら考えていた。
この多くの見知らぬ人間が存在する島で、一体誰を信じればいいのかを。
ひたすら考えていた、ちりちりと痛む頭を酷使しながら。
痛みは増す一方であるにも関わらず、良い答えが見えることもなく。それもまた、大尊に苛立ちを覚えさせる。

――それとも、誰も信じなければいいのか。

小さく頭を振る大尊の表情は、あくまで硬かった。





『朝の放送で恐らくこのエリアも禁止エリアになるでしょうから』

これはピヨ彦と鈴音が学校に訪れた際、安西が漏らした言葉である。
確かにこれだけ聞けば、「朝の放送で学校が禁止エリアになる」と思い込んでも仕方ない。
だが「でしょう」という言葉は、あくまで推測の意をもたらすものである。
つまり朝の放送で学校が禁止エリアになるかもしれないが、実際はもっと早くから設定していてもおかしくはないという所まで二人は読み取らなければいけなかったのだ。
その曖昧なニュアンスに、彼等は見事に引っかかったのである。
安西が意図したものかは分からない。しかし少なくともピヨ彦が、虎鉄が、つかさが、香が、今は亡き鈴音が夢見た希望は。
こんなにも簡単に、砕かれてしまっていたのだった。


【C-05/一日目/午前6時半】

【男子33番 前田太尊@ろくでなしBLUES】
状態:健康
装備:なし
道具:支給品一式(※ランダムアイテムは不明)
   虎鉄のデイバッグ(包丁、まな板、皿、フォーク、ロープ、鋏、ライター、支給品一式、ランダムアイテム(不明)入り)
思考:1.千秋を見つけ、守り抜く
   2.小平次、中島と合流
   3.香達に再会する機会があった場合、事実がどういったものか話し合う

備考:香、つかさ、虎鉄、ピヨ彦に対し疑心暗鬼気味になっている(ピヨ彦とのみ面識無し)
   また、その他元々の知人以外にも高い警戒心を抱いている

大尊の向かう方向は後続の方にお任せします。




夢から醒めた夢 前田太尊

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最終更新:2008年02月13日 21:22