第064話 夢から醒めた夢 ◆z.M0DbQt/Q
『――――――――――――あかり』
私を呼ぶ声がする。
誰だろう。
知っている声、だと思う。
でも真っ暗なこの場所では誰の姿も見えなくて。
『――――――あかり』
少しだけ低めな男の子の声。
私、この声を知ってる。
ちょっと前まで毎日聞いていた声。
声変わりした後に始めて男の人の声で私を呼んだ…………ヒカルの声だ。
『あかり』
ねぇ、ヒカル。
どうして側にいてくれないの?
昔はずっと一緒に遊んでたのに……どうして?
どうして……私だけ、こんな夢の中に取り残されているの?
夢の中にいるのに、夢から……眠りから覚めるなんて変な感じで……気持ち悪い。
「……ん……」
瞼がゆっくりと持ち上がる。
重たい体を起こして周りを見る。
「ここ……?」
ハンドル。窓ガラス。シート。……車の中?
居場所を認識すると一気にそれまでの記憶が私の脳裏に甦る。
途端に上手く呼吸が出来なくなって、私は広いシートの上でうずくまった.。
「……はぁっ、はっ……」
何度も深呼吸をして胸を押さえて、もう一度周囲を見回してみる。
あの怖い男の人はいない。
誰もいない。
汗ばんだ掌で両肩を抱いた私は、自分がずっと持っていた物が無くなっていることに気がついた。
ヒカルの指がない。
ヒカルが……いない。
(どこ?!どこ?!)
シートの上にもシートの下にもない。
無我夢中でドアを開き、外に転がり出る。
砂浜に膝を付いた私の目の前にあったのは、探していた物じゃないけど……無視できない物。
半分ほど砂に埋まった大きなナイフ。
私があの男の人を殺そうとしたナイフだった。
波の音が静かに響く中、私はどうしてもそれから目を逸らすことができなくて。
夢は……まだ終わっていないんだ。
まだ続いている。
ナイフに伸びる自分の指先を、まるで映画のワンシーンのように見入る。
刃に触れた指先から、小さな赤い滴が生まれる。
(…………怖い)
心を占めるその感情は私の体を強張らせるばかりで。
怖い。
この刃物が怖い。
傷つくのが怖い。
傷つける事も怖い。
何より――――――――――――人が怖い。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
ヒカル。ヒカル。ヒカル。ヒカル。ヒカル。
助けて。
誰か助けて。
私を戻して。
私を帰して。
誰もいない。
砂浜を走る。
転んで膝が擦りむけて、血が滲み出した。
指で拭おうとして、自分の手が赤いことに気がつく。
「……ヒカル」
ヒカルの血だ。
あの時、指をもらったときのヒカルの血。
海で流されたと思ってたのに、まだこんなに赤い。
「ヒカル……」
私……もうどうすればいいのかわからないよ。
頑張らなきゃ夢から醒めないのに……ダメだったの。
夢なのに人を傷つけるのが怖かったの。
私、どうしたらいいの?
どうしたら――――――――――――――――――――――――――――――みんないなくなってくれるの?
このままのペースで行けば時間内には約束の場所に着けるはず。
時計で時刻を確認した香は、頭の中に地図を思い浮かべそう結論付けた。
そしてチラリと同行者を確認する。
香より一歩半後ろを歩く前田は、もうずっと黙ったままだ。
無口というよりも……他に気がかりなことがあってそのことで頭が一杯なんだろう。
人のことは言えないけど、器用な子ではなさそうだし。
彼の気がかりは十中八九「千秋」ちゃんのこと。
歩き始めてすぐに「千秋ちゃんて君の彼女?」と尋ねたら、顔を真っ赤にしてどもられながら怒鳴られてしまった。
この年にして情けないほどに恋愛経験の少ない自分から見てもそれはとても微笑ましいもので。
できることなら今すぐにでも彼を彼女に会わせてあげたいと思う。
そのためにも、早くこの状況をどうにかしなくては。
――――――先に行った酒留くんと滝さんは無事だろうか。
――――――後から来る筈のつかさちゃんと虎鉄くんは大丈夫だろうか。
――――――冴子さんは。海坊主さんは…………死ぬとこなんて想像つかないわね。
知り合いの顔を順々に思い浮かべていくと、最後に出てきたのはアイツのにやけた顔。
アイツなら大丈夫でしょう、きっと。殺しても死なないだろうし。
不安がないわけじゃないけど……それよりもアイツに対する信頼のほうが強い。
アイツに対する不安って言うなら生命の危険よりも、アッチのほうが心配だ。
今頃、美女と出会ってまた見境なくもっこりをねだっているかもしれない。
いきなりパンツ一丁になって襲い掛かったりなんかしていないでしょうね。
もしそうならまた簀巻きにしてアパートの屋上から吊るしてやるんだから!
知り合いの無事を不安がっていたはずが、暴走した妄想によっていつのまにかパートナーへの怒りにすり替わっていたことに気がつかないまま、香は更に足を早める。
だが、数メートル進んだところでその足は止まることになった。
「……おい」
低い前田の声に香は小さく頷く。
不測の事態発生。
道の先に誰かいる。
息を潜め、その人物の様子をじっと観察する。
武器を持って待ち構えている様子はない。
危険な雰囲気は感じない。
何か言いたそうな前田を目で諌め、香は辛抱強くその人物の行動を観察を続ける。
こんな風に自分に気がつかないままあんな足取りで歩いている人物が、戦闘のプロのはずはない。
恐らく……いや、確実に素人。
しかも、長い髪に小柄な体型。セーラー服を着ている。
女の子だ。
中学生か高校生か……どちらにしろ自分より年下なことは明らかだ。
ふらふらと怪しげな足取りで香たちに背を向けて数メートル先を進んでいく。
肩が大きく上下しているのは、彼女がここまで走ってきたということだろうか。
あ。転んだ。
「ねぇ!あなた大丈夫?!」
考えるよりも先に出してしまった声に、その少女は離れていてもわかるくらい体を硬直させた。
そしてまるでホラー映画の主人公のように恐る恐る背後に視線を向ける。
その顔には、はっきりと恐怖の表情が張り付いていた。
目を見開き、ガタガタと震え、小さな唇からはカチカチと歯の当たる音が微かに聞こえてくる。
そのあまりに痛々しい様子に、香は思わず息をのんでしまった。
追いついた前田も同じように絶句する。
「あの、ね。私達は……」
何か……怖い目に遭ったのかしら。
こんな子供なのに……可哀相に……。
とにかく、私達が敵じゃないってことを伝えなくちゃ。
「………………で……」
「え?」
微かに届いた少女の言葉が聞き取れず、香は一歩彼女に近づく。
身を硬くした少女が、弾かれたように立ち上がり一歩後ずさる。
「……い……で……!――――――……来ないでええええええ!!」
悲鳴混じりに叫ばれた言葉は、香の反応を遅らせるには十分なものだった。
踵を返した少女が走り出す。
呆然とそれを見送ってしまった香は、ハッと我に返った。
(どうしよう?!)
もうそんなに時間がない。
コレを逃したらここから脱出するチャンスはもう二度と巡ってこないかもしれない。
でも…………でも…………!!
「……前田くん!」
「おっ?!お、おう」
突然名を呼ばれ驚く前田の両肩を掴み、香は彼を真っ直ぐに見つめる。
「私、あの子を追いかける。あなたは先に学校へ行ってて」
「……はぁっ?!」
「説明したから酒留くんと滝さんの名前はわかるわよね?先に行って彼らと合流してつかさちゃん達を待って。私も必ずすぐに向かうから」
やっぱり放ってなんかおけない。
おせっかいだろうとお人よしだろうと、コレが私の性分なのだ。
目の前であんな風に怯える子をこのままにしておくなんてこと、できるはずがない。
「何言って……」
「お願い。私が行くまで絶対に無茶しないで。必ずすぐに行くから!……頼んだわよ!!」
強く前田くんに「無茶をしないように」念を押す。
彼がここで学校へ向かわずに千秋ちゃんを探しに行く可能性があることも知っている。
だけど私は彼を信じる。
先に学校で待っているはずの酒留くんも滝さんも、後から来るつかさちゃんも虎鉄くんも――――――私は信じる。
自分を信じて欲しいなら先に自分からその人を信じるべきだということを私は知っているから。
だから。
唐突な展開に呆然とする前田くんを残し、私は少女が去っていった方へと走り始めた。
どうして。
どうしてどうしてどうして。
「待って!!」
誰かが私を追ってくる。
嫌。怖い。嫌。嫌。嫌。
どうして私、こんな怖い思いをしているんだろう。どうして早く醒めてくれないんだろう。
怖いのに。こんなに怖いのに。
助けてヒカル。ヒカル。ヒカル。
周りを見る余裕なんてなかった。
追いかけてくる人から逃げたくてひたすらに走って……そして、急に視界が広くなった。
「……っ!」
後一歩踏み出せば、地面がない。
すぐ先は地面の終わり。その先には暗い海が広がっている。
崖の上、だ。
もしかして……ヒカルが落ちたあの崖なのかもしれない。
「危ない!!」
「来ないで!!」
2人の叫び声は同時だった。
数メートルの距離をとり、初めてまともに向かい合う。
私を追いかけてきていたのは綺麗な女の人。
その人が息を切らせたまま私をじっと見つめる。
この人はどうして私を追いかけてきたのだろう。
(……そんなこと……)
答えは決まっているじゃない。
この人は、私を殺しに来たんだ。
だってここは殺し合いの場だもの。
出会った人は殺さなきゃいけないんだもの。
そうしなきゃ……きっと、永遠に夢から醒めることができない。
(もういや……!!)
痛いのは嫌。
怖いのは嫌。
もう何もかも嫌……!!
「私はあなたの敵じゃないわ。……大丈夫よ。こっちへ来て」
心配そうな顔をした女の人が一歩、私に近づく。
「来ないで!!」
私の声に足を止めたその人は、それでもやっぱり優しい声で私に語りかけてくる。
「もう大丈夫よ。私が……私達があなたを守るから。ね?」
優しい声。
優しい顔。
でも……この夢は、残酷な夢。
信じちゃダメ。信じられるはずがない。
目前の少女は何の反応も示さない。
怯えさせないようにゆっくり話しかけてみても、表情一つ変えない。
何とかしたいと思いながらも何の術も思いつかず、香は心の中で歯噛みをする。
一体この子に何が起きたのだろう。
ううん。
こんな状況に放り込まれてしまったことこそ、この子に起きた「何か」なんだ。
普通の女の子がこんなことに巻き込まれてしまって、冷静でいられるはずがないもの。
「大丈夫よ。ね?」
少しでも安心して欲しくて、出来るだけ優しい声で話しかける。
少女のすぐ後ろは崖。
一歩でも下がったら……ううん、バランスを崩したら落ちてしまう。
とにかくこの場所から離れて、彼女を安心させてあげて……それから。
「いなくなって」
唐突に、少女が口を開いた。
泣き出しそうな顔とは反比例する強い口調。
「でも……あなたを放っておけないわ」
私を信じらなくて……誰がにいるのが怖いのかもしれない。
でも、こんな不安定な状態の子供を放っておけるわけがない。
「じゃあ……」
初めて少女が微笑んだ。
可愛らしいその笑顔が彼女の幼さを強調して……胸が痛む。
「死んで」
「……え?」
言われた言葉は聞こえていたのだけど、意味が理解できなかった。
少女が穏やかに笑う。
恐怖も、涙も……何の感情もない笑顔。
きらきらとした光が少女を縁取り、海面から朝日が昇っていることを私に知らせる。
もう時間がない。
でも。
「死んで。ここから飛び降りて……死んで、私の前からいなくなってください」
予想外の少女の要求に二の句を失ってしまった私は、ただ呆然と彼女を見つめることしか出来なくて。
時刻は間もなく6時をまわる。
約束の時間が、もうすぐ訪れようとしていた。
【C-05/一日目/午前5時半】
【男子33番
前田太尊@ろくでなしBLUES】
状態:健康
装備:なし
道具:支給品一式(※
ランダムアイテムは不明)
虎鉄のデイバッグ(包丁、まな板、皿、フォーク、ロープ、鋏、ライター、支給品一式、ランダムアイテム(不明)入り)
思考:1.鎌石村小中学校へ向かって、先にいるはずの酒留、滝と会う(面識はない)
2.千秋を見つけ、守り抜く
3.ヒロト、小平次、中島と合流
【C-06/一日目/午前6時前】
【女子11番
藤崎あかり@ヒカルの碁】
状態:健康、右人差し指に小さな切り傷
装備:バタフライナイフ
道具:支給品一式
思考:1.怖い
2.みんな死んで欲しい
3.ヒカルに会いたい
【女子12番 槇村香@CITY HUNTER】
状態:健康
装備:ラケット(テニスボール×3)@テニスの王子様
道具:支給品一式
思考:1.少女の言葉に困惑
2.少女をどうにかして助けたい
3.鎌石村小中学校へ向かって、ここで知り合ったメンバーと合流
4.リョウ、冴子、海坊主と合流
最終更新:2008年02月28日 22:25