第054話 悪魔vs眼鏡 ◆z.M0DbQt/Q


「そこの糞眼鏡(ファッキンメガネ)、銃を置いてこっちに来な」
突如背後から突きつけられた声。
ピクリ、と眉をあげ思わず呼吸を止めた手塚は、とっさに振り返ろうとした。だが。
「動くんじゃねぇ」
首筋に硬い何かをつっかけられ、その行動を阻まれてしまう。
こっちに来いと言った筈なのに次には「動くな」と言うのはどういうことだろうか。
いや、それよりもいつのまにこんなに近づかれたのだろう。
油断をしていたつもりはない。
いや、家屋の中から今も流れ続けている声に気をとられ集中力を欠いたのは確かだ。
それはつまり油断に他ならないのではないか。
どんな形であれ今が試合中である以上、一分一秒、一瞬が命とりになると言うのにこんなことでは全国をこの手にすることなどできはしない。
いささか明後日な方向へ思考を流す手塚に対し、声をかけた男――――――蛭魔は重ねて命令を下す。
「二度は言わねぇ。銃を置きな」
男の声には震えも怯えもない。
ただ感情を押さえつけているかのように低く威圧的なだけだ。
……この男の目的は何なのだろう。
この殺し合いにのったということなのだろうか。
となると……自分はもしかして、殺されかけているのだろうか。
「…………」
とりあえず今は男の言うとおりに銃を置くしかないだろう。
そう判断し、手塚は上体を屈め地面にコルト・アナコンダを横たえた。
すぐさま男の足が背後から、その銃器を蹴り飛ばす。
手塚はその行方をひっそりと視認し、男の次の行動に身構える。
「服を脱げ」
「…………」
男の次なる命令は、まったくの予想外のものであった。
服。脱ぐ。つまりは……裸になれということなのだろうか。
確かにこの場で衣服を奪われた場合、著しく今後の行動を制限されるであろう。
男の目的はそれなのだろうか。
…………いや。それはおかしい。
自分の行動を制限したところでこの男に何のメリットがあるというか。
もしこの男が殺し合いにのっているのなら、この場この状況で自分をさっさと殺してしまうほうが合理的だ。
それともこの男は殺し合いには乗ってなどいなくて、ただ銃を手にしていた自分を警戒してこのような行動を起こしているのだろうか。
……いや。もしそうならば自分の衣服を要求する意味はない。
状況が状況だ。
この男が殺し合いに乗っていると仮定して考えたほうがいいだろう。
ならば何故、衣服を欲する。
……ダメだ。いくら考えようとも答えは出てこない。
「二度は言わねぇっつってんだろ。さっさとしやがれ」
苛立ちを滲ませた声で男がせかす。
つきつけられている金属物が、更にグッと押し付けられる。
「殺さないのか?」
「うるせぇ」
自分の質問に対する男の答えは、肯定でも否定でもない。
…………もしや。
この男は自分を殺したくとも殺せない、殺す手段を持っていないのではないだろうか。
つまりは……この首に突き当てられている物は殺傷能力のない何かなのではないか。
眉間に皺を寄せた手塚は、ゆっくりと青学レギュラージャージのジッパーを下ろしていく。
酷暑の中でもあまり脱ぐことのない長袖を腕から抜く。
そして。
「こっちに寄越しな」
男の声にしっかりとうなずいた手塚は右手に巻きつけるようにジャージを持ち――――――――――――、そのまま、その手を背後にあった家屋の窓ガラスに叩き付けた。



「なっ……!」
「げぇ?!なんだよこりゃあ?!」
派手な音を立てガラスが飛び散るのに一瞬遅れ、あちこちから声があがる。
蛭魔が引き金を引くのより数秒早く、糞眼鏡が自分の右手首を掴む。
もう片方の腕をも掴まれそうになったのを払いのけ、蛭魔は眼鏡の男と真正面から向かい合う形になった。
自分の右手が持つものを見、糞眼鏡が眉を寄せる。
(チッ……)
苦笑いをしながら蛭魔は心の中で舌打ちをする。
(頭が働かねぇなんて自分を甘やかしてっからこういうことになるんだ)
人の心理の裏を読む奇襲を得意とする自分が、圧倒的有利な状況において奇襲を受けるなどあってはならないことだ。
油断をしたつもりはなかったが……策の練りこみが全く足りなかった。
いや、策なんてもんを持っていなかったのだ。自分ともあろう者が…………!!
試しに右手首を動かそうとしてみるが、糞眼鏡の握力はかなり強い。
鍛え上げられた肉体といいこの握力といい、何かしらのスポーツをやっているとみて間違いないだろう。
歳の頃は……読みづらい。20代にも見えるしもっと上のようにも思える。
いや、糞ジジイの例もある。意外と同じ歳くらいかもしれない。
「殺し合いに乗っているのか」
真っ直ぐに俺を睨む糞眼鏡の声は落ち着いている。
どうやら根性も座っているらしい。
まったくやっかい極まりない。
そしてそれよりもやっかいなのは。
「何やってんだてめぇら!!」
家屋から飛び出してきた男への対処だ。
「何こんな所で男同士で手ぇ握り合ってんだ!!」
男の方からは銃は見えないらしい。
つーか、この男は馬鹿だ。この状況でどうやったらそんな風に見えんだ。
「銃を離せ」
男を無視した糞眼鏡が手に力をこめる。
(絶対絶命ってか)
状況は自分にとってかなり不利だ。
(らしくねぇ!!)
しっかりしろ、と心中で自分の背中に蹴りをいれる。
ふと、なぜかひどく懐かしいフィールドが――――――泥門デビルバッツのメンバーの揃うフィールドが脳裏によみがえり、蛭魔は無意識に口角を上げた。
諦めるつもりなんてねぇよ。
可能性が0.1%でも残ってるんなら、最後の最後まであがくだけだ。
それが――――――それが泥門デビルバッツだ!
(どうする?!どう切り抜ける?)
銃を持つ手は封じられている。
よく知らない人物2人相手に、丸腰で戦うなんて馬鹿な話だ。
ならば口先で丸め込むか。
この返り血のついた服を着たままで?それこそ馬鹿のすることだ。
ならどうするか。
少しずつ動き始めた頭に、無意識に頬が緩む。
比例して眼鏡の男の眉間が険しくなる。
(キックは専門外だが……)
そう。今の泥門デビルバッツには長く不在だった専門家が戻ってきているのだ。
ただぶっ飛ばずだけの自分のキックは今や試合には必要なくっている。
だが、今は。
眼鏡がまた何かを喋ろうと口を開く。
もう一人の男が何かくだらない事を話しながら近づいてくる。
(やるなら……今だ!!)
左足に体重を乗せ、右足を渾身の力で振り上げる。
その足が捉えた先には――――――眼鏡の男の股間。
「…………っっ!!」
男なら誰もが一度は経験し、二度と経験したくないその痛みはどうやら十分に糞眼鏡にも効いたようだ。
声もなく崩れ落ちた糞眼鏡の手を振り切り、蛭魔はその場に背を向けて走り出す。
「お、おい?!一体なんなんだよ?!」
もう一人の男が何やら喚き続けているが知ったことじゃねぇ。
結局服を変えることはできなかった。
その上、おそらくあの眼鏡と男に、自分は危険人物だと認識させてしまっている。
状況は悪い。だが。
(逆転するのは……こっからだ!!)
打倒進。
セナの果たせなかった夢を果たすための勝負は始まったばかりだ。
とっさにつかんできた糞眼鏡の荷物と自分の荷物を背負い直し、蛭魔は走り続ける。
その胸に、確かな決意を刻みながら。

「お、おい……」
遠のきかけた意識が、誰かの声で戻り始める。
「だ、大丈夫か?」
先ほどの場面を見ていたせいなのか、家屋から出てきた人物はなぜか自分の股間を押さえながら俺に近づいた。
申し訳ないが、今はまだ声を出せそうにない。
わずかに首を縦に振り答えた手塚に、もう一人の人物の声が聞こえてくる。
「さっさと戻れ!再開するぞ!!」
「……はっ?はあああ?!てめぇ、何言ってんだよ!第一ガラスが降ってきたせいでもうめちゃくちゃになったじゃねぇか」
「君が大げさに驚いて碁盤をひっくり返してしまったからな。だが心配ない、石はもう元通りだ。僕にとってこの一時間の道筋を再現することなんてたやすんだ」
「意味わかんねぇよ!!」
状況のつかめない二人の会話へ意味を求めることを止めた手塚は、視線を銃があるだろう方向へ向ける。
自分の状況に対する認識が甘かった。
理由はあれど殺し合いに乗っている人物がいることを真剣に考え、もっと慎重に行動すべきだったのだ。
今回は偶然助かったからいいようなものの、もし殺されてしまっていたら全国制覇への夢も何もかもが終わってしまうというのに。
殺し合いに乗っている人間がいる。
そしてその人間が凶器を持っている。
そういった人間がいつ、仲間たちに出会うかわからないのだ。
いつ、彼らが殺されるかわからないのだ。
そんなことは許さない。誰一人欠けさせない。
そのためには……自分がやるしかない。
必ず、必ず全員で帰ってみせる。
そして全国大会で頂点に立つのだ。
決意を新たにし、手塚は左手を握り締める。
ただ――――――非常に残念なことに、逸る心に体はついてきそうにない。
もうしばらくは、動けそうにもなかった。



【F-1 平瀬村民家側 午前5時ごろ】
【男子30番 蛭魔妖一@アイシールド21】
状態:瀬那の死を若干、引き摺っている。
装備:44マグナム(残段1)@こち亀
道具:支給品一式/弾丸5発、瀬那の支給品一式、不明支給品一つ(本人は確認済み)、手塚の支給品一式
思考:1.セナの遺志を継ぐ
   2.1のためにするべきことを考える
注意:この島に衣服がないと推測していますが、正しい保証はありません。
   島に主催者が服を置いている可能性はあります。

【男子22番 手塚国光@テニスの王子様】
状態:健康、右手に無数の切り傷、しばらく身動きが取れない
装備:なし
道具:なし
思考:1.越前、菊丸、竜崎を捜し出し脱出する
   2.自分と仲間にとって危険な人物は殺すしかない


【F-1 平瀬村民家 午前5時ごろ】
【男子24番   塔矢アキラ@ヒカルの碁】
状態:健康、激しい怒り
装備:日本刀
道具:支給品一式、支給アイテム(未確認)
思考:1.再開するぞ!

【男子29番   平塚平@ルーキーズ】
状態:健康
装備:なし
道具:支給品一式
思考:1.いや、もう囲碁はいい
   2.眼鏡の男(手塚)に同情

【備考】
1.コルト・アナコンダ(弾数6/予備弾24)@CITY HUNTERは民家の近くの茂みに転がっています。
2.蛭魔の行く先については次の方にまかせます。




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最終更新:2008年02月13日 19:51